少し変わった子あります*森博嗣

  • 2006/11/30(木) 19:10:15

☆☆☆・・

少し変わった子あります 少し変わった子あります
森 博嗣 (2006/08)
文藝春秋

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上品で美味しい孤独をどうぞ。

失踪した後輩が通っていたのは、いっぷう変わった料理店。予約のたびに場所が変わり、毎回違う若い女性が食事に相伴してくれるという…。謎めいた料理店で出会う「少し変わった子」たちが、あなたを幻想的な世界へと誘う物語。


8つの「変わった子」の連作物語。
なんて不思議な物語なのだろう。やっていることといえば、初対面の若い女性と食卓を囲み 美味しい料理を食べているだけなのだが...。
その店には名前もなく、決まった店舗もなく、メニューもない。ただ電話をすれば いつも違うどこかに店が設えられ、料理が供される。そして、オプションでお相伴してくれる女性を頼むこともできるのである。少し変わった子、というのはこの女性のことである。彼女たちも店と同じようにその場限り、一度限りで 二度と会うことはできないのである。とりとめのない話をしたり、ただ黙って雰囲気に酔いしれたり、心地好いときを過ごして また日常へと帰るのである。
大学教授の小山にこの店を紹介したのは、後輩の荒木だった。その後 彼は失踪し、彼についての手かがりを得たいという思いも手伝って、小山はその店に通うようになったのであった。――のだが・・・・・。
このラストは・・・・・!? 背筋がぞくっとしたのは気のせいだろうか。

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銀の砂*柴田よしき

  • 2006/11/30(木) 13:50:44

☆☆☆・・

銀の砂 銀の砂
柴田 よしき (2006/08/22)
光文社

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売れない作家の佐古珠美はかつて、女流ベストセラー作家・豪徳寺ふじ子の秘書だった。珠美は恋人の俳優・芝崎夕貴斗をふじ子に奪われ、彼女のもとを去った。夕貴斗はその後ふじ子とも別れ、いまは音信不通である。
ある日、珠美のもとをフリーライターの男が訪ねてきた。夕貴斗のことを訊きたいと言う。なぜ今さら?
過去が追いかけてくる。手に入れたはずの平穏な生活が崩れ始める


前半は、OLからロマンス小説の新人賞を取って華々しくデビューし、何年かのブランクの後、ミステリ作家として再起を果たし、長い間頂点に君臨していた豪徳寺ふじ子(本名:藤子)と、凡庸ながら小説を書き、藤子の小説にあこがれてその秘書をしていた佐古珠美。二人の良くも悪くも分かちがたい関係が描かれる。ずぶずぶと沈みこむような人間ドラマなのかと思いきや、いつの間にかミステリになっている。二時間ドラマのような趣である。
藤子の人生の波乱万丈さは、彼女の人生の前半と後半ではかなり趣を異にし、珠美の人生は、藤子なしには語れないものになっている。珠美の、と言うよりも、藤子以外の登場人物の誰の人生もが 藤子なくしては語れないようにも思われる。そんな運命を背負ってしまった藤子も哀しい。そして珠美も...。
本気で人を愛することを知らない人の愛の身勝手さと哀しさを見た思いもする。そしてまた、愛と憎のあまりの近しさに眩暈すら感じるのである。

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アコギなのかリッパなのか*畠中恵

  • 2006/11/29(水) 07:52:36

☆☆☆・・

アコギなのかリッパなのか アコギなのかリッパなのか
畠中 恵 (2006/01/14)
実業之日本社

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21歳の大学生・佐倉聖は腹違いの弟を養うため、元大物国会議員・大堂剛の事務所に事務員として勤めている。ここに持ち込まれるのは、大堂の弟子にあたる議員からの様々な問題。飼い猫の毛の色が変わる謎、後援会幹部が何者かに殴打された事件の始末、宗教団体へ入信の秘書が寄進した絵画の奪還…などの厄介ごとに関わった聖は、元不良の負けん気と機転の利く頭で、センセイ方顔負けの“解決”を成しとげてしまうのであった―。昔は不良だった事務員が、元大物代議士のもとに持ち込まれる陳情、難題、要望から、その裏にある日常の謎を解決する現代ミステリー。


元大物国会議員・大堂は、通例から言えば早すぎる現役引退後も何かと政界に顔を利かせ、かと思えば宝塚歌劇団にはまり ファンの人たちを事務所――事務所名はなぜか「アキラ」――に呼んで騒いだり、と憎めないキャラである。だが、一本太い筋がきっちり通っているところがたいそう好もしい。そして、この物語の主人公・21歳の学生兼事務員 聖(せい)には自覚がないようだが(読者にはわかるのに)、彼に注ぐ愛には並々ならないものがある。二人のやり取りが見ていて微笑ましい。
聖は、大堂に命じられてあちこちの雑多な問題を解決しに出向くのだが、この解決の仕方が『しゃばけ』の若だんなに通じるところがあるような気がする。その場限りの謎解きではなく、先々をきちんと読んで対策を講じているのである。人の価値は年齢ではなく経験だ、と思わされる。
読み終えても、まだまだ読み足りない心地である。シリーズ化されることを期待したい。

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真鶴*川上弘美

  • 2006/11/27(月) 07:12:51

☆☆☆☆・

真鶴 真鶴
川上 弘美 (2006/10)
文藝春秋

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失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。夫は「真鶴」にいるのか? 『文学界』連載を単行本化。


淡々と怖い物語である。「ついてくるもの」の存在を、まずそのまま受け容れてしまっているところから 語り手である京(けい)の心のありようは尋常ではない。すでに、いかほどかどこかへと連れ去られているようでもある。理由も告げず唐突に失踪した(と思い込もうとしてきた?)夫を思い切れず、それなのにほかの男にも想いを預け、内面は寄せては返す波のように揺れながら日々を過ごし、輪郭だけは普通の大人として日常を送る。揺れ具合、にじみ具合が読者を不安定な気持ちにさせる。
そして、夫・礼との間のひとり娘・百(もも)との関係がもうひとつのテーマなのだろう。母親と娘だからこそより強く感じるのだろう 微妙な近さと遠さを揺れる関係性。自らの胎内に子を宿し、産み出した者にはなじみの感覚かもしれないが、言葉にされて初めて「そうだったのか」と腑に落ちる心地もするのである。
心の中で揺れる波の狭間を描くのが巧い川上さんである。

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風が強く吹いている*三浦しをん

  • 2006/11/26(日) 10:16:11

☆☆☆☆・

風が強く吹いている 風が強く吹いている
三浦 しをん (2006/09/21)
新潮社

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箱根の山は蜃気楼ではない。襷をつないで上っていける、俺たちなら。才能に恵まれ、走ることを愛しながら走ることから見放されかけていた清瀬灰二と蔵原走。奇跡のような出会いから、二人は無謀にも陸上とかけ離れていた者と箱根駅伝に挑む。たった十人で。それぞれの「頂点」をめざして…。長距離を走る(=生きる)ために必要な真の「強さ」を謳いあげた書下ろし1200枚!超ストレートな青春小説。最強の直木賞受賞第一作。


なぜか「走り」づいているこのごろの読書。今回は駅伝である。しかも、大学生長距離ランナーの憧れの的・箱根駅伝。
そして主役は、十人ぎりぎり しかも陸上初体験者もいるというにわか駅伝チームである。箱根駅伝を走る(というか)走ろうと決めるまでの経緯がユニークとしか言いようがない。ハイジ(清瀬灰二)がたまたま 天性の走りをする蔵原走(かける)と出会い、「竹青荘(通称アオタケ)」に連れ帰り、住人が十人になったから、というのが直接の理由なのである。
さて、それからが大変だ。走ることに思い入れがあるものも、まったく興味がなかったものもひっくるめての練習は、ハイジの人間観察力と 人の心を掴む術がなければ成り立たなかっただろう。性格も背負っているものも異なるアオタケの住人たちをその気にさせただけではなく、箱根の山を蜃気楼でなくし、実現可能な夢にしたのである。
記録だけでも根性だけでもなく「走る」形はいろいろあるのだ、ということを思わせてくれる一冊でもあった。エピローグがあたたかい。

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日曜日の夕刊*重松清

  • 2006/11/23(木) 13:37:36

☆☆☆☆・

日曜日の夕刊 日曜日の夕刊
重松 清 (1999/11)
毎日新聞社

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あなたのサンタが、きっといる
この町の春夏秋冬を 12の短編小説でラッピングした、微笑みの贈りもの

ひさびさに家族全員揃った日曜日の夕方、ちょっと照れくさくなったお父さんが、日曜日には夕刊がないことを知りつつ「えーと、夕刊は…」なんてつぶやいてしまう、そんな気持ちにささやかなエールを贈らせてもらいます。現実の夕刊が哀しいニュースで埋め尽くされているからこそ、小さな小さなおとぎ話を、12編。微笑んでいただくための短編集です。


「チマ男とガサ子」「カーネーション」「桜桃忌の恋人」「サマーキャンプへようこそ」「セプテンバー’81」「寂しき霜降り」「さかあがりの神様」「すし、食いねェ」「サンタにお願い」「後藤を待ちながら」「柑橘系パパ」「卒業ホームラン」

どの物語も、ちょっぴりほろ苦くて、哀しくて、情けなくて、照れくさくて、後悔ばかり。
だが最後には、ほのぼのと微笑が浮かんできて、胸の奥をじんわりあたためてくれる。

1999年出版。日々凄まじいスピードで変化しているように思える世の中も、さほど変わっていないのかもしれない、とも思わされる。それならばことさら急ぐこともないか。

一瞬の風になれ3*佐藤多佳子

  • 2006/11/21(火) 17:57:18

☆☆☆☆・

一瞬の風になれ 第三部 -ドン- 一瞬の風になれ 第三部 -ドン-
佐藤 多佳子 (2006/10/25)
講談社

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すべてはこのラストのために。話題沸騰の陸上青春小説

ただ、走る。走る。走る。他のものは何もいらない。
この身体とこの走路があればいい……
「1本、1本、全力だ」

そして、俺らはいつものように円陣を組んだ。総体に行くためだけでなく、タイムを出すためだけでなく、鷲谷と戦うためだけでなく、何より、俺たち4人でチームを組めたことのために走りたいのだった。
「この決勝走れて、どんなに嬉しいか、言葉じゃ言えねえよ」
全3巻圧倒的迫力の完結編!!


まったくもって「言葉じゃ言えねえよ」という感動である。またもや泣かされてしまった。
あの緊張の塊でトイレに駆け込んでばかりいた新二が、目の前のコースを<自分だけのための一本の走路>と思えるまでに成長し、ただ速く走れる少年だった連が、しっかりと春高 陸上部の一員としての連になったのだ。そしてそれだけではなく、関東大会の大舞台で最高の4継を走るまでになったのである。
それぞれみんな違う個性の陸上部員たちが一丸となって成し遂げたことでもあり、春高陸上部創設以来の顧問や部員ひとりひとりの汗と涙と無念と喜びが連綿とつながってきた結果でもあるのだろう。
新二と連の素晴らしさは言うまでもないが、かなり重要な役どころなのが根岸ではないだろうか。単独で主役を張れる器ではないが、身の程を冷静にわきまえ、それでいて卑屈にならず 常に自分を高める努力は怠らない。さらに、チームのことを第一に思い、ときには自分を抑えて後輩に適切な指導をする。そしてチームのムードメーカーでもある。彼なしには春高陸上部はありえなかっただろうと思う。
そして、一層の高みを目指して、彼らが明日も走り続けることを確信させてくれるラストもとてもよかった。

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風の墓碑銘(エピタフ)*乃南アサ

  • 2006/11/19(日) 20:33:21

☆☆☆☆・

風の墓碑銘 風の墓碑銘
乃南 アサ (2006/08/30)
新潮社

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東京・下町の解体工事現場から白骨死体が三つ。そして大家である徘徊老人の撲殺事件。真夏の下町を這いずり回ること二カ月あまり。中年の毒気を撤き散らす滝沢の奇妙な勘働きと、女刑事・音道貴子の大脳皮質は、「信じられない善意の第三者」でようやく焦点を結んだ。名コンビは狂気の源に一歩ずつ近づいてゆく…。


音道貴子シリーズ。しかも今回は、以前に組んだときにさんざん悩まされた、女性蔑視体質の冴えない中年刑事・滝沢と 奇しくもコンビを組むことに。滝沢は、刑事としてはベテランで 学ぶべきことも多いが、貴子としてはどうにも付き合いづらい相手である。滝沢にとってもそれは同様である。事件の捜査のゆくえはもちろん、捜査の間中行動を共にするそんな二人の様子にもリアルな泥臭さや人間味があって興味を惹かれる。
実際に滝沢のような典型的な男社会人間と組まされた貴子の戸惑いもよくわかるし、私生活ではさまざまな悩みを抱えながらも仕事場では自分を律しきる 堅苦しいとも受け取られかねない貴子を扱いかねる滝沢の戸惑いも手に取るようにわかる。読者にとっては、二人の不器用さがもどかしくもあり、ときとして背中を押してやりたくもなるのだが、このもどかしさにこそ現実味があるようにも思える。
貴子を心強くする存在だった女性鑑識課員・奈苗の職場以外の女としての部分が招いた事件では 幻滅を味わうことになるが、それこそが貴子の硬質さを物語るものでもあるだろう。そのときの滝沢の態度には胸を打たれる。
人間模様と共に事件も混沌としているかに見えたのだが、丁寧な観察とふとした閃きが、一見無関係だったいくつかの事件を繋ぎ、一挙に解決へと向かわせるあたりは、興奮でゾクリとさせられる。

私的にも公的にも、音道貴子の物語は、まだまだ終わりそうもない。

四十回のまばたき*重松清

  • 2006/11/16(木) 17:43:55

☆☆☆・・

四十回のまばたき 四十回のまばたき
重松 清 (1993/12)
角川書店

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彼女は夢を見続ける。
その胎内に小さな生命を宿しながら。
毎年冬を迎えると、まるで冬眠するように眠り込んでしまう少女、耀子。彼女は、素姓のわからない子を宿しながらも少しもためらわずに危険な冬越えを決意する…。疼くような痛みと、滲むようないたわりに満ちた、ロマンティックな再生の物語。


結婚7年目の翻訳家の圭司と大手の広告代理店でデザイナーとして働く玲子の夫婦は、寒くなると「冬眠」する玲子の妹耀子を冬眠の間預かりながら暮らしていたが、事故で妻を亡くし、ほどなく事故のとき不倫相手と別れたばかりだった知らされ、圭司は混乱するが泣くことができない。そんなとき、平素から誰とでも寝る癖のある耀子と関係を持ってしまうが、その年の冬にはやってこないと思っていた耀子は変わらずにやってきて、しかも妊娠しているという。父親は誰だかわからないが。圭司を父親に指名し、妊娠期間と冬眠期間を二人で過ごすことになってしまう。

売れない翻訳家だった圭司が珍しく売れ、時を同じくして妻が亡くなり、義妹は子を孕む。そしてまた、翻訳した作品の作家が来日し、さまざまな事件を起こす。
自分の中でいつも完結していて恐ろしくバランスの良いと言われる圭司と、一見してバランスの悪い耀子や セイウチのような作家。両極のように見える彼らの誰もが 胸のなかに穴を抱えているのだという。その穴をどう扱うかがその人の生き方と言っても過言ではないほどに。圭司の泣けない辛さも、耀子の眠るしかない辛さも、見ていて切ない。
いなかった人がいるようになることを想うことで、未来に小さな光が見えているのが救いである。

「四十回のまばたき」とはアメリカの口語英語で「うたた寝」の意味である。
うたた寝すれば、目覚めたときには、たいがいの悲しみや後悔は多少なりとも薄れてくれるというおまじないのようなものなのだとか。
人の抱える穴が四十回のまばたきの間に少しでも小さく浅くなりますように。

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名もなき毒*宮部みゆき

  • 2006/11/15(水) 19:40:36

☆☆☆☆・

名もなき毒 名もなき毒
宮部 みゆき (2006/08)
幻冬舎

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どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。それが生きることだ。財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、トラブルを起こした女性アシスタントの身上調査のため、私立探偵・北見のもとを訪れる。そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。


『誰か』の続編と言っていいのだろう。今多コンツェルンの一人娘 菜穂子の婿・杉村三郎がまた事件に巻き込まれ、探偵役をすることになる。
生きていくうえで、人はさまざまな毒に遭遇する。文字通りの毒もあるかもしれない、いじめなど 人の悪意もあるかもしれない。そしてたとえば シックハウスであり、土壌汚染であり、自分の心の中の毒であったりもする。これは、そんなさまざまな名づけられていない毒に侵された人たちの物語なのかもしれない。
杉村は、社内報の編集部でアルバイトに採用した原田(げんだ)いずみにこそ翻弄されたが、その他の人間関係には恵まれており、杉村本人の持って生まれた資質とあいまって穏やかな毎日を送っているのだが、その資質こそが 彼を探偵役に引き込む最大の要因のようにも思われる。少しでも関わった人や物事を放っておけないのである。
今回、ゴンちゃんというアシスタント(?)と秋山氏という協力者(?)を得たことだし、杉村のもとにはこれからもどんどん事件が舞い込みそうな気がするがどうだろう。

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ひとがた流し*北村薫

  • 2006/11/14(火) 07:45:13

☆☆☆☆・

ひとがた流し ひとがた流し
北村 薫 (2006/07)
朝日新聞社

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アナウンサーの千波、作家の牧子、元編集者で写真家の妻となった美々は、高校からの幼なじみ。牧子と美々は離婚を経験、それぞれ一人娘を持つ身だ。一方、千波は朝のニュース番組のメインキャスターに抜擢された矢先、不治の病を宣告される。それを契機に、三人それぞれの思いや願い、そして、ささやかな記憶の断片が想い起こされてゆく。「涙」なしには読み終えることのできない北村薫の代表作。


人の生きていく道はたしかに人の数だけあり、ずっと交わっていることなど有り得ない。それでも、人生の長い期間、別の誰かの人生と寄り添っていることはあるだろう。そんな三人の女性と彼女らを取り巻く人たちの物語である。
人ひとりひとりは、孤独で弱い存在かもしれないが、「生きていてほしい」と誰かに心底望まれることで大波や大壁を乗り越えることもできるようになるのだろう。三人の踏み込みすぎず いつも互いを心にかけている関係がとても清々しく、羨ましく思えるものだった。
そしてなんと、「さばの味噌煮」のエピソードがなければ気づかないところだったが、ここに出てくる牧子さんとさきちゃんは、あの『月の砂漠をさばさばと』のお母さんとさきちゃんだったのだ。あの物語の行く先にこんな物語が続いていたのだ、と懐かしい人に出会ったような心地になった。

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うそうそ*畠中恵

  • 2006/11/12(日) 20:01:49

☆☆☆☆・

うそうそ うそうそ
畠中 恵 (2006/05/30)
新潮社

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日本橋の大店の若だんな・一太郎は、摩訶不思議な妖怪に守られながら、今日も元気に(?)寝込んでいた。その上、病だけでは足りず頭に怪我まで負ったため、主に大甘の二人の手代、兄・松之助と箱根へ湯治に行くことに!初めての旅に張り切る若だんなだったが、誘拐事件、天狗の襲撃、謎の少女の出現と、旅の雲行きはどんどん怪しくなっていき…。大好評「しゃばけ」シリーズ第五弾。



うそうそ:たずねまわるさま。きょろきょろ。うろうろ。
     「江戸語辞典」(東京出版)より

なんと今回は、若だんな生まれて初めての旅である。何とか人並みに元気になって役に立ちたいと切に願う若だんなの想いと、お稲荷さんにお伺いを立てた母の想いとが珍しく合致し、箱根に湯治に行くことになったのだった。のんびりと湯に浸かれば、若だんなも少しは寝込むことが少なくなるか、とわくわくしながら読み進めば なんと、とんでもない事件に巻き込まれ、江戸で巻き込まれる事件とは比べ物にならないほど危ない目に遭っているのである。
だが、今回の若だんなはいつもと少々違う。ひ弱なことには変わりがないのだが、なにやら頼もしくすら見えることがある。しっかり先を見通して考えることができている。ただ、なかなか行動が伴わないのは相変わらずなのだが。
少しでも誰かの役に立ちたい。でも自分には何もできない。
いつか役立てる日が来るのだろうか。
いつまでたっても不甲斐ないままなのか。
どうにかしたい気持ちと情けなさが若だんなを苛むのだが、人はみな何ほどかの葛藤を抱えて生きているのではないかということにもまた思い至る若だんなであった。
湯治にきたはずなのに、最後の最後まで湯に浸からないまま物語は終わっているが、このあと ゆるりと湯に浸かって、寝込む回数が少しでも減ることになるのだろうか。

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おまけのこ*畠中恵

  • 2006/11/11(土) 17:04:10

☆☆☆☆・

おまけのこ おまけのこ
畠中 恵 (2005/08/19)
新潮社

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摩訶不思議な妖怪に守られながら、今日も元気に(?)寝込んでいる日本橋大店の若だんな・一太郎に持ち込まれるは、訳ありの頼み事やらお江戸を騒がす難事件。親友・栄吉との大喧嘩あり、「屏風のぞき」の人生相談あり、小さな一太郎の大冒険ありと、今回も面白さてんこ盛り。お待ちかね、大好評「しゃばけ」シリーズ第四弾!身体は弱いが知恵に溢れる若だんなと、頼れるわりにちょっとトボケた妖たちの愉快な人情妖怪推理帖。


若だんな一太郎のひ弱さを表わす例えが、回を重ねるごとに大仰になっているような気がする。今回はこんな風である。

ため息が出るほどせっせと死にかけている


一太郎本人はどれほどか苦しいだろうが、思わず笑ってしまう言われようである。
しかし今回は、吉原の禿(かむろ)の足抜けを助けようとするなど、大人の仲間入り?と思わされる話もあるのである。そしてまた、いまの一太郎の名(?)探偵ぶりの起源ともいえる 5歳の頃の逸話も明かされていて 興味深い。
人の心の機微も幾分かわかりかけてきた若だんなである。

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屋上のあるアパート*阿川佐和子

  • 2006/11/10(金) 17:25:51

☆☆☆・・

屋上のあるアパート 屋上のあるアパート
阿川 佐和子 (2003/01)
講談社

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あなたはイヌ派? それともネコ派?
ちょっぴりほろ苦いラブコメディ

麻子は情けなくなってきた。どうして自分は何をやってもうまくいかないのか。結婚も仕事も、一人暮らしすらまともにできない。そんなに無能なのだろうか。親が心配してくれる気持がわからないではない。だからこそ、出なければいけないのだ。今、自立しなかったら、きっと生涯、大人になれないだろう。――(本文より)


桂木麻子は30歳を目前にして、一人暮らしをはじめた。なぜかというと、勤めていた編集社が潰れて失業したからだ。このまま両親の元にいたら何者にもなれない、という情けなさが背中を押したのかもしれない。
二階の庇のところで二進も三進もいかなくなっている猫のいるアパート、屋上のあるアパートを麻子は自分の城に決め、訳あり気な様子でロンドンから帰国している幼馴染の由香を泊め、隣人の気さくで明るいマキちゃんにこれからのことを占ってもらったりして 一人暮らしをはじめたのだった。そんなとき、元の職場の社長が仕事を紹介してくれて・・・・・。

家族、恋愛、仕事、そして日々の暮らし。取り立てて不満があるわけではないが 何か物足りない。特に情熱的になれるわけでもないが なんとなく好ましい。これから自分がどうなっていくのか、どうなりたいのか、大人になりきれてはいないが若くもない 微妙な揺れを抱えた一人の女性がとても自然に描かれていて好感が持てる一冊だった。

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おとこ坂 おんな坂*阿刀田高

  • 2006/11/09(木) 18:30:02

☆☆☆・・

おとこ坂 おんな坂 おとこ坂 おんな坂
阿刀田 高 (2006/07)
毎日新聞社

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急で短い男坂、ゆるくて長い女坂。あなたはどちらの坂を選びますか? 切なくもおかしく、そして意表を衝く結末。「独りぼっち」「爪のあと」など、短編小説の名手が、日本各地を舞台に男女の人間模様を描く12の物語。


第一話 独りぼっち(東京・新橋)      
第二話 爪のあと(宮崎・都筑、高千穂)  
第三話 あつもり草(北海道・礼文島)   
第四話 つり天井(宇都宮)           
第五話 鯉づくし(広島・三次)       
第六話 ルビコンという酒場(岐阜)
第七話 生まれ変わり(岩手・遠野)
第八話 黄色い小びん(愛知・伊良子岬)
第九話 恋の行方(石川・能登半島)
第十話 生き方の研究(千葉)
第十一話 滑る女(愛媛・松山、八幡浜)
第十二話 あやかしの町 (京都)


日本全国さまざまな場所で繰り広げられる男女の人間模様が淡々と静かに、ときにはもどかしささえも覚えるほどに描かれている。
人の生き様を、急で短いおとこ坂と ゆるくて長いおんな坂になぞらえ、ときどきに選び取る坂の姿とその後の人生模様を見せてくれる。
底に流れるものは静かなのだが、どこかにピリリとスパイスが効いていて、読後に胸に小さな棘が刺さったままなこともある。

無痛*久坂部羊

  • 2006/11/08(水) 21:05:14

☆☆☆☆・

無痛 無痛
久坂部 羊 (2006/04)
幻冬舎

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見るだけですぐに症状がわかる二人の天才医師、「痛み」の感覚をまったく持たない男、別れた妻を執拗に追い回すストーカー、殺人容疑のまま施設を脱走した十四歳少女、そして刑事たちに立ちはだかる刑法39条―。神戸市内の閑静な住宅地で、これ以上ありえないほど凄惨な一家四人残虐殺害事件が起こった。凶器のハンマー他、Sサイズの帽子、LLサイズの靴痕跡など多くの遺留品があるにもかかわらず、捜査本部は具体的な犯人像を絞り込むことができなかった。そして八カ月後、精神障害児童施設に収容されている十四歳の少女が、あの事件の犯人は自分だと告白した、が…。
罪なき罰と、罰なき罪。悪いのは誰だ?


冒頭から目を背けたくなるような凄惨な場面である。教師一家が惨殺され、その死体は 妻が投稿し 掲載された夫自慢の新聞記事になぞらえるように並べられていた。そしてSサイズの帽子とLLサイズの靴跡という妙にアンバランスな遺留品。
この事件のあと、遠く近く取り巻くようにしてさまざまな事や人や要素が出合い 繋がり 形を現してくる。しかし、事件と犯人という形として現れてはいても、どこか釈然としないのは 心神喪失者の犯罪は罪としない という刑法39条の故なのだろうか。
外見を見るだけで症状が判るという医師・為頼と白神の歩く道の違い、心理療法士・菜見子を取り巻く人間関係、自らを教師一家殺人事件の犯人だと言うサトミ、白神医師を無条件で信頼し恩を感じる無痛症のイバラ。
消化できない数々の想いを渦巻かせて、読者は次々に起こる残虐な事件を止めることもできずに見ているしかない。ラストには希望の光も見えるかに思えるが、実は何も解決していないのかもしれないと思わせる翳りも見える。胸に重い一冊である。

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「死霊」殺人事件*今邑彩

  • 2006/11/07(火) 09:46:08

☆☆☆・・

「死霊」殺人事件 「死霊」殺人事件
今邑 彩 (1998/11)
光文社

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東京駅で拾った客を世田谷の家に届けたが、「金を取ってくる」と言ったまま戻ってこない。痺れを切らし中に入ったタクシー運転手が目撃したのは、2人の男の死体だった。警察は直ちに捜査を開始。1階の和室の床下が掘られており、2階の寝室には、泥まみれの女の死体が…。その上、現場は密室状態で…。大胆・斬新なトリックが光る、長編本格推理小説の秀作。


プロローグでいきなり 奥沢峻介が愛人の雅美に 保険金目当てで妻の千里を殺害計画を持ちかけている。
そして、峻介を乗せたタクシーの運転手が、金を取りに家に入ったきりなかなか出てこない峻介を訝って様子を見に行き二人の男の死体を見つける第一章へと続くのである。死体の一人は奥沢峻介当人だった。

警視庁刑事・貴島柊志と所轄署の刑事たちとの関係も相変わらず興味深い。今回は、26歳の女性刑事飯塚ひろみとのコンビがとてもいい。最初のうちこそため息をついていた貴島が、段々とひろみを認めていく過程は、貴島の人となりを知ることにもなり たのしめる。そしてこの飯塚ひろみが 結構的を射た推理をして 凝り固まった視点を解きほぐす役目もするのである。
そして、一旦はこの不可思議な殺人事件の謎にすべて答えが出されるのだが、依然として飲み下されないままでわだかまっている貴島の胸のうちの何かが、さらに驚くべき事実を掘り起こすのである。
前作でもそうだったが、一度片がついたからといって安心してはいけないのである。ほんとうの事件はそこから始まると言えるのかもしれない。

「裏窓」殺人事件*今邑彩

  • 2006/11/06(月) 10:14:40

☆☆☆・・

「裏窓」殺人事件―tの密室 「裏窓」殺人事件―tの密室
今邑 彩 (1991/10)
光文社

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デザイナー・北川翠が三鷹のマンションから墜落死した。北川の部屋は密室状態にあり、警察は自殺と判断。が、飛び降り直後の北川の部屋に男がいたことを少女は目撃していた。少女の名は坪田純子。密室状態の部屋からどうやって男が消えたのか?さらに、北川の墜落と同時刻におきた、中野での女子大生殴殺事件、その犯人と北川の部屋にいた謎の男とが同一人物とみなされた。とすると、犯人は三鷹・中野間を瞬間移動したことになる。警視庁刑事・貴島柊志は、不可解な謎を追うが…。ついで起こる連続女子大生惨殺事件、純子に迫る魔手。衝撃の密室トリックと大ドンデン返し、本格推理の妙味にサスペンスを加味した著者全力の書下ろし傑作。


貴島刑事シリーズ。
一見何の関係もないように見えるほぼ同時刻に起きた二つの事件。ひとつはベランダからの墜死、もうひとつは置時計による撲殺。しかし、犯人にとってみれば見逃しようのない線で繋がっているのだった。しかもそこに、別の要素も絡まっているならば・・・・・。

あとがきに書かれているように、謎が解き明かされることによってすっぱり割り切れ、余韻を残さない物語ではなく、解明されて尚 背筋がゾクリとするような目に見えない恐怖に囚われるような物語になっている。もしかすると真実は、解き明かされた以外にあるのではないだろうか、と思わず窓の絵を見つめ返してしまいそうになるような。
無言電話、ノブをガチャガチャさせる音、鳥の羽ばたき、などが恐怖を募らせる効果をいや増している。

淑女の休日*柴田よしき

  • 2006/11/05(日) 13:34:21

☆☆☆☆・

淑女の休日 淑女の休日
柴田 よしき (2001/05)
実業之日本社

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女性に人気のホテルに「幽霊が出る」との噂が流れ出した。本当に幽霊なのか、それとも何者かの営業妨害か? 私立探偵・鮎村美生は依頼を受け、ホテルへと赴く。ところが調査開始直後、幽霊の目撃者が殺されて…。


週末にレディースプランで夢のようなホテルライフを満喫する女性たち。シティホテルの何が彼女たちをそれほど魅せるのだろうか。という思いから生まれた作品らしく、週末のホテルライフに非日常を求める女性たちが登場する。そして、彼女たちの求めた非日常とはまったく違う意味の非日常である殺人事件がホテルで起こってしまうのである。
しかも殺人は、元々 幽霊が出るという噂の根拠のなさを証明するために雇われた私立探偵の美生が調査を始めた途端に起こったのである。果たして関係があるのか・・・・・?
華やかできらびやかな雰囲気が苦手の美生が 違和感に戸惑いながら調査する姿には、ちょっとした皮肉も感じさせられてクスリと笑ってしまうし、キャリア刑事の沙藤のふざけているのか真面目なのかわからないキャラにもまたある種の皮肉を感じるのである。
事件の解決は、美生と沙藤の連係プレーと言えないこともなく、意外とお似合いのコンビなのでは、と思ったりもする。

ねこのばば*畠中恵

  • 2006/11/03(金) 17:21:37

☆☆☆・・

ねこのばば ねこのばば
畠中 恵 (2004/07/23)
新潮社

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え!? 身体が弱くて、繊細で、正義感いっぱいの、あの若だんながグレちゃった?
犬神や白沢、屏風のぞきに鳴家など、摩訶不思議な妖怪に守られながら、今日も元気に(?)寝込んでいる日本橋大店の若旦那・一太郎に持ち込まれるは、お江戸を騒がす難事件の数々――。ドキドキ、しんみり、ほんわか、ハラハラ。愛嬌たっぷり、愉快で不思議な人情妖怪推理帖。ファン待望の「しゃばけ」シリーズ第三弾!


回を追うごとに、どんどん若だんなに親しみが湧いてきて、もはや他人とは思えない。だから尚一層 佐助や仁吉と一緒になってハラハラドキドキする心地である。
しかも今回は、若だんながとうとう死んでしまう・・・・・!?

相変わらず、ふとした違和感を逃さずに捉まえるのが上手な若だんなである。謎解きのきっかけは ふとしたところにちらりと顔を覗かせているのである。
それはそうといつの日か、若だんなは健康な躰になって、お嫁さんをもらうことができるのだろうか。

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東京タワー オカンとボクと、時々、オトン*リリー・フランキー

  • 2006/11/01(水) 20:14:39

☆☆☆☆・

東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ 東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~
リリー・フランキー (2005/06/28)
扶桑社

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読みやすさ、ユーモア、強烈な感動! 同時代の我らが天才リリー・フランキーが骨身に沁みるように綴る、母と子、父と子、友情。この普遍的な、そして、いま語りづらいことがまっすぐリアルに胸に届く、新たなる「国民的名作」。『en-taxi』連載、著者初の長編小説がついに単行本化。


家族の形は、家族の数だけあるのだろう。これはその中のひとつ、理想的とか模範的とかいう言葉の対極にあるかもしれないが、強く深く愛で結ばれた家族の物語である。
オカンを亡くしたボクが東京に帰ってきて、幾重にも人々が行き交う交差点の横断歩道を眺めながら思ったことの重みを想わずにはいられない。

しかし、当然のことながら、そのひとりひとりには家族がいて、大切にすべきものがあって、心の中に広大な宇宙を持ち、そして、母親がいる。
この先いつか、或いはすでに、このすべての人たちがボクと同じ悲しみを経験する。

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