Love Letter

  • 2006/02/27(月) 17:27:32

☆☆☆・・



『ありがとう』石田衣良
『空』島村洋子
『ラブレターなんてもらわない人生』川端裕人
『再会』森福都
『ミルフイユ』前川麻子
『音のない海』山崎マキコ
『水槽の魚』中上紀
『虫歯の薬みたいなもの』井上荒野
『竜が舞うとき』桐生典子
『永遠に完成しない二通の手紙』三浦しをん
『きまじめユストフ』いしいしんじ

こうして並べてみただけでもうにんまりしてしまう。
11人の11様のラブレター。直接的な恋文だったり、間接的な恋心だったり。

いちばん好きだったのは、島村洋子さんの『空』。
愛するってことは、哀しく切ないけれどこんなにもゆるぎないものなのだと思わせられる。

いつか、僕らの途中で

  • 2006/02/26(日) 17:30:25

☆☆☆☆・



柴崎友香さんと田雑芳一さんの共著。
山梨で私立高校の教師として働いている僕と、京都で大学院の修士課程2年生のわたしとの手紙のやり取りが淡いタッチの田雑さんのイラストとともに描かれている。
あいだに差し挟まれたお互いのそれぞれの暮らしの一端を垣間見せるような情景や会話が、さりげなければさりげないほど胸をキュンとさせる。
それはまるで、しずかに手紙に向かいながら、それを書いた相手の元に馳せた想いが聞かせたもののようでもあり、うたた寝している耳に 窓の外の遠くから流れ込んでくる人々のざわめきのようでもある。心地好くてうっとりと眠ってしまいそうなのに なぜか涙が出そうになる。
何も特別なことはかかれていなくて、普通のことが普通に書かれているというだけなのに この切なさ、やさしさはなんだろう。

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プリズム*貫井徳郎

  • 2006/02/26(日) 17:16:42

☆☆☆・・



究極の推理ゲーム
幾重にも繰り返される仮説の構築と崩壊
一筋の推理の光が屈折・分散し、到達するところには――
実験的アンチ本格ミステリ
  ――帯より


虚飾の仮面・仮面の裏側・裏側の感情・感情の虚飾
という4つのシーンのタイトルからも判るように、まるでリレーのように語り手がバトンタッチしながら物語は続けられるのである。

五年二組の担任である山浦美津子が何者かに自室のアンティーク時計で殴殺された。
最初の章では、五年二組の数人の子どもたちが推理し、犯人の名前を導き出す。
そして次の章では、犯人と思われた人物が語り手となり、推理し、犯人に辿り着くのである。
そしてその次の章では、前章で犯人と目された人物が推理し・・・・・、と どんどん推理が展開されては壊されていくのである。どこまで行っても真犯人には辿り着かず、披露された推理の中に正解があるのかさえも定かではないのだが、なぜか消化不良のような感覚にはならないのが不思議である。

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ひさしぶりにさようなら*大道珠貴

  • 2006/02/26(日) 09:10:51

☆☆☆・・



いちど入ったら抜けられない、こわくてたのしい家族の生活。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新・芥川賞作家が贈る[無敵の家族小説]!

ずっと怠惰に生きてきたら、怠惰同士がめぐり合い、結婚し、その後も怠惰なのだが、どこかでちゃんとまわりから、認められ、夫婦らしくなってきたのだった。そうして、ときが経つにつれ、赤ん坊もこうしてちゃんと成長した。まわりが言うほど、しっかりしていないわけでも、危なっかしいわけでもない。・・・・・(本文より)
  ――帯より


表題作と、『いも・たこ・なんきん』の二作。
都は9歳年下でまだ21歳の集一の子どもを産んだ。「宇宙」と書いて「そら」と読ませたい とチラッと思ったが、夫である集一がのびのび育つようにと「伸一」と勝手に名づけてしまったので何も言わなかった。
集一は ほとんど都と伸一と自分の住まいであるマンションに帰ってこない。だからといって、都や伸一を嫌っているわけでも捨てたわけでもないのだった。たまに帰ってくれば都も嬉しい。
母親があとからあとから子どもを産むので大家族になり、いつもみんながだらだらと怠惰に過ごすゴミ溜めのような実家を倦み、そこから逃げ出すくせに自分の怠惰さを直すことはできない都。まだまだ子どもで 自分のことだけで手一杯の集一。何とか子育てをし、何とか生きてはいるけれど、あまりにも哀しさに満ちている。

New Histoy 街の物語

  • 2006/02/25(土) 17:17:36

☆☆☆・・



人はだれしも心の中に忘れられない景色をもっている――
4人の作家が織りなす極上短篇アンソロジー!

ページを繰れば安らぎの物語
  ――帯より


『ガイド』小川洋子
『動物園跡地』柴門ふみ
『中途半端な街』原田宗典
『アジール』盛田隆二

帯に謳われている安らぎとはちょっと違う気がする。
何かを欠いた不安定さとか、その欠けた何かを求める感じが流れているように思える。
小川洋子さんの『ガイド』は、クラフト・エヴィング商會の物語たちのような、とんでもなく遠くへ旅していると思っていたら 実は自分の内側へとどんどん入り込んで行っていたことに あるときふと気づく(あるいは逆)感じと雰囲気が似ていて好きだった。

幸せになりたい*乃南アサ

  • 2006/02/24(金) 17:15:05

☆☆☆・・



女と男の深奥に巣食う悪魔が目覚める時・・・
新直木賞作家が贈る
受賞後第一作サイコサスペンス作品

今夜、桐江は恋人(・・)だった。が、あすからは愛人(・・)になる――
エリートサラリーマン依田は、家庭的な真純と性に奔放な桐江の二人と同時につき合っていた。人生の伴侶には真純を選び、その家庭を守りながら桐江との関係も続けようと考えた依田は、挙式前夜を桐江の部屋で過ごした。が、その夜の甘い会話が、翌日の惨劇をもたらすことに・・・。(「二人の思い出」より)
男と女の愛憎を描く、新直木賞作家のサスペンス傑作!
  ――見返しより


キャンドル・サービス・背中・お引越し・たのしいわが家・口封じ・挨拶状・二人の思い出、の7つの短編集。

どれも主役は女。幸せになりたいと思っているのになぜかまま成らない女である。男たちは誰もが女を一人前の人間として扱わず、女はそんな男の底の浅さをとっくに見抜き 愛想を尽かす。利口ではないと思わせておいて最後にチクリと仕返しの悪戯をすることも忘れない。この物語に出てくる男たちと一緒にいては幸せも逃げていくだろうと思われるが、幸せになれないのは男のせいばかりでもないことに女たちも早く気づいた方がいいと思う。

動く家の殺人*歌野晶午

  • 2006/02/23(木) 21:21:19

☆☆☆・・



あの(・・)信濃譲二が劇団<神技(マスターストローク)>に参加したとき、「殺人者」が緻密にそして大胆に作りあげた「仕掛け」はすでに作動していた。劇中で三人の命を奪うために用意されたナイフが、公演初日、本物の血を吸ったのだ!作中に巧妙に隠されたダイイングメッセージが信濃によって解読されたとき、読者(あなた)は言葉を失うことだろう。  ――文庫裏表紙より


『長い家の殺人』『白い家の殺人』に続くシリーズ3作目と知らずに3作目で完結編のこの作品から読んでしまったので、あの信濃譲二あのの事情はまったくわからない。だが、わからないながらも、怪しげな事件に首を突っ込むことを趣味とする怪しげな人物像が浮かんでくる。
しかし、それは物語も終盤になってからなのだ。なぜかというと、それはこの物語の著者が『葉桜の季節に君を想うということ』の著者でもあるということである。信濃譲二は本書の冒頭からほとんどどのページにも登場するのだが、そのキャラは最後にならないとわからない。
殺人事件の犯人は割と早い時期にわかったのだが、物語り全体が形づくる落とし穴にはまんまと嵌ってしまった。

凍りついた香り*小川洋子

  • 2006/02/22(水) 18:01:41

☆☆☆☆・



プラハへ。
使者をたずねる旅に出る
<新世界>ミステリー書下ろし長編

今でも彼の指先が、耳の後ろの小さな窪みに触れた瞬間を覚えている。
まずいつもの手つきで蓋を開けた。それから一滴の香水で人差し指を濡らし、もう片方の手で髪をかき上げ、私の身体でいちばん温かい場所に触れた。
私は目をつぶり、じっと動かないでいた。その方がより深く香りをかぐことができたし、より近くに彼を感じることができた。彼の鼓動が聞こえ、息が額に吹き掛かった。
人差し指はいつまでも湿ったままだった。  本文より
  ――帯より


物語の主人公――というか中心人物――であるルーキーこと弘之は、物語の冒頭で自殺してしまう。なので、この物語を語るのは、ルーキーと一緒に暮らしていた涼子である。
ルーキーの死を境にして180度変わってしまった涼子の世界はルーキーが生きていた過去へ過去へと向かうしかないのだった。
霊安室に眠るように横たわるルーキーに会うときまで まったく知らされていなかった弟や、精神を病んでしまった母親の語る、自分の知らない ルーキーの幼い頃のあれこれに触れ、やっとその死に涙することができた涼子。彼女はそして、天才数学少年としてのルーキーのかけらを探しにプラハへと旅立つのだった。

1998年に書かれた作品である。キーワードは数学と記憶。
『博士の愛した数式』が書かれる以前に、同じキーワードを持つこんな作品があったなんて。
ただ、キーワードが同じとは言っても 二つの作品はまったく趣を異にしている。博士――があたたかな愛にあふれているとすれば、こちらは哀しい愛と冷たく湿った手ざわりを持つ過去への旅の物語だろう。
ルーキーは本当は何を思って生き、何を思って死んでいったのだろう。けれどそれは解き明かされることをきっと望まないのだろう。“記憶の泉”という涼子のためのオリジナルの香水のなかにすべては溶け込んでいるのかもしれない。

水車館の殺人*綾辻行人

  • 2006/02/21(火) 17:16:33

☆☆☆・・



古城を思わせる異形の建物「水車館」の主人は、過去の事故で顔面を傷つけ、常に仮面をかぶる。そして妻は幽閉同然の美少女。ここにうさんくさい客たちが集まった時点から、惨劇の幕が開く!
密室から男が消失したことと、一年前の奇怪な殺人とは、どう関連するか?
脅威の仕掛けをひそませた野心作。
  ――文庫裏表紙より


中村清司の手に成る館シリーズの第2弾。
過去とされる1985年と、現在とされる1986年を行ったり来たりしながら物語は進む。
過去に水車館で起こった事件と、現在の水車館で起こりつつある事件とは関連があるのだろうか。あるとしたらどんな?
からくりを好んで造ったという中村清司の手に成る館が舞台である故に起こり、過去から現在までその謎を潜ませつづけたとも言える殺人事件の数々である。
1985年と1986年の同日、嵐といい雷といいあまりにも似通った条件なので、ふっとどちらの事件を目にしているのか判らなくなる瞬間があり、それが益々思考を迷路の中に迷い込ませるのである。
焼却炉の前に薬指が落ちていたところで、うっすらと気づいたような気がするのは謎が解かれたからだろうか。

彼方へ*薄井ゆうじ

  • 2006/02/19(日) 17:29:10

☆☆☆・・



「あなたが陸地で、私が島。互いをつなぐ道は限られたときにしか出現しない」。修学旅行でバスガイドと学生として知り合った蕗子と私。大学卒業まぎわ、二人は鹿児島の陸繋砂洲(トンボロ)に取り残された。(「トンボロ」)
失踪した父を追い、辿り着いた無限に部屋数のあるホテルでの奇妙な出来事。(「無限ホテル」)
現実が揺らぐ瞬間のきらめきを鮮やかに描く珠玉の小説集。
  ――文庫裏表紙より


8つの彼方への物語。
この物語の中の彼方は、地理的に測れる彼方ではない。時間的には多少計れるかもしれないが、それがすべてではない。
人間がそれぞれの心の中に持っている彼方への旅なのだという気がする。
人と人との関係の遥かな距離感や、時間を超えた愛のありようが、淡々と書かれているだけに大きく重く思われる。

隣人*重松清

  • 2006/02/18(土) 20:42:28

☆☆☆・・



直木賞受賞後第一作
バスジャック、通り魔、てるくはのる、ニュータウン・・・・・
ぼくたちの夢と狂気を追った異色のルポルタージュ作品、誕生!

ルポライターやノンフィクション作家の真似事をするつもりはない。できるとも思わない。
ただ、読み物作家として、事件や状況に遅ればせながらの<蛇足>を付けてみたかった。
そのための<寄り道>を、ときには<無駄足>の道行きを、読み物としか名付けようのないかたちで書き綴りたかった。 「まえがき」より
  ――帯より


実際にあった事件を題材に、それを分析したり 解き明かしたりするのではなく、わき道に寄り道するようにして事件の周囲や背景から事件の中心を眺めているような一冊である。そして、事件を眺めることによって、その時代特有の時代の空気までもが見えてくるようである。
事件自体を他人事だと傍観している誰もが いつ当事者になるかわからないという意味で、そしてまた、誰もが薄紙一枚ほどの違いで加害者になるかもしれない要素を持っているという点で、タイトルの『隣人』なのだろうと思う。
一口に犯罪と言っても、それは、加害者本人・被害者・それぞれの家族、そして近隣の人々にとって、まったく別の意味を持ち、影響を及ぼすものなのだということに改めて胸が重くなる心地がしている。

あやかしの声*阿刀田高

  • 2006/02/17(金) 17:18:35

☆☆☆・・



わたし、幻聴があるの...
予感が次々と現実となった体験を、お持ちじゃありませんか?
ここは11の扉を持つ夢魔の館。
あなたが正気に戻れる保証はいたしかねます。

自分が他人に理由もなく怖れられる恐怖。
自分が誰だか、どこにいるのか、一瞬にして分らなくなる恐怖。
悪い予感が、次々と的中してゆく恐怖。
夢に隠された自分の潜在願望が、次第に形をとってゆく恐怖。
古い書物のつぶやきが耳を襲う、不可思議な恐怖・・・。

手だれが繰り出す恐怖のメニュー11篇。
  ――帯より


さまざまな種類の恐怖があとからあとから押し寄せてくる感じである。
叫び出しそうな恐怖というよりは、躰の中で知らないうちにじわじわと増殖していくような種類の恐怖である。気づいたときには既に手遅れなのだ。
こういう深いところでじわじわ怖いのが本当の恐怖かもしれない。

骸の誘惑*雨宮町子

  • 2006/02/16(木) 18:04:49

☆☆☆・・



第2回新潮ミステリー倶楽部賞受賞

誘い込み、搾り取り、骨抜きにして、するりと姿を晦ます女。
次なるターゲットを求め、闇の中で眼を光らせている女。
ノルマをこなしながら美しく着飾って巷を浮遊する女。
でもあなたは、けっして幸せではないはず。
もしかすると、本当はもう骸となって、男たちに甘い幻を見せているのかも・・・・・。

現代という名のベールの下に隠れ棲む恐怖を描く、心理サスペンスの傑作!
  ――帯より


最近急速に勢力を広げている予備校の古文の講師である結城可那子は、ある夜、事情があって憎むようになった父からの電話を受ける。9歳離れた弟の東吾がバイクで事故を起こして死んだというのだ。可那子はその夜彼女の部屋へ行っていいかと電話してきた東吾を、忙しいからと言って断ったのだった。
事故の状況を信じられない可那子が調べてゆくうちに、ひとりの女の名前が浮かび、そして同じ女を探している氷室という男に出会い気が進まぬまま協力することになった。さらに調べを進めると自己啓発の名のもとに行われるセミナーに行き着き、しかもそのセミナーの責任者は可那子の勤める予備校とも関係があったのだった。

冒頭の可那子が東吾の事故死の知らせを受けた辺りでは、まったく別の物語を想像していたのだが、それは見事に裏切られた。それにしては、可那子の東吾の行動に寄せる疑いのなさが強すぎる気もしないでもないのだが。
出口琴音という同じ女を探す男・氷室周平と出会い、可那子にとって彼はなくてはならない存在になってゆくのだが、その過程にも首をひねりたくなることも少なからずある。それだけ氷室の懐が深かったといえばそうなのだろうが。
人の心理の脆さを巧みに突く自己啓発セミナーを扱ったところは興味深かった。その腐った連鎖を止めることは容易ではないということもラストの節でよくわかる。

天切り松闇がたり*浅田次郎

  • 2006/02/15(水) 12:02:56

☆☆☆☆・



今世紀最高のピカレスク文学
伝説の大泥棒が追憶する愛と涙の裏稼業!
  ――帯より


留置場に寝泊りさせることを条件に警察のマニュアル作りに貢献する、いまは引退している天切りの松こと松蔵老のひとりがたりの物語である。
松蔵は僅か9歳の時に、当時 その筋だけではなく世間に広く名を馳せた盗賊の一家に売られ、爾来盗賊――なかでも天切り――として生きてきたのであった。
天切りとは、屋根から邸内に忍び入り盗みを働く盗人の呼称である。

留置場の先客だけでなく看守や刑事たちまでもが、闇がたりという独特の語り口で来し方のあれこれを語る松蔵の話を聞きたがり、待ちわびているのがよくわかる。盗人ではあるが、半端な堅気者よりもずっと立派に筋を通すその生き様は感動的でさえあり、読者も留置場の彼らと共に引き込まれるように先を聞きたくなるほどの壮絶な人生模様なのだった。

そこへ届くのは 僕たちの声*小路幸也

  • 2006/02/12(日) 22:18:56

☆☆☆・・



事故で妻が植物人間になったが、奇跡的に意識を回復し 精神的にはともかく 健康上は普通に暮らせるようになったことを ふとした縁で本にした真山慎一。
彼の友人で新聞記者の辻谷昌隆。
大人たちが大人たちの理由であることを追いかけていた同じとき、真山の息子の倫志やクラスメイトのかほりや満ちるも彼らなりの理由で引き寄せられていたのだった。
それは偶然などで割り切れない 何か必然の力が働いたかのようだった。
キーワードは≪ハヤブサ≫。

この物語の主役は子どもたち。
彼らは、子どもの間しか発現しないという不思議な能力を持っている。その力は、遠話(とおわ)と呼ばれ、普通に話す言葉がまるでワープするように遠くにいる同じ力を持つ者の耳元へ届けることができるというものである。
大人たちには長い間黙って 自分たちで考え 自分たちの力を使って自分たちにしかできない方法で何人もの人を救ってきたのだった。

恩田陸さんの描く常野の人々とどこか共通する不思議な力なのだが、こちらはその能力を持てるのは子供時代だけに限られている。そのことが物語り自体の雰囲気をまったく違うものにしているのだろう。
子どもたちの純粋さや 同じ境遇の仲間の団結力、願う心の強い優しさに胸を打たれた。そして、この子どもたちを認めて社会からの楯になった周りの大人たちにも拍手を贈りたい。

火車*宮部みゆき

  • 2006/02/11(土) 20:58:17

☆☆☆☆・



火車【かしゃ】 火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。ひのくるま。


警視庁の刑事の本間俊介は、ある事件の犯人にふとした弾みのように膝を撃たれ 現在休職中である。
リハビリに励むそんな折、亡くなった妻の従兄の息子で普段ほとんど付き合いのない栗坂和也が訪ねてきた。失踪した婚約者を探してほしいと言う。刑事である本間が 休職中で暇を持て余していると思ったのだろう。
婚約者の名は関根彰子と言い、二年前に母を事故で亡くして現在は身寄りがないという。
和也のことを思う気持ちもあるが、職業柄の興味が勝って調べ始めた本間だったが、事はひとりの女の失踪という単純なものではなかったのだった。
クレジットと言う軽い名前の裏に巧妙に隠された蟻地獄のような泥沼を背景に、事件は思わぬ方向へと本間を連れて行ったのだった。

休職中で警察手帳を持っていない本間は 一民間人として あの黒い表紙の手帳の威力を改めて思い知らされながら彰子の行方を追うのである。和也に話を聞いた時の乗り気のなさは初めだけで、事件の輪郭が判ってくると 何かに突き動かされるようにのめり込んでいくのだった。
それでも 10歳になるひとり息子・智――実は養子なのだが――との関係も人間対人間という感じであり 智にずいぶん助けられている気もする。助けられていると言えば、同じ団地に住まい、ある事情で家政夫として世話になっている井坂恒夫も 本間親子にとってはなくてはならない存在であろう。
自己破産した本物の関根彰子や 彼女に取って代わろうとした新城喬子を含めて、登場人物をひとりも心底憎めないのは良いことなのだろうか悪いことなのだろうか。

スローグッドバイ*石田衣良

  • 2006/02/09(木) 22:11:13

☆☆☆・・



表題作のほか、
泣かない・十五分・You look good to me・フリフリ・真珠のコップ・
夢のキャッチャー・ローマンホリデイ・ハートレス・線のよろこび。

どっぷりと恋愛小説。隅から隅までお互いを知り、足りない部分を埋めるように互いを求める季節から、愛で隙間が埋められた後にできた余分のような飽和状態の鬱陶しい切なさへ。そしてその逆も。恋愛というものの 底の知れなさ、明日の知れなさが これでもかというほど描き尽くされている。
恋愛小説はちょっと苦手なのだが、そんななかで『ローマンホリデイ』は少し異色。ネットの掲示板で知り合った男女が実際に会う物語である。21歳大学生のはずの女性が実は72歳だったのだが、ありがちな話 にはならず、それを知ったときの男性・瑞樹のとった行動が自然で好もしかった。

アンボス・ムンドス*桐野夏生

  • 2006/02/08(水) 20:49:19

☆☆☆・・



この世には二つの世界がある。
表と裏、そして
天国と地獄。

一日前の地球の裏側で、あなたを待っています。

人生で一度だけ思い切ったことをしよう――
キューバで夢のような時を過ごした男と女を待ち受ける悪意の嵐。
直木賞受賞後の著者の変遷を示す刺激的で挑戦的な作品集
  ――帯より


表題作のほか、植林・ルビー・怪物たちの夜会・愛ランド・浮島の森・毒童。

桐野さんの描く女性はどうしていつもこうなのだろうと思わせられる。自虐的であったり、ずぶずぶとなにか溺れていたり、抜け出そうとして 諦めてもがくのさえ止めてしまっていたりする。
けれど、彼女たちはいつでも爆発できるだけのものを身の裡に飼い馴らしているように見える。女性の本当の強さがそこにあるように思われる。
著者が女性だからこそ書けるのだろうあれこれが胸に刺さる。

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てのひらの迷路*石田衣良

  • 2006/02/07(火) 17:16:46

☆☆☆・・



耳元で囁くように書きました。

石田衣良のパーソナルな声がきこえてくる。
贅沢な、贅沢な24篇のショートショート。
24のまえ書きつきです。
  ――帯より


添えられている石田衣良としての小さな前書きが、続く小さな本編を引き立たせている。
それぞれの掌編はノンフィクションではないのだが、実際に著者自身に起こったことや体験したことが下敷きとされ 色濃く現われているのが この前書きによってよくわかる。

タイトルのてのひらの迷路とは、世界に二つと同じ物はないという≪掌紋≫のことだが、それに因んだと思われる表紙の拇印は石田衣良さんご本人のものだろうか。

蛇足だが、石田衣良さんの筆名の由来を初めて知った。

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迷路館の殺人*綾辻行人

  • 2006/02/07(火) 08:59:13

☆☆☆・・



複雑な迷路をその懐に抱く地下の館「迷路館」。集まった四人の推理作家たちが、この館を舞台に小説を書き始めた時、惨劇の幕は切って落とされた!
密室と化した館の中で起こる連続殺人。真犯人は誰か?

随所に散りばめられた伏線。破天荒な逆転につぐ逆転。作中作『迷路館の殺人・・・・・・』が畏怖すべき真相を晒した後、さらに綾辻行人が仕掛けた途方もない二つの罠!
  ――文庫裏表紙より


迷路館というタイトルだからというわけではないのだろうが 迷路のように入り組んだ作りの作品である。
講談社から出版された『迷路館の殺人』という綾辻行人著の小説の中にもうひとつ稀譚社から出版されたとされる鹿谷門実著の『迷路館の殺人』が入り込み――しかも、鹿谷門実著の『迷路館の殺人』方が本書に占める割合が大きい――さらにその中で四人の小説家に探偵小説を書かせようという趣向なのである。加えてその舞台は、健康を害し 自らの創作にも行き詰まりを感じて引退宣言をした小説家・宮垣葉太郎の居である迷路館であった。

まず初めに読んでしまったあとがきにも、伏線が随所に張られていることが明言されているにもかかわらず――明言されているからこそかもしれないが――、やはり騙されてしまった。思い込みは恐ろしい。
そして、やっと真犯人に到達したと ほっとしたにもかかわらず、最後の最後でまたもや覆されるのである。まさに裏切られどおしの一冊だった。

私鉄沿線*雨宮町子

  • 2006/02/05(日) 21:35:03

☆☆☆・・



元警視庁警視の父と、息子の現職刑事が捜査コンビを組んだ!?

東急世田谷線上町駅近くのマンションで起きた29歳の既婚女性墜死事件は、自殺の様相を濃くしていた。世田谷中央署の蔵前一郎刑事の相談を受けた元警視庁警視の父親は、自分が被害者の恩師に成りすますことを提案。頼りない息子に指図しながら捜査を進めるうち、同じマンション内の意外な交友関係が浮上する・・・・・(『三か四か』)。
など、私鉄沿線在住の人間たちの錯綜した関係が織りなす六つの事件!
 ――文庫裏表紙より


上記の東急世田谷線 上町が舞台の『三か四か』のほか、
小田急線 豪徳寺が舞台の『一三七二』
東急新玉川線 桜新町が舞台の『チカチカ』
小田急線 経堂が舞台の『モモ子』
京浜急行空港線 糀谷が舞台の『六つのアザレア』
京王線 仙川が舞台の表題作『私鉄沿線』 の6つの物語。

蔵前一郎刑事(32歳)は相棒の刑事や野良猫にまで 密かに≪マノビ≫とあだ名をつけられているような風貌であり、性格も姿形を裏切らないのだった。
事件があると 退職した 元警視の父に相談に行き 甘いものをつまんでいるような具合であり、≪デカ根性が抜けない≫父の方が、事件の謎を解くのだった。いつまでも現役のつもりで事件に関わる父と、いつまで経っても頼りなく当てにされていない息子という蔵前親子のでこぼこコンビ振りも微笑ましい。

6つの物語には、蔵前親子が関わったという以外にも 気づかないほどほんの僅かずつ重なる部分があり、筋にはまったく関係はないのだが 面白い。

消えさりゆく物語*北杜夫

  • 2006/02/04(土) 21:20:19

☆☆☆・・



短編と掌編が織り交ぜられた一冊。
都会・ドライブイン・シアター・茸・駿馬・みずうみ・夕日とひげ・消滅・水の音の8編。

エッセイかと思わせる風にはじまり、やがて奇妙な世界に入り込んでゆく物語が何編かつづき、そしてそのあとに、「死」を感じさせる小さな物語が配されている。
エッセイではないのだが、著者の心の奥をのぞいたような心持ちが いましている。

草原からの使者*浅田次郎

  • 2006/02/04(土) 17:23:44

☆☆☆☆・



沙高楼綺譚

各界の名士が集う秘密サロン「沙高楼」。
世の高みに登りつめた人々が、人生の秘事をあかしあう。
  ――帯より

沙高楼にようこそ。今宵もみなさまがご自分の名誉のために、また、ひとつしかないお命のために、けっして口になさることのできなかった貴重なご経験を、心ゆくまでお話くださいまし。語られる方は誇張や飾りを申されますな。お聞きになった方は、夢にも他言なさいますな。あるべきようを語り、巌のように胸に(しま)うことが、この会合の掟なのです。  ――本文より


表題作のほか、宰相の器・終身名誉会員・星条旗よ永遠なれ。

女装の主人が迎える青山の高層ビルの最上階に沙高楼はある。
そこに集う人々は地位も名誉も兼ね備え 地上においては言い知れない苦労もしている人々なのである。しかし、ひとたびここ沙高楼に集ったからには、何も隠し立てする必要はなく、胸に仕舞って誰にも言えずにいた事ごとをありのままに語ることができるのだった。
この本のなかの四つの物語も、その夜の客人たちがそれぞれに語った物語なのだった。

もうとにかく面白かった。語る人も 語られる物語も、まさに実際にありそうでいて まさかと思わされるような事柄であるし、また、語り手の話し振りから その性格が窺い知れて ますます興味深くもある。
どの述懐の面白さにも甲乙つけがたいものがある。

嗤う闇*乃南アサ

  • 2006/02/03(金) 08:22:44

☆☆☆・・



このほどはれて巡査部長に昇進、それに伴って警視庁第三機動捜査隊から隅田川東署に異動した、ご存知・女刑事・音道貴子。バツイチ、34歳、ステディあり。新天地の下町で、個性派の同僚たちに揉まれながら四つの奇妙な事件に挑む、超人気短編シリーズ第三弾!  ――帯より


表題作のほか、その夜の二人・残りの春。木綿の部屋。

音道貴子は、女であることで向けられる 良くも悪くも特別な目となんとかかんとか折り合いをつけながら前任の機動捜査隊でもやってきたのだが、普通の刑事として異動してきた隅田川東署でも また初めから(男性の)上司や同僚との関係を築いていかなければならないのだった。ただここには、先輩の女性鑑識課員・奈苗がいてくれることで気分的にはずいぶん助けられていた。

また、隅田川東署で扱う事件には機動捜査隊のときのような派手さはないが、発生から解決まで通して扱うので被疑者・被害者のことをより深く知ることになり、思い入れも生まれるのだった。

刑事としての貴子、()刑事としての貴子、女としての貴子、人間としての貴子。さまざまな貴子がそれぞれの悩みに揺れながらも ひとりの貴子として生きている様が興味深い。

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  • 2006/02/02(木) 09:01:18

FC2ブログの仕様変更により 以下のようになるそうです。

FC2ブログでは2006/2/6より受信するトラックバックにブログURL(参照リンク)が含まれていない場合制限する機能の追加を予定しております。

この機能は宣伝目的、ブログとは無関係な内容のトラックバックを大量に送信する迷惑行為、俗にトラックバックスパムと呼ばれるものを制限する機能です。



TBをくださる方にはお手数をおかけすることになりますけれど、
これからも どうぞよろしくお願いいたします。

駆けこみ交番*乃南アサ

  • 2006/02/01(水) 17:44:14

☆☆☆・・



新米警官・聖大の脳髄に電光が走った。
交番に入りびたる老人グループも戦いた。
こりゃぁ例のお宮入り事件の糸口かも・・・・・

さる老婦人が深夜の交番に駆け込んできたのをきっかけに、
何故だかお手柄続きの勝ち組み新米巡査・高木聖大。
東京は等々力のパワフル老人七人衆に可愛がられるようになった聖大は、
ヤル気のない先輩に悩まされつつ所轄を駆け回るうち、
十数年来の未解決事件を解く糸口をつかんでしまった。
さあ、聖大、どうする!?
  ――帯より


設定も語り口もコメディっぽいのだが、内容は結構シリアスだったりもする。
≪とどろきセブン≫と名乗り、その情報網を頼りに聖大に情報を提供してくれたりする老人たちと、何とか手柄を立てて早く刑事になりたいという夢を抱く新米警官であり 早く彼女がほしいと切実に願う若者でもある聖大との交流が微笑ましい。しかし、実はそれはただ微笑ましいだけのものではないのだった。
聖大の やる気満々ながら物足りない心持ちになるところや、老人たちの ただ人がいいだけでなく さまざまな人生の荒波を乗り越えてきた人たちらしいかけ引きも、まさに人間らしくて好もしく思える。
聖大のこれからが愉しみである。

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