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名探偵を負いかけろ*日本推理作家協会編
- 2005/11/29(火) 17:35:59
☆☆☆・・
永遠のヒーロー、それは名探偵 編集委員 山前 譲
謎解きの中心に毅然として立つ名探偵のキャラクターは、
百数十年間で不動のものだ。多くのものがこの世から消え去り、
そして夥しいアイテムが新しく誕生してきたなかで、
名探偵の颯爽とした姿はまったく古びていない。
それどころか、ますます輝きを増しているかのようにさえ感じる。
その名探偵の活躍を一冊にまとめたのが本書である。
ここには2001年から2003年にかけて発表された13作が収録されている。
すなわち、21世紀になって最初の名探偵の事件簿なのだ。
「編纂序文」より
赤川次郎・芦辺拓・有栖川有栖・逢坂剛・大倉崇裕・
霞流一・加納朋子・倉知淳・高橋克彦・柄刀一・
宮部みゆき・森博嗣・山田正紀
13人の著者の手になる13人の名探偵の物語。
まだまだ知らない名探偵がたくさんいるものだと改めて思う。
物語は、誘拐身代金強奪事件で警察の目の前で札束が石ころに替わった謎を解く 森博嗣さんの『いつ入れ替わった?』がいちばん面白かった。
初対面の名探偵でいちばん魅力的だったのは、爆弾を仕掛けられたバスの座席に平然と座って別の事件を推理する 山田正紀さんの『ハブ』の風水火那子だった。
天使の代理人*山田宗樹
- 2005/11/26(土) 14:19:33
☆☆☆☆・
望まれない命はありますか?
子供の命は誰のものですか?
中絶は殺人ではないですか?
『嫌われ松子の一生』の著者が再び生命の尊さを描いた
深く胸に響く衝撃作、書き下ろし!!
平成3年、生命を誕生させるはずの分娩室で行われた後期妊娠中絶。
数百にのぼる胎児の命を奪ってきた助産婦・桐山冬子がその時見たものは、
無造作に放置された赤ん坊の目に映る醜い己の顔だった。
罪の償いのため生きていくことを決意する冬子。
その日から決して声高に語られることのない、生を守る挑戦が始まった。
平成15年。
冬子は助産婦をしながら“天使の代理人”という組織を運営していた。
社会的地位を獲得することを目標に生きてきたものの、
突然銀行でのキャリアを捨て精子バンクを利用して出産を決意した
川口弥生、36歳。
待望の妊娠が分った直後、人違いで中絶させられた
佐藤有希恵、26歳。
何も望まぬ妊娠のため中絶を考えたものの産み育てることを選んだ
佐藤雪絵、20歳。
それぞれの人生と、“天使の代理人”が交錯し、
ひとつの奇跡が起ころうとしていた――。 (帯より)
優生保護法の元、経営のためにお産よりも中絶を多く扱う病院があり、快楽を求めた挙句あまりにも簡単にに中絶手術を受けようとする人々がいる。
胎児を命ある一個の人間とみなさず、虫歯か腫瘍のように扱いその思いを忖度せずにないものとする人々がいる。
そんな医療の現場にあって、自らも何百という命を断つことに手を貸してきた桐山冬子が、いたたまれない償いの気持ちから著し自費出版した一冊の本『天使の代理人』から物語ははじまった。
中絶しようと病院を訪れた女性の元に“天使の代理人”と名乗る中年女性が現われ、中絶とはどういうことか、今の胎児の状態はどんな風かを話し、中絶を思いとどまらせようとする ということが密かにあちこちで行われていた。桐山冬子はまったく知らないことだったのだが・・・・・。
助産師として妊産婦のケアをする――のちには“天使の代理人”の役割も負いながら――桐山冬子の側と、中絶しようとする女性たちの側の事情が交錯しながら物語りは進んでいく。そしてそこに患者の取り違えで心から望んだ妊娠を中絶させられた佐藤有希恵と、取り違えの相手で “天使の代理人”の説得で中絶をキャンセルした佐藤雪絵とのありえないような、けれど心温まる物語が絡められている。
妊娠中絶の是非にひとつの明確な答えが出たわけではないのだが、最後の数ページは特にじんと胸に迫るものがある。
もうおうちへかえりましょう*穂村弘
- 2005/11/24(木) 17:43:18
☆☆☆・・
白馬に乗ったお姫様はまだ?
スギタニが、ふっと顔をあげて、「お前とつきあうと
女の子はブスになるよな」と云った。ぎくっとする。
胸がどきどきしてくる。腹は立たない。やっぱり、そうか、と思う。
正義の味方はもういない。金利はまったくゼロに近い。
高度成長期に育ち、バブル期に青春を過ごした41歳独身歌人は、
デフレとスタバとケータイに囲まれて、ぼろぼろの21世紀を生きている。
永遠の女性は、きらきらした「今」は、いつ目の前に現われるのか?
(帯より)
歌人・穂村弘のエッセイ。
初めて会う人に、よく言われるという
「意外と背が高いんですね」あるいは「意外と痩せているんですね」
小太りな印象の文章を書く(?)著者の胸の中からあふれ出た あのときこのときのあれこれ。
押しも押されもしない若い短歌の牽引者たる著者のちょっと気弱な素顔を覗きみた心持ちがする。
沼地のある森を抜けて*梨木香歩
- 2005/11/24(木) 13:05:48
☆☆☆☆・
はじまりは、「ぬか床」だった。
先祖伝来のぬか床が、うめくのだ――
だいじょうぶだ。世界は終焉を迎えない。
どんな形を取っても、何かに形を変えても、伝わってゆく何かがある。
生命は、いつか必ず、光のように生まれてくる。 (帯より)
亡くなった叔母からマンションごと引き継いだぬか床。
先祖伝来のぬか床。
何代もの女たちがかしずき人生を捧げたぬか床。
物語はこのぬか床を上淵久美が受け継いだところからはじまる。
子どもの頃からなんとはなしに不思議に思っていたことが、いざ自分がぬか床に仕える身になってみて初めて現実に目の前で起こり、不本意ながらも腑に落ちるのである。ぬか床から人が現われるなんて、目の前で見なければきっと誰も信じられないに違いない。
久美は、ぬか床に取り込まれなかったただひとりとして、ぬか床と自分自身のルーツを求めて故郷の島へと赴くのだった。
ぬか床にまつわる不思議憚の様相をとってはいるが、これはまちがいなく命の誕生を追及する物語である。小さな小さな一個の細胞の、そしてその中で繰り広げられ続けてきた壮大な生命の神秘の物語なのである。
沼地のある森を抜けたそこは、新しく生まれるための闘いの場であり安らぎの場であるのだ。
モーダルな事象*奥泉光
- 2005/11/21(月) 18:14:20
☆☆☆・・
――桑潟幸一助教授のスタイリッシュな生活――
大阪にある最低レベルの女子短大・麗華女子短大の近代文学の助教授である桑潟幸一を主人公とする物語と、編集者の諸橋倫敦とジャズシンガーでフリーライターでもある北川アキの元夫婦探偵を主人公とする物語が同じ事件を軸に並行して進んでいく。
桑潟幸一はまったくもってやる気のない学生しかいない短大に在って、まったくもってやる気のない講義をする助教授であり、何の変化もない退屈な日々を送っていたのであったが、あるとき大手の文芸出版社の猿渡という男によって持ち込まれた仕事――最近になって発見された童話作家溝口俊平の遺稿を桑潟が発見したことにして世に出すこと――を引き受けた途端、関係者が次々に殺されたり と、なにやら日常は混沌としてくる。
一方、元夫婦刑事の物語はといえば、ごく普通の探偵物語としてこの事件を調べながら進むのである。
元夫婦刑事物語の方はミステリなのだが、桑潟の物語の方は戦争中にタイムトリップしてみたりと SFの世界であり 哲学的でもある。そして、桑潟の物語の中で一連の事件は現実のものとして解決されるのだが、それは元夫婦刑事の物語の中では納得することができても、桑潟のいるSF的世界では何も解決されていないに等しいのである。今やひとところに集められた7つのアトランチィスのコインがこのまま大人しくしているはずがないと、ゾワゾワした心地は去らないのである。
かなしみの場所*大島真寿美
- 2005/11/18(金) 17:51:16
☆☆☆☆・
物語の主人公・果那は 離婚後、梅屋という元々は骨董や家具などを商っていたが今ではちょっとしたアクセサリだとか雑貨だとかを置いたりもしている店に、ちょっとした作品を置いてもらっている。
自宅では眠れなくなってしまった果那なのだが、この梅屋の奥の三畳間では 引きずりこまれるように眠りに落ちることができるので度々ここで眠らせてもらっている。
果那は眠る時にはいつも とても長くはっきりした寝言を言う癖があり、どうもこれは幼い頃に誘拐されたことが胸の中でわだかまっているからのように思うのだった。この誘拐の顛末を父母や伯母はなぜか語ろうとしないので、この謎が解けたときにはさぞやすっきりするだろう、と思っているのだが・・・・・。
果那にしろ、梅屋の姪で店を手伝っているみなみさんにしろそれぞれ複雑な関係を抱えていて深い悩みも多かろうと思われるのだが、なんとはなしにほんわりと周りを温めるような空気を持っているように思えて こちらまで胸のなかがほっこりとしてくる。折に触れ登場する近所の和菓子屋・錦紅堂の和菓子も実に美味しそうに描かれていて口のなかが甘くなってくるようだ。
タイトルが『かなしみの場所』であるのが、なにやら切ない。
競作 五十円玉二十枚の謎
- 2005/11/17(木) 17:46:24
☆☆☆・・ 競作五十円玉二十枚の謎
若竹 七海、依井 貴裕 他 (2000/11)
東京創元社
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現実に起こったリドル・ストーリーに、気鋭の推理作家が挑戦
さらに 一般から寄せられた解答中の優秀作を加えた
異色の競作アンソロジー (帯より)
若竹七海・法月綸太郎・依井貴裕・有栖川有栖・笠原卓・
阿部陽一・黒崎緑・いしいひさいち
というプロ陣と一般から寄せられ優秀作に選ばれた5編。
若竹七海さんが実際に体験して未だに解けずにいる謎にこぞって解答を与えようという試みである。
若竹さんが学生時代アルバイトをしていた書店にほとんど毎週土曜日に50円玉を20枚握りしめて千円札への両替を頼む風采の上がらない男がいた。書棚の本には見向きもせず、やたら急ぐ風であったという。
この問題編を若竹七海さん自身が書き、解答編をそれぞれが知恵を絞って出している。この試みからして興味深い。
どの解答編もなるほどと思わせられるのだが、いかんせん実際の謎が解かれているわけではないので余計に事実を知りたくなって困る。
二百年の子供*大江健三郎
- 2005/11/15(火) 18:02:22
☆☆☆・・
ノーベル賞作家が約束していた、「夢を見る人」の、タイムマシンの物語
三人の子供たちが、この国の過去と未来で出会う、悲しみと勇気、
ゆったりしたユーモア、時をこえた友情。
――そして「新しい人」が浮かびあがる。 (帯より)
私たちは(子供から老人まで)いまという時を生きています。
私たちが経験できるのは、いつもいまの世界です。
それでいて、過去の深さと未来からの光にひきつけられます。
人間だけが、そのようないまを生きるのです。
そして、そのことを意識しないでも、誰より敏感に知っているのは子供です。
私は小説家として年をとるうち、いまのリアルさと不思議さを
書きたいと思いました。家族や小さい友人たちに約束もしました。
そして、私の中の子供と老人が力をつくして、
そのための文章をみがきました。
時間の旅をしっかりやりとげる子供たち(と、「ベーコン」という犬)
を作り出しもしました。永い間、それもかつてなく楽しみに準備しての、
私の唯一のファンタジーです。 大江健三郎 (見返しより)
「千年スダジイ」のうろで眠り、強く願うと、行きたい時に行くことができるという言い伝えを聞いた「三人組」は、のちに「夢見る人」のタイムマシンと名づけたそのうろで眠っておばあさんが亡くなる前の病室へ行ったのだった。
そしてそれが彼らの冒険の始まりであった。
「三人組」とは、長男の真木・その妹のあかり・その弟の朔。
真木は少し知恵が遅れていてからだが弱いという障がいをもっているが、澄んだ心をもち、ときとしてこれ以上ないくらいのタイミングで的を射た言葉をつぶやくのだった。そんな兄を、妹弟はいたわりながらも尊敬し、大切に思っている。
アサ叔母さんの描いた絵のなかの過去の時代へ旅してその時代の同世代の少年と知り合ったり、未来へもちょっぴり行ってみたりするうち、無力感に苛まれたりもするのだが、そんなときに、父の
「前略 私らはいまを生きているようでも、いわばさ、
いまに溶けこんでる未来を生きている。
過去だって、いまに生きる私らが未来にも足をかけてるから、
意味がある。思い出も、後悔すらも・・・・・ 後略」
という語りかけによって、前向きに考えられるようにもなるのだった。
著者の家族が登場人物たちのモデルとなっていることは明らかである。そう思うときに尚更、大きな包容力や思いやりの気持ち、相手を尊重する心がじんわりとこちらにも染みわたってきて胸をあたたかくしてくれる。
高く遠く空へ歌ううた*小路幸也
- 2005/11/13(日) 17:55:25
☆☆☆・・
カタカナの町シリーズの2作目。
舞台は、丘の上の町。そこには空をさえぎるものがなにもなく 広く高い空はいつでもどこまでも広がっていて 虹がきれいに全部はっきりと見えるのだった。
小学校6年のギーガンこと早川康哉は、ビギニングウィークと呼ばれる春合宿へ行く朝 生まれてから10人目の死体を見つけてしまったのだった。
死体を見つけるのはそういえばいつも霧が濃くでる日曜日の翌日だった。
ビギニングウィークというのは、小学部・中等部・高等部から選ばれた優秀な数人が、次の学年に上がる前に合宿のような共同生活をすることだった。
脳のどこかの配線が繋がっていないかのようにどういうわけか感情を表情に現わせず、能面のような顔しかできないギーガンや幼なじみのケイトや誠くん、そしてビギニングウィークで出会った中等部の柊さんたち、左側の丘の下の町に暮らすルーピーが、この町で起こる不思議なことに丸ごと巻き込まれてゆくのだった。
気づかないうちにこの町で密かに繰り広げられていた 前作同様の≪解す者≫と≪違い者≫の静かな闘いが、≪違い者≫を父に持ち少し人とは違う力を持つギーガンを呼び寄せてしまったのだろう。
≪違い者≫が存在する限り、≪解す者≫はそこに現われるのだろう。次はどこの町だろうか。
探偵倶楽部*東野圭吾
- 2005/11/12(土) 20:35:49
☆☆☆☆・
<探偵倶楽部とは、政財界のVIPのみを会員とする調査機関。
美貌の男女が秘密厳守で捜査に当たる>
大手不動産会社社長・山上が自宅風呂場で感電死した。
電気コードを用いた家政婦の計画的犯行と処理されるが、
山上の妻・道代は夫の入浴の手順がいつもと違っていたことに
疑問を感じ、倶楽部に調査を命じた・・・・・。
五つの難事件の真相を、探偵倶楽部が鮮やかに暴く! (帯より)
偽装の夜・罠の中・依頼人の娘・探偵の使い方・薔薇とナイフの5編。
ちょっと他では見ない設定ではないだろうか。警察も動くが、あくまでも刺身のツマのような存在で、肝心要のところは探偵倶楽部の二人がビシッと締めている。
金持ちの会員の依頼のみを受けるという≪探偵倶楽部≫だが、抑揚のない話し方をする彫りの深い外国人を思わせる男と きちんとした話し方をする日本人離れしたプロポーションの美女というものすごく個性的なようでいて圧倒的に無個性な二人なのである。
彼らの内幕はまったく描かれておらず、調査の過程や方法はほとんど見えてこないのだが、警察が見誤った事件の真相を確実に探り当て依頼主に報告するのを見ると、痛快であるとともに空恐ろしくもなる。
それにしてもこの一冊のなかで、何度トリックが捻れ、推理が裏切られただろうか。またしても東野さんにやられた感がある。
ZOKU*森博嗣
- 2005/11/12(土) 17:50:51
☆☆☆・・
正体不明、目的不可解。
彼らはなぜ、「微妙な迷惑」にエネルギーを注ぐのか!?
犯罪未満の壮大な悪戯を目的とする非営利団体<ZOKU>と、
彼らの悪行を阻止しようとする科学技術禁欲研究所<TAI>。
その秘密機知は真っ黒なジェット機と真っ白な機関車!
平穏な日常の裏側では、やられた者が気づかないほどささやかな
迷惑行為をめぐって、悪と正義(?)の暗闘が、今日も続いていた!
(帯より)
黒古葉善蔵率いるZOKU(Zionist Organization of Karma Underground)と
木曽川大安率いるTAI(Technological Abstinence Institute)の闘いの物語である。
悪役がZOKU、正義の味方役がTAIである。
ZOKUは、大臣宅にだけ大音量のバイクの暴走音を聞かせたり、女子行の授業中に一斉に携帯のバイブをブルブルさせたり、畑のさつま芋をすべて半分にして芋判にして埋めなおしたり、映画の真っ最中に笑うタイミングでないところで笑い声を響かせたり、という犯罪にはならないが人々を落ち着かなくさせる事件をあちこちで起こし、それをTAIが追うのである。
なんだか漫画チックなのである。ドタバタ漫画がそのまま文章になっていると言ってもいいかもしれない。登場人物のキャラクターも、それぞれが典型的なキャラのエッセンスを抽出したようにわかりやすいところも漫画っぽい。
だが、それ故にそこはかとなく哀れを誘われもするのである。
殺される理由(わけ)*雨宮町子
- 2005/11/11(金) 14:15:21
☆☆☆・・
こんなミステリーが読みたかった!!
コンゲームあり、犯人探しあり、アリバイ崩しあり!
軽やかでウィット溢れる本格推理連作集。
気鋭が描く隣人たちの五つの罪!
週末に毛利家に宿泊した八人の男女。
下宿人の新人小説賞受賞を祝ってささやかなパーティーが催されたのだ。
翌朝、客のひとりが撲殺死体で発見された。
凶器は中庭の傘立てに立て掛けてあった金属バット。
容疑者として被害者の大学時代の友人が逮捕された。
だが、真犯人はこの中にいる! (帯より)
表題作のほか
なぞなぞ・猫多夫人はしゃべり過ぎ・911・六の字屋敷
P区の区立図書館のパートとして少ない報酬をもらい、足りない分をときどき元の職場である三歩一の興信所の調査員として浮気調査などの≪やわらかい仕事≫をして稼いでいる早乙女亮介が主に探偵役として捜査(調査?)するのである。
図書館で惚れてしまった女性の身に起きたいざこざとか、家庭教師先の家族に起こった事件などを。
図書館で働きながら探偵をすることのギャップや、いつもあまり気乗りがしない風でいながら、話を聞いただけでほぼ真相がわかってしまうという鋭さが 亮介に好感を抱かせる。
調査員の雇い主としての三歩一は75歳という年齢にもかかわらず好色であり、亮介にその手の≪やわらかい仕事≫をさせて愉しんでいる節もある。しかし、彼もまた安楽椅子探偵なのだから侮れない。
ミステリのあれもこれもが愉しめる一冊である。
錆びる心*桐野夏生
- 2005/11/09(水) 17:45:52
あの日にドライブ*荻原浩
- 2005/11/08(火) 18:18:50
☆☆☆・・
人生、今からでも車線変更は可能だろうか。
元銀行員のタクシー運転手は、
自分が選ばなかった道を見てやろうと決心した。 (帯より)
牧村伸郎は43歳。大手の都市銀行・なぎさ銀行で何度もトップの成績をあげ、そのままエリートコースを進むはずだったのだが、たった一度 上司の理不尽さに反論したために銀行を辞めざるをえなくなり、公認会計士試験を受けるための勉強のかたわらにもできるだろうと タクシー運転手になったばかりである。
学歴や銀行時代の成績を引きずったままでタクシー運転手をしている伸郎は、いつか乗客と世間話をするうちに自分の実力を評価され再就職できないだろうか、などと夢想しながらおざなりに業務をこなす日々を過ごしていた。
しかし、選ばなかった未来についてあれこれ想い巡らし、曖昧に別れた昔の恋人の家のそばでストーカーまがいに様子を窺いながら、彼女との暮らしを想い描いてみたりするうち、何が本当に大切なのかが少しずつ見えてくるのだった。
タクシードライバーってこんなに過酷なのか、というのにまずびっくり。実態もこんななのだろうか。ワンメーターくらいの距離では乗りづらくなってしまう。
しかしここでも、伸郎の優等生ぶりはきちんと発揮されていて、ただ漫然と流すだけでなく客の動向をリサーチして臨むことで売上トップになったりするのだ。なんだかちょっぴり哀しい心地がしてしまう。
自分だけが理不尽な目に合っていると憤りつつも 情けない今の自分を恥じてもいる伸郎が銀行員であれば見えなかったであろう世間の人たちを見るうちに、見る目が知らず知らず変化してゆくのが胸にじんとくる。
本当に帰る場所、大切にすべき人たちを失わないうちに気づくことができてよかった。
川のむこう*銀色夏生
- 2005/11/07(月) 17:36:43
ニッポン硬貨の謎*北村薫
- 2005/11/06(日) 17:23:02
☆☆☆・・
一九七七年、ミステリ作家でもある名探偵エラリー・クイーンが
出版社の招きで来日し、公式日程をこなすかたわら東京に発生していた
幼児連続殺害事件に興味を持つ。
同じ頃、大学のミステリ研究会に所属する小町奈々子は、
アルバイト先の書店で、五十円玉二十枚を「千円札に両替してくれ」と
頼む男に遭遇していた。
奈々子はファンの集い<エラリー・クイーン氏を囲む会)に出席し、
『シャム双子の謎』論を披露するなど大活躍。クイーン氏の知遇を得て、
都内観光のガイドをすることに。
出かけた動物園で幼児誘拐の現場に行き合わせたことから、
名探偵エラリーの慧眼が先の事件との関連を見出して・・・・・。
(見返しより)
エラリー・クイーンが来日した折の事件を題材にした未発表原稿があるということで、クイーンを敬愛してやまない北村薫氏に訳者として白羽の矢が立った。
節ごとに丁寧な訳注を入れながら訳されていく物語は連続幼児殺人事件の犯人を追いつめることだった。
大学のミステリ研に属する奈々子は、大学の先輩で日本でのクイーンの世話役である白井の伝で囲む会に出席し、マニアックな質問で氏を喜ばせ在日中の多くの時間を共に過ごすことになったのだが、連続幼児殺人事件と彼女とは無関係ではなかったのだった。
翻訳口調にはやはり馴染めず、時代錯誤や認識不足な点も多々見られるが、まあかえってそれも味があるか・・・・・などと思って読んでしまいそうである。
というのも、これは実は純然たる北村薫さんの(エラリー・クイーンの未発表の原稿を翻訳している という体裁を取った)小説なのだから。
奈々子が ≪描表具≫という 絵で言う額縁の部分にまで絵を書く技法でクイーンの『シャム双子の謎』を説明する個所があるが、この『ニッポン硬貨の謎』にこそ描表具の技法が使われているのである。
そして、この奈々子のモデルは学生の頃の若竹七海さんであり、彼女の実体験を元に書かれた『競作 五十円玉二十枚の謎』に北村氏が加わらなかった理由がこの本なのである。
四月ばーか*松久淳+田中渉
- 2005/11/05(土) 18:36:39
しあわせのねだん*角田光代
- 2005/11/05(土) 18:19:06
☆☆☆☆・
値札のついていない大切なもの
魅惑の電化製品。財布の理想的中身。母との忘れられない旅。その値段は?
お金は何をしてくれて、何をしてくれないのか。
直木賞作家が日々と物欲のくらしから垣間見た、幸福のかたち。 (帯より)
ずっとつけつづけているという家計簿のいろいろなページををのぞき込みながら物とお金と幸福についてのあれこれをつづったエッセイ。
小説家の書くエッセイはどちらかと言うとあまり好きではないのだが、角田さんのエッセイは好き。小説自体がエッセイっぽいからだろうか。
怖がりで小心者なのに、どこへでも自分の足で歩いていって、触って味わって 本当にそこにそれがあることを確かめようという姿勢が好ましい。物でも旅でも。そんな角田さんらしさがぎゅっと詰まった一冊である。
ララピポ*奥田英朗
- 2005/11/04(金) 17:28:49
☆☆☆・・
いや~ん、お下劣。
※紳士淑女のみなさまにはお薦めできません。(作者)
「しあわせ」って何だっけ? 選りすぐりの負け犬たち、ここに集合!
勝ち組みなんて、いない。
神はなぜ、この者たちに生を与えたもうたのか?
対人恐怖症のフリーライター・杉山博(32歳)
AV/風俗専門のスカウトマン・栗野健治(23歳)
専業主婦にして一応AV女優・佐藤良枝(43歳)
NO!と言えないカラオケBOX店員・青柳光一(26歳)
文芸コンプレックスの官能小説家・西郷寺敬次郎(52歳)
デブ専DVD女優のテープリライター・玉木小百合(28歳) (帯より)
帯の惹句にあるとおり全編まったくもってお下劣な6つのオムニバス。下ネタのオンパレードである。確かに食傷気味である。が、これだけあっけらかんと明るく描かれると苦笑するほかないではないか。まったく馬鹿らしくて「しっかりしろーーっ!!」と登場人物たちに渇を入れたくなる衝動を抱えつつ、とてつもなくうすら淋しく哀しい気分にさせられる一冊でもある。
タイトルの『ララピポ』のわけがわかっただけでもよしとしよう。
動物園の鳥*坂木司
- 2005/11/03(木) 22:09:50
☆☆☆☆・
鳥井と坂木のシリーズ第三弾にして最終章。
前作までの知り合いである下町の職人・木村栄三郎翁の紹介で、その友人の高田安次郎さんが持ち込んだ相談事がメインの物語である。
安二郎さんがボランティアとして働いている動物園で このところ危害を加えられた野良猫が何匹も見つかっており、同じボランティア仲間の若い女性・松谷明子さんが気に病んでいるので、何とか犯人を見つけてもらえないだろうか、というのだった。
様子を見に行った動物園で、坂木はある人物に声をかけられる。彼は鳥井を今のような状態に追い込んだ元凶となる男・谷越だった。
中学時代 嫌な奴だった谷越は今も相変わらず嫌な奴で、この物語にはなくてはならない登場人物でもあるのだが...。
相変わらず鋭い観察眼と推理力を発揮して、頼まれたことはもちろん 頼まれもしないことまで見事に解決して見せた鳥井だったが、そんな彼の様子を見、自分と鳥井の関係を思い、坂木が最後に下した決断は、鳥井にとってはあまりにも唐突なものだったことだろう。ノックに応えてドアを開けたときに鳥井がどんな顔をしてそこにいるかを想像すると胸がいっぱいになる。
シリーズはこれで終わりだが、ほんとうの鳥井と坂木の物語はこれからはじまるのだろう。
ハナとウミ*大道珠貴
- 2005/11/03(木) 17:28:35
☆☆☆・・
ハナとウミは16歳と15歳の異父兄弟。奔放なふたりの母は思うままにどこかへ行ってしまい、ウミは不動産屋のごつい父親と暮らし、ハナは祖母の家でうだうだしている。
母が沖縄にいることがわかり、なんとなくふたりとも沖縄へ行く。しかも別々に。
沖縄の底抜けに明るい空と開放的な空気はハナとウミの腕を引っ張って引き入れるのだった。
それぞれが本能の赴くままに、自然に受け容れられて生きているような雰囲気は、ばななチックでもあるのだが、ばななさんの描く世界では心地好くいられるのに この作品ではなぜか居心地がよくない。なぜだろう。ばなな作品の登場人物たちは 自分を肯定し信じている感じがするのに対し、大道作品の登場人物たちは どこかしら自分を信じきれずに諦めているような印象を受けるからだろうか。
そして今はだれも*青井夏海
- 2005/11/02(水) 17:45:35
☆☆☆・・
舞台は「自由・叡智・前進」を学是とする名門高校・明友学園。
長い女子高としての伝統をもつが、昨今の少子化対策として男子も受け入れるようにはなったが 共学とは名ばかりで授業も校舎もほとんど別で接点もまったくと言っていいほどないのが実情だった。女子が強制されなくても自分から勉強し、優秀な成績を修めるのに対し、男子には一様に生彩がなく 成績も押して知るべしである。
そんな学園に退職する恩師の紹介で英語教師として奉職することになった坪井笑子だったが、新任早々男子クラスの担任にされてしまったのだった。
そんな折、英語を教えている女子クラスの生徒たちから「ゲームプログラミング同好会」の顧問になって欲しいと依頼がある。生徒のひとりが勉強部屋として使っているマンションで行われる非公式の集まりに顔を出してみると、そこには男子クラスからも何人か集まっているのだった。
彼等は「ゲームプログラミング同好会」を隠れ蓑として学園の隠された真実を暴こうとしているのだった。彼等が探し出そうとしているのは“X”。家庭教師として教えていた女生徒の弱みを握って追いつめ、引きこもりや退学に追い込んだ許せない奴だったのだ。
“X”が女生徒をひとりまたひとりと追いつめる様子がまず描かれ、これがどう繋がっていくのだろうと 知りたい欲求が高まったところで、場面が明友学園に移るので、どきどきしながら読み進むことになる。
関係者が上手いこと出会いすぎる気がしないでもないが、笑子や生徒たちと一緒に“X”を探す気分を味わえる。
楓と恭二の再会の場面はちょっと予想外だったが、現実はそんなものなのかもしれない。おとぎ話のようにハッピーエンドとはならないのだろう。
でもこの学園、まだまだ違う事件が起こりそうな雰囲気である。シリーズ化されてもいいんじゃないだろうか。
てるてるあした*加納朋子
- 2005/11/01(火) 08:26:41
☆☆☆☆・
『ささら さや』の続編。
ちょっと不思議なことが割と普通に起こる町・佐々良を舞台に繰り広げられる物語。
金銭感覚ゼロの両親の一人娘である15歳の雨宮照代が主人公。せっかく合格したレベルの高い高校にも、手続きをしてもらえなかったために入学できないのだが、母は悪びれもせず「だって、お金がなかったんですもの」といってのける。そんな両親の借金のせいで夜逃げ同然に家を後にし、両親とは別に遠縁と言われる魔女のような老婆・鈴木久代のもとで暮らさなければならなくなった。
久代とはもちろん『ささら さや』でサヤの周りに集まる三婆のひとりの久代であり、今回は 照代の身の上に彼女の人生も絡み合ってくる。
いくつもの人生がアラベスクのように絡まりあい、えも言われぬ模様を描き出しているのだ。
悲劇のヒロインとして周りに攻撃的な目を向けていた照代の心が、時に突き放し、時に包み込み、佐々良の町と人々によって癒されてゆくのだが、幸せそうに暮らしている佐々良の人たちの胸の中にも痛い想いが仕舞われているからこそ、そのやさしさが身に染みて伝わるのだろう。
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