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あるキング*伊坂幸太郎

  • 2009/09/30(水) 17:11:03

あるキングあるキング
(2009/08/26)
伊坂 幸太郎

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天才が同時代、同空間に存在する時、周りの人間に何をもたらすのか?野球選手になるべく運命づけられたある天才の物語。
山田王求はプロ野球仙醍キングスの熱烈ファンの両親のもとで、生まれた時から野球選手になるべく育てられ、とてつもない才能と力が備わった凄い選手になった。王求の生まれる瞬間から、幼児期、少年期、青年期のそれぞれのストーリーが、王求の周囲の者によって語られる。わくわくしつつ、ちょっぴり痛い、とっておきの物語。『本とも』好評連載に大幅加筆を加えた、今最も注目される作家の最新作!!

ベストセラー作家・伊坂幸太郎さんの最新刊は、いままでの伊坂作品とはひと味もふた味も違う! 『ゴールデンスランバー』や『週末のフール』のようなテイストとは違いますが、ひとりの天才が生みだされていく過程、主人公を取り巻く周囲の人々の困惑と畏れ――読み進めていくうちにどんどん引き込まれていきます。「他の人にこういう小説を書かれたら悔しい」「こういう作品を読みたかった」と伊坂さんご自身がおっしゃるくらい、思いをこめた作品です。新しい伊坂ワールドをお楽しみください!(by編集担当)


作中でキュリー夫人の伝記が引き合いに出されているが、この物語もある意味伝記であるので、主人公の天才野球少年・山田王求(おうく)を客観的に眺める視点で語られている。ただこの物語からは、伝記的な客観性というだけではない語り手のなんらかの思いが感じ取られ、読者は語り手の正体が判らない故に幾分か不安にさせられる。
王求の物語自体は、著者お得意の神様のシナリオ的な天才野球少年がプロ野球選手になる物語という感じで、さほど面白みのあるものとも思えないのだが、そのときどきの王求の、王になると運命づけられている者の達観とも言えるような精神行動は興味深い。
ラストで明かされる思惑あり気な語り手の正体とラストシーンには、輪廻のようなものを感じつつも、王求の人生とはなんだったのだろうというやるせなさも感じたのだった。

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空からやってきた魚*アーサー・ビナード

  • 2009/09/28(月) 19:57:31

空からやってきた魚空からやってきた魚
(2003/07)
アーサー ビナード

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詩集『釣り上げては』で中原中也賞を受賞した著者の初エッセイ集。物干し竿の売り声を真剣に考える「初めての唄」、鈴虫の鳴き声に耳を澄ませ、その絶妙な間をジャズにたとえる「鈴虫の間、ぼくの六畳間」、日本とアメリカで同じ女性とダブル結婚してしまう「欄外を生きる」、善意から団子虫の落下実験をする「団子虫の落下傘」、日本を訪れた理由を空からやってきた魚になぞらえる表題作「空からやってきた魚」など、ユーモラスなエッセイが52編収められている。


【外国の作家】カテゴリではなく、【ひ】の項目に入れるのが適当か、と悩む作家である。正真正銘アメリカ人なのだが、ときとして日本人よりも日本のあれこれに通じており、興味の幅が広く、しかも深いのである。そして詩人なので、言葉に対する感受性が繊細で柔らかく、新しく知った言葉の受け容れ方が柔軟である。
どのエッセイにも著者の人柄が表れていて、つい頬が緩んでしまうことも多い。日本人にとっても、たくさんの再発見がある一冊である。

私の赤くて柔らかな部分*平田俊子

  • 2009/09/27(日) 16:44:22

私の赤くて柔らかな部分私の赤くて柔らかな部分
(2009/07/31)
平田 俊子

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失恋の痛みをかかえ、私はある日突発的に旅に出る。終着駅に辿りついた私は、帰るきっかけを失って……。生きることのよるべなさと虚実ないまぜのマジカル世界。言葉の魔術師・平田俊子の新境地!


七月七日に亡くなった信頼する上司のお別れの会が九月九日にあった。彼に会えるかもしれないと来てみたが、会えるはずもなく、まなみはふらりと会場を抜け出し、そのままふらりといつも乗らない電車に乗った。たまたま降り立った知らない町は、なにもかもが見知らぬもので頼りなかったが、駅から離れたステーションホテルの一室をなかなか立ち去ることができなくなるのだった。
お子様ランチが主なメニューの上田食堂の上田宇枝、ホテルのフロントマン八十八(やどや)、その弟の照穂、犬が吠える店。寄る辺ない町で、行きずりの女から少しずつ変容しながら、まなみは自分の中の何かをあきらめ、何かと折り合いをつけられたのだろうか。
現実と妄想のあわいを行ったり来たりするような、ふわふわとした心許なさと、赤をモチーフにしたむき出しの痛みとが、ときに痛く苦しく、ときに心地好く感じられる不思議な味わいの一冊だった。

リレー短編集 9の扉

  • 2009/09/26(土) 19:26:42

9の扉 リレー短編集9の扉 リレー短編集
(2009/07/23)
北村 薫法月 綸太郎

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「猫」が「コウモリ」を呼び、「コウモリ」が「芸人」を呼ぶ!? たった一言のキーワードが次の物語へと引き継がれ、思いがけない展開を呼ぶこのリレー短編集には、冒険心と遊び心がいっぱい。個性豊かな凄腕ミステリ作家たちが勢ぞろいしたこの本には、最高に愉快な体験がつまっています。豪華執筆人によるチーム力もまた絶妙。「あとがき」までリレー形式にこだわった欲張りな一冊が出来上がりました。収録:『くしゅん』北村薫→『まよい猫』法月綸太郎→『キラキラコウモリ』殊能将之→『ブラックジョーク』鳥飼否宇→『バッド・テイスト』麻耶雄嵩→『依存のお茶会』竹本健治→『帳尻』貫井徳郎→『母ちゃん、おれだよ、おれおれ』歌野晶午→『さくら日和』辻村深月。


本書の趣向の発案者である北村薫氏からはじまり、上記内容紹介のようにひとことのお題と共に次の書き手にバトンタッチされていき、バトンを渡された者は、そのお題に沿った物語を書く。だが、この九人の作家たちはただそれだけでは終わらせなかった。それぞれに遊び心満載で、作家自身が心から愉しんでこのアイディアに参加しているのが読み手にもよくわかる。お題をバトンタッチされるだけではなく、絶妙に前作にリンクさせていたり、キャラクターごと引き継いでいたり、絡まりあいながら次々に渡されていくバトンは、アンカーの辻村深月氏に渡るのだが、これがまた見事にスターターの北村薫氏の物語につながっているのである。そしてさらにあとがきまでが愉しめる。本編とは逆の順番でリレーされるのである。それぞれのささやかな種明かしと愉しさの余韻が感じ取れる。
いろんな意味で愉しい一冊だった。

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ブロードアレイ・ミュージアム*小路幸也

  • 2009/09/25(金) 17:18:54

ブロードアレイ・ミュージアムブロードアレイ・ミュージアム
(2009/03)
小路 幸也

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唯一の堅気者、新人キュレーター・エディ、魅力的な赤毛の美女“ダンシング”メイベル、100キロの巨漢“ベビーベッド”ブッチ、ベビーフェイスの伊達男 “キッド”バーンスタイン、滅多にしゃべらない寡黙な“セイント”モース、そして、物に触れるだけで未来の悲劇を読み取ってしまう不思議な少女フェイ。悲劇を阻止すべく、BAM(BROAD ALLEY MUSEUM)の面々は事件解決に乗り出す。


「サッチモのコルネット」 「ラリックのガラス細工」 「ベーブ・ルースのボール」 「シャネルの0番」 「リンドバーグの帽子」

登場人物はひとり残らずひと癖もふた癖もありそうな面々である。まだ幼い少女フェイでさえ、新米キュレーターのエディには想像もつかない事情を抱えているようなのである。そしてかくいうエディ自身もある事情を抱えてこのBAMにやってきたのである。
BAMで働くメンバーの隠された才能の物凄さもさることながら、彼らの手となり足となって働くハンターと呼ばれる人たちの手際のよさもまた然り。とにかく誰もが並々ならぬ特技(!?)を持っているのである。
連作物語はどれも痛快で、事情が判ってみると驚くばかりに壮大で、そしてやさしくあたたかい物語である。彼らの活躍を見守り続けたくなる一冊だった。

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ステップ*重松清

  • 2009/09/23(水) 17:03:51

ステップステップ
(2009/03)
重松 清

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結婚三年目、妻が逝った。のこされた僕らの、新しい生活―泣いて笑って、少しずつ前へ。一緒に成長する「パパと娘」を、季節のうつろいとともに描きます。美紀は、どんどん大きくなる。


結婚三年目、三十歳で、一歳半の娘を残して妻・朋子が逝ってから、同じく三十歳の健一は、周りの助けを借りながら懸命にひとり娘・美紀を育てることになった。
一歳半から、小学校を卒業する十二歳までの、父と娘の物語である。
カラーの表紙絵を捲って物語を読み始め、途中何度も泣かされながら読み終えて巻末のモノクロのイラストを目にすると、なんともいえない感慨深さが胸に押し寄せてくる。寂しくて哀しくて、やさしくてあたたかい一冊である。

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身の上話*佐藤正午

  • 2009/09/22(火) 13:19:02

身の上話身の上話
(2009/07/18)
佐藤正午

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この主人公の流され方に、自分は違うと言い切れますか。人間・人生の不可思議をとことん突きつめる、著者の新たな代表作の誕生。


主人公は、23歳のミチル、柳に風と流される性格である。だが、冒頭から語り手はミチルのことを「妻」と呼ぶ人物である。それが誰かはラスト近くなるまで判らない。ミチルの現在に至る事情をその人物が語るので、当然出来事はすべて過去のものであり、現在のミチルやほかの登場人物たちがどうなっているのかも定かではない。それが読む者になにがしかの不安を抱かせ、すべてが明らかにされるまで読むのを止められない心地にさせるのである。
元々のミチルの性格もあるが、ドミノ倒しのように次々と厄介ごとに見舞われ、放心するうちに自分の居場所さえも見失って行くミチルをみていると、その弱さと、どうにもならなさに愕然としてしまう。
ラスト間際でやっと安住の地を得たかに見えたが、それさえも砂上の楼閣だったとは・・・。自業自得と言ってしまえばそれまでだが、やりきれなさが残る一冊だった。

三匹のおっさん*有川浩

  • 2009/09/20(日) 19:56:26

三匹のおっさん三匹のおっさん
(2009/03/13)
有川 浩

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「三匹のおっさん」とは…定年退職後、近所のゲーセンに再就職した剣道の達人キヨ。柔道家で居酒屋「酔いどれ鯨」の元亭主シゲ。機械をいじらせたら無敵の頭脳派、工場経営者ノリ。孫と娘の高校生コンビも手伝って、詐欺に痴漢に動物虐待…身近な悪を成敗。


六話の連作痛快正義の味方物語。
「三匹の侍」(といっても若い人にはわからないだろうが)ならぬ三匹のおっさん――キヨ・シゲ・ノリ――が、キヨの定年を機に、まだまだくすぶってなどいられないと還暦自警団を作ったのが物語の始まりである。キヨこと清田清一(きよかず)は剣道の師範、シゲこと立花重雄は柔道家で居酒屋の元店主、ノリこと有村則夫は工場経営者にして機械いじりの天才。各自得意分野に磨きをかけて、町内の身近な揉め事や事件を仲裁・解決して歩くのだった。それに、キヨの孫・祐希とノリの娘・早苗の初々しい恋物語がほんのりと甘さを添えて、痛快ほのぼのな一冊になっている。
三匹のおっさんたちが、たまらなくカッコイイのと、祐希と早苗の恋の行方が気になるのとで、ページをめくる手が止まらない一冊でもある。

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さよなら、日だまり*平田俊子

  • 2009/09/18(金) 18:37:46

さよなら、日だまりさよなら、日だまり
(2007/07)
平田 俊子

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用意周到な占い師(♂)と、ミステリアスな友達(♀)。浮気性の夫と、占いなんか信じないはずだった「わたし」。4人が仲よくなればなるほど、どこか不安になる―。ある晩をさかいに、それは現実のものとなった。野間新人賞受賞後の最新小説。


律子は夫とふたり暮らし、子どもはまだいない。雑誌やPR誌に原稿を書く仕事をしているが、最近物足りなさを覚えるようになっていた。そして、夫の浮気をほんの少し疑ってもいた。
そんなとき、仕事関係の知人の祝賀会で女優で歌人のユカリと知り合い、夫の愚痴をぶちまけてしまう。ユカリは、よく当る占い師を知っていると言い、さっそく須貝と引き合わされたのだったが・・・・・。
知り合いだとか、友人だとか思っていると、なんとなく噛み合わないところがあっても見過ごしてしまったりすることがある。そんな風に巧妙に近づかれ、親しくなって、いつの間にか騙されていることにも気づかずにいる。その結果、とんでもないことになり、初めて目が醒めるのである。しかしそのときはもう遅い。引き返すポイントは無数にあったのに、ことごとく素通りしてしまう律子(と夫)がもどかしくてたまらなかった。そんなむなしさを感じさせる一冊だった。

日本語ぽこりぽこり*アーサー・ビナード

  • 2009/09/17(木) 17:05:11

日本語ぽこりぽこり日本語ぽこりぽこり
(2005/02/28)
アーサー・ビナード

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著者は、アメリカ出身の日本語詩人にして新聞コラムなどの軽妙な文章でも注目を集めるエッセイスト。  日本語にあって英語にない便利な言葉とは? 日本人が起こしがちな誤解のあれこれ、テレビのウソの見抜き方などなど、言葉についての話題から文化・社会問題まで、ユニークな感性とユーモアたっぷりの文章でつづるエッセイ集です。言われてみればなぜ今まで気づかなかったんだろう、この本はそんな発見を私たちに次々と与えてくれるはず。と、同時に、ふだん当たり前だと思っている物事を、今一度立ち止まって見直してみることの大切さに気づかされることでしょう。 田中靖夫さんの、ちょっとシュールで楽しいイラストも満載です。


カテゴリーを思わず迷ってしまう一冊である。一応【外国の作家】に入れたが、【ひ】に入れてもいいくらいである。
母語の英(米)語と日本語とをいったりきたりしながら、言葉を介して理解する日本の、あるいはアメリカの文化や日常の「見過ごされがちだがちょっと面白いこと」にスポットライトを当てている。
日本人でも舌を巻くほどの日本語の使い手である外国人の著者でなければできなかった一冊である。

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絶望ノート*歌野晶午

  • 2009/09/16(水) 16:50:11

絶望ノート絶望ノート
(2009/05)
歌野 晶午

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いじめに遭っている中学2年の太刀川照音は、その苦しみ、両親への不満を「絶望ノート」と名づけた日記帳に書き連ねていた。そんな彼はある日、校庭で人間の頭部大の石を見つけて持ち帰り、それを自分にとっての“神”だと信じた。神の名はオイネプギプト。エスカレートするいじめに耐えきれず、彼は自らの血をもって祈りを捧げ、いじめグループ中心人物の殺人を神に依頼した。「オイネプギプト様、是永雄一郎を殺してください」―はたして是永はあっけなく死んだ。しかし、いじめはなお収まらない。照音は次々に名前を日記帳に書きつけ神に祈り、そして級友は死んでいった。不審に思った警察は両親と照音本人を取り調べるが、さらに殺人は続く―。


主人公は中学二年男子・太刀川照音(ショーン)。ジョン・レノンかぶれの父につけられた名前のせいで、幼い頃から「タチション」とからかわれていた。
中二になってエスカレートしてきたいじめに耐え切れず、「絶望ノート」と題したノートに、いじめの内容や胸のうちをぶちまけるように綴るようになった。ある日天啓のように出会った石ころを、神さまと信じ、オイネプギプトと名づけ、いじめる奴らを懲らしめてくれと願うと、ほんとうにそのなかのひとりが怪我をし、殺してくれと願うと実際にひとりが死んだ。オイネプギプトさまの霊験なのか・・・・・。
いじめの執拗さと、親や学校の無力さにもどかしい思いで読み進んだところに待っていたものは!!
歌野晶午だったのだ、これは。なにをどう言ってもネタバレになりそうなので言えないが、著者は『葉桜の季節に君を想うということ』の歌野晶午なのである。まさに最後の一ページまで気を抜けない一冊である。

オイアウエ漂流記*荻原浩

  • 2009/09/14(月) 19:36:57

オイアウエ漂流記オイアウエ漂流記
(2009/08/22)
荻原 浩

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塚本賢司、28歳。接待出張で乗り合わせた飛行機が遭難し、なんと、流れ着いたのは水も火もないポリネシアの孤島!!賢司をコキ使う上司たち、スポンサー企業の御曹司、挙動不審な新婚カップル、小学生とそのじっちゃん、怪しいガイジン。あり得ないメンバー10人での毎日は、黒~い本音も秘密の過去も、隠しきれない生活だけど…。


桐野夏生著『東京島』と同じく、無人島サバイバル物語である。文明社会からいきなり隔絶されて戸惑い、葛藤や試行錯誤の末、少しずつ自給自足の暮らしを営み始めるところは同じなのだが、描かれ方の違いのせいか、本作にはブラック感がない。おじいちゃんとふたり連れの小学生・仁太がいるおかげでもあるかもしれない。初めは、文明社会での上下関係そのままだったのが、徐々に崩れ、意外な人のサバイバル力が役立って見直されるなど、虚飾を剥ぎ取った本来の人間性が現れてくるのも興味深い。
それにしてもこのラスト、あっけないと言えばあまりにもあっけなく、ブラックと言えばこれ以上ないほどブラックな展開ではないだろうか。

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猫を抱いて象と泳ぐ*小川洋子

  • 2009/09/12(土) 14:03:25

猫を抱いて象と泳ぐ猫を抱いて象と泳ぐ
(2009/01/09)
小川 洋子

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伝説のチェスプレーヤー、リトル・アリョーヒンの密やかな奇跡。触れ合うことも、語り合うことさえできないのに…大切な人にそっと囁きかけたくなる物語です。

もしどこかで、8×8のチェック模様を見かけることがあったら、
その下をのぞいてみて下さい。
猫を抱いた青年が一人、うずくまっているかもしれません。
とても小さな青年です。でも彼の描く詩は、象のように深遠です。
あなたがその詩を読み取り、繰り返し胸によみがえらせてくれたとしたら、
これほどうれしいことはありません。
そのことが何より、彼の生きた証となるのですから。
                    小川洋子


あるひとりの小さなチェスプレーヤーの物語である。
唇の皮がつながったまま生まれてきたので、産声を上げることもできず、切り離されたときに移植された脛の皮膚のせいで、成長するにつれて唇に脛毛が生えてきたが、それ以外は11歳のままの大きさの青年の物語である。
彼は広い外の世界をほとんど知らず、一生をチェスと共に生き、狭い場所にいながらにして、チェスを通して宇宙よりも広いところへ旅をしつづけたのだった。登場人物のひとりひとりが、とても素晴らしく尊敬するに値する人々であるのに、みな一様に謙虚なのが尚素晴らしい。
とても静かで、包容力があり、無限の広さと自由があり、そしてとてもひっそりとして寂しく、愛にあふれた一冊だった。

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ガール・ミーツ・ガール*誉田哲也

  • 2009/09/09(水) 21:54:54

ガール・ミーツ・ガールガール・ミーツ・ガール
(2009/04/21)
誉田 哲也

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柏木夏美は、デビューを目前に控えたミュージシャン。フェイスプロモーション期待の新人だ。けれど、本格的なロックミュージシャンを志向する夏美と、事務所の思惑は微妙にずれている気配。直情径行で妥協を知らない夏美に、マネージャーの宮原祐司は振り回されっぱなし。そんな中、夏美にある人気女性ミュージシャンとのコラボレーションの話が舞い込んで…。痛快で爽やかな青春エンタテインメントの傑作が、響き渡る。


『疾風ガール』の続編。
ただ、続編とは言っても独立した物語で、一作目を読んでいなくても充分愉しめる。
ロックミュージシャンの夏美は、相変わらず弾けているのだが、前作に比べるとやや常識的になった気がするのは、やはり大人になったということなのか。メジャーデビューするための煩雑なあれこれと、自分の主義主張との間でもがくのは、夏美ではなくマネージャーの祐司が主だが、夏美も脳天気に主張ばかりしているわけではなく、躰を使って働きかけている。その元気さが好印象である。
いままさに人気のミュージシャン・ルイと出会い、否応なく一緒に過ごすなかで、少しずつ理解を深め合い、お互いを認め合えたことが、夏美をひと回り大きく成長させたのだろう。

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12皿の特別料理*清水義範

  • 2009/09/08(火) 16:36:34

12皿の特別料理12皿の特別料理
(1997/02)
清水 義範

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12の料理にひめられた思い出。あなたにはそんな一品料理、いくつありますか?つくって、食べて、読んで美味しい料理小説集。


「おにぎり」 「ぶり大根」 「ドーナツ」 「鱈のプロバンス風」 「きんぴら」 「鯛素麺」 「チキンの魔女風」 「カレー」 「パエーリヤ」 「そば」 「八宝菜」 「ぬか漬け」

取り上げられている料理の多彩さにも驚くが、その切り取られ方も、深くうなずいてしまうものやら、突拍子もなく感じられるものまで、著者ならではで面白い。ひとつの同じ名前を持った料理が、必ずしも同じ物ではないこと、そして、その料理にまつわる思い出は、それこそ人の数ほどあるということに改めて気づかされるという点でも興味深い一冊だった。

銀河がこのようにあるために*清水義範

  • 2009/09/06(日) 17:31:00

銀河がこのようにあるために銀河がこのようにあるために
(2000/12)
清水 義範

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西暦2099年、宇宙物理学の権威である難波羅眠博士は、月面の天文台で、あるはずのない太陽系第十惑星を観測、その背後の宇宙がビクリとよじれるのを目撃した。いっぽう脳科学者の沢口は、人間の自我のありかを追究していたが、恋人・寧美とのあいだに生まれようとしている息子は、世界中で新たに誕生しはじめた、自我をもたない子どもであった。従来の科学理論を根底からくつがえす異常現象の数々に、無自我病児たちとの関連を見いだした沢口であったが、世界の天文台は、さらに驚くべき観測データを報告してきた…ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、そして―二一世紀の銀河を軽やかに創造する、清水義範流 “宇宙論”。


どうすればこんな着想ができるのだろう。スケールが大きすぎて、頭がくらくらする心地である。
いまから100年ほどの未来が舞台である。地球環境は変化し、人間の暮らし方も様変わりしている。それでも宇宙は厳然と存在し、時間は過去から未来に向かって流れ続けている、というのは、人間の脳が誤って認識していることかもしれない、というのだから、立っている地平が揺らぐどころか、引っくり返るようである。それでも、荒唐無稽と笑い飛ばしてしまえない何かを感じるのはわたしだけだろうか。

恋文の技術*森見登美彦

  • 2009/09/05(土) 13:55:17

恋文の技術恋文の技術
(2009/03)
森見 登美彦

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京都の大学から、遠く離れた実験所に飛ばされた男子大学院生が一人。無聊を慰めるべく、文通武者修行と称して京都に住むかつての仲間たちに手紙を書きまくる。手紙のうえで、友人の恋の相談に乗り、妹に説教を垂れ―。


はじめからおしまいまで、すべて手紙である。そのほとんどが、京都の大学院から、遠く能登島研究所に追いやられた守田一郎の手になるものである。相手からの手紙は載せられていないのだが、これが見事にやり取りの内容が判るのである。あちこちになにやら見覚えのある記述もあり、初めて読んだような気がしないのは、著者の作品の特徴だろうか。
初めのころは到底馴染めないと思っていた著者の文体にも、いつのまにやら慣れていて、痛快ですらあるのは驚きでもある。伊吹さんからの返信はあったのだろうか。守田一郎の恋の行方は如何に?

にわか大根*近藤史恵

  • 2009/09/03(木) 16:44:03

にわか大根 猿若町捕物帳 (猿若町捕物帳)にわか大根 猿若町捕物帳 (猿若町捕物帳)
(2006/03/23)
近藤 史恵

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男前でもてるのに堅物の同心・玉島千蔭と、お人好しでおっちょこちょいの岡っ引き・八十吉の名コンビが大活躍!
次々に起こる事件に、千蔭の勘と推理力が冴え渡る。
そんな中、千蔭に押しかけ女房が…?! 美貌の花魁・梅が枝との仲はどうなる?
軽妙と繊細が絶妙にマッチした、近藤史恵の真骨頂!


表題作のほか、「吉原雀」 「片陰」

今回も、千蔭と八十吉が絶妙のコンビネーションである。ことさら何も言わなくても互いに信頼し合っているのが見て取れて気持ちがいい。事件に臨む千蔭の目のつけどころは相変わらず鋭く、些細な違和感を見逃さず、事を分けて考えを巡らせ、真の答えを導き出す様がまたいい。そんなときには常にも増して難しい顔つきになるのだが、八十吉もそこのところは心得たもので、千蔭が何かに辿り着いたのを察して、胸のうちで思いを巡らせたりするのである。
花魁・梅が枝との今後も気になるところである。