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双頭の悪魔*有栖川有栖

  • 2007/03/31(土) 13:55:25

☆☆☆☆・

双頭の悪魔 双頭の悪魔
有栖川 有栖 (1992/02)
東京創元社

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四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま戻らないマリア。英都大学推理研の一行は大雨のなか村への潜入を図るが、ほどなく橋が濁流に呑まれて交通が途絶。川の両側に分断された江神・マリアと、望月・織田・アリス――双方が殺人事件に巻き込まれ、各各の真相究明が始まる。読者への挑戦が三度添えられた、犯人当ての限界に挑む大作。


学生アリス、江神二郎シリーズ第3弾。
とうとうラストまで顔を合わせることができなかったアリスとマリアが、交互に自分の置かれた状況を語るというやり方で物語は進み、端が壊れて互いの様子がわからない木更村(芸術家の集団と共にアリスが暮らし、江神さんが乗り込んでいる)と夏森村(アリス・望月・織田が江神さんとマリアの帰りを待つ)双方で起こる事件の断片をつなぎ合わせてひとつにするのに役立っている。
江神さんの思ってもみない謎解きによって初めてタイトルの意味に得心し、「悪魔」の恐ろしさに慄然とさせられ、同時にその切なさに胸が痛くもなったのだった。

落下する緑*田中啓文

  • 2007/03/28(水) 07:21:13

☆☆☆☆・

落下する緑 永見緋太郎の事件簿 落下する緑 永見緋太郎の事件簿
田中 啓文 (2005/11/29)
東京創元社

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『本格推理』入選時に故鮎川哲也氏より絶賛された、幻のデビュー作にはじまる本格ミステリ。本人の雰囲気に彩られた「日常の謎」的連作短編集ついに登場。師から弟子へ連綿と受け継がれたクラリネットの秘密、消えた天才トランペット奏者の行方、国民的時代小説家の新作を巡る謎、三〇〇〇万円もするウッドベースを壊した真犯人は何者か、など七編を収録。冴え渡る永見緋太郎の名推理。著者おすすめジャズレコード、CD情報付。


表題作のほか、「揺れる黄色」「反転する黒」「遊泳する青」「挑発する赤」「虚言するピンク」「砕けちる褐色」

語り手は、51歳のジャズトランペッター・唐島英治。探偵役は、26歳のテナーサックス奏者・永見緋太郎。
日本でも有数のトランペット奏者であり 人間的にも落ち着きを見せる唐島と、天才肌だが発展途上で 興味のありようにやたら偏りのある永見との対比がまず興味深い。そして 互いに認め、認められる関係が心地好い。
平素はなにやら掴みどころがなく、人間関係も上手くこなしていけるのかどうか心配になるような永見なのであるが、一旦なにか引っかかるものに出会うと、彼の観察眼の鋭さが発揮されるようである。決して切れ者然としているわけではなく、飄々とあくまでもマイペースで、それでいて 真理を見抜く目を持ち、いつの間にか謎を解き明かしているのである。
アンソロジーの中の一作として読んだときよりも、永見緋太郎の持ち味が生き生きとしていて格段に愉しめる。
追いかけたくなるキャラクターがまた現れた、という感じ。

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太陽の塔*森見登美彦

  • 2007/03/27(火) 13:08:03

☆☆・・・

太陽の塔 太陽の塔
森見 登美彦 (2003/12/19)
新潮社

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京大5回生の森本は「研究」と称して自分を振った女の子の後を日々つけ回していた。男臭い妄想の世界にどっぷりとつかった彼は、カップルを憎悪する女っ気のない友人たちとクリスマス打倒を目指しておかしな計画を立てるのだが…。
2003年のファンタジーノベル大賞を受賞した本書は、読み手をとことん笑わせてくれる抱腹絶倒の物語だ。文体は古風でごつごつした印象を与えるものの、それに慣れるころには一文一文に笑いが止まらなくなり、主人公やその友人たちのとてつもないバカっぷりが愛らしくなるだろう。登場する男は皆個性的で、インパクトの強い変人ばかり。主人公につきまとわれる女子大生も普通ではなく、言葉遣いも行動も完全にズレていて、アニメのキャラクターのようなぶっ飛んだ魅力がある。物語のクライマックスまでたどり着いた読者にはさらなる大混乱が待っている。そのばかばかしさのスケールにとにかく圧倒されるはずだ。

男的な妄想をテーマにしながらも、読み手の性別を選ばないのも魅力のひとつだ。賞の選考委員である小谷真理に「一番強烈で、一番笑いこけた作品」と言わしめた本書。一歩間違えれば単なるストーカーの独白に終わりかねない設定だが、そんないかがわしい行為ですらジョークに変えるほどの力がこの作品にはある。

また、ユーモアに満ち満ちた物語の中に、詩的な美しい描写が織り込まれているのにも注目したい。突然そうした穏やかな文章に出会うことで、読み手は台風の目に入ったかのような静けさに包まれ、著者の文体に独特の温かみを感じることができるのだ。ユーモアばかりが注目されるが、そんな絶妙なバランス感覚こそが著者の本当の才能なのかもしれない。(小尾慶一)


帯に

10ページでヤミツキになる独特のリズム


とあるが、わたしはとうとう最後までこの文体に慣れることができなかった。この文体を受け容れられる人は、おそらく物語りも愉しめるのだろう、と思わないでもない。
男たちの偏り加減は言わずもがな、女子学生である水尾さんの不可思議さにどうにも寄り添うことができない。ファンタジーだからこそのこのキャラなのだろうか。そもそもこれがファンタジーなのかどうかも、わたしにはよく判らないのだった。

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通天閣*西加奈子

  • 2007/03/25(日) 20:09:02

☆☆☆☆・

通天閣 通天閣
西 加奈子 (2006/11)
筑摩書房

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どうしようもない人々が醸し出す、得体の知れないエネルギーが溢れている大阪ミナミ。社会の底辺でうごめく人々の愚かなる振る舞いや、おかしな言動が町を彩っている。主人公は、夢を失いつつ町工場で働く中年男と恋人に見捨てられそうになりながらスナックで働く若い女。八方ふさがりに見える二人は、周りの喧噪をよそに、さらに追い込まれていく。ところが、冬のある夜、通天閣を舞台に起こった大騒動が二人の運命を変えることに…。


わけのわからない不条理な夢を見ながら目覚め、温もった布団から出る勇気がなかなか湧かず、きのうより良いとも思えないきょう一日をどうやり過ごそうかと思いながら やっとのことで起きだす。通天閣のある街で暮らすということ以外なんの共有することもなさそうな中年男と若い女が交互に語り手になって物語りは進む。二人が関わりを持つこともなく このままラストに向かうのかと思ったころ、思わぬ事件が起こり その現場に 他の野次馬たちに紛れてたまたま二人も居合わせることになる。二人の思わぬ関係も読者にはここで判るのだが、本人たちはそれすらも知らずに またそれぞれの暮らしに戻っていく。
なんの救いもないようなのだが、最後には、それぞれにほのかな希望のようなものを胸に灯しているのである。
かわり映えのしない毎日でも 人生捨てたもんじゃない、と思わせてくれるような一冊だった。

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ランチブッフェ*山田宗樹

  • 2007/03/24(土) 19:31:12

☆☆☆☆・

ランチブッフェ ランチブッフェ
山田 宗樹 (2006/06)
小学館

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信子、38歳、専業主婦。特に生活に不満はないけれど…。ランチのひとときに浮かび上がる女たちの人生模様を描いた表題作ほか、笑い・涙・恐怖・切なさ満載の短編全6話を収録。『文芸ポスト』ほか掲載を単行本化。


表題作のほか、「二通の手紙」「混入」「電脳蜃気楼」「やくそく」「山の子」

「怖さ」「痛さ」ということを思わされる物語たちだと思う。一読、恐ろしいと思うものもあるが、一見やさしい顔をしているものも、するりと通り抜けることのできないなにかしらの恐ろしさや痛さを内包している。
表題作など、そのタイトルの平穏さに惑わされて読み進むと、ずんずん胸が痛くなってくる。だがこの痛さは病みつきになりそうでもあるのが怖い。

論理学園事件帳*本格ミステリ作家クラブ・編

  • 2007/03/23(金) 17:24:04

☆☆☆・・

論理学園事件帳 本格短編ベスト・セレクション 論理学園事件帳 本格短編ベスト・セレクション
本格ミステリ作家クラブ (2007/01/12)
講談社

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次々と人間の手首を切断する事件の行方から、鸚鵡と死体のある密室や獄中推理合戦まで。とことん厳選した現代本格ミステリの至宝がひしめくアンソロジー。謎と解決の切れ味を堪能あれ。


小説
 「凱旋」  北村薫
 「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」  大山誠一郎
 「曇斎先生事件帳 木乃伊とウニコール」  芦辺拓
 「百万のマルコ」  柳広司
 「目撃者は誰?」  貫井徳郎
 「腕貫探偵」  西澤保彦
 「GOTH」  乙一
 「比類のない神々しいような瞬間」  有栖川有栖
 「ミステリアス学園」  鯨統一郎
 「首切り監督」  霞流一
 「別れてください」  青井夏海

評論
 「論理の悪夢を視る者たち<日本篇>」  千街晶之
 「本格ミステリに地殻変動は起きているか?」  笠井潔


既読作品もいくつかあるが、アンソロジーだと単独で読むのとは違った気分の流れで読めるので、違う愉しみ方ができるように思う。
それぞれの作品が、シリーズ物の一部だったり 連作の一部だったりするので、愉しみがほかへも広がる可能性を持っているのもいい。

僕たちは歩かない*古川日出男

  • 2007/03/21(水) 13:16:00

☆☆☆☆・

僕たちは歩かない 僕たちは歩かない
古川 日出男 (2006/12)
角川書店

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22時22分22秒、雪。終電は僕たちを乗せ、走り出す。世界が化石になる前に、“あちら側”にたどりつけ。疾走する言語と肉体、遊戯する物語。古川日出男の新境地意欲作。


希望を持って、野心を抱いて、目標に向かって日々努力している若者たち。だが、目標はまだ遠く、自分たちはここにいる。そんな若者たちが ひとり またひとり と 東京の真ん中で時のひずみにするりと入り込んだ。24時間制のあちらの東京より二時間多いこちらの東京で彼らは切磋琢磨する。いつの日か遠い目標に辿り着くために。同じ目標を持つ彼らの結束は固かった。別れのことなど考えてもみなかった。だが・・・・・。

ひとりでは、木枯らしに吹き飛ばされる落ち葉のように無力でも、結ばれれば強さや頼もしさを得ることができる。信頼で結ばれる心強さと、それでも別れの日がやってくることの無常感、そしてそれさえも乗り越えることができる自分たちに備わっている力、というようなもののことを静かに思わせてくれる一冊だった。

八月の熱い雨*山之内正文

  • 2007/03/20(火) 20:15:18

☆☆☆・・

八月の熱い雨 <便利屋<ダブルフォロー>奮闘記> 八月の熱い雨 <便利屋<ダブルフォロー>奮闘記>
山之内 正文 (2006/08/30)
東京創元社

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母のスミエに紹介されて、向かった先は風格のある寄せ棟造りの立派なお屋敷。そこで泉水を待っていたのは、一人暮らしの優雅な老婦人と、気のよさそうな通いの家政婦だった。亡き夫が残した本を朗読してほしいという老婦人の依頼に悪戦苦闘する泉水は、この屋敷に頻繁に無言電話がかかっていることを知る。裏には怪しい少年たちの存在が?(第三話・八月の熱い雨)。ひとりで便利屋“ダブルフォロー”を営む青年・皆瀬泉水が出合う奇妙な謎と、依頼人たちの悲喜交々の物語。小説推理新人賞受賞作家が放つ、ハートウォーミングな連作集。


表題作のほか、「吉次のR69」「ハロー@グッバイ」「片づけられない女」「約束されたハガキの秘密」
便利屋<ダブルフォロー>奮闘記、とサブタイトルにあるように、25歳の皆瀬泉水(みなせいずみ)が営む便利屋シリーズである。
犬の散歩やチケット取りといった正統派(?)便利屋仕事をこなす毎日なのだが、ときにはちょっと変わった依頼も舞い込む。そんな謎を孕んだ依頼に応えるうちに 親身になりすぎたりもするのが泉水のいいところでもある。そして、そんな性格のおかげで、依頼者の胸のわだかまりもほぐれ、依頼を受けたときには謎と思えたあれこれに答えが見つかるのである。
次はどんな依頼が舞い込むのか、シリーズの行方が楽しみだ。

人質カノン*宮部みゆき

  • 2007/03/19(月) 17:25:44

☆☆☆☆・

人質カノン 人質カノン
宮部 みゆき (1996/01)
文藝春秋

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深夜のコンビニにピストル強盗!そのとき、犯人が落とした物とは?街の片隅の小さな大事件を描いたよりすぐりの都市ミステリー七篇


表題作のほか、「十年計画」「過去のない手帳」「八月の雪」「過ぎたこと」「生者の特権」「漏れる心」

都市の一角で起こる日常的に――と言ってしまっては言い過ぎかもしれないが――起こる事ごと。コンビニ強盗、いじめ、男女の別れ、親子関係などなど。どこの街でも、まさにいま現在も起こりつつあるかもしれないような事ごとである。
人間関係が希薄だといわれる都会の片隅で、ふとした偶然からかかわりを持つことになった人と人との物語でもある。
孤独と哀しみのなかに ほんの少しの温もりが感じられて胸をなでおろす。
「現代物を書くのは怖い」と少し前にはおっしゃっていた著者であるが、1996年というのはそんな心境になる以前であろう。それでも、いじめに対する憤りと無力感、何とかしなければという気持ちが滲み出ているような気がする。

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密室の鎮魂歌(レクイエム)*岸田るり子

  • 2007/03/18(日) 16:45:47

☆☆☆・・

密室の鎮魂歌(レクイエム) 密室の鎮魂歌(レクイエム)
岸田 るり子 (2004/10/22)
東京創元社

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ある女流画家の個展会場で、一枚の絵を見た女が、悲鳴をあげた。五年前に失踪した自分の夫の居場所をこの画家が知っているにちがいない、というのが彼女の不可解な主張だった。しかし、画家と失踪した男に接点はなかった。五年前の謎に満ちた失踪事件…。五年後の今、再びその失踪現場だった家で事件が起きる。今度は密室殺人事件。そして密室殺人はつづく。『汝、レクイエムを聴け』という問題の絵に隠された驚くべき真実!魅力的な謎といくつもの密室に彩られた第14回鮎川哲也賞受賞の傑作本格ミステリ。


語り手である麻美の高校時代の友人たちと大学時代の友人たちが 謎の失踪をしたり、密室で殺されたりする。人間関係が交差する場所にいる麻美は果たしてこの次々に起こる事件の鍵を握っているのだろうか。
麻美の美大時代の友人で画家として活躍中の麗子の個展――なかでも「レクイエムを聴け」と題された一枚の絵――をきっかけに、厳重に仕舞われていたなにかが少しずつ姿を露わにしはじめる。覆い隠すものがすべてはずされたときにそこに現れるのはどんなものなのか、想像しながら読み進むのはわくわくするひとときだった。
登場人物のそれぞれ自分勝手な思惑が幾重にも折り重なって起こったこの不幸な事件は結局なにを生んだのだろう。麗子の子どもたちに明るいあしたが来ることを祈りたい。

冤罪者*折原一

  • 2007/03/17(土) 14:08:08

☆☆☆☆・

冤罪者 冤罪者
折原 一 (1997/11)
文藝春秋

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ある新証言によって、連続暴行殺人犯・河原輝男は控訴審で一転、無罪を勝ち取った。だが、それは新たな惨劇の幕開けだった…。逆転また逆転のストーリー、冤罪事件の闇を描く推理長編。



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俺が殺したとされるのは、中野区のマンションに住む女だった。あの夜、俺はぐでんぐでんに酔って、酒場で女と意気投合し、ラブホテルに入った。俺がやったとされる事件は、その時間に起こっているのだ。俺にはその間の記憶がない。女とセックスした後は眠ったと思うが、いやな夢を見た。マンションの二階に忍び込んで女を襲う夢だ。いやがる女を無理に押さえつけた時、頬を爪で引っかかれた。翌朝、ラブホテルのベッドで目覚めたとき、俺の頬に長さ二センチほどの引っかき傷があり、ひりひりと痛んだ。だが、俺はやっていない。でも、もし夢遊病だったら・・・・・。(本文より)

連続放火事件や 連続婦女暴行事件が起こるさなか、婦女暴行や窃盗の前科を持ち、事件当夜の記憶も定かでない川原は、殺人犯として捕まり 取調べを受け、拷問に耐え切れずに自白してしまう。しかし、人権を守る会や被害者の遺族らといったさまざまな思惑が川原の周りで渦巻き、川原自身もその渦に翻弄されることになる。
結局は無罪を勝ち取り、元の世界に戻った川原だったが、世間の目は彼を放っておいてはくれなかった。
川原自身、取材記者であり恋人を失った被害者でもある五十嵐、娘を失ったほかの遺族たち、そして事件当夜 放火現場を逃げる途中の犯人に目撃された12歳の少年、五十嵐とパソコン通信でやり取りしている小谷ミカという見知らぬ女性など、かかわりのあるさまざまな人々を追いかけつつ物語はとんでもない方向へと進んでいくのである。
いたるところに怪しい要素が転がっており、しかし そのどれもがほんの少しだけずれているように思える。後半、いぶかしみながらも最後の最後でずれのない要素を見せつけられたときには、異様さに背筋をゾクリと寒さが這い上がってくるようだった。

薄闇シルエット*角田光代

  • 2007/03/14(水) 09:48:23

☆☆☆☆・

薄闇シルエット 薄闇シルエット
角田 光代 (2006/12)
角川書店

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ハナは下北沢で古着屋を経営している37歳。仕事は順調。同年代の男よりも稼いでるし、自分の人生にそれなりに満足していた。ある日、恋人から「結婚してやる」と言われ、小さな違和感を感じる。「どうして、この人は『私が結婚を喜んでいる』と思って疑わないんだろう…」―違和感は日に日に大きくなり、ハナは恋愛と仕事について模索していくことになるのだが…。人生の勝ち負けなんて、誰が分かるというのだろうか。圧倒的リアルと共感が心にささる傑作長編。


紹介文の「心にささる」というのがまさに納得される一冊である。
境遇も生活環境もまったく自分とは違うハナちゃんであるが、胸の底に抱えているものには圧倒的に共感できてしまうのである。どう生きるか、どこに目当てを定めて進むか、という普遍的ともいえる自らへの問いかけに 常に揺らいでいるハナちゃんだからなのかもしれない。
細かい描写のひとつひとつがとても身近に感じられるのは、エッセイと見紛うような小説を書かれる著者の巧さだろう。

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孤島パズル*有栖川有栖

  • 2007/03/12(月) 19:30:31

☆☆☆☆・

孤島パズル 孤島パズル
有栖川 有栖 (1989/07)
東京創元社

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英都大学推理研初の女性会員マリアと共に南海の孤島へ赴いた江神部長とアリス。島に点在するモアイ像のパズルを解けば時価数億円のダイヤが手に入るとあって、早速宝捜しを始める三人。折悪しく嵐となった夜、滞在客のふたりが凶弾に斃れる。救援を呼ぼうにも無線機が破壊され、絶海の孤島に取り残されたアリスたちを更なる悲劇が襲う!


学生アリス、江神二郎シリーズ第2弾。
絶海の孤島、しかも密室で起こる殺人事件。三年前の不幸な事故。島中に配置されたモアイのパズル。
いくつもの要素がしばし社会から隔絶されたこの島で絡み合っているのである。そんななかで、江神部長の謎解きも、ジグソーパズルのピースをひとつずつ摘み取り 当てはめていくかのごとく彼の頭の中で進められるのである。
物語はあまりにも切なく締めくくられるが、果たしてマリアはシリーズの次の物語では戻ってきてくれるのだろうか。

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空白の叫び 上下*貫井徳郎

  • 2007/03/11(日) 13:52:51

☆☆☆☆・

空白の叫び 上 空白の叫び 上
貫井 徳郎 (2006/08/25)
小学館

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「普通の中学生」がなぜ殺人者になったのか

久藤美也は自分の容姿や頭脳が凡庸なことを嫌悪している。
頭脳は明晰、経済的にも容姿にも恵まれている葛城拓馬だが、決して奢ることもなく常に冷静で淡々としている。
神原尚彦は両親との縁が薄く、自分の境遇を不公平と感じている。
第一部ではこの3人の中学生が殺人者になるまでを、その内面を克明にたどりながら描く。
その3人が同じ少年院に収容されて出会うのが第二部。過酷で陰湿な仕打ちで心が壊されていく中、3人の間には不思議な連帯感が生まれる。


空白の叫び 下 空白の叫び 下
貫井 徳郎 (2006/08/25)
小学館

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第三部。少年院を退院した彼らはそれぞれ自分の生活を取り戻そうとするが、周囲の目は冷たく、徐々に行き場をなくしていく。そして、再び3人が出会う日がくる。
殺人者となった少年は更生できるのか。後悔はしていない。罪を償ったとも思っていない―再スタートを切った三人の挫折を鮮やかに描き出す新機軸ミステリー。


上巻で描かれる 殺人を犯すまでの三人の心の動き、そして 少年院の過酷さと狭いといえどもそこでも必要とされる処世術。それは、重苦しくはあるが まったく理解が及ばないというものでもない。それに比べ、下巻で彼らが選んだ行動はといえば、そこに行き着くまでの心の動きが いささか必然性に欠ける気がしないでもない。
全編を通して何よりも感じたのは、彼らが自らを閉じてしまっているということである。それは犯罪を犯す前も後も同じように。どうせ解ってもらえないからと コミュニケーションを取ることさえ諦めてしまえば、そこにははじめから何の反応も起こりえないのである。
また、少年たちに関わる大人たちの愚かさにも溜息を禁じ得ない。少年犯罪の原因をなにかひとつに特定することは不可能だろうが、周囲の大人の愚かさが無関係だとは到底思えない。誰もが他人事にしてはおけないことなのだと改めて思わされた。
何も解決しないまま最後のページを読み終えて、ではどうすればよかったのかと問うてみても答えは容易には見つからない。

踏切趣味*石田千

  • 2007/03/10(土) 16:30:29

☆☆☆・・

踏切趣味 踏切趣味
石田 千 (2005/02/08)
筑摩書房

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急いでわたる子ども、荷物を運ぶ主婦、たたずむ老人。周辺の居酒屋に集うひとびと。大好きな踏切をめざして都内を西から東へ、時には鎌倉、山形まで。線路上で交差する一瞬の光をとらえ、つづり、句を詠む。なつかしくも鮮烈なエッセイ集。


踏み切りのある風景をさまざまな場所で切り取り、<金町>という俳号をお持ちだという筆者の句を添えて描かれている。
にぎやかな町はにぎやかないまを、寂れた町は寂れたいまを、目に映るものをそのままページのこちら側へ開いて見せてもらったような気分を味わえる。
ためらいのない言い切り形の文章が小気味よい。

ポーの話*いしいしんじ

  • 2007/03/08(木) 13:57:04

☆☆☆・・

ポーの話 ポーの話
いしい しんじ (2005/05/28)
新潮社

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あまたの橋が架かる町。眠るように流れる泥の川。太古から岸辺に住みつく「うなぎ女」たちを母として、ポーは生まれた。やがて、稀代の盗人「メリーゴーランド」と知りあい、夜な夜な悪事を働くようになる。だがある夏、500年ぶりの土砂降りが町を襲い―。いしいしんじが到達した、深くはるかな物語世界。2年ぶり、待望の書下ろし長篇。善と悪、知と痴、清と濁のあわいを描く、最高傑作。


うなぎ女たちの息子として生まれたポーの話。
母たちの愛に包まれて育った子どものときを過ぎ、成長とともに世の中のさまざまな物事に触れ、翻弄されながら少しずつ川を下り、とうとう海へとたどりつく。
いつでもどこでもなにをしていても ポーが母たちに愛されたポーであることには変わりがなく、自分の大切なものを大切にし、人が大切にするものも大切に思って生きている。
著者の作品にはいつも哲学的とも言えるなにかを感じるが、この作品にも生きていくうえでの根源的なありようとでもいうものを思わされる。泥にまみれた黒いポーと真っ白な鳩とが、全編に通底する生き方の真髄を象徴していて鮮やかである。

ハンプティ・ダンプティは塀の中*蒼井上鷹

  • 2007/03/05(月) 17:26:35

☆☆☆☆・

ハンプティ・ダンプティは塀の中 ハンプティ・ダンプティは塀の中
蒼井 上鷹 (2006/12/21)
東京創元社

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7月某日、午後3時ちょい過ぎ。おれが外の自由な世界から締め出された瞬間だった。第1留置室の新入りとなった和井は、そこで4人の先客と出会い…。
第1留置室で繰り広げられる、おかしな謎解き合戦5編を収録したミステリ。


著者のスパイシーさは前作までで充分わかっていたつもりだが、今回は舞台が拘置所である。
だがなぜか登場人物――当然のことながらみんな犯罪者なのだが――たちがみんな好人物に見えてしまうのは、舞台がすでに充分すぎるほどスパイシーだからか。
そして、外の事件や 拘留者に関わる謎解きのあれこれが、事件そのものはシリアスであるにもかかわらず退屈しのぎのように扱われているのもコメディのようである。登場人物の名前からしてそもそも笑ってしまうのである。
平和なんだか殺伐としているんだかよくわからないコメディのようなミステリ。

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銀座24の物語

  • 2007/03/04(日) 16:32:49

☆☆☆・・

銀座24の物語 銀座24の物語
椎名 誠、皆川 博子 他 (2001/08)
文藝春秋

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愛・友情・結婚・出会い・別れ・老い・死…東京・銀座を舞台に24人の人気作家が描く短篇の競演。


椎名誠・皆川博子・久世光彦・山田太一・赤川次郎・藤堂志津子・志水辰夫・安西水丸・常盤新平・森村誠一・群ようこ・高橋治・連城三紀彦・藤沢周・嵐山光三郎・橋本治・平岩弓枝・小池真理子・大岡玲・藤田宣永・江國香織・佐野洋・鷺沢萌・村松友視
作家名だけ並べてみても圧巻である。
銀座という、どこか余所の街にはない雰囲気を持つ 現代的でもありノスタルジックでもある場所に絡めて、人々の過去・現在・未来を24人の作家が24通りに描き出している。
銀座という街には何か特別な魅力があって、過ぎし日の面影を探すのにはうってつけというような気がする。

ハードボイルド/ハードラック*吉本ばなな

  • 2007/03/03(土) 17:04:28

☆☆☆・・

ハードボイルド/ハードラック ハードボイルド/ハードラック
吉本 ばなな (1999/04)
ロッキングオン

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死んだ女ともだちを思い起こす奇妙な夜(「ハードボイルド」)。
そして入院中の姉の存在が、ひとりひとりの心情を色鮮やかに変えていく(「ハードラック」)。
闇の中を過ごす人々の心が輝き始める時を描く二つの癒しの物語。


奈良美智さんの表紙画と挿画が、ただのんきに笑いたくはない物語の気分にマッチしていて、それぞれの主人公の心持を思わされるようである。
そして、ばななさんは 吉本でもよしもとでもやはりばななさんである。
物語中で主人公に「何の霊感も持たないが」と言わせながらも感じてしまうのだ。死にゆく人とのきのうと、その人亡きあとのあす、そしていま。その時々を同じように大切に思う気持ちが沁みてくる。

世にも珍妙な物語集*清水義範

  • 2007/03/02(金) 19:08:30

☆☆☆・・

世にも珍妙な物語集 世にも珍妙な物語集
清水 義範 (2001/04)
講談社

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これまで何気なく見過ごしていたようなことの中にある面白さを、ひょいとさし出すような、名手によるユーモア短編集。


「CM歳時記」「接客セブンティーズ」「ディスクの中で」「超絶心理テスト」「マツノギョウレツケムシ」「ドーラビーラ物見遊山ツアー」「ノヴェル・フィッター」「一見の価値」「いちばんなんでも言える仲」「町営博物館」「トイレット・シンドローム」「アサハンさん」「算数の呪い」の十三の短編集。

「ある、ある」とか「そう、そう」とか思わず声を上げてしまいそうなのだが、なかなか書く人がいなかった、そんな――時にちょっぴりブラックな――ユーモアたっぷりな物語たちである。
だが、ただのんきに笑ってばかりはいられない気分にさせられる話もあって、笑った後にふと考えさせられもする。でもやはり可笑しいのである。

ブードゥー・チャイルド*歌野晶午

  • 2007/03/01(木) 20:22:17

☆☆☆☆・

ブードゥー・チャイルド ブードゥー・チャイルド
歌野 晶午 (2001/08)
角川書店

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今ぼくは第二の人生を送っています。つまりぼくには前世があるのです。ある雨の日の晩にバロン・サムデイがやってきて、おなかをえぐられて、そうしてぼくは死にました。前世、ぼくは黒人でした。チャーリー―それがぼくの名前でした。
―現世に蘇る、前世でいちばん残酷な日。
不可解な謎を孕む戦慄の殺人劇に、天才少年探偵が挑む!長編本格ミステリ。


タイトルから想像していたのとはまったく違う物語だった。
前世はチャーリーという黒人だったと言う晃士の「自分探し」と母親を殺し 父親を殺しかけた犯人探しが、絡まりあって思ってもいなかった方向に向かわせ、予想もしていなかった答えに辿り着くのである。
前世とか悪魔祓いとかという言葉で過去に向かう回路を頭の中に築かせながら、物語はまさに今現在、そしてここから先の未来の問題を孕んで進むのである。著者の巧みさにまたしてもやられた。