幻惑の死と使途*森博嗣

  • 2005/12/30(金) 17:57:04

☆☆☆・・



 「諸君が、一度でも私の名を叫べば、
 どんな密室からも抜け出してみせよう」
 ――自信に満ちたせりふと共にあらゆる状況からの脱出を果たす
 天才奇術師・有里匠幻が、衆人環視の状況の中で殺害された。
 さらに、彼はなんと遺体となってまで、最後にして最大の奇跡を行う!?
 犀川・西之園師弟が明かす驚愕の真実!
        (裏表紙より)


犀川助教授と西之園萌絵シリーズの六作目。

種があることが前提のマジックを隠れ蓑にし、人間の思い込みを見事に逆手に取ったトリックである。
犀川と萌絵は別々に謎に迫り――とは言っても犀川は萌絵よりもはるかに早く真相に迫っていたのだが――萌絵は犀川の助言なくして最後の謎解きを関係者の前でして見せる。それは、ただ一点を除いて犀川の考えと同じだった。
最後の一点こそが事の核心だったとしても。

この作品で興味を引かれるのは物語だけではない。奇数章しかないのである。そして、書かれなかった偶数章は次にくる別の物語になるようなのである。
次の物語の導入までこの段階で考えられているということなのだ。
森さん恐るべし。

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封印再度*森博嗣

  • 2005/12/28(水) 09:53:12

☆☆☆・・



 WHO INSIDE

 岐阜県恵那市の旧家、香山家には代々伝わる家宝があった。
 その名は「天地の(こひょう)」と「無我の(はこ)」。
 「無我の匣」には鍵がかけられており、「天地の瓢」には鍵が入っている。
 ただし、鍵は「瓢」の口よりも大きく、取り出すことが出来ないのだ。
 五十年前の香山家の当主は、鍵を「瓢」の中に入れ、息子に残して、
 自殺したという。果たして「匣」を開けることができるのか?
 興味を持って香山家を訪れた西野園萌絵だが、
 そこにはさらに不思議な事件が待ち受けていた!
       (内容紹介より)


犀川助教授と西野園萌絵のシリーズ五作目。
日本語のタイトルと併せて表紙に書かれている英語のタイトルが絶妙である。
英語の方をまず思いついて日本語に当てはめたのかもしれない、などと表紙でしばらく愉しんだ。
犀川の妹・儀同世津子から萌絵にもたらされた 香山家に代々伝わるパズルのような謎がそもそものはじまりである。
その謎とは≪鍵のかけられた匣があり、その匣を開ける鍵は 鍵よりも口の狭い壺に入れられている≫というものだった。さらに、五十年前の香山家の当主は閂の掛けられた蔵の中、その匣と壺の傍で自殺していたという。
萌絵が興味を持って調べはじめた折も折、現在の当主が死に、その娘も事故に遭う。

「無我の匣」と「天地の瓢」は少なくとも五十年以上前から香山家にあったというが、こんなパズルのようなトリックを考え、実際に作ったのはどこの誰だったのだろう。
そして、最後にそれを預かった犀川はこれからどうするつもりなのだろう。
そして警察は、この事件にどう幕を引くのだろう。
犀川と萌絵にとってはともかく、物語の中の世間的にはすっきりしない終わり方なのではないだろうか。

そして一方、気になって仕方のない犀川と萌絵の関係はといえば
萌絵自身の自己評価によると、少なくとも前進はしているようである。
しかし、
 アンドロメダまで原付で出かけるようなものだ。
 ちゃんとヘルメットをして・・・・・。

というのだから 押して知るべしである。
だが、今回はそれだけでは終わっていなかった。
ますます次作がたのしみである。

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詩的私的ジャック*森博嗣

  • 2005/12/26(月) 14:20:34

☆☆☆・・



 JACK THE POETICAL PRIVATE
 それに、人間大の物質に関する密室、
 細菌大の物質に関する密室、
 電磁波に対する密室、
 なども定義する必要があります。
 外部からいかなる影響も受けない部屋を作ることはたぶん不可能です。
(表紙より)

 那古野市内の大学施設で女子大生が立て続けに殺害された。
 犯行現場はすべて密室。
 そのうえ、被害者の肌には意味不明の傷痕が残されていた。
 捜査線上に上がったのはN大学工学部助教授、
 犀川創平が担任する学生だった。
 彼の作る曲の歌詞と事件が奇妙に類似していたのだ。
 犯人はなぜ傷痕を残し、密室に異様に拘るのか?
 理系女子大生、西之園萌絵が論理的思考で謎に迫る。
      (内容紹介より)


犀川助教授と西之園萌絵シリーズの四作目。

連続殺人の死体はどれも意味不明の共通点を持って発見される。
ひとつは、死体の発見現場がどれも密室であるということ。二つ目は死体が下着以外の衣服を身に着けていないこと。そして三つ目は腹部にナイフで数字のような傷がつけられていること。
誰が何のためにこのような殺人のシナリオを組み立てたのだろうか。

今回この物語では、犀川と萌絵は離れている時間が結構あり、事件を見聞きするのは専ら萌絵の仕事であり、犀川は萌絵からの又聞きによって事実を積み重ね 推理するのである。犀川と萌絵が一緒に行動しない時間が、事件にとっても 二人にとってももどかしくもあり、冷静さを取り戻す間でもあるような気がする。
犀川の様子は相変わらずといった感じなのに対して、萌絵は明らかに急速に大人になりつつあるのが見て取れる。それは年齢的なものも多分にあるのだろうが、男女の差ということでもあるのだろう。わずかずつだが変容している二人の距離感からも目が離せない。

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村田エフェンディ滞土録*梨木香歩

  • 2005/12/25(日) 10:54:12

☆☆☆・・



エフェンディって名前だと思っていたら、<学ぶ者>というような意味なのだそうだ。村田先生というようなニュアンスなのだろう。
<滞土録>の<土>とは土耳古(トルコ)のことである。村田は土耳古皇帝からの招きでこの地の歴史文化研究に来ているのだった。時代はいまから遡ること100年余。西と東の融合する地である土耳古に在って 村田はさまざまな人種・宗教・習慣とあいまみえて、貴重な体験をするのである。
土耳古での出来事はもちろん大変興味深いものなのだが、村田が日本に帰国してからのほんの短い一章がまたことさら興味深いのである。なんと居を定めるまでの暫しの下宿と定めたのがあの『家守忌憚』の綿貫が住まう いまは亡き高堂の家であり、帰国早々既に亡いはずの高堂とも対面しているのだから...。

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笑わない数学者*森博嗣

  • 2005/12/24(土) 10:02:16

☆☆☆・・



 MATHEMATICAL GOODBYE
 起源は忘却され 伝統の手法だけが取り残される。
 たとえ、神のトリックであっても
            (表紙より)

 伝説的数学者、天王寺翔蔵博士の住む三ツ星館で
 クリスマスパーティーが行われる。
 人々がプラネタリウムに見とれている間に、
 庭に立つ大きなブロンズのオリオン像が忽然と消えた。
 博士は言う。「この謎が解けるか?」
 像が再び現われた時、そこには部屋の中にいたはずの女性が死んでいた。
 しかも、彼女の部屋からは、別の死体が発見された。
 パーティーに招待されていた犀川助教授と西之園萌絵は、
 不可思議な謎と殺人の真相に挑戦する。
         (内容紹介より)


犀川助教授と西之園萌絵シリーズの三作目。

12年前に一度消えたブロンズのオリオン像が今年のクリスマスに再び消えた。
そして天王寺翔蔵博士は、12年前と同様 そこにいる人々にオリオン像消失の謎を解いてみろと言い、それがこの物語の幕開けとなったのだった。
その夜のうちに、12年前にオリオン像が消えた日に事故死したとされている 天王寺翔蔵の息子・宗太郎の妻・律子とその息子・俊一が死体となって発見され、パーティーに招かれていた萌絵と頼み込んで参加させてもらった犀川が脳みそをフル回転させることになる。
警察の捜査が進むうち、天王寺家の過去のさまざまないきさつや12年前の疑惑などが浮かび上がってきたり、新たな襲撃事件が起こったりするのだが、ふとしたきっかけで犀川が事件の真相に行き当たる。

オリオン像消失の謎は、天王寺博士に挑まれた時点でほぼ判ったのだが、律子がなぜオリオン像のそばで死んでいたのか、俊一がなぜ1号室で殺されねばならなかったのか、という謎は犀川の謎解きを聞くまでまるでわからなかった。
犀川の推理と天王寺博士の告白によって起こったことの真偽は明白になったのだが、それでもまだ解けない謎がある。宗太郎のこと、天王寺博士の長女の夫・片山基生のこと、そしてそもそも天王寺翔蔵博士自身のこと。
ラストの公園のシーンが象徴的である。この謎はいつかどこかで解かれるのだろうか、それとも読者それぞれが定義すればそれが答えだということのなのだろうか。

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冷たい密室と博士たち*森博嗣

  • 2005/12/21(水) 20:55:20

☆☆☆・・



 同僚の誘いで低温度実験室を訪ねた犀川助教授と
 お嬢様学生の西之園萌絵。
 だがその夜、衆人環視かつ密室状態の実験室の中で、
 男女二名の大学院生が死体となって発見された。
 被害者は、そして犯人は、どうやって中に入ったのか!?
 人気の師弟コンビが事件を推理し真相に迫るが・・・・・。
 究極の森ミステリィ第2弾。
              (文庫裏表紙より)


犀川助教授と西之園萌絵シリーズの二作目。
同期の土木工学科の喜多助教授の誘いで、低温度実験室を訪れた犀川と萌絵の目の前で、衆人の目を欺くように殺人が行われた。
現場は密室。犯人はどこから入りどこから出たのか。そもそも動機は?
萌絵は叔父の県警本部長から仕入れた情報も含めて 犀川とメールで事件のことを話し合っていた。真相に迫った萌絵は夜中にこっそり極地研の建物に忍び込んであることを確認していて襲われた。誰に?どうして?

折々に、犯人を推理しては裏切られ、今度こそこの人物か!と思ってまた裏切られたと思っていたらこの解決編だった。犀川助教授に謎解きをされてみれば、なるほどそれしかないと思われるのだが 自力ではたどり着けない。犀川も普段の自分ではないような制御不能の衝動のようなものに揺さぶられる時間がなければおそらく解くことはできないのだろう。

そして謎解きが興味深いのはもちろんだが、犀川と萌絵の微妙な距離感もまた興味深いのだった。しばらくこの二人を追いかけてみたい。

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庭の桜、隣の犬*角田光代

  • 2005/12/20(火) 09:13:15

☆☆☆・・



 新・直木賞作家
 注目の著者が<夫婦>を描く傑作長篇小説

 「そうちゃん、私いくとこないんだよ」
 房子は言った。自分たちのやっていることの馬鹿馬鹿しさを、
 そう言って房子ははじめて実感した。
 家はある。三十五年ローンの家がある。
 居間にも食卓にも無駄なものがいっさいない、清潔で静かな家はある。
 なのに自分はほっつき歩き、宗二は四畳半を借りている。
 「阿呆か」宗二は、自分の馬鹿馬鹿しさには気づかない風で言う。
                       ・・・・・(本文より)

                                (帯より)


幼いころ天才的な記憶力を持つ少女としてテレビにも出演し 脚光を浴びたこともある房子は、いまは天才でも何でもない普通の女である。
宗二は、どうしようもない父親を反面教師として生きてはきたが 何もかもが面倒で責任を負いたくないと思っている自分を自覚しはじめている。
二人は結婚して夫婦なのだが、何もないがらんどうを生きているような気がしている。ゼロにゼロをいくら積み重ねても永遠にゼロであるように。
それでも時間は流れ、虚しく哀しくやるせない気持ちとは別に 淡々と日常はつづいてゆくのだったが...。

結婚生活の形とは、夫婦とは、などと一括りにしては語れないほど夫婦の数だけ 人の数だけ様々な現実があるのだと実感させられる一冊だった。

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東京奇譚集*村上春樹

  • 2005/12/18(日) 17:39:41

☆☆☆・・



5つのちょっと不思議な短編集。
解釈を読者に委ねている――意識的なものなのかどうかはよくわからないが――ので、読み手の数だけ解釈があり いろいろな印象が持たれるのだろうと思われる。偶然というには少しできすぎていて しかし不思議というにはささやかすぎる物語たちである。どの物語もきっちり解決されていないので、想像が広がるといえばそうなのだが、消化不良のようなあと味でもある。

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ネクロポリス 上下*恩田陸

  • 2005/12/18(日) 13:45:04

☆☆☆☆・



読み終えたいま、長い長い旅をして帰ってきたような心地がしている。
日本とイギリスの文化や古くからの民間伝承が融合したような地・Ⅴ.ファーに住む人々の間で代々受け継がれている行事である≪ヒガン≫を舞台に起こるあれこれの物語である。≪ヒガン≫とは、普段は閉ざされ、≪ヒガン≫のときにだけ人々を受け入れる聖域である≪アナザー・ヒル≫と呼ばれる場所で行われる。そこでは前の年の≪ヒガン≫の後から今年の≪ヒガン≫までに亡くなった人と会えるのだという。
東京大学の大学院生・ジュンイチロウ・イトウもⅤ.ファーの人々の親戚であるということで、今年はじめて≪ヒガン≫に参加することになったのだったが...。

読み初めてしばらくは、アナザー・ヒルという不思議な世界や、そもそも既成事実として在るⅤ.ファーそのものになかなか馴染めず、やっとのことで着いていく感じだったのが、いつしか入り込んで自分自身がアナザー・ヒルに立っているような気分でページを繰っていた。

映像化されたら一大スペクタクル巨編になるだろうとも思われるのだが、逆にほんとうは、生きている人間ひとりひとりの胸の中で いつの時代も変わらず繰り広げられていることなのでは、という気もするのである。
めくるめく荒々しさと静かさを併せ持つ一冊だった。

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わたしたちの帽子*高楼方子

  • 2005/12/15(木) 17:28:43

☆☆☆☆・



わたし[たち]というところがキーワードだろう。
家を改築する間のひと月だけ母の友人の画廊のある古いビルの部屋を借りて住むことになったサキ。そこは暗闇に廊下が長く伸び、角を曲がると洞窟のような廊下が続いている迷路のような建物だった。
あまりの古さにちょっとがっかりして部屋のタンスを開けると、そこにはいろんな布を縫い合わせて作られた帽子がひとつだけ掛かっていた。まるでサキを待っていたかのように。サキは早速その帽子をかぶって建物の中を歩いてみると、緑色の丸いスカートを履いてサキのと同じ帽子をかぶった女の子と出会う。それが育子だった。そして二人は誰にも内緒であちこちの部屋をのぞき、建物の中を探検しながら遊ぶようになるのだった。
育子のことは誰にも言ってはいけないような、誰にも内緒にしておきたいような心持ちのサキだったのだが、帽子を取ると一緒に遊んだことも育子の存在もなんとなく薄れてゆくのがちょっと気になっていた。

あるきっかけから帽子のことも育子のことも謎が解けパズルのピースが嵌るようにすっきりとする。そこまででもとても心和むあたたかいお話なのだが、この物語にはまだ続きがあるのだ。そこから先こそがこれが子ども向けのお話である所以なのだろう。子どもだからこそ、二人だったからこそのこのラストなのだ。

カバーの絵は作中で画家の栗本みのりさんが描いた絵で、この物語を象徴している。

魔王*伊坂幸太郎

  • 2005/12/14(水) 20:18:48

☆☆☆・・



いつもの伊坂作品とは少し趣を異にした一冊である。
『魔王』と『呼吸』という語り手を替えたふたつの物語から成る。
著者の多くの作品のキーワードは≪神さまのレシピ≫なのだが 今回は≪人間の作為≫だったように思う。
『魔王』の主人公は安藤という 学生時代から考えることを大事にしてきて 最近腹話術のような不思議な力を持っていることに気づいた男。彼は、ひとりひとりが自分自身で考えていると思っているうちに いつのまにか誰かの作為に導かれ、群集となってひとつの方向へと進むことの見えない脅威を知っていた。
それ故に時代の流れに巻き込まれ、命まで落とすことになるのだが...。

次の『呼吸』では安藤の弟・潤也の妻・詩織が語り手になる。
安藤の死後五年が過ぎ、潤也と結婚してから三年になり いまは仙台に住んでいる。潤也は鳥を観察する仕事に就き、兄の死以来テレビも新聞も見ずに暮らしているのだった。
そして、兄の死のあと それまでなかった力が潤也に備わったのだった。
詩織はそんな潤也を見守っているのだが...。

このあと潤也はどうなるのか、何をするのか。そして日本はどんな道を歩くのか。安藤のしたことは少しでも何かを変えたのか。
この物語自体がこれから起こるだろうことの序章のようにも思える。

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卵一個ぶんのお祝い。*川上弘美

  • 2005/12/12(月) 17:21:37

☆☆☆・・



あとがきにかかれているように、東京近辺でだけ売られている雑誌「東京人」に連載された日記の最初の三年分ほどをまとめたものらしい。
『椰子、椰子』は嘘日記だったが、これは五分の四ほどの本当日記なのだとか。
川上さんの目線で様々な物や場所を眺めることができるチャンスである。
そして眺めた結果、不思議ワールドが納得できる気がするのだ。少しずつ、ほんの少しずつ何かがずれているような...。
日記の内容と関係あるのかないのかよくわからない 門馬則雄さんの挿絵も味があって可愛らしい。

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マルコの夢*栗田有起

  • 2005/12/11(日) 17:36:31

☆☆☆・・



主役はなんと≪キノコ≫。
パリの三つ星レストラン「ル・コント・ブルー」の名物キノコ料理――かつてはムニュに載っていたが あまりの評判で知る人ぞ知る隠れムニュになったという――「マルコ・ポーロの山隠れ」に使われる≪マルコ≫と呼ばれるキノコである。
キノコが主役になるというだけでも驚きなのに、こんな不思議でなにやら神秘的でさえある物語に仕立てあがっているのにさらにびっくり。
夢とは、つかまる前につかまえなくてはならないものなのだ、と妙に納得させられる。
読み終えて本を閉じたとき、なんだか長い夢から醒めたような気がした。

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フルタイムライフ*柴崎友香

  • 2005/12/10(土) 20:49:35

☆☆☆・・



 喜多川春子 22歳。
 美術系の大学を卒業し、
 思いがけず包装機器会社の事務職についた――。
 
 『きょうのできごと』の著者が四季を通して、
 細やかに綴った新入社員の10ヶ月。

 おもしろいで。会社。ほんまにコピーしたりお茶入れしたりするねん。
 なんか、まだ、そういう役をやってみてるっていう感じ。
 <はたらく生活>をはじめて体験する女の子の
 ゆるやかな毎日、恋を描いた長編小説。
          (帯より)


五月から二月の十ヶ月が月ごとに章になっている。
卒業式の二週間前にひょんなことから決まった就職先で慣れない仕事に戸惑いながらなんとか先輩についていっている五月から、これからもいろんなことが起こりそうな状況に置かれながらも 自分の机が自分らしくなっていることに気づく、そろそろ一年が経とうとする二月までの、喜多川春子の日々がただ綴られているのである。
でも、これを読んだだけで わたしはすっかり喜多川春子の同僚になったような錯覚に陥ってしまうのだ。大阪の女の子の実態なんて何にも知らないのに。
それほど何の気負いもなく書かれているのだ。ゆるゆると書かれているのに、ただそれだけではない何かがあるのだろう。

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かたみ歌*朱川湊人

  • 2005/12/09(金) 17:52:08

☆☆☆☆・



 忘れてしまってはいませんか?
 あの日、あの場所、あの人の、
 かけがえのない思い出を。

 東京・下町にあるアカシア商店街、ある時はラーメン屋の前で、
 またあるときは古本屋の片隅で――。
 ちょっと不思議な出来事が、傷ついた人々の心を優しく包んでいく。
 懐かしいメロディと共に、ノスタルジックに展開する七つの奇蹟の物語。

                               (帯より)

七つの連作短編集。

古いレコード店から そのときでさえナツメロと呼んでもいいような「アカシアの雨がやむとき」の曲が流れるアカシア商店街。そのなかの≪幸子書房≫という古本屋の芥川龍之介似の主。商店街から程近い覚智寺というあの世と繋がる場所があるという噂の寺。
そんなあれこれが時を追い語り手を替えて七つの出来事をつなぐのである。
昔からそれぞれが 一見無関係のようにこの町でそれぞれの暮らしを積み重ね、それぞれの想いを積み重ねてきた。そんなちいさな町で起こった出来事が 不思議な何かによって結び合わされ最後の章でパズルのピースがカチリとはまるように腑に落ちるのである。
人の(えにし)というものを思わされてあたたかい。

サウスバウンド*奥田英朗

  • 2005/12/08(木) 18:32:06

☆☆☆☆・



 型破りな父に翻弄される家族を、少年の視点から描いた、長編大傑作。
 21世紀を代表する新たなるビルドゥングスロマン、誕生!

 父は元過激派だ。
 小学校六年生になった長男の僕の名前は二郎。
 父の名前は一郎。誰が聞いても「変わってる」と言う。
 乳が会社員だったことはない。物心ついたときからたいてい家にいる。
 父親とはそういうものだと思っていたら、小学生になって級友ができ、
 ほかの家はそうではないらしいことを知った。
 父はどうやら国が嫌いらしい。昔、過激派とかいうのをやっていて、
 税金なんか払わない、無理をして学校に行く必要などないとか
 よく言っている。家族でどこかの南の島に移住する計画を
 立てているようなのだが・・・・・。
           (帯より)


二部構成になっており、第一部は中野区の貸家に住まい、上原二郎と妹の桃子は普通に区立の小学校に通う毎日が描かれている。仲のいい友人たちやちょっぴり気になるクラスの女子をうかがったりする どこにでもいる六年生をやりながら、中学生の不良に絡まれ止むに止まれず喧嘩をしたり、居候することになった父の知り合いのアキラおじさんに頼まれて 怪しげなお使いをしたり。
父は働きもせずいつも家でゴロゴロしている。しかも、どうも「コウアン」とか警察とか税務署とかに目をつけられているらしい。
特別になんかなりたくないのに、上原家はなんとなく周りから胡散臭い目で見られ、地域からも浮いているようなのが二郎としては落ち着かない。

第二部は一転して 舞台は沖縄・西表島である。
アキラおじさんが中野で起こした事件に関して父も警察で取り調べられ、派閥の内輪揉めやらなにやらに嫌気がさした父が半ば強引に引越しを決めたのだった。
ここでの父は中野時代とは人が変わったように農作業や漁に精を出し、二郎も見直すほどだったのだが、やはり周りは放っておいてはくれないのだった。父は楽園を求めているだけなのに、リゾート開発の反対派の急先鋒と決めつけられ、町議や開発会社の風当たりが俄に強くなり、マスコミもそれを煽って騒動になってしまう。しかしそんなことに屈する父ではなかったのだった。
八重山の自然の豊かさと人々の気質の豊かさあたたかさは二郎や桃子、一度は東京に残ったが後を追ってやってきた長女の洋子を人間的にひと回りもふた回りも成長させたのだ。

誰にも統治されず地図にも載らないという楽園・パイパティローマ。
それを信じている限りは人は人として間違わずにいられるような気がしてならない。

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すきまのおともだちたち*江國香織

  • 2005/12/05(月) 13:16:15

☆☆☆☆・



こみねゆら・絵

小説と絵本のまんなかくらいにある作品。
こみねゆらさんの絵が絶妙で、この絵がなければまったく別のものになるだろう と思う。
≪すきま≫の描かれ方がとても好き。淋しくて心細いのに あたたかくてたまらなく居心地がいい。元いた場所に戻りたくてたまらないのに≪すきま≫からも去りがたい。戻ってこられないかもしれないのにまた≪すきま≫に行きたくなってしまう。
すきまのおともだちたちはいついってもそこで同じように暮らしていて、同じようにもてなしてくれる。こちらはどんどん変わってゆくというのに。
ひとつの≪すきま≫にお客さまはひとりずつなのかな。
いまいる場所のおともだちたちと一緒に≪すきま≫に行くことはできないのかな。
嬉しそうにつかまり立ちをしながら不意にすべての動きを止め、一瞬のちに何事もなかったかのように動き出す赤ちゃんは、彼だけの≪すきま≫に行っていたのかな。

針がとぶ*吉田篤弘

  • 2005/12/03(土) 21:19:08

☆☆☆☆・



連作短編集、なのだろう。どの物語りを取り出しても充分それだけで愉しめる。
だが、 始まりから終わりまで全体を通してはじめてゆるやかにひとつの物語として見えてくる景色がある。手もとを見つめ、同時に遠くに想いを馳せるような そして自分のルーツを見つけるために旅に出るような、そんな懐かしさが立ち昇ってくるような物語でもある。
宝もののようなフレーズが何気なさを装ってそこここに散りばめられている。

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東京マニアック*泉麻人

  • 2005/12/02(金) 17:38:32

☆☆☆・・
東京マニアック



東京の街を舞台に仕立てられた10の短編集。
舞台の街を知る人は、そのままをなぞって歩けそうなほど書き込まれているという印象である。実際には馴染みのない街もあるのであくまで印象なのだが。
どの物語もその街の極限られた場所で営まれる人生を描いていて、主人公は一歩境界線を踏み越えれば危ない世界へ飛んでしまいそうな趣なのだが、その境界線のこちらに辛うじて踏みとどまり 無難な現実を生きつづけている。
ミステリーやホラーにも仕立てられそうな題材を、敢えてうら寂しげな人生の物語に仕立てたところが≪マニアック≫の所以だろうか。

サンネンイチゴ*笹生陽子

  • 2005/12/01(木) 17:46:06

☆☆☆・・



語り手の森下ナオミは14歳。文芸部で詩を書く女の子。
胸のなかではいろんなことを考えているんだけど、内弁慶な性格のせいで思うだけで行動に移すことはなかなかできない。そんな自分の不甲斐なさに胸のなかでひとり突っ込んだりしている。
ふとしたきっかけで急接近したクラスメートの柴咲アサミは ナオミとは対角にいるような我が道をゆくアウトロータイプの女の子。
アサミと、彼女と仲のいいヅカチンこと手塚君、そしてアサミの兄ユウタロウと出会ったことで、ナオミには違う世界が広がったのだった。

アサミもヅカチンもユウタロウもそれぞれ自分の歩く道をちゃんとわかっているようで、初めはわけもわからず着いて歩いていただけのナオミも次第にそのとき自分のとるべき行動をとれるようになってゆく。羨ましいほどいい関係だ。

ただ、学校生活も家族とのかかわりも街を守ろうとする気持ちも文芸部のことも、それなりに描かれて入るのだがなんとなくどれもが中途半端な気がしてしまう。ポイントがもう少し絞られていたらもっと魅力的な物語になったような気がする。