陽だまりの偽り*長岡弘樹

  • 2008/09/28(日) 21:25:03

陽だまりの偽り陽だまりの偽り
(2005/07)
長岡 弘樹

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最近、物忘れがはげしいことを気にしている郁造。息子の嫁から預かった現金を落としてしまったが、どこで落としたのかも覚えていない。ボケ老人のレッテルを貼られることを恐れ、郁造はある行為に踏み切る。果たして、その先に待ち受けていたものは…(表題作「陽だまりの偽り」)。5つの心模様を端正に描いたミステリー短編集。小説推理新人賞作家、注目のデビュー作。


表題作のほか、「淡い青のなかに」 「プレイヤー」 「写心」 「重い扉が」

どの物語も、ラストにどんでん返しが待っている。現実の、というよりも胸のなかで起こるどんでん返しが多く、それで一気にそれまでのことが腑に落ちたりもする。切なくもあり、あたたかくもあり、登場人物本人には不本意であったとしても、読者としては悪い気分ではない。さりげなく上手いと思う。

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こどものころにみた夢

  • 2008/09/28(日) 09:02:53

こどものころにみた夢こどものころにみた夢
(2008/06/10)
角田 光代島本 理生

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人気作家12人による「夢」の「絵本」! 怖い夢、儚い夢、おもらしの夢? 角田光代、島本理生、西加奈子、阿川弘之、堀江敏幸、穂村弘、高橋源一郎他、豪華作家陣が美しい絵とと共に綴る「夢」の物語。


 「男」・・・・・角田光代・著/網中いづる・絵
 「ガラスの便器」・・・・・石田衣良/松尾たい子
 「さよなら、猫」・・・・・島本理生/鯰江光二
 「水の恵み」・・・・・阿川弘之/木内達朗
 「タイムリミット」・・・・・辻村深月/吉田尚令
 「ヘビ」・・・・・西加奈子/西加奈子
 「ふたり流れる」・・・・・市川拓司/いとう瞳
 「ハントヘン」・・・・・堀江敏幸/中村純司
 「雲の下の街」・・・・・柴崎友香/田雑芳一
 「衣がえ」・・・・・長野まゆみ/望月通陽
 「おしっこを夢から出すな」・・・・・穂村弘/ささめやゆき
 「さらば、ゴヂラ」・・・・・高橋源一郎/しりあがり寿


タイトルのとおり「こどものころにみた夢」というキーワードによってつながる一冊である。
夢というとらえどころのない、しかし深層心理に深く根ざしていると思われる不思議な現象が、実にさまざまに描かれていて興味深い。語られる夢の内容はさまざまなのだが、どこか共通の雰囲気も感じられるのは、夢というものの持つ自由なようでいて支配することのできないもどかしさ、に由来するのだろうか。

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借金取りの王子*垣根涼介

  • 2008/09/26(金) 14:17:26

借金取りの王子借金取りの王子
(2007/09)
垣根 涼介

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村上真介はリストラを請負う会社に勤めるサラリーマン。昨日はデパート、今日はサラ金、明日は生保に乗り込んで、泣かれたり、殴られたり。相性バッチリの恋人陽子は恐ろしく気の強い女で、すんなり結婚とはいかないし、真介の前には難題山積み。だけど明日は来る――。他人事でないリストラ話に思わず涙。働く人必読の面白小説!


「File1. 二億円の女」 「File2. 女難の相」 「File3. 借金取りの王子」 「File4. 山里の娘」 「File5. 人にやさしく」

リストラ請負会社社員・村上真介シリーズの二作目(『君たちに明日はない』の続編)。
一作目で登場人物のキャラクターは掴めているので、読者もすんなりとリストラのための面接に臨むことができる。そして、リストラといっても、企業の事情によってさまざまなのだと改めて知る。面接のあとで描かれるそれぞれの被面接者の事情が切実で、思いもよらない事実がわかったりして興味をそそられる。
村上と恋人陽子の関係が、ちょっぴり危ういか、とやきもきさせらる場面もあったが・・・・・。
女性に関する村上のあの自信はどこからくるのだろう。もう少し格好悪くてもいいのでは、と思わなくもない。
つづきをもっと読みたい。

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深泥丘奇談(みどろがおかきだん)*綾辻行人

  • 2008/09/24(水) 17:03:11

深泥丘奇談 (幽BOOKS)深泥丘奇談 (幽BOOKS)
(2008/02/27)
綾辻行人

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誰も見たことのない「綾辻行人の世界」
京都の奥には、何かが潜んでいる・・・。深泥丘病院の屋上で見た幻鳥、病院の地下へと続く階段、痛む歯、薄れゆく街の記憶・・・作家である「私」がみた日常が一瞬にして怪談に変わるとき、世界は裏の顔を表す!
物語の舞台は、作者が生まれ育ち、現在も居を構える古都・京都を彷彿させる町。語り手である「私」の家は「町の東地区、北寄りの山ぎわ」「紅叡山の麓のあたり」にある。物語の始まりは、晩春の黄昏時。自宅から少し離れた「深泥丘」周辺を散策していた語り手は、突如烈しい眩暈に襲われ、行く手に見かけた「医療法人再生会 深泥丘病院」を訪れる。そこは入院設備も整った、古びた四階建ての小病院だった。一話目の「顔」は、精密検査を勧められ短期入院することになった語り手が、病院内で奇怪なモノを目撃する話。「ちちち……と、最初はそう聞こえた。――ような気がした」という特徴的な冒頭の一節といい、妖しげな病院が舞台となっている点といい、主人公を見舞う記憶の混濁といい、綾辻行人版『ドグラマグラ』。 ところが二話目の「丘の向こう」に至って、物語のパースペクティヴは俄然、一挙に拡がりを見せる。深泥丘の向こう側に散策の足を伸ばした語り手は、そこに鉄道の線路が走っていることを知り愕然とする。帰宅後、妻にその話をすると、それは「Q電鉄の如呂塚線」であり、終点にある如呂塚遺蹟を見物に、二人で出かけたこともあると指摘され、語り手の困惑はさらに深まってゆくのだ。いにしえの水都の幻影が顕ちあらわれる「長びく雨」、歯科治療をめぐり作者一流の生理的恐怖描写が冴える「サムザムシ」、微妙にクトゥルー神話を彷彿させて心弾ませる「開けるな」、京都名物・五山の送り火が、シュルレアリスム絵画さながらの幻視の光景へ一変する傑作「六山の夜」、秋祭りの夜に病院で開催される奇術ショーの奇怪な顛末を描く「深泥丘魔術団」、語り手の自宅周辺に謎の生き物が出没する「声」……自宅と病院を楕円の両極とする語り手の散策=夢幻彷徨が、驚異と幻想の地誌学とでも称すべき光景を開示し、謎めいた世界観の全貌が、精妙な手つきで明らかにされてゆく――本連作に秘められた奇計は、未だその片鱗を覗かせたばかり。(推薦文・・東雅夫)


著者初の怪談集、ということである。が、そこは綾辻行人である。著者のテイストがたっぷり行き渡った綾辻流怪談とでも言ったらいいのではないかと思う。
語り口は妖しさ満載のミステリと同じく、思わせぶりで、時空を自在に行きつ戻りつする感じであり、それが一層、現実ならざる浮遊感を物語りに与えている。
眩暈に悩まされる作家の主人公の、自らが立っている場が根底から揺らぐ不安と心許なさが、そのまま物語の雰囲気になっているのも巧みである。
このあとつづく、綾辻流怪談にも期待したい。

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天下り酒場*原宏一

  • 2008/09/22(月) 20:04:47

天下り酒場 (祥伝社文庫 は 8-2)天下り酒場 (祥伝社文庫 は 8-2)
(2007/10)
原 宏一

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経営不振の割烹居酒屋『やすべえ』の店主ヤスは、ある人物を雇って欲しいと常連客に頼まれた。それはなんと、片倉という県庁の役人。居酒屋に天下った片倉は元役人の事務能力を発揮、食材の一元管理と仕入れの効率化で店を黒字に転じた。勢いにのった片倉はヤスに店舗拡大を唱え始めるが・・・・・。(表題作より)
『床下仙人』でブレイクした著者が放つ、現代日本風刺小説!


表題作のほか、「資格ファイター」 「居間の盗聴器」 「ボランティア降臨」 「ブラッシング・エクスプレス」 「ダンボール屋敷」

何かにのめりこむと憑かれたようにてとことんのめりこみ、限度を超えてどうにもならなくなる。常に物足りなさを抱え、夢中になれるものを見つけると藁にもすがる気持ちで周りが見えなくなる。病的ともいえる現代人の姿がユーモアとともに辛らつに描かれていて、可笑しくも哀しい一冊である。

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君たちに明日はない*垣根涼介

  • 2008/09/20(土) 16:55:16

君たちに明日はない (新潮文庫 (か-47-1))君たちに明日はない (新潮文庫 (か-47-1))
(2007/09/28)
垣根 涼介

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「私はもう用済みってことですか!?」
リストラ請負会社に勤める村上真介の仕事はクビ切り面接官。どんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、なぜかこの仕事にはやりがいを感じている。建材メーカーの課長代理、陽子の面接を担当した真介は、気の強い八つ年上の彼女に好意をおぼえるのだが・・・・・。
恋に仕事に奮闘するすべての社会人に捧げる、勇気沸き立つ人間ドラマ。山本周五郎賞受賞作。


「File 1. 怒り狂う女」 「File 2. オモチャの男」 「File 3. 旧友」 「File 4. 八方ふさがりの女」 「File 5. 去り行く者」

リストラ請負会社の一社員・村上真介、33歳をキーにした連載短編集である。
リストラ請負会社というものが実際にあるのかどうか判らないが、社内で手に負えない、あるいは差しさわりがあって手をつけられないリストラという名のクビ切りのための面接をするのが村上の仕事である。
白痴的美女の川田美代子を隣に置いて、真介はきょうも様々な会社へと出向く。

リストラという厳しい現実の一場面とそこから派生する諸々を、茶化すことなく、さりとて悲惨さを前面に出すこともなく軽快な、しかも人情味あふれるタッチで描いていて好感が持てる。

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ハナシがはずむ!*田中啓文

  • 2008/09/17(水) 17:03:29

ハナシがはずむ!―笑酔亭梅寿謎解噺3ハナシがはずむ!―笑酔亭梅寿謎解噺3
(2008/05)
田中 啓文

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世紀の襲名対決! 青春落語ミステリー第3弾
東京vs大阪、世紀の大名跡を賭けた襲名対決に、師匠の梅寿が危篤で更なる跡継ぎ争いまで勃発!? 騒動に巻き込まれながらも落語の腕を上げていくツッパリ竜二から、ますます目が離せない!


「動物園」 「日和ちがい」 「あくびの稽古」 「蛸芝居」 「浮かれの屑選り」 「佐々木裁き」 「はてなの茶碗」 「くやみ」

相変わらず無茶苦茶な梅寿師匠、梅駆(竜二)にあれこれ無理難題を吹っかける。大名跡・星の家柿鐘を襲名させられそうになったり、博多のおんぼろ小屋に地方巡業に出されたり、やたらとうるさい小学生の前で噺をさせられたり・・・・・。
なかなか落語にのめりこめずにいる竜二なのだが、それを知ってか知らずか梅寿師匠の差し金は次々に繰り出されるのだった。
サブタイトルの「笑酔亭梅寿謎解噺」の場面は、今回はさほど多くなかったが、梅駆(竜二)の将来性と、梅寿の親心、そして笑酔亭一門の結束が改めて心地好かった一冊である。

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JOY!

  • 2008/09/15(月) 10:50:37

JOY!JOY!
(2008/04/22)
角田 光代井上 荒野

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カリスマバンド「ガーゼ・スキン・ノイローゼ」のボーカリストJOYをめぐる5人の女たちの物語。
大人気作家ジョイント小説 嶽本野ばら、角田光代、唯野未歩子、井上荒野、江國香織。現代最高の作家が同じ一つの小説を描くコラボレーション企画。


カリスマパンクバンドと言う割りに、ヴィジュアルも演奏技術もさほどではなく、それをごまかすためにひたすらshoutし、爆音を轟かせているようなバンド「ガーゼ・スキン・ノイローゼ」のヴォーカリスト・JOYをキーとする連作小説、なのだが、これがただの連作ではない。連作の体をなしつつ、実は全体でひとつの物語になっているのである。前作の場面の解が、著者を替えて描かれる次の物語で明かされたり、前作で空いていた時間や空間が、次作で埋められていたりする。それぞれの作家らしい短編を愉しむと同時に、JOYという人物と彼を取り巻く女たちの物語をも愉しめるのである。一冊で何度もおいしい。

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和時計の館の殺人*芦辺拓

  • 2008/09/14(日) 13:55:28

和時計の館(やかた)の殺人 (カッパ・ノベルス)和時計の館(やかた)の殺人 (カッパ・ノベルス)
(2000/07)
芦辺 拓

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巨大な塔時計の一風変わった文字盤が見守る中、怪事件が連続する!和時計の刻む独特の時間は、事件と関わりなく流れているようでもあり、犯罪に荷担しているようでもあり…。邸内を和時計に埋め尽くされた田舎町の旧家・天知家で、遺言書の公開と相前後して起こる不可能殺人。遺言の内容からは、殺人を起こす動機はうかがえないのだが…。遺言の公開に訪れた弁護士・森江春策が、複雑に絡み合った事件の深層に切り込んでいく。


探偵役の森江春策は本来は弁護士であるが、物語自体は正統的な探偵物語である。しかも舞台が古式ゆかしい和時計に埋め尽くされた館であれば気分的にもなおさら盛り上がるというものである。
そして、まさに読者の期待通りに密室殺人、凶器を同じくする別の場所での殺人、撲殺・・・、とまがまがしい事件が相ついで起こるのである。さらに、この館の主である故人の縁者たちは、複雑な関係にある。探偵小説としてこれ以上の道具立ては望めないだろう。
その上にさらに、和時計という現代の西洋式の時計とはまったく成り立ちの違う時の表わし方をする道具が重要なキーポイントとなっているのだから、まさにこの場でしか起こりえない事件であるといえる。
和時計の仕組みに精通していなければトリックは解けそうもないので、早々とそちらは諦め、探偵役の森江に任せて読み進んだが、最後の最後に明かされた事実には胸がすく思いもあった。

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山のぼりおり*石田千

  • 2008/09/11(木) 09:25:30

山のぼりおり山のぼりおり
(2008/03/20)
石田 千

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のぼっておりた十の山。「山と渓谷」の連載に書き下ろしを加えた石田千初、「登山」エッセイ集。写真家・坂本真典のモノクローム作品収録。


山登り初心者の著者が、のぼっておりた十の山の土のこと、風のこと、木々のこと、きのこのこと、山小屋や山道で出会った人たちのこと、山のいろいろが著者の言葉で描かれている。所々に現れる独特の所有格を省いた文章は、気づかなかったことを気づかされてはっとしたり、ぱぁっと景色が開けたりする心地がして気持ちが好い。
挟み込まれているモノクロームの写真に、想像力をかきたてられる。

自分の謎*赤瀬川原平

  • 2008/09/10(水) 17:11:29

自分の謎自分の謎
(2005/11)
赤瀬川 原平

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どうしてぼくは、ここにいるのか。誰とも違う・誰にでもある。自分は世界にひとつだけ。自分が自分であることの不思議について。大人のための、考える絵本。書き下ろし第2弾。


「目の問題」 「痛い問題」 「国境問題」 「一つだけの問題」 「強い自分 弱い自分」

目のつけどころが面白い。たぶん誰でも一度は考えたことがあるのではないかと思うようなことを、突き詰めて考察していて、うなずかされもするし、くすりと笑みもこぼれる。
イラストがまた、内容を絶妙に表わしていて、しかもユーモアに富んでいるのが好い。

Re-bprn はじまりの一歩

  • 2008/09/10(水) 12:50:37

Re-born はじまりの一歩Re-born はじまりの一歩
(2008/03/19)
伊坂 幸太郎瀬尾 まいこ

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迷い、揺れ、苦しみながら選びとった、これがわたしの生きる道──。
時代を鮮やかに切り取りつづける7人の人気作家が描く、
新たな出会いと出発の物語。
オール書き下ろし&オリジナルの珠玉アンソロジー。

◆宮下奈都「よろこびの歌」
音大附属高校の受験に失敗した私は
◆福田栄一「あの日の二十メートル」
老人から水泳指導を請われて(書き下ろし)
◆瀬尾まいこ「ゴーストライター」
兄貴へのラブレター代筆を頼まれた俺
◆中島京子「コワリョーフの鼻」
数百年後、人類から鼻がとれる!?
◆平山瑞穂「会ったことがない女」
50年前の奇妙なできごと
◆豊島ミホ「瞬間、金色」
親友の子どもがこの世界に生まれた日
◆伊坂幸太郎「残り全部バケーション」
家族解散の日、秘密の暴露を行なう父・母・娘(書き下ろし)


「はじまりの一歩」、とはいっても一からのはじまりではなく、「Re-born」なのである。なにかを一旦捨てて、あるいは終わらせて、あらたに生まれるのである。そんなニュアンスの物語の詰まった一冊である。
選ばれた素材はそれぞれだが、どの物語も哀しく切ないなかにあたたかなものが流れ込んでくるようで、それぞれの物語の主人公たちは、きっとそれまでよりも力強く生きていくだろうと確信させられるのがうれしくもあった。

卵のふわふわ*宇江佐真理

  • 2008/09/07(日) 21:03:51

卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし (講談社文庫)
(2007/07/14)
宇江佐 真理

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煮炊きの煙は、人の心を暖める。「のぶちゃん、何かうまいもん作っておくれよ」。夫との心の行き違いは、食い道楽で心優しい舅にいつも扶けられる。喰い物覚え帖に映し出された心模様。


「秘伝 黄身返し卵」 「美艶 淡雪豆腐」 「酔余 水雑炊」 「涼味 心太」 「安堵 卵のふわふわ」 「珍味 ちょろぎ」という、食べものをキーにした連作物語。

食べものにはそれぞれ教訓的ともいえる意味があり、
黄身返し卵・・・・・蓋を開けりゃ、埒もないことの方が多い。
淡雪豆腐・・・・・はかない色と味。
水雑炊・・・・・別れ。
心太・・・・・走りの食べ物としても乙。
卵のふわふわ・・・・・一個ずつしかできない。
ちょろぎ・・・・・無用の用。
という具合である。

実の親と同じように大切に思う舅・姑とは裏腹に、夫・正一郎とは溝が深まるばかりと思い、椙田の家を出ようと決意するおのぶである。
優秀だがちょっと変わったところのある舅・忠右衛門が食べたがる食べものにまつわるあれこれや、舅と一緒に食べたときのことなどを思うにつけ、その情に背くことになるのが心苦しくもあるのだった。
複雑な心うちで暮らす日々に、北町奉行所に奉仕する夫の仕事柄知った事件について、ふと漏らしたひと言が解決のヒントになったり、ときには下手人を見つけたりして、夫の役に立ったりもするのだが、疎まれているという思いは消えず、悶々とした毎日を過ごしているのであった。
正一郎と心を通わせることさえできれば、それ以外はとても恵まれていると言ってもいいほどなのだが、肝心なところがなぜか上手くいかない。読者には、正一郎の不器用さとおのぶの思い込みがもどかしくもある。
心のこもった食べものと、人の心のあたたかさ、夫婦の微妙なすれ違いが絶妙に描かれていて気を逸らさない。
ラストの忠右衛門の不在は、見事な親心、と思いたい。そうでなければ切な過ぎる。

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ザ・ベストミステリーズ 2008

  • 2008/09/05(金) 17:25:24

ザ・ベストミステリーズ2008ザ・ベストミステリーズ2008
(2008/07/10)
日本推理作家協会

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2008年選りすぐりの短篇ミステリー15 2008年に小説誌などに発表された数多くの短篇ミステリーから、プロが選んだ傑作15本を収録。ミステリー各賞の歴代リストなども付いた唯一無二の推理年鑑


  傍聞き(かたえぎき)*・・・・・長岡弘樹
  堂場警部補とこぼれたミルク*・・・・・蒼井上鷹
  退出ゲーム*・・・・・初野晴
  悪い手*・・・・・逢坂剛
  選挙トトカルチョ*・・・・・佐野洋
  薔薇の色*・・・・・今野敏
  初鰹*・・・・・柴田哲孝
  その日まで*・・・・・新津きよみ
  ねずみと探偵-あぽやん-*・・・・・新野剛志
  人事マン*・・・・・沢村凛
  点と円*・・・・・西村健
  辛い飴 永見緋太郎の事件簿*・・・・・田中啓文
  黒い履歴*・・・・・薬丸岳
  はだしの親父*・・・・・黒田研二
  ギリシャ羊の秘密*・・・・・法月綸太郎

  推理小説・二〇〇七年・・・・・千街昌之
  推理小説関係受賞リスト


こうしてタイトルと著者を並べただけでも、興味をそそられる。
そして、実際に読んでも、粒ぞろいで面白い。これだけの厚みが嘘のように惹きこまれる一冊である。

窓の魚*西加奈子

  • 2008/09/01(月) 17:19:55

窓の魚窓の魚
(2008/06)
西 加奈子

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誰かといるのに、ひとりぼっち。

男の子のようなナツ、
つるりとした肌のアキオ。
明るく派手なハルナ、
ぶっきらぼうなトウヤマ。

誰も、本当のあたしを知らない-。ある日、2組のカップルが温泉へ向う。でも、裸になっても笑いあっていても、決して交わらない想い。大人になりきれない恋人たちの一夜を美しく残酷に描く。


一緒にいるのが不思議なくらい共通点のありそうもない二組のカップルが、寂れた温泉宿で過ごす一夜の物語である。
おなじ時間が、ナツ、トウヤマ、ハルナ、アキオ、とそれぞれの視点で語られる。他人のことはこれほどまでにわからないものなのだということがよくわかる。外から見えることと真実との落差が、ありそうで怖い。
彼ら以外の客は二組。老夫婦と、やせた女。彼ら四人の語りに挟み込まれるように、老夫婦の妻の語りが置かれている。宿を出たあとで、鯉のいる池に薬を飲んだ女の死体が浮かんでいたという知らせを聞かされ、あれこれと思い返している。
かかわりのない視点からの語りは、なんとはなしに緊張感のようなものを孕みつつ、それでも四人はちっとも変わらずにそれぞれが秘密を抱えて生きている。
そもそも宿がいくつもの秘密を抱え込んでいるようであり、不思議な厭世観に包まれる一冊である。

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