私らしくあの場所へ

  • 2009/07/31(金) 13:47:06

私らしくあの場所へ (講談社文庫)私らしくあの場所へ (講談社文庫)
(2009/05/15)
角田 光代谷村 志穂

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出ていってやる、私は車に乗り込んだ/美しい老婆ミナミの運転に僕は命を預ける/愛犬ブランと最後のドライブ/二ヵ月前に出ていった透の愛車が部屋の前に /私は恋の終わる地点をめざし、アクセルをふんだ/いつものCD、だけど湧き上がる怒りと失望―6人の人気作家が車をモチーフに描いた珠玉の恋愛小品集。


  「ふたり」  角田光代
  「ゆうれいトンネル」  大道珠貴
  「風になびく青い風船」  谷村志穂
  「たとえ恋は終わっても」  野中柊
  「BORDER]  有吉玉青
  「遠ざかる夜」  島本理生



紹介文を読むまで、車がモチーフになっていることに気づかなかった。そういえば、どの物語にも車が出てくる。自分が車を運転しないので、自分で運転して遠出する---あるいは逃げる---ときの心持がよくわからないが、これらの物語を読むと、なにか象徴的なものがあるのだろう。車が、単なる移動手段としてではなく、行きたい場所へ連れて行ってくれるよりどころのように捉えられているのが目新しい。

ラストドリーム*志水辰夫

  • 2009/07/30(木) 19:38:11

ラストドリーム (新潮文庫)ラストドリーム (新潮文庫)
(2007/08)
志水 辰夫

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真っ暗な穴のなかへ落ちてゆく夢を見た。青函トンネルを走る列車で目覚めた時、彼は自分自身を失っていた。あてどなき魂の旅が始まった。ライバルと競った若き時代。徒手空拳で海外事業に挑んだあの頃。少女にいざなわれた炭鉱町の最盛期。そして、妻と過ごしたかけがえのないとき―。時空を行きつ戻りつしながら、男は人生の意味を噛みしめる。大人のための、ほろ苦い長篇小説。


冒頭から穏やかならない。青函トンネルの中で目を覚ました主人公・長渕は、身分を示すものを何も身につけておらず、記憶を失くしているのだった。長渕の出所を探るサスペンスかと思いきや、物語は時間を行きつ戻りつしながら、彼の生き様を、仕事の面から、あるいは妻との関わりの面から描き出すのである。
寂れてしまった炭鉱の町・夕張を意識の底に敷き詰めたことで、懐かしさや寂寞感を漂わせ、ある種のファンタジーのように感じられることもある。さまざまな要素が盛り込まれていて、不思議な読後感の一冊である。

マジョモリ*作・梨木香歩 絵・早川司寿乃

  • 2009/07/28(火) 16:50:46

マジョモリマジョモリ
(2003/05)
梨木 香歩

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春のマジョモリは花が満開。ある朝つばきは、森から届いた招待状を手に初めて森の奥へ。そこで出会ったハナさんとノギクやサクラのお茶でティーパーティー。後からもう一人来た女の子は誰? 「小さな女の子の時間」を描く。


著者の絵本。早川司寿乃さんの絵が、時間と空間の不思議な物語にやさしくおおらかな愛情深さを添えている。
木花咲耶姫(このはなさくやひめ)がモチーフになっている。
女の子は、いくつになっても女の子なのだと、微笑ましい心持ちにさせてくれる一冊でもある。

河馬の夢*清水義範

  • 2009/07/28(火) 16:39:24

河馬の夢 (新潮文庫)河馬の夢 (新潮文庫)
(1994/09)
清水 義範

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近所に救急車が来たりすると、一番に飛び出してくる、面倒見のいい出しゃばりのおっちゃんたちを描く表題作。
TVクイズ番組の取材スタッフのアブナイ内幕「世界の国からこんにちは」。
ラジオ電話相談室の回答者を恐怖の質問が襲う「こだま電話相談室」。
一名古屋じんの独断と偏見で書く「大胆不敵東京案内」。
――鋭い観察眼と究極のユーモアを武器に、必ず誰をも笑わせる爆笑小説8連発。


上記に紹介されているほかに、「帰国子女京都観光ガイド」 「急がば回れ」 「読者のお便り」 「アホダラ教」

どの作品も、着眼点が著者ならではであり、その絶妙さに思わずクスリと笑ってしまう。
そんなばかな、というものもあれば、思わず頷かされてしまうものもあり、ところどころにブラック感も漂っていたりして、まったくもって面白い一冊である。

ラスト・レース--1986冬物語*柴田よしき

  • 2009/07/27(月) 06:59:28

ラスト・レース―1986冬物語 (文春文庫)ラスト・レース―1986冬物語 (文春文庫)
(2001/05)
柴田 よしき

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社内恋愛に破れ憂鬱な毎日を送る秋穂は、宝石店に忘れられた指輪を持ち帰った夜、レイプされてしまう。翌日近くのマンションでOLが殺された。自分は人違いで襲われたのでは?悩む秋穂の前に現れたレイプ犯の二人は、誰かに嵌められたのだと語る。時代の流れに乗り損ねた男女のラヴ&クライム・ノヴェル。


1986年という、バブルの兆しが見えはじめた時代を背景に、そんな浮かれた時代の流れに乗り切れなかった男女が巻き込まれた事件がミステリ仕立てで語られる物語である。
秋穂は、ただ恋がしたいだけなのに、つい出来心で宝石店に置き忘れられたガーネットのリングを自分の指に嵌めてしまってから、腑に落ちない事件に巻き込まれていくのだった。次々につながり、明らかになる真実に、傷つけられながらも強さを身につけていく秋穂は、ラストでは冒頭では想像もしていなかった未来を見ている。普通ここまでできないだろう、しないだろう、ということは多々あったが、自分を縛るものから抜け出せた秋穂は、おそらくもう泥沼に入り込むことはないだろう。

すりばちの底にあるというボタン*大島真寿美

  • 2009/07/25(土) 17:16:11

すりばちの底にあるというボタンすりばちの底にあるというボタン
(2009/02/18)
大島 真寿美

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「すりばち団地」に住んでいる薫子と雪乃は、幼なじみ。その二人の前にあらわれた転校生の晴人。薫子と雪乃が知っていたのは「ボタンを押すと世界が沈んでしまう」ということ。しかし晴人が知っていたのは、「ボタンを押すと願いが叶う」ということ。どちらが真実?三人は、真実を探しもとめ動きだす。―団地を舞台に心の揺れ動きを丁寧に描き出した物語。


児童書とは謳っていないが、児童書だろう。
主人公の薫子・雪乃・晴人は、小学六年生。自分をしっかり持っている薫子、妹キャラでほのぼのとした雪乃、転校生で引っ込み思案の晴人、性格も家庭環境も三者三様である。
すりばち団地の底にあるというボタンの噂は、良いものと悪いものとふたつあり、どちらにしても彼らには、それを誰かが押してしまうことが心配なのだった。
寂れていく団地、いつの時代にもそこにいた子どもたちの世界、ボタンの噂の移り変わり。ボタン伝説はたぶん、すりばち団地の子どもたちの心のよりどころだったのだろう。
ちょっぴり寂しく、そしてあたたかく、胸がきゅんとする一冊だった。

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ブラックペアン1988*海堂尊

  • 2009/07/24(金) 16:48:15

ブラックペアン1988ブラックペアン1988
(2007/09/21)
海堂 尊

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医師国家試験受験後、合否判定を待ちながらも「東城大学医学部付属病院」の研修医となった世良雅志。世良が入局したのは教授の佐伯清剛が頂点に君臨している総合外科教室「佐伯外科」、そんな佐伯外科に入局して3日目、世良は帝花大学からやってきた新任の講師・高階権太と遭遇する。高階は食道自動吻合器「スナイプAZ1988」を引っ提げ、手術の在り方に一石を投じ波紋を呼び、周囲の反感を抱かせるのだった。また「佐伯外科」には「オペ室の悪魔」と呼ばれる万年医局員の渡海征司郎がおり、世良は高階や渡海との関わりの中で医師として成長していく。
だが佐伯も立候補した病院長選挙の時期、渡海と佐伯の因縁を巡る事件が起こった。


いまからほぼ二十年前、1988年の東城医大である。
馴染みの登場人物の若き日の姿や、現在の姿の源となるようなエピソードも興味深い。そして何より印象深いのは、「命を救う」ことにかける真剣さである。性格がそれぞれ違うように、手術のやり方も違い、手術に臨む心がまえも人の数だけあるが、救える命の炎を消さない、という覚悟は共通していて、それぞれのスタンスでその一点に向かう様子に神々しささえ覚える。緊張感漂う一冊だった。

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七つの死者の囁き

  • 2009/07/22(水) 16:49:00

七つの死者の囁き (新潮文庫)七つの死者の囁き (新潮文庫)
(2008/11/27)
有栖川 有栖石田 衣良

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死者はそこにいる。生きている私たちの記憶の中に、夢の中に、そしてすぐ背後に。私たちを見つめ、語りかけ、時に狙っている。ひそやかで絶え間ない、死者たちの攻勢―。少女の幽霊は窓辺に立ち、死んだ恋人からのメールが届く。自殺した女の呪詛が響き、亡くなった男は秘密を打ち明け、死霊の化身が地底から出現する。怖恐と憂愁を纏った七つの死者たちの物語。文庫オリジナル。


  「幻の娘」  有栖川有栖
  「流れ星のつくり方」  道尾秀介
  「話し石」  石田衣良
  「熱帯夜」  鈴木光司
  「嘘をついた」  吉来駿作
  「最後から二番目の恋」  小路幸也
  「夕闇地蔵」  恒川光太郎


ミステリあり、怪異あり、幻想あり、とテイストはさまざまだが、どれもが死者の囁きである。
聞いて見なければ到底わからなかっただろう真実が垣間見えたりもする。ミステリで毎度死者の囁きが聞こえたら興醒めだろうが、ときにはこんな趣向も面白い。

きんぴらふねふね*石田千

  • 2009/07/21(火) 17:12:02

きんぴらふねふねきんぴらふねふね
(2009/05/26)
石田 千

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懐かしい酢入りの自家製ドレッシングを思い出す春。夏の西瓜割り、秋空の下の駅弁、冬の風邪に大蒜……。四季の生活に根ざした身近で大切な「食」の習慣と記憶たち。最新エッセイ集。


著者のエッセイに出てくる食べものは、決して気張ったものではなくさりげないのだが、どれもおいしそうで、つい真似してみたい心地にさせられる。そのときどきの心や躰のありようが、口にする食べものに反映されるのも、わかりやすくておもしろい。
著者独特の、まずは主語を明らかにしない語り口によって、あるときは嬉々として、またあるときはいささか尖って読み手に伝わるのもいい趣である。

赤い月、廃駅の上に*有栖川有栖

  • 2009/07/20(月) 13:56:26

赤い月、廃駅の上に (幽BOOKS)赤い月、廃駅の上に (幽BOOKS)
(2009/02/04)
有栖川有栖

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有栖川有栖の新境地! 初の幻想怪談集。
作家生活20周年 記念出版 ミステリ作家が描く、初の本格幻想怪談集。
赤い月の光----。それは邪気を招く不吉な月。鬼月が出た夜は、異界への扉が口をあける・・・。
17 歳の引きこもりの青年が、クロスバイクで旅に出た。四日目にある町の廃線跡の駅舎に辿り着き、野宿をする。そこに現れた鉄道忌避伝説を追う30代の鉄ちゃんライターの佐光。空に赤い月が出ているのを見た青年は不気味さを振り払おうとダベり始める。深夜に差しかかるころ、佐光はトイレに行くため駅舎を出る。それを見計らったかのように、赤い月はますますその光を増し・・・。怪談専門誌『幽』に連載された8編に加え、他誌に発表された2編を加えた初の怪談集、堂々刊行。


鉄道にまつわる幻想怪談短編集。
表題作のほか、「夢の国行き列車」 「密林の奥へ」 「テツの百物語」 「貴婦人にハンカチを」 「黒い車掌」 「海原にて」 「シグナルの宵」 「最果ての鉄橋」 「途中下車」

まさに幻想怪談集である。いつもの日常が、どこからかふと逸れて、いつのまにか世界の間に迷い込んでいるような心地にさせられる。背中がぞわりとし、躰の芯が冷たく凍りつくようであるのだが、その中に微かに温かみがあるようにも思われる。
鉄道好きな人はもちろん、そうでない人にも、なにか郷愁のようなものを感じさせてくれる一冊でもある。

捨て猫という名前の猫*樋口有介

  • 2009/07/18(土) 08:00:40

捨て猫という名前の猫 (創元クライム・クラブ)捨て猫という名前の猫 (創元クライム・クラブ)
(2009/03)
樋口 有介

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「秋川瑠璃は自殺じゃない、そのことを柚木草平に調べさせろ」若い女の声でかかってきた月刊EYES編集部への奇妙な電話は、そう言って切れた。それは一週間前に、“女子中学生が飛降り自殺”と新聞で小さく報じられた事件だった。誰もが羨む美少女に、何があったのか―。事件を洗い直す柚木草平は、ある真実を探り出す。調査のために訪ねるのは、美少女に美女ばかりの青春私立探偵シリーズ。


三軒茶屋の雑居ビルの屋上からだれもが羨む美少女が飛び降り自殺した。一週間後に月刊EYESにかかってきた一本の電話で、柚木草平はこの件を調べることになり、調査の結果、電話の主をつきとめた直後、彼女は殺されてしまう。
相変わらず美女に弱く、懐はさみしく、しかもハードボイルドを気取る柚木であるが、視点を据えるポイントは確かである。柚木の予想を裏切らない形で次々に判明する事実と、繋がる人間関係に、やりきれなさは加速する。愚かなのは少女たちなのか、あるいは大人たちなのか。哀しすぎる一冊である。

f植物園の巣穴*梨木香歩

  • 2009/07/14(火) 17:06:50

f植物園の巣穴f植物園の巣穴
(2009/05/07)
梨木 香歩

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歯痛に悩む植物園の園丁がある日、巣穴に落ちると、そこは異界だった。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、愛嬌のあるカエル小僧、漢籍を教える儒者、そしてアイルランドの治水神と大気都比売神……。人と動物が楽しく語りあい、植物が繁茂し、過去と現在が入り交じった世界で、私はゆっくり記憶を掘り起こしてゆく。怪しくものびやかな21世紀の異界譚。


クラインの壺を思わせるような不思議世界である。次元も時間も複層的に積み重なり、断片的に目前に現れるように見えて、実は熟成されているようにも思われる。裡へ裡へと進んでいるうちに、いつの間にか外側に出ているような、またその逆のような…。自分というものの根源にまで遡りつつ、現在の自分自身の無意識世界を見つめることにもなっている。
生命の根源を想うのに、水生植物園以上にぴったりな場所もないかもしれない。不思議で興味深い一冊だった。

わくらば追慕抄*朱川湊人

  • 2009/07/13(月) 13:43:50

わくらば追慕抄わくらば追慕抄
(2009/03/26)
朱川 湊人

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人や物の「記憶」を読み取れるという不思議な力をもった姉の鈴音と、お転婆で姉想いの妹ワッコ。固い絆で結ばれた二人の前に現れた謎の女は、鈴音と同じ力を悪用して他人の過去を暴き立てていた。女の名は御堂吹雪―その冷たい怒りと憎しみに満ちたまなざしが鈴音に向けられて…。今は遠い昭和30年代を舞台に、人の優しさと生きる哀しみをノスタルジックに描く、昭和事件簿「わくらば」シリーズ第2弾。


「澱みに光るもの」 「黄昏の少年」 「冬は冬の花」 「夕凪に祈った日」 「昔、ずっと昔」

連作短編集でもあり、一連の物語としても読める。前作同様、歳を重ねた和歌子が、振り返って語る形を取っている。
前作では、わけもわからず借り出された形の鈴音だったが、今作でははっきりと自分の意思を持って自らの力を使うようになっていて、少しずつ人間としての強さも身につけてきたのだなぁと感慨深い。
また今作では、薔薇姫と名乗る、鈴音と同じような力を持つ女性が登場し、上条姉妹にも読者にも不安を抱かせる。彼女と鈴音の関係が明らかにされていないので、シリーズはまだつづくのだろう。たのしみである。

COW HOUSE--カウハウス*小路幸也

  • 2009/07/11(土) 14:02:51

COW HOUSE―カウハウスCOW HOUSE―カウハウス
(2009/06)
小路 幸也

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この家は、みんなの居場所。25歳、ワケあって窓際族。仕事は、会社所有の豪邸の管理人。なぜか集まってきたのは丑年の面々。


会議の席で上司を殴って左遷され、鎌倉の豪邸の管理人をさせられる羽目になった畔木(くろき)・25歳。なぜかワケアリ――しかも丑年――の人たちが集まってきて、「COW HOUSE」と命名されることに…。
畔木の現在を形づくることになった出来事や、拾った恋人・美咲や、テニスコートに入り込んでいた老人・無人(なしひと)さんやピアノの天才・ふうかちゃんなど、カウハウスに集まってきた人々の事情が少しずつ明らかになっていくのも興味深い。畔木の上司・坂城部長と無人さんが旧知の仲だったりと、人と人との縁にもじんわりさせられる。
こんなのどかな名前の豪邸で、これほど壮大なプロジェクトが立ち上げられるとは、露ほども思わなかったが、とかく自分の得しか考えない現代の世の中で、ぜひ成功して欲しいものである。笑顔の似合う一冊だった。

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神去(かむさり)なあなあ日常*三浦しをん

  • 2009/07/08(水) 16:42:37

神去なあなあ日常神去なあなあ日常
(2009/05)
三浦 しをん

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美人の産地・神去村でチェーンソー片手に山仕事。先輩の鉄拳、ダニやヒルの襲来。しかも村には秘密があって…!?林業っておもしれ~!高校卒業と同時に平野勇気が放り込まれたのは三重県の山奥にある神去村。林業に従事し、自然を相手に生きてきた人々に出会う。


高校卒業が間近になっても、進路も決まらずふらふらしていた平野勇気は、親や担任に乗せられて林業の村・神去村に送り込まれることになってしまった。
この物語は、繁華街もコンビニさえもなく、若者すらほとんどいず、携帯は山の天辺以外はほとんど圏外、という信じられないような環境に放り込まれた勇気が、奇跡的に見つけた、インターネットにも繋がっていない埃をかぶったパソコンで綴った神去村での暮らしの記録である。
腰の定まらない勇気でなくとも厳しい林業の現場に、それでも少しずつ慣れてくるにつれ、雑音の多い都会にはない自然の営みの素晴らしさや、人々の関係のあたたかさに気づきはじめ、心持ちが変化してくるのだった。
閉ざされた、と言ってもいいような山奥の村で、代々伝わっている行事や信仰と密接に接しながら生きている人々との暮らしと、それが勇気に及ぼす効果がとても興味深かった。もっとずっと読んでいたいと思わされる一冊である。

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くまちゃん*角田光代

  • 2009/07/07(火) 07:01:10

くまちゃんくまちゃん
(2009/03)
角田 光代

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4回ふられても私はまた、恋をした。なんてことだろう。あんなにつらい思いをしたというのに。きっとここにあなたがいる、傑作恋愛小説。


表題作のほか、「アイドル」 「勝負恋愛」 「こうもり」 「浮き草」 「光の子」 「乙女相談室」

基本的には、前作で恋をされる人物が次作では別の誰かに恋をする、という形の連作である。さまざまな状況で恋ははじまり、はじまりのころのきらめきを失って終わる。恋する対象が変われば、価値観さえも変わり、生活もガラッと変わってしまう。そんな全身全霊をかけたような恋でも、ふられてしまえば明日は来ないのである。
恋のはじまりとおわりの違った意味でのもやもや感や、恋する者と恋される者の温度差の描かれ方が絶妙である。たとえふられたとしても、初めからなかったのとはまったく違うのだ、と思わせてくれる一冊でもある。

事件を追いかけろ--サプライズの花束編

  • 2009/07/05(日) 13:43:54

事件を追いかけろ サプライズの花束編―日本ベストミステリー選集〈36〉 (光文社文庫)事件を追いかけろ サプライズの花束編―日本ベストミステリー選集〈36〉 (光文社文庫)
(2009/04)
日本推理作家協会

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東直己 立ち向かう者/泡坂妻夫 蚊取湖殺人事件/池井戸潤 口座相違/伊坂幸太郎 パンク/大沢在昌 ジョーカーとレスラー/北川歩実 天使の歌声/五條瑛 偽りの季節/笹本稜平 死人の逆恨み/佐野洋 名誉キャディー/永井するみ 雪模様/夏樹静子 リメーク/新津きよみ 拾ったあとで/光原百合 花をちぎれないほど…/横山秀夫 密室の抜け穴


既読の作家の作品には、馴染みのある作品の物語に至るまでがさりげなく描かれた作品があったり、見知った登場人物が出てきたりもして、興味深かった。
それぞれのサプライズのテイストにも個性が出ていて、愉しい読書タイムを過ごすことができた。

グッドバイ--叔父殺人事件*折原一

  • 2009/07/02(木) 09:55:24

グッドバイ―叔父殺人事件 (ミステリー・リーグ)グッドバイ―叔父殺人事件 (ミステリー・リーグ)
(2005/11)
折原 一

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ぼくの叔父が集団自殺をした。閉め切ったワゴン車で練炭を使ったのだという。ところが叔母は「自殺に見せかけて誰かが殺したんだ」といってきかない。こうしてぼくは叔母に命じられ叔父の死の「真相」を探ることになったのだ。ぼくは遺族として他の自殺者の家族と会ううち、この集団自殺を以前から追いかけていたジャーナリストがいたことを知り、そして、ぼくはなにものかに監視されていることに気づいた。やはりたんなる「集団自殺」ではなかったのか?ぼくは狙われているのか?集団自殺事件をめぐる「真相」と「犯人」。読者の間隙を突く折原マジックの真骨頂。


書体を変え、語り手を変え、時系列を変えて集団自殺とそれに纏わる顛末が語られる。
転換が小刻みなので、慣れるまではなかなか頭が切り替わらなくて疲れたが、慣れてしまえばスリリングであるとも言える。
トラップとミスリードによって、結末はあっと驚くようなものになるのだが、騙されまいとして臨んだからか、割と早い段階でいろいろ気づいてしまい、予想した結末とさほど遠くないところに落ち着いてしまったのが、いささか残念でもあった。