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二十四時間*乃南アサ

  • 2005/10/30(日) 17:45:35

☆☆☆・・



 「私には、小説でしか絶対に起こりえないような、
 24の不思議な体験があります」
 24の時間帯、24の痛切な記憶。
 自身に取材した連作小説。

 小学生時代、深夜放送にチューニングしたまま微睡んだ耳が
 異形の者たちの会話を捉えた「午前零時」の恐怖。
 
 一人暮らしを始めたアパートの階上で繰り広げられた修羅場に
 否応なく想像が走る「午前二時」の興奮。

 二十四の時間帯それぞれに刻まれた痛切な人生のステージ。
 過ぎ去った記憶が不思議な二十四角形を描く初の連作短編集。

                               (帯より)


目次には 二十四時が、一時から順番にでもなく、時系列でもなく並んでいる。小学生時代の午前零時だったり 高校時代の二十二時だったり。
著者自身の不思議な記憶を元に書かれた物語たちなのだというが、エッセイではなく小説であるらしい。
そう思いながら読んでも著者の記憶に近しく寄り添った心地にさせられる。
限りなくエッセイに近い連作小説と言えるのではないだろうか。

結婚詐欺師*乃南アサ

  • 2005/10/30(日) 09:46:25

☆☆☆・・



 貢ぐ女、騙す男、追う刑事。
 息詰まる攻防の果てに刑事が見たものは、
 男を愛してしまったかつての恋人の姿だった――。

 「孤独な女性たちに真心のサービスをし、
 ばら色の夢を売っているだけなんですよ、刑事さん」
      (帯より)


橋口雄一郎こと松川学は結婚詐欺師である。
自らの身を磨き、ターゲットを見つけるや あの手この手で落として貢がせる。これ以上搾り取れないと思うとあっけなく関係を断ち切り また次のターゲットを探すのだ。
あるとき、たまたま被害者のひとりが警察に訴えてきたことから 芋づる式に橋口の犯行が明らかになり本格的に捜査が開始されるが、騙された女たちは 他の女はともかく自分だけは本当に愛されていたと思い込みたがり、なかなか被害届を出そうとしない。
捜査本部の責任者となり橋口=松川の近くまで捜査を進めていた阿久津が、橋口の新たなターゲットとして目にしたのは かつていくつかの季節を共に過ごして去っていった女・美和子だった。それからの阿久津は揺れ動き乱れに乱れるのだが、そんなことにかかわらず捜査は進み、橋口と美和子の関係も抜き差しならないものになってゆく。

傍から見ればどうしてこんな見え透いた手口に騙されるのか、という思いだが、女心の微妙な隙間につけこんだ巧妙なやり口はやはりプロの結婚詐欺師ならではなのだろう。普段やさしい言葉のひとつもかけられずに乾いた思いをしている女を見定め、ターゲットとするところからすでに巧妙にシナリオは作られているのだ。誰の身にも降りかかるかも知れず、他人事とばかりは言えないところが空恐ろしい。

夏の魔法*本岡類

  • 2005/10/27(木) 17:33:41

☆☆☆・・



息子の悠平が4歳のときに 高峰は妻と離婚し、紆余曲折の末、北海道で
牧場を営む佐藤さんと出会い影響を受けて、自ら那須の山中で牧場を営むようになっていた。そんな折、別れた妻から 高校3年の途中から不登校になり 19歳の今でも家でごろごろしているだけの息子の悠平が高峰の牧場へ行きたいと言い出したという電話を受ける。その悠太を黒田原の駅で待っているところから物語ははじまる。
引きこもりのような生活をしていた悠平とは初めから生活のサイクルが合うわけもなく、高峰は不満と不甲斐なさを募らせるが、周囲からの「待ってやることも大切だ」というアドバイスに従い 自分の感情を押さえ込んで見守る。
最初は何をどうしていいやら皆目見当もつかず、自分の身をももてあまし気味だった悠平だったが、牧場の仕事をするうちに少しずつ変化を見せるのだった。

現代のひ弱と言われる若者にも 躰の中には力の元はあるのだろう。ただそれをどうやって外に出したらいいかわからないせいで、無気力・無関心・指示待ちというやる気のなさの象徴のように見えているだけなのかもしれない。
体験を積み重ね、ひとつひとつ自信をつけてゆくことができれば、人は自分で考え行動を起こすことができるようになるものなのだ、ということを教えられた思いである。


西日の町*湯本香樹実

  • 2005/10/26(水) 13:14:38

☆☆☆・・



西日の当たる部屋での僕と母とてこじいの物語。
語り手は 大人になった僕。子どものころの不思議だがどこか懐かしい日々を回想する。
てこじいは母の父親であり、ふいっとどこかへ行ったきり行方知れずになっていたかと思えば、ある日突然 行き倒れの人のように玄関先に蹲っていたりする。
そしてその日からてこじいは 僕と母が暮らす西日の当たる部屋の住人になったのだった。
横になって眠らず、壁際に膝を抱えて影のように蹲ったままじっとしているてこじいは、それでも、次第に僕たちの暮らしの一部になり、僕にも少なからず影響を及ぼしている。
母にとっては実の父親なのだが、やさしくするでもなくときとしてチクリチクリと意地悪をしている。掃除機をわざとごつごつとぶつけたり、夜 目の前でパチンパチンと爪を切ったり。
てこじいが横になって眠らない理由がわかるころには、てこじいはもうかなり弱っていてその最期の姿も僕の心に大きな場所を占めている。
傍から見るとまるで憎み合ってでもいるかのような父と娘のありようであるが、こんな愛の現わし方もあるのだと不思議な気持ちに満たされる。

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その後のシンデレラ*清水義範

  • 2005/10/25(火) 20:42:35

☆☆☆・・



 シンデレラは最後に王子さまと結婚する。
 しかし、それで終わらないのが人生である。
 シンデレラは、心やさしく、頭もよく、美しい。
 それは確かにその通りである。しかし王子さまのほうはどうか・・・・・。
 はたまた、年頃になった赤ずきんちゃんやアリスの運命は?
 人間ピノッキオの学校の成績は?
 王様に裸の服を着せた二人組みの次の仕事(ヤマ)は?etc.
 ――おなじみ名作童話の意外な後日譚を描く表題作をはじめ、
 人間生活の不可解、可笑しみ、哀しさを奇想で抉る痛快シミズ・ワールド。
 機知満載の最新抱腹小説集!
               (帯より)

表題作のほか、喧嘩の畦道・全面対決・王様の耳・豆腐の角・
ムカつく季節・回覧版・エッシャーの父


童話のパロディはときどき見るが、後日譚はあまり見かけないような気がする。
そんなところに目をつけた著者の慧眼、というか、主人公たちのその後が見えてしまって なんともやりきれない心持ちで苦笑している著者の姿が目に浮かぶようである。
他の作品は表題作とは少し毛色が違うが、人間が生活していく上で避けては通れないあれこれが、ときにあたたかく、またときには皮肉をこめて描かれていて妙に納得させられるのである。

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コッペリア*加納朋子

  • 2005/10/23(日) 20:47:25

☆☆☆・・



 私とそっくり同じ顔をした人形が、じっと私を見つめている。
 その人形は官能的な肌と壊れた心をもっていた。
 天才的な人形作家、人形を溺愛する青年、
 人形になりきろうとする女優、そしてパトロン。
 人形に憑かれた人々が織りなす情念のアラベスク。

 目を閉じて胸の上で両手を組み、銀色の髪はふわりと広がり、
 そして周辺には細かな花が散らばっている。
 眠っているのだ、と最初は思った。けれど違った。
 死んでいる。最初から命などないのに、それでも死んでいる。
 これは人形の、遺体だ。
 喉が渇く。  胸の鼓動が速くなる。
           (帯より)


人形を愛するあまり、人形に翻弄されつづけた人々の物語。
如月まゆらとして人形師のカリスマとも言える 春野真由子。彼女の人形師としての才能を発掘し、育てた 創也。両親に望まれずに生まれたと信じ人間嫌いになった了。まゆらの作る人形とそっくりな容貌を持つ高慢な女優・聖。
聖 こと聖子の遠縁の佐久間の伯母様。
人形に魅せられたがために人生を踏み外し、道ならぬ道を歩き出してしまったような彼らは、正気を失い、何かに取り憑かれているように見える。彼らの何かが人形を呼び寄せたのか、それとも人形の方が彼らの裡に眠る何かと呼応し、引き寄せたのだろうか。
無機質な物であるはずの人形が、まるで生きて想いを遂げているかのような不気味さが際立っているのだが、きっとそれも結局は人間が作り出したものなのだろう。
本当に怖いのは人間の執念なのに違いない。


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切れない糸*坂木司

  • 2005/10/20(木) 21:34:54

☆☆☆☆・



 俺、新井和也。家は商店街によくある町のクリーニング屋さ。
 新井と洗いをかけた「アライクリーニング店」が屋号。
 年じゅうアイロンの蒸気に包まれて育った俺は、超寒がりときている。
 大学卒業をひかえたある日、親父が急死した。
 就職も決まっていない俺は、仕方なく家業を継ぐことに。
 大ざっぱな性格の母親、アイロン職人のシゲさん、そして長年
 パートとして店を盛り立ててくれている松竹梅トリオの松岡さん、
 竹田さん、梅本さんに助けられ、新たな生活がスタートしたんだ。
 目下のところクリーニング品の集荷が、俺の主な仕事。
 毎日、お得意さんの家を訪ねては、衣類を預かってくるというわけ。
 ところが、あるお得意さんから預かった衣類は・・・・・。
  (見返しより)


日常ミステリ、というか商店街ミステリである。
和也と友人で喫茶店のバイトの沢田の関係は、『青空の卵』の坂木と鳥井の関係と とてもよく似ている。和也が相談を持ちかけ、話を聞いた沢田が推理し、魔法のひと言を謎の当事者に向かって和也に言わせることで謎解きのきっかけを作るのだ。まるで坂木と鳥井の手順を見ているようである。
それなのに別のものとして愉しめるのは、生まれてからずっと商店街に暮らす和也をとりまく良くも悪くも濃密な人間関係や、充分に分かり合えるまえに急死した父親に対する気持ち、そして、困った顔をした生き物に擦り寄ってこられる和也の性質と、唯一そんな彼が困った顔で相談できる沢田との関係が魅力的だからだろう。
また、この物語がやさしさに包まれている心地がするのは、謎を解いた時点で≪めでたしめでたし≫と その人との関係を断つのではなく、その先にまでも心を配り、その後をまでも見守って よい関係を築いているからなのだろう。
遠くても近いと思える切れない糸を持てた者はしあわせである。


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ユーモレスク*長野まゆみ

  • 2005/10/18(火) 18:15:33

☆☆☆・・



 不在の人の記憶が紡ぎ出す切ない物語。
 弟は隣家から聞こえてくるユーモレスクが好きだった。
 六年前に行方不明になった弟・真哉。
 鏡合わせに一棟を分けた隣家は、
 それ以来「近くて遠い」場所となった・・・・・。
     (帯より)


11歳のとき 遠足に行ったきり帰ってこなかった弟・舘真哉と、いつ帰ってきてもいいように弟のものをそのままにして待つ家族。語り手は真哉の姉であるわたし・周子。そして鏡合わせに住まう比和一家。隣家の姉・すみれは弟の担任でもあり、その弟・文彦は周子の同級生でもある。
六年経って、やっと目の前に見えてきた真実と、それでもなお見えない事。
哀しく切なく、どうしようもないやるせなさに包まれる。誰が悪いとか、何がいけなかったとか、そんな詮索は何にもならない。

老舗百貨店の紳士服売り場に勤める周子や売り場の先輩の紳士服やその中身である男性のありようを見定める目が丁寧に描写されていて好感が持てる。
その紳士服売り場の店員としての目が、六年前には見えなかった人間関係を見極める目ともなったのだろう。
ピアノで弾かれるユーモレスクが切なさを募らせる。


ジオラマ*桐野夏生

  • 2005/10/18(火) 10:00:47

☆☆☆・・



 ちがう。
 こんなはずではなかった。
 ずれていく、何かがずれていく・・・。

 マンションの真下に住む赤い髪の女。銀行員の自分とは
 まったく別世界の人間だと思っていたのに・・・・・。
 夜はウリそやるOL、偽装結婚をしてしまったゲイのサラリーマン、
 みな自分なりに普通の人生を歩んでいたはずの人たち、
 その平凡な日々にひそむ闇。
 日常の断片が少しずつ異常な方向にずれていく恐怖感が、
 濃密に立ちこめる短編群。
                (帯より)


表題作のほか、
デッドガール・六月の花嫁・蜘蛛の巣。井戸川さんについて
捩れた天国・黒い犬・蛇つかい・夜の砂

取り立てて語ることもないような ごく普通の日常が淡々と描かれ、淡々とした語り口は変わらないのに どこかから少しずつずれてゆく。
登場人物たちは ずれたことに、ずれ幅が大きくなり後戻りできなくなってから気づいてしまったような、茫然としつつもある種の開放感に満たされているような気がする。
怖いのだが、これこそが人間の営みなのではないかという心持ちにもなる。


作家小説*有栖川有栖

  • 2005/10/17(月) 17:22:32

☆☆☆・・



ブラックな短編集。

書く機械・殺しにくるもの・締切二日前・奇骨先生・サイン会の憂鬱
作家漫才・書かないでくれます?・夢物語 の8編。

作家にとっては一大問題、しかし部外者にとってはにんまり可笑しい、という作家稼業につきもののあれこれをチクリピリリと描いた物語たちである。
作家漫才など絶妙である。


コールドゲーム*荻原浩

  • 2005/10/16(日) 17:31:10

☆☆☆☆・



高校野球か何かの爽やかだが残念でした、という物語なのかと思って読み始めたのだが、まったく違う様相だった。語り手はコールドゲームで甲子園を諦め 引退したばかりの高校生 渡辺光也ではあるのだが。
そして、野球のゲーム自体は出てこないが、野球部体質とでもいうような規律正しさが そもそも光也の中学二年当時の立場を決めていたのだろう。
これは、いじめと報復の物語である。
いじめは中学の頃、ありがちな――と言って済ませてしまえる問題ではないが――多勢 対 一人の図式のかなり陰険なものだったのだが、特定の誰かが積極的だったというよりも、いつのまにか流れが止められなくなってしまったとでもいうように勢いづいたものだった。
四年後、メールや手紙で奇妙なメッセージが送りつけられた直後に当時のクラスメートが何人も妙な目に遭うという事件が起こり、クラスのボス的存在だった亮太が 自分たちが散々いじめていた廣吉の仕業らしいということに気づき、あてにならない警察の代わりに廣吉を見つけ出そうとパトロールをはじめるのだが...。

その後は思ってもいない展開になるのだが、いじめがもたらすものは、いじめた側にもいじめられた側にも修復のできない深い傷を残すだけの不毛なものだということが、取り返しのつかない形で見せ付けられる。
そして、報復にのめり込めばのめり込むほど、その情熱は決して熱くはなく冷え冷えと冷たくなるのだということも。


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龍宮*川上弘美

  • 2005/10/14(金) 18:11:57

☆☆☆・・



川上弘美ワールドここに極まれり!という趣きの8つの物語。
時間の隔て・場所の隔て・人間と人間ならぬ者との隔て。
さまざまな隔てをとりはらい、なおかつ淡々と淫らで、生きることを放棄していない者たちの物語とも言えそうである。
自分が日々どれほど多くの線引きをしながら生きているかを思い知らされもする。


沙羅は和子の名を呼ぶ*加納朋子

  • 2005/10/13(木) 17:27:21

☆☆☆・・



表題作、沙羅(さら)和子(わこ)の名を呼ぶ ほか9つの この世ならぬ者がこの世と関わる物語。
この世ならぬとは言っても、川上弘美さんワールドに登場する異世界の者ではなく、いまはこの世にいなくなってしまった、いまにもこの世から消えそうになっている、そしてこの世にいることさえ許されなかった者たちなのである。
この世に強く心を残したままこの世にいられなくなった魂は、いつでも何とかして想いをこの世で形ある者に伝えようとしているのかもしれない。彼らを見ることのできる者ははたして幸せなのだろうか それとも不幸せなのだろうか。
この物語では少なくとも不幸せではなさそうである。見ることができなければ気づくこともできなかった物事に気づけただけでも幸せだったのかもしれない。


ぼくと未来屋の夏*はやみねかおる

  • 2005/10/11(火) 17:39:00

☆☆☆・・



小学校6年生の山村風太は、夏休みに入る前の日、抱えきれないほどの荷物と悪戦苦闘しながら家に向かう道で、旅する未来屋・猫柳健之介と出会ったのだった。
そしてそれが、風太の夏休みを いままでのどの夏休みともまったく違ったものにすることになるのだった。

風太の住む髪櫛町には、神隠しの森に入ると帰ってこない者がいる、という言い伝えがある。そして、猫柳さんの極私的な都合で この夏休みの風太の自由研究のテーマは「神隠しの森を調べる」ことになってしまった。
将来は小説家になりたいと思っている風太は、原稿用紙に 探偵・WHOと助手のネコイラズの物語を書き進めながら、神隠しの森を調べ始めるのだが。

未来屋とはいったい何なのだろう。予想するのではなく、確実にやって来る未来を売るのだという。しかも100円で、しかも人によってはタダで、しかも気が向くと自分から進んで教えてくれたりもする。よくわからなくて妖しくて怪しいのだが、なんとなくそのペースにはまってしまう。
未来屋・猫柳健之介 こそが風太の夏休みを輝かせた宝ものだったのかもしれない。


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MISSING*本多孝好

  • 2005/10/10(月) 17:45:19

☆☆☆・・



 小説推理新人賞受賞作「眠りの海」を含む処女短編集

 眠りの海
 祈灯
 蝉の証
 瑠璃
 彼の棲む場所・・・・・

 この5つの物語は、あなたの中に潜むミステリアスな風景を
 必ずや呼び覚ますことだろう・・・・・。
         (帯より)


すっかり忘れていたのだけれど、一度読んだことがあったのかもしれない。
読み初めから既視感に捕らわれたから、きっとそうなのだろう。
だが、受ける印象がどの物語も少しずつ違っているようで、自信を失くす。
今回は、そこはかとない哀しみに囚われることが多かった。
人は、何かを少しずつ失いながら生きてゆく生き物なのかもしれない。


東京DOLL*石田衣良

  • 2005/10/08(土) 21:19:02

☆☆☆・・



 わたしは、恋する人形。

 「ねぇ、MG。人形はどうするか、知ってる。
 人形はうんともてあそばなきゃいけないよ」

 青く透明なビルと虚ろさが混在する東京湾岸――
 石田衣良がハードにシャープに描く
 パーフェクトな人形に恋をした男の物語。
         (帯より)


ゲームクリエィターのMG(マスター・オブ・ゲーム) こと相楽一登は、≪女神都市(ヴィーナスシティ)≫の原案を練っているさなか、コンビニでレジを打つ水科代利(みずしなより)に出会う。
完璧ともいえるバランスを持つその姿は、MGの創作意欲に火を点けたのだった。
東京の街で 場所を替え衣装を替えて代利を撮影するうちに、いつしかMGにとって代利はなくてはならないものになってゆく。

三角関係だか四角関係だか、愛情関係ももつれているし、大会社の圧力や正々堂々とは言えない引き抜きの気配があったりもして、状況はかなりごたごたしているのだが、それにもかかわらず、全編を通して 光を弾く硬質な雰囲気が流れつづけ、人の想いの熱さがカプセルに包まれているかのようにじかに伝わってこないのは著者の意図なのだろうか。
まさにバーチャルリアリティの世界を見ているようだった。

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秘密。

  • 2005/10/08(土) 07:25:20

☆☆☆・・



私と私のあいだの十二話
吉田修一・森絵都・佐藤正午・有栖川有栖・小川洋子・篠田節子
唯川恵・堀江敏幸・北村薫・伊坂幸太郎・三浦しをん・阿部和重
というなんとも魅力的な著者たちによる。

 レコードのA面・B面のように、ひとつのストーリーを
 2人の別主人公の視点で綴った短編12編。
 たとえば、宅配便の荷物を届けた男と受け取った男の
 扉をはさんだ悲喜こもごも、バーで出会った初対面の男女、
 それぞれに願いを叶え合おうといった男の思惑、
 応えた女の思惑など・・・・・。
 出来事や出会いが立場の違い、状況の違いでどう受けとめられるのか、
 言葉と言葉の裏にあるものが描かれた不思議な一冊。
   (文庫裏表紙より)


「怖い!」とまず思った。
恐ろしいことがかかれているわけではないのだが、怖い。
ほんの少しだけ視点を移すことによって、同じ出来事がこうも様相を変えてしまうのか と。そして普段 わたしたちは大抵の場合自分の視点からしか物事を見ようとしていない。というよりも、他人の視点で物事を見ようとし始めたら収拾がつかなくなってしまうだろう。物事はどこまでも連鎖しているのだから。
それでも、自分のことを自分のこととして歓んだり哀しんだりすることが、ともすれば誰かを傷つけることになるかもしれないと思うと、「怖い!」としか言えないのである。


東京物語*奥田英朗

  • 2005/10/06(木) 21:46:06

☆☆☆・・



1959年に名古屋で生まれた田村久雄の1978年から1989年までの物語。

名古屋が好きになれず、東京を夢見た田村久雄は、大学受験に失敗すると、翌年に備えて予備校に通うべく東京に出る。翌年、大学に入学するが、父の会社が倒産し 中退することになる。そして、「新広社」という小さな広告代理で働きはじめる。
時代背景を思わせるできごとがいつも物語の背景にあり、当時の東京の浮かれ模様を懐かしく苦々しく思わされたりもする。
東京物語 というよりも田村久雄物語のような気がするが、やはり名古屋に暮らす田村久雄ではなく、東京で闘う田村久雄の物語なのだろう。


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れんげ野原のまんなかで*森谷明子

  • 2005/10/06(木) 09:28:40

☆☆☆・・



 秋庭市のはずれもはずれ、ススキばかりがおいしげる
 斜面のど真ん中に立つ秋庭市立秋葉図書館、そこが文子の仕事場だ。
 無類の本好きである先輩司書の能瀬や日野らと、日がな一日
 あくびをしながらお客さんの少ない図書館で働いている。
 ところがある日を境に、職員の目を盗んで閉館後の図書館に
 居残ろうとする少年たちが次々現れた。
 いったい何を狙っているのか?(第一話 霜降――花薄、光る。)
 長閑な図書館を優しく彩る、季節の移り変わりとささやかな謎。
 『千年の黙 異本源氏物語』で第十三回鮎川哲也賞を受賞した
 期待の新鋭が放つ、本好き、図書館好きに捧げる受賞第一作。
  (帯より)


図書館員の本に対する愛情の並々ならないことがじわじわと伝わってくる。
その思い入れぶりたるや 変人との境界線上にいるのでは、と思わされるほどである。けれどもそれが好もしい。
図書館という限られた空間で結びつく人と人の想いもまた好もしい。
この図書館の置かれた状況はまったくのどかなのだが、そこであるいはその周辺で起こる事々はのどかとばかりは言っていられないものだったりもする。
能瀬の観察眼の細かさが謎に答えを与えてゆくのをじれったくわくわくする気持ちで見ているのは登場人物も読者もきっと同じだろう。
自分がいつも行く図書館にはどんな物語が隠されているのだろう、と想像すると心が弾んでくる。


送り火*重松清

  • 2005/10/04(火) 17:12:47

☆☆☆☆・



 私鉄沿線――希望と悪夢を乗せて、快速電車は走る。

 鉄道が街をつくり、街に人生が降り積もる。
 もくもくと走る通勤電車が運ぶものは、人々の喜びと哀しみ、
 そして・・・・・。
 街と人が織りなす、不気味なのにあたたかな、
 著者初のアーバン・ホラー作品集!
            (帯より)


新宿と郊外を結んで走る富士見線沿線を繋ぐ9つの短編集。

読み終えて帯を見てびっくり!これはホラーだったんだ。
ホラーというよりも、人間ドラマと思って読んでいたのだった。
どういう風に生きるか、どういう風に日々を過ごして、最終的にはどういう風に死ぬか。どの物語を読んでもそれを問われているように思えた。
たくさんの すれ違い、並び立ち、目に見えたり見えなかったりする関わりをもつ数多の人生の中での自らの身の置きどころを探す旅のような物語。そんな風に思えたのである。まったくのひとりよがりかもしれないが。

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発言者たち*清水義範

  • 2005/10/03(月) 17:33:27

☆☆☆・・



 耳を貸しなさい!!
 出版社へのお叱りの手紙、テレビ局への抗議の電話、
 有名人宅への押しかけ、世の中無名の発言したい人ばかり。
 そんな人間の姿をユーモラスに描く長篇小説

 どんな人間でも、己の意を世界に対して投影したいと、発言欲を持っている。
 なのに、発言の権利というものは、万人に公平には配られていない。
 金持ちと貧乏人がいるのと同じように、発言権ありの人間となしの人間
 とに分けられている。自分の発言を世に投げかけることのできない人
 ・・・・・満足できない人は、何らかの方法で、小言をつぶやき始めるのだ。
 そしていつのまにか、そういう活動自体が生きがいになってしまう
 ような人すらいる。(本文より)
              (帯より)


番匠(ばんしょう)靖之は、乞われるままに雑誌などに雑文を書くことで暮らしを立てている ノンフィクション・ライターである。出版社の編集者との雑談の中で、お叱りの手紙を送りつけてくれる読者たちのことに興味を持ち、これから書いてみたいと思っている小説の題材になるかもしれない、と会いに行く。

自分の意見を発言する、とはそもそもどういうことなのか、考えれば考えるほど迷路に迷い込む心地になり、番匠の筆は滞りがちになるのだが。

まったく考えるほどに堂々巡りに陥りそうである。
ここにこうして本の感想などを書いていること自体、発言欲の押し付けに違いないのだから。著者はまったく痛いところを突いてくるものである。

扉は閉ざされたまま*石持浅海

  • 2005/10/02(日) 17:27:29

☆☆☆☆・



 <著者のことば>
 「鍵のかかった扉を、斧でたたき壊す」
 本格ミステリの世界にはよくあるシーンです。
 「そうではない」話を書こうと思いました。
 閉ざされた扉を前にして、探偵と犯人が静かな戦いを繰り広げる。
 この本に書かれているのは、そんな物語です。
 対決の立会人はわずかに四人。あなたが五人目です。
   (見返しより)

 久しぶりに開かれる大学の同窓会。
 成城の高級ペンションに七人の旧友が集まった。
 (あそこなら完璧な密室をつくることができる――)
 当日、伏見亮輔は客室で事故を装って後輩の新山を殺害、
 外部からは入室できないよう現場を閉ざした。
 何かの事故か?部屋の外で安否を気遣う友人たち。
 自殺説さえ浮上し、反抗は計画どおり成功したかにみえた。
 しかし、参加者のひとり碓氷優佳だけは疑問を抱く。
 綿密な偽装工作の齟齬をひとつひとつ解いていく優佳。
 開かない扉を前に、ふたりの息詰まる頭脳戦が始まった・・・・・。

                               (裏表紙より)


犯行後逃げ出すことも叶わないこの場所を犯行に選んだ理由は何なのか?
矛盾を暴かれないとも限らないにもかかわらず扉を閉ざさなければならなかった理由は何なのか?
伏見を殺人者にしてしまった理由は思ってもみなかったことだった。
優佳がいなければ、おそらく何も疑問視されることなくすんなりと事故として片付いたのだろう。しかしそこには、優佳がいたのだ。
かつて学生だった頃恋し、やがて嫌悪した優佳が。
普通の人が少しも引っかからずに素通りするさまざまなことに不自然さを感じ、納得するまで追及する彼女は、表面上繕っている表情とは別に 激することなく冷徹な人間なのである。気づかなくてもいいことに気づいてしまい、うやむやにできないその性格ゆえに、彼女はどれほど疲れているのだろうか。自分の目的を達して殺人者となった伏見よりも、わたしには優佳が哀しく映る。

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箪笥のなか*長野まゆみ

  • 2005/10/02(日) 09:41:09

☆☆☆☆・



 長野まゆみの新境地が、いまここに拓かれる。
 古い紅い箪笥をめぐる不思議ワールド

 弟は少年のとなりへ布団を敷く。
 久しぶりに紅い箪笥のそばで眠るのを愉快がる。
 幼い日の晩のように見知らぬ人物が枕もとに佇つのを期待している。
 頭からすっぽりかぶる黒い雨合羽を着たその人物は、
 弟の耳に手のひらをあてた。電車の音が聞こえてきたと云う。
 小学生だった弟は、怖いだの気味悪いだのとは感じなかったらしい。
 ――本文より
                      (帯より)


連作短編集。
親戚の家から使われていない古い紅い箪笥をもらい受けてきたところからこの物語ははじまる。この物語のはじまりはここなのだが、実は箪笥による縁はめぐりめぐってもう遥か以前から続いているのである。この物語はそのほんの一端というところであろう。
幼い頃から不思議なものを呼び寄せてしまう性質の弟とその家族、紅い箪笥をもらい受けたわたし、実家の両親、わたしが借りる家の大家、などが少なからず箪笥との縁を持っている。偶然ではあるまい。
常識で推し量ることのできない不思議を、そこにあることとしてそのまま受け容れる登場人物たちがとても豊かに思えて羨ましくもある。
そしてなにより、食べもののことやら 小物のことやら 自然現象のことやらの描写に心が篭り、丁寧さが心地好い。漢字の使われ方ひとつにも並々ならぬ想いが篭っていることが窺い知れてうっとりさせられる。

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MOMENT*本多孝好

  • 2005/10/01(土) 14:21:20

☆☆☆☆・



 あの病院にはね、以前から語り継がれている
 一つの噂話があったんだ・・・・・
 そして僕は、死を前にした人たちの願いを一つずつ叶えていく。
 心に残る物語との出会い。

 最期に一つだけ、必ず願いごとを叶えてくれる人物がいる。
 そんな不思議な噂が、患者たちの間で囁かれていた。
 アルバイト清掃員の学生が垣間見た、その病院の伝説とは・・・・・
 『MISSING』の新鋭が奏でる物語のシンフォニー。
 今、静かに強く、あなたの胸を打つ!
           (帯より)


大学4年生の神田は、授業もなく暇なのだがこれといって目的を見つけられず就職活動もしないで病院で清掃員のアルバイトをしている。
そして、この病院の伝説となっている必殺仕事人として死を目の前にした人たちの願いごとを叶えているのだった。
事の起こりは、あるとき重症患者の老女の願いを聞き届け、遺産として過分な金額を受け取ったことだった。もう返すことのできない多すぎる報酬に少しでも報いるために、他の患者たちの願い事も叶えるようになったのだった。
残り少ない時間を抱える彼らには、さまざまな人生模様・心模様があり、最期に叶える願い事にもさまざまな想いが詰め込まれているのだった。
しかし、神田は本当の必殺仕事人ではないのだ。実際の伝説の真実は、実はまったく違う様相を見せるものだったのだ。

神田君の気負わない素直なやさしさがとても心地好く、幼なじみの女友達で病院に出入りする葬儀屋を仕切る森野とのやりとりも不器用ながら真っ直ぐで好感が持てる。

死ぬ瞬間に何を考えるのか?
きっと答えはその瞬間まで出ないのだろう。

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