ジェネラル・ルージュの凱旋*海堂尊

  • 2009/05/31(日) 13:45:08

ジェネラル・ルージュの凱旋ジェネラル・ルージュの凱旋
(2007/04/07)
海堂 尊

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 桜宮市にある東城大学医学部付属病院に、伝説の歌姫が大量吐血で緊急入院した頃、不定愁訴外来の万年講師・田口公平の元には、一枚の怪文書が届いていた。それは救命救急センター部長の速水晃一が特定業者と癒着しているという、匿名の内部告発文書だった。病院長・高階から依頼を受けた田口は事実の調査に乗り出すが、倫理問題審査会(エシックス・コミティ)委員長・沼田による嫌味な介入や、ドジな新人看護師・姫宮と厚生労働省の“火喰い鳥”白鳥の登場で、さらに複雑な事態に突入していく。
 将軍(ジェネラル・ルージュ)の異名をとる速水の悲願、桜宮市へのドクター・ヘリ導入を目前にして速水は病院を追われてしまうのか……。そして、さらなる大惨事が桜宮市と病院を直撃する。


『ナイチンゲールの沈黙』と、時を同じくするパラレルワールドのような物語である。
通常、物語はある一面から描かれており、読者にとってはそれだけがすべてになってしまいがちだが、両方を読むことによって、物事の複雑さや煩雑さを思い知らされることにもなる。病院はさまざまな意味でまさに戦場である。
本書ではなんと言ってもジェネラル・ルージュ(血まみれ将軍)こと、ICUの速水部長の辣腕と比類ないキャラクターが注目される。
田口先生も相変わらず厄介ごとに巻き込まれててんてこ舞いしているし、白鳥のマイペースさも同様である。東城大学医学部のそうそうたる顔ぶれが一堂に会す場面もあって、壮観である。それぞれの思惑と、それを上回る速水の救急救命にかける熱さの対決が興味深い。
看護師や医師たちのキャラクターがそれぞれ秀逸であり、それぞれが確かにプロなので、尊敬する。姫宮さえもなにやら愛おしく思える。
読み応えのある一冊だった。

恋細工*西條奈加

  • 2009/05/28(木) 16:51:45

恋細工恋細工
(2009/04)
西條 奈加

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一匹狼の職人・時蔵と女だてらに細工師を志す錺工房の娘・お凛。周りと打ち解けず、独り黙々と細工に打ち込む天才肌の時蔵に振り回されながらも、お凛は時蔵に惹かれていく。そして、反発し合っていた二人の心が銀細工を通じてかさなった時、天保の改革で贅沢品が禁止された江戸の町に活気を取り戻す、驚天動地の計画が動き始めた…。若い男女の哀しく切ない恋模様を描く本格時代小説。


錺工房の娘・お凛の恋心と、店の先行き、天保の改革で活気を失くした江戸の町や人々の暮らし向きなどが、手の込んだ錺細工のように描かれている。お凛の店や職人たちを思う心や細工に注がれる情熱のの真っ直ぐさが健気で、胸を打たれる。お凛の周りの人たちも、それぞれに情が深く、好感が持てる。
最後の最後で熱いものがこみあげる一冊だった。

鷺と雪*北村薫

  • 2009/05/27(水) 11:20:38

鷺と雪鷺と雪
(2009/04)
北村 薫

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帝都に忍び寄る不穏な足音。ルンペン、ブッポウソウ、ドッペルゲンガー…。良家の令嬢・英子の目に、時代はどう映るのか。昭和十一年二月、雪の朝、運命の響きが耳を撃つ―。


表題作のほか、「不在の父」 「獅子と地下鉄」

ベッキーさんシリーズ第三弾である。
恙なく女学生生活を送る英子だったが、友人や知人の身の回りに起こるちょっとした不思議に、心を奪われたり胸を痛めたりもする。そんなときに頼りになるのは、お抱え運転手のベッキーさん(別宮みつ子)である。控えめながら、豊富な知識と思慮深さで、陰ながらいつも的確なアドバイスを授けてくれるベッキーさんなのである。
現代では考えられないが、良家のお嬢さまである英子が、ごく限られた範囲ではあるが、このように探偵まがいの冒険をすることができるのも、ベッキーさんが雇い主である英子の両親から絶大なる信頼を寄せられている証でもあるだろう。なんとも格好いいのである、ベッキーさん。
最後に配された表題作では、時代は不穏な気配が濃厚になり、英子の淡い恋心にも影が差す幕切れとなる。若月さんがどうなったのか、とても気になる。

三月の招待状*角田光代

  • 2009/05/25(月) 17:10:28

三月の招待状三月の招待状
(2008/09/04)
角田光代

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友人の風変わりな離婚パーティで顔を合わせた5人の男と女。動揺、苛立ち、虚しさ、自分を取り戻そうとするのだが、揺れるこころが波紋をなげる。それぞれが見つける新たな出発を描いた長編小説。


大学時代つるんで過ごした仲間五人も、34歳になっていた。
仲間内で結婚した裕美子と正道の離婚パーティの招待状が届いたのが三月のことだった。
そして、四月の離婚パーティから彼らはそれぞれ程度の差こそあれ、揺れ動くことになるのである。
学生時代を懐かしみながらも、現在を生きる学生を見ると幼く見え、かと言って、未来への展望も容易には描けず、自分の立ち居地を確認しようとしても心許なさしか感じられない。34歳というのは、ちょうどそんな年頃なのかもしれない。
ひとりが独りとしてもがきながら、それでも仲間の中のひとりとしての位置づけに自分を置いたまま、煩悶するさまは、客観的に見ればばかげているようにも思われるのだが、それこそが人間であるとも思えて、他人事ではない。
いました決断が、果たして未来を明るくするものなのかどうか、判らないことこそが人生の面白さと言えるのかもしれない。

悪いことはしていない*永井するみ

  • 2009/05/23(土) 07:57:46

悪いことはしていない悪いことはしていない
(2009/03/20)
永井 するみ

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大手企業リーロテックに入社して4年。真野穂波は、尊敬する上司・山之辺の秘書として慌ただしくも充実した日々を送っていた。ところが、ある日、同期の亜衣が突然失踪した。彼女のブログには「会社の上司にホテルに連れ込まれそうになってショック…」と最後の書き込みが。穂波は山之辺を疑い始め、亜衣の部屋を訪ねる。そこには、いつか見た光景―ピスタチオナッツの殻が散っていた。


ちょっとしたミステリ要素を盛り込んだワーキングガール物語、というテイストの一冊である。
仕事ができる尊敬する上司・山之辺の臨時秘書になり、自分がステップアップしているような気分で、仕事が愉しくて仕方がない穂波が周囲にひたひたと広げる波紋が、――本人に自覚はないかもしれないが――結果として、あちこちにまったく別の形でひずみとして現れたと言ってもいいかもしれない。
確かに穂波は、何も悪いことはしていない。

シューカツ!*石田衣良

  • 2009/05/20(水) 16:57:21

シューカツ!シューカツ!
(2008/10)
石田 衣良

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仕事も会社も、わからない。でも今、闘うしかないんだ。水越千晴、鷲田大学三年生。仲間七人で「シューカツプロジェクトチーム」を結成した。目標は全員で、最難関マスコミ合格。


我が子がまさに物語の主人公たちと同じ大学三年生で、シューカツ中!、ということで興味を持ち、図書館に予約を入れたのだが、かなり待たされているあいだに、息子は四年生になり、シューカツも終わってしまった。
物語の主人公たちは、私大の雄ともいわれるマンモス大学・鷲田大学の学生であり、そもそも優秀であり、その上OBOGはどこの企業にもほぼ間違いなくいる等、就職活動においては恵まれた環境にある。しかも、志望はマスコミ関係という花形企業である。ごく普通の大学生に当てはめるのには無理がある気がしなくもない。だが、就職活動に臨む心意気や、思い入れ、緊張感や、自分という人間を全否定されたような挫折感などは、誰にも共通のものとしてよく描かれていると思う。
これは、シューカツ!の物語なので、学業に関してはほとんど触れられていないが、実際の大学三年生は、就職活動をしつつ、きちんと講義も受ければ、試験だってあり、サークル活動もしているのである。

ゆずゆずり*東直子

  • 2009/05/19(火) 14:04:01

ゆずゆずりゆずゆずり
(2009/03)
東 直子

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「仮の家」に同居人と暮らす文筆業のシワス。人工都市での日常の狭間で「思考の冒険」を楽しむうち、奇妙なことが次々と…。ささやかな妄想が人生を面白くする。


 この本は、エッセイなのか小説なのかと問われたら、えっと、小説、なんですが・・・・・と小さく答える。エッセイですよね、エッセイに決まっています、と強く言われたら、そうかもしれません、と答えてしまうかもしれない。
                         あとがき より


上記のように、限りなく著者の日常に近い物語であろうことが、より物語に親しみを抱かせる。
イチ、サツキ、ナナ、シワス、という家族の呼称や、頭文字表記だったり、○(漢字一文字)のつく町、というような町の呼び方が、日常を外側から見つめる役割を果たしていて――それにしては場所がほぼ特定できてしまったりもするのだが――小説らしくもある。
なんら特別ではない毎日を、丁寧に暮らし、生きていくことに喜びを見出せる心持ちにさせてくれる一冊だった。

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生者と死者―酩探偵ヨギガンジーの透視術*泡坂妻夫

  • 2009/05/17(日) 10:59:48

生者と死者―酩探偵ヨギガンジーの透視術 (新潮文庫)生者と死者―酩探偵ヨギガンジーの透視術 (新潮文庫)
(1994/10)
泡坂 妻夫

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この本は絶対に立ち読みできません。はじめに袋とじのまま、短編小説の「消える短編小説」をお読みください。そのあと各ページを切り開くと、驚くべきことが起こります――。そして謎の超能力者と怪しい奇術師、次次にトリックを見破るヨギガンジーが入り乱れる長編ミステリー「生者と死者」が姿を現すのです。史上初、前代未聞驚愕の仕掛け本です。読み方にご注意してお楽しみください。


知らなかった。こんな仕掛け本だったとは。
わたしは図書館で借りたので、もちろんページはすべて予め切り開かれており、長編小説としてだけしか愉しむことができなかった。それでも、充分読み応えがあったが、半分損した気分であることは間違いない。

四とそれ以上の国*いしいしんじ

  • 2009/05/16(土) 08:40:32

四とそれ以上の国四とそれ以上の国
(2008/11)
いしい しんじ

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四国・阿波、ある夜、「藍」が逃げ出した。人間でいえば十六、七…。心の奥底に秘められた言葉、記憶、すべてを解き放つ、「それ以上」の物語。


「塩」 「峠」 「道」 「渦」 「藍」

地名や風物は現実の四国そのものなのだが、描かれているのは、現実を越えてあふれ流れ出す心象風景さながらである。
自由に形を変え――ときには形さえもなく――四国のさまざまな土地とそこに根づく暮らしの上を奥を漂い突き進むようにも見える。

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架空の球を追う*森絵都

  • 2009/05/13(水) 19:21:29

架空の球を追う架空の球を追う
(2009/01)
森 絵都

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やっぱり罠にはまった。そんな気がする。ふとした光景から人生の可笑しさを巧妙にとらえる森絵都マジック。たとえばドバイのホテルで、たとえばスーパーマーケットで、たとえば草野球のグラウンドで、たとえばある街角で…人生の機微をユーモラスに描きだすとっておきの11篇。


表題作のほか、「銀座か、新宿か」 「チェリーブロッサム」 「ハチの巣退治」 「パパイヤと五家宝」 「夏の森」 「ドバイ@建設中」 「あの角を過ぎたところに」 「二人姉妹」 「太陽のうた」 「彼らが失ったものと失わなかったもの」

短編よりも掌編に近い物語集である。それを知らなかったので、表題作のあまりの短さに、拍子抜けした感じでもある。つづくのかと思ったら、終わってしまったのだった。
しかし、掌編集だとわかって読めば、どの物語も切り取り方が絶妙である。ラストでひっくり返る価値観も小気味よい。

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短劇*坂木司

  • 2009/05/13(水) 14:19:11

短劇短劇
(2008/12/17)
坂木 司

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たとえば、憂鬱な満員電車の中で。あるいは、道ばたの立て看板の裏側で。はたまた、空き地に掘られた穴ぼこの底で。聞こえませんか。何かがあなたに、話しかけていますよ。坂木司、はじめての奇想短編集。少しビターですが、お口にあいますでしょうか。


26の短い物語集。
ちょっといい話もないわけではないが、全体のトーンはホラーとまでは言えないが、いささか薄気味悪い感じである。
暗闇に立てたろうそくを一本ずつ吹き消しながら、語って聞かせる百物語にも似合いそうな話も多い。
ひとつひとつの窓に、外からは窺い知れない物語が隠されている、と思わせられるような装丁もぴったりである。

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しあわせの書*泡坂妻夫

  • 2009/05/11(月) 06:47:06

しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)しあわせの書―迷探偵ヨギガンジーの心霊術 (新潮文庫)
(1987/07)
泡坂 妻夫

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二代目教祖の継承問題で揺れる巨大な宗教団体“惟霊講会”。超能力を見込まれて信者の失踪事件を追うヨギガンジーは、布教のための小冊子「しあわせの書」に出会った。41字詰15行組みの何の変哲もない文庫サイズのその本には、実はある者の怪しげな企みが隠されていたのだ―。マジシャンでもある著者が、この文庫本で試みた驚くべき企てを、どうか未読の方には明かさないでください。


サブタイトルにあるとおり、ガンジー先生は迷探偵である。颯爽と登場するわけでもなく、快刀乱麻ぶりを発揮するわけでもない。はっきり言えば、怪しげでさえある。だがそれでも名探偵なのである。自然体のキャラに好感が持てる。
事件は新興宗教の教団内で起こる。信者が事故に巻き込まれてなくなったり、その人物が生き返ったり、ないはずの小冊子が出回っていたり…。不可解な出来事のあれこれは、実は根を同じくするものだったのだ。
内容紹介にもあるように、これ以上は明かせないが、ガンジー先生のことをもっと知りたくなる一冊である。

鬼の跫音(あしおと)*道尾秀介

  • 2009/05/09(土) 16:50:34

鬼の跫音鬼の跫音
(2009/01/31)
道尾 秀介

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心の中に生まれた鬼が、私を追いかけてくる。―もう絶対に逃げ切れないところまで。一篇ごとに繰り返される驚愕、そして震撼。ミステリと文芸の壁を軽々と越えた期待の俊英・道尾秀介、初の短篇集にして最高傑作。


「鈴虫」 「犭(ケモノ)」 「よいぎつね」 「箱詰めの文字」 「冬の鬼」 「悪意の顔」という六つの短編集。

連作というわけではないのだが、鴉や狐、そしてSという――同一ではないのだが――人物をキーとして同じ雰囲気を醸しだしているので、同じ地平の延長上にある物語のようにも思われる。
ラストに視点が一変し、物語がぐらりと傾いて様相を変えるのが、ぞくりと恐ろしくも興味深い。

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ファミリーポートレイト*桜庭一樹

  • 2009/05/08(金) 17:02:20

ファミリーポートレイトファミリーポートレイト
(2008/11/21)
桜庭 一樹

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あなたとは、この世の果てまでいっしょよ。呪いのように。親子、だもの。

直木賞受賞後初の書き下ろし長編1000枚。
全身全霊感動のエンディングを迎える、恐るべき最高傑作!

ママの名前は、マコ。マコの娘は、コマコ。うつくしく、若く、魂は七色に輝く、そしてどうしようもなく残酷、な母の“ちいさな神”として生まれた娘の5歳から34歳までを描く。
怒涛のごとき展開と濃密な物語に圧倒されながらページを繰る手が止まらない第一部「旅」、紙上の文字がいまにも叫び出しそうな言葉の力に溢れ、この作品を同時代に読めた喜びに震える第二部「セルフポートレイト」――二部構成となる本書は、進化と深化が止まらないモンスター作家・桜庭一樹の新たな金字塔となった!  面白くて、どこまでも凄い!!!


「第一部 旅」と、「第二部 セルフポートレイト」とで語られる、駒子の5歳から34歳までの物語である。
第一部では、ママであるマコとその子であるコマコは、マコの現実の罪から逃げ伸びるために旅を続ける。その行く先々での事々が、自称情緒の発達が遅れており、喋ることができないコマコの心の声として語られる。マコはときに、自分の哀しみをぶつけるようにコマコを虐待するが、コマコにとってはマコが世界のすべてなので、マコを満たすためにされるがままで自分を消すようになる。
第二部では、突然のマコの不在によって世界に放り出されたコマコが、マコを求めながらも物理的にはその呪縛から解き放たれ、その心許なさと我が身の置き所のなさにもがきながらも、少しずつ形のある何者かになっていく様が描かれる。
ページのそこここから立ち上るぴりぴりとした緊張感に刺され、無気力で自堕落な喩えようのないだるさに打ちのめされ、ほんの幽かな光に必死にすがろうとすると、あっけなく闇に引き戻されるような心地の読書だった。
マコとコマコ、がいつのまにかコマコとマコ、に変わっていたように、自分の裡にマコを同化させながら、ラストの場面の後もコマコは生きていくのだろう。それでもマコを愛し続けて。

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オリンピックの身代金*奥田英朗

  • 2009/05/06(水) 13:52:00

オリンピックの身代金オリンピックの身代金
(2008/11/28)
奥田 英朗

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昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。「昭和」が最も熱を帯びていた時代を、圧倒的スケールと緻密な描写で描ききる、エンタテインメント巨編。


オリンピックの身代金は八千万円。
戦後十九年にして、目覚しい復興を遂げた首都東京。時はまさに国を挙げてオリンピックを待ち望む興奮に満ちていた。そんな表舞台の陰で、機械の歯車並みの、いやそれ以下の扱いで、人知れず死んでいく地方の貧農出の人夫たちの存在に、人々は目を瞑っているのだった。
そんな風にして兄を亡くした東大大学院生の島崎国男は、格差社会の不平等に憤り、兄や同じような境遇の人々の弔いの気持ちから、オリンピックを人質に取ることを考えるのだった。
物語の視点は、ひとつは島崎に、もうひとつは警察側に置かれ、ひと月あまり時間軸をずらしながら展開され、クライマックスに近づくに従って同軸により合わされていく。これが、一層緊張感を高めて効果的である。
おそらく読者は、いつの間にか島崎を応援している自分に気づくのではないだろうか。
この時代ほどではないだろうが、現代にも未だに東京と地方との経済格差は存在するだろう。そのことを思うとき、大胆にすぎると思われる島崎の行動に、切なさとやりきれなさを感じるのはわたしだけではないだろう。

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巴之丞鹿の子*近藤史恵

  • 2009/05/02(土) 16:57:10

巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳 (幻冬舎文庫)巴之丞鹿の子―猿若町捕物帳 (幻冬舎文庫)
(2001/10)
近藤 史恵

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江戸の町では娘だけを狙った連続殺人が起きる。南町奉行所同心・玉島千陰は殺された女が「巴之丞鹿の子」という人気役者の名がついた帯揚げをしていたことを不審に思う。巴之丞に会いに猿若町へ出かけた千陰は、殺人に使われた鹿の子には偽物が存在すると聞かされる。犯人の狙いは一体何なのか。時代ミステリー小説シリーズ第一作。


猿若町捕物帳シリーズ第一弾。
直前に読み終えた畠中恵著『こいしり』と同じテイストの物語だが、あちらのお気楽な主人公と違って、こちらは酒と遊女が苦手という大層堅物の同心・玉島千陰が主人公である。
女形の役者や、姿がそっくりの花魁が事件に絡み、なにやら艶かしくもある。堅物ながら、自らの足と人を使って調べを進め、真相を見つけ出す千陰と、手下の八十吉の働きがこの後もたのしみである。

こいしり*畠中恵

  • 2009/05/01(金) 16:48:57

こいしりこいしり
(2009/03/27)
畠中 恵

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「あのね、この子猫達、化けるんですって」お気楽跡取り息子・麻之助に託された三匹の子猫。巷に流れる化け猫の噂は、じつは怪しい江戸の錬金術へとつながっていた!?町名主名代ぶりも板につき、絶妙の玄関捌きがいっそう冴えながらも、淡い想いの行方は皆目見当つきかねる麻之助。両国の危ないおニイさんたちも活躍するまんまことワールド第二弾。


表題作のほか、「みけとらふに」 「百物語の後」 「清十郎の問い」 「今日の先」 「せなかあわせ」

相変わらずお気楽者で、理由をつけては町名主の仕事を怠けようとする麻之助であるが、逃れられないこともある。そんな出来事のあれこれである。お寿ずというしっかり者の妻を娶った麻之助だが、そのお気楽な所業は改まることはないようである。だが、いちどかかわった出来事に関しては、最後まで見届けなければ気がすまない性質が幸いしてか、結果的にはなかなか人情味あふれるお裁き(?)ぶりである。幼なじみの悪友、清十郎や吉五郎共々、少しずつ立派な大人になっていくのがたのしみでもある。

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