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男の涙 女の涙
- 2006/07/31(月) 19:10:50
☆☆☆・・ それはこちらの無慈悲な世界とは違う、作者の心によってとらえられた世界である。 そこでは、涙は無駄に流されることはなく、悲しみにも深い味わいがある。 ぼくたちはいつも、もっと速くもっと賢くと生き急がされているけれど、そんなときこそ心のおもてをうるおす涙の力を思いだしてほしい。(「選者あとがき」) 男の涙 女の涙―せつない小説アンソロジー
石田 衣良、石田衣良 他 (2006/01)
光文社
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生きることの重み、どうしようもない切なさを描く名作9編。 ――文庫裏表紙より
日本ペンクラブ 編 石田衣良 選
瘋癲の果て さくら昇天 団鬼六
話を読む 眉村卓
真珠のコップ 石田衣良
デューク 江國香織
スターダスト・レヴュー 浅田次郎
すべて世は事もなし 永沢光雄
麦を噛む 伊集院静
凧になったお母さん 野坂昭如
有難う 川端康成
長さも趣きもいろいろさまざまな9編である。
切ない、というだけでなく さまざまな涙を誘う物語である。
すでに読んでいるものも数作あって、江國・石田・浅田作品がそうなのだが、やはりそれはそれぞれよかった。
切なさの点でも、涙を誘うという点からも飛びぬけているのはやはり江國さんの『デューク』だろう。
我らが隣人の犯罪*宮部みゆき
- 2006/07/30(日) 17:03:24
☆☆☆☆・ 僕は三田村誠。 中学一年。 父と母そして妹の智子の四人家族だ。 僕たちは念願のタウン・ハウスに引っ越したのだが、隣家の女性が室内で飼っているスピッツ・ミリーの鳴き声に終日悩まされることになった。 僕と智子は、家によく遊びに来る毅彦おじさんと組み、ミリーを“誘拐”したのだが・・・・・。 表題作以下五篇収録。 解説・北村薫 ――文庫裏表紙より 我らが隣人の犯罪
宮部 みゆき (1993/01)
文藝春秋
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表題作のほか、この子誰の子・サボテンの花・祝・殺人・気分は自殺志願。
表題作と『サボテンの花』は子どもが主人公である。 そして、子どもならではのミステリでもある。 しかし小作りだとか誰でも解ける謎というわけでは決してない。 油断は大敵なのである。
そのほかの物語も、絶妙な捻りが効いていて、落ちると思った場所から些かずれて、それでもそれしかないところへ着地するのが見事である。
躯*乃南アサ
- 2006/07/29(土) 17:08:36
☆☆☆・・ キレイが怖い――。 躯(からだ)
乃南 アサ (1999/09)
文藝春秋
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臍出しルックのために臍整形を母親にねだる少女。
しぶしぶ娘と病院を訪れた母親が下した意外な決断とは・・・・・。
「臍」ほか四篇。 あなたの躯が静かな復讐を始める。
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「臍」
臍整形をせがむ高二の娘と一緒に病院を訪ねた母の決断。
「血流」
女性の膝に興奮する中年男が、偶然見つけた新たな恍惚とは。
「つむじ」
ガールフレンドのためにと、手を出した怪しい育毛剤の効き目。
「尻」
東京の有名女子大付属高校に入学した少女は、なに気ない友人の一言がきっかけで・・・・・。
「顎」
先輩に殴られていたところを助けてくれた黒フードの男の正体とは。 ――帯より
たかが躯、されど躯、である。 しかも躯のたった一部のことで、人はこれほど様々な落とし穴に落ちてしまうものなのか。
恐ろしさや情けなさ、哀しさに包まれるなんとも言えないホラーである。
盗聴*真保裕一
- 2006/07/28(金) 19:14:43
☆☆☆・・ 違法電波から聞こえてきた殺人現場の音。 [狩り]に出た盗聴器ハンターが都会の夜を駆ける。 ――帯より 盗聴
真保 裕一 (1994/05)
講談社
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表題作のほか、再会・漏水・タンデム・私に向かない職業。
どの物語も、途中まではごく普通の事件とその謎解きとして進んでいくのだが、あるときふっと視点が変化すると、そこにはまったく別の風景が広がっているのである。 その視点が変化する瞬間に主人公と一緒に背筋がゾクッとするのである。 五つの物語の五つの一捻りが絶妙である。
格闘する者に○*三浦しをん
- 2006/07/27(木) 18:56:31
☆☆☆・・ 藤崎可南子は就職活動中。 希望は出版社、漫画雑誌の編集者だ。 格闘する者に○
三浦 しをん (2000/04)
草思社
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ところがいざ活動を始めてみると、思いもよらないことばかり。 「平服で」との案内に従って豹柄ブーツで説明会に出かけると、周りはマニュアル通りのリクルートスーツを着た輩ばかりだし、面接官は「あーあ、女子はこれだからなー」と、セクハラまがいのやる気なし発言。 これが会社?これが世間てもの?こんなくだらないことが常識なわけ?悩める可南子の家庭では、また別の悶着が・・・・・。
格闘する青春の日々を、斬新な感性と妄想力で描く、新世代の新人作家、鮮烈なデビュー作。 ――見返しより
なるほど、タイトルはいわゆる掛詞だったのか。 しかもあんなところと...。 それからしてもう気が抜けそうである。
お気楽な大学生のハチャメチャなシュウカツ戦線のお話かと思いきや、いろんな要素盛りだくさんの物語だった。 まず驚くのは、主人公の可南子の家庭環境の複雑さ。 父は入り婿の政治家でほとんど家には寄りつかず、実母はすでに亡く、義母と義母が生んだ高校生の弟と三人で 古くてやたらと広い家に暮らしている。 そして付き合っているのは書道家のおじいちゃん。 それなのに、なんだか至極普通の女の子なのである。
就職試験や面接を受けに行く出版社は それぞれにカラーが異なり、ほんとうかどうかはさておいて そんな様子も興味深かったり。
可南子も弟も友だちも みんなそれぞれに悩みを抱え、ふわふわと流されて日々を過ごしているように見えて 実は結構明日のことを真剣に考えていたりもする。
価値観はひとつじゃないんだっていうことを思わせてくれる一冊だった。
ぶらんこ乗り*いしいしんじ
- 2006/07/26(水) 18:08:34
☆☆☆・・ ぶらんこが上手で、指を鳴らすのが得意な男の子。 声を失い、でも動物と話ができる、つくり話の天才。 もういない、わたしの弟。 ――天使みたいだった少年が、この世につかまろうと必死でのばしていた小さな手。 残された古いノートには、痛いほどの真実が記されていた。 ある雪の日、わたしの耳に、懐かしい音が響いて・・・・・。 物語作家いしいしんじの誕生を告げる奇跡的に愛おしい第一長篇。 ――文庫裏表紙より ぶらんこ乗り
いしい しんじ (2004/07)
新潮社
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弟がやさしければやさしいほど、いい子であればいい子であるほど 痛く切ない想いに胸が締めつけられる。 弟の孤独は彼ひとりのものではなく、誰でもがこの世の中でひとりぽっちなのだということを思い出させ、それでもみんな誰かとつながろうと手を伸ばしているのだということを改めて思わせてくれる。
弟の作ったたくさんのおはなしは、つくり話だったのかもしれないが、誰もほんとうのことではないと言い切れないのだ。 あの弟はもしかするといしいしんじさんなのかもしれない。
夜かかる虹*角田光代
- 2006/07/25(火) 19:22:36
☆☆☆・・ ひとり暮らしの私を突然男連れで訪ね、男を置いて帰ってしまった妹リカコ。 外見はそっくりで性格は正反対、甘い声で喋り、男に囲まれ、私を慕いながら、一方で恋人まで奪おうとする妹。 痛くて切ない姉妹関係をリアルに描く表題作をはじめ、人とのつながり、自分の居場所を誠実に問う作品集。(『草の巣』を改題) ――文庫裏表紙より 夜かかる虹
角田 光代 (2004/11)
講談社
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ひと言でいうとやたらと痛い物語である。
とっくに気づいているのに隅っこに追いやって見ない振りをしつづけてきた自分の胸の底のどろどろの真っ暗闇を 白日の しかも衆人の元に晒されて無理矢理見せられているようである。 とても痛くて目を背けたくて仕方がないのに厭な読後感ではないのがまた不思議である。 角田さんらしいと言っていいのだろう。
仮面山荘殺人事件*東野圭吾
- 2006/07/24(月) 19:12:41
☆☆☆・・ 八人の男女が集まる山荘に、逃亡中の銀行強盗が侵入した。 外部との連絡を断たれた八人は脱出を試みるが、ことごとく失敗に終わる。 恐怖と緊張が高まる中、ついに一人が殺される。 だが状況から考えて、犯人は強盗たちではありえなかった。 七人の男女は互いに疑心暗鬼にかられ、パニックに陥っていった・・・・・。 ――文庫裏表紙より 仮面山荘殺人事件
東野 圭吾 (1995/03)
講談社
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高之は 結婚式を目前にした幸せの絶頂とも言えるときに 婚約者・朋実を自動車事故で失った。 それから三ヶ月、朋美の両親に招かれて、八人の人物が 式を挙げるはずだった教会のそばの 両親の山荘に集まった。 朋美の両親である森崎伸彦・厚子夫妻、朋美の兄の利明、従姉妹の雪絵、主事医の木戸、伸彦の秘書の下條玲子、朋美の親友で小説家の阿川桂子、そして高之である。
そんな骨休めになるはずのひとときに割り込んできたのは、銀行強盗を犯して逃げている銃を持った男たちだった。
高之が語り手になって物語りは進む。 桂子が朋美の死は事故ではないのではないかという疑問を口にした辺りから集まった人々の間にわずかに緊張感が漂い始め、強盗犯が押し入っていたことでまったく別の緊張のなかに放り出される。 そして意外な真相が! と思うまもなく 大どんでん返しに見舞われるのである。 お見事、というほかないが、ラストの状況を想像すると滑稽でもある。
ぼくの小鳥ちゃん*江國香織
- 2006/07/24(月) 12:42:13
☆☆☆☆・ 雪の朝、ぼくの部屋に、小さな小鳥ちゃんが舞いこんだ。 体調10センチ、まっしろで、くちばしときゃしゃな脚が濃いピンク色。「あたしはそのへんのひよわな小鳥とはちがうんだから」ときっぱりいい、一番いいたべものは、ラム酒のかかったアイスクリーム、とゆずらないしっかり者。 でもぼくの彼女をちょっと意識しているみたい。 小鳥ちゃんとぼくと彼女と。 少し切なくて幸福な、冬の日々の物語。 ――文庫裏表紙より ぼくの小鳥ちゃん
江國 香織 (2001/11)
新潮社
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ILLUSTRATIONS BY ARAI RYOJI
解説は 角田光代さん。
ところどころに挟まれた荒井良二さんのイラストがとても好い。 イラストの在処がまさにそこしかない、というところに散りばめられていて ため息が出てしまう。
角田光代さんの解説がまたイジワルっぽくて好い。 反則だと知りながらも先に読んでしまったので、もうそのことばかり考えてしまったのはやっぱりちょっともったいなかったかも。 でも、それでもわたしは 気づくとガールフレンド寄りの立場でページを繰っていた。 小鳥ちゃんがちょっぴり嫌い。 小鳥ちゃんを愛する彼(=ぼく)がちょっぴり(もしかするととっても)憎らしい。 それなのになぜか 小鳥ちゃんにはこのままでいてほしいとどこかで思っている。 ぼくったらまぁ、彼女ったらまぁ、小鳥ちゃんったらまぁ まぁ! という物語。
完璧な病室*小川洋子
- 2006/07/23(日) 21:09:54
☆☆☆・・ 弟はいつでも、この完璧な土曜日の記憶の中にいる――病に冒された弟と姉との時間を描く表題作、海燕新人文学賞受賞作『揚羽蝶が壊れる時』に、第二作品集『冷めない紅茶』を加えた四短篇。 透きとおるほどに繊細な最初期の秀作。 ――文庫裏表紙より 完璧な病室
小川 洋子 (2004/11)
中央公論新社
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『冷めない紅茶』はずいぶん前に読んだのだが、哀しいことにほとんど忘れていた。 なので、まったく新しい気持ちで向き合うことができたのでよかったのかもしれない。
表題作では、生活の匂いの一切ない病室で、《完璧》と繰返されることによって、完璧でないあれこれが際立たせられるのが切ない。 完璧からは最も遠いと思われる 死にゆく弟が、これ以上ない完璧さで描かれ、これからも生きていくだろう姉の方が、足りないものだらけのようなのだ。 《完璧》とは何だろうか?と 眉をひそめて考えてしまうような物語だった。
『冷めない紅茶』では、ある情景がまったく別の物語としてわたしの頭の中に仕舞われていたのだが、なにか記憶の悪戯だろうか。 それとも似たような物語が別にほんとうに存在するのを忘れているだけだろうか。
どちらにせよ、初期のころの小川作品には、現在以上に 潔癖さと裡に潜む毒が溢れている。
ピンク・バス*角田光代
- 2006/07/22(土) 19:42:27
☆☆☆・・ 子供を妊娠し浮かれているサエコの家に、夫の姉・実夏子が突然訪れる。長い間消息不明だったという実夏子は、そのまま勝手に住み着いてしまった。真夜中に化粧をしたり、冷蔵庫のハムを丸ごと食べたり、と不審な行動を繰り返す実夏子。何も言わない夫に苛つき、サエコの心はかき乱されていく・・・・・。 ピンク・バス
角田 光代 (2004/06)
角川書店
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出産を目前に控えた女性の心の揺れを描いた表題作ほか、一篇を収録。瑞々しい筆致で描き出された、心に染みる極上中篇集。 ――文庫裏表紙より
表題作『ピンク・バス』も、もう一篇の『昨夜はたくさん夢を見た』も、登場人物がみんなどこかしら変である。どうして変なのかはまったく説明されてはいないので、何が彼を彼女をそうさせたのかは想像するしかないのだが、表題作で言えば、語り手のサエコの妊娠初期の不安定さと相まって 世界中が自分に何かを突き立ててくるような 叫びたくなるような不安感を抱かせる。常と違う 予測できないことが人を不安にさせるということが、サエコが台所で自分が整理した通りに食器や物が並んでいるのを見て安心するという描写でとてもよく解る。
学生街の殺人*東野圭吾
- 2006/07/22(土) 13:28:34
☆☆☆・・ 学生街のビリヤード場で働く津村光平の知人で、脱サラした松木が何者かに殺された。「俺はこの街が嫌いなんだ」と数日前に不思議なメッセージを光平に残して・・・・・。第二の殺人は密室状態で起こり、恐るべき事件は思いがけない方向に展開してゆく。奇怪な連続殺人と密室トリックの陰に潜む人間心理の真実! ――文庫裏表紙より 学生街の殺人
東野 圭吾 (1990/07)
講談社
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単行本として出版されたのは1987年。
著者もまだまだミステリの可能性を模索している時期だったのだろう。
文体も、特に会話が些か翻訳調でこなれていない感があり、翻訳が苦手なわたしとしては少し引っ掛かりがあった。 トリックもそれほど大掛かりなものではなかったが、トリックを見破るということ以上に重点が置かれているのは(光平にとってと言ってもいいが) 殺された光平の恋人・広美の過去の秘密を解き明かすことなのだ。 人々の目には終わったかに見えた一連の殺人事件が、光平がいたために まったく別の様相を現わすことになるのだ。 このひねり方はすでにこのときから著者らしい。
七姫幻想*森谷明子
- 2006/07/20(木) 22:11:33
☆☆☆・・ 寵姫の閨でなぜ大王は死んだのか???遥か昔から罪の匂いをまとってきた美しい女たちがいる。時代を経てなお様々に伝わる織女伝説をモチーフに、和歌を絡めながら描く七編の連作ミステリー。鮎川哲也賞受賞作『千年の黙』で注目を浴びた作家の最傑作。 たなばたの七姫(ななひめ) 七姫幻想
森谷 明子 (2006/02)
双葉社
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織女の七つの異称である秋去姫(あきさりひめ)・朝顔姫(あさがおひめ)・薫姫(たきものひめ)・糸織姫(いとおりひめ)・蜘蛛姫(ささがにひめ)・梶葉姫(かじのはひめ)・百子姫(ももこひめ)の称。
小学館『日本国語大辞典』より
ささがにの泉、秋去衣、薫物合、朝顔斎王、梶葉襲、百子淵、糸織草子の七つの姫の連作物語。
突き詰めると、守る姫と 守られる者(皇子)との物語といえるのだろうか。
時を替え、処を替え、人を替えても尚、脈々と受け継がれる本質とも言える物語なのだろう。そして、そこには常に秘密があり、謎があり、即ちミステリなのである。
表舞台しか見たことのない雅な世界の裏側を 束の間覗き見たようなわくわく感もあり、「あぁ、それで」と腑に落ちることもあり、と幾通りにも楽しめる一冊だった。
防風林*永井するみ
- 2006/07/19(水) 20:09:15
☆☆☆☆・ 記憶が嘘をついたのか 防風林
永井 するみ (2002/01)
講談社
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冬の大地に埋めたはずの事件。
赤いコートの女が、封印された過去へ男を誘う。
気鋭の長編サスペンス!
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札幌を離れて17年経った今、再びここで暮らすことを決意して戻ってきた。
雪が深い。この一帯は原生林に近い混交林が続いている。雪を冠した木立の向こうに、楡の巨木が見えている。
あるべきものがそこにある。たったそれだけのことが、実に大きな慰めに、あるいは励ましになる。――(本文より)
芝園周治は、東京の大学へ進み そのまま東京の企業に就職したが、その会社が倒産するという不運に見舞われ十七年ぶりに故郷の札幌に帰ってきた。ガンに冒され 余命幾ばくもない母を見舞った病院で偶然再会したのは 元向かいの家に住んでいたアオイだった。彼女は 周治の母の最後の望みを叶えてあげようと持ちかける。それは、周治の母が帯広から逃げるように札幌に引っ越してくることになった原因となった男を探すことだった。
母の若いころの不貞の秘密を暴く物語かと思いきや、根っこは思いのほか深く、幼かった周治にとって あまりに衝撃的な出来事へと時間を遡ることになるのだった。
同じことを体験したと思っていても、受け取り方は人それぞれだろう。そして、あまりに衝撃的なことに出会うと、その記憶そのものまで封じ込めてしまおうとするのが人間なのかもしれない。そうなるともはや、同じ体験をしたとも言えなくなってしまうのである。
真相はあまりに哀しいが、まだ終わってはいないのかもしれない。
幻獣遁走曲*倉知淳
- 2006/07/18(火) 21:16:13
☆☆☆・・ 『日曜の夜は出たくない』『過ぎ行く風はみどり色』でも片鱗を覗かせた、猫丸先輩の多業種アルバイトが本書のお題。奇妙なアルバイトの陰に事件あり、事件の陰にはいかな事態に陥ろうとも平常心で謎を解く猫丸先輩あり。 幻獣遁走曲―猫丸先輩のアルバイト探偵ノート
倉知 淳 (1999/10)
東京創元社
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今回 猫丸先輩は様々な業種のアルバイターである。
『猫の日の事件』では、「日本良い猫コンテスト」の控え室の警護係になり、
『寝ていてください』では、新薬開発の治験者になり、
『幻獣遁走曲』では、幻の獣《アカマダラタガマモドキ》の捕獲隊として働き、
『たたかえ、よりきり仮面』では、着ぐるみの悪役を演じ、
『トレジャーハント・トラップ・トリップ』では、持ち主の手に余るほど豊富な収穫量の宝の山での松茸狩りの案内人である。
そして、猫丸先輩がアルバイトをするところどこにでも謎は出現し、真実かどうかは証明されはしないが鮮やかに謎に答えを与えるのである。
猫丸先輩の価値判断基準は、終始一貫《面白いか面白くないか》なのだが、いつもどんなときも興味津々の表情で一生懸命な猫丸先輩が魅力的である。
過ぎ行く風はみどり色*倉知淳
- 2006/07/18(火) 12:48:58
☆☆☆☆・ 亡き妻に謝罪したい――引退した不動産業者・方城兵馬の願いを叶えるため、長男の直嗣が連れてきたのは霊媒だった。インチキを暴こうとする超常現象の研究者までが方城家を訪れ騒然とする中、密室状況下で兵馬が撲殺される。霊媒は悪霊の仕業と主張、かくて行われた調伏のための降霊会で第二の惨劇が勃発する。名探偵・猫丸先輩が全ての謎を解き明かす、本格探偵小説の雄編! ――文庫裏表紙より 過ぎ行く風はみどり色
倉知 淳 (2003/07)
東京創元社
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猫丸先輩大活躍である。猫丸先輩の謎解きに 関係者一同大いに納得したのである。とは言っても 雑談の一貫として関係者の前で自らの推理を話しただけなのだが。それでもことごとく頷ける謎解きなのだから、さすが猫丸先輩である。
聴衆を惹きつけ、聴き入らせる巧をちゃんと心得ている猫丸先輩なのだが、今回は それに加えて思いやる心のやさしさが際立っていたように思う。
そして、立て続けに方城家で起こった3つの殺人事件だが、読み終えて振り返ってみるとあちこちに伏線が張られ、ヒントが配されているのがわかるのだが、読んでいる最中には多少の引っ掛かりを覚えても通り過ぎてしまっている。悔しいがお見事である。そして、思い込みで判断してはいけないことをここでもまた思い知らされるのである。何度やられても学習できない...。
それにしても猫丸先輩。
いつも鮮やかにはぞを解いてスッキリさせてくれるのに、後輩たちにはいつまでも変わり者と思われ、いささかうんざりされてもいるのは ちょっぴり可哀相な気もする。
ビネツ*永井するみ
- 2006/07/16(日) 21:38:36
☆☆☆・・ 美熱 ビネツ
永井 するみ (2005/05)
小学館
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――「エステはセックスに似ている。 痛い、だけど気持ちがいいからやめないで、というあの感じ」
青山の高級エステサロンを舞台に、美容業界にかかわる人間たちの表と裏を克明に描き出した<美的ミステリー>
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青山の高級エステサロン『ヴィーナスの手』。 サロンオーナーの安芸津京子にヘッドハントされた麻美は、その手の特性から<神の手>の再来ともてはやされる。 このサロンにはかつてサリという神の手を持つエステティシャンがいたが、六年前に何者かに殺害されていた。 京子と夫の健康食品会社社長・弘庸、様々な思惑でサロンに通う客たち、弘庸と前妻の息子・柊也などの愛憎が複雑に絡み合いながら物語りは展開するが――。 ――帯より
今回の舞台はエステティックサロンである。 主役はエステティシャン。
ミステリとして読むには多少物足りなさを感じなくもないが、エステサロンの舞台裏を覗くには格好の物語である。アロママッサージの心地好さがページを通して伝わってくるようで、ついうっとりしてしまいそうになった。
人間関係の複雑さや愛憎の描かれ方も、あれほどのことをしてしまうにしては通り一遍である気はするが、女心と口コミの噂の伝播の速さと恐ろしさは背筋が寒くなるようだった。
和倉麻美のマッサージを一度受けてみたい。
さざなみ*沢村凛
- 2006/07/16(日) 08:35:20
☆☆☆・・ 世界は波でできている さざなみ
沢村 凛 (2006/01)
講談社
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次々に難題を出す謎の女主人。執事となった借金男が思いついた、波紋とシマウマと世界征服が一度に見える奇案が生む不測の結末。
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「百歩譲って<幸福の手紙>が善と悪を両立させた存在でないとしても、これをヒントに、これから私たちがやろうとしているネズミ講をそのようなものにすることは可能だと思います。つまり、善そのものを、悪であるネズミ講のしくみのなかで広げていくようにするのです」絹子さんの顔がぱーっと輝いた。俺は勝利を確信した。「それって、とってもおもしろそう。で、具体的には、どうやるの」??<本文より>
|銀杏屋敷
|奥山史嗣
|ケース
が1セットになり、それが 7セット+α 連なっている、不思議な形態の連作である。
「銀杏屋敷」では、この章の語り手で、借金地獄にはまり込んでもがいているところを 執事として雇い入れられた秋庭が、女主人の絹子さんに言いつけられた仕事をこなす様子が語られる。
「奥山史嗣」は、そのまま奥山史嗣の陥った苦悩が描かれる。
「ケース」は、毎回主人公を替え、タイトルどおり様々なケースが語られる。
まったくちぐはぐに見える 1セットになる三つの章が、どう繋がるのかさっぱり見当もつかずにしばらく読み進んだのだが、こんな風に繋がっていたなんて!まさに《さざなみ》である。
そして、読者もろとも秋庭の思い込みに見事にやられるのだった。 あぁ、絹子さん...。
いちばんはじめの《ぽちゃん》の及ぼす影響――良くも悪くも――を思い知らされる一冊だった。
大いなる聴衆*永井するみ
- 2006/07/15(土) 17:36:31
☆☆☆・・ 脅迫状にはただ一言。 大いなる聴衆
永井 するみ (2000/08)
新潮社
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「ハンマークラヴィーアを弾け。
しかも、完璧に」――。
予測不能! 驚愕の展開!
誘拐犯の目的は、カネではない?
突然変更されたプログラム。 紛糾する音楽祭。
苦悩するピアニスト。 2回目の本番が近づく・・・・・。
『ハンマークラヴィーア』、
このベートーヴェンの長大な難曲のどこかに、謎を解く鍵が――?
札幌とロンドンを舞台に、華麗に展開する音楽ミステリー。 ――帯より
T芸術大学在学中から群を抜いて将来を嘱望されていた安積界は、娘に自分の腎臓を移植しながらも結局娘を失い、移殖手術の前に娘に捧げるように弾いて聴衆を魅了したベートーヴェンの難曲『ハンマークラヴィーア』をそれきり封印した。
そしていま、札幌音楽祭でコンサートを開くことになった界は、直前になって演奏曲目を変更し、長いこと封印していた『ハンマークラヴィーア』を弾くのだった。
何故? 準備も万端でないのに 何のために?
界の現在の本拠地であるロンドンと、音楽祭が行われる札幌と、二元中継さながらに物語りは進み、思ってもいなかった過去の事情が明らかにされてゆく。
音楽を演奏するものと、聴衆としてそれを享受する者。
その厳然たる線引きと、安積界、さらには師匠である東畑英世の音楽以外への鈍感さが招いた結果がこの事件だったのかもしれない。
界が自らの音楽性を取り戻したあとも、彼の無神経な鈍感さは修正されることはないように思われる。 また同じようなことが起こらないとは言い切れない気がする。
にょっ記*穂村弘
- 2006/07/13(木) 06:53:57
☆☆☆☆・ 他人の日常って、ほんとうに奇妙なもの。ましてや鬼才ホムラヒロシともなれば…。くすくす笑いとハイブロウな後味のウソ日記。挿絵はフジモトマサルのひとこま漫画。『別冊文芸春秋』連載に加筆して単行本化。 にょっ記
穂村 弘 (2006/03)
文藝春秋
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図書館の順番、待って待ってやっと手元にやって来た。
そこここで「くすり」「にやり」「ぷっ」と思わずいろんな風に笑ってしまう一冊である。
笑ってしまいながら、底に流れるひんやりとした哀しみにも似たなにかに触れて はっとしたりするのである。笑いっぱなしではいられない。
ウソ日記、と銘打たれているが、きっとみんなホントじゃないかと密かに思っている。
陰日向に咲く*劇団ひとり
- 2006/07/12(水) 19:26:40
☆☆☆・・ すごい。圧倒され、心から泣かされた。お笑いブームなどはるかに飛び越えた才能と可能性がこの美しい物語の中に在ると思う。きっと買いかぶりでなしに。――大槻ケンヂ 陰日向に咲く
劇団ひとり (2006/01)
幻冬舎
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こんなに笑えて、胸が熱くなって、人間が愛しくなる小説に出会ったのは何年ぶりか。文体のリズムとバランスも完璧。そして行間にきらめく毒気のある才能。とにかく読んでみて。ぶったまげるよ。――山田宗樹 ――帯より
道草・拝啓、僕のアイドル様・ピンボケな私・Over run・泣き砂を歩く犬、という5つの連作短編集。そして最後に、陰日向に咲く。
初めの方の章では、同じ人物が顔を出すゆるい連作かと思っていた。が、もっともっと周到に考えられた深さだった。人生の物語と言ってもいいかもしれない。一度終わったかに見せて、最後の最後の見開き2ページの「陰日向に咲く」でそれは見事にすべてが繋がり、涙が押し寄せてくる。そうか、そうだったのか!
そして、駄目押しのようなほんとうに最後の一文である。
天使のナイフ*薬丸岳
- 2006/07/12(水) 18:14:28
☆☆☆・・ 少年の真の更生とは?大反響の感動ミステリー 天使のナイフ
薬丸 岳 (2005/08)
講談社
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いやあ、よく出来ている。
展開は二転三転し、終盤はどんでん返しの連続。まさにミステリー的興奮がみなぎっている。 池上冬樹氏
最後に浮かびあがってくる驚くべき事実にであったとき、読者はこれが問題提起の社会派ミステリーの顔だけでなく、周到に伏線の張られた正統的推理小説の顔も持ちあわせているのを知ることになる。 深町眞理子氏
緻密なプロット、巧みな伏線、そして何よりも、重いテーマと真摯にむきあった作者の誠実な姿勢が心に残る。 相原真理子氏 ――帯より
チェーン展開するコーヒーショップのオーナー店長の桧山は、仕事中に 自宅で何者かに妻を殺された。しかも5ヶ月の娘の目の前で。そして犯人として上がっていたのは、13歳の中学生三人組だった。そのときから桧山の無念は少年法によってやり場のないものとなったのだった。
妻を失って4年経ったいま、犯人の少年のひとりが殺された。現場が桧山の職場の近くだったこともあり、警察が事情を訊きにやってきた。
そのことをきっかけに、桧山は少年たちが事件のあと、どのように過ごし 更生したのかそうでないのかを知るべく 残りのふたりの少年たちを探し始めるのだが...。
途中で何度も思ってもみなかった展開になり、開けたと思った景色にまた別の影が差す。犯罪に――罪を犯したのが少年であればなおさら――終わりなどないのだということを見せつけられているようでもある。真の意味での更生とは何なのだろう。それさえ被害者側と加害者側、そしてそれ以外の人々にとってまったく別の意味を持つのかもしれない。
ただでさえ驚くべき事件が立て続けに起きているというのに、最後にそれをはるかに超える驚愕が待っていようとは。恐ろしく、哀しく、やるせなく、思いの持って行きどころを失う心地である。
おやすみ、こわい夢を見ないように*角田光代
- 2006/07/11(火) 18:30:51
☆☆☆・・ 憎しみは愛の裏返しってこと? おやすみ、こわい夢を見ないように
角田 光代 (2006/01/20)
新潮社
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それとももっと気まぐれなもの?
新婚夫婦
高校生カップル
同棲中の恋人たち――
あなたの気持ちをざわざわとさせる衝撃的な7つのドラマ
人を憎む気持ちは誰にでもあるはず。
でも、人を殺したいとまで思う強い気持ちはなんだろう?
死ねばいい、とつぶやく言葉に詰まっているのは憎しみだけれど、
人を殺すのは憎しみではない、もっとべつの何かだ。
憎しみのように尖っていない、もっと鈍い、もっと無知な、もっと麻痺した何かだ。 ――帯より
表題作のほか、このバスはどこへ・スイート・チリソース・うつくしい娘・空をまわる観覧車・晴れた日に犬を乗せて・私たちの逃亡。
日常的なことが書かれているだけなのに この怖さはなんだろう。
外側からもたらされる怖さではなく、内側からじわじわと湧き出してしまう怖さである。まるで 自分の中に元々仕舞いこまれていた何かが刺激されて滲み出てきてしまったような 居心地の悪い怖さなのだ。実際にこれらの物語と同じ体験をしていないとしても、「あぁ知っている」と思わされるような怖さなのである。
装丁も怖い。パッと見ると、なにやらのどかな感じがしなくもないのだが、目を留めてしっかり見ると怖すぎる。子どもにも犬にも顔がなく、空はどんよりと低く、川は流れず、《生》の気配がしないのだ。
こんなに普通なのにどうして.....。
幸福ロケット*山本幸久
- 2006/07/09(日) 17:24:02
☆☆☆☆・ ふたり、同じ未来を見てた。京成電車に、ガタゴト揺られながら…。クラスで8番目にカワイイ「あたし」と、深夜ラジオ好きでマユゲの太い「コーモリ」の、可笑しくて切ない初恋未満の物語。 幸福ロケット
山本 幸久 (2005/11)
ポプラ社
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よかった!
何がよかったかというと、隅から隅までよかった。登場人物は、語り手役の香な子はもちろん、母ひとり子ひとりなのに入院してしまった母の病院に通いながらもクラスメイトにはそんな素振を見せずに明るく振る舞っているコーモリも、元モデルだという美しくて冷たくて、でもそれだけではない鎌倉先生も、香な子の恋のライバルでもある町野さんも、誰もが真っ直ぐ生きているのにとても好感が持てるのである。
あの《アカコとヒトミ》ががんばっているのがわかったのも嬉しかったし。
恋って、なんだかんだ面倒なことを言っても、これがすべてなんだなぁ とじんわり思える一冊だった。
天使などいない*永井するみ
- 2006/07/09(日) 17:12:42
☆☆☆・・ 全ての女性に贈る傑作ミステリー! 天使などいない
永井 するみ (2001/04)
光文社
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「こんなことになると分かっていたら・・・・・」
嫉妬、思い込み、勘違いが思わぬ事件を呼び起こす!
9つの物語のどこかに、あなたがいる
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この短篇集には等身大の女性たちの物語が詰まっている。嫉妬、思い込み、仕事への情熱、癒しを求める心・・・・・それらが、彼女たちも気づかぬうちに不吉な暗雲を呼び、平穏な暮らしに亀裂が走り、事件が発生する。日常の背後に秘められた恐ろしい秘密の数々・・・・・。この日本のどこかで、今日もこんな事件が起きているのかも知れない。
――千街昌之氏(ミステリー評論家) ――帯より
別れてほしい・耳たぶ・十三月・レター・銀の墨・マリーゴールド・落花・振り返りもしない、の九篇。
どれも女性が主役で、被害者は彼女の近くにいる人である。どの物語のどの事件にも 表面に現れた目に見えることからは判らない ほんの少し複雑な理由があり、ほんの少し捻れた想いがある。ふとしたことからそれに気づき真相に迫るのは、彼女たちが自分を救うためでもあり、被害者と加害者をも救うことになっているように思える。
短篇でも怖さはじわじわと押し寄せてくるが、やはり長篇の方が読み応えはあるかもしれない。
娼年*石田衣良
- 2006/07/08(土) 17:07:06
☆☆・・・ 二十歳の大学生リョウは、高級デートクラブで男娼として働き始める。ミステリアスな美しい経営者。夜ごと彼を求める女たち。ある一線を越えたとき、彼が見るものは!? 新鋭が描く性愛の極致。 娼年
石田 衣良 (2001/07)
集英社
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やっぱりこの手のものは好みじゃないなぁ。
リョウくんのまとう雰囲気は嫌いではなかったし、母を失ったいきさつには同情すべきところもないわけではないのだが、それでもやはり好きにはなれない物語だった。
地に埋もれて*あさのあつこ
- 2006/07/07(金) 16:52:33
☆☆☆・・ 月明かりの夜、藤花の下、 地に埋もれて
あさの あつこ (2006/03)
講談社
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わたしは土の中から引き戻された。
夢なのか、それとも幻なのか・・・・・。
黄泉と現が交差する、生と死のミステリー。
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人は何度も再生できる。
自分の力で生き直すことができる。
あなたへ――この思いが届きますように。 あさのあつこ ――帯より
帯にはホラー・ファンタジーと謳われている。たしかにシチュエィションは現実には有り得ないような背筋が凍るようなものかもしれないが、ホラーというのとも少し違うような気がする。
『透明な旅路と』の白兎の物語である。死の世界と現の世界の橋渡しをする彼が、またもや役目を担って現われる。
生きているのに 自分の生きる意味をわからずにいる人は、死んでも死んだことをわからずにさまよっているのだと言う。その魂をあちらに逝けるようにするのが白兎の役目なのである。むやみやたらに死に引きずり込むわけではない。
生きるべき人はしっかり生きられるようにするのもまた彼なのである。
不倫の果てにひとり死なされ、相手に埋められた優枝が白兎に掘り出されるところからはじまるこの物語は、悪夢のようにはじまるが、安らかな夢のように終わるのである。
白兎は次には誰の元へ現われるのだろうか。
廃用身*久坂部羊
- 2006/07/06(木) 17:36:35
☆☆☆・・ 悪魔による老人虐待か、それとも奇跡の療法か!? 廃用身
久坂部 羊 (2003/05)
幻冬舎
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すぐ、そこまで来ている現実を予言する、衝撃のミステリ。
「グロテスク」に対して、これほど真摯に取り組んだ作品はない。
文学が忘れかけていた異様で危険な手応えが、ここにはある。
――春日武彦氏(精神科医)絶賛!
現役医師作家の恐るべきデビュー作。
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「廃用身」とは、脳梗塞などの麻痺で動かなくなり、しかも回復の見込みのない手足のことをいう医学用語である。医師・漆原糾は、神戸で老人医療にあたっていた。心身ともに不自由な生活を送る老人たちと日々、接する彼は、〈より良い介護とは何か〉をいつも思い悩みながら、やがて画期的な療法「Aケア」を思いつく。漆原が医学的な効果を信じて老人患者に勧めるそれは、動かなくなった廃用身を切断(Amputation)するものだった。患者たちの同意を得て、つぎつぎに実践する漆原。が、やがてそれをマスコミがかぎつけ、当然、残酷でスキャンダラスな「老人虐待の大事件」と報道する。はたして漆原は悪魔なのか?それとも医療と老人と介護者に福音をもたらす奇跡の使者なのか?人間の誠実と残酷、理性と醜悪、情熱と逸脱を、迫真のリアリティで描ききった超問題作! ――帯より
正直なところ 読み始めるのに、かなり躊躇いがあった。タイトルからしてすでに覚悟なしには読めそうもない。
そして、覚悟して読み始めたが、やはり老人医療の現場の壮絶さには想像を越えるものがあった。
作品の構成もあたかもドキュメンタリーのような作りになっており、読み初めてしばらくは そこここに違和感を覚えながらも この医師が著者自身かと思ったほどである。後半に編集者註をつけたことでリアル感も客観性も増すことになり効果的である。が、結局何が真実だったのかは最後まで判らない。漆原医師の真実も、老人たちの真実も、介護者たちの真実も。どれもが ただ並べられているだけで、そこから真実を見極めるのは難しすぎる。それをさせることが著者の意図するところなのかもしれないが。
ひとつ確かなのは、介護の未来が明るくはないことだろう。20年後にご自身が生きているかどうかさえ怪しいお年寄りの政治家たちに任せておける余裕はない、ということである。
夏帽子*長野まゆみ
- 2006/07/05(水) 17:37:31
☆☆☆☆・ 白い夏帽子。 夏帽子(A STRAW HAT)
長野 まゆみ (1994/08)
作品社
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旅行鞄。
ひと夏かぎりの理科教師、
紺野先生が現れたとき
ぼくらの夏の扉は開かれた――。
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紺野先生は旅行鞄に石の標本を持っている。赴任した先々で拾った石を蒐集しているのだ。
「また、ひとつ標本が増えたよ。」
駅舎は三角の屋根を中心にしたシンメトリ。風向計がくるくるとせわしなく回転していた。南から強い風が吹いてきた。
「夏だな。」
先生はひとこと呟いて、列車に乗った。走りだした車窓から、白い夏帽子をふる。生徒たちはもうだいぶ日焼けした腕を伸ばして手をふる。
「今度は何処の学校へ行くのだろうね。」しばらくそのことが話題にのぼった。 ――本文より ――帯より
臨時の理科教師・紺野先生と一緒に過ごす連作短編集である。
あちこちの学校――なぜかこじんまりした学校が多い――に臨時に理科を教えに行く紺野先生は、いつも夏帽子をかぶっている。理科の教師らしく、不思議な実験や現象をみせてくれたり、野や山へ出かけてさまざまなことを教えてくれる。ほんの短いつきあいになるにもかかわらず どこででも子どもたちにあたたかなものを残していく。
どこといって不思議なところのない紺野先生なのだが、なぜか普通の人間の大人ではないような何かを感じてしまう。子どもたちや そのほかの生きものたちもたぶん同じように感じるのだろう。さやさやと吹きすぎる風のように心地好い物語だった。
樹縛*永井するみ
- 2006/07/05(水) 07:12:20
☆☆☆・・ 行方不明の姉が白骨体で発見された。動揺する坂本直里に持ち込まれた、新築マンションでのシックハウス症候群という仕事上のトラブル。秋田と木場を舞台に、「杉」という木の背後に広がる人間の闇を描く。 樹縛
永井 するみ (1998/04)
新潮社
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十二年間行方不明だった姉が、白骨体で発見された――
動揺する坂本直理に持ち込まれた、仕事上のトラブル。
杉を使った建材のために、新築マンションでアレルギー症状が広まっているというのだ。研究者としてその原因を追及する直理が「行き当たってしまった」真相とは・・・・・。
今回の舞台は秋田杉の産地である。そして、その秋田杉が建材として使われている東京が第二の舞台になっている。
物語は二つの方向から語られてゆく。一方は、東京のマンションで広まったスギ花粉症様のアレルギー症状の原因を突き止めようとして姉・結理の死の真相に近づいてしまう直理の立場から、もう一方は、共同経営者の修造が結理と心中したとされている八田の立場から語られる。そして、それが次第に一点へと収束していくのである。
直理を除いて 登場人物の誰もが某かの秘密を抱え、他の人の秘密に薄々感づきながらもそ知らぬ振りをしつづけてきた。そのあれもこれもが 杉によって暴かれたような感がある。タイトルの絶妙さを読後に改めて思う。
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