マダムだもの*小林聡美

  • 2007/08/31(金) 17:10:05

☆☆☆・・

マダムだもの (幻冬舎文庫) マダムだもの (幻冬舎文庫)
小林 聡美 (2005/06)
幻冬舎

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オットのドタキャンでひとりで出かけた結婚記念旅行、夫婦で長生きのための地味な食事、生ゴミ処理機からの異臭問題、犬の躾に発揮する「武士道精神」、イギリス旅行での「タイタニック事件」…。愛するオットと二匹の猫に大きな犬も加わって、女優でマダムの相変わらずのお気楽人生は続く―。つつましくも笑える日常を綴った名エッセイ。


画面で拝見するイメージどおりのエッセイで、なんとなくうれしくなってしまった。勝手に親近感を抱いてしまうような、もしもご近所でお見かけしたら、うっかり声をおかけしてしまいそうな気分である。マダム小林おひとりでも充分魅力的だが、ご夫婦という単位でもますます素敵に思えるのだった。

しずく*西加奈子

  • 2007/08/30(木) 17:48:14

☆☆☆☆・

しずく しずく
西 加奈子 (2007/04/20)
光文社

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『さくら』『きいろいゾウ』の西加奈子、待望の最新刊は初めて
の短編集!
・・・・・・・・・・・・・・
そうか、あなたがいたんだ。

迷っても、つまずいても、泣きそうでも。
人生って、そう悪くない
・・・・・・・・・・・・・・

・幼なじみ
・三十女と恋人(バツイチ)の娘
・老婦人と若い小説家
・旅行者と嘘つき女
・二匹の雌猫
・母と娘
少し笑えて、結構泣ける、「女どうし」を描く六つの物語


表題作のほか、「ランドセル」「灰皿」「木蓮」「影」「シャワーキャップ」

何気ないようであって、なかなかないかもしれないとも思えるシチュエーションの物語たちである。そんな関係性の選び方がべたべたしすぎずにそこはかとない共感を呼ぶ理由のひとつかもしれない。
軽く読みながら、ときにクスリと笑い、振り返ってジンと胸に沁みる。

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家日和*奥田英朗

  • 2007/08/29(水) 17:05:28

家日和家日和
(2007/04)
奥田 英朗

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ネットオークションにはまる専業主婦。会社が倒産し、主夫となる営業マン。夫と妻。ちょっとずれていて、でも愛情がないわけでなく…。ずっと外にいた夫の王国か。ずっと家にいた妻の城か。ビター&スウィートな「在宅」小説。


「サニーデイ」「ここが青山」「家においでよ」「グレープフルーツ・モンスター」「夫とカーテン」「妻と玄米御飯」という六つの在宅小説。
要するに家に居る人の物語なのだが、ひとことで家に居ると言ってもずいぶんさまざまな「家に居方」があるものだなぁと、まず再認識させられる。そして、自分が家に居るということの捉え方もたぶん人の数だけあるのだろう、と。在宅で仕事をする小説家ならではの着眼点とも言えそうである。それぞれにピリリとスパイスも効いており、さすがである。

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こころの処方箋*河合隼雄

  • 2007/08/28(火) 18:19:22

☆☆☆☆・

こころの処方箋 こころの処方箋
河合 隼雄 (1992/01)
新潮社

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臨床心理学者であり幾多のカウンセリングを手がけた著者が、普段私たちがこころのどこかでは納得しているが、なかなかことばにできないような常識をエッセイとしてまとめたものである。その内容は26作目を数える上前淳一郎の人気シリーズ「読むクスリ」に通じるものがあり、人々の疲れ気味のこころを癒してくれる。
各章の目次タイトルは、「人のこころなどわかるはずがない」、「危機の際には生地がでてくる」「『理解ある親』をもつ子はたまらない」、「心の支えがたましいの重荷になる」など格言風に小気味よくまとめてあり、著者の専門家としての豊富な経験から調合された薬効ある文章が読者に語りかける。

また著者は遠藤周作の『生き上手、死に上手』から得られた「呪文」ということばを念頭に置き本書を手がけたという。「正しいとか正しくないとか、教えられるというのではなく「呪文」を唱えていると心が収まるのである」と著者は語り、自らも本書目次タイトルの1つを「唱えて」いるそうである。読者は自分の心に残った目次の言葉を選び、自分だけの「呪文」として楽しむことができるかもしれない。こころが少し風邪をひいてしまったなと思う読者や、自分自身の常識や創造性を振りかえってみたい読者には頼りがいのある1冊となるだろう。(青山浩子)


上記紹介文にもあり、著者自身もあとがきで書いているように、本書には何も特別なことは書かれていない。どれもがフムフムとうなずかされるようなことばかりである。それなのに、文字としてそれを読むとなぜか肩の力が抜けるように安心感に包まれるのである。これこそがタイトルの「処方箋」ということであろうか。

歳時記を生きる*岸本葉子

  • 2007/08/27(月) 17:27:48

☆☆☆☆・

歳時記を生きる 歳時記を生きる
岸本 葉子 (2004/04/07)
中央公論新社

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がんを経験した著者が退院後にたどり着いた境地とは。生きとし生けるものとして季節の移り変わりを敏感に捉えながら、不安と期待の毎日をけなげに生きる様を描く。


現代の日本で歳時記といわれても、自分の日常に照らして考える人はずいぶん少なくなっているのではないだろうか。本書は一般的にいわれる歳時記よりも一段と著者の日常生活にひきつけて書かれたものであり、その月ごとの暮らしぶりが目に見えるようで親しみを覚える。
『がんから始まる』でも思ったことだが、お父さまとの関係もとても素敵でうらやましいくらいである。お父さまのお人柄が本書でも垣間見られてなおさらその感を強くした。
季節のうつろいのひとつひとつを大切に、そして軽やかに生きる在り方には胸を打たれる。

がんから始まる*岸本葉子

  • 2007/08/27(月) 07:21:08

☆☆☆☆・

がんから始まるがんから始まる
(2003/10/19)
岸本 葉子

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エッセイストである著者は、40歳で虫垂がんと診断された。しかも、S状結腸に浸潤。手術後、約2年が経つが、再発の不安はいつも頭から離れない。あすをもしれぬ生活を余儀なくされたとき、人はどのように生き、何を考えるのか。仕事は?家族は?自分らしくあるために、サポートグループに入会、漢方、食事療法、行動療法…エッセイストがつづる、渾身のがん闘病記にして、静謐なこころの軌跡。


ご自身はご自分のことを「弱い」と書いていらっしゃるが、なんて強いのだろう、というのがまず最初に感じたことだった。それは、むやみやたらと強いという意味ではなく、自身の弱い部分までをきちんと見極めて言葉にしてしまえるという強さである。そしてまた、がんを告知された瞬間から、じたばたしながらもきちんと道筋を自分で決めてこられたということでもある。自分の主体をがんなんかに乗っ取られてたまるかという反骨精神(?)には闘病という局面でなくても教えられることがある。タイトルにもそれが現れていると思う。

八つの顔を持つ男*清水義範

  • 2007/08/25(土) 16:42:47

☆☆☆・・

八つの顔を持つ男 八つの顔を持つ男
清水 義範 (2000/09)
朝日新聞社

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松本正幸、静岡県出身の五十歳。旭教育図書出版の電子メディア部長で、妻と一男一女の平凡な家庭を営む―。様々な『顔』を持つ松本をめぐる、企業小説でラブストーリーでサスペンスで、はたまたホームドラマでもある奇妙な連作長篇。


タイトルを見て、どんなサスペンスフルな物語なのだろうかと思ったのだが、松本正幸というどこにでもいる中年の男の物語だった。
こう書いてしまうと身も蓋もないが、ひとりの取り立てて特別なところのない人間でも一冊の物語になるということの証明にもなっている気がする。「秘密」の顔はいただけないが、だれもがいまもいくつもの顔を使い分けて生きているのである。

ぐるぐる猿と歌う鳥*加納朋子

  • 2007/08/24(金) 17:13:31

☆☆☆☆・

ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)ぐるぐる猿と歌う鳥 (ミステリーランド)
(2007/07/26)
加納 朋子

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5年生に進級する春、北九州の社宅へ引っ越した森(シン)。東京ではいじめっ子の乱暴者というレッテルをはられ嫌われ者だったが、引っ越し先の社宅の子どもたちは森を受け入れてくれた。でもこの社宅には何か秘密が…。


森(シン)が5歳のときほんの一時仲良く遊んだ女の子とそのこと一緒のときにさらわれそうになった怖い記憶。乱暴者のいじめっ子としてしか見られなかった東京での小学生時代。そして5年生になるときに父の転勤で北九州の社宅に引っ越すことになったのだった。社宅の子どもたちは、シンをそのまま受け入れてくれ、しかも謎の少年パックとの不思議な関係をも知ることになる。
無邪気な子ども時代の思い出のひとコマなどとひと括りにしてしまえない数々のことが含まれており、子どもというのはなんと自由で、反面なんと弱く不自由なものなのだろうと思わされもする一冊である。

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メランコリー・ララバイ*安西水丸

  • 2007/08/24(金) 13:19:59

☆☆☆・・

メランコリー・ララバイメランコリー・ララバイ
(1998/05)
安西 水丸

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雪の道を青山通りへと歩いた。風が吹いてケヤキの枝の雪が落ちた…。僕はベニー・カーターの曲を口ずさみながら歩いた。1960年代の光景とともに、懐かしく、そして切なく描かれる自伝的な青春小説。


フィクションとして書かれてはいるが、おそらくかなりな部分が現実にあったことなのではないかと想像される一冊である。60年代を社会人として、それも広告業界に籍を置く社会人として生きるひとりの男の華やかさに乗じ切れない少しさみしげな背中を見せられるような物語でもある。

木洩れ日に泳ぐ魚*恩田陸

  • 2007/08/22(水) 17:16:48

☆☆☆☆・

木洩れ日に泳ぐ魚 木洩れ日に泳ぐ魚
恩田 陸 (2007/07)
中央公論新社

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一組の男女が迎えた最後の夜。明らかにされなければならない、ある男の死。それはすべて、あの旅から始まった――。運命と記憶、愛と葛藤が絡み合う、恩田陸の新たな世界


朝になればこの部屋を出て右と左へ別れ別れに歩いていく。そんな二人の最後の一夜の物語である。
時間にすれば短いのだが、二人はなんと遠くまで行って帰ったのだろう。アパートの一室にいながらなんと遠くまで出かけてきたのだろう。物語の冒頭に出てくる写真の持つ意味が短くて長いこの物語を経たラストで、こんな風に見えてくるとは思ってもいないことだった。
脳の襞のすきまに埋もれたまま忘れ去られようとしていた記憶の旅とも言える物語だった。

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赤朽葉家の伝説*桜庭一樹

  • 2007/08/22(水) 17:12:55

☆☆☆☆・

赤朽葉家の伝説 赤朽葉家の伝説
桜庭 一樹 (2006/12/28)
東京創元社

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「山の民」に置き去られた赤ん坊。この子は村の若夫婦に引き取られ、のちには製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれて輿入れし、赤朽葉家の「千里眼奥様」と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。――千里眼の祖母、漫画家の母、そしてニートのわたし。高度経済成長、バブル崩壊を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる3代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の血脈を比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。2006年を締め括る著者の新たなる代表作、桜庭一樹はここまで凄かった!

・・・

みなさん、鳥取県紅緑村から、こんにちは。桜庭一樹です。
 この『赤朽葉家の伝説』は2006年の4月から5月にかけて、故郷の鳥取の実家にこもって一気に書き上げました。わたしは山奥の八墓村っぽいところで生まれ育って、十八歳で東京に出て、小説家になりました。昭和初期で時が止まったようにどこか古くて、ユーモラスで、でも土俗的ななにかの怖ろしい気配にも満ちていて。そんな故郷の空気を取り入れて、中国山脈のおくに隠れ住むサンカの娘が輿入れした、タタラで財を成した製鉄一族、赤朽葉家の盛衰を描いたのが本書です。不思議な千里眼を持ち一族の経済を助ける祖母、万葉。町で噂の不良少女となり、そののちレディースを描く少女漫画家となって一世を風靡する母、毛毬。何者にもなれず、偉大な祖母と母の存在に脅えるニートの娘、瞳子。三人の「かつての少女」の生き様から、わたしたちの「いま」を、読んでくれたあなたと一緒に、これから探していけたらいいなぁ、と思っております。
 実家での執筆中、気分転換にと庭に出たら、犬に噛まれました。(甘噛みではありません)屋内では猫に踏まれました。あと、小腹がすいたと台所で冷蔵庫の中を物色していたら、父に「こら、ゴン!」と、犬と呼び間違えられました。執筆のあいだ、いろいろなことがあり、いまではなつかしい思い出です。          桜庭一樹


赤朽葉一族を千里眼奥様であった祖母・万葉の目を通してその孫・瞳子に語らせるという一風変わった手法で描かれたこの物語は、赤朽葉家の物語であると同時に、昭和という時代の物語でもあるように思う。もはや近代史と化した感のある昭和という激動の時代の風物が、万葉がそこに生きることによって目の前に手触りさえ感じられるほど近く息づいているのを感じることができるのである。
そしてさらに、タイトルに伝説と銘打たれており、万葉やその子どもたちの時代は確かにもはや伝説と呼べるのかもしれないが、「いま(現在)」を生きる瞳子はまさに現在進行形であり、脈々と受け継がれてきた赤朽葉家の伝説がまだ終わってはいないのだと思わせてもくれるのである。

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夜想*貫井徳郎

  • 2007/08/20(月) 17:41:59

☆☆☆☆・

夜想夜想
(2007/05)
貫井 徳郎

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あたしはずっと、夜の中にいました。

救われる者と 救われない者。

名作『慟哭』から十四年。ふたたび<宗教>をテーマに、魂の絶望と救いを描いた雄渾の巨編。


交通事故で妻と娘を一瞬にして失った雪藤は、何事にも意欲を失い抜け殻のようにただ日々を生きていた。そんなとき、偶然落とした定期入れを拾ってくれた天美遙は、雪藤を「かわいそう」と言って涙を流したのだった。遙は物に触れるとその人のことがわかる不思議な力を持つ女性だった。雪藤は彼女に自分の悲しみを解ってもらえたことで救われたと感じ、彼女の力がもっと多くの人を救うようになれば・・・と願う。それが次第に形になり、<コフリット>という組織になるにつれて、さまざまな問題も起こってくるのだった。
一方で子安嘉子は、愛を注いで育てた娘が自分を裏切って家を出て行ってしまい、東京へ探しに出てくるが、なかなか思うような結果が出せずに占い師にまで頼るようになり、ふと見た雑誌で遙のことを知るが・・・。

帯には宗教がテーマと謳われているが、テーマとなっているのは宗教という概念ではなく、苦しみや悲しみと自分の中でどう向き合うかということではないかと思う。そのきっかけが雪藤であり遙なのではないだろうか。
そしてまたもや貫井流の捻りが見事である。誰の目で見るか、誰の心に寄り添うかによって、物事はこうも別の一面を見せるのである。
ラストの場面のそのあとからこそが、遙にとっても雪藤にとっても救いになりますようにと祈らずにはいられない。

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富士日記 上・中・下*武田百合子

  • 2007/08/18(土) 08:54:31

☆☆☆☆・

富士日記〈上〉 (中公文庫) 富士日記〈上〉 (中公文庫)
武田 百合子 (1997/04)
中央公論社

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夫武田泰淳と過ごした富士山麓での十三年間の一瞬一瞬の生を、澄明な眼と無垢の心で克明にとらえ天衣無縫の文体でうつし出す、思索的文学者と天性の芸術者とのめずらしい組み合せのユニークな日記。昭和52年度田村俊子賞受賞作。


富士日記〈中〉 (中公文庫) 富士日記〈中〉 (中公文庫)
武田 百合子 (1997/05)
中央公論社

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並はずれて奇抜で誰も思い及ばぬ発想のなかで、事物の核心をすべて喝破する、いわば生まれながらの天性の無垢な芸術者が、一瞬一瞬の生を澄明な感性でとらえ、また昭和期を代表する質実な生活をあますところなく克明に記録する。


富士日記〈下〉 (中公文庫) 富士日記〈下〉 (中公文庫)
武田 百合子 (1997/06)
中央公論社

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夫武田泰淳の取材旅行に同行したり口述筆記をしたりする傍ら、特異の発想と感受と表現の絶妙なハーモニーをもって、日々の暮らしの中の生を鮮明に浮き彫りにし、森羅万象や世事万端を貫く洞察により事物の本質を衝く白眉の日記。


そもそも、公開することをまったく念頭におかずに書かれた極私的な日記である。書くことは苦手だという著者が、その日食べたものや心に留まったことを書き付けておけばいいのだ と、夫・泰淳に勧められて始めたことなのである。そして夫のアドバイスどおりに、その日の買い物や食べたものがそのまま書き付けられていて、言ってみればただの覚書なのだが、不思議なことにそれに留まらずにさまざまなことを想わせてくれるのである。
見たまま思ったままが綴られているので、ときに残酷だったり差別的だったりもし、それがまた生きた人間臭さを感じさせてくれる。この人は、ここで確かに喜び、憤り、愛し、愛されて生きているのだ、ということが手に触れられそうな現実感を持ってくる。
読むほどに味わい深さがより深まる一冊である。

硝子のドレス*北川歩実

  • 2007/08/09(木) 19:29:11

☆☆☆☆・

硝子のドレス (新潮ミステリー倶楽部) 硝子のドレス (新潮ミステリー倶楽部)
北川 歩実 (1996/03)
新潮社

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「一ヵ月8kg減で、誰もが理想体重に」ダイエット美女を決める最終選考まで、あと二ヵ月。夏のヒロインを選ぶコンテストの幕が開いた。今度こそ、絶対に生まれ変わってみせる。痩せてみせるわ。たとえ「私」を殺してでも…。「あなたは私のことを何も知らない。愛してたなんて嘘よ」そう言い捨てて、恋人は姿を消した。手掛かりを捜すうちに浮かび上がる、恋人の偽りに満ちた過去と、ダイエットコンテストの謎。もし、痩せられなければ、私には、帰るところがないの…。「もう、駄目かもしれない…。今度リバウンドしたら、その時、私は…」デビュー作『僕を殺した女』に続く驚異の第二作。華やかなダイエットコンテストに渦巻く謎と、深まる狂気を描く本格的心理サスペンス。


女性なら程度の差こそあれ惹きつけられてしまうキャッチコピーを掲げるサニースリムセンター。ヒロインコンテストと銘打って、何人もの女性を健康的にダイエットさせることに成功し、コンテストの女王を主役に映画まで作るという。そんな夢のようなヒロインコンテストの二回目には二万人を越える応募者があった。

必死にダイエットの成功を望む何人かの女性、恋人に突然去られた男、ダイエットプログラムのトレーナーの女。はじめはそれぞれの思惑がそれぞれに語られ、それらが次第にねじれ絡まりあって複雑な組み紐のようになっていく。
物語が何を追っているのか、前半ではなかなか判らないが、物語が進むに連れてもやもやとしたものが固まって段々形になっていくようで胸が騒ぐ。だが結末は、想像を超えたものだった。
永井するみ作品を思い出させられるような一冊だった。

101個目のレモン*俵万智

  • 2007/08/08(水) 17:16:13

☆☆☆・・

101個目のレモン 101個目のレモン
俵 万智 (2001/09)
文藝春秋

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弟が結婚したり、自分は結婚しなかったり、21世紀になったり、3冊目の歌集を出したり。本や絵画や芝居への愛に満ちた最新エッセイ集。


俵万智さんの短歌は好きなのに、エッセイを読むと反発したくなるのはなぜだろう。特に恋愛が語られているときにぞわぞわと違和感が感じられてならない。どうやらあまり相性がよくないようである。

コドモノクニ*長野まゆみ

  • 2007/08/07(火) 13:12:41

☆☆☆☆・

コドモノクニ コドモノクニ
長野 まゆみ (2003/04)
河出書房新社

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「これから三十一年たつと 二十一世紀になるんだって」

「マボちゃんは、何になりたいの。なりたい仕事があったら、黙ってるのよ・・・・・
誰にも云わないでいると、きっと希みが叶うわよ」

チロリアンテープ、四つ葉のクローバー、ギンガムチェック、フィンガービスケット、万博、新幹線・・・・・
“未来”があった時代の子どもたちが甦る待望の連作小説。


「小鳥の時間」「子どもだっていろいろある」「子どもは急に止まれない」の三章からなる。

最初から最後までエッセイだとばかり思って読んでいたのだが、読み終えて帯を読むと「連作小説」とあってびっくり。小説だったのだ。
だが、著者とほぼ同年代のわたしにとっても、ここに書かれていることは懐かしく思い出されることが多く、漠然とだったにしろいろいろな未来が疑いようもなく開けていたあのころが甦ってくるのだった。まるで色や匂いや手触りまでもがあの時代そのままで、自分が子どもにかえって物語の世界にいるような心地になった。

向日葵の咲かない夏*道尾秀介

  • 2007/08/06(月) 10:13:45

向日葵の咲かない夏向日葵の咲かない夏
(2005/11)
道尾 秀介

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明日から夏休みという終業式の日、小学校を休んだS君の家に寄った僕は、彼が家の中で首を吊っているのを発見する。慌てて学校に戻り、先生が警察と一緒に駆け付けてみると、なぜか死体は消えていた。「嘘じゃない。確かに見たんだ!」混乱する僕の前に、今度はS君の生まれ変わりと称するモノが現れ、訴えた。―僕は、殺されたんだ。半信半疑のまま、僕と妹・ミカはS君に言われるままに、真相を探る調査を開始した。


書かれていることを書かれていることとしてそのまま受け取ってはいけないのだ、と思い知らされた一冊でもあった。途中何度も「先入観を捨てろ」と自分に言い聞かせながら読み進めたのだが、それでも何度だまされただろう。
最後の章「ほんとうの終わり」の中のこの一文が絶妙に言い表している気がする。

僕だけじゃない。誰だって、自分の物語の中にいるじゃないか。自分だけの物語の中に。そしてその物語はいつだって、何かを隠そうとしてるし、何かを忘れようとしてるじゃないか」

屋久島ジュウソウ*森絵都

  • 2007/08/04(土) 16:48:40

☆☆☆・・

屋久島ジュウソウ 屋久島ジュウソウ
森 絵都 (2006/02)
集英社

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注目作家の素顔が見える、初の旅エッセイ!
皆で縄文杉を見に行こう、と楽しいグループ旅行のつもりで訪れた屋久島。そのハードさにはまだ気づかずに…。にぎやか取材旅行記と、忘れがたい旅の思い出を綴った14編を収録。著者初の旅エッセイ集。


表題作のほか、もともとメインになるはずだった「slight sight-seeing」としてまとめられた十四話が収められている。

ガイド役の細田さんはさぞご苦労去れただろうなぁ、というのがまず最初の感想だった。もちろんエッセイになりそうなネタを選んでいるのだろうし、ここに書かれていることがすべてではないだろうから、ジュウソウメンバーたちの心構えも下準備も実際はもっとしっかりしたものだったのかもしれないが、細田さんの案内がなかったら一体どうなってしまったのだろう、と要らぬ心配をしてしまった。その分、細田さんは格好よかった。
個人的には、「屋久島ジュウソウ」よりも「slight sight-seeing」の雰囲気の方が好きだった。

ふだんの暮らしがおもてなし*山本ふみこ

  • 2007/08/03(金) 18:39:56

☆☆☆・・

ふだんの暮らしがおもてなし ふだんの暮らしがおもてなし
山本 ふみこ (1997/11)
晶文社

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もてなしは、客用?いやいや、私は日々を共にする家族や友人を、まずもてなしたい。仕事に家事にてんてこ舞い、娘二人と新しいつれあい、ネコ、友だち入りみだれての毎日は、平穏でも優雅でもないけれど。それでいい、ふだんが大事。食べる人への手紙のようなお弁当。お見舞いと贈りもの。ていねいにいれるお茶の味。庭仕事の効用。気晴らしのマニキュア。近所づきあいの醍醐味…。いまの生き方に昔の知恵を重ねつつ、暮らしの手ざわりを楽しむ。『生活の達人』が濃やかにつづる味わい深いエッセイ。


タイトルに惹かれて手に取った一冊。
編集者でありエッセイストでもある著者の気張らない生活スタイルが、読んでいて心地好い。時にがんばりすぎ、時に凹み、頼って甘えてしゃっきりと立つ。そんな自然体の暮らしぶりが微笑ましく好ましい。

カクレカラクリ*森博嗣

  • 2007/08/02(木) 19:00:57

☆☆☆☆・

カクレカラクリ?An Automaton in Long Sleep カクレカラクリ?An Automaton in Long Sleep
森 博嗣 (2006/08)
メディアファクトリー

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廃墟マニアの郡司朋成と栗城洋輔は、同じ大学に通う真知花梨に招かれて鈴鳴村にやって来た。その地にある廃墟施設を探検するためだ。だが彼らを待ち受けていたのは奇妙な伝説だった。鈴鳴村にはかつて天才絡繰り師が住んでいたが、120年後に作動するという絡繰りを遺してこの世を去った。今年はまさに絡繰りが作動するその年にあたるというのだ!2人は花梨と妹の玲奈の協力を得て、隠された絡繰りを探し始めるのだが…。


物語の中で花梨の妹の玲奈がやたらとコカ・コーラを飲むと思ったら、コカ・コーラ120周年記念作品なのだそうである。去年ドラマ化もされていたらしい。ちっとも知らなかった。
「隠れ絡繰が120年後に動き出す」というのも120周年に掛けてあるのだろうか。
鈴鳴の大地主のお嬢様である花梨の印象が、工学部の一大学生としてだけ知っていたときと、故郷の村にいる彼女としての姿とで少し変わっているのが巧みである。場の持つ力を感じられる。そしてその場である鈴鳴とそこに住む人々の独特の雰囲気が物語をはじめから不思議な空気で満たしている。言い伝えとか一族同士の諍いとか、120年の長きにわたる絡繰伝説とか・・・。古さと新しさが渾然一体となって時間の感覚を失わされるようでもある。
ミステリであり、ファンタジーでもある一冊だった。

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金のゆりかご*北川歩実

  • 2007/08/01(水) 18:43:06

☆☆☆☆・

金のゆりかご 金のゆりかご
北川 歩実 (1998/07)
集英社

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29歳のタクシードライバー野上雄貴は、GCS幼児教育センターから幹部候補生としての入社要請を受け、不審を覚える。センターの母体となった教育システムの創始者・近松吾郎が、愛人に生ませた子が野上だった。野上自身、0歳のときから「金のゆりかご」と呼ばれる装置で育てられ、一時は天才少年としてマスコミでももてはやされたが、やがて限界の露呈とともに切り捨てられたのだ。彼が、9年前に起こったセンターの4人の子供が次々と精神に錯乱をきたした事件を追ううち、事件の鍵を握ると思われる一人の少年の母親・漆山梨佳が行方をくらます。

現代科学が生んだ装置「金のゆりかご」とは画期的な発明か、それとも悪魔の商品か? 幼児教育センターを舞台に、先端科学の成果を呼び込み、知的興奮のトルネードを巻き起こす、新感覚ミステリー。


初めから終わりまで、一体何度だまされただろう。しかも最後の最後にたどり着いた真実は、それまでのどれよりも信じられない事実だった。
大人は、自分や組織を守るために嘘をつく。平気な顔で、ときには笑みさえ浮かべながら。ならば子どもは・・・・・。
元凶が近松吾郎であったことは間違いない。自分が手がけたことの及ぼす影響にまったく思いを致さなかったという点においても、彼の罪は赦されるものではない。しかし、彼のような研究者はおそらくいつの時代にも存在しそうであり、それが怖い。
途中、何度も自分の差別意識についても考えさせられた。答えはまだみつけられないし、見つけられる物ではないという思いもある。なにかを判断するときに、差別意識を持っていることを忘れずにいることくらいしかできることがないような気もする。
何度もだまされながら、そのたびに考えさせられることが多い一冊だった。

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