嫌われ松子の一生*山田宗樹

  • 2005/09/29(木) 17:17:25

☆☆☆☆・



 九州から上京し二年目の夏を迎えた大学生・川尻笙は、
 突然の父の訪問で三十年以上前に失踪した伯母・松子の存在と、
 その彼女が最近東京で何者かに殺されたことを知る。
 松子の部屋の後始末を頼まれた笙は、
 興味本位から松子の生涯を調べ始める。
 それは世間知らずの彼にとって凄まじい人生との遭遇だった。
 殺人歴を持つ男やかつての友人との出会いを経て、松子が聖女ではなく
 小さな幸せを求め苦闘した生身の女性であったことに気づいていく笙。
 いつしか彼は、松子の彷徨える魂を鎮めるために、
 運命の波に翻弄されつづけた彼女の人生の軌跡を辿っていく――。

                              (見返しより)


嫌われ松子というタイトルから、松子という女性はどれほど人々に忌み嫌われたのだろうかと思って読みはじめたのだが、その実、松子のことを心底嫌った人は一人もいなかったのではないかと思わせられた。
その晩年こそは周囲の人に得体の知れない薄気味悪さを感じさせていたかもしれないが、波乱万丈の人生のときどきでは憧れられ、求められ、愛されてさえいたのである。それならばなぜ著者はこんなタイトルをつけたのだろう。
思うにそれは、松子自身の胸の裡の切なく狂おしい想いだったのではないのか。
病弱な妹を第一に可愛がり、自分のことをほとんど省みなかった――と松子には思われた――父に、好かれたいのに、何をどうしても好かれないばかりか、良かれと思うことがどんどん悪い方に転がり泥沼に入り込み、父を落胆させる道ばかり歩んでしまう己自身を哀れむ気持ちの表れなのではないだろうか。

松子の歩いてきた人生と、笙が調べまわる松子の生き様とが交互に描かれ、どうして松子はここまで哀しい一生を送らなければならなかったのかと、どこか歯車の食い違った一瞬へ彼女を連れ帰ってやりたい想いにかられるのである。

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1リットルの涙*木藤亜也

  • 2005/09/28(水) 13:09:06

☆☆☆☆・



難病と闘い続ける少女亜也の日記

 亜也ちゃんの病気「脊髄小脳変性症」とは?
 人間の脳には約一四〇億の神経細胞とその十倍もの
 神経細胞を支持する細胞がある。それぞれの神経細胞は
 多くのグループに分けられ、運動するときに働くものもあれば、
 見たり聞いたり感じたりする時に働くものもあり、
 およそ人間が生きている間にはたくさんのグループの神経細胞が
 活動していることになる。
 脊髄小脳変性症はこれらの神経細胞グループのうち
 反射的に身体のバランスをとり、すばやい滑らかな運動をするのに
 必要な小脳・脳幹・脊髄の神経細胞が変化し、ついに消えていってしまう
 病気である(「先生、わたし結婚できる?」より)
      (見返しより)


14歳で身体に異変を感じ、25歳で力尽きるまでの木藤亜也さんの日記に、主治医の山本先生や母・潮香さんの文章を加えて一冊にしたもの。

受け容れられない理不尽な運命に、ぐしゃぐしゃに泣きながらも自分に課題を与え 立ち向かってゆく姿が痛々しいのだが、なぜかとても大きく見える。読みながら気づくと胸の中で声をかけ応援していた。
亜也さんご本人はもとより、家族、ことに母・潮香さんも、病気に向かって全力で体当たりしている様にじんとさせられ、言葉を失くす。

母・潮香さんの手記『いのちのハードル』の感想はこちら。

くっすん大黒*町田康

  • 2005/09/27(火) 17:18:02

☆☆☆・・



 一生遊んで暮らしたい
 賞賛と悪罵と二つながら浴びた戦慄のデビュー作!

 爆発する無意味さ、闊達極まりない言葉の震えと語りの変奏、
 倦怠と迂回の果ての笑いの横溢。
 町田康のデビューは、唐突に文学の可能性を切り開いて見せた。
 だがまたその仕様もない、益体も無い、甲斐性もない、
 身も蓋もなく遣る瀬ない世界は、岩野泡鳴、葛西善蔵以来の
 正統に立つものでもある。
 十五年前、『メシ食うな』で日本にパンク・ロックを実在させた町田町蔵が、
 今作家町田康として、日本近代の言葉を清算し、破天荒な建設を始めて、
 新たな戦慄を蔓延させている。    福田和也(文芸評論家)

                               (帯より)


表題作のほか、河原のアパラ。

三年前のある日、ふと、働くのが嫌になり、その瞬間に仕事を辞め、何をするでもなくぶらぶらと暮らした結果、大黒様のようなぶよぶよと醜い顔になり、妻にも逃げられてしまった男・楠木の物語である。

だらだらぶらぶらとしては酒を飲んで酔っ払い、金が底をつきかけると誰かを頼って動き出す、というどうしようもない暮らしをしている楠木だったが、この頃その辺に転がっている大黒様に腹が立って仕方がない。
自分がしょうもないのもあれもこれも何もかもがこの大黒のせいのような気がしてくるのである。しかもこの大黒は自立できず、背負った大袋のせいかほんの少しの刺激で後ろに転がるのである。ますます腹が立つ。
そんなわけで、この大黒を棄てるために出かけた楠木だったが...。

言い様もなく怠惰で益体もない楠木なのだが、変なところで正しい道徳観念を持っていたり、論理的でないことはできなかったり、一目を気にして気弱だったりするので、妙に憎めないのである。
何なんだこの本は!?と思いながらも、読後感が思いのほか清々しいのを訝しんでみたりもするのである。

空を見上げる 古い歌を口ずさむ*小路幸也

  • 2005/09/26(月) 17:22:39

☆☆☆・・



パルプ工場とそこで働く人たちとその家族で町を成しているようなカタカナの町・パルプ町に起こった不思議な物語。
凌一には妻と10歳の息子彰がいる。故郷のパルプ町からは離れて暮らしている。
そして20年前、18歳で姿を消したきり一度も家族の前に姿を現わさず、年に一度の年賀状だけが届く兄・恭一の存在が心の隅から離れることはない。
そんな折、息子の彰が突然、「みんながのっぺらぼうにみえる」と言い始める。
凌一は20年前、恭一が姿を消す前に自分に言った言葉を思い出す。
 「いつか、おまえの周りで、誰かが<のっぺらぼう>を
 見るようになったら呼んでほしい」

すぐさま連絡を取り、さっそく翌日やってきた恭一が語るのがこの不思議な物語なのである。
恩田陸さんの『常野物語』にもどこか似ていて、しかし、まったくそれとは違った現われ方をする不思議。
恭一が姿を消さなければならなかった理由も明かされるのだが、自分は姿を消すしかなかったが、同じ力を持ってしまった彰の手は決して放してはいけない、という恭一の想いの切実さや強さにほろりとさせられる。
切ないホラーである。

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刺繍する少女*小川洋子

  • 2005/09/25(日) 17:08:02

☆☆☆・・



 寄生虫図鑑を前に、
 棄てたドレスの中に、
 ホスピスの一室に、
 もう一人の私が立っている。
 記憶の奥深くにささった小さな棘から始まる
 ふるえるほどに美しい愛の物語
              (帯より)


短編集。
表題作のほか、森の奥で燃えるもの・美少女コンテスト・ケーキのかけら・
図鑑・アリア・キリンの解剖・ハウス・クリーニングの世界・
トランジット・第三火曜日の発作。

日常の喧騒の延長線上にありながら、たしかに隔てられている場所の物語たちである。
どの物語でも主人公は≪死≫の身近におり、何らかの形でそれを受け容れている。
喧騒の届かないガラスに隔てられたような印象を抱かせるのは、その場所が主人公の心のプリズムを透って映し出された場所だからなのかもしれない。

舞姫通信*重松清

  • 2005/09/25(日) 14:02:41

☆☆☆・・



 僕たちは、生きていなくちゃいけないんですか?
 自殺はなぜいけないんですか?

 恋人と一緒に死にそこねた少年のテレビで発した言葉が社会を動かす。
 死んだ彼女に会いたいと、後追い自殺を企てようとする少年。
 そして街に溢れ、徘徊する自殺志願者の群れ――。
 自殺した生徒を[舞姫]と崇める女子高で、
 自らも兄を自殺で失った新任教師もまた、
 過去と決別するため熱病のようなひと夏を過ごした!
 山本賞候補作家が放つ魂を揺さぶる書き下ろし長編小説!
  (帯より)


双子の兄・陸男は5年前 22歳の時に理由もなくビルの7階の階段の踊り場から身を踊らせて死んだ。
残された同じ顔を持つ宏海は なぜ陸男が死に自分が生きているのかがわからないままある女子校の教師になる。
この学校には舞姫と呼ばれる伝説の女子高生がいた。10年前、彼女は北校舎の4階から飛んだのだった。それから毎年何通か 誰が書くとも知れない≪舞姫通信≫と名づけられた数行のメッセージが性と全員に配られつづけているのだ。
自殺した舞姫を崇め愛しつづける証のように。
そんな折、陸男の恋人で有名プロダクションの娘である佐智子は、心中の生き残りの少年を売り出す企画を立てる。
それは、結果的に世の中の潜在的な自殺志願者達を目覚めさせることになり、社会現象までをも引き起こすのだ。

宏海にいつまでも陸男を見、宏海を宏海として認めないまま宏海を傍におき陸男の影にする佐智子の身勝手さに腹が立ち、双子だというだけで、同じ顔を持つというだけで自分の思い出を次から次へと陸男の思い出にすりかえられて、どんどん自分の輪郭が薄くなるような切なさに苛まれる宏海に涙しながら読み進んだ。だが、宏海に実態を与えてやりたいとは思うのだが、佐智子を憎みきることはできなかった。身勝手でもひとりよがりでもそれが佐智子の本音であり、彼女は彼女で何かを振り切ろうと必死にもがいているのがわかるからかもしれない。
ハッピーエンドにしようと思えばできたのに、それを避けるように辛い結末にしたのは著者からの問いかけだろうか。

魂萌え!*桐野夏生

  • 2005/09/23(金) 21:02:31

☆☆☆☆・



 とことん行きなさい!
 夫の急死後、世間と言う荒波を漂流する主婦・敏子。
 六十歳を前にして、惑う心は何処へ?
 ささやかな<日常>の中に豊饒な世界を描き出した桐野夏生の新たな代表作。

 どうとでもなれ。
 強風に煽られて吹き飛ぶ木の葉。
 吹き飛ばされてどこかへ飛んで行きたかった。
 木にしがみつくのは馬鹿げている。(本文より)
       (帯より)


ほとんど前ぶれもなく夫・隆之が風呂上りに心臓麻痺で急死した。
63歳だった。
物語の主人公である専業主婦の妻・敏子は59歳。努力しなくては保てない円満さを感じ、しっくりいっていたとは言えなかった夫の死によって、初めて夫にとっての自分、自分にとっての夫の存在の意味を考えることになる。
さらに、十年もの間夫に別の生活があったことが明らかになり、まったく気づかせなかった夫の裏切りを憎み、気づかなかった自分を恨みもするのだった。
一人になったことで微妙に変化する友人との関係や夫の知己との交流、そして束の間の情事。
夫の死を実感できないままに呆然と過ごす敏子の身に次々と降りかかってくる難題。
それらを何とか乗り越えてゆくうちに、敏子の内面にも少しずつ変化が(きざ)してくるのだった。

若い人にはおそらくまだ実感として捉えられないのではないかと思うあれこれが、親を亡くし伴侶を失う年代に差し掛かる者にとっては我が身のことのように実感される。
読者の置かれている立場はさまざまだろうが、心情的にはほぼ間違いなく敏子と同じような想いに襲われるのだろうと思う。
切なくてやりきれなくて、しかし目を瞑るわけにはいかない物語だった。

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FLY,DADDY,FLY*金城一紀

  • 2005/09/22(木) 13:08:00

☆☆☆・・



名門の女子高生の娘・遥が男に殴られ病院に運ばれ入院した。娘は心を閉ざし、父親である鈴木一と口も利かなくなってしまった。
鈴木は、ひょんなことから殴った相手の男・石原が、俳優夫婦の息子であり、高校総体三連覇に向けてトレーニングを積んでいるボクシングの選手であることを知る。彼と彼の周りの大人たちが、総体出場資格を失うことを恐れて、娘の暴行事件をもみ消したのだった。
鈴木は石原の高校に乗り込むが、間違って近所の他の学校へ行ってしまう。しかしそこで 運命とも言える出会いをするのだ。
朴舜臣・南方・板良敷・萱野・山下という、落ちこぼれの不良高校生たちが自分たちの夢のために鈴木の力になってくれると言う。
その日から9月1日の始業式での勝負のための過酷な特訓が始まる。

石原との一対一の勝負の結果もさることながら、娘の悔しさを晴らし娘を守るために、ここまで全力を注ぐ父親の姿が、たとえよれよれでも清々しい。
実際なかなかないであろうシチューエィションだが、スポ根ものっぽいノリもあり、愉しめる。

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砂漠の船*篠田節子

  • 2005/09/21(水) 17:08:24

☆☆☆・・



 静かに崩壊していくものへのレクイエム
 「あの頃にかえりたい」と思うすべての人に。

 勝手なことをしあって、家族も地域も解体していく。
 砂粒のような個人が、それぞれの苦しみや悲しみを抱えて、
 死に向かって歩いていく。(本文より)
           (帯より)


東京郊外の公団団地に暮らす、妻と娘を持つ男・幹朗(みきお)
昇進よりも、地域に根ざし 地域と共に生きることを選び、家族揃って夕食をとり、家事も手伝い 地域の行事にも参加してきた。
それは、とりもなおさず父も母も出稼ぎに出、祖母を母代わりとして育った幼い頃の田舎暮らしによって培われた想いゆえだった。
父母がいなくても近所の誰彼が世話を焼いてくれることの心強さと、父母のそばで暮らせない物足りなさとが、地域に溶け込みながら家族で暮らすことを理想とさせたのだった。
しかし、幹朗の理想の暮らしは妻や娘にとっての理想ではなかったのだ。
ひとつ食い違った歯車は、不本意な想いを抱えたまま食い違いつづける。
なにが、どこがいけなかったのか、あるいはこれが当然のことなのかは物語が終わってもわたしには判らない。ただ、虚しいやりきれなさが胸にもやもやと消え残る。

自転車少年記*竹内真

  • 2005/09/19(月) 21:37:13

☆☆☆・・



昇平と草太の爽やか少年・青春物語である。
4歳の昇平は、自転車に乗れるようになった日に、勢い余って急坂を滑り降り、坂の下の草太の家の生垣に突っ込み 庭に投げ出される。
そして、庭で遊んでいた同い年の草太と隣りのひとつ年上の奏ちゃんに出会うことになる。すべての物語はここからはじまったのだった。
無口で物静かな草太。人懐っこく誰にでも好かれる昇平。まったく違う性格の二人が、自転車を介して繋がりを深めるのだが、自転車に対する関わり方はまたそれぞれなのである。
たぶんお互いに尊敬し憧れ、負けまいと思い、相手の喜びを喜びながら、時には共に、また時には離れて成長してゆく。
二人の人生にとって自転車は切り離せない存在であり、何かを決めるときには必ず自転車に乗っていたのだ。
歩く道や出会う人は違っても、自転車に乗っている限り帰る場所は同じなのだろう。
風ヶ丘のあの急な坂道が、いつでも二人の帰る場所なのだ。
彼等は、共にときを過ごす周りの人たちをも巻き込んで静かに熱く 自転車の上でものを思い決断をしながらこれからも生きていくのだろう。

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その日のまえに*重松清

  • 2005/09/18(日) 11:34:26

☆☆☆☆☆



変則的な短篇連作集とでもいうのだろうか。
テーマは≪死≫である。
死んでゆくものと、大切な人をこれ以上ない確かさで失おうとしている人の 死の瞬間=その日 までと、その日の後の遺された者たちの物語である。
平気で雑に生きていた日々が、癌を告知された瞬間からガラリと姿を変え、当人も周りも否応なく≪死≫という重石を頭の上に乗せられて生きることになる。

『ヒア・カムズ・ザ・サン』の
 感情の高ぶらない悲しさって、ある。
 初めて知った。
 涙が、頬ではなく、胸の内側を伝い落ちる。

という一節が、深い悲しみを言い得ていると思う。

亡くなりゆく当人、残されるパートナー、子ども、親、いろいろな登場人物の立場にほんのしばらく立ち止まり、さまざまな悲しみの涙を流した。

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つむじ風食堂の夜*吉田篤弘

  • 2005/09/17(土) 17:18:32

☆☆☆・・

つむじ風食堂の夜 つむじ風食堂の夜
吉田 篤弘 (2002/12)
筑摩書房

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吉田篤弘さんはクラフト・エヴィング商會の吉田篤弘さんである。
なのでクラフト・エヴィング商會風味たっぷりである。
存在しないもの・目に見えないものを遠く見る感じとか。

つむじ風食堂には実は名前がない。店の外に出ると一点に向かって風が集まりつむじ風になっているので、誰ともなくそう呼ぶようになったのだ。
傷ついてはいるがうっとりするほど美しい白い皿で出される食べものは、ごく普通の定番メニューなのだが、あるじの心意気は「パリの裏町のビストロ」の再現であり、きちんとしたメニューブックに名を連ねているのは、たとえばコロッケならクロケット、生姜焼きならポーク・ジンジャー、といった具合なのである。
物語るのは、この町・月舟町の不可思議な月舟アパートメントに越してきて間もないわたし――人工降雨の研究をすると言ったらそれからは先生と呼ばれるようになった――である。
語られるのは、手品師だった父のこと・父に連れて行かれた楽屋脇の≪タブラさんのコーヒースタンド≫のこと・そしてつむじ風食堂に集う人々のことである。
取り立ててなんということもない事柄が話されていながら、いつのまにかやさしい心持ちにさせてくれる何ものかがあるようだ。
月舟町の夜をそぞろ歩きしたくなる。

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星の王子さま*池澤夏樹訳

  • 2005/09/17(土) 07:56:11

☆☆☆☆・



サン=テグジュペリの Le Petit Prince の新訳。
この作品の新訳に、最初に訳した内藤濯氏の『星の王子さま』というタイトルをそのままつけることについては論争もあるようだが、≪訳者として≫で池澤氏ご自身が書いておられるように、原題直訳の『小さな王子さま』では伝えきれないものが『星の王子さま』には篭められており、これ以外の邦題は考えられない。わたしもまったくその通りだと思う。

内藤濯氏訳の『星の王子さま』を読んだのは、まだ小学生の頃だったので、忘れていることも多かったこともあるが、初読ではただ風景を見えるままに追っていたのだということを思わされた。目に見える風景の底に流れる哲学的とさえも言えるあれこれを今回は愉しむことができ、こんなにも悲しい物語だったかという思いを強くした。

さまざまな年代なりに、さまざまな愉しみ方のできる一冊である。

十八の夏*光原百合

  • 2005/09/15(木) 17:28:50

☆☆☆☆・



 日本推理作家協会賞受賞作
 本年度(2002年度)最高の感動を呼ぶ癒しの物語
 朝顔、金木犀、ヘリオトロープ、夾竹桃。
 四つの花が彩る珠玉の連作ミステリー
          (帯より)


表題作のほか、
ささやかな奇跡・兄貴の純情・イノセント・デイズ。

どの物語でも花が重要な役割を果たす。
その花がなかったら物語が成立しないほどに それは主役でもある。
花は善意も悪意も持たないのに、それに篭められる想いがあるために象徴にされてしまうのは、花自身にとっては哀しいことかもしれない。

十八の夏では、朝顔の成長で殺すべき人を占われ、ささやかな奇跡では、金木犀の香りの表わし方で運命が決められようとし、兄貴の純情では、ヘリオトロープが兄の純情を象徴し、そしてイノセント・デイズでは、夾竹桃が人を殺す。

どの物語でも、主人公はちょっぴり不器用で、それでも精一杯生きている。
主人公の周りの人たちもみな静かなぬくもりを湛えていてほっとさせられる。
ささやかな奇跡の大家さんの思いやりにほろりとさせられた。

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はなうた日和*山本幸久

  • 2005/09/14(水) 17:02:07

☆☆☆・・



短編集。
閣下のお出まし・犬が笑う・ハッピー・バースデイ・普通の名字
コーヒーブレイク・五歳と十ヵ月・意外な兄弟・うぐいす

どの物語も舞台は世田谷線の沿線。
連作と言っていいのかためらうくらいほんの少しずつ重なる部分を持つ8つのお話。
取り立ててどうということもない日常のなかの、けれど ありきたりではない出来事が切り取られ、語られている。
語られていることは 決して長閑とは言えないのだが、何とはなしに長閑な心持ちになるのは、世田谷線というたったニ輌で町の中を走る電車がいつも視界や頭のどこかにあるからだろうか。

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世界中が雨だったら*市川拓司

  • 2005/09/13(火) 20:23:35

☆☆☆・・



 ここにいるのはもうひとりの僕です。
 想い/盲信/性/狂気・・・・・。
 ミリオンセラー作家の魂の叫びが木霊する三つの「愛」の物語。

 愛を見失った少女、愛に飢えた少年、愛を手探りする不器用な大人たち。
 市川拓司の新作は、震えがくるほど切なく、悲しく、やるせない。
 ここにあるのは、僕の永遠のテーマです。
        (帯より)


表題作のほか、琥珀の中に・循環不安

どの物語でも人が殺されたり殺そうとされたりする。そして、殺されたあとのことや殺そうとされるまでのことが綴られている。
語り手は、殺した者であり、殺されようとするものである。
そして、どの場合にも足りないのは≪愛≫である。
≪愛≫はなぜこんなにも人から正気を奪い人を操るのだろう。
たぶんそれがわからないからこの物語たちが書かれたのだろう。


容疑者Xの献身*東野圭吾

  • 2005/09/13(火) 13:23:51

☆☆☆☆・

容疑者Xの献身 容疑者Xの献身
東野 圭吾 (2005/08/25)
文藝春秋

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ガリレオ先生こと湯川教授のシリーズ。

花岡靖子は5年前に離婚して、今は中学生になる娘美里と二人暮しをしている。そんなとき、元夫で、生活能力がないろくでなしの富樫にお金目当てに復縁を迫られ、美里に手を出そうとしたので思い余って殺してしまう。

ほどなく、荒川の河川敷で顔を潰され指紋を焼かれた死体が見つかった。付近に止められていた盗難自転車についていた指紋から間もなく身元が割れ、元妻の花岡靖子の元に聞き込みの刑事が訪れる。
靖子の隣人の石神は高校の数学の教師で、聞き込みに訪れた刑事の一人草薙とは偶然に同じ大学の出身であり、草薙の同窓生であり友人である湯川教授とも知り合いだった。
学生時代、湯川と石神は才能を共有できる数少ない存在だったのだ。
湯川の観察眼と推理力は、どんどん事件の核心へ迫ってゆき、それに連れて沈み込む姿も見られるようになる。どういうことなのか。
容疑者Xの、幾重にも張り巡らせたバリアは湯川という存在がなければおそらく完璧に成功し、欺かれたとも気づかれないうちにXの思うとおりに処置されたのだろう。
これほどまでに自分を捨て、想う相手の幸福を望むことができる容疑者Xの愛の深さを想わされる。しかし、この事件ではどんな結末も 誰をも幸せにしないのだ。

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震度0*横山秀夫

  • 2005/09/12(月) 07:06:02

☆☆☆・・



 警察小説はここまで進化した!
 大震災の朝、一人の県警幹部が失踪した。
 蒸発か?事件か?錯綜する思惑と利害、保身と野心、
 激しい内部抗争を背景に、N県警幹部6人の゛密室劇"の幕が開く・・・・・

                                (帯より)


誰とも深く関わらず、内面が読めない男・不破。県警N署の人事構想を練り上げたある日、突然姿を消す。奇しくも阪神淡路大震災の起こった朝だった。
不倫相手と逃げたのか、事件に巻き込まれたのか、あるいはもしかして・・・・・。N署の6人の幹部はそれぞれの思惑で思案をめぐらし、少しでも自分に有利になる道を探る。
阪神大震災の現場状況を映すテレビの画面を視野に入れつつも、保身に汲々とする幹部等の姿を描くことで、彼等の人間としての器の小ささを 著者は表わしたかったのかもしれないが、果たしてそれが阪神淡路大震災である必要性があったのだろうか、と被災者の方々のことを想うと腑に落ちない面もあった。
しかし、家族までもを含む警察という巨大機構の内部の表面とは真逆のおどろおどろしさには今回も溜息を禁じ得なかった。

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虹果て村の秘密*有栖川有栖

  • 2005/09/10(土) 17:07:09

☆☆☆・・



虹果て村は本当は西畑村というのだが、雨が多くてきれいな虹がよく観られることから、誰もが虹果て村と呼ぶ。
そしてここには、推理作家・二宮ミサトが仕事場に使っている別荘(?)がある。
ミサトの娘のユーこと優希と、同級生でミサトの大ファンの上月秀介が、招待されてこの別荘へと向かうところから物語ははじまる。当のミサトは 講演会の予定を一週間間違えていて、あとからくることになっていて、二人の世話は、ミサトのいとこの明日香さんに任せられている。

虹果て村には七つの虹にちなんだ伝説がある。
 虹の向こうに太陽が出たら村に不吉なことがある。
 朝に虹を見たらその日はいいことがある。
 夜に虹が出たら人が死ぬ。
 消えてしまうまで虹を見ていたら大切な願いがかなわない。
 明神池に映る虹に二人でかけた願いはかなう。
 完全に七色の虹を見たらすべての願いがかなう。
 虹のたもとには財宝が埋まっている。


こんなのどかな虹果て村に、村始まって以来の殺人事件が起こる。推理作家志望の秀介と刑事志望の優希は、さっそく自分たちで事件を解決しようとするのだが__。

あとがきの≪わたしが子どもだったころ≫にあるように、作中で秀介が書く小説のタイトルは、著者自身が11歳の時に初めて書いたものだということだ。
そして、奥様は、面白い本の話をしあった そんな11歳のときの同級生なのだとか。
明神池に映る虹を見ながら秀介と優希が手を繋いで願ったことはかなうのかもしれない、とふと思った。

真夜中のマーチ*奥田英朗

  • 2005/09/09(金) 17:45:47

☆☆☆・・



 泥棒がいっぱい。
 獲物は十億円。男二人と美女一人+犬一匹
 目指すは完全犯罪・・・・・だったのに。

 「社長と呼べ、社長と」
 ――ヨコケンこと横山健司、青年実業家気取りのパーティー屋。
 
 「三田物産の三田と申します」
 ――ミタゾウこと三田総一郎、むっつりスケベの一流商社マン。

 「わたし、港区以外で呼吸をする気はないからね」
 ――クロチェこと黒川千恵、高飛車で強がりの元モデル。

 「Uhhh」
 ――ストロベリー、犬種ドーベルマン、勇敢で賢いクロチェの愛犬。

                                (帯より)


ヨコケンが催した出会い系パーティーで三田物産の三田と出会ったのがそもそもの始まりだった。
三田財閥の御曹司だと思い込み、一儲けしようと近づいたのだが、実は小さな鉛筆削りを作る町工場の長男で、金儲けの目論みは見事はずれたのだった。
それどころか界隈を仕切る暴力団の古谷に目をつけられる始末。だがそれが、また大儲けのチャンスに繋がるのである。そして、同じ物を狙いながらも立場を異にするクロチェと愛犬のストロベリーと出会い、タッグを組む。
冴えない三田が意外な才能を発揮したり、クロチェの弟のタケシがどうしようもないドジを踏んだり、あちこちに振り回されどたばた劇を演じ、そして__。

終わってみれば結局、損をしたのは 中国人の賭場狙いの二人組みだけだったような。
三人と一匹はもうこのまま会うことなく生きていくのだろうか。なんとなくまたどこかでひょっこりと出会って、どたばた劇を演じそうな気がする。

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恋愛小説

  • 2005/09/08(木) 20:40:31

☆☆☆・・



川上弘美・小池真理子・篠田節子・乃南アサ・よしもとばなな による
4つの大人の恋の物語。
 
 恋を読む。恋に酔う。
 甘くせつない痛みが胸に広がるひそやかな時間――。
 恋のある人生を、ゆっくりと生きていきたいあなたへ
     (帯より)


恋の物語ではあるけれど、恋に溺れてはいない大人の女の物語だと思う。
ソーダで割ったりオンザロックだったりと様子を変えてウィスキーが物語を引き立てている――と思ったら、新潮社とサントリーとのコラボレーション企画で生まれた物語たちだったのだった。主人公の恋する女たちに、カクテルではなくウィスキーを持たせたところが味わい深い。

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最後の記憶*綾辻行人

  • 2005/09/07(水) 17:41:21

☆☆☆・・



 目覚めている間も眠りの中の夢でも、
 思い出せるのはただひとつの記憶だけ――。
 
 若年性の痴呆症を患い、ほとんどすべての記憶を失いつつある母・千鶴。
 彼女に残されたのは、幼い頃に経験したという「凄まじい恐怖」のきおくだけだった。
 バッタの飛ぶ音、突然の白い閃光、血飛沫と悲鳴、
 惨殺された大勢の子供たち・・・・・。
 死に瀕した母を今もなお苦しめる「最後の記憶」の正体とは何なのか?
 本格ホラーの恐怖と本格ミステリの驚き――両者の妙なる融合を果たした、
 綾辻行人・七年ぶりの長編小説。
             (帯より)


母・千鶴は50歳になって間もなく若年性の痴呆症に取り憑かれてしまう。
近いところからどんどん急激に記憶を失い、人間性も失い、自分で動くこともままならなくなり、最後に残されたのは 幼い頃のこの上ない恐怖の記憶だけになり、日々刻々その恐怖に苛まれながら死を待つしかなくなっている。
千鶴の次男であり、この物語の語り手である森吾は、美しくやさしかった母の変わりようと、自分の将来についての不安から情緒不安定になりかけていた。
そんな折、偶然に幼なじみの唯に久しぶりに出会い、背中を押されて 母のルーツを辿ることになるのだが。

著者独特の、思考の合い間合い間に差し挟まれる恐怖のキーワードが謎の答えを知りたいという欲求を高め、恐怖感を煽るのに効果的である。
少しずつじりじりと核心に迫っていく緊張感に心臓が苦しくなるほどだ。
そして辿り着いたところにあったもの。それは、あってはならないが、あの場合なくてはならなかった もっとも恐ろしいことだったのだ。

なかよし小鳩組*荻原浩

  • 2005/09/06(火) 13:00:28

☆☆☆・・



『オロロ畑でつかまえて』に続くユニバーサル広告社シリーズ。
今回社の存亡を賭けて引き受けたのは小鳩組のCI。
CIとはコーポレート・アイデンティティ=企業イメージ統合戦略。要するに、会社のシンボルマークや社名ロゴ、スローガン、時には社名そのものまで作り替える一連の活動のことである。
まことにめでたしめでたしなのだが、唯一問題は、この小鳩組がとんでもなくハードな組だということなのだった。
タイトルと表紙に騙されてほんわかとした物語だと思ったら大間違いなのだ。
判りやすいキャラクターが次々と出てきて笑っちゃうくらい愉しめるのだが、それでももしかするとユニークさという点に於いて、ユニバーサル広告社の面々にはかなわないかもしれない。自分の姓が厭で早く結婚したがっている猪熊嬢の素性がわかったり、それに関わるお約束のような小鳩組の態度にちょっぴりだけスカッとしたりしながら、物語は進む。多分に教訓的な事柄も織り込まれていたりもするのだが、そんな風に読まれることは著者もきっと期待していないのだろう。荻原浩という作家は、シリアスを笑いに包んで妙である。

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今ここにいるぼくらは*川端裕人

  • 2005/09/04(日) 17:17:42

☆☆☆・・



ハカセ君こと大窪博士の小学生時代のあちこちを切り取った連作短編集。
博士は関西の川のそばで生まれ、泣き虫だったが、上級生のガキ大将に無理矢理くっついて川のはじまりを探す大冒険をしたりして 小学校低学年までをそこで過ごす。
その後、東京の郊外の山の中の町に引越し、言葉のことで仲間はずれになったりしながらも、≪自分≫のありようについて、頼りなさを感じながらもいつも考えながら生きている。
連作は、時間を追いつ戻りつして進むので、いまあることが、突然そこに現われたのではないことがよく解る。

キーワードはカバーにも使われているように≪川≫だろう。
川はぽつんとある日突然はじまったわけではない。空から降った雨が地下に蓄えられ、じわじわと年月をかけて染み出してきたものだろう。そして、流れ下り さまざまな風景を通り過ぎ 交じり合いながら河口を、そして海を目指すのだ。その間にも空へ還りまた雨となってどこかの川のはじまりになっているかもしれない。
川は人の生きる様なのかもしれない。
今ここにいるぼくらは、突然今ここにいるのではないのだ。

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宙の家(ソラノイエ)*大島真寿美

  • 2005/09/03(土) 17:21:00

☆☆☆・・



 文學界新人賞受賞ですっきりデビュー。
 大島真寿美心からのファースト!

 冬。
 しずかに進む萩乃おばあちゃんの死。
 夏。
 ゆっくり溶けはじめる波貴くんの心の氷。
 16歳の雛子(ひなこ)が凝視する二つの生は、
 もう一つ先のファンタジー。
               (帯より)


表題作のほか『空気』
けれどこの二作は、ふたつでひとつなのだろう。分かち難く、なくてはならない。

ある冬の日、雪がひどく降りだし、学校が早く終わった雛子は いつもの通り一刻も早く眠ろうと真っ直ぐに家に帰った。そしてそこで出会ったのは、いつもの通りのおばあちゃん・萩乃の通信不能になった姿だった。
雛子の家はマンションの11階・1105室。宙に浮かぶ家である。
ここに引っ越してきたのは雛子が幼稚園のとき。おじいちゃんが亡くなり、おばあちゃんを引き取ることになり、母のお腹には弟の真人がいるというときだった。そして今、父は九州に単身赴任している。

『宙の家』では萩乃の、『空気』では真人の友だちの郁丸くんの兄・波貴くんの そして雛子自身の生について考えさせられることになる。
誰もはっきりと答えを与えてはくれないが、きっと人は自分で自分の生を抱えて生きるしかないからなのだろう。どんなに近しい人でも、その生を抱えることはできないのだ。たとえ僅かながらでもふれあうことができたとしても。

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スペース*加納朋子

  • 2005/09/03(土) 08:45:21

☆☆☆☆・



 『ななつのこ』『魔法飛行』に続く待望の駒子シリーズ第三作

 「この手紙の中にも、<謎>はあったでしょう?」
 手紙に秘められた謎、そして書かれなかった“ある物語”とは・・・・・

 無数の物語が、ギリギリのところですれ違ったり、
 ときに交錯したりしている。
 それは誰の身にも、きっと起きる。
 もちろん、私自身にだって。
 大切なのは、それに気づくかどうかということ。
      (帯より)


『ななつのこ』で出会い、『魔法飛行』では瀬尾さんとしてより近づき、もっと近づきたいという駒子の想いが、この三作目になったのだろう。
今回は、謎好きな瀬尾さんに宛てて 短大で出会った謎を送るところから物語ははじまる。

それにしても思い込みというのは こうも事実を違った風景にしてしまうものかと驚かされる。折々にチラッチラッと違和感を抱きながらも、毛ほども疑わなかったことが、初めから思い込みによるまったくの勘違いだったなんて。
それがわかったときに、物語はまったく別の顔を見せるのだ。
『スペース』のあとに置かれている『バックスペース』で、それはまた別の角度から語られ、また別の驚きをもたらしたのだった。

ないもの、あります*クラフト・エヴィング商會

  • 2005/09/02(金) 13:31:25

☆☆☆・・



 よく耳にはするけれど一度として見たことのないものたち、
 あります。
 堪忍袋の緒、転ばぬ先の杖、左うちわ、舌鼓、
 あります。
 巻末には、赤瀬川源平氏書き下ろしエッセイ『とりあえずビールでいいのか』
 あります。
                      (表紙より)


ないものを売る店の物語。それこそほんとうに、よく耳にはするものの、一度として目にしたことのないものたちが、お行儀よく棚に並んでいる。
本文ももちろん、ないものを語って妙なのだが、本文の最後に載せられているカタログの絵と説明が絶品である。ここには落ちがつまっている。
次はどんな≪ないもの≫をリクエストしてやろうか、と考えてみたくなる。

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最後の願い*光原百合

  • 2005/09/02(金) 13:16:42

☆☆☆・・



 偽の手紙。不審な電話。盗まれて戻るバッグ。
 日常に潜む謎の奥にある人間ドラマを、優しい目で描く青春ミステリー。

 新しく劇団を作ろうとしている男がいた。
 度会(わたらい)恭平。
 劇団の名は、劇団φ。
 納得するメンバーを集めるため、日々人材を探し回る。
 その過程で出遭う謎――。
                (帯より)


劇団を主宰する――と言っても、メンバーもまだ揃っていないのだが――度会恭平は、会った人がみな≪よさそうな人≫と評するような青年である。
人当たりがよく、こまめに動く。
だが、ときとして、自信に満ちた自意識が顔をのぞかせ、がらりと表情を変えることがある。
演出家兼役者の彼は、文字通り天使も悪魔もできる男なのである。
時にものすごく格好よくなるときがあるのだが、身長165cmと小柄なので完璧に格好よくなりすぎないところがまたいい。

度会恭平と、メンバーを探していて知り合った風見爽馬の二人が、更なるメンバー探しの過程で出遭うちょっとした謎を鋭い推理でパーツを組み立て、解き明かしていき、謎の中心にいる人物をメンバーに取り込んでいって、最終的には公演にこぎつけ、前半で懸案になっていた大きな謎を解くのである。

劇団φは 見かけは決してまとまりのいい仲よしグループではないのだが、それぞれがそれぞれを尊重し、芯のところで信頼しあっているのが伝わるので好感がもてる。きっとこれからも、観客を魅了する芝居を見せてくれることだろう。

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