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だれかのいとしいひと*角田光代

  • 2009/10/30(金) 16:59:13

だれかのいとしいひと (文春文庫)だれかのいとしいひと (文春文庫)
(2004/05)
角田 光代

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転校生じゃないからという理由でふられた女子高生、元カレのアパートに忍び込むフリーライター、親友の恋人とひそかにつきあう病癖のある女の子、誕生日休暇を一人ハワイで過ごすハメになったOL…。どこか不安定で仕事にも恋に対しても不器用な主人公たち。ちょっぴり不幸な男女の恋愛を描いた短篇小説集。


表題作のほか、「転校生の会」 「ジミ、ひまわり、夏のギャング」 「バーベキュー日和(夏でもなく、秋でもなく」 「誕生日休暇」 「花畑」 「完璧なキス」 「海と凧」

すでに失ったり、失いつつあったりする恋。どうしようもないやるせなさと寂しさ、後悔や自信のなさを、どの物語の主人公もまとっており、一冊全体を物憂いぼんやりした雰囲気が流れている。憎みあったわけではないのにうまくいかない関係が絶妙に描かれている。

これでよろしくて?*川上弘美

  • 2009/10/29(木) 17:23:21

これでよろしくて?これでよろしくて?
(2009/09)
川上 弘美

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上原菜月は38歳。結婚生活にさしたる不満もなく毎日を送っていたのだが…。とある偶然から参加することになった女たちの不思議な集まり。奇天烈なその会合に面くらう一方、穏やかな日常をゆさぶる出来事に次々と見舞われて―。幾多の「難儀」を乗り越えて、菜月は平穏を取り戻せるのか!?コミカルにして奥深い、川上的ガールズトーク小説。


「これでよろしくて?同好会」という、名前からはその内容が窺い知れない会に、結婚七年目、子どもなし、38歳の菜月は、なぜか昔つきあっていた人の母に誘われて入ったのである。
その会は、年齢も立場もさまざまな人たちで構成されており、決まった店にときどき集まって、いろいろなものをつまみながら、そのときに出されたり、懸案になっていたりする議題について意見を言い合う、というものなのだった。
なんとなくぼんやりと日々を送っていた菜月にも、取り立てて言葉にするほどではないが、いつの間にか抱え込んでしまっている事々があり、もやもやとした気持ちは決してよい方へとは向かわないのである。そんなとき、この会でみんなの意見を聞いていると、吹っ切れることがあったりもするのである。
菜月の日々のあれこれを、「これでよろしくて?同好会」という、ある意味夢のような会に取り込んでしまうところが、著者流であろうか。

流星さがし*柴田よしき

  • 2009/10/28(水) 17:25:48

流星さがし流星さがし
(2009/08/20)
柴田 よしき

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新米弁護士・成瀬歌義は、京都の人権派弁護士の事務所から、東京の大手法律事務所に移籍してきた。武者修行してこい、というわけだ。ところが、勝手の違うことばかり。熱意は空回りし、依頼人には嫌われ、あげくには関西弁がよくない、とまで言われてしまう。しかも、持ち込まれる相談も、一風変わったものばかりで…。青年弁護士の奮闘と成長がまぶしい、爽やかな傑作青春ミステリー。


『桜さがし』の続編、ということになるのだろうか。主人公は成瀬歌義、ほかにも浅間寺先生とまり恵が登場する。シリーズ化、ということだろうか。
弁護士になった歌義は、京都の人権派弁護士事務所で働いていたが、東京の大手事務所に武者修行に出される。何かと水の合わない東京で、戸惑いながら自分の進む道を見つけ出そうとする歌義の姿が、無理なく描かれていて好感が持てる。一風変わった依頼に縁があるようで、調査も一筋縄ではいかないが、上司や同僚、事務所のスタッフのひらめきや強力もあり、なんとか答えを見つけ出し、依頼者に応えることができるのだった。
手探りながら、道が見えかかっている歌義の今後もぜひ見たい。シリーズ化されると嬉しいのだが。

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刻まれない明日*三崎亜記

  • 2009/10/27(火) 07:14:16

刻まれない明日刻まれない明日
(2009/07/10)
三崎 亜記

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開発保留地区――10年前、街の中心部にあるその場所から理由もなく、3095人の人間が消え去った。今でも街はあたかも彼らが存在するように生活を営んでいる。

しかし、10年目の今年、彼らの営みは少しずつ消えようとしていた。

大切な人を失った人々が悲しみを乗り越え新たな一歩を踏み出す姿を描く。


『失われた町』の続編とまでは言えないかもしれないが、同じ次元に立つ物語である。前作ではあとに消化不良感が残ったが、本作ではそれはない。3095人の消えた人々の残された関係者たちが、十年前の消失を忘れずにおり、さまざまな手段や形で十年前と現在とを繋ぎ合わせているからかもしれない。
「終わりは始まり」というテーマのとおり、消えていくものを見守り見送ることと、新しく出会いはじまることが同時に描かれていて、失った哀しみだけではなく、これから生み出していく明るさも孕んでいるのがよかった。
いつもの三崎流で、現実の世界とは微妙にズレているものの、ブレてはいない一冊だった。

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退出ゲーム*初野晴

  • 2009/10/24(土) 20:56:46

退出ゲーム退出ゲーム
(2008/10/30)
初野 晴

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穂村チカ、高校一年生、廃部寸前の弱小吹奏楽部のフルート奏者。上条ハルタ、チカの幼なじみで同じく吹奏楽部のホルン奏者、完璧な外見と明晰な頭脳の持ち主。音楽教師・草壁信二郎先生の指導のもと、廃部の危機を回避すべく日々練習に励むチカとハルタだったが、変わり者の先輩や同級生のせいで、校内の難事件に次々と遭遇するはめに―。化学部から盗まれた劇薬の行方を追う「結晶泥棒」、六面全部が白いルービックキューブの謎に迫る「クロスキューブ」、演劇部と吹奏学部の即興劇対決「退出ゲーム」など、高校生ならではの謎と解決が冴える、爽やかな青春ミステリの決定版。


上記ほのか「エレファンツ・ブレス」

ハルタとチカの幼なじみコンビが探偵役の日常の謎系ミステリ。表題作は、以前アンソロジーで読んだが、高校生とは思えない機転に唸らされた。そして、どの物語でもそうだが、謎を解くだけではなく、謎の中心にいる人物の心の闇も解きほぐし、しこりが残らないように解決しているのが好ましい。
変則的な片想い三角関係を孕みつつ、ハルタとチカの今後はどうなっていくのだろう。

パーフェクト・ブルー*宮部みゆき

  • 2009/10/24(土) 08:34:44

パーフェクト・ブルー (宮部みゆきアーリーコレクション)パーフェクト・ブルー (宮部みゆきアーリーコレクション)
(2008/04)
宮部 みゆき

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地元の高校球児のスター・諸岡克彦が、謎の死を遂げた。それは、全身にガソリンをかけられ、火だるまになるという残忍で奇怪な事件だった。偶然その場に居合わせた、弟の進也、蓮見探偵事務所の加代子、そして“俺”は、その死の謎を解き明かすべく捜査を開始する。元警察犬“マサ”の視点で描く、宮部みゆきの単行本デビュー作。


元警察犬で、現在は探偵事務所の用心棒であるマサが語り手、という物語である。
将来を嘱望される高校球児の死の真相は、想像もつかない展開を見せ、タイトルの「パーフェクト・ブルー」の意味が判ると、背筋に寒気が走る。亡くなった諸岡克彦の弟・進也の存在が、とても好い。
哀しくおぞましいが、それだけでは終わらない希望も含んだ一冊だった。

ドント・ストップ・ザ・ダンス*柴田よしき

  • 2009/10/22(木) 21:41:24

ドント・ストップ・ザ・ダンスドント・ストップ・ザ・ダンス
(2009/07/17)
柴田 よしき

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人気の園長兼私立探偵・花咲慎一郎シリーズの最新刊! ある園児の父親が暴漢に襲われ昏睡状態に陥ってしまう重傷を負う。花咲は失踪中の母親・並木久美を探そうとする。一方、城島事務所から若いパティシエの身辺調査を依頼され、内偵を進めると、殺人の疑いをかけられ、命を狙われているとの噂もあった。久美を追っているうちに、駅のホームから突き落とされ間一髪電車に轢かれそうになる花咲…。命懸けの追跡行が、過去の火災事故の真相を浮かびあがらせる。ラストのどんでん返しが、せつない感動を呼ぶ、著者渾身の長編ミステリー!!


花咲慎一郎シリーズ、今回はにこにこ園絡みの事件がメインになるのかと思いきや、どういうわけか裏社会と絡み合ってしまっているのである。しかもその絡み方が絶妙で、感心させられる。
事件自体は、言ってみれば素人が起こしたものなのだが、見事に巻き込まれ翻弄されることになる。事件の筋書きを作った人物もさすがだが、体を張ってその筋書きを解き明かしたハナちゃんは、やはりさすがである。にこにこ園とそこに来る園児たちへの愛情が満ち満ちているのがまたいい。だが、にこにこ園とハナちゃんに安泰が訪れる日がやってくるのだろうか。ハナちゃんにエールを送りたい。

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不可能犯罪コレクション*二階堂黎人[編]

  • 2009/10/19(月) 09:20:26

不可能犯罪コレクション (ミステリー・リーグ)不可能犯罪コレクション (ミステリー・リーグ)
(2009/06)
二階堂 黎人

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誰もいない屋上からどうやって転落死させるのか、衆人環視の舞台上でいかに刺殺におよぶのか、密室の中の他殺死体―犯人は私なのか…。実力派気鋭作家たちによる書き下ろしアンソロジー!トリックの饗宴6連発。


  「佳也子の屋根に雪ふりつむ」  大山誠一郎
  「父親はだれ?」  岸田るり子
  「花はこころ」  鏑木蓮
  「天空からの死者」  門前典之
  「ドロッピング・ゲーム」  石持浅海
  「『首吊り判事』邸の奇妙な犯罪」  加賀美雅之


一見不可能に思われる犯罪はどのように成し遂げられたのか。それぞれに工夫が凝らされ、意表をつくトリックが駆使されていて興味深い。やや説明的になりがちな部分があったように思われるのが残念でもある。

ねずみ石*大崎梢

  • 2009/10/17(土) 13:40:47

ねずみ石ねずみ石
(2009/09/18)
大崎 梢

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祭りの夜には、ねずみ石をさがせ。かなう願いは、ひとつだけ―。中学一年生のサトには、四年前のお祭りの記憶がない。恒例の子供向けイベント「ねずみ石さがし」の最中に、道に迷って朝まで行方しれずだったのだ。同じ夜、村ではひとつの惨殺事件が起こっていて、今でも未解決のまま。交錯する少年たちの想いが、眠っていたサトの記憶に触れたとき、事件は再び動き始める。瑞々しい青春推理長編の最新作。


殺人事件のあった祭の年から四年経ったいまになって、事件の真犯人捜しに新たな動きが出たのは何故なのか。そこから考え初めていたら、果たして真相に気づくことができただろうか。おそらくできなかっただろう。
中学生の少年たちの友情の物語であれば、舞台となった神支村ももっと明るく爽やかな雰囲気だったのだろうが、殺人事件にまったくの無関係ではいられない忌まわしさが、物語全体を薄暗く重苦しい空気に包みこんでいる。大人の身勝手さが子どもたちに暗い顔をさせるのはとても胸が痛む。
やるせなさはどうすることもできないが、ラストには希望も仄見える。屈託のない少年時代を取り戻せるとは思えないが、乗り越えて欲しいと節に願う。

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訪問者*恩田陸

  • 2009/10/15(木) 17:18:55

訪問者訪問者
(2009/05/14)
恩田 陸

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山中にひっそりとたたずむ古い洋館――。三年前、近くの湖で不審死を遂げた実業家朝霞千沙子が建てたその館に、朝霞家の一族が集まっていた。千沙子に育てられた映画監督峠昌彦が急死したためであった。晩餐の席で昌彦の遺言が公開される。「父親が名乗り出たら、著作権継承者とする」孤児だったはずの昌彦の実父がこの中にいる? 一同に疑惑が芽生える中、闇を切り裂く悲鳴が! 冬雷の鳴る屋外で見知らぬ男の死体が発見される。数日前、館には「訪問者に気を付けろ」という不気味な警告文が届いていた……。果たして「訪問者」とは誰か? 千沙子と昌彦の死の謎とは? そして、長く不安な一夜が始まるが、その時、来客を告げるベルが鳴った――。嵐に閉ざされた山荘を舞台に、至高のストーリー・テラーが贈る傑作ミステリー!


ホラーの要素もファンタジーの要素もまったくない、ミステリ作品である。舞台は、山奥の閉ざされた山荘、不審な死を遂げた関係者、その死の真実をつまびらかにしようとする探偵役。これだけで本格の匂いがぷんぷんである。だが、著者はそれだけでは終わらせなかった。
物語はほとんど予想通りに進んでいくのだが、要所要所で僅かずつひねられていき、どんどん捻れてくるのである。そしてラスト近くで、捻れが元に戻ったと思わせて、また一気にひねりを加えられるような心地である。
次へ次へと興味が尽きず、ページをめくる手が止められなかった。

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これから自首します*蒼井上鷹

  • 2009/10/14(水) 19:29:48

これから自首します (ノン・ノベル)これから自首します (ノン・ノベル)
(2009/05/14)
蒼井 上鷹

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自称映画監督の勝馬に幼馴染みの小鹿が告白した。殺人を犯し自首すると約束していた友人が急に翻意したのでかっとなったという。しかし、殺した相手というのが、かつて犯罪をおかしてもいないのに自首騒ぎを起こしたいわく付きの人物。今回の自首騒ぎにも何かいわくがありそうで…。勝馬には勝馬で正直者の小鹿に自首されては困る事情があった!?前代未聞の“自首”ミステリ誕生。


自首をめぐるあれこれの物語である。自首しようとする本人と、その周りの人たちの利害がもつれ合い、真剣にあれこれ画策する姿が、必死であるほど傍目で見ると可笑しくさえある。
映画のための「エピソード候補」として書かれたものを、あるときはなぞるように、あるときは証明するように現実の物語が進んでいくので、ときどきすべてが映画のシナリオのように思えてきて、自分がどちらの世界にいるのか判然としなくなるのも面白さのひとつの要素かもしれない。
結局何ひとつ解決していないので、釈然としない心地もするが、それも著者の意図だろうか。

狂乱廿四孝*北森鴻

  • 2009/10/13(火) 16:50:59

狂乱廿四孝狂乱廿四孝
(1995/09)
北森 鴻

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両足両手を切断してなお舞台に立ち続けた名立女形、澤村田之助、その周辺で起こる連続殺人の謎を追う時代ミステリの秀作。第六回鮎川哲也賞受賞作。


江戸から明治になってまもなくの歌舞伎界とその周辺の物語。著者のデビュー作でもある。
病のために両足を切断してなお舞台に立ち続ける田之助太夫と、それを可能にするための裏方の涙ぐましい苦労が引き金になった出来事の顛末とも言える。実在の人物も数多登場する中、探偵役を務めるのが、蝋燭問屋の娘でありながら、守田座の座付き作者・河竹新七に弟子入りしている16歳の峯だというのも洒落た趣向である。
物語自体には、幾分冗長さも感じられるが、のちのいくつもの作品に繋がる要素が垣間見られて興味深い。

用もないのに*奥田英朗

  • 2009/10/10(土) 16:56:24

用もないのに用もないのに
(2009/05)
奥田 英朗

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ニューヨーク、北京、そのへん。ものぐさ作家がお出かけすれば、なぜかいつも珍道中。

北京――結局、星野ジャパンは弱かった。本当にがっかりした。
NY――目指すはヤンキー・スタジアム。なんという美しさ。鮮やかさ。
仙台――仙台にプロ野球チームがやって来た。
苗場――わたしはずっと恋焦がれていたのである。フジロックに。
愛知――愛・地球博。もしや行かないと後悔するのではないか。
山梨――人は何歳まで、ジェットコースターに乗れるのか。
香川――愛しの讃岐うどんを本場で食いまくりたい。え、お遍路も?


自ら望み――編集者に巧みに乗せられて――訪れた国内外のあちこちを、著者の趣向と希望、憧れの実現と、執筆という義務を混ぜ合わせてレポートした一冊である。
感動したり、散々な目に遭ったり、拍子抜けしたり、疲れたり。出版各社の社風が伺える(?)編集者の方々の動向と共に、愉しめる一冊だった。

圏外へ*吉田篤弘

  • 2009/10/08(木) 16:54:05

圏外へ圏外へ
(2009/09/16)
吉田 篤弘

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主人公の「カタリテ」=小説家が書き出しで行き詰まるうちに、自作の登場人物たちが勝手に語り始めたり、作者自らが作品の中に入り込んでいく、小説を書き続けることの喜び・苦しみを正面から描ききった意欲作。


503ページの大作である。とにかく分厚くて――軽いのだが――読むのに持ちにくくて疲れた。
物語自体は、吉田篤弘パワー全開といったところだろうか。作家が次に綴ろうとする物語に向き合う想いを語っているようであり、己の裡なる声に耳を澄ませ、そこに見える風景を見つめる物語であり、ただ単に執筆に行き詰って居眠りしながら見た夢の世界のようでもある。どれもみな間違いで、どれもみな正解なのかもしれない。
読者は、あっというまに遠い遠いところへと連れて行かれたと思うと、南新宿の路地裏に引き戻され、また一瞬にして「南」へと連れ去られて不可思議な体験をさせられる。かと思えば、円田(つぶらだ)くんと娘・音(おん)との解説めいたやりとりを見せられて、ここが本来の場所か、と思うのも束の間、またとんでもないところでとんでもない人物と出会っていたりするのである。
近くて遠く、遠くて近い一冊だった。

少年少女飛行倶楽部*加納朋子

  • 2009/10/03(土) 17:37:36

少年少女飛行倶楽部少年少女飛行倶楽部
(2009/04)
加納 朋子

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中学1年生の海月(みづき)が幼馴染の樹絵里に誘われて入部したのは「飛行クラブ」。メンバーは2年生の変人部長・神(じん)、通称カミサマをはじめとするワケあり部員たち。果たして、空に舞い上がれるか!?私たちは空が飛べる。きっと飛べる。かならず飛べる。空とぶ青春小説。


トノサマ体質の部長・斉藤神はともかくとして、現実の中学生男子はもっとずっと幼い気がしなくもないが、さわやかで明るい少年少女の青春物語であるのは間違いない。
ひょんなことから入部することになってしまった飛行倶楽部で、「飛ぶ」という端から実現できそうもない目標を前に、少しずつ実現に近づけ、とうとう飛んでしまった中学生たちの純粋なパワーは、同じ年頃を通り過ぎてきた者にとって、目標は違えど身に覚えのあることだろう。その頃の自分が胸のなかに戻ってきたような心地で読み終えた。彼らが生きていることのなにもかもを、無条件で応援したくなる一冊だった。

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静子の日常*井上荒野

  • 2009/10/02(金) 10:02:22

静子の日常静子の日常
(2009/07)
井上 荒野

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何かが過剰で、何かが足りないこの世の中今日も出くわす“ばかげた”事象を宇陀川静子・七十五歳は見過ごさない―チャーミングで痛快!直木賞作家の最新長篇小説。


身長百五十五センチ、ふわっと太っていて色白で、緩くパーマをかけて短めに揃えた髪の毛は、もうすっかり真っ白になっている。そんな七十五歳の静子の日常を描いた物語である。
同居する息子の嫁とも孫娘とも割合にいい関係で、フィットネスでもみんなに声をかけられる。ふわふわと人当たりの良い印象の静子だが、胸のなかにはもやもやとした事々を抱えていないこともない。夫ありし頃は夫の妻として生き、夫亡き後、「行きたいところへはどこへでも行ける」と思い定め、ささやかな気ままさで生きてはいるが、割り切れない苛立ちや寂しさもないわけではない。痛快というにはささやかすぎる自由を静子なりに泳ぎ渡っているような印象の物語である。しあわせの切なさをも感じられる一冊である。