レインツリーの国*有川浩

  • 2007/07/30(月) 17:25:20

☆☆☆☆・

レインツリーの国 レインツリーの国
有川 浩 (2006/09/28)
新潮社

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きっかけは「忘れられない本」。そこから始まったメールの交換。しかし、かたくなに会うのを拒む彼女には、ある理由があった…。メディアワークス刊「図書館内乱」の中に登場する書籍「レインツリーの国」が実物となった。


『図書館内乱』から生まれた本、というので興味をそそられたのだが、それがなかったとしても立派に独り立ちした物語である。著者ご自身の体験(夫君を介して)や丁寧な取材によって上っ面だけで終わらない内容になってもいるのではないかと思われる。
人と人との係わり合いにおいて、聴力障害者の苦悩はもちろんのこと、健聴者の悩みにまで触れているのに、著者の思いの深さが感じられる。難聴者と健聴者のつきあい、ということ以上に、関係性を決めるのは人として個性と個性とのつきあいなのだ、ということを思わされる。

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より道わき道散歩道*河合隼雄

  • 2007/07/29(日) 20:10:08

☆☆☆☆・

より道・わき道・散歩道 より道・わき道・散歩道
河合 隼雄 (2002/05)
創元社

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今の日本、嘆くべきことばかりではなく、まだまだ面白いことや楽しいことがある。もう少し気楽に、リラックスして自分の人生を楽しもう。『毎日新聞』に連載したコラムのほかに、生きる知恵に満ちた65編のエッセイを収録。


つい先日79歳で亡くなられた臨床心理学者河合隼雄氏の五年前のエッセイ集である。

氏の懐の深をいたるところに感じることのできる一冊と言えるだろう。職業柄ということもあるだろうが、向き合った物事をまず自分の中に取り入れ受け容れて、自分なりに咀嚼してから判断を下す姿勢が、普段の暮らしにも生きていることが見て取れる。
また、考え方の柔軟さにも尊敬を覚える。
子どもについての考察や養生に関する話など、深くうなずかされることが多かった。

部屋にて*石田千

  • 2007/07/28(土) 16:34:51

☆☆☆☆・

部屋にて 部屋にて
石田 千 (2007/06)
角川書店

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死んでさえ、まるきりのひとりぼっちは難しい。触れるものすべてにひそむ記憶や痛み。日々のつらなりのなかに浮かび消えゆくもの。部屋という小さな迷宮に身をおき、日常の物語に深々と視線をすえた24の話を収録。


タイトルは『部屋にて』であり、「部屋のこと」が書かれているわけではない。自身が部屋にいて目に視えることごと、心にみえるあれこれが綴られている。過去に置いてきた誰かや何か、過去から連なっている想いや行い。著者の胸の中をのぞきこんだような一冊である。

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サンタのおばさん*東野圭吾・作 杉田比呂美・画

  • 2007/07/27(金) 11:11:52

☆☆☆☆・

サンタのおばさん サンタのおばさん
東野 圭吾、杉田 比呂美 他 (2001/11)
文藝春秋

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100年以上前の話であるがかつて「サンタクロースって本当にいるんでしょうか?」という趣旨の手紙が、バージニア・オハンロンという当時8つの少女から米ニューヨーク・サン新聞に届き、フランシス・P・チャーチという記者がそれに答えて書いた「社説」(1897年9月21日掲載)が大反響を呼んだ。日本では『サンタクロースっているんでしょうか?』(偕成社)という本になりこれも評判になった。その本が“大人にも読んでほしい子供向けの本”とすれば、『サンタのおばさん』は“子供にも読んでほしい大人向けの本”である。
今年もクリスマスイブが近づいて、恒例のサンタクロース会議が開かれたが、今年は会長勇退の年であり、副会長が新会長に選任され、会長が担当していたアメリカ支部の後任が紹介された。新たに加わることになったサンタは女性。女性サンタを認めるかどうかで、会議は大騒ぎになる――というストーリーだ。

2002年のキーワードは「リセット」だと考えている。2001年の延長は何もない。米国同時テロは世界中の人に「何が起きても不思議はない」とマインドセットすると同時に、あらゆる価値観を一変させた。

この本が示唆するように、きれいごとを言ってもこの地球上には性差別は厳然と存在する。政界・財界・官界・教育界で優秀な女性がチカラを発揮しようとしても、「ガラスの天井」が様々なところに存在することに彼女たちは気づいている。「女性の暮らし快適に」を標榜してユニ・チャームを創業してから、薄型生理用ナプキンを初めて世に出し、(大げさとのお叱りを受けそうだが)高度成長時代に女性の職場への進出を促したのが40年前。20年前には世界初のパンツ型紙おむつを発売して、長時間の家事から解放してショッピングや旅行市場の活性化にも少なからず寄与したと、自負している。

そして今、「女性がサンタになる」という既成概念をリセットした発想と、その実現が必要なのである。リセットは構造改革の必要条件でもある。女性サンタを誕生させてしまうことが改革の第一歩である。例えばアートコーポレーション社長の寺田千代乃さんが、新任のサンタになったら、きっとプレゼントの中身やサンタの仕事のやり方さえも変えてしまうであろうし、サンタクロース会議も随分活気づき斬新なアイデアも出ることであろう。

シニカルな議論も噴出するが、ほっとする結末に諸兄諸姉にはおかしくもほろ苦いお伽話として読んでほしい。もうすぐクリスマス。続きを書いてみたくなる本である。

(ユニ・チャーム会長 高橋 慶一朗)
(日経ビジネス 2001/12/10 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)


70頁足らずの小さな絵本のなかに、なんとみっしり考えさせられることが詰まっていることか、と感心する。それでいて絵本としてもちゃんと成り立っているのだからますます驚きである。そしてしっかりと東野さんテイストであるのも嬉しい。
小さな子どものための絵本というよりは、かつて子どもだった人たちのための絵本というところだろうか。

挿絵と同じ柄のクリスマスカードがつけられているのも嬉しい。

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となりの姉妹*長野まゆみ

  • 2007/07/27(金) 11:00:46

☆☆☆☆・

となりの姉妹 となりの姉妹
長野 まゆみ (2007/03/23)
講談社

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懐かしい場所に、いちばん大切なものがある。
ある日、庭から発見された蛇の石の意味は?
家と家、人と人にまつわる不思議の縁、幼いときの記憶と「今」を結ぶ秘密の架け橋。長野まゆみの新境地を拓く新作長編小説!
姉妹はふたりともいい年頃だ。器量はそこそこで、化粧をすれば美人で通る。

……神童だったわが家の兄が今のような風来坊になったのは、自転車で塾へ向かう途中で雷に撃たれたからだと云う人がある。運よくかすり傷だったものの、3日ほど寝こみ、そのあとで以前とは別人のような性格になった。でたらめな話だが、近所のうわさとはそんなものだ。<本文より>


ごく普通の日常生活が描かれているのにものすごく不思議で、不思議なことだらけなのにとっても日常的な物語。梨木香歩さんのわくわくする不可思議さと北村薫さんの日常の謎のたのしさを併せ持ったような一冊。
キーワードのひとつに「しりとり」があるが、不思議なにおいのするこの絡まりあった物語のなかで、登場する物も人もぐるりとひとめぐり繋がっているのが最後になってストンと腑に落ちる。なぁんだ可笑しなことはまったくなかったんじゃないか・・・と。

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家族趣味*乃南アサ

  • 2007/07/26(木) 18:37:59

☆☆☆☆・

家族趣味 家族趣味
乃南 アサ (1993/08)
廣済堂出版

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僕には緑色の血が流れてる…。救いようのない"時代の病理"ゆえの悲劇。「都会人の異常な心理」(アーバン・シンドローム)を巧みに描いたサスペンス。


表題作のほか、「魅惑の輝き」「彫刻する人」「忘れ物」「デジ・ボウイ」

どの作品の登場人物も、傍から見ればいささか常軌を逸しているのが明らかなのだが、本人だけに自覚がない。あと少し、もう少しだけ、とのめり込んでいくうちにいつしか歯止めが効かなくなってしまう恐ろしさが巧みに描かれている。
正気と狂気の差は、ほんの薄紙一枚ほどのものなのかもしれないと、改めて背筋が寒くなる思いがし、しかも、自分もほんの些細なきっかけさえあれば彼らと同じ狂気に陥るかもしれないと思わせられる恐ろしさをこの物語たちは持っている。

上海少年*長野まゆみ

  • 2007/07/25(水) 18:34:27

☆☆☆☆・

上海少年 上海少年
長野 まゆみ (1995/11)
集英社

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潮の匂いと異国の香り。波止場にたたずむ人々。少年の待ち人は、いつまでたっても現われなかった…。表題作「上海少年」ほか「満天星」「雪鹿子」など全5篇を収載した作品集。


上記のほか、「幕間」「白昼堂々」

世の中に慎みとか恥じらいとかいうものがまだまだ重んじられていた時代の匂いを感じさせる物語たちである。それでいて、そんな囲いをひょいと飛び越えてしまった人びとが描かれてもいる。背景がそんな時代だからこその胸の高鳴りもあるのかもしれない。
著者独特の文字遣いが、隠されたものを陽の下にさらしたくなる衝動を描く助けになっているようにも思われる。

ザ・ベストミステリーズ2006

  • 2007/07/24(火) 19:04:05

☆☆☆☆・

ザ・ベストミステリーズ2006 ザ・ベストミステリーズ2006
日本推理作家協会 (2006/07/11)
講談社

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ミステリーのプロが選んだ2005年最高傑作14篇
日本推理作家協会賞短篇部門本年度受賞作
平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』収録
推理作家なら誰でも、すぐれた短篇ミステリーを書きたいという願いを強くもっている。が、それはもしかすると、すぐれた長篇ミステリーを書く以上に困難な作業である。努力では決してカバーできない、アイデアが“降臨”するための運もまた、作者には必要だからだ。この本におさめられているのは、いずれも日本推理作家協会が認めた、すぐれた短篇ミステリーばかりである。芸と技と思考と思想、そしてアイデアの“降臨”を得た作者の運を、存分に楽しんでいただこう。(日本推理作家協会理事長・大沢在昌)
平山 夢明「独白するユニバーサル横メルカトル」
明川 哲也「影屋の告白」
古川日出男「マザー、ロックンロール、ファーザー」
田中 啓文「挑発する赤」
伊坂幸太郎「死神対老女」
北森 鴻「鬼無里」
道尾 秀介「流れ星のつくり方」
三崎 亜記「バスジャック」
石持 浅海「Rのつく月には気をつけよう」
連城三紀彦「白雨」
米澤 穂信「シャルロットだけはぼくのもの」
遠藤 徹「壊れた少女を拾ったので」
森谷 明子「糸織草子」
あせごのまん「克美さんがいる」


単行本化された作品の一部分だったり、続編だったりするものが多く、既読作品もずいぶんあるが、アンソロジーとして新鮮に愉しめた。
平山夢明氏は初読みだったが、語りが地図の視点というのに驚かされた。

たぶん最後の御挨拶*東野圭吾

  • 2007/07/23(月) 07:55:30

☆☆☆☆・

たぶん最後の御挨拶 たぶん最後の御挨拶
東野 圭吾 (2007/01)
文藝春秋

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打たれ弱かったら作家になんかなってない。文学賞落選記録15回! 「押し続けていれば壁はいつか動く」と信じ続けた20年。年譜、自作解説、映画化、思い出、好きなもの、スポーツ、作家の日々を綴る。


カバー装画・章扉イラストは著者。
「僕がろくろを回すわけ」でこのイラストのわけも判明。
そして、あとがきのタイトルをそのまま本のタイトルにしてしまったあたりに、著者の(エッセイについての)苦笑いが見えてくるようでもある。
年譜からはじまり、自作解説へと進み、来し方のあれこれが綴られているのだが、こんな体験があの作品に繋がったのか とか、そんな心境で書かれた物語だったのか とか、とにかく興味深いあれこれが満載である。
当然のことだが、やはりただのアホ(失礼)ではないと改めて実感し、筋の通った東野流に惚れ直しもしたのだった。

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ジウⅢ―新世界秩序*誉田哲也

  • 2007/07/22(日) 13:33:17

☆☆☆☆・

ジウ〈3〉新世界秩序 (C・NOVELS) ジウ〈3〉新世界秩序 (C・NOVELS)
誉田 哲也 (2006/08)
中央公論新社

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総選挙ただ中の日本―新宿東口で街頭演説中の大沼総理大臣を標的としたテロが発生。大混乱の中、総理に同行していた官房長官が狙撃され死亡するも、警備中の伊崎基子巡査部長らSAT隊員が総理の身柄を確保。安堵する警察上層部だったが、それは、さらなる悪夢の始まりに過ぎなかった。“新世界秩序”を唱える謎の男・ミヤジの歌舞伎町封鎖、その象徴の如く佇むジウ。一体、彼らの目的とは何なのか。捜査本部の一員として、封鎖された歌舞伎町内部の映像を見た門倉美咲巡査は愕然とする―「なぜ、彼女が!?」。ジウの正体、ミヤジの野望、日本全体を覆う闇…。ついに対峙する美咲と基子!今、すべての謎が明らかに!!『ジウ』三部作、完結篇。


追いかけていたのはジウだと思い、ジウにさえ行き着けば自ずとすべてが見えてくるものと思っていたのは大間違いだった。物語はどんどん展開し、深い真髄に向かって動いているのだが、近づけば近づくほど訳が判らなくなり気分は拡散していくようにも思われる。あまりにも荒唐無稽な思想に着いていけないせいかもしれない。むごたらしい描写も多く、もっとスマートに展開して欲しかった気もするのだが、ラストの場面がそれを救ってくれたのが物語全体の雰囲気をも救ったように思われる。

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ジウⅡ―警視庁特殊急襲部隊

  • 2007/07/20(金) 19:52:21

☆☆☆☆・

ジウ〈2〉警視庁特殊急襲部隊 ジウ〈2〉警視庁特殊急襲部隊
誉田 哲也 (2006/03)
中央公論新社

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連続児童誘拐事件の黒幕“ジウ”を威信にかけて追う警視庁。だが、いまだ正体すらつかめない。事件で負傷しながらも実行犯・竹内の取り調べを続ける東警部補と門倉美咲巡査は「新世界秩序」という巨大な闇、そして、さらなる大事件を示唆する彼の自供に戦慄する…。一方、特殊急襲部隊を守る為、警察上層部によりマスコミへ売られた伊崎基子巡査は、交換条件として特進をはたす。巡査部長としてSATから所轄へ異動した基子。しかし、その背後には不気味な影が迫っていた!警察小説の新たな世界を切り拓く「ジウ」第二弾。


美咲と基子の関係、東と美咲の関係、男社会の中の女性としての立場、などなど見るべき要素はたくさんあるが、やはりいちばんの興味は謎の人物「ジウ」の正体だろう。・・・と思って読み進んだのだが、途中に事情の定かではない事件の様子や、謎の人物の独白――どちらものちに明らかにされるのだが――が挿入され、現在捜査中の事件とそれらがどう関わってくるのかと混乱させられる。
そして事件は当初は思いもしなかった方向へと広がりを見せ、少しずつジウに近づくようでいて、その実、さらに混沌にはまり込んでいくようでもあるのだった。
しかも、警察内部にもなにやら不穏な動きが・・・・・。

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メルカトル*長野まゆみ

  • 2007/07/19(木) 21:19:07

☆☆☆☆・

メルカトル メルカトル
長野 まゆみ (2007/04)
大和書房

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「あなた、自分に値段をつけたことある?」「…値段?」「そう。自分の値打ちがどのくらいかってこと」 地図収集館で働く青年リュスの周囲で次々と起こる不可思議な出来事。地図をめぐるロマンティック・ストーリー。


リュスは両親も本当の自分の名前も知らずに救済院で育った孤児である。高校を17歳で飛び級で卒業し、育った街を出てミロナの地図収集館に勤めはじめたのだが・・・・・。
ずいぶんたくさんの登場人物が入れ替わり立ち代りリュスのいる舞台上に現れては彼に関わっていくのだが、最後まで読んで、実際のところ登場人物は何人いたのだろう と思わず指を折ってしまうのだった。
地味で変わり映えのしない日常に地図がもたらしたちょっとした不思議。そしてそれが行き着いたところは自分自身の原点とも言えるところだったのだ。まるで物語り全体がリュスのための地図のようである。

転生*仙川環

  • 2007/07/19(木) 16:48:35

☆☆☆・・

転生 転生
仙川 環 (2006/09/06)
小学館

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フリーライターの深沢岬は、仕事の依頼で待ち合わせたホテルのロビーで、ベビーカーに乗った赤ん坊を目の前にしていた。「その子はあなの娘だ。引き取ってもらいたい」。岬にかかってきた電話の主は、最初から赤ん坊を渡すつもりで依頼者を装い、岬を呼び出したのだった。身に覚えのない岬は激高するが、それがまさか前年、報酬欲しさに違法だと知りつつ提供した自分の卵子から生まれた子だったとは…。第一回小学館文庫小説賞を受賞した『感染』に続く待望の医療ミステリー第二作がいよいよ登場。


章も節も改まらずにいきなり語り手が替わるのには初めのうちなかなか慣れずに戸惑ったが、そこをクリアすれば物語の導入も展開もスピーディーでぐいぐいと惹きつけられる。ただ、どこがどうとは上手く言えないのだが、主人公の岬がいまひとつ身に迫ってこない というのか感情移入し辛い感じがするので、のめりこめずに一歩引いた目線でみてしまうことになったのがもったいないといえばもったいない。

ふじこさん*大島真寿美

  • 2007/07/18(水) 18:54:28

☆☆☆☆・

ふじこさん ふじこさん
大島 真寿美 (2007/06/21)
講談社

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離婚寸前の父と母にはさまれ、何も楽しいことのない毎日を送るリサの前に現れたふじこさんは、乱暴できれいで、あっけらかんとしていて、今まで見たことのない、へんな大人だった…。幻のデビュー作を含む、著者会心の短編集。


表題作のほか、「夕暮れカメラ」「春の手品師」

どの作品も、自分の身の置き所をきちんと見つけられずに不安を抱える少女が主人公である。秋に近い夏の終わりの夕暮れ時のようなさみしさが全編にただよっている。そんななかで、それぞれの作品中の少女たちは、別居中の父の恋人だとか 自分の遺影を求めるおばあさんだとか 街角で出会った不思議な手品師だとかのなかに無意識に自分の探しているものを見つけようとしているのかもしれない。
不幸せなわけではないがなにか居心地の悪い 揺れる季節(年頃)が絶妙に描かれている。
どれもよかったが「春の手品師」が特に好きだった。

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ラストシネマ*辻内智貴

  • 2007/07/16(月) 08:19:44

☆☆☆☆・

ラスト シネマ ラスト シネマ
辻内 智貴 (2004/05/20)
光文社

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この世の生を終えるとき、人はその向こう側へ何を持っていくのだろうか。
昭和40年代のH市、にほど近い田舎町。少年は東京で映画の仕事をしていた雄さんという男性に出会う。雄さんはがんに全身を冒され、町の病院に入院していた。見舞いに行く少年に、雄さんは東京の話や、映画の話を聞かせてくれる。
ふとした会話から少年は雄さんがかつて映画に出演し、台詞のある役をもらっていたことを知る。
雄さんが死ぬ前にどうしてもその映画を見せたい。
題名も知らないその映画を、少年は探そうと決心した――。


表題作のほか、「中村正太郎さんのこと」

どちらの物語もやはり一人の人間のことを他者の目で見つめ、語られた物語である。「ラストシネマ」では死期の迫った雄さんへの熱い想いに駆られた9歳の哲太――主に行動したのは彼の父だが――は過激な行動に出たりもするが、それ以外の部分では実に淡々と静かに語られるばかりである。「中村正太郎さんのこと」では、更にである。そしてそれがなぜかとても心地好い。文字の、文章の向こう側に豊に流れるものがこちら側まで流れ出してくるようなのである。スリルもサスペンスもわくわく感もないのだが、ひたひたと潮が満ちてくるような満足感に浸されるのだ。
哲太が浮世離れした父に投げかけた「なぜ生きているのか」という問いに対する応えが印象深い。

「俺たち人間に有るのはな、生まれて、生きて、死ぬ、この三つの事だけだ。生まれることと、死ぬこと、この二つは、こっちの手に負える事じゃない。俺たちの手元に有るのは、生きる、このことだけだ。これを何とかしたいと、人間は、ああだ、こうだと、いろんな事をやる。――だがな、生きるということの中に、常(いつ)も、生まれたことも、死ぬことも、有るんだ。死ぬことの中に、生きることも、生まれたことも有るんだ。これらは、同時で一つの、いっしょくたのものだ。いっしょくたではじめて成立しているフシギな何かだ。生きる、という、ただそれだけをみて生きてると、人間は、ころぶ。片輪で走り通せるほど、人生は平らな道じゃない。生きることを充分なものにしたいなら、死を想い出す事だ。そうすれば、生きる、ということを想い出せる。そういうものだ」

セイジ*辻内智貴

  • 2007/07/15(日) 13:42:54

☆☆☆☆・

セイジ セイジ
辻内 智貴 (2002/02)
筑摩書房

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純粋であるがゆえに、不器用な生き方しかできない男たち。彼らの思いがけない言葉と行動によって、人びとは人生の真実を知ることができる。太宰治賞最終候補作となった「セイジ」に、書き下ろし「竜二」を加えた、第二作品集。


文体とか言葉遣いとか文字の選び方などに読み始めは少なからず引っかかり――そこが作者のこだわりなのだろうとは理解できるのだが――、物語自体も一人の男のことが淡々と語られるだけで起伏に乏しいように感じられたのだが、読みすすむうちに そこかしこから滲み出してくる 語られる男に対する周りの愛に自分もまるで昔から彼のことが好きだったようなあたたかな気持ちになってくるのだった。
語られる男・セイジのこんな言葉が胸に残る。

「・・・・・人間はよ、カナシクなるほどに、色んな事に気がつくものさ。カナシくなりゃなるほど、色んなものが見えて来もする。日が暮れるにつれて星の光にふと気づく様なものかも知れないな。――星は、いつだって空にあるんだけどよ、明るいうちは見たくったって、見えやしないのさ。――まぁ、星に興味の無い奴は、ずっと陽の当るところに居ればいいがよ、だけど人間は、もしかしたら、星を目にするために生まれてきたんじゃないのかな。・・・・・オレは、そう思う事があるよ」

ジウ―警視庁特殊犯捜査係*誉田哲也

  • 2007/07/14(土) 13:31:57

☆☆☆☆・

ジウ―警視庁特殊犯捜査係 ジウ―警視庁特殊犯捜査係
誉田 哲也 (2005/12)
中央公論新社

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ある夏の午後、都内の住宅街で人質篭城事件が発生した。所轄署や機動捜査隊が現場を固める中、本庁からは、門倉美咲巡査が所属する捜査一課特殊犯捜査第二係も出動。篭城事件や誘拐事件の現場作戦活動を担当するSITは、すぐに犯人との交渉を始める。だが、長引く篭城に、本庁警備部が特殊急襲部隊を待機させ、SITに無言の圧力をかける…。夜を迎え、差入れ役を命じられた美咲は犯人のもとへ向かった―。この瞬間、すべての歯車が回りだし、新たな巨大事件の姿が現れ始める。


いままで読んだことのある警察小説とはまったく別物である。
物語は、警視庁特殊犯捜査係(SIT)の 決して仲がいいとは言えない門倉美咲と伊崎基子それぞれの視点から語られのだが、彼女たちのそんな関係は物語の筋になんら影響を与えはしない。あくまでもそれぞれの立場の違いを浮き彫りにするだけだ。事件は警察内部の人間関係とは関わりなく起こり、絡まり、進んでいく。
密入国者夫婦の間に生まれ、親にも国にも見捨てられた存在として生き延びてきたジウという謎の人物が、事件の核心にいるのだろうということだけは判るが、ジウの姿は一向に確かなものとして見えてこない。そのもどかしさとあいまって物語りはラストに向かってどんどん緊張を高めていくのだが、そこでも巧妙にはぐらかされてしまうのだった。
この後にどんな物語が続いているのか、早く知りたい。

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深き心の底より*小川洋子

  • 2007/07/12(木) 17:06:42

☆☆☆☆・

深き心の底より 深き心の底より
小川 洋子 (2006/10/03)
PHP研究所

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『博士の愛した数式』の著者、小川洋子の作家デビューから10年の間に綴られた初期エッセイ集。金光教の教会の離れで暮らした子供時代、学生時代の思い出、アンネ・フランクへの思い、子育て、そして家族、取材や旅行で訪ねた町の思い出…。何気ない日常生活を描く静謐な文章のなかに、作家が生み出す不思議な世界観を垣間見ることができる。言葉の石を一個一個積み上げたような珠玉の54編。


小川作品の底に常に流れるひんやりとした厳かさの源流にほんの少し手を差し入れて触れることができた心地がする。
死を、生の対極に位置づけるのではなく 生きているがゆえの死であるという死生観は、小川作品を読み解く鍵になるのだと思う。

だいこん*山本一力

  • 2007/07/12(木) 07:43:04

☆☆☆☆・

だいこん だいこん
山本 一力 (2005/01/21)
光文社

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江戸に心から愛されている一膳飯屋がありました。知恵を使い、こころざしを捨てず、ひたむきに汗を流したおんなの生き方。直木賞作家の魅力あふれる細腕繁盛記。


江戸情緒豊な物語である。肩を寄せ合って長屋で暮らす人びとの、躰を張って仕事をする職人たちの、さまざまな江戸の人びとの息遣いすら感じられるようである。
長屋に暮らす通い大工の安治の長女として生まれたつばきは、幼いころから自分の目で見た両親や長屋の大人たちのあれこれを、自分の頭で考えて自分の行いに活かす子どもだった。そのことが、どんな立場に立たされても自分の行く道を見失わない強さになっているのだろう。自分の目で見たことを自分の頭で考えることの大切さを改めて思わされる。
つばきが知らず知らず身につけたそんな生きる知恵が、年若くして一膳飯屋を構えるときにも、なにか岐路に立たされたときにも、自然と手が差し伸べられる理由のひとつでもあるのだろう。そして、他人に頼るときにはきっちりと頼ることができるというのもつばきの偉いところだろう。
一膳飯屋「だいこん」の洗い場に人を雇う折に周旋屋からもらったアドバイスもそのうちのひとつである。

人定めのコツ――

笑顔がきれいなひと。

骨惜しみをせず、腰が軽いひと。

声が明るいひと。

好き嫌いを言わず、出されたものは残さずなんでも食べるひと。

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マジシャン*松岡圭祐

  • 2007/07/10(火) 18:36:21

☆☆☆☆・

マジシャン マジシャン
松岡 圭祐 (2002/09)
小学館

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目の前でカネが倍になる―。参考人たちが口を揃えてこう証言する奇妙な詐欺事件に、警視庁捜査二課の警部補・舛城徹は困惑していた。手品めいたトリックの匂いを感じた舛城の捜査に引っ掛かる、プロ用のマジックショップ。その社長を追った舛城の前に、マジシャンを志す一人の少女が現れる。その少女が語ったカネが倍に増えるトリックとは?警視庁に通報される金融関連詐欺事件の大半は立件できないという。中には「奇術詐欺」とも呼べる、凝ったトリックを使った事件も少なくない。余人の想像を絶するその手口とは?そしてその発案者の実像は?「人を騙すこと」を業とする「奇術師」対「詐欺師」の目くるめく頭脳戦。

「本書に描写されたトリックは、現職の刑事の方々にお見通しいただき、実際に詐欺として被害者を騙しうるものであることを保証してもらっている」(著者)。


疑いを抱いていてさえ巧妙にだまされてしまう詐欺商法。本書を読むと、マジックがどれほど悪用されているのかが手に取るようにわかって恐ろしくなる。
警視庁捜査二課の舛城、マジシャンを目指す15歳の少女・沙希、十年前、舛城に詐欺商法で逮捕され いまは沙希の親代わりの飯倉。主要な三人の心の動きや、トリッキーな詐欺商法の手口が次々に暴かれるのも興味深い。
そして、舛城たちの捜査と時を同じくして捜査二課が本腰を入れていたコンピュータウィルスによる銀行破綻計画の阻止という命題とがラストで見事に撚り合わされて解きほぐされていく。解決編はそれまでの積み重ねに比べてあまりにあっけない気がしなくもないが、解決するときというのはそんなものかもしれないとも思う。
沙希の未来への展望とマジシャンとしての誇りが、裏切りという大人のずるさに負けないでくれることを祈らずにいられない。

疾風ガール*誉田哲也

  • 2007/07/08(日) 14:00:34

☆☆☆☆・

疾風ガール 疾風ガール
誉田 哲也 (2005/09/29)
新潮社

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あたしが連れてってあげるよ、ビートと熱狂の果てまで――
あたし、夏美。19歳、んでギタリスト。愛器の真っ赤なギブソンで、大好きなメンバーとぶっ飛んだライブの毎日……ずっと続くと思ってた。魂の底からリスペクトしてたボーカルの薫が、突然自殺するまでは。真実を確かめなきゃ、死んだなんて認めない! 気弱な29歳の芸能マネージャー・祐司を引き連れ、今あたしは走り出す――

宮原祐司29歳は、ミュージシャンの道を諦め、巨乳グラビア・タレントを抱える「フェイス・プロモーション」に入社した。しかしある日、偶然目にしたアマチュア・ロックバンド「ペルソナ・パラノイア」のライブに衝撃を受ける。ギタリストの夏美は19歳。他のメンバーを従えて、大物の雰囲気十分。そのセンスに惚れた祐司が夏美をスカウトしようと必死になる中、突然ペルソナのボーカル・薫が謎の自殺を遂げる。一体なぜ――? 
夏美と祐司が真実を追いかけ大疾走、ロック&ガーリー系青春文学誕生!


疾風ガールとは 夏美を表わすのになんとぴったりな言葉だろう。音楽を躰中で愉しみつつも自分の才能を充分自覚し、天辺に登りつめようという欲もある。だがその駆け抜けるような勢いが他者にもたらす脅威についてはまったく気づかず、他者を踏み台にしてこその天辺だということにも無自覚だった。
ミュージシャンを目指しながら自分の才能の限界を悟り、サラリーマンとして巨乳アイドルのスカウトをしている祐司がそんな夏美に惚れこんだのも当然のことだろう。上り坂の途中にいる夏美と上ることをやめてしまった祐司との対比も興味深い。
そんな彼らが二人して追うことになったのは、突然命を絶ったペルソナのボーカル薫の死の謎だった。城戸薫はどうやら偽名で、薫のことは何もわからないに等しかった。
薫は夏美が最も尊敬するミュージシャンでもあったが、たぶん夏美が天辺に行くために踏み台にされる彼女以外のすべてのミュージシャンでもあったのだ。
それぞれがそれぞれの胸のうちで薫の死と決着をつけて一歩前に踏み出すラストは、夏美らしく 祐司らしく 誰もが自分らしくて潔かった。
夏美の元のバンド仲間のマキの言葉が印象的である。

一人でも輝けるあんたには、周りの人間が、自分と同じくらい輝いて見えちゃうのかもね。有頂天だからね、夏美は。でもね、周りが輝いて見えるのは、それはあんたが照らしてるからであって、その人の背中は、実は真っ暗になってるってこと、あるんだよ。そのどす黒い闇が、あんたからは死角になってて見えないんだよ

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水上のパッサカリア*海野碧

  • 2007/07/06(金) 20:43:31

☆☆☆☆・

水上のパッサカリア 水上のパッサカリア
海野 碧 (2007/03/20)
光文社

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腕の良い自動車整備工・大道寺勉は3年半前からQ県にある湖畔の借家で、一回り近く年下の片岡菜津と穏やかに暮らしていた。半年前、暴走族の無理な追い越しによる交通事故に巻き込まれ、菜津が死んだ--。菜津が育てた飼い犬と静かな暮らしを続けていた11月のある日、勉が帰宅すると昔の仲間が家の前で待っていた。菜津は謀殺されたのだという、衝撃的な事実を携えて…。

圧倒的な文章力に緻密な描写力。満場一致で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した快作! 次作が待ち望まれる大型新人、登場。

【第10回日本ミステリー文学大賞新人賞 選評より】
有栖川有栖氏:読み始めてすぐに、これが受賞するだろう、という手応えを感じた。

北村薫氏:読後、思わず、「パッサカリア」のCDを探し、かけてしまった。要するに、そうさせるだけの作品であった。

高橋克彦氏:海野さんは間違いなく書ける力を持った人で、安心して推薦できる。

田中芳樹氏:文章力、描写力、人物造形力等において、他の候補作を圧倒していた。


冒頭の大道寺勉と菜津の朝のひとコマの描写があまりにも平凡な幸せに満ちあふれたものなので、それがいまはもう失くしてしまったものだと判ったときの切なさは言葉にならない。そしてそんな幸せのさなかにいるときでさえも、それが長くは続かない予感のようなものを常に感じさせらたのは、菜津の自信のなさのせいだけではなかったのだった。
その後に続く勉の歩いてきた道の険しさと 現在までの道のりの遠さには目眩がしそうになる。ほんの一時も緊張の糸を緩ませることのない人生の過酷さ。
物語は生き残りをかけた裏社会を描くハードボイルドなのだが、菜津という無垢な存在ゆえに切ないラブストーリーにもなっていて、ハードボイルドの苦手な読者にも充分愉しめる一冊になっている。

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ねにもつタイプ*岸本佐知子

  • 2007/07/05(木) 12:46:59

☆☆☆☆・

ねにもつタイプ ねにもつタイプ
岸本 佐知子 (2007/01)
筑摩書房

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観察と妄想と思索が渾然一体となったエッセイ・ワールド。
ショートショートのような、とびっきり不思議な文章を読み進むうちに、ふつふつと笑いがこみあげてくる。

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私はいま、目の前にあるこの英語の文章の意味について、一心に考えなければならない。
だがそう思うそばから、ついついコアラの鼻について考えてしまうのである。
あの鼻。材質は何でできているのだろう。
何となく、昔の椅子の脚の先にかぶせてあった黒いゴムのカバーに似ている気がする。
触ったらどんな感じだろう。カサカサしてほんのり温かいだろうか。
それとも案外ひんやり湿っているだろうか。 (「Don't Dream」より)


子どものころのこと、現在のこと、ある物のこと、漠然とした気分のこと・・・・・。題材はさまざまだが、ちょっと不思議なあれこれがいろとりどりに詰め込まれた一冊である。缶入りドロップスのように、次はどんな味の一粒が出てくるのかとてもたのしみである。
なんとなく共感できてしまうことがあちらこちらにでてくるのも愉しく可笑しい。

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最愛*真保裕一

  • 2007/07/04(水) 17:12:52

☆☆☆・・

最愛 最愛
真保 裕一 (2007/01/19)
新潮社

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十八年間音信不通だった姉が、意識不明で救急病院に搬送された。重傷の火傷、頭部の銃創。それは婚姻届を出した翌日の出来事だった。しかも、姉が選んだ最愛の夫は、かつて人を殺めた男だという……。姉の不審な預金通帳、噛み合わない事実。逃げる男と追う男。「姉さん、あなたはいったい何をしていたんだ……」慟哭の恋愛長編。


冒頭の幸福感にあふれたシーンから一転、両親の事故死によって別々に育ち、ある事情で長い間音信不通に等しかった姉・千賀子の重態の報せ。その後の畳み掛けるような状況説明・・・・・。この辺りまではとてもテンポがよく、次の展開に興味津々だったのだが、弟・悟郎が経緯を調べ始め 次々と過去のあれこれが明るみに出されるにつれて、段々と都合のよさばかりが目立ってきたような気がする。なんとなく完全燃焼できなかったような中途半端な読後感である。

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あかね空*山本一力

  • 2007/07/03(火) 17:09:00

☆☆☆☆・

あかね空 あかね空
山本 一力 (2001/10)
文藝春秋

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京から江戸に下った豆腐職人・永吉一家二代の有為転変に、かけがえのない家族の絆を描く入魂の書き下ろし時代長篇。


江戸の長屋や職人の暮らしようが興味深い一冊である。そして、夫婦・親子・兄弟・長屋の住人たち・得意先・同業者など、毎日の暮らしに否応なしにかかわる人たちとの心の通い合いや意地の張り合いなどがつぶさに描かれていて惹きこまれる。
はじめにテレビドラマのように目に見える事実が描かれ、あとから――思い出語りだったり 他人への説明であったりと状況はそのときどきで違うが――そのときの事情や心情が明かされ、そうだったのかと納得させられる。それも、別の場で別の人物の立場で語られると、同じ出来事にもまた別の想いが織り込まれていたりして、人が生きていくことの一筋縄でいかないさまがもどかしくもあり愛しくもなる。
根っこのところに他人を思いやる心がしっかりとあることがこちらの気持ちをもあたためてくれる。

ミハスの落日*貫井徳郎

  • 2007/07/02(月) 07:09:21

☆☆☆☆・


貫井 徳郎 / 新潮社(2007/02/21)
Amazonランキング:111793位
Amazonおすすめ度:


突然の呼び出しは、面識のない相手からだった。名前だけなら誰でも知っている会社の創業者で財界の実力者。不可解な思いを抱きつつ訪問すると、年老いた紳士は、ある事件について語り始めた。私の母が関わっていたとされる、三十年以上も昔の、信じがたい密室殺人の真相を……。表題作他、五つの都市に響き渡る、五つの悲鳴。


表題作のほか、「ストックホルムの埋み火」「サンフランシスコの深い闇」「ジャカルタの黎明」「カイロの残照」

五作中三作は、それぞれ別のアンソロジーで既読だったが、こうして外国が舞台の短編だけを続けて読むと、「場」の持つ力のようなものを感じる。同じストーリーのものを書いたとしても舞台が日本だったならもっと粘っこく絡みつくようなものになったのでは、と思う。それぞれの舞台設定が生きている。
そして、いつもながら最後の最後に明かされる捻りの効いた種明かしが絶妙である。この感覚を味わいたいために貫井作品を読むと言ってもいいかもしれない。

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