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長崎くんの指*東直子

  • 2006/12/31(日) 20:25:02

☆☆☆・・

長崎くんの指 長崎くんの指
東 直子 (2006/07/20)
マガジンハウス

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気鋭の歌人による初の小説集。
不思議な遊園地「コキリコ・ピクニックランド」をめぐる7つの物語。摩訶不思議な小説世界は、あなたの心にしっとりとしみこんでくるはず。


「コキリコ・ピクニックランド」という、名前からしてただものではなさそうな不思議な遊園地を縦糸とし、そこに纏わる人々の事情を横糸として織りあげられた一枚のタペストリーのような物語である。
時も、事情もさまざまであるのだが、「コキリコ・ピクニックランド」との関わり方はなぜか一様に懐かしさに満ちており、遠くから 観覧車の天辺に灯る赤い航空灯を目にすると、惹きつけられるようにそのときに帰ってしまう、というような。
そして、「あとがきにかえて」と但し書きがされた『夕暮れのひなたの国』の不思議さも、本編に劣ってはいない。ここにでてくる「わたし」は東さんなのだろうか。夕暮れのひなたの国へ連れて行かれない魔法は いまもまだ解かれていないのだろうか。

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極上掌篇小説

  • 2006/12/30(土) 17:32:12

☆☆☆☆・

極上掌篇小説 極上掌篇小説
いしい しんじ、石田 衣良 他 (2006/11)
角川書店

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ページを繰ればまだ見ぬ出会い――。
現代の名手30人が、両手でそっとすくい上げた宇宙を横切る物語のきらめき-。
原稿用紙わずか10枚に、こまやかな物語のひだを情感ゆたかに謳いあげる、所要時間各数分、珠玉の現代文学・各駅停車の旅。


深紅に金文字の宝箱のような容姿の一冊である。見るからに「極上」の匂いが__。
ずらっと三十人、表紙に並んだ金色の著者名。眺めるだけでうっとりである。
そして目次。
いしいしんじさんではじまり、吉田篤弘さんで〆られる 短い旅の連なりは、読者をどこへ連れて行ってくれるのだろうか。いやがうえにも期待が高まる。
そしてその期待は裏切られることはないのだった。著者それぞれの風味を香り高く漂わせながらじっくり煮込まれた一品を食べ歩く旅のようである。わたしとしては、前半に特に好みの味わいが多かったように思うが、〆が吉田篤弘さんだったことで、旅の余韻がより奥深くなったように思う。

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二重生活*折原一・新津きよみ

  • 2006/12/29(金) 17:03:16

☆☆☆・・

二重生活 二重生活
折原 一、新津 きよみ (1996/10)
双葉社

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復讐。この二文字の輪郭を浮かび上がらせるために、私は書くという作業を続けてきた気がする。私を裏切った男と私をあざ笑い侮辱した女。煮えたぎるようなこの思いをあの二人に味わわせるには…。
夫婦合作の多重心理劇。


埼玉県入間市でクリニックを営む藤森亜紀は、MR(製薬会社のプロパー)の夫・正宏の浮気調査を「東京第一探偵社」に依頼する。探偵社の社長・佐久間と調査員で姪のあゆみが調査をすると、正宏は単身赴任先の長野で別の女性と暮らしていることが判ったのだった。しかし、依頼人はそれ以上の調査を望まず、探偵社と藤森夫妻の関係はそこで終わったはずだった。だが、あゆみは藤森亜紀に対して抱いた不信感と興味を捨て去ることができないのだった。そんな折、正宏が心臓発作で亡くなった。

タイトルは、入間と松本との二重生活のことだとばかり思って読み進むと、あるところでふっと別のところへ連れて行かれて、「あれっ?なんか変だぞ」と思わせられる。だが、何がどう変なのか、どこに引っかかるのか、形になりそうでならない靄に包まれているようでもどかしい。
やっと靄が形を成し、二重生活の全容が目の前に現れるときには すでに物語はラストなのである。
映像だったらただ事実が事実としてあるだけのことが、文字の世界ではこれほど不可思議な世界になるのである。

晩夏に捧ぐ*大崎梢

  • 2006/12/28(木) 10:02:29

☆☆☆☆・

晩夏に捧ぐ<成風堂書店事件メモ・出張編> 晩夏に捧ぐ<成風堂書店事件メモ・出張編>
大崎 梢 (2006/09/30)
東京創元社

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以前成風堂にいて、今は故里に帰り、地元の老舗書店に勤める元同僚の美保から、杏子のもとに一通の手紙が届いた。勤務先の宇都木書店、通称「まるう堂」に幽霊が出るようになり、店が存亡の危機に立たされている、ついては名探偵のアルバイト店員を連れて助けに来い、というのだ。杏子は気が進まぬながら、多絵を伴って信州の高原へと赴く。そこで待ちかまえていたのは、四半世紀ほど前に弟子の手で殺されたという老大作家の死に纏わる謎であった…!
「本の雑誌」二〇〇六年上半期ベストテンの堂々第二位に輝いた「配達あかずきん」で今もっとも注目を集める著者、初の長編推理小説。


成風堂書店事件メモシリーズ二作目。
一作目の『配達あかずきん』より先にこちらの順番が回ってきてしまったので、順序が逆だが先に二作目を読んだのだが、「出張編」ということで、成風堂書店が舞台ではないせいもあるかもしれないが、独立した作品として充分に愉しめる。
成風堂書店で働く 本屋大好きな杏子とアルバイトの大学生・多絵のコンビがほのぼのとしていていい感じである。特に多絵の、ときに場を和ませ、ときにいらいらさせたりしながら、独特のペースで謎を解いていく様子には思わず頬が緩んでしまう。
杏子の元同僚の美保が勤める書店を舞台にした謎が、27年前の殺人事件の隠された真相をも白日の下にさらすことになり、起こっていることは恐ろしいのだが、なぜか読後感は爽やかで、ほっとさせられるものである。
一作目の『配達あかずきん』はもちろん、シリーズの次の作品もたのしみに待ちたい。

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水辺にて*梨木香歩

  • 2006/12/27(水) 12:58:27

☆☆☆・・

水辺にて―on the water/off the water 水辺にて―on the water/off the water
梨木 香歩 (2006/11)
筑摩書房

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生命は儚い、けれどしたたかだ-。
川のにおい、風のそよぎ、木々や生き物の息づかい。
カヤックで漕ぎだす、豊かで孤独な宇宙。そこは物語の予感に満ちている。
『Webちくま』連載に書き下ろしを加えて単行本化。


梨木香歩さんのエッセイ。
著者の小説の種がちりばめられているようだ。そして、空気感は小説作品にそのまま通じるものがある。
そこここにこれだけは譲れないとでもいうような著者の核のような言葉も見受けられ、自然と、水辺とそこに纏わるあれこれと、このように関わりを結ぶことのできる著者の手になったからこそ、あの小説たちが生まれてきたのだと実感させられる。
魅力的な一冊だった。

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月夜の晩に火事がいて*芦原すなお

  • 2006/12/25(月) 18:42:37

☆☆☆☆・

月夜の晩に火事がいて 月夜の晩に火事がいて
芦原 すなお (1999/05)
マガジンハウス

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  「月夜の晩に
  火事がいて
  水もってこーい
  木兵衛さん
  金玉おとして
  土(ど)ろもぶれ
   ひろいに行くのは
  日曜日」

…この予告状から前代未聞の「おもしろこわい」事件が始まった。
奇想天外な展開、明るくユーモラスな会話に垣間見られる人間存在の深淵。深層心理ミステリー。『鳩よ』連載に加筆・修正。


妻を事故で失い、心情的に自分を罰するが故に気力を失くしている43歳の私立探偵・山浦歩(通称:ふーちゃん)は、故郷の幼馴染・志緒の頼みで これから起こるかもしれない事件を解決するために故郷に帰った。
そして、なにをすることもできないまま、わらべ唄になぞらえた予告状のとおりの殺人事件が起こってしまい、事件に巻き込まれながらも ジグソーパズルのピースをひとつひとつはめ込むように 要素をつなぎ合わせていくと、そこに現れたのは...。

讃岐弁というのだろうか、方言がとても好ましい。風景が目の前に一瞬にして開ける心地がする。そして、久しぶりに集まった幼馴染たちの会話のばからしさや他愛のなさや子どもっぽさに クスリと笑わせられもする。なんとも味があるのである。イミコさんの独特の言い回しも然りである。
事件自体は、旧家のしがらみと、山浦の幼児体験が元になり 更に堆積してきた心のなかの澱のようなものの呻きとがシンクロしたような不思議な揺らぎのなかで起こり 謎解きがされていくのだが、法によって真犯人が裁かれる、という意味での解決ではまったくない。関係者が納得しさえすればそれでいい、というような終わり方なのである。そしてそれこそがもっともこの事件の終わりにふさわしいのだとも思わされるのである。
映画で見たら趣があるだろうと思わせられる一冊だった。

白い兎が逃げる*有栖川有栖

  • 2006/12/22(金) 20:28:17

☆☆☆・・

白い兎が逃げる 白い兎が逃げる
有栖川 有栖 (2003/11/18)
光文社

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「君を好きになった。君も僕に興味を持って欲しい。それが無理なら、離れたところから君を見守っているだけでもいい」―。ストーカー行為に悩む劇団「ワープシアター」の看板女優・清水玲奈。彼女を変質者から引き離すプランは、成功した筈だった。ところが、ストーカーの死体が発見され、事件は思わぬ展開に!臨床犯罪学者・火村英生の論理的思考が冴え渡る、4編の傑作本格推理。


表題作のほか、「不在の証明」「地下室の処刑」「比類のない神々しいような瞬間」

臨床犯罪学者・火村と 作家・有栖川有栖コンビのシリーズ。
犯罪の状況も 被害者も 真犯人も、さまざまであるのだが、火村と有栖のコンビの成り立ちと関係性はどの物語でも変わらず、それが読む者に安心感を与える。とはいっても、事件は一筋縄ではいかないものばかりであり、解決の糸口を見出す火村の着眼には唸らされる。

憂鬱なハスビーン*朝比奈あすか

  • 2006/12/21(木) 19:23:24

☆☆☆☆・

憂鬱なハスビーン 憂鬱なハスビーン
朝比奈 あすか (2006/09/01)
講談社

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自分の中に何の指針もないことに気づいて、私は急に泣きたくなった。戻る道はないくせに、向こう岸には渡りたくない。新しい港を探す気力もない。なんて中途半端なんだろう、と。
東大を卒業し、外資系一流企業で一番のスピード出世をし、弁護士の夫を持った。それなのに、今の私は満ち足りていない…。そんな凛子(29歳)はある日、かつての神童・熊沢くんと出会う―。
あなたは誰かに何かを期待されていますか?
あなたはまだ自分に何かを期待していますか?
第49回群像新人文学賞受賞作。


凛子は結婚退社して、いまは失業保険をもらうためにハローワークに通っている。夫は東大の同級生で弁護士。夫の両親に頭金を出してもらったマンションの広い部屋に暮らし、近くに住む姑も身奇麗で何かと気にかけてくれる。
ある日、ハローワークの紹介で行った再就職支援セミナーで 小学生のころおなじ塾で神童と呼ばれていた熊沢君に出会う。彼は自分のことを"Mr. Has been"だと言う。「かつては何者かだったヤツ。そしてもう終わってしまったヤツ。」と。
傍目にはとても恵まれて見える凛子だったが、実は胸の奥に容易に融かすことのできない氷の塊を抱えているのだった。そして、熊沢君との再会が、その塊をつつき、ほんの僅か崩したのかもしれない。
凛子に寄り添って読めるかどうかは、読者それぞれの立ち位置によって違ってくるのだろうとは思うが、登場人物それぞれの立場がよく描かれていると思う。誰が悪いわけでもなく、誰かひとり正解者がいるわけでもない。なのに歯車が噛み合わないとどうしようもなくなってしまう。

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地上八階の海*角田光代

  • 2006/12/21(木) 19:02:16

☆☆☆・・

地上八階の海 地上八階の海
角田 光代 (2000/01)
新潮社

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母は目に見えない何かに怯えはじめ、兄嫁はとめどもなくしゃべり続け、赤ん坊は鬱陶しい泣き声を響かせ、昔の男はストーカーになった。癒しようのない孤独を抱えた私の毎日を描く表題作ほか、1編を収録。


表題作のほか、「真昼の花」

「真昼の花」は、母を亡くし、ただ一人の兄はふらっと家を出て外国へ行ったきりたまにしか帰ってこない。ひとりになった<私>は気ままにあちこちの国を歩き回っている。行き当たりばったりにどこかを目指し、ときにはしばらく腰を据えてみたり、なんとなく無為な時を過ごしている。これといって行きたい場所があるわけでもなく、したいことがあるわけでもなく、でもなんとなく兄もここにいたことがあるかもしれない などと思ってみたりする。その場その場で知り合った人たちと束の間の交流を愉しんだり、怪しげな横道に入り込んで その国の惨状を目の当たりにしたりもする。それでも足は家に向かず、ずるずると旅を続けている。

片や異郷の地、片や日本が舞台であるが、どちらも言いようもなく孤独である。周りに人がいるからこそ際立つ孤独とも言えるかもしれない。
異国にあっては、どうあがいてみても自分は観光客以外の何者にもなり得ない孤独感が賑わいの中に浮かび上がってくるし、親兄弟の賑やかさの中にあっても ここが自分の居場所ではない、自分の居場所がどこにもないという孤独感に周囲の音が消えてしまいそうな居ても立ってもいられない心地になったりする。

おそらくは、ひとりひとり誰もが持つ孤独感なのだろうが、何かを失ったり、何かに躓いたりした折にふっと際立って輪郭を持ってしまうのだろう。読んでいてちくりと刺されるような一冊である。

火天風神*若竹七海

  • 2006/12/20(水) 17:24:33

☆☆☆・・

火天風神 火天風神
若竹 七海 (2006/08/10)
光文社

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最大瞬間風速70メートル超。観測史上最大級の大型台風が三浦半島を直撃した。電話も電気も不通、陸路も遮断され、孤立したリゾートマンション。猛る風と迸る雨は、十数人の滞在客たちを恐怖と絶望のどん底に突き落としてゆく。そして、空室からは死体が見つかって…。殺人なのか?そして犯人はこの中に!?謎とサスペンスに満ちた傑作パニック小説。


舞台は、三浦半島の先端・剣崎に建つ高級リゾートマンション。とはいえ、建設途中でバブルが弾け、一棟が建つのみである。しかも、持ち主は知らないが、拝金主義の悪徳建設業者が手抜きで建てた建物である。
さまざまな事情を抱えた持ち主やその関係者があちこちからやってきたとき、折悪しくも 経験したこともないほど猛烈な台風が剣崎を直撃したのである。
ひとりひとりの身勝手さが次々と連鎖し、事を大きくしていく様が、時間を追い 場所を変えて迫ってくるので、歯がゆくもあり恐ろしくもある。全体を見渡して事の重大さを判っているのは読者だけであり、当事者たちはそれぞれがそれぞれの思惑で動いたり人任せにしたりしているのである。そのうちにどんどん深みにはまっていく。
死体が現れたり、管理人が血迷ったり、火が出たり。よくもこのマンションだけにあとからあとから災難が押し寄せるものだと思うが、事件の起こり方にも不自然さがないところも著者の巧いところだろう。
一年後が描かれたエピローグが救いでもある。

ダブル*永井するみ

  • 2006/12/18(月) 07:43:15

☆☆☆☆・

ダブル ダブル
永井 するみ (2006/09)
双葉社

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若い女性が突然、路上に飛び出し、車に轢かれて死亡した。事故と他殺が疑われたこの事件は、被害者の特異な容貌から別の注目を浴びることになった。興味を持った女性ライターが取材を進めると、同じ地域でまた新たな事件が起こる。真相に辿り着いた彼女が見たものは―。かつてない犯人像と不可思議な動機―追うほどに、女性ライターは事件に魅入られていく。新たなる挑戦の結実、衝撃の長編サスペンス。


物語は二人の視点で語られる。ひとりは、おっとりとやさしい雰囲気を持つ妊婦・柴田乃々香。もうひとりは、何とか自分を世間に認めさせる記事を書きたいと日々思っているライターの相馬多恵。

多恵は、自分でなくても書けるようなどうでもいい記事を書くことに嫌気がさしているところだった。そんなとき、デスクの清里が「いちゃつきブス女事件」と呼ぶ事件が起きる。結局は事故として処理されたこの事件に違和感を覚えた多恵は、被害者・鉤沼いづるの周辺を取材し続けるうちに その後起こった別の事件との共通点に気づく。
そして、その取材の過程で乃々香に出会うのである。二人は同い年ということもあり、近づいていくのだが、多恵の側には乃々香を一連の事件の犯人と疑う気持ちもあり、二人の距離感とかけひきが絶妙に描かれていてスリルさえ感じさせられる。
二人の視点で描かれているから『ダブル』なのかと思って読んでいたのだが、それが間違っていることがわかるのは最終章に辿り着いてからである。思わず「そんな・・・」とつぶやいてしまうような展開が待っていたのである。

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闇の底*薬丸岳

  • 2006/12/16(土) 17:55:05

☆☆☆☆・

闇の底 闇の底
薬丸 岳 (2006/09/08)
講談社

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少女を犠牲者とした痛ましい性犯罪事件が起きるたびに、かつて同様の罪を犯した前歴者が首なし死体となって発見される。身勝手な欲望が産む犯行を殺人で抑止しようとする予告殺人。狂気の劇場型犯罪が日本中を巻き込んだ―。

絶対に捕まらない―。
運命が導いた、哀しすぎる「完全犯罪」。
『天使のナイフ』の薬丸岳が描く、欲望の闇の果て。江戸川乱歩賞受賞第一作。


日高署で女児殺害事件の捜査をする長瀬、坂戸署で性犯罪経験者の殺人事件の捜査をする村上、そして、過去に幼女を陵辱して殺した者たちを次々に殺害するもうひとりの「男」の視点が入れ替わりながら語られる。
語られ始めた事々はどこでどう繋がるのか。「男」はいったい誰なのか。
読者の疑問を引きずったまま日高署と坂戸署の事件は思いがけないひとつの方向へと向かってゆく。そして、長瀬は坂戸署の事件に借り出され、村上と行動を共にすることになる。
長瀬は24年前妹を殺され、その原因の一端が自分にあったかもしれない重みをいまも胸に抱えながら 自分が警察官でいる意味を自身に問いながら捜査に参加している。
「男」はサンソンと名乗り、幼女が陵辱され殺される事件が起きるたびに 過去に同じ罪を犯したものを殺す、という声明文を警察やマスコミに送りつける。そしてなぜか、長瀬とコミュニケーションをとろうとする。「男」は誰なのか、目的は何なのか・・・・・。

わたしも村上と同じ思考過程をたどってサンソンの目星をつけたのだが、見事にやられてしまった。真犯人は衝撃的だったし、「完全犯罪」の意味がこんな形でわかったこともショックだったが、ほんとうに彼ひとりが真犯人なのか・・・という思いもまたどこかで胸をよぎるのである。協力者?ミスリードされたあの人が?だが何故? 思い過ごしだろうか。

長瀬は結局警察を辞めることになるのだが、彼のこれからも大いに気にかかる。おかしなことを考えなければよいのだが。

ひとつの事件に関わる人々の立場による感情の矛盾についても考えさせられた一冊だった。

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あのころの宝もの

  • 2006/12/15(金) 17:32:36

☆☆☆・・

あのころの宝もの―ほんのり心が温まる12のショートストーリー あのころの宝もの―ほんのり心が温まる12のショートストーリー
狗飼 恭子、久美 沙織 他 (2003/03)
メディアファクトリー

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恋愛、仕事、友情…生きていくことはとても苦しかったり、切なかったり。
でもそんなときに支えてくれる宝ものがありませんか? 心の奥にしまわれた忘れられない気持ち、忘れたくない気持ちを描く12のショートストーリー。


「町が雪白に覆われたなら」  狗飼恭子
「モノレールねこ」  加納朋子
「賢者のオークション」  久美沙織
「窓の下には」  近藤史恵
「ルージュ」  島村洋子
「シンメトリーライフ」  中上紀
「光の毛布」  中山可穂
「アメリカを連れて」  藤野千夜
「わたしたち」  前川麻子
「届いた絵本」  光原百合
「骨片」  三浦しをん
「プリビアス・ライフ」  横森理香


並べただけでわくわくするラインナップである。
どれも、小さな物語だが、ぎゅっと詰まったお話でもある。
生きていく途中、大きな四つ角や小さな路地へと向かう角で、ちょっと立ち止まって来し方を振り返り、行く先を見やってすっと角を曲がってしまうような、そんな心持ちで出会う宝もののようなきらめき。他人にとっては些細なことでも 自分にとっては宝石よりも貴い。そんな事々の物語たちである。

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死亡推定時刻*朔立木

  • 2006/12/14(木) 17:38:45

☆☆☆☆・

死亡推定時刻 死亡推定時刻
朔 立木 (2004/07/21)
光文社

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渡辺土建の社長・渡辺恒蔵の一人娘美加が、中学校から帰宅の途中何者かに誘拐された。
美加の母親・美貴子が電話で受けた犯人からの身代金要求は一億円。
「警察に言ったら娘の命はない」という常套句はなかった。
地元の有力者である恒蔵の通報によって、直ちに県警本部と事件発生署との合同捜査本部が設置された。翌日、犯人から美貴子に連絡が入る。高速道路から身代金を投下せよと言う指示だったが、警察は美貴子に身代金を投下させず…。
犯罪発生→捜査→裁判の実態を、現役弁護士である著者がリアルに描く。


面白かった。面白いという表現が妥当かどうかは置いておいて、一気に読まされる物語だった。
著者は小説家を志すが、小説執筆のために読んだ『刑事訴訟法』に興味を覚え法曹界に進んだ現役弁護士、ということである。
事件の裏側を知り尽くしていればこその描写に満ち、裏側を知ればこその冤罪の理不尽さや、罪を着せられる過程の抗いようのなさは、読んでいても歯がゆく腹立たしいものである。とはいえ、あとがきで著者自身が問題提起されているように、まず裁判の結果やマスコミ報道ありき、でそこから事件を遡ってたどっていたとしたら、この被告人・小林昭二に対する心証は無罪ではなかっただろう、とも思えて身震いする思いでもある。
あくまでも小説であってノンフィクションではないが、ひとつひとつの要素は現実のものだという本書から与えられる衝撃は大きい。
そんななかで、国選弁護人の川井倫明弁護士の仕事ぶりと、事務員の持田とき子とのやり取りには和まされる。

被害者は誰?*貫井徳郎

  • 2006/12/13(水) 17:18:06

☆☆☆☆・

被害者は誰? 被害者は誰?
貫井 徳郎 (2003/05)
講談社

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これぞ本格!!超天才美形名探偵現わる!!
吉祥院慶彦(きっしょういんよしひこ)に解けない謎など、ありえない!!

豪邸の庭に埋められていた白骨死体は誰なのか?黙秘する犯人。押収された手記から被害者を特定する表題作の他、本格の粋を極めた全4編。頭脳も美貌も態度もスーパーな安楽椅子探偵、吉祥院慶彦の名推理。


表題作のほか、「目撃者は誰?」「探偵は誰?」「名探偵は誰?」

超天才美形人気作家にして、安楽椅子探偵でもある 吉祥院慶彦のキャラが突き抜けていてイイ!そして、彼の元へ事件の話を持ってやってくる捜査一課の刑事で吉祥院の後輩である桂島のキャラの情けなさもまたイイ!この二人が揃うと――本人たちは憤慨するだろうが――さながら漫才コンビのようで愉しめる。だが、愉しめるのはそこだけではない。掛け合い漫才のような会話の中から 吉祥院先輩はちゃんと謎解決の種を拾い出しているのである。その目のつけどころがクールなのだ。読者は、ほんの些細な違和感を見逃してはいけない。歌野晶午作品を思い出させる趣きもある。
固定観念と思い込みとを捨て去れ、と言われているような一冊である。

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その街の今は*柴崎友香

  • 2006/12/12(火) 17:34:37

☆☆☆・・

その街の今は その街の今は
柴崎 友香 (2006/09/28)
新潮社

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わたし、昔の大阪の写真見るのが好きやねん。その、どきどきの中毒みたいな感じやねん-。過ぎ去った時間の上に再生し続ける街の姿に、ざわめく28歳の気持ちを重ねて描く、新境地の長篇。


28歳の歌子は、OLをしていた会社が潰れ、いまはシュガーキューブというカフェでアルバイトをしている。決まった恋人もなく、ときどき合コンに出かけてはよくわからない時を過ごしているのだった。仕事は、探さなくてはならないと思いながらも、このままが気楽でいいんだけど、とも思ったりする。そして歌子は、自分の知らない昔の大阪の写真を見るのが好きなのだった。頭の中に現在のその場所の様子をはっきりと思い浮かべることのできる場所なのに、そこは自分の知らない、そして自分のいない世界であることの不思議さと、それに出合ったときのどきどき感がたまらない。
いつもながらに大阪弁の柴崎作品である。地元の方が読めば、たちどころに手に取るように風景が浮かんでくることだろう。修学旅行くらいでしか訪れたことのないわたしが読んでも、その場の空気感に身を置いているような心地である。おそらくニュアンスは掴み切れはしないのだろうと思うが、ひととき大阪の女の子になった気分に浸れる一冊である。

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失われた町*三崎亜記

  • 2006/12/12(火) 12:50:52

☆☆☆・・

失われた町 失われた町
三崎 亜記 (2006/11)
集英社

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30年に一度起こる町の「消滅」。忽然と「失われる」住民たち。喪失を抱えて「日常」を生きる残された人々の悲しみ、そして願いとは。大切な誰かを失った者。帰るべき場所を失った者。「消滅」によって人生を狂わされた人々が、運命に導かれるように「失われた町」月ケ瀬に集う。消滅を食い止めることはできるのか?悲しみを乗り越えることはできるのか?時を超えた人と人のつながりを描く、最新長編900枚。


「町が消滅する」という予想外な現実がここにはまずある。月ヶ瀬という町が消滅した後の「現在」から物語は語られはじめ、時間と場所を行きつ戻りつしながら 町の消滅に直接・間接に関わった人たちの心残りや悲しみ、諦めやひと握りの希望といった深く濃い想いが、淡々と日常を過ごす様子の中で語られていく。
人々の心の動きにはうなずかされることも共感することもたくさんあるのだが、それでもなんとなくどこか着いて行けない感じがしてしまうのは何故だろう。大前提があまりにも突飛過ぎるからだろうか。あちこちに都合のよさを感じてしまうからだろうか。

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海*小川洋子

  • 2006/12/09(土) 17:04:25

☆☆☆☆・

海
小川 洋子 (2006/10/28)
新潮社

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キリンはどんなふうにして寝るんだろう-。
『新潮』掲載の表題作ほか、「博士の愛した数式」の前後に書かれた、美しく奥行きの深い全7作品を収録する。この世界の素晴らしさを伝えてくれる短編集。


両親と九十歳のおばあさんと、十歳年下(二十一歳)の小さな弟が暮らす泉さんの実家の海辺の町へ 結婚の承諾を得るために出かけたときのことが綴られる表題作のほか、「風薫るウィーンの旅六日間」「バタフライ和文タイプ事務所」「銀色のかぎ針」「缶入りドロップ」「ひよこトラック」「ガイド」の七編の物語。
どれもが旅の物語であるような気がする。それは、実際の旅であったり、心の旅であったり、人生の旅であったりするのだが。そしてその 傍から見れば小さな旅で、主人公たちはいずれもなにか大きなものを手にしているのだ。慈しみだったり、愛おしむ心だったり、思いやりだったり、ときには強さだったり。人としての大切なかけがえのないなにかなのである。

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世田谷一家殺人事件―被害者たちの告白*齊藤寅

  • 2006/12/09(土) 10:38:50

☆☆☆・・

世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白 世田谷一家殺人事件―侵入者たちの告白
斉藤 寅 (2006/06)
草思社

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2000年12月30日、宮澤みきおさん一家4人が世田谷区内の自宅で殺害された「世田谷一家殺人事件」。現場には指紋を含め有力な物証が数多く残されていたにもかかわらず、いまだ解決していない。

自宅にいて、突然、凶悪な事件に巻き込まれた宮澤さん一家。
著者を取材に駆りたてたのは、犯人を絶対に許せないという強烈な思いである。事件を追い続けた彼がたどりついたのは、まさに戦慄すべき事実だった──。

情報は錯綜し、警察の捜査も迷走を繰り返す。しかし、現場捜査官がもらしたあるキーワードをきっかけに、事件の探索は意外な展開を見せはじめる。じつはこの事件には、当時だれも想像できなかった新しい形態の犯罪集団が関与していたのだ。

犯人の真の目的は何だったのか?
警察の威信をかけた捜査はなぜ失敗したのか?
そして、宮澤さん一家はなぜターゲットにされたのか?

事件の背後に拡がる日本社会の闇を浮き彫りにする瞠目の事件ノンフィクションである。


著者は、週刊誌の記者を経て現在はフリーで仕事をするジャーナリストである。故に、管轄意識に囚われる警察組織には成し難い自らの足と独自のコネクションを最大限に生かした取材によって、日本のあちこちで起こる一見無関係に思われる事件の要素をつなぎ合わせて一本の線にし、その線が描くある絵を浮かび上がらせることができるのだろう。

これほど多数の遺留品を手にしながら、未だ解決を見ないこの事件である。近所で起こったことでもあり、当時から注目してもいた。ご遺族には辛いだろうが、正直 被害者側に原因があって起こった事件であれば どれほど安心できるだろう、と思ったこともある。そうであれば、被害がこれ以上広がることはないだろうから。しかし本書を読むと、我が身にもいつ同様の災厄が降りかかるか判らない恐怖に背筋が凍るのである。と同時に、宮澤さんはじめ、被害に遭われたかたがたの無念と憤りは、どこへぶつけたらいいのだろうか、というやり場のない空しさをも感じるのである。
本書に書かれていることが事実なのかそうでないのかは わたしには判らない。だが、いくら管轄意識に囚われているとはいえ、日本の警察組織がそれほど無能だとは思いたくない。歯がゆくはあるが、きちんと捜査した上での現状なのだろうと思いたい。真犯人が真犯人として一刻も早く逮捕されることを祈るのみである。

芥子の花―金春屋ゴメス*西條奈加

  • 2006/12/08(金) 13:11:21

☆☆☆・・

芥子の花 芥子の花
西條 奈加 (2006/09/21)
新潮社

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上質の阿片が海外に出回り、その産地として、日本をはじめ諸外国から槍玉に挙げられた江戸国。老中から探索を命じられたのはご存知「金春屋ゴメス」こと長崎奉行馬込播磨守。ゴメスは、異人たちの住む麻衣椰村に目をつけるが…。辰次郎、NY出身の時代劇オタク・松吉、海外旅行マニア・奈美といった面々はもちろん、女剣士朱緒をはじめ新メンバーも登場し、ますますパワーアップした異色時代小説。


面白かった。面白くないわけではまったくなかった。だが、やはり一作目のインパクトには及ばなかったように思われる。一作目では、着想の奇抜さやゴメスの尋常ならなさにまず度肝を抜かれたが、今作ではもちろんそれらは当然のこととして話が先へ進むのである。現実離れした設定を愉しむというよりも、江戸国の暮らしぶりを眺めて愉しむ方に読者としての視点を変えなくてはならないのだろう。ゴメスの傍若無人ぶりも、腹の底がわかっているためか恐ろしさよりも頼り甲斐を感じてしまうのだった。
そうは言っても、阿片がらみの事件の謎解きも、新メンバー(?)朱緒の存在感も、相変わらずの裏金春の人々の様子も、興味津々で愉しませてもらったことにかわりはない。

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本人の人々*南伸坊

  • 2006/12/06(水) 17:06:33

☆☆☆・・

本人の人々 本人の人々
南 文子、南 伸坊 他 (2003/11)
マガジンハウス

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まだノーベル賞選考委員会の方々は気づいていないようですが、「顔面学」(*1)というユニークな分野を切り拓き、画期的な「本人術的理論」(*2)を提唱・実践しているのが、本書の著者・南伸坊さんです。これを広く一般の方々に伝えていこうとするのが本書の狙いですが、決してムズカシイとかヤヤコシイということはありません。ただ、笑っていただければ理解できる仕組みになっています。
生きているといろんな顔の人間に出会います。気になる顔もたくさん出現してきます。また、自分にもいろんな顔があることに気づきます。世の中には似た顔の人が3人はいるというふうな伝説まであります。……で? シンボー博士は日々、考えるのです。「オモシロイ」と。本書には、まだまだバラエティ豊かな面々が登場します。どうぞ、ゆっくりとお楽しみください。

*1=顔面と脳の緊密な関係を追究しようとする学問(人は顔を見てその人の個性を読み取るが、その表情を支配するのが脳である)。
*2=外見を似せ、本人になりすますと、自然に考え方も似てきて、「本人」を擬似体験できるという理論。

金正日からアニータまで、養老孟司から森喜朗まで、ボブサップからタマちゃんまで、叶美香から田中真紀子まで、近年の有名人物を網羅して、顔面の真理に迫る問題の書。


『ダカーポ』に2000年から2003年に掲載されたものをまとめたものなので、その時々には旬の素材(失礼)だった人々も花の盛りを過ぎているのだが、それはそれで、旬を味わうのとは一味違った愉しみ方ができるのも面白い。
顔真似は、「似ている!」と思い込まないとそう見えないものもあるのだが、それぞれの人の雰囲気というか、いちばんの特徴をぎゅっと掴んでいるので、その人だとしか見えなくもなる。文章もまるでご本人が言いそうな、それでいて捻りの効いたものなので、笑ったり唸ったりと愉しめる。

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オトナ語の謎*糸井重里

  • 2006/12/06(水) 13:35:53

☆☆☆・・

オトナ語の謎。 オトナ語の謎。
糸井 重里 (2003/12/25)
東京糸井重里事務所

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ほぼ日刊イトイ新聞にて連載開始され、異常ヒット数を記録した人気企画が待望の書籍化。
「なるはやで仕上げて、午後イチにはお届けできるかと」
「見切り発車の垂直立ち上げでしたから物理的に難しいんです」
「要は、クリティカルなアイテムがマストかと思われます」
学校では絶対に教えてくれない謎めいた言葉、「オトナ語」を、おもしろおかしく徹底的に解説。
昔話や歌謡曲の「オトナ語」バージョンも抱腹絶倒。


「オトナ語」という名づけ方がまず可笑しい。それは決して「大人語」ではない。多少(多大)の揶揄を篭めて敢えてカタカナの「オトナ語」なのである。本書の内容も推して知るべしである。
実はこれ、先日乗った電車で前に座る女性がいかにも可笑しそうに、ときにはこらえきれずに声まで漏らしながら読んでいらしたのである。そんなに面白いのは何の本?とチラチラ盗み見て題名を覚えて帰り、すぐに図書館に予約したのだ。そして、あのときの見知らぬ彼女の気持ちがいまは解る。
文法的に間違っていようと、強引であろうと、普通に言った方が圧倒的に通じやすかろうと、そんなことは問題ではない。特定の業界でカッコヨクみせる、それが「オトナ語」の「オトナ語」たる所以なのだから。
「オトナ語」は絶対に「共通語」にはならないだろうと思わせてもくれ、ひとところにあまりにもどっぷり浸かりすぎた結果の恥ずかしさも教えてくれる一冊だった。

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死日記*桂望実

  • 2006/12/05(火) 20:09:42

☆☆☆☆・

死日記 死日記
桂 望実 (2002/12)
エクスナレッジ
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十四歳の少年は、なぜ事件に巻き込まれたのか。活気と希望に満ちるはずの少年時代に、しのびよる『死』の影。少年は何を感じ、誰と出会い、どう生きてきたか。日記に淡々と綴られた少年の日常が、そのひたむきな思いを浮き彫りにし、胸を打つ。エクスナレッジ社名変更1周年記念企画「作家への道!」優秀賞受賞作。


タイトルからどんな話なのか想像するのが怖かった。水色の表紙に描かれた少年は何かを諦めたような、それでいて安心しきったような表情をしている。どんな物語なのだろうという期待と不安を同じくらい感じながらページを開いた。
14歳から15歳、中学三年生の一年間のひとりの少年・田口潤が綴った日記が日付を追って続いている。親友の小野君とのこと、小野君の家族のこと、学校生活のこと、アルバイトをするようになった新聞専売所のおじさんのこと、用務員さんのこと、担任の先生のこと、そして・・・暴力を振るう父と可哀相な母のこと。父が交通事故で亡くなった後 母が家に連れてきた加瀬という男のこと。大好きな母のこと。自分と親友の将来のこと。不安を抱えながらもあすを思い描く明るい気持ちも持っている中学三年生の少年の日記。
それに挟み込まれるようにして、取調室の描写がある。調べられているのは少年の母。容疑は、保険金目的の息子殺し。
少年の母への想いを日記中で知っているからこそ、切なく哀しすぎる結果である。家庭以外に居場所があり、気にかけてくれる人たちに恵まれ心から喜び感謝する瞬間が少年にあったことがせめてもの救いである。涙なしには読めない一冊である。

もう哀しくなんかない*大橋歩

  • 2006/12/04(月) 19:23:12

☆☆☆・・

もう哀しくなんかない もう哀しくなんかない
大橋 歩 (1994/07)
文化出版局

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私はその人々の流れの中にその人を見つけた。その人は流れの中で光っていた。だからすぐに見つけられた。私はその人の名を流れに向って呼んで、その中へ…。
いくつかの出会いと別れのあいだを描く。


十七の出会いと別れのあわいの物語。
タイトルは『もう哀しくなんかない』だが、どの物語りに出てくる女の人もとても哀しそうに見える。「もう哀しくなんかない」とひとり、或いは誰かに向かってつぶやくことで、哀しみに溺れそうな自分を引きとめようとしているのだろうか。そう思うと、いまは哀しそうな彼女たちであるが、きっとすっくと立ち上がるだろう、という強さも感じられて、女って強いのね、とも思わせてくれる。

ウメ子*阿川佐和子

  • 2006/12/03(日) 17:06:27

☆☆☆・・

ウメ子 ウメ子
阿川 佐和子 (1998/12)
小学館

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ウメ子は変わっている。ウメ子はふつうの子とちがう。初めて会った日から、みよはずっとそう思ってきた。ロビンフッドのような服装に、勇敢な行動。みよは、ウメ子の魅力に夢中になった。そんなある日、謎の紙芝居屋さんが現れ、行方不明だったウメ子の父さんの居場所が・・・。人と人が共感で結びついていたあのころ。誰もが貧乏で、さげすみもひがみも感じさせなかったあの時代。人間関係のむずかしい現代から、懐旧の世界に導かれる。人気エッセイストの阿川佐知和子さんが子ども時代の経験に想を得た、初の長編小説。坪田譲治文学賞受賞作品。


幼稚園に通うみよにとって、ある日突然転園してきたウメ子は その初日から気になる存在だった。ほかの子どもたちとは違う何かを感じ取ったのだった。一風変わった個性的な服装も、「イヤ」とはっきり言えるしっかりした自分を持った堂々とした態度も、笑うと片頬にできる可愛らしいえくぼも、なにもかもがみよの心を惹きつけたのだった。
ウメ子と過ごす毎日はいままでと違ってとても愉しく、いろいろなことを教えてもらいながら 一生の友だちだと思い定めていたのだった。
そんなある日、離れて暮らしている両親のけんかする姿に耐えられなくなりサーカスの綱渡りのスタンドに上ったウメ子は、バランスを崩して落ち 瀕死の怪我を負い、完全に治すために遠くの大病院へ移り、みよたちの前から姿を消してしまうのだったが...。

子どもたちが生きにくい現代だからこそ、ウメ子とみよのありようが輝いて見える。そして彼女たちの周りの大人たちの態度にも毅然とした温かみのようなものが感じられて、大人のひとりとして反省させられもする。みよの両親のわが子を尊重する姿勢、園長先生のじっくり話を聞き、子どもを信じて頭ごなしに決めつけない大きな見守りの姿勢。どんな世の中になっても変わらずに大切にしなくてはいけないことを思い出させてもらった気がする。

事件現場に行こう*日本推理作家協会編

  • 2006/12/03(日) 13:48:45

☆☆☆・・

事件現場に行こう―最新ベスト・ミステリーカレイドスコープ編 事件現場に行こう―最新ベスト・ミステリーカレイドスコープ編
日本推理作家協会 (2001/11)
光文社

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ミステリーは長編に限る、と考えている人は、ちょっとお待ちいただきたい。短編ミステリーこそ、まさにカレイドスコープ―万華鏡のように、光の当てどころや見る角度をほんの少し変えるだけで、人物や事件の景色が鮮やかなまでに一変する。作者の腕の冴えがもっとも試される形式でもあるのだ。謎、驚き、逆転、しみじみとした味わい…。ミステリーの楽しみ方は万華鏡のごとく多彩だ。この一冊にミステリーの醍醐味がある。
ありとあらゆる場所が事件の現場、描かれる物語も何でもありの面白さ。謎解き、サスペンス・ホラー、国際謀略、奇妙な味…。ミステリーの醍醐味が味わえる、万華鏡のごとく多彩なアンソロジー16編。


阿刀田高・綾辻行人・北村薫・小池真理子・五條瑛・佐野洋・永井するみ・夏樹静子・新津きよみ・法月綸太郎・馳星周・深谷忠記・福井晴敏・宮部みゆき・山崎洋子・若竹七海。
著者を列記しただけでわくわくする。まさに万華鏡をのぞく心地である。
読んでみても、その印象は変わらない。さまざまな場所、さまざまな状況で事件は起こり、謎が解かれる。犯人も被害者も、謎解きをする探偵役も実にさまざまである。短編とも呼べないくらいのコンパクトさの中にも、作家の持ち味がきちんと生かされている。

ソナタの夜*永井するみ

  • 2006/12/01(金) 18:52:35

☆☆☆・・

ソナタの夜 ソナタの夜
永井 するみ (2004/12)
講談社

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愛しているから、私が、嘘をついた…。それぞれに秘密のある七つの危険な恋愛、隠されたさらなる「たくらみ」。『小説現代』掲載作品に書き下ろしも加え、女性心理の真髄を描く7短編を収録。

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「おかしいわよ、あなたの奥さん」国枝の表情が険しくなる。「真穂、きみは分かっていないんだ」私は黙って国枝を見た。「夫婦が寝なくなるのは、不仲だからとは限らないんだよ」<「ソナタの夜」より>


やはり不倫話は好きになれない。特に、子どもの無邪気な描写があると嫌悪感すら覚えてしまう。誰かの不幸を踏み台にした幸福は、ほんとうの幸福とは言えないと どうしても思えてしまう。
恋心はわからなくはないが、どの女性も自分の殻が薄すぎるように思える。そして、不倫の常として、どの男もずるい。