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猫と魚、あたしと恋*柴田よしき
- 2007/05/31(木) 19:12:28
☆☆☆☆・ 猫は水が嫌いなのに、どうして魚が好きなんでしょう?女の子は辛いこと、苦しいこと、めんどくさいことなんかみんな嫌いなはずなのに、なぜ、いつも恋を追い掛けているのでしょう?辛くなく、苦しくなくて、面倒でもない恋なんてどこにも転がっていないって、みんな知っているのに。 猫と魚、あたしと恋
柴田 よしき (2001/10)
イーストプレス
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36歳の雛子は長女の中学受験準備にかかる費用を捻出するためパートに出たファミレスでの不倫に自己嫌悪を感じていた。ある日、幼なじみの澄子が殺されたことを知るが…。(「トム・ソーヤの夏」より)
恋愛とミステリーを中心とした短編集。
上記のほか、「やすらぎの瞬間(とき)」「深海魚」「どろぼう猫」「花のゆりかご」「誰かに似た人」「切り取られた笑顔」「化粧」「CHAIN LOVING」
境遇も生活環境も立場もまったく違う恋する女性たちの物語。
面倒で辛いことは嫌いなはずなのに、いくつであっても恋なくしてはいられない女たち。自分の分身を見るような思いではまり込んでいく女性読者も多いのではないだろうか。
だが、恋の駆け引きだけの物語ではなく、ミステリの味付けもしっかりとされているのが著者のお見事なところである。
朝日のようにさわやかに*恩田陸
- 2007/05/30(水) 17:08:54
☆☆☆☆・ ビールについての冒頭から、天才トランペッターやところてんへ話題は移り、最後は子供の頃に抱いていた謎の解明へ-。ホラー、ミステリ、SF、ショートショート等、恩田陸のあらゆる魅力がたっぷり詰まった物語の万華鏡。 朝日のようにさわやかに
恩田 陸 (2007/03)
新潮社
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表題作のほか、「水晶の夜、翡翠の朝」「ご案内」「あなたと夜と音楽と」「冷凍みかん」「赤い毬」「深夜の食欲」「一千一秒殺人事件」「おはなしのつづき」「邂逅について」「淋しいお城」「楽園を追われて」「卒業」
そしてあとがきとして、各作品についての簡単な覚書が載せられている。
まず冒頭に置かれている 水野理瀬シリーズの番外編としてのヨハンの物語に心を奪われ、その後に続くさまざまに趣を変えた短編掌編に惹きつけられる。
著者の短編作品は数少なく、長編の方が面白さでも勝るように思うが、この一冊に納められた物語たちはどれもその後が気になるものばかりであり、いずれこれを種として生まれる長編もあるのかもしれないと期待もしてしまう。
まさに恩田作品の万華鏡である。
赤に捧げる殺意
- 2007/05/27(日) 16:42:00
☆☆☆・・ 豪華著者によるミステリーアンソロジー決定版! 「砕けた叫び」 有栖川有栖 赤に捧げる殺意
有栖川 有栖、折原 一 他 (2005/04)
角川書店
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火村&有栖が、メルカトル鮎が、狩野俊介が! なだたる名探偵たちが不可解な謎に挑む!! 豪華執筆陣が贈る、緻密かつ精密な論理の迷宮への招待状。超絶アンソロジー第2弾登場!
「トロイの密室」 折原一
「神影荘奇談」 太田忠司
「命の恩人」 赤川次郎
「時計じかけの小鳥」 西澤保彦
「タワーに死す」 霞流一
「Aは安楽椅子のA」 鯨統一郎
「氷山の一角」 麻耶雄嵩
内容紹介にあるとおり、著者の代表的な探偵役が登場する作品が多く、それが魅力にもなっている。
それぞれの著者の持ち味が出ていて、気軽にたのしめる導入編といった一冊である。
蝶か蛾か*大道珠貴
- 2007/05/25(金) 17:03:19
☆☆☆☆・ ちょっと不思議な満々子さん。ワンピースのすそをひらひらさせてキャベツ畑で放尿したり、給食のおばさんになったり…。無重力なこころの放浪を描いた長篇小説。『別冊文芸春秋』連載を単行本化。 蝶か蛾か
大道 珠貴 (2006/12)
文藝春秋
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猿飛満々子(さるとびままこ)47歳。元は 母――とっくに70歳はいっているオババこと風子(かざこ)――の持ち物だった田舎の古家にいまは一人暮らし。お寺に嫁いだ娘・ミツバと大学院生の息子・ノビルの母でもある。
こう書くとどこにでもいそうな普通のオバサンのようだが、そうではない。産後の肥立ちが悪かったせいで(と思っている)いささか頭のネジが緩み加減なのである。自分を縛らずにのびのびと生きている。かといって悩みや思うところがまるでないわけでもなく、その尺度が世間の尺度からほんのわずかずれているだけなのだ。その姿はいっそ伸びやかでうらやましいほどである。
テロテロとした薄い衣の手触りのようなとりとめのなさが魅力の一冊である。
ことばの国*清水義範
- 2007/05/25(金) 10:13:42
☆☆☆・・ 日本が英・米・豪、そして中国と開戦。英語と漢語、漢字までも敵性語となったとしたら。偶然送信されてきた、間違いファクシミリが引き起こす大乱戦珍騒動。曖昧なファッション用語が招くフツーの生活のコンラン、ドタバタ…。氾濫する外国語。使用禁止ことわざ。スピーチ。あらすじ。手垢のついた言い回し。廃語辞典。討論。手紙などなど。ことばと言葉にたいする徹底究明的パスティッシュ小説集。 ことばの国
清水 義範 (1993/09)
集英社
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どれもこれもがさすがパスティーシュの名手と思わせられるものである。
ある物事のエッセンスを――本書の場合ことばに関することに限られているが――見事に抽出し、その物事のある一面を実に興味深く(言葉は悪いが)暴き出して見せてくれるのが快感である。思わずニヤリとしてしまう一冊。
AMELIE―アメリ*イポリト・ベルナール
- 2007/05/23(水) 17:16:44
☆☆☆・・ 30万部を超える永遠の名作! アメリ
イポリト ベルナール (2001/10)
リトルモア
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2001年秋、世界中をとりこにしたフランス映画『アメリ』(ジャン=ピエール・ジュネ監督)の小説版です。
読んだ誰もがシアワセになるひとつの物語として着実に増刷を重ね、ついに10刷目!
今や絵本作家としても不動の人気を誇る100%ORANGEによって描かれた愛すべきキャラクターたちも踊る、絵本のようなハッピーでかわいらしいノヴェライズブックです。
・・・
空想の中でひとり遊びをしていた小さな女の子アメリは、そのまま大人になって今はモンマルトルのカフェで働いている。彼女の好きなことはクレーム・ブリュレの焼き目をスプーンで壊すこと、運河の岸で水切りすること、そしてまわりの人々を今よりちょっとだけ幸せにするようないたずらを仕かけること。そんなささやかな人生。ところがある日、スピード写真のコレクター・ニノとの出会いで彼女の生活は大混乱。はたしてアメリとニノの不器用な恋の行方は。
要所要所に差し挟まれる100%オレンジの絵がぴったり。
充分大人の女性のはずのアメリがどうしても小さな女の子にしか見えなくて、それなのにすることは結構大人だったりするギャップにちょっと目が眩むことも。
だが、彼女の工夫を凝らした仕掛けは「いたずら」とひと言で片付けられないくらい愛と茶目っ気にあふれている。
いつまでも変わらないアメリでいてほしい。
ゴミの定理*清水義範
- 2007/05/23(水) 17:05:34
☆☆☆・・ 日本の深刻な環境問題であるゴミ処理について、ある数学者が独自の数式を用いて、その解決策を提示する。表題作ほか、『週刊小説』に掲載の短編全12作品を収録。 ゴミの定理
清水 義範 (2001/01)
実業之日本社
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表題作のほか、「他小説」「ニュース・ヴァリュー」「ドラマチック・ハイスクール」「鄙根村の歩き方」「ケータイ星人」「楽しい家族旅行」「夢の話」「ガイドの話」「ビデオを見る」「泥江龍彦のイラン旅行」「鮫島村のデナーショー」
これは著者の日常ではないのか?と思わせられるようなものもあり、しかし 捻りが絶妙に効いていて、笑っていいのか感心すべきなのか迷ったりもする。愉しめる一冊である。
日常生活で出会った取り立ててどうということのない人たちの事情をあれこれ思い巡らす「他小説」など、取り留めないのだが妙に面白い。
虹色天気雨*大島真寿美
- 2007/05/21(月) 07:14:35
☆☆☆☆・ 早朝に電話でたたき起こされ、中学校からの幼なじみである奈津のひとり娘・美月を預かることになった市子。小さな美月から、奈津の夫・憲吾は行方不明であり、奈津は憲吾を探しに出かけたことを知らされる。2日後、奈津は戻ってきたが、思い当たる場所をすべて回ったが憲吾は見つからなかったと語る。市子と奈津は、ひとりではどうにも頼りないところのある憲吾の失踪には、絶対に他の女性が関係していると推測する。これまで長い付き合いだった市子と奈津、出会ったころにはこんなことが起こるなんて想像もつかなかったけれど、大人になったいま、誰かを失ってもその傷はいつか癒えることを知っている。chr(10) 読むと幼なじみに会いたくなる、女性どうしの友情を描いた作品。 虹色天気雨
大島 真寿美 (2006/10/20)
小学館
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物語を貫くのは、中学のころから続く女同士の友情なのだろう。が、それだけではなく、市子やまりが 奈津の娘・美月(冒頭では10歳)を見守る親とは違う立場の目線や、美月が親世代に対して見せるかなり客観的な理解と それとは逆の幼さに触れながら考えさせられることごと。女三人を取り囲む人間関係の頼もしさと煩わしさ。などなど、さまざまな要素を絡み合わせながら、彼女たちがお互いやお互いの人間関係を尊重し合いつつそれぞれの道を生きていく様が淡々と描かれていて好感が持てる。
いまある自分を育みつつあった幼いころを知っている友人たちと、大人になっても尊重し合える関係であり続けられることの宝物のような貴重さを思わせてくれる一冊だった。
美晴さんランナウェイ*山本幸久
- 2007/05/19(土) 20:39:33
☆☆☆☆・ 破天荒だけど憎めない、“美晴叔母さん”登場! 美晴さんランナウェイ
山本 幸久 (2007/04)
集英社
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美晴さんは「適齢期」の美女ながら、何かと家を飛び出すトラブルメーカー。そんな彼女が追いかけているものとは? 彼女が巻き起こすドタバタを姪の目線で描いた、ハートウォーミングストーリー。
美晴さんは世宇子(ようこ)の父の妹で、世宇子と一緒に暮らしている。定職にも就かず、結婚もせず、世宇子や弟の翔には無理難題を吹っかけるくせに、厄介事を避けるようにどこかへふらりと行ってしまったりする。自由奔放といえば聞こえがいいが、要するに自分勝手に生きているように見える。だがなぜかみんなが美晴さんのことを心にかけている。
物語は、世宇子が中学生になろうとするころから高校生になろうとするころまでであり、この年頃の少女に美晴さんが与えた影響はかなりなものだったろうと察せられる。時にあこがれであり、また時には反面教師であり、何につけても美晴さんと引き比べてしまったことだろう。美晴さんの結婚式の日の世宇子の安堵と寂しさは容易に想像できる。
物語り全体に昭和の時代の匂いを漂わせ、美晴さんが逃げながら追いかけたものを 世宇子もきっとこれから追いかけるのだろう。
図書館内乱*有川浩
- 2007/05/18(金) 09:51:02
☆☆☆☆・ 相も変わらず図書館は四方八方敵だらけ! 山猿ヒロインの両親襲来かと思いきや小さな恋のメロディを 叩き潰さんとする無粋な良化「査問」委員会。 迎え撃つ図書館側にも不穏な動きがありやなしや!? どう打って出る行政戦隊図書レンジャー! いろんな意味でやきもき度絶好調の『図書館戦争』シリーズ第2弾、ここに推参! 図書館内乱
有川 浩 (2006/09/11)
メディアワークス
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――図書館の明日はどっちだ!?
図書館シリーズ第二弾。
今回も事件満載である。笠原郁の(過保護の)両親が図書館員として働く娘の様子を見にやってきたり、政略的に査問にかけられることになったり・・・・・。
だが、郁を取り囲むキャラクターは前作よりもさらに濃縮されている感があり、なんだかんだドタバタしながらもチームワークは抜群である。郁以外の優秀さは相変わらず際立っているが、弱さ・脆さといった部分も描かれていて、ほろっとさせられもする。
そしてなによりラストのこの展開である。郁に王子様が誰なのかわかってしまったのだ!こんなところで終わられたら読者はたまらない。なんて絶妙な終わり方。
殴られ屋の女神*池永陽
- 2007/05/16(水) 18:49:53
☆☆☆☆・ 一発千円の殴られ屋。奇妙な商売を始めた理由は、ノックアウトされる寸前に見える幻の女性。仕事を失い、妻を失い、家を失い、全てを失って、今夜も男は街に出る。 殴られ屋の女神
池永 陽 (2005/03/19)
徳間書店
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須崎康平は、幼いころ母親に虐待されていた。殴られたときに一瞬恍惚となり、目の前に現れたのは白い姿の女神だった。リストラされ、愛妻に愛想をつかされて離婚した康平は、あの女神にまた会い それが誰なのかを確かめたくて自ら殴られ屋になり、今夜も恵比寿駅前に立つのだった。
康平が居候しているマンションの持ち主・豊は、自傷癖のある十六歳の美形の男娼で、やはり母親に虐待されており、康平も自分も「死ぬために生まれてきた犬」だと考えている。たくさん生まれた子犬の中には、兄弟たちから阻害され、母親からさえも疎まれ、ほかの兄弟たちが生き延びるために死ぬ運命の子犬がいるのだという。
さまざまな人に殴られながら、康平と豊は ときには自分たちと同じように「死ぬために生まれてきた犬」のような人たちの悩みを聞き、手を貸したりするのだが、相手の事情に踏み込みすぎず真心を注ぐさまが胸をあたたかくする。
お互いに弱い者同士である康平と豊の救い合い補い合うあたたかな関係には何の利害もなく、相手を思いやる心からの気持ちにあふれていて涙が出そうになる。
康平はなかなか女神を見ることができないが、ラストになってようやく願いがかなう。でもそれはなんと切ない出会いなのだろう。それでも康平はしあわせだったのだろうか。
オートフィクション*金原ひとみ
- 2007/05/15(火) 19:08:11
☆☆・・・ 私は何故こんなにも面倒な人間なのだろう-。オートフィクション(自伝風小説)を書き始める作家。それは彼女が殺した過去の記録であり、過去に殺された彼女の記録でもあった…。 オートフィクション
金原 ひとみ (2006/07)
集英社
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主人公である作家・リンの22歳の冬(現在)から物語は語られはじめ、18歳の夏→16歳の夏→15歳の冬、とどんどん逆行して語られる。
22歳のリンのわたしにとっての不可解さの理由に、過去のどこかで納得できるのではないかと思いながら読んだが、どこまで遡っても納得させられることはなかった。
なんと言えばいいのだろう。ざらざらとした厭な後味だけが残る一冊だった。
相性の問題かもしれないが・・・・・。
ぬるい眠り*江國香織
- 2007/05/14(月) 17:42:49
☆☆☆・・ 半年間同棲していた耕介と別れても雛子は冷静でいられるはずだった。だが、高校生のトオルとつきあっていても、耕介への想いはじわじわと膨らんでゆく。雛子は、大学四年の夏、かけがえのない恋を葬った(表題作)。 ぬるい眠り
江國 香織 (2007/02)
新潮社
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新聞の死亡欄を見て、見知らぬ人の葬式に参列する風変わりな夫妻を描く佳編、『きらきらひかる』の十年後をつづる好編など全九編。
著者の魅力を凝縮した贅沢なオリジナル短編集。
表題作のほか、「ラブ・ミー・テンダー」「放物線」「災難の顛末」「とろとろ」「夜と妻と洗剤」「ケイトウの赤、やなぎの緑」「奇妙な場所」
あちこちに書いて散り散りになっていたものを集めた一冊だとあとがきに書かれている。どれもが好きな作品ではないが三編は好きだ、とも。
著者自身どれが好きでどれがそうでないかは想像するほかないが、どれもが(当たり前だが)江國さんである。
どっぷりと溺れながらも妙に醒めたところもある恋する女たちは、人を愛することは自分を好きになることだと教えてくれるような気がする。
どうしようもないことなんかない と言えるうちは、どうしようもない気持ちにまだなったことがないからだということも感じられる。
とろとろとして少しほろ苦い一冊である。
八日目の蝉*角田光代
- 2007/05/13(日) 17:16:41
☆☆☆☆・
![]() | 八日目の蝉 (2007/03) 角田 光代 商品詳細を見る |
逃げて、逃げて、逃げのびたら、私はあなたの母になれるだろうか--理性をゆるがす愛があり、罪にもそそぐ光があった。家族という枠組みの意味を探る、著者初めての長篇サスペンス。
不倫相手の子どもを一目見たいと思い留守の家に忍び込み 赤ん坊を抱き上げたとき、衝動的に連れ去ることを選んでしまった希和子は 赤ん坊に生まれなかった我が子につけようと決めていた薫という名前をつけて逃亡生活を続ける。薫と二人、穏やかに笑って暮らすことだけが希和子の望みであり、その暮らしが断たれそうになると住処を移していたが、そんな暮らしがいつまでも続くはずはなかった。
前半は、薫との暮らしを綴る希和子の日記風に描かれており、警察に見つかってとうとう薫と引き離されるところで突然二人の物語には終わりが来るのである。読みながらすべての景色の色が失せ、世界から音が消え去ったような気がした。
そして後半は一転、成長して大学生になった恵理菜(薫)の物語である。成長した恵理菜は事件のことも希和子のこともほとんど忘れているが、本当の家族の中でも自分の居場所がここだという実感を強くもてないまま いまは一人暮らしをし、不倫の子を孕み、人生のすべての悪のもとである憎むべき希和子と同じことをしている自分に嫌悪を感じている。
そんなときエンジェルホームで共に過ごしたマロンちゃんこと千草と出会い、希和子と束の間のしあわせを過ごした小豆島へ行ってみることにするのである。
子どもを連れ去った側、連れ去られた側、そして当の連れ去られた子ども。それぞれの事情があり 思いがあり それでも取り戻せないもの 元に戻らない気持ちはどうすることもできない。誰かひとりに罪を負わせるにはあまりに切なく、どこまで歯車を戻せば本来の姿でそれが噛み合うのかもよく判らない。なにがしあわせで なにが不幸せなのか、親とは 子とは一体なんなのか。もったりと重い疑問符が次から次へと胸に落ちていく心地がする。
それでもラストのこの光あふれる明るさはなんだろう。この先に未来があるということを実感させてくれる逞しさはなんだろう。命を宿した母の強さと一言で言ってしまうことのできない漲るなにものかを感じるのである。
PINK*柴田よしき
- 2007/05/12(土) 09:43:53
☆☆☆☆・ 『そろそろ時間切れです。心の準備をして下さい』メイの元に差出人不明のメールが送られてきたその日から、夫の達也がまるで別人のように変わってしまった。しかも達也は殺人容疑者として逮捕される。あいつぐ不可解な出来事がひとつに繋がったとき、驚愕の事実が浮かび上がった!震災後の神戸を舞台に、愛の再生を描いた長編ミステリー。 PINK
柴田 よしき (2002/12)
双葉社
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タイトルから想像した軽いイメージとはまったく違うしっかりとした物語だった。
発端は、阪神大震災で婚約者を失ったメイが愛を得て結婚した夫・達也のちょっとした行動の違和感だった。いままでまず初めに一口大に切ってから食べていたポークソテーを一切れずつ切って口に入れていたり、貝殻ではさんで食べていたムール貝を歯で噛み切っていたりしたことから、メイはまず達也の浮気を疑い、それとなく調べてみたのだったが・・・。
毎日一緒に暮らしている夫が、突然誰かと入れ替わってしまったかのような違和感を抱くことの空恐ろしさをまず感じさせ、物語がどこへ向かっていくのかという期待を抱かせておきながら、道はまったく別の方へとつながっていく。そのたびに読者に別の期待を抱かせ、別の空恐ろしさを感じさせるのは著者の巧みさとしか言いようがない。
SFのようでもあり、ホラーのようでもあるが、喪失と再生の物語でもある。人は、失ったものを失ったと自覚できないうちは本当の意味で立ち直ることができないものなのかもしれない。
フィッシュストーリー*伊坂幸太郎
- 2007/05/10(木) 17:16:15
☆☆☆☆・ 「なあ、この曲はちゃんと誰かに届いてるのかよ?」 【fish story】 フィッシュストーリー
伊坂 幸太郎 (2007/01/30)
新潮社
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売れないロックバンドが最後のレコーディングで叫んだ声が、時空を越えて奇蹟を起こす。
デビュー第一短編から最新書き下ろし(150枚!)まで、小気味よい会話と伏線の妙が冴える伊坂ワールドの饗宴。
1)ホラ話。大げさな話。作り話。
釣り師が、自分の釣果を実際より誇張して言いがちなことに由来する。
2)「僕の孤独が魚だとしたら」という一説で始まる小説のタイトル。
同様のフレーズは、「孤独」の部分の言葉を変えて、作中に何度か登場する。
晩年は廃屋にこもり、壁に文章を書き続けたといわれる日本人作家の遺作。
3)三枚のアルバムを残して解散したロックバンドの、最後のアルバムに収録されている楽曲のタイトル。
間奏部分に、一分間に及ぶ無音部分があることで、その是非や意味合いについてが一部で話題となった。
4)この本のタイトル。
ある日本人作家の13冊目の著作にあたるが、2)との関係は不明。
表題作のほか、「動物園のエンジン」「サクリファイス」「ポテチ」
少しずつリンクし、影響されあう四つの物語。
恒例になりつつある(?)伊坂辞書は今回は少し趣向を変えて見返しにまとめられている。
デビュー作品からの登場人物が出てくるということで評判の13冊目でもあるのだが、例によってほとんど記憶を失くしているわたしのような情けない読者にも充分愉しめたので安心した。
相変わらずの軽妙さとほろりとさせる巧みさ、そしてやはり すべてを見渡して采配を下す見えない力の不思議さがみっちり詰まった一冊である。
タイトルに絡められた意味合いがすべて織り込まれ 練り上げられて、絶妙な風味を出している。
嘘つき。――やさしい嘘十話
- 2007/05/09(水) 17:26:00
☆☆☆☆・ 本当は、嘘なんてつきたくない。だけど―。誰かを大切に思うあまりに、ついてしまった嘘。そんな“やさしさ”から零れ落ちてしまった「嘘」が、10人の作家たちによって、小さな物語になりました。ビターで切ない、だけど心があったかくなる十話。 「おはよう」 西加奈子 嘘つき。―やさしい嘘十話
ダヴィンチ編集部 (2006/08)
メディアファクトリー
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「この世のすべての不幸から」 豊島ミホ
「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」 竹内真
「木漏れ陽色の酒」 光原百合
「ダイイヤモンドリリー」 佐藤真由美
「あの空の向こうに」 三崎亜記
「やさしい本音」 中島たい子
「象の回廊」 中上紀
「きっとね。」 井上荒野
「やさしいうそ」 華恵
初読みの作家さんもいたが、なじみのある作家さんの物語は、それぞれがそれぞれらしく寛いで読めた。
やさしい嘘十話、とサブタイトルにあるが、べったりと口の中にまとわりつくような甘さではない。内容紹介にもあるように、あくまでもビターなのである。このほろ苦加減がたまらない。
つかないでいられたらそれが何よりいちばんなのに、大切な人を想うとつかずにはいられない、そんな嘘の切なさと苦しさが絶妙な一冊。
蛇足:表紙の写真は上野樹里さん。
しゃべらない方が素敵に見える気がする。(失礼)
母恋旅烏*荻原浩
- 2007/05/08(火) 17:13:42
☆☆☆☆・ 花菱清太郎が家族全員を巻き込んで始めたのは、レンタル家族派遣業。元大衆演劇役者という経歴と経験を武器に意気揚々と張り切ったものの、浮草稼業に楽はなし。失敗につく失敗に、借金がかさみ火の車。やがて住む家すらも失い、かつての義理で旅まわりの大衆演劇の一座に加わることとなったが。はてさて、一家6人の運命やいかに!? 母恋旅烏
荻原 浩 (2002/03)
小学館
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父である花菱清太郎(旅回りの役者としての芸名)こと菱沼清の行き当たりばったりのいい加減な生き方に振り回される家族の物語、かと思いきや――そういう要素もなくはないが――立派な自立の物語である。
語るのは、清太郎の次男で少々物事の呑み込みの遅くて同年代の者たちから落ちこぼれ気味の寛二(17歳)。見たままをそのまま語る素直すぎる語り口が物語を和ませるのに一役買っている。寛二には兄と姉がおり、姉には赤ん坊の娘もいる。そして美しいが自分の我を通すことをしない母。
父と喧嘩したり、引きずられたり、たまには協力し合ったり、と秦から見ればドタバタ喜劇のような毎日を送る彼等が、それぞれに自分のことを考え 家族のことを思い、少しずつ成長し自立していくのである。
そんな中、母の自立は家族にとって寂しいことに、父と離れることだった。だが、ラストの家族それぞれの成長した姿をきっとどこかで見ているだろうと思いたい。いまのこの家族のもとにならば帰って来てもいいんじゃない?と訊いてみたくもある。
ストロベリーナイト*誉田哲也
- 2007/05/06(日) 16:39:04
☆☆☆☆・
![]() | ストロベリーナイト (文芸) (2006/02/22) 誉田 哲也 商品詳細を見る |
青いシートにくるまれ、放置されていた惨殺死体。警視庁捜査一課の主任警部補・姫川玲子は、直感と行動力を武器に事件の真相に迫る…。熱気と緊張感を孕んだ描写と、魅力的なキャラクター。渾身の長編エンターテインメント。
典型とも言えるキャラクターを配し、テンポよくストーリーが進むのはまさにエンターテインメントなのかもしれない。
横山秀夫氏の描く警察物語とは別物であり、同じ女性刑事を描く乃南アサ氏の音道貴子シリーズとも趣を異にする。
繰り返し犯される殺人は殺人のための殺人であり、その描写は頭の芯を冷たく凍らせ重苦しく胸を圧する。少なくともこのあたりはエンターテインメントにはなりえない。
主人公の女刑事・姫川玲子の前向きな思いでラストは締めくくられているのが救いと言えば救いだが、事件そのものにも、犯人のありようにも、重苦しいものが胸に澱のように沈んだままでもある。
蒲生邸事件*宮部みゆき
- 2007/05/04(金) 16:55:50
☆☆☆☆・ 予備校受験のために上京した受験生・孝史は、二月二十六日未明、ホテル火災に見舞われた。間一髪で、時間旅行の能力を持つ男に救助されたが、そこはなんと昭和十一年。雪降りしきる帝都・東京では、いままさに二・二六事件が起きようとしていた―。大胆な着想で挑んだ著者会心の日本SF大賞受賞長篇。 蒲生邸事件
宮部 みゆき (2000/10)
文藝春秋
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現代から二・二六事件のまさにその日にタイムトリップした高校生・尾崎孝史が語る物語なのだが、主人公が孝史かと問われると そうだと断言するのをためらう気持ちもある。なぜなら、孝史が時間旅行した先の昭和十一年の登場人物たちがみなそれぞれに主役たり得る要素を持っているのである。SFでもあり、ミステリの味付けもあり、ロマンスの香りも微かに漂い、そして 活きた歴史でもあるこの物語には考えさせられるものが多くありすぎる。
時間――歴史と言い換えてもいいかもしれないが――というもののイメージは、多少の横道はあっても一本の道のようなものだという気が漠然としていたのだが、この物語を読んだあとは、トレーシングペーパーのようにうっすらと下が透けて見える薄いものが幾層にも重ねられたような感じかもしれないとも思う。過去と現在とは無関係ではなく、薄紙一枚くらいの距離感で繋がっているのかもしれない。
直線の死角*山田宗樹
- 2007/05/02(水) 17:19:48
☆☆☆☆・ 注目の作家・山田宗樹の第18回・横溝正史賞受賞作、待望の刊行!! 直線の死角
山田 宗樹 (2003/05)
角川書店
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企業ヤクザの顧問を務める弁護士・小早川の事務所に、あらたな事務員として紀籐ひろこが採用される。その当時、小早川事務所は二件の交通事故の弁護を同時に引き受けていた。一件は謝罪の意思の無い加害者の弁護。もう一件は死亡現場に警察の見つけていない証拠の残された事件であった。素人同然のひろこは難航していた二件の糸口を見つけだす。才能あるひろこに次第に惹かれていく小早川であったが、身元を調査した結果は…。究極の女性を好きになった男の深き苦悩と愛情の物語。
まずキャラクターの設定に惹きつけられる。正義の味方とはお世辞にも言えないが一家言ある弁護士の小早川、彼が顧問を務めるヤクザ企業の社長・永田、そして パート事務員として小早川弁護士事務所に新しく雇われた紀藤ひろこなど。それぞれがそれぞれにいい味を出している。
そして、交通事故の被害者と加害者からの別々の依頼がたまたま重なったという設定も自然で無理がなく、しかも互いを補い合って見事である。
内容紹介では、愛情物語のように書かれているが、ロマンスの味付けはあるものの、ミステリとしての謎解きの愉しみもたっぷりと味わえる。
騙し絵の館*倉阪鬼一郎
- 2007/05/01(火) 20:31:08
☆☆☆・・ 過去に怯えながら瀟洒な館でひっそりと暮らす少女。過剰なまでに彼女を守ろうとする執事。そして頑なに作品の刊行を拒むミステリー作家。「額縁の中の男」と名乗る者による、連続少女誘拐殺人事件が勃発するなか、謎めいた彼らの秘密が少しずつ明かされる。張り巡らされた大量の伏線に、倉阪鬼一郎は何を仕掛けたのか? 幻想的な館を舞台に描かれた、詩情溢れる野心的本格ミステリ。 騙し絵の館
倉阪 鬼一郎 (2007/03)
東京創元社
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見方によって内側が外側になり、あるいは裏が表になる。まさにそんな騙し絵のような物語である。
細かい部分で言えば容易に想像がつくことも多々あり、想像し得たことは大体においてその通りだったのが些か物足りなくもあったが、作品全体の構造はとても興味深いものだった。
恩田陸さんの『中庭の出来事』と似た眩惑感もあるが、こちらは消化不良を起こすことなくきっちり落ち着くところに落ち着いているのが違う点だろう。
遠い約束*光原百合
- 2007/05/01(火) 13:16:29
☆☆☆☆・ 駅からキャンパスまでの通学途上にあるミステリの始祖に関係した名前の喫茶店で、毎週土曜二時から例会―謎かけ風のポスターに導かれて浪速大学ミステリ研究会の一員となった吉野桜子。三者三様の個性を誇る先輩たちとの出会い、新刊の品定めや読書会をする例会、合宿、関ミス連、遺言捜し…多事多端なキャンパスライフを謳歌する桜子が語り手を務める、文庫オリジナル作品集。 遠い約束
光原 百合 (2001/03)
東京創元社
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光原百合の名で書かれた吉野桜子の物語である。
祖母の葬儀で久しぶりに会った大叔父さんと幼い日の桜子は、ミステリ好き同士とわかって親しく語り合い、別れ際に ある約束をする。
それから11年が過ぎ、何度も会うことなく大叔父さんは亡くなってしまう。そして、遺言書を見つけるために大叔父の仕掛けた暗号を解読することになるのだった。
浪速大学(なんだい)ミステリ研の個性的な三回生の三人の先輩の手を借りて――というか委ねて――桜子が辿り着いた遺言の内容とは・・・・・。
ミステリ研の三人の先輩のキャラクターがそれぞれとても好い。表紙のイラストでイメージが固定されてしまうのがもったいないほどである。物語は、日常の謎的なミステリ風味の青春物語といった趣でもあり、それがかえって好ましくもある。
素晴らしい先輩たちに巡り会え、素晴らしい遺言を手にした桜子のこれからのことも知りたいと願うのは贅沢だろうか。
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