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ひかりをすくう*橋本紡

  • 2006/10/31(火) 17:14:04

☆☆☆・・

ひかりをすくう ひかりをすくう
橋本 紡 (2006/07/21)
光文社

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智子は、仕事を辞めることにした。評価の高いグラフィックデザイナーだったが超多忙の生活を送るうちに、パニック障害になってしまったのだ。一緒に暮らす哲ちゃんも賛成してくれた。職場で知り合った哲ちゃんはひと足先に仕事を辞め、主夫として家事をこなしている。哲ちゃんは智子が最初にパニック障害で倒れたときも病院に付き添ってくれた、料理の上手なパートナーだ。
ふたりで都心から離れ、家賃の安いところで、しばらく定職を持たずに生活することにした。
 ひょんなことから不登校の女子中学生、小澤さんの家庭教師を始めることになった。そして、小澤さんがひろってきた捨て猫のマメ。3人と1匹の生活はつつましくも穏やかに続く。やがて薬を手放せなかった日々がだんだんと遠いものとなっていった。
 そんなある日、哲ちゃんの元妻から電話があって……。

『半分の月がのぼる空』『流れ星が消えないうちに』で多くの読者の共感を得た注目の著者、待望の書下ろし長編!


軌道に乗り、指名で依頼が来るほどに任されるようになっていたグラフィックデザインの仕事。境目のない日常に一度きっちり線を引き すっぱり仕事を辞めるには、他人には理解されないかもしれないが それ相当の理由があった。そんな自分の強さも弱さもひっくるめて丸ごと受け容れて自然に寄り添ってくれたのが哲ちゃんだった。
ストレスを溜め込むのも小さなひとつひとつの積み重ねであるならば、凝り固まった心を解きほぐすのも そんな日常のなんでもない小さなひとつひとつの積み重ねなのだと、あふれるばかりの朝の光を掌にすくいながら感じられる智子は 病気をだましながら付き合い続けるとしても しあわせなのだと思う。

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DIVE!! 上下*森絵都

  • 2006/10/30(月) 17:30:03

☆☆☆☆・

DIVE!!〈上〉 DIVE!!〈上〉
森 絵都 (2006/06)
角川書店

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オリンピック出場をかけて、少年たちの熱く長い闘いがはじまる!
高さ10メートルから時速60キロで飛び込み、技の正確さと美しさを競うダイビング。赤字経営のクラブ存続の条件はなんとオリンピック出場だった! 少年たちの長く熱い夏が始まる。第52回小学館児童出版文化賞受賞作。


解説:あさのあつこ


DIVE!!〈下〉 DIVE!!〈下〉
森 絵都 (2006/06)
角川書店

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夢、希望、友情。照れくさいけど、これが大事なものなんだ!
運命のオリンピック選考会を前に少年たちに襲いかかるプレッシャーや故障。自分の内定が大人達の都合だと知った要一は、辞退して実力で枠を勝ち取ると言いだしたのだが…。感動のラストへ向けて、勢いは止まらない!


解説:佐藤多佳子

ずっと敬遠していたのである。スポーツは苦手だし、飛び込みなんて注目して観たこともなかったし、高所恐怖症だし。絶賛されているレヴューをいくつも読んで興味は持ち 書架で背表紙を見て 何度も手にとっては戻していたのである。
さっさと読めばよかったと いまさらながら後悔し、思い切って読んでほんとうによかったと 思い切って借り出した自分を褒めたいくらいである。よかった。ほんとうによかった。最後の選考会の模様は いろんな意味で涙なしでは読めなかった。
そして、ダイバーの少年たちもコーチたちも、すべてのキャラクターがそれぞれ丁寧に描かれていて、どの人物もが主役になれそうなほど生きていた。
ことに、主役の三少年、要一・飛沫・知季は、まったく違う境遇 違う性格でありながら、甲乙つけ難く魅力的である。
キャラクターの魅力、飛び込みという場の魅力、魂の魅力、人間の魅力...。さまざまな魅力にあふれた一冊だった。

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i (アイ) 鏡に消えた殺人者*今邑彩

  • 2006/10/28(土) 20:39:21

☆☆☆・・

i(アイ)―鏡に消えた殺人者 i(アイ)―鏡に消えた殺人者
今邑 彩 (1990/11)
光文社

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女流作家・砂村悦子が、死の直前に書いた自伝的小説。小説にはかつて砂村に殺された従妹のアイが、鏡に宿り復讐するという衝撃の内容が。事実、刺殺現場に残された犯人の足跡は、部屋の隅にある姿見(鏡)の前で忽然と途絶えていた。まるで犯人が鏡の中に消えたかのように…。ある事実を知った担当編集者・的場武彦にも戦慄の摩手が…。警視庁・貴島柊志刑事は、過去20数年にわたる五重連続殺人の謎と、鏡のトリックに迫る。i(アイ)とは?絶妙のトリック、衝撃の真相、大どんでん返し、大型女流新星の登場。全力の書下ろし長編特別本格推理の傑作。


貴島刑事シリーズ 第一作。
幾重にも張り巡らされたトラップと ねじれた人間模様が、捜査陣をも読者をも容易に深層には近づけさせない。そして、真相が判ったのちも、すっきりするどころか 却って暗澹とした気持ちにさせられるのである。怨念の物語のようである。

優しい子よ*大崎善生

  • 2006/10/28(土) 17:04:06

☆☆☆☆・

優しい子よ 優しい子よ
大崎 善生 (2006/07/01)
講談社

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少年の強い祈りが“奇跡の三ヵ月”を生んだ。他人の幸せを願いながら逝った少年との交流を描く、感動の私小説。少年との出会いから始まり、ひとつの命の誕生で終わる、実話をもとに描く感涙の作品集。


フィクションともノンフィクションとも違う、「私小説」でしか書けない確かな手触りを感じさせられる一冊だった。
亡くなった人のことを、生きているものがいつまでも憶えていて 懐かしんだり、親しい人とその人のことを語り合ったりすることで、亡くなった人はその時間に生きていられるのだと 胸を打たれる思いだった。
そして、運命の出会いとも言える人たちの死の物語を 悲しいままで終わらせずに 誕生の物語へとつないだ著者の胸には、しっかりと彼らの想いが根を張っているのだろう。

雪屋のロッスさん*いしいしんじ

  • 2006/10/28(土) 13:00:35

☆☆☆☆・

雪屋のロッスさん 雪屋のロッスさん
いしい しんじ (2006/02)
メディアファクトリー

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「さいわいなことに、雪はいずれ溶けます。はかないようですが、そこが雪のいいところです」ロッスさんは、そういって笑いました。物語作家いしいしんじが描く、さまざまな人たち、それぞれの営み。あなたは、何をする人ですか?


大きな意味での“仕事”とそれに携わる人の30の掌編。
どの仕事人も自分の仕事に誇りを持ち、日々淡々と仕事をこなす。そんな彼らの身に降りかかるのは、幸福なことばかりではなく ときには理不尽で哀しい。それでも最後まで自分の仕事をしながら生きている彼らの生き様が、ひとつひとつ心に灯ってあたたかい。
世界は、大それていない小さな事々で成り立っているのだと 胸にほんの小さな棘を残しながらも安心させられる。

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子供ができました*よしもとばなな

  • 2006/10/27(金) 07:11:24

☆☆☆・・

子供ができました―yoshimotobanana.com〈3〉 子供ができました―yoshimotobanana.com〈3〉
よしもと ばなな (2003/10)
新潮社

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妊娠届けを提出したが、なかなか気の休まる日はこない。うんざりするテレビのニュース、仕事上のトラブル。胎児の画像を見て感動する。人生のペースを落とし、自分のからだの声を聞こうと思う。冷え、ぎっくり腰、犬の急病、食あたり、仕事場の引っ越し。妊婦を次々に襲う試練の数々。公式ホームページの日記とQ&Aを文庫化する第三弾。「けんかの仲直りの仕方」も伝授。


ばななさんは妊娠中もやっぱりばななさんだった。
大変だ、苦しい、重い、と言いながらも、なんだかんだと出かけていて、会った相手や場所から“気”をもらいつつお腹の中で他人を育てることに責任を感じている様に、基本的なことではあるが胸を打たれる。周りにいい人たちがたくさんいて、プラスのパワーを受け取っていることがページから感じられる。たとえ愚痴っぽいことが書いてあるページからも。

ミレニアム*永井するみ

  • 2006/10/26(木) 13:01:31

☆☆☆☆・

ミレニアム ミレニアム
永井 するみ (1999/03)
双葉社

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システム・アナリストの久武の死の謎を握るのは、コンピュータ2000年問題(ミレニアム・バグ)だった。久武の部下で恋人だった真野馨が突き止めた衝撃の真実とは。コンピュータ社会の陥穽を描く長編ミステリー。


出版されたのは、まさに2000年問題が大きく騒がれていた1999年3月である。
前半では、コンピュータが日付の西暦部分“00”を“1900年”と認識してしまうことで世界が陥るであろう事態の危機感がシステムを作り、2000年問題に当たっては 無事それをクリアするための修正を施す側の作業の問題として 緊迫感といくらかの疲労感を伴って描かれ、後半は、プロジェクトの責任者・久武の死と その延長上にある 作業を進める上で導入したソフトに関する疑惑の追求に焦点が合わせられている。
システムのことやらプログラミングのことやら、まったく解らなくても その緊迫感はしっかり伝わってきて、出版当時、2000年問題がまさに大騒動になっている時期に読んでいたとしたら かなり不安をかきたてられただろうと思う。
そして、全社挙げて対応に奔走しているまさにそのとき、こんなにも利己的な理由で久武が殺されたのかと思うと、憤りよりも虚しさを感じてしまう。よりによって久武が!だが、久武だったからこそ!なのである。失うには惜しすぎる。

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アリバイの彼方に*夏樹静子

  • 2006/10/24(火) 17:03:29

☆☆☆・・

アリバイの彼方に アリバイの彼方に
夏樹 静子 (2003/11)
徳間書店

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ホステスが扼殺された。彼女は常連客の誰かを強請っていたらしい。容疑者として浮かんだのは大企業のエリート社員喜多川。捜査にあたった刑事・湯原の高校時代の同級生だった。だが喜多川には鉄壁のアリバイが(表題作)。傑作ミステリー集。


初版は1976年。昭和41年、30年も前である。
たとえば女性の服装とか、缶ビールの開け口がプルタブではなかったりとか、細かいところに時代を感じさせられることもあるが、犯人や周囲の人々の心情や アリバイ工作の発意の様などには、時の隔たりなどまったく感じさせない。
そして、アリバイを崩すきっかけになるのが 被害者に近しい者のふとした違和感であることが、人との関わりのあたたかみや やさしさ かけがえのなさを物語っているようで切なくもある。

ハチ公の最後の恋人*吉本ばなな

  • 2006/10/23(月) 17:28:02

☆☆☆・・

ハチ公の最後の恋人 ハチ公の最後の恋人
吉本 ばなな (1998/08)
中央公論社

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霊能者の祖母が遺した予言通りに、インドから来た青年「ハチ」と巡り会った私は、彼の「最後の恋人」になった…。運命に導かれて出会い、別れの予感の中で過ごす二人だけの時間―求め合う魂の邂逅を描く愛の物語。


祖母がこぢんまりと始めた新興宗教は、祖母の死後、母を含めてなにやら違う方向に行ってしまい、マオはやり切れない思いで家出を繰り返していた。15歳。そんなときにおばあちゃんの予言どおりインドから来たハチと出会い、彼と恋人が暮らす部屋へ転がり込むのだった。
17歳。ハチの恋人が事故で亡くなり 家に戻っていたマオだったが、無理やり新興宗教の跡継ぎにさせられそうになり、家を出ようとしているところへハチが訪ねてきて そのまま彼と暮らし始める。
ところがハチは、一年後にインドに帰って出家すると言う。その日から 期間限定の幸福がはじまるのだった。

ハチと過す時間が、唯一自分と私がデートできる、短くて切ない時だった。


という一文が、恋というものの本質を言い当てているような気がする。

ぬしさまへ*畠中恵

  • 2006/10/23(月) 10:27:08

☆☆☆・・

ぬしさまへ ぬしさまへ
畠中 恵 (2003/05)
新潮社

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日本橋大店の若だんな・一太郎は、めっぽう身体が弱く、くしゃみひとつとしただけで布団にくるみ込まれてしまう始末で、放蕩なんてことは、夢のまた夢。そんな若だんなの身の回りを守っているのは、犬神・白沢・屏風のぞきといった摩訶不思議な連中たち。でも、店の手代に殺しの疑いをかけられたとなったら黙っちゃいられない。若だんなの音頭のもと、さっそく妖怪たち総出で調べに乗り出すのだが…。若だんなと妖怪たちが、難事件を次々解決!史上最弱だけど、最強の味方が憑いてる若だんなの名推理。


若だんな・一太郎シリーズの二作目。小説新潮に掲載された二作に、四作の書下ろしを加え、連作短編集の形になっている。

相変わらずに、というか前作に輪をかけて虚弱体質な一太郎若だんなである。薬湯さえも喉を通らなくなったりもして、佐助と仁吉という大妖の兄やたちのみならず、読者の気をも揉ませる有様。
しかし、できるだけ自立したいと自らを鼓舞する気持ちや、人の心の機微を思い遣ろうとする心は、より強く育っていて心強く頼もしくもある。健康が伴ってさえいれば言うことのない跡取り息子なのだが、世の中うまくはいかぬものである。
仁吉の恋の事情が明らかにされたり、若だんながあろうことかたった一人で恐ろしい思いをしたり、見どころ満載の二作目だった。

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ざらざら*川上弘美

  • 2006/10/22(日) 16:46:45

☆☆☆・・

ざらざら ざらざら
川上 弘美 (2006/07/20)
マガジンハウス

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熱愛・不倫・失恋・片思い・男嫌い・処女、そしてくされ縁・友愛・レズビアン。さまざまな女性の揺れ動く心情を独特のタッチで描いた名品揃い。クウネル連載20篇に他誌発表作3篇を加えた、ファン注目の川上ワールド。


ラジオの夏・びんちょうまぐろ・ハッカ・菊ちゃんのおむすび・コーヒーメーカー・ざらざら・月世界・トリスを飲んで・ときどき、きらいで・山羊のいる草原・オルゴール・同行二人・パステル・春の絵・淋しいな・椰子の実・えいっ・笹の葉さらさら・桃サンド・草色の便箋、草色の封筒・クレヨンの花束・月火水木金土日・卒業。
こうしてタイトルを並べてみるだけで 色も匂いも手触りもさまざまな物語たちなのだろうと想像することができる。そしてそのとおり、さまざまな「好き」のお話たちである。好かれる、愛される、ということもあるが、自分が誰かのことを好き という気持ち。しあわせなばかりではないそんな「好き」のただ涙がこぼれてしまう淋しさや 溢れてしまって仕方のない様がとても身近に描かれていて 思わず惹きこまれてしまう。
別々のはずの主人公の誰もが、著者のひとかけらのように思われていとおしくもなる。

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長い長い殺人*宮部みゆき

  • 2006/10/21(土) 17:12:08

☆☆☆☆・

長い長い殺人 長い長い殺人
宮部 みゆき (1999/06)
光文社

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金は天下のまわりもの。財布の中で現金は、きれいな金も汚ない金も、みな同じ顔をして収まっている。しかし、財布の気持ちになれば、話は別だ。刑事の財布、強請屋の財布、死者の財布から犯人の財布まで、10個の財布が物語る持ち主の行動、現金の動きが、意表をついた重大事件をあぶりだす!読者を驚嘆させずにはおかない、前代未聞、驚天動地の話題作。


なんと語り手は財布である。さまざまな持ち主のものである 色も形も材質もさまざまな財布。ある財布は、自分のことを私と呼び、またある財布は、俺と呼び、あたしと呼び、僕と呼ぶ。持ち主との関わりもさまざまであるが、ただ一点共通することといえば 殺人事件にかかわりがあること。
語り手を替えるたびに章を変え、連作短編集のような趣で、あるひとつの事件の真相に迫っているのだということに、初めは気づかず、気づいたときに興味はさらに倍加する。
財布というものは、思った以上に持ち主や、その置かれている環境を如実に現しているのだなぁと、改めて思わされもする。

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繭の密室*今邑彩

  • 2006/10/20(金) 17:17:18

☆☆☆・・

繭の密室 繭の密室
今邑 彩 (1995/12)
光文社

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都内のマンションで飛び降り事件が発生した。警視庁刑事・貴島柊志は、被害者・前島博和の遺体に残された奇妙な点から、事件の不可思議さを感じ取る。事実、七階にある前島の部屋には、何者かが前島を襲った形跡が残されていたが、その部屋は完全な密室状態であった。忽然と消えた犯人の姿を求め、貴島は、六年前に起きた事件を浮かび上がらせる。だが、その事件に関わる人物も不可解な死に巻き込まれていた。さらに、同時に発生した誘拐事件が、事件の謎を深めてゆく…。流麗な筆致で描かれる、不可能犯罪の妙と冴え。女流気鋭が放つ、驚愕の本格推理小説、書下ろしで登場。


マンションのベランダから転落死した男と、中学時代からの友人たち。彼らのつながりに 何か腑に落ちないものを感じた貴島は、彼らが中学三年だった六年前の級友の自殺という出来事に行き当たる。いじめだったのか、そして本当に自殺だったのか。当時担任で、その学年の卒業と同時に辞職していた日比野と、その妹まで巻き込んで、事は進んでいく。
見事にトリックに引っかかっていたことに気づくのは、事件の真相が明らかになっってからだった。なるほど、そう言われればちゃんと伏線が張られていたのだった。
そして、こんな結末を迎えながら まだ自らの過ちを自覚できずにいる人物がいる。これから起こる事件の小さな芽が、いま芽生えたところかもしれない。

さよならの空*朱川湊人

  • 2006/10/20(金) 14:20:54

☆☆☆・・

さよならの空 さよならの空
朱川 湊人 (2005/03/29)
角川書店

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夕焼けよりも大切なものなんて・・・・・。
拡大を続けるオゾンホールを食い止めるため、化学物質ウェアジゾンが開発された。しかし、それは思わぬ副作用をもたらすことに。散布した空で夕焼けの色が消えてしまうのだ。開発者のテレサは八十数歳のアメリカ人女性科学者。テレサは胸の奥に秘めたある想いを達するため日本へ向った。日本に着いたテレサは小学校三年生のトモルとキャラメルボーイと名乗る若者と数奇な運命で巡り合い、最後の夕焼けのポイントへと向う。オール読物推理小説新人賞、日本ホラー小説大賞短編賞を受賞。彗星の如く現れた小説界の大本命・朱川湊人が贈る現代の寓話。


なくても誰も困らないが、なくなると味気なく寂しく 何か忘れ物をしたような心地になるもの。朝焼けや夕焼けとはそんなものだろう。そんな、心のふるさとのような夕焼けが今後150年間夕暮れの空から消えてしまうという物語である。
「ワンダリング」・ホール(さまよえる穴)」と名づけられた 突如現れ、しかも移動するオゾンホールへの対応措置として開発された ウェアジゾン――フロン分子と結合して、フロンからオゾンを破壊する力を奪い、自然消滅するまで成層圏を漂うだけの無害な物質に変える――という化学物質を散布することによって、波長の長い光をも分散させてしまうので、夕焼けの赤い色も目に見えなくなってしまうのだという。
70代でウェアジゾンを開発したテレサは、いますでに80代の半ばであり、お祭り騒ぎに近い ウェアジゾン散布のセレモニーの後、急速に老いを感じ始めていた。その後、日本でのウェアジゾン散布に立ち会うためにテレサは来日するのだが...。
二十歳のころの今は亡き日系の恋人との思い出、弟の事故死に重い責任を感じているトモル少年との出会い、ウェアジゾン散布反対を叫んで焼身自殺した娘の父の思惑、そして、かつて産み 手放した娘との再会、などなどと絡められながら、最後の夕焼けが描かれる。
そして、それぞれの胸に宿る神の存在が一瞬見せたのかもしれない この世とは別の世界との交わりは、科学を超えた何かを思わせる。

なくても困らないからなくなってもいいわけではない、と強く思う。

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一瞬の風になれ2*佐藤多佳子

  • 2006/10/18(水) 19:08:10

☆☆☆☆・

一瞬の風になれ 第二部 一瞬の風になれ 第二部
佐藤 多佳子 (2006/09)
講談社

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第二部――ヨウイ――

何かに夢中にだった、すべての人へ贈る青春小説
「最高だ」
直線をかっとんでいく感覚。このスピードの爽快感。身体が飛ぶんだ……。
少しずつ陸上経験値を上げる新二と連。才能の残酷さ、勝負の厳しさに出会いながらも強烈に感じる、走ることの楽しさ。意味なんかない。でも走ることが、単純に、尊いのだ。
「そういうレースがあるよね。きっと誰にも。一生に一回……みたいな」
今年いちばんの陸上青春小説、第2巻!


とにかくもう涙が止まらなかった。ほのぼのとした涙、悔し涙、悲しい涙、そして胸震わせる涙。
第一部ではまだ迷いがあったが、この第二部で 新二はもうすっかり、陸上選手になっている。走ることがたのしくて仕方がない様子を見ると、こちらの方が嬉しくなるほどである。うらやましい。走ることの何かを一瞬捉まえられそうになったり、重要な役割を任されたり、甘酸っぱい想いを胸に抱いたり、と これ以上ないほど充実した毎日を送っている。このままいけば、新二の走りは さらにぐんぐん伸びていくのだろうと誰もが思っているだろうところに、とんでもないことが起こるのである。しかも新二にではなく 健ちゃんに...。

顧問のみっちゃんをはじめ 陸上部のメンバーのなんといい奴等なことか。それぞれまったく違う個性を持ちながら、走るというただそれだけで結びついた仲間たち。春高陸上部が日本中でいちばんの陸上部だと思わせられるほどである。マイペースは相変わらずだが、陸上部員の一人として 明らかに変わってきている連と、彼を羨み尊敬し ときに悔しがりながら、なくてはならないものとして意識している新二の関係も絶妙である。

なのにどうしてこんなときに、健ちゃんが...。
第三部が待ち遠しい。

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四度目の氷河期*荻原浩

  • 2006/10/17(火) 18:47:07

☆☆☆☆・

四度目の氷河期 四度目の氷河期
荻原 浩 (2006/09/28)
新潮社

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人生を語るには、早すぎるなんて言わせない。ぼくは今日から、トクベツな子どもになることにした―何をやっても、みんなと同じに出来ないワタルは、ある日死んだ父親に関する重大な秘密を発見する。その瞬間から、少年の孤独なサバイバルゲームは始まった。「自分」を生きるため、本当に大切なことって何?『明日の記憶』の著者が描く、今ここにいることの奇跡。感動青春大作。17歳の哀しみと温もりが、いま鮮やかに甦る。


ワタルと母は町のはずれの坂の上にひっそりと建つ一軒家に二人暮らしだった。父はいない。顔も知らない。母は研究員として研究所で働き、彼らはいつまでたってもこの町ではよそ者だった。そしてワタルは外見も成長の度合いも ほかの子どもたちとは違っていた。ある日ワタルは、いくつかの要因から 自分がクロマニヨン人の息子だと推測し、そう信じることで ほかの子どもたちとの違いにも納得することができ、自分だけの自信と目標を持つことができたのだった。

自分とは?他者とは?という 思春期に誰でもがもてあます悩みを、姿かたちと生い立ちの違いという際立った差異によって人よりも強く抱いてしまったワタルが 自分がほかの誰でもない自分だということに気づくまでの長い長い道のりは ときに叫びだしたくなるほどであり、ある意味似たもの同士のサチの存在が雪野原で流す涙のあたたかさのようにじんと沁みる。

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きみが住む星*池澤夏樹・ERNST HAAS

  • 2006/10/16(月) 07:05:59

☆☆☆☆・

きみが住む星 きみが住む星
エルンスト ハース、池澤 夏樹 他 (1992/10)
文化出版局

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世界を旅してまわる男性が恋人に書き送った絵はがきの形で語られる短編集。色彩の魔術師といわれたエルンスト・ハースの写真に、作家の池澤夏樹が文を添えた。


手紙の送り主の男性のことも、その恋人の女性のことも、具体的には何も語られていないのだが、――しかも、手紙は男性から女性へのものだけ――ふたりのありようがほのぼのとした気持ちとともに目に浮かぶようである。
どうやら男性は、仕事で長い長い旅にでているようであり、その旅先の地の風景を写真に撮って手紙に添えているのだが、この写真もとても素晴らしい。

今、美しい風景を見たい。
今、美しい文章を読みたい。
今、美しいものに触れたい。

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最後に空港できみの手を握って、抱き合って、別れた後、飛行機に乗った時、離陸して高く高く上がり、群青の成層圏の空を見た時、ぼくはこの星が好きだと思った。それから、どうしてそんな気持ちになったのか、ゆっくりと考えてみた。飛行機の中って、時間がたっぷりあるからね。そうして、ここがきみが住む星だから、それで好きなんだって気がついた。他の星にはきみがいない。  (「最初の手紙」より)

という、はなし*吉田篤弘・フジモトマサル

  • 2006/10/15(日) 16:56:55

☆☆☆☆・

という、はなし という、はなし
フジモト マサル、吉田 篤弘 他 (2006/03)
筑摩書房

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1枚の絵に触発された想像力は、思いもかけない世界へと読む者をいざなう-。全編、読書する動物が登場する、喜怒哀楽24本入りの小さな絵物語集。筑摩書房のPR誌『ちくま』での連載を書籍化。


フジモトマサルさんが、本を読む動物の絵を描き、それをバトンタッチされた吉田篤弘さんが物語――あとがきには挿絵ならぬ挿文とある――を書く、というリレーのような形式で ひとつの作品が仕上げられたのだという。
うつむき加減で本を読む動物の姿が愛おしく、添えられている物語は ほろ苦かったり 切なかったり ほほえましかったり チクリと胸を刺したり、とさまざまである。手軽に読めるが内容の濃い大人のための絵本である。

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ゆらゆら橋から*池永陽

  • 2006/10/15(日) 13:30:22

☆☆☆・・

ゆらゆら橋から ゆらゆら橋から
池永 陽 (2004/12)
集英社

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憧れ、初恋、上京、旅立ち…今はコンクリート製だが、かつては粗末な木の橋だった。橋桁がゆるんでいて、人が乗るとふわふわと揺れた。子供たちはゆらゆら橋と呼んだが、大人たちのなかには戻り橋というものもいた。この橋を渡ってからよそから村に来た女は、この橋を渡って村を去っていく。こんな風説が健司の子供のころ、村中でささやかれていたことがあった。健司の脳裏を、去っていった身近な女性たちの顔がよぎる。女の心はゆらゆら揺れない。ゆらゆら揺れるのは男のほう。『コンビニ・ララバイ』から2年半、情感豊かにつづられた“ゆらぎ”の物語。人は一生に何度、恋をすることができるのか。


ゆらゆら橋と呼ばれる橋のある村で生まれ育った健司の その歳々での恋愛模様を描きながら、彼と その愛が姿を変えていく様子がリアルに物語られている。
ある女性と出会って恋をする。そして、ひとつ恋をするたびに、ゆらゆらと心が揺れるように何かが少しずつ変わり、気づかないとしても もうもとの場所には立っていないのである。
戻り橋を渡って故郷に帰った健司は、もうそこには過去の自分がいないことに気づいたのだろう。

死霊の跫(あしおと)*雨宮町子

  • 2006/10/14(土) 17:30:46

☆☆☆・・

死霊の跫 死霊の跫
雨宮 町子 (2001/11)
双葉社

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きょう、あなたは、とりかえしのつかない時間を生きる。いつか、みんな、帰らぬ人となる。「高速落下」、「いつでもそばにいる」、「Q中学異聞」他3篇を収録した、心ふるえる人生の最後を描いた物語集。


何かが変だ、なにか違和感がある。日常の中のそんなことをうっかり見逃したばかりにその後に訪れる恐ろしい事々。あるいは、そんな心の僅かなひび割れに忍び入ってくる禍々しいなにか。じりじりとじわじわと蝕まれていく目に見えない恐怖。そしてそれが目に見えるようになったとき、それはすでに何もかもが手遅れになったあとなのだ。
出来事の外側から第三者の口で語られる事々が、次第に真実の山を形作っていく過程が恐ろしい。

七人の中にいる*今邑彩

  • 2006/10/13(金) 17:00:26

☆☆☆・・

七人の中にいる 七人の中にいる
今邑 彩 (1994/09)
中央公論社

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ペンション「春風」のオーナー・晶子(しょうこ)のもとに、二十一年前のクリスマスイヴに起きた、医者一家虐殺事件の復讐を予告する手紙が。今のこの幸せのために、葬ったはずの過去なのに…。折りしも、明後日に控えたクリスマスパーティーへと常連客が集まって来る。この中に脅迫者がいるのか。元刑事・佐竹の協力で、明かされていく客たちの身元は。オルゴールの蓋が開き「ホーム・スイート・ホーム」の旋律が流れるとき、惨劇が甦る。


なにもないときにはなんでもない事柄が、ひとたび胸に疑心が芽生えると あれもこれも、誰も彼もが疑わしく見えてくる。そんな心理をうまく操って ペンションの客の誰が犯人でもおかしくないような状況が作り出されている。しかも晶子は妊娠中でただでさえ精神的にも不安定なのである。状況は揃いすぎているのだ。
割と早い段階で、もしや?と思った人物がやはり真犯人だったが、犯人を憎みきれないのはやはり大元の事件ゆえだろう。そもそもはじまりが間違いだったのだ。

銀の犬*光原百合

  • 2006/10/12(木) 18:55:53

☆☆☆☆・

銀の犬 銀の犬
光原 百合 (2006/06)
角川春樹事務所

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この世に想いを残す魂を解き放つ、伝説の祓いの楽人(バルド)-オシアン。声を失った楽人オシアンとその相棒ブランの物語。ケルトの民話・伝説に登場する妖精や妖魔が次々と現れる不思議で切ない愛の物語。


表題作のほか、「声なき楽人」「恋を歌うもの」「水底の街」「三つの星」という五つの連作物語。
壮大な夢幻の世界に迷い込んでしまったようで、ページを開いてまもなくはどちらに進んでいいのか戸惑い、きょろきょろと辺りを見回すばかりだった。それが読み進むうちにぐんぐんと世界に惹き込まれオシアンやブランやそれぞれの物語に登場する人たちに寄り添って、彼らと旅を共にする心地になっているのにはたと気づくのであった。
声を失い、祓いの楽人として最も大切な歌を歌うことができないながらも竪琴を奏でることで、亡くなって尚行くべき場所へ行けずにいる魂を 行くべきところへ導き送りつづけるオシアン。彼を唯一の主となし、我が命はオシアンのもの と言い切って、彼の言葉となって働く生意気な少年・ブラン。まずはこの二人の魅力の虜になり、読者も共に旅をせずにはいられなくなるのである。
さまざまな場所に赴き、迷える魂を救う彼らだが、オシアンが声を失った理由や、ブランと出会ったいきさつなど、彼ら自身に関する謎に答えは未だない。あとがきにも書かれているが、彼らの旅はまだまだ続いているので、そう遠くないいつかきっと また彼らと共に旅ができることだろう。早くまたあの竪琴の音色を聴きたい。

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シンデレラ・ティース*坂木司

  • 2006/10/11(水) 17:15:55

☆☆☆☆・

シンデレラ・ティース シンデレラ・ティース
坂木 司 (2006/09/21)
光文社

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サキは大学二年生。歯医者が大嫌いなのに、なぜかデンタルクリニックで受付アルバイトをすることになって…。個性豊かなクリニックのスタッフと、訪れる患者さんがそれぞれに抱えている、小さいけれど大切な秘密。都心のオフィス・ビルの一室で、サキの忘れられない夏がはじまる。

じっと我慢していても、夏は動かない。歯も治らない…。個性豊かなデンタルクリニックのスタッフと、訪れる患者さんたちがそれぞれに抱えている、小さいけれど大切な秘密。都心の歯科医を舞台にした、ひと夏の青春小説。


表題作のほか、「ファントムvs.ファントム」「オランダ人のお買い物」「遊園地のお姫様」「フレッチャーさんからの伝言」という 歯医者さんがらみの連作。

子どもの頃初めて行った歯医者さんでとんでもなく怖い思いをした咲子はそれからすっかり歯科医恐怖症になってしまい、しっかり歯磨きをして虫歯を作らないようにして歯医者には近寄らないようにして大学二年の今に至っている。そんな夏休み、咲子は母にある受付のアルバイトの話を持ちかけられ、何の受付なのか知らないままでその場所まで行ったのだったが、なんとそこは「品川デンタルクリニック」という紛れもない歯医者だった。
品川デンタルクリニックは、エステサロンのような趣の歯医者で、診察券をメンバーズカード、患者をお客様と呼び、院長はじめスタッフがみな個性的なのである。そして、それぞれが個性的なのにぶつかり合わず 補い合って和みの雰囲気を醸し出している。咲子もサキと呼ばれ、みんなと親しんでいくうちに、歯科医の内側や想いに触れ、少しずつ変わっていく。
それだけでも充分たのしく読めるのだが、さらにその上に毎回日常の謎ならぬ 歯医者がらみの謎が提供され、いつも粉にまみれている歯科技工士の四谷の「歯に聞いてみる」謎解きが、歯科の現場ならではで一層興味をそそられる。

咲子の親友のヒロちゃんはこの夏は沖縄でアルバイトをしており、なにかあると咲子も電話で相談したりしているのだが、ヒロちゃんの側の物語も近々読むことができるらしい。こちらもたのしみである。

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温室デイズ*瀬尾まいこ

  • 2006/10/10(火) 17:28:54

☆☆☆☆・

温室デイズ 温室デイズ
瀬尾 まいこ (2006/07)
角川書店

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トイレでタバコが発見される。遅刻の人数が増える。これらの始まりの合図に教師たちはまだ気づかない。私たちの学校が崩壊しつつあることを。私には一体何が出来るのだろうか……。ひりひりと痛くて、じんじんと心に沁みる、とびきりの青春小説。

戦うのは、逃げるよりもつらいけど。
まだ、あの場所でがんばれる。
ふたりの少女が起こした、小さな優しい奇跡。


荒れた小学校を、卒業を目の前にして何とか自分たちで立て直したと思ったのに、中学もさらに質の悪い荒みようで、何とかしようと思い切った発言をしたみちるはすぐさま陰湿ないじめの対象にされてしまう。
みちるの友だちの優子ちゃん、自ら優秀なパシリと宣言する斉藤君、思惑外れでスクールサポーターになってしまった吉川先生、みちるの幼馴染でやくざの親を持つ瞬らを取り巻く「温室」の日々の物語。

いじめ・暴力・授業放棄、などなど...。これでもかというほど荒れた中学の様子が描かれる。それなのにタイトルは『温室デイズ』である。
学校という 外から見れば、ぬくぬくと守られたぬるま湯の中のような場所。だが、その温室の中はあるものにとっては過酷ともいえるほど暑すぎ、枯れないように生き抜いていくだけで並々ならぬエネルギーを奪い取られるのかもしれない。みんながみんな温室に守られているわけではないのだ。温室にいるからこそ歪められ、それでも逃れられずにもがいているものもあるのだ。
教室から逃げ出した優子の胸の中のこんなつぶやきに心が痛い。

教室に行きたくない。そういう私に別室登校が認められ、学校に行きたくなくなれば、次のものが用意される。教室でまともに戦うみちるには、誰も手を差し伸べないけれど、逃げさえすればどこまでも面倒見てもらえる。教室で戦うのは、ドロップアウトするよりも何倍もつらいのに。

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しゃばけ*畠中恵

  • 2006/10/09(月) 18:48:04

☆☆☆・・

しゃばけ しゃばけ
畠中 恵 (2001/12)
新潮社

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江戸の大店の若だんな一太郎は17歳。一粒種で両親から溺愛されているが身体が弱くすぐ寝込んでしまう。そんな一太郎を守るべく、手代に身を替えた犬神・白沢、屏風のぞきや小鬼が身の周りに控えている。ある夜、ひとり歩きをした一太郎は人殺しを目撃してしまう。あやかしたちの力を借りて下手人探しに乗り出すものの…。心優しい若だんなと妖怪たちが繰り広げる愉快で不思議な人情推理帖!第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作。


いまの17歳と比べてはいけないと思いながら ついつい比べてはため息が出るのだった。
生まれつき病弱で、何度も死ぬか生きるかという修羅場を潜り抜けているせいもあり、両親や使用人たちには大甘に甘やかされているのだが、それを良しとせず、何とか役に立ちたいと悩んでもいるのである。それでも何かというとすぐに寝付いてしまうのが いかにも軟弱で情けなくもあり愛すべきでもある。
その生まれつき故もあり、妖(あやかし)をごく自然に目にすることができ、共に生きることができるのを、特別なことと思わず 自然なこととして自然にそうしているのも好ましく、幼馴染の英吉を思いやるさまも またその歳の若者らしくて好感が持てる。
そんな若だんなが、頑健な人間でも尻込みするような難題を引き寄せ、関わるうちに、自分の足でしっかりと立てるようになる兆しを見出したのが喜ばしく、続きがたのしみである。

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陽気なギャングの日常と襲撃*伊坂幸太郎

  • 2006/10/08(日) 21:12:04

☆☆☆☆・

陽気なギャングの日常と襲撃 陽気なギャングの日常と襲撃
伊坂 幸太郎 (2006/05)
祥伝社

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人間嘘発見器成瀬が遭遇した刃物男騒動、演説の達人響野は「幻の女」を探し、正確無比な“体内時計”の持ち主雪子は謎の招待券の真意を追う。そして天才スリの久遠は殴打される中年男に―史上最強の天才強盗4人組が巻き込まれたバラバラな事件。だが、華麗なる銀行襲撃の裏に突如浮上した「社長令嬢誘拐事件」と奇妙な連鎖を始め…。絶品のプロット、会話、伏線が織りなす軽快サスペンス!伊坂ブームの起爆剤にして、映画化で話題の「陽気なギャング」ここに待望の復活。


『陽気なギャングが地球を回す』の続編。
成瀬・響野・久遠・雪子がそれぞれ遭遇した出来事がどうしたわけか次々に繋がってひとつの事件になってしまう。
今回も4人はちゃんと(?)銀行強盗もするし、それが事件に巻き込まれるきっかけにもなっているというのが絶妙である。
悪人たち――主人公たちがギャングなのだから悪人と言っていいのかちょっと悩むが――にいいように使われる小悪人とも言える面々のキャラが愛すべき情けなさでまたいい。
無理やりな場面もあるのだが、それがまた笑ってしまうようなドタバタで愉しめる。人情アクションコメディと言った一冊である。
この4人が、これからもどんどん何かやってくれることを望んでたのしみに待ちたい。

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78(ナナハチ)*吉田篤弘

  • 2006/10/07(土) 19:34:49

☆☆☆☆・

78(ナナハチ) 78(ナナハチ)
吉田 篤弘 (2005/12)
小学館

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あらゆる場所で、あらゆることがでたらめに美しく響きあう。
その昔、世界は78回転で回っていた??。
「78(ナナハチ)」という名の一風変わったSP盤専門店を主たる舞台に、置き手紙を残して失踪した店主、常連客の若者?ハイザラ・バンシャク、二人が思いを寄せる女性・カナが主な触媒となって、大昔の伝説のバンド「ローリング・シェイキング&ジングル」、〈失意〉を抱える作家、中庭と犬をこよなく愛する老人、未完の曲を探すチェリストの息子、「夜の塔」に棲む七姉妹などの物語が不思議な連鎖を見せ、ある種、巨大な一枚絵のごときものとして立ちあがる、まったく新しい物語長編。


相変わらずの吉田篤弘さんである。果てしなく 永遠で 外へ向かうようで 深く裡へと向かう旅をする心地である。
そもそも「78回転のSP」という、現在では容易に聴くことのできないレコード盤から物語ははじまるのだ。見えないものをみえるようにする旅なのである。
物語の軸は現在にあるのだが、少しずつずれた ある場所のある時間を留めた薄紙を、さらに少しずつずらして一枚ずつ丁寧に重ねてミルフィーユのように層にしたような感じ。
13の連作短編集なので、13枚の薄紙を重ねていき、すべて重なったときにだけ見えてくるものがあるような趣の一冊なのである。
吉田さんは、つくづく集められないものを集めることがお上手な方だと思う。

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ミーナの行進*小川洋子

  • 2006/10/06(金) 17:48:22

☆☆☆☆・

ミーナの行進 ミーナの行進
小川 洋子 (2006/04/22)
中央公論新社

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美しくてか弱くて、本を愛したミーナ。あなたとの思い出は、損なわれることがない――懐かしい時代に育まれた、二人の少女と、家族の物語。


語るのは朋子。父を亡くしたあと、母は 将来に向けて新たな勉強をするために上京し、朋子は 芦屋の洋館に暮らす母の姉一家のもとに預けられることになった。もうじき中学にあがるときだった。
お屋敷に暮らしていたのは、ドイツ人の血が四分の一入っていてとてもカッコイイ伯父さん、母の姉である伯母さん、伯父さんの母親のドイツ人のローザおばあさん、伯父さん夫婦の娘で病弱なミーナ、そしてロー竿ばあさんと同じくらいの歳で、家事を切り盛りしている米田さん、庭のことなどをする小林さん。そしてそして、庭にいるのは、コビトカバの女の子・ポチ子だった。
お屋敷の大きさやすばらしさ、伯父さんのカッコよさ、庭でカバを飼っていることなど、初めのうちは驚きの連続だったが、すぐにミーナと仲良しになった朋子は たくさんの初めてで宝物のような経験をする。

ミーナのいるお屋敷での暮らしは、あたたかさやしあわせに溢れているのだが、そこには何かしら足りないもの、欠けたものの影が見え隠れしており、それがなんとはなしに物悲しい空気になっていつもあたりを漂っているように思われる。
欠けているものとはたとえば、朋子の両親であり、ミーナの健康であり、フレッシー動物園の動物たちであり、しばしば長期に渡って姿を消す伯父の存在であったりする。
寂しいとか悲しいとか、一言も文字にはされていないのだが、スイスに留学しているミーナの兄の龍一が夏休みの帰省から戻っていく前に行った海水浴で みんなでかき氷を食べながら

全員揃ってる、と私は思った。窮屈そうに肩を寄せ合い、長椅子に座っている六人を一人一人目で追いながら、大丈夫、誰も欠けてない、と思った。


という朋子の胸のうちのつぶやきが、その寂しさを端的に現していて切なさで胸がいっぱいになる。
たのしくきらきらとした物語でありながら、失われてゆくものたちへの祈りの物語でもあるような気がする。

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マリコ/マリキータ*池澤夏樹

  • 2006/10/05(木) 17:15:36

☆☆☆・・

マリコ/マリキータ マリコ/マリキータ
池澤 夏樹 (1990/07)
文芸春秋

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南の島、異国の子供たちと暮らすマリコ。
研究者の僕に日本を脱け出し、彼女を追う生き方ができるだろうか(「マリコ/マリキータ」)?前人未踏の遺跡を探検した僕とピエールは、静謐のなか忘我の日々を過ごした。
でも僕には、そこにとどまり現世と訣別する道は選べなかった(「帰ってきた男」)。
夜に混じり合う情熱の記憶。
肌にしみわたる旅の芳香。
深く澄んだ水の味わい、5篇の珠玉の短篇集。


表題作のほか、「梯子の森と滑空する兄」「アップリンク」「冒険」「帰ってきた男」
本能的なのか、哲学的なのか、どちらでもないのか、どちらもなのか。簡単には判断できないような趣の物語たちである。
奔放で伸びやかだと思えば、裡に篭ったように静まり返り、めらめらと燃えるかと思うと、漣ひとつ立たない湖面のようにしんとする。
そして、ある一点かと思えば 拡散して覆い尽くし全体になる。
とらえどころがないのにとらわれてしまうような物語たちだった。

となりの用心棒*池永陽

  • 2006/10/04(水) 18:36:43

☆☆☆・・

となりの用心棒 となりの用心棒
池永 陽 (2004/09)
角川書店

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頼もしい男が商店街にやってきた! 気は優しくて力持ち、情に脆くて女にちょっぴり弱い用心棒。
婿養子に入った巨漢の勇作は一念発起して空手道場をオープン。気の優しい勇作はたちまち商店街のよき相談相手に。が、肝心の門下生は思うように集まらず…。
脛に傷をもった善良な人々と悲哀ただよう“弱者の味方”を描く、涙と笑いが交錯する傑作人情小説。


沖縄出身で岩のような巨漢・勇作は、祖父に空手の手ほどきを受け 滅法強い。アメリカで道場破りをしながら無鉄砲な暮らしをしていたこともあったが、日本へ帰り、ひょんなことから夏子と結婚し 婿養子に入ることに。
滅法強いが、ただ強いだけではない勇作の 幸福と悲哀。それに、商店街の人たちや 道場に集まる人たちの悩みや事情やあれこれが絡んで、涙あり笑いありの人情物語になっている。
勇作がアメリカで自ら抱えてしまった命題が、勇作にとっては不本意だろうが、彼の人柄の魅力を増しているようにも思える。

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