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あやし うらめし あなかなし*浅田次郎

  • 2008/07/30(水) 13:29:26

あやしうらめしあなかなしあやしうらめしあなかなし
(2006/06)
浅田 次郎

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日本特有の神秘的で幻妖な世界で、生者と死者が邂逅するとき、静かに起こる優しい奇蹟。此岸と彼岸を彷徨うものたちの哀しみと幸いを描く極上の奇譚集。名手が紡ぐ、懐かしくも怖ろしい物語。


「赤い絆」 「虫篝(むしかがり)」 「骨の来歴」 「昔の男」 「客人(まろうど)」 「遠別離」 「お狐様の話」

怪談と言ってしまってはこの妖しさは伝わらないだろう。妖しくなまめかしく不思議で、そして背筋が凍るような恐ろしさを秘めている。まさに奇譚の数々である。
ほんとうに起こったかもしれない出来事が淡々と語られていくのに耳を澄ませるうちに、背後から冷たい気配が忍び寄ってくるような心地の一冊である。

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別冊 図書館戦争Ⅰ*有川浩

  • 2008/07/28(月) 21:16:52

別冊図書館戦争 1 (1)別冊図書館戦争 1 (1)
(2008/04)
有川 浩

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「図書館戦争」のベタ甘全開スピンアウト別冊シリーズ第1弾。堂上篤、笠原郁の武闘派バカップル恋人期間の紆余曲折アソート。登場人物を中心に、図書館の比較的小さな日常事件を絡めて綴ったラブコメ仕様。


激甘だという評判を多々聞いていたので、パスしようかとも思ったのだが、結局読んでしまった。
甘いことは甘いが、ピリリと締まる事件も起こり、堂上・笠原組みの亀の歩みの恋愛模様にもすっかり慣れた身には、さほどの違和感もなく読み進むことができた。このふたりだからこそ、この程度の甘さは許されてもいいだろう、とさえ思えてしまった。
図書館特殊部隊の一員としての郁の働きも、入隊当時からは想像できないくらい進歩し、無鉄砲な中にも的確な判断が効いていて気持ちがいい。それに対する上官としての堂上の評価も適切なもので好もしい。アニメの次は実写化!・・・・・なんてことにはならないのだろうか。

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読み違え源氏物語*清水義範

  • 2008/07/27(日) 16:38:34

読み違え源氏物語読み違え源氏物語
(2007/02)
清水 義範

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夕顔は実は生きていた。その驚くべき正体と、事件の黒幕とは。ミステリー「夕顔殺人事件」をはじめ、「かの御方の日記」など、「源氏物語」を彩る各段を大胆かつ斬新に解釈する8篇。


「夕顔殺人事件」 「かの御方の日記」 「プライド」 「愛の魔窟」 「ローズバッド」 「うぬぼれ老女」 「最も愚かで幸せな后の話」 「ムラサキ」

源氏物語をこんな風に読み違えれば興味深さも増すこと必定である。ミステリであったり、舞台になる国も人種も変わっていたり、ときには人間でさえなかったりするのだから・・・・・。
さすが、パスティーシュの名手と言わざるを得ない。お見事な一冊である。

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おいしいおしゃべり*阿川佐和子

  • 2008/07/24(木) 17:19:44

おいしいおしゃべりおいしいおしゃべり
(1996/11)
阿川 佐和子

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楽しい! 元気! 時には深夜の台所で冷蔵庫を覗いて、ひとりニンマリ。かと思うと台湾で小篭包に舌つづみ。う~ん、極楽、極楽、誰にも誉められない至福の時…。ひとり暮らしの楽しみにあふれた一冊。


タイトルから想像すると食べ物に関するあれこれのようだが、それだけではない。家族とすごした時代の暮らしの端々のこと、ワシントン暮らしのあれこれ、友人たちとの愉しいひと時のこと、そしてもちろんおいしい話も。登場する食べ物も、決して庶民の手の届かない高級なものではなく、真夜中に冷蔵庫を物色して食べる有り合わせのものや季節感を感じるものなど、つい食べたくなってしまいそうである。
まさに、おいしいおしゃべりを堪能したような一冊である。

スワンソング*大崎善生

  • 2008/07/23(水) 17:16:03

スワンソングスワンソング
(2007/09)
大崎 善生

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情報誌編集部で同僚だった由香を捨て、僕はアシスタントの由布子と付き合い出す。しかし、由香から由布子への嫌がらせが始まり、由布子は鬱状態に。由布子にすべてを尽くす日々。そこに由香自殺の知らせが届くーー。


たしかに、物語中の事実だけを並べれば紹介文のとおりなのだが、それだけでは言い尽くせない壮絶さを抱えた物語である。ただ、由香の自殺は、ほかに手立てがなかったのだろうか、と思わなくもない。三角関係の果てに選ぶ死は、そこに至るまでにいくら葛藤があったとしても短絡的に過ぎる気がしてしまう。そして、由香と名づけられた由布子の娘の将来も気がかりである。

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人形の部屋*門井慶喜

  • 2008/07/21(月) 16:48:08

人形の部屋 (ミステリ・フロンティア 39)人形の部屋 (ミステリ・フロンティア 39)
(2007/10)
門井 慶喜

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「じつはフランス製じゃないんだ、フランス人形は」「そうなの?」ある春の日、八駒家に持ち込まれたプラスチックの箱の中身は、「冬の室内」といった趣の舞台装置と、その右のほうに置かれた椅子に行儀よく腰かけている少女の人形。子供らしい快活を示すように、ひょいと天を向けた少女の左足のつま先は――こなごなになっていた。破損の責任を押しつけられそうな敬典の姿を見て、娘のつばめは憤慨するが、敬典は不思議と落ち着いていて……。
きっかけは小さな謎でも、それらは八駒家の食卓の上で壮大なペダントリに発展する。『天才たちの値段』で鮮烈な印象を与えた新鋭が贈る、あたたかなタッチで描かれた愉しい連作。


表題作のほか、「お花当番」 「お子様ランチで晩酌を」。
そして、そのあいだに挟まれるように、敬典に与えられた休日の過ごし方である「外泊1――銀座のビスマルク」 「外泊2――夢みる人の奈良」

主人公の八駒敬典(やこまたかのり)は、妻・陽子と中学生の娘・つばめの三人家族。つばめを産むと同時に当然のように家庭に入り専業主婦になっていた陽子が、ひょんなことから仕事に復帰し、しかも超のつく多忙になったのを機に、敬典は、思うところもあって職を辞し、主夫――本人曰く家主――になって家のこと全般を取り仕切るのにもずいぶん慣れてきた。
隣人との立ち話や、自由時間である休日の小さな外出の折などに現れる、いわゆる日常の謎を、家事の合間の食卓で娘のつばめ相手に解き明かしたり、旅先で出会った人にヒントを与えたりする物語である。
ことさら小難しくしち面倒くさい言い回しが多用されているが、これが敬典のキャラクターを表わすのにまことにしっくりくるのが可笑しくもある。
形はどうあれ、ほほえましい家族であり、一冊である。

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この島でいちばん高いところ*近藤史恵

  • 2008/07/19(土) 16:43:05

この島でいちばん高いところ (祥伝社文庫)この島でいちばん高いところ (祥伝社文庫)
(2000/10)
近藤 史恵

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「少し離れた小島に、遠浅のきれいな海岸があるからね」夏休みに二泊三日の海水浴に出かけた十七歳の少女五人。無人島に渡った彼女らは、砂浜の美しさに酔いしれるあまり帰りの船に乗り遅れ、その島で一晩過ごすことに。ところが、島にはもう一人、男が潜んでいた!―理不尽な体験を通し、少女から大人に変わる瞬間を瑞々しい感性で描く傑作ミステリー。


うっかり眠ってしまって帰りの船に乗りそこない、無人島に取り残されてしまった女子高生五人組。携帯電話は圏外。あすの朝一番の連絡船は8時30分。こんなところで夜を明かさなければならないなんて・・・。と憂鬱な気分になっていた彼女たちだったが、実際はそれどころではなかったのだった。彼女たちが乗り遅れた連絡船は途中で沈没し、彼女たちも海に沈んだと思われていることは間違いなさそうなのである。
ここまでは、本格ミステリによくある孤島ものなのだが、そこで起きる事件はもっと胸が悪くなるようなものである。少女が大人になるのに通らなければならない出来事などではまったくなく、犯人の行動も中途半端で理解し難い。
五人の少女たちの、その年齢ゆえの駆け引きや純粋な思い入れも、あまりに早い事件の展開のせいで描ききれなかったように思われる。ちょっぴり残念な気がする。

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天窓のある家*篠田節子

  • 2008/07/19(土) 13:58:23

天窓のある家天窓のある家
(2003/09)
篠田 節子

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幸せに見捨てられた女。偽りの幸せにすがる女…。緩慢な日常の流れの中に身をまかせる女たちが、決意する一瞬。誰も、気づかぬうちに、女は心に変調をきたす。偽りの幸せなんて、許さない。あの人の不幸を、心から願う―。直木賞作家の円熟味あふれる9つの物語。


表題作のほか、「友と豆腐とベーゼンドルファー」 「パラサイト」 「手帳」 「世紀頭の病」 「誕生」 「果実」 「野犬狩り」 「密会」

上の紹介文にある「誰も、気づかぬうちに、女は心に変調をきたす」というのがとてもリアルに描かれている。どこといって変わったところのない普通の暮らしをしている女たちが、少しずつ壊れていく様が、淡々と描かれているだけに背筋がぞくりとする怖さがある。誰もが陥るわけではないが、誰もが陥る可能性がありそうな状況がリアルさを持って我が身に迫ってくるようでもある。
主人公の女たちがみな、それなりにがんばっているのが伝わってくるからこそ哀しくもあり切なくもある。

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三億を護れ!*新堂冬樹

  • 2008/07/18(金) 07:03:16

三億を護れ! (トクマ・ノベルズ)三億を護れ! (トクマ・ノベルズ)
(2006/10)
新堂 冬樹

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うだつのあがらないサラリーマンの河内は、ひょんなことから宝くじで三億円を当ててしまう!
妻の文江に思い切って切り出すと、途端に態度が変わり感嘆の声を上げて抱きついてきた。態度が変わったのは周囲の人間も同じ、どこで聞き及んだのか娘の彼氏からも猫撫で声でお金を貸して欲しいという電話が……。
だが、河内の三億を狙う人間はそれだけではなかった。非情な詐欺師集団が動き出す!


なにひとついいところのない冴えない中年サラリーマン・河内。宝くじで三億円を当てたことさえ夢のなかの出来事かと思ったが、それは事実なのだった。しかし、幸運の絶頂にいるはずの河内は、すでに詐欺師たちにとってはかっこうのカモだったのである。
河内には悪いが、非情な詐欺師たちの緻密な計画が実行されるのを見るのは、わくわくする。裏をかいたりかかれたり、いくつもの事態を想定して策を練り、想定外の突発事態に瞬時に頭を切り替えて計画を練り直す。なんて魅力的な頭脳と手腕。なんの備えもない一般人がコロッと騙されるのも当然と言える。
河内は最後まで救われないが、コメディタッチな部分も多分にあるので、悲壮感は感じられない。ただひとつ、河内の妻・文江の描写が――物語の性質上仕方がないかもしれないが――あまりにもグロテスクなのが同性として哀しすぎた。

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ラ・パティスリー*上田早夕里

  • 2008/07/12(土) 17:20:57

ラ・パティスリーラ・パティスリー
(2005/11)
上田 早夕里

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坂の上の洋菓子店へようこそ!甘くほろ苦いパティシエ小説誕生。ある日突然現れた謎の菓子職人・恭也と新米パティシエ・夏織。二人の交流を通じて描く洋菓子店の日常と、そこに集う恋人・親子・夫婦たちの人間模様―。


『ショコラティエの勲章』にも出てくるフランス菓子店「ロワゾ・ドール」が舞台である。シリーズものといえるほどではないが、緩やかな連作のイメージだろうか。
製菓学校を出て「ロワゾ・ドール」に勤めはじめた森沢夏織が、新米の朝の仕事である、鍵開けと掃除、厨房の準備のために、いつものように早朝に出勤すると、シャッターが閉まって誰も入れないはずの店の厨房で見知らぬ男が見事な飴細工を作っているのだった。彼は、市川恭也と名乗り、ここ(ロワゾ・アルジャンテ)のシェフだと言う。どうやら記憶の一部を失っているらしいのだが・・・・・。

恭也と夏織の姿や、パティスリーの日々の仕事のめまぐるしさとやりがいを描きながら、ロワゾ・ドールを訪れる客によってもたらされるお菓子がらみの謎を解き明かしていく。そしてその間には、甘い香りが文字の間から立ち上ってくるような美しくおいしそうなお菓子の魅力を堪能できる(目だけでは我慢できなくなりそうである)。そこに、恭也の身元を解き明かすという興味も加わって、ページをめくる手が止まらなくなる一冊である。甘いお菓子がたくさん出てくるが、物語自体はほろ苦さも加わって、甘いものが苦手でもたのしめる。

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三日やったらやめられない*篠田節子

  • 2008/07/11(金) 13:47:26

三日やったらやめられない三日やったらやめられない
(1998/11)
篠田 節子

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「嘘を書くのが仕事」の小説家稼業、もう、どうにも止まらない!家事を夫に預け、休む間もなく、取材、執筆、旅行、趣味のチェロ…とミステリ作家の楽しくもカゲキな聖戦は続く。待望の初エッセイ。


小説講座受講中のことも含めて、小説家として大忙しの著者の心の叫びが伝わってくるような一冊である。
決して小説のことばかりが書かれているわけではないのだが、小説のことを第一義に暮らしていることが熱意と行動力ともに伝わってきて興味が増す。

春のオルガン*湯本香樹実

  • 2008/07/08(火) 21:37:01

春のオルガン (Books For Children)春のオルガン (Books For Children)
(1995/02)
湯本 香樹実

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きのう小学校を卒業した。今日から春休み。でもなんだか私の頭はもやもや。隣の家との争いが原因で、家のなかもぎくしゃく。ひょろひょろ頼りないやつだけど、私の仲間は弟のテツだけだ。私たちはいっしょに家の外を歩きはじめた。小さな沼。広い空の下の川原。ガラクタ置場でのら猫にえさをやる不思議なおばさん。そしてある日、私たちはもう家に帰らないで、捨てられた古いバスのなかで暮らそう、と決めた…。十二歳の気持ちと感覚をあざやかにていねいに描き出した、心に残る物語。


いつまでも子どもでいたいのに、ぐんぐんと背が伸び大人に近づいていく。躰だけが自分を置き去りにして勝手に大人になっていってしまうようなアンバランスさ。そんな年ごろの少女を、身の回りで起きる象徴的な出来事とともに描いて妙である。
そういえばこのくらいの年のころ、わたしもよく頭が痛くなっていた、と思い出した。

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なぜ絵版師に頼まなかったのか*北森鴻

  • 2008/07/08(火) 18:30:58

なぜ絵版師に頼まなかったのかなぜ絵版師に頼まなかったのか
(2008/05/22)
北森鴻

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憧れの帝都でドイツ人医師の給仕となった葛城冬馬。文明開化で新しい風が吹く帝都で、謎めいた事件が…。日本をこよなく愛するお雇い外国人・ベルツ先生とその弟子・葛城冬馬が、奇妙な事件の数々に挑む。


表題作のほか、「九枚目は多すぎる」 「人形はなぜ生かされる」 「紅葉夢」 「執事たちの沈黙」

どこかで聞いたことのあるようなタイトルたちである。ふざけた物語かと思いきや、物語自体はいたって真面目である。ベルツ先生の徳利が花瓶にしか見えないとか、お猪口が煮物椀にしか見えないとか、内掛けを部屋着にしているとかいう尋常ならなさはあるものの・・・。
明治維新とときを同じくして生まれた冬馬は、十三歳のときにベルツ先生の書生として、帝都にやってきた。そして、先生のもとに持ち込まれたり、先生が出会った事件や謎を、探偵役として調べ解き明かすようになるのである。
ベルツ先生や、先生の下に集まってくる外国人たちのひと癖もふた癖もあるキャラクターと、維新間もない帝都の風物が物語りにのどかだが騒々しい雰囲気をもたらしていて興味深い。
十三歳から二十二歳になる間の冬馬の成長ぶりもみどころである。

まだ殺してやらない*蒼井上鷹

  • 2008/07/06(日) 17:32:28

まだ殺してやらない (講談社ノベルス ア AF-01) (講談社ノベルス アAF- 1)まだ殺してやらない (講談社ノベルス ア AF-01) (講談社ノベルス アAF- 1)
(2008/06/06)
蒼井 上鷹

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最愛の妻を殺されたノンフィクション作家・瀧野和一は、その悲しみと怒りから自ら調査に乗り出す。やがて有力容疑者が逮捕されるが、同じような手口の残忍な事件が発生。そして瀧野に犯人からのメッセージが…。


「カツミ」というキーワードで括られた一連の猟奇的殺人が解決しないなか、妻を残忍に殺された瀧野は、妻の事件も「カツミ」の仕業ではないかと自分でも調べ始めるが、「カツミ」事件の被害者の証言から無関係とされる。そして真犯人が逮捕され、「カツミ」事件は結末を迎えた。だが、その後また似たような手口で瀧野の身近な人物が殺害されるのだった。
犯人の動機は?目的は瀧野をじわじわと苦しめることなのか?
たくさんの謎を抱えたまま、藤樹探偵社の新米探偵米本が捜査に加わることになり、瀧野のそばであれこれと動き回ることになる。

宅Q便の配達人が「カツミ」だろうと目星をつけたが、あまりにあっけなく逮捕されてしまい、その後の犯行の説明がつかなくなってしまった。真犯人もその動機も意外としか言いようのないものであり、そこに行き着くまでの登場人物たちの駆け引きや、推理が著者らしいミスディレクションに満ちている。
タイトルの意味は最後に判り、犯人のその後は【メフィスト番外地】に誘導されるのだが、これをやりたかったために書かれた物語のような気もしてしまい、かえってマイナスポイントかもしれない。

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ウツボカズラの夢*乃南アサ

  • 2008/07/05(土) 16:51:55

ウツボカズラの夢ウツボカズラの夢
(2008/03/19)
乃南 アサ

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平凡な日常ほど悪意に満ちたものはない。わたしの願いはただひとつ、幸せになること…。鹿島田家の人々の日常をシニカルに描き切ることで見えてくる不気味な世界。エンターテインメントの域を超えた傑作登場。


渋谷から程近い瀟洒な住宅街の一角に鹿島田家はあった。母を亡くし、家に居場所をなくした未芙由は、母の従姉妹の尚子叔母を頼って長野から出てきたのだが、その立派さに面食らっていた。
未芙由を概ね主役にしながら、語り手を替えて進む物語は、一見なんの際立ったところもない一家族と、そこから派生する物語なのだが、登場人物の誰もが、ばらばらで、身勝手で、大切な何かが欠落しているにもかかわらず、それを自覚していないような幼稚さで、虫唾が走る。誰のことも祝福できないし、哀れに思うこともできない。下手なホラーよりも恐ろしい一冊である。タイトルが絶妙。

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ショコラティエの勲章*上田早夕里

  • 2008/07/04(金) 18:57:02

ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア 44)ショコラティエの勲章 (ミステリ・フロンティア 44)
(2008/03)
上田 早夕里

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和菓子屋で働く女性とショコラティエの男性が出合う、お菓子をめぐって起きる謎。お菓子が織り成す様々な人間模様と、菓子職人の矜持を凛とした筆致で描いた、小松左京賞作家による鮮やかな力作。


「第一話 鏡の声」 「第二話 七番目のフェーヴ」 「第三話 月人壮士」 「第四話 約束」 「第五話 夢のチョコレートハウス」 「第六話 ショコラティエの勲章」 六話の連作物語である。

老舗和菓子屋<福桜堂>の工場長の娘で、店頭で売り子をしている絢部あかりは、二軒先にオープンしたショコラロリー<ショコラ・ド・ルイ>に行ったときに、女子高生グループの万引き事件に出くわし、目撃者となったのが縁で、シェフの長峰と知り合いになる。それからも、なにかの折りに相談を持ちかけたりするうちに親しみも増すのだが、チョコレートにかける情熱はたしかだが、よくわからないところのある長峰のことをもっと知りたいとも思うあかりである。
物語はどれも、お菓子をめぐって現れる謎を解き明かすものであり、長峰が探偵役である。どの話にも舌がとろけそうなほどおいしそうなチョコレートやケーキ、そして和菓子が登場し、しかも毎回趣向が凝らされているのだから、甘いもの好きにはたまらない。
こんなにおいしそうなお菓子に絡んで事件など起きそうもない気がするが、ちゃんとミステリになっているところがまた絶妙である。
もっともっと甘い香りとスパイシーな謎解きに浸っていたい一冊である。

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賢者の贈り物*石持浅海

  • 2008/07/03(木) 17:22:32

賢者の贈り物賢者の贈り物
(2008/03/25)
石持 浅海

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古今東西の古典・名作が、現代に蘇る――。同期の女の子を呼んで開いた週末の鍋パーティー。みんなを送り出した翌朝、部屋には、女物の靴が一足。代わりに家主のサンダルがなくなっていた!――週明け出社しても、その間違いを誰も申し出てこないのはなぜ? (ガラスの靴)。フイルム・カメラから、デジタル・カメラに切り替えた私に、妻がプレゼントしてくれたのは「カメラのフイルム」だった!? 私がフイルム・カメラを使用していないことは、妻も知っているはずなのになぜ? (表題作・賢者の贈り物)。本格推理の新旗手が、軽妙、洒脱に古典・名作に新たな息吹を吹き込んだ意欲作10篇を収録する。


表題作のほか、「金の携帯 銀の携帯」 「ガラスの靴」 「最も大きな掌」 「可食性手紙」 「玉手箱」 「泡となって消える前に」 「経文を書く」 「最期のひと目盛り」 「木に登る」

連作といっていいのだろうか。物語によって登場人物も探偵役も違っているのだが、どの物語にも必ず黒髪の美しい磯風さんという女性が出てくる。年齢も立場も職種もそのときどきによって違っているのだが、容姿はどうやらいつも同じようなのである、同一人物とは考えづらいのだが、別人だと言い切る自信もない。不思議な存在の磯風さんである。
物語自体は日常の謎系の、まがまがしい事件が起こらないミステリであり、謎が解けることによって、じんわりあたたかい気持ちになったり、胸のつかえがすっと取れたりするので、後味はさわやかである。
いちばんの謎は、やはり最後まで解かれなかった磯風さんかもしれない。

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茨姫はたたかう*近藤史恵

  • 2008/07/02(水) 19:30:49

茨姫はたたかう (祥伝社文庫)茨姫はたたかう (祥伝社文庫)
(2000/06)
近藤 史恵

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「童話の眠れる茨姫は、王子様のキスによって百年の呪いが解け、幸福になった。もしそれが、ストーカーのキスだったら?」対人関係に臆病で頑なに心を閉ざす梨花子は、ストーカーの影に怯えていた。だが、心と身体を癒す整体師合田力に出会ったのをきっかけに、初めて自分の意志で立ち上がる!若者たちに贈る繊細で限りなく優しい異色のサイコ・ミステリー。


整体師・合田力シリーズ二作目。
梨花子は二十四歳の書店員。弟が彼女の妊娠を機に結婚し実家に同居することになったために、家を出て一人暮らしをせざるをえなくなった。新居の両隣は、ホステスの礼子とボーイズラブの漫画家の早苗。「いい子」の梨花子は、初めのうちは親しくするのに抵抗を感じていた。
そして、引っ越してまもない時期から妙な違和感を感じてもいたのだった。郵便物を盗み見られているような気がしたり、窓が開いていて部屋のなかが普段と違うような気がしたり・・・。そんなことを相談し、少しずつ両隣のふたりにも慣れてきたころ、梨花子はぎっくり腰になってしまい、早苗が通っている整体の先生・合田と知り合うのだった。
小松崎と早苗は、仕事上ですでに知り合っており、登場人物のリンクは次々と広がっていき、梨花子のストーカー退治に乗り出すのである。

合田整骨院の助手・歩と小松崎の関係の変化で、歩の病状が悪化するなど、雄大の側の事情も山あり谷ありでスムーズにはいかず、仕事でもプライベートでも悩み多い雄大なのだったが、あちこちで繋がったリンクがひとつに集まったとき、ストーカーの謎も解けるのである。
雄大と梨花子というふたつの視点から語られる物語は、なかなか合流しないのだが、合流してからは小気味よささえ感じさせられる。

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風の牧場*有吉玉青

  • 2008/07/01(火) 17:22:20

風の牧場風の牧場
(2008/03)
有吉 玉青

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美名子は母と、父の話をしない。あるとき、そう決めたから。
ひとりの女性の心を、その孤独と成長を精緻に描く「絆の物語」。

もの心ついたときに、父はいなかった。それは寂しいことではなかった――。
美名子と母のあいだにある、ふれられない空白。そこには、いつも「不在の父」がいた。現代を生きるひとりの女性の姿を、思春期から40代までの心の軌跡をとおし語る6篇の物語。とまどいながら、その先に見つかる心の本当のかたちを、美しい文章と丁寧な心理描写で描き出した「絆の物語」。

著者の新境地を開く、感動の連作短篇小説集。


表題作のほか、「堰」 「遠い庭」 「瓜ふたつ」 「はつ恋」 「夏、北へ」。六つの連作物語。

「名づけられることによって美しく認識される」という思いでつけられた美名子という名。父が名づけたのだと知るのは四十歳にもなってからだった。
物心ついたときから父はいなくて、そのことを淋しいとも思わずに生きてきたが、なにかを選ぶときに影響がなかったかと問われると、ことごとくに影響があったとも思われるのである。長い間母と語ることを勝手にタブーとしてきた父の不在、そして、不在ゆえのどうにもしがたい存在感が美名子の人生にレールを敷いているようにも思えるのである。
母や夫との何気ないやり取りが、あまりに何気なさすぎてほんとうのことのように思えてくる。

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