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荒野*桜庭一樹

  • 2010/07/30(金) 21:48:29

荒野荒野
(2008/05/28)
桜庭 一樹

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山野内荒野、十二歳。恋愛小説家の父と暮らす少女に、新しい家族がやってきた。“恋”とは、“好き”とは? 感動の直木賞受賞第一作。


  第一部
   一章  ハングリー・アートの子供
   二章  ぼくの小さな黒猫ちゃん
   終章  青年は荒野をめざす

  第二部
   一章  恋は女をこどもに、男を地下組織にする
   二章  勝ち猫、負け猫
   終章  青年の特権

  第三部
   一章  恋しらぬ猫のふり
   二章  つぎの花、ポン!
   終章  終わりなき出発


恋愛作家・山野内正慶の娘 荒野(こうや)、十二歳から十六歳の物語。中学生になったばかりの針金のような子どもが大人の女への道を歩みだす、怒涛のような四年間のあれこれである。自分のこと、作家であり蜻蛉のように漂う父と暮らす鎌倉の古い家。母亡きあとずっと面倒を見てくれている家政婦、離れの仕事場に出入りする女たち。入学式の朝、電車で出会った少年・神無月悠也。そしてクラスメイトの江里華と麻美。さまざまな人たちとの関係のなかで、自分をみつめ、見失い、追い越し追いつき、内と外のバランスを上手く取れずにゆらゆらしている荒野の目が見ているままが描かれていて、惹きこまれる。鎌倉という町の古くて新しく、地元でありながら観光地であるという少しだけふわふわとした雰囲気と相まって、独特の揺れと不安定さを含んだ一冊である。荒野をとおして、たくさんのものごとを見ることができたような気がする。

紫のアリス*柴田よしき

  • 2010/07/29(木) 13:54:03

紫のアリス (文春文庫)紫のアリス (文春文庫)
(2000/11)
柴田 よしき

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不倫を清算し会社を辞めた紗季は、夜の公園で男の死体と「不思議の国のアリス」のウサギを見る。果たして幻覚か?引越したマンションで、隣人の老婦人のお節介に悩む紗季に元不倫相手が自殺したという知らせが。一方「アリス」をモチーフにした奇妙なメッセージによって、十五年前のある事件の記憶が蘇る。


  第一章  三月ウサギ
  第二章  奇妙な帽子屋
  第三章  お茶会の午後
  第四章  悲劇
  第五章  白い薔薇・赤い薔薇
  第六章  思い出の隙間
  第七章  鏡の中へ
  第八章  紫のアリス
  エピローグ  鏡の国のアリスへ


子どものためのおとぎ話と思っていたら、本来の姿は大人に向けての思わせぶりな物語だった、という風な背筋がゾクッとするような趣もある。どこから迷いこんだのか、いつから迷いこんでいたのか、夢なのか現なのか手探りするもどかしさの中を読み進む。ひとつ光が見え、真実を掴んだと思うと、するすると手を逃れて真実と思われたものは遠ざかっていき、迷いさまよいながら何度も裏切られる。最後の最後に本物の出口だと思ったものさえ、まやかしなのかもしれないのである。迷いつづける一冊だった。

水魑の如き沈むもの*三津田信三

  • 2010/07/28(水) 13:41:59

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)
(2009/12/07)
三津田 信三

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刀城言耶シリーズ書き下ろし長編!
近畿地方のとある農村。村の人々が畏怖し称えてきたのは、源泉である湖の神・水魑様だった。
刀城言耶は祖父江偲とともに水魑様の特殊な儀式を観に行ったのだが、その最中、事件は起こる。神男と呼ばれる儀式の主役が湖の船上で死体となって見つかったのだ。犯人は見つからない。衆人環視ともいえる湖上の船、不可解な状況での事件だった。
惨劇はそれだけにとどまらない。儀式を司る村の宮司たちが、次々に不可解な状況で殺されていく。
二転三転のすえに示された真犯人とは……。


本格ミステリ大賞受賞ということで手にした。著者初読みである。文化人類学的な興味を持つ作家・刀城言耶(とうじょうげんや)が探偵役を務めるミステリだが、村社会と言う閉ざされた一地方に云い倣わされている儀式にまつわる物語なので、ホラーのようなただならないおどろおどろしさも漂っていて、なおさらよくないことが起こりそうな予感を読む者に抱かせる。この人物がすべての事件の真犯人だったら、と思わせる人物の心の裡がホラーであると言えなくもない。起こったことは禍々しく、しかしその心情を思えば切なく痛々しい一冊である。

コロヨシ!!*三崎亜記

  • 2010/07/24(土) 17:32:46

コロヨシ!!コロヨシ!!
(2010/02/27)
三崎 亜記

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20XX年、掃除は日本固有のスポーツとして連綿と続きつつも、何らかの理由により統制下に置かれていた。高校で掃除部に所属する樹は、誰もが認める才能を持ちながらも、どこか冷めた態度で淡々と掃除を続けている。しかし謎の美少女・偲の登場により、そんな彼に大きな転機が訪れ―一級世界構築士三崎亜記がおくる奇想青春小説。


  第一章 活動制限スポーツ「掃除」
  第二章 初めての挫折
  第三章 暗闇の特訓
  第四章 無手の一手
  第五章 それぞれの戦い
  第六章 不自由な自由
  最終章 道途の風


今回はどんな風にズレた世界を見せてくれるのだろうという期待で読みはじめたが、なんと今回はスポーツである。しかもその競技は「掃除」なのだという。のっけからもうやられてしまった。なにやらいわくあり気で、格式もありそうで、一筋縄ではいきそうもない競技である。しかも、スポ根物的愉しみやら、青春恋愛小説的愉しみやら、ルーツ探し的愉しみやら、さまざまな要素が盛り込まれているのである。もう堪らない。読みはじめてしばらくは、掃除用語や舞台設定が脳に染み込んでいかずに少々苦労したが、一度入り込んでしまえば自分のどこかがほんの僅かズレたことにも気づかずに読み耽ってしまうのだった。

京大少年*菅広文

  • 2010/07/20(火) 16:55:28

京大少年京大少年
(2009/11/25)
菅 広文

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ベストセラー『京大芸人』に続く、 待望の自伝的小説第2弾!
ロザン菅が描く、IQ芸人・宇治原ができるまで!

幼稚園入園以前から「賢かった」宇治原の目から見た大人たち。
優秀であるがゆえに、常に違和感を抱いていた宇治原の内面に、
相方大好き芸人の菅が突っ込みながら「宇治原ができるまで」を描く。


序章
1章「京大と府大ってどっちが賢いん?」
2章 オーディションに受かったメンバー同士の戦い
3章 金玉綱引きとふんどしゲーム
4章 京大少年
5章「高性能勉強ロボ」ができるまで
6章 僕らの小学校時代
7章 宇治原包囲網と卒業文集
8章 「高学歴コンビ」の仕事
9章 大人になってからの勉強法
10 章 京大卒芸人
終章


ロザンという芸人コンビが現在の位置に落ち着くまでのあれこれが、ことに宇治原さんの幼少時からの「賢さ」にからめて語られている。仲が好いふたりなのだろうということが文章からも行間からも感じられてあたたかい気持ちになる一冊でもある。そして、勉強に限らないと思うが、成果を出すには、自分で自分に合ったやり方を見つけ、それを実践することがいちばんなのだということがよく判る。人真似や押し付けでは決して成功しないだろうと。

枝付き干し葡萄とワイングラス*椰月美智子

  • 2010/07/20(火) 10:41:47

超短編を含む短編集 枝付き干し葡萄とワイングラス超短編を含む短編集 枝付き干し葡萄とワイングラス
(2008/10/21)
椰月 美智子

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結婚「してから」の男と女のある場面 「そもそも二人は、なんでもなかったのだ。」結婚後の男女の、すえた空気を巧みに描きだす、今もっとも注目の作家・椰月美智子の短編集。


表題作のほか「城址公園にて」 「風邪」 「夜のドライブ」 「たんぽぽ産科婦人科クリニック」 「プールサイド小景(仮)」 「七夕の夜」 「甘えび」 「おしぼり」「どじょう」

『みきわめ検定』が結婚前、本作は結婚後の男女のあれこれである。『みきわめ検定』が駆け引きだとするならば、こちらは憤りと諦めとでもいうところだろうか。不気味な不穏さこそ結婚前よりは薄れているものの、既婚者ならば我が身に思い当ることが必ずあるだろう胸の底のどす黒い澱を文字にされたようでいたたまれなくなる。だが、そこにしたたかさのようなものも見え隠れしていて、前向きなパワーさえ感じられるのが不思議である。
「甘えび」が夫の好物だと気づきながら鰯を買って帰ったところが著者らしくて好きだ。

シルバー村の恋*青井夏海

  • 2010/07/19(月) 16:53:52

シルバー村の恋 (光文社文庫)シルバー村の恋 (光文社文庫)
(2009/07/09)
青井 夏海

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妻に先立たれた日高一郎は、お年寄りのための施設「シルバー村」の常連だ。騒々しい女性グループには辟易していたのだが…。そんな時、珍しく初々しい女性と知り合う。どうやら、彼女は怪しげな投資話に乗せられているらしい。一肌脱ごうと決めた一郎は―(第1話)。コミュニティセンターを舞台に、ある家族が巻き込まれる様々な事件を描く、傑作ミステリー。


  第一話 もう一度ときめきたいあなたに 一階・シルバー村
  第二話 自分らしく生きたいあなたに 第二小会議室・英会話講座
  第三話 セカンドライフに備えたいあなたに 五階・トレーニングルーム
  第四話 マイペースで勉強したい君に 中会議室・教えっこクラブ
  第五話 家族の絆を見失ったあなたに 第一小会議室・おやじ学講座


北竹林市総合コミュニティーセンターを舞台に、日高一家をまきこんで起こる日常の事件のあれこれである。日高家の誰かが各章の主人公になっているが、彼らが事件を解決するわけではない。ただ巻き込まれ、家族の崩壊ぶりを次第に露わにしていくのである。それでは誰が謎を解くのかというと、決まった探偵役がいるわけではなく、コミュニティに集う騒々しいおばさんたちであったり日本語を話せないふりをする外国人であったりと、脇役で出てくるご近所さんたちなのである。事件とご近所とコミュニティに振り回されたような日高家の人たちは、そのおかげで(と言ってもかまわないだろう)家族のありようを考え直すことになるのである。ミステリでありながら、家族小説でもありご近所物語でもある、お得で愉しい一冊である。

オチケン、ピンチ!!*大倉崇裕

  • 2010/07/17(土) 16:42:39

オチケン、ピンチ!! (ミステリーYA!)オチケン、ピンチ!! (ミステリーYA!)
(2009/05)
大倉 崇裕

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大学入学早々に、廃部寸前の落研(落語研究会)に、無理やり入部させられた越智健一。そこで待ち受けていたのは、浮世離れした落語の天才・岸と、万事爽やかや武術の達人・中村という風変わりな先輩ふたり。部員が3人をきったら自動的に廃部、という規則をなんとか死守しているオチケンだが、勢力拡大を狙う他のサークルが、その部室を虎視眈々と狙っている。そんな中、岸がトラブルに巻き込まれ、退学の危機に陥ってしまう。しかし、もっと大きな陰謀のにおいをかぎつけ(てしまっ)た越智は、仕方なく調査をするうちに、不可解な事件が多数、キャンパス内で起きていることに気づく…。勝手気ままな先輩たちに振りまわされ、授業には出席しそこね、必須科目の単位を落とす危機に瀕し、学生部からは目をつけられる。さらなるピンチに襲われる、越智健一の運命やいかに!?大人気『オチケン!』につづく青春落語ミステリー、第2弾。


その一「三枚の始末書」 その二「粗忽者のアリバイ」

無理やり流されるように落語研究部に入部させられてしまった越智健一であるが、やはり未だに流れは変わっておらず、なんだかんだと望まない厄介ごとに巻き込まれている。同じ時期に三枚書かされると退学になると言う始末書を書かされた者が何人かいて、そのひとりがオチケンの先輩・岸だったことから、廃部の危機を逃れるために事情を調べる羽目になったり、お笑い研究部のライブに出演する予定の落語家の失踪事件の捜査をすることになったり。だんだんと、オチケン部員中村と越智の捜査能力も評判になってきているようでもある。やる気もなく不承不承やっている割には、越智の捜査は的を射ていたりもして、そちら方面の運には恵まれているのかもしれない。
もっとつづいてくれるといいな、とひそかに願う。

プラスマイナスゼロ*若竹七海

  • 2010/07/15(木) 20:28:40

プラスマイナスゼロプラスマイナスゼロ
(2008/12/03)
若竹 七海

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はじまりは、落ちてきた一匹の蛇だった―。なんか最近、アタシら死体に縁がねーか?凸凹女子高生トリオが、海辺の町・葉崎を駆け抜ける!ドタバタ×学園× 青春ミステリー。


  そして、彼女は言った~葉崎山高校の初夏~
  青ひげのクリームソーダ~葉崎山高校の夏休み~
  悪い予感はよくあたる~葉崎山高校の秋~
  クリスマスの幽霊~葉崎山高校の冬~
  たぶん、天使は負けない~葉崎山高校の春~
  なれそめは道の上~葉崎山高校、1年前の春~


葉崎町シリーズ。正真正銘のお嬢さまテンコ、番を張っているのが似合いそうなユーリ、そしてなにから何まで平均的なミサキの女子高生三人組のドタバタ騒動記である。それぞれの季節に謎の事件が起こり、三人組が解決することになる。最後の章の一年前の経緯を読むと、じんとして泣けてくる。この三人が出会えてよかったと思える。愉しくてじんとする一冊である。

明日の空*貫井徳郎

  • 2010/07/14(水) 13:30:54

明日の空明日の空
(2010/05/26)
貫井 徳郎

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両親は日本人ながらアメリカで生まれ育った栄美は、高校3年にして初めて日本で暮らすことに。「日本は集団を重んじる社会。極力目立つな」と父に言われ不安だったが、クラスメイトは明るく親切で、栄美は新しい生活を楽しみ始める。だが一つ奇妙なことが。気になる男子と距離が縮まり、デートの約束をするようになるが、なぜかいつも横槍が入ってすれ違いになるのだ。一体どうして―?栄美は、すべてが終わったあとに真相を知ることになる。


生まれてから17年をアメリカで過ごし帰国したエイミーの高校時代の物語と、語学力向上のために六本木で外国人に声をかけて手助けをしてはチップをもらう大学生ユージとそこで知り合ったアンディの物語が相次いで語られる。一見何の関係もないように見えるふたつの物語は、エイミーが大学生になり、山崎さんという男子学生に出会ったことでつながり、次第に解き明かされていく。だが、解き明かされた先に待っているのは安心感でも満足感でもない。それは切なさと後悔なのである。それでも、明日は晴れると信じて、あたたかな気持ちを次の誰かにバトンタッチしていくしかないのだ。映像化は絶対にできない一冊である。

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僕は長い昼と長い夜を過ごす*小路幸也

  • 2010/07/13(火) 20:30:26

僕は長い昼と長い夜を過ごす (ハヤカワ・ミステリワールド)僕は長い昼と長い夜を過ごす (ハヤカワ・ミステリワールド)
(2010/06/24)
小路 幸也

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ミステリ・青春・家族etc… 少し奇妙で胸を打つ小路ワールド最新作。僕の一日は五十時間起きて二十時間眠る。拾った二億円と謎の〈種苗屋〉ナタネさん。奪還屋、強奪屋。 非二十四時間睡眠覚醒症候群。15年前、強盗に殺された父親。ゲームプランナーとしての経験。すべてのピースを活かして、周りのひとたちを守るんだ。 50時間起きて20時間眠る特殊体質のメイジ。草食系でのんびりした性格に反し、15年前、父親を殺されたというハードな過去の持ち主。現在はゲームプランナーをしつつ、体質を活かした〈監視〉のバイトをしている。だが、そのバイトのせいで二億円を拾ってしまい、裏金融世界の魔手に狙われる羽目に。メイジは戸惑いながらも知恵と友情を武器に立ち向かうが、この利とも枷ともなる体質が驚愕の事態を招く。


躰は健康そのものなのに、五十時間起きて二十時間眠るという病気のために、一般的な仕事に就けず、事情を理解してくれたゲーム会社<トラップ>でプランナーをしている森田明二(メイジ)が主人公である。変則的な就業形体のせいでプランナーとしてはなかなか大成できないが、その体質を活かしてときどき<トラップ>の代表のバンさんから監視の仕事を請け負ったりしている。この物語は、この監視の仕事からはじまってしまった出来事にまつわるものなのである。
メイジの如何にも善人であっさりしたキャラクターは、思わず見守ってあげたくなるし、ナタネさんや安藤や麻衣子ちゃんやリロー、そのほかの登場人物の誰もがとてもいい。みんながそれぞれに恰好よくて、愛おしくなる人たちばかりである。そして物語は、はらはらどきどきさせられるのだが、なぜかそうひどいことにはならなそうな安心感がある。ナタネさんの存在ゆえだろう。安心して危険な冒険を愉しめるなんて、この上ない贅沢である。そしてそもそものはじまりのことを知ったときには、メイジでなくともじんとして涙がにじむのである。あたたかいものがこみあげてくる一冊だった。

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四十九日のレシピ*伊吹有喜

  • 2010/07/11(日) 10:50:29

四十九日のレシピ四十九日のレシピ
(2010/02/16)
伊吹有喜

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熱田家の母・乙美が亡くなった。気力を失った父・良平のもとを訪れたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。乙美の教え子だったという彼女は、生前の母に頼まれて、四十九日までのあいだ家事などを請け負うと言う。彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を、良平に伝えにきたのだった。家族を包むあたたかな奇跡に、涙があふれる感動の物語。


二週間前、良平は乙美が作ってくれたコロッケサンドのソースが染み出していたことで乙美を怒鳴りつけ、せっかくのコロッケサンドを持たずに釣りに出かけた。そして、それが乙美と交わした最後の会話になった。良平の留守中に突然の心臓発作で乙美は亡くなったのだった。乙美は、百合子が5歳のときに新しいお母さんとして熱田家にやってきたのだった。それから三十三年後のことだった。
後妻として熱田家にやってきた乙美は、しあわせだったのだろうか。茫然自失の良平のところへ、乙美がボランティアで教えていた絵手紙の生徒だった井本が訪れ、生前の乙美に託された四十九日のレシピを実行しはじめる。
百合子夫婦のトラブルや親戚からの横槍などに悩まされながらも、乙美の残したレシピは躰だけでなく心の回復にも効き目を表わしていく。じんわりと胸があたたかくなり、涙が浮かぶ一冊である。
人と関わるときには、いまが最後になっても心を残すことのないように接しなければ、と改めて胸に刻んだ。

夢見る黄金地球儀*海堂尊

  • 2010/07/10(土) 16:52:42

夢見る黄金地球儀 (ミステリ・フロンティア)夢見る黄金地球儀 (ミステリ・フロンティア)
(2007/10)
海堂 尊

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首都圏の端っこに位置する桜宮市に突如舞い込んだ1億円。その名も「ふるさと創生基金」。だがその金は黄金をはめ込んだ地球儀に姿を変え、今では寂れた水族館にひっそり置かれているだけとなった――はずだった。が、ある日を境にトラブル招聘体質の男・平沼平介の日常を一変させる厄介の種へと変貌する。
8年ぶりに現れた悪友が言い放つ。「久しぶり。ところでお前、1億円欲しくない?」
かくして黄金地球儀奪取作戦が始動する。二転三転四転する計画、知らぬ間に迫りくる危機。平介は相次ぐ難局を乗り越え、黄金を手にすることが出来るのか。『チーム・バチスタの栄光』の俊英が放つ、驚愕のジェットコースター・ノベル!


  プロローグ  黄金地球儀は深海の夢を見る 1988年のある日
  第一部  召集令状 2013年・晩夏
  第二部  強奪作戦
  第三部  返却作戦
  エピローグ  カリフォルニアの青い空 二年後・2015年のある晴れた日


桜宮市が舞台であり、バチスタシリーズでお馴染みの人物も登場するのだが、医療エンターテインメントではない。ミステリで味付けされたコメディといったところだろう。だが、主人公・平介と相棒ともいえるガラスのジョーの関係は、バチスタのグッチー先生と白鳥さんそのままである。途中からはガラスのジョーの役割さえも想像できてしまうが、それもまたお約束、だろう。基本的にはドタバタ劇だが、平介の父・豪介が素晴らしくカッコイイ!気楽に愉しめる一冊である。

みきわめ検定*椰月美智子

  • 2010/07/08(木) 16:57:04

超短編を含む短編集 みきわめ検定超短編を含む短編集 みきわめ検定
(2008/10/21)
椰月 美智子

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結婚「まで」の男と女のある場面 「そろそろ今日あたり、キスのその先をすることになるに違いない。」結婚前の男女の、危うい気配を鋭く切りとる、今もっとも注目の作家・椰月美智子の短編集。


表題作のほか「死」 「沢渡のお兄さん」 「六番ホーム」 「夏」 「と、言った。」 「川」 「彼女をとりまく風景」 「きのこ」 「クーリーズで」 「西瓜」

読みながら、このざわざわする心地はなんなのだろう、と何度も考えた。ちょっとした、けれど永遠に寄り添うことのないズレだろうか。噛み合うはずの歯車のほんのわずかな軋みだろうか。どの物語も、胸の中を不穏にざわめかせるのである。善悪とか、常識とかに当てはめられるようなものではないなにかがどの物語にもたゆたっているのである。そしてその気分が解決したのはあとがきだった。なんとそれは、「やっちまった感」だったのである。

丘の上の赤い屋根*青井夏海

  • 2010/07/08(木) 13:41:12

丘の上の赤い屋根丘の上の赤い屋根
(2010/06/17)
青井 夏海

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波多野真希の心には「赤い屋根」の映像が残っていた。
幼い時の記憶かどうか定かではないが、時折ふっと、それが浮かんでくるのだ。
亡くなった父の遺産をもらい受け、30代を前にして、東京近郊の都市へと移った真希。
父は、屋敷と呼べるほどの大きな家と、広い敷地、そして敷地内に立つアパートを真希に残してくれた。
屋敷がある市には、コミュニティーFMがあった。
このラジオ局、社長は、やる気があるのか、ないのかわからないし、他のパーソナリティーも所詮素人の寄せ集めとしか思えない。
プロは子役として脚光を浴び、学業優先のため一時、休業していた俳優業を再開した鏑木航のみ。
引越しの荷解きも終わらぬ最中(さなか)、真希のもとに「この土地は、市に寄贈されるはずの土地だ!」と市議会議員が訪れ、「そんなはずは……」と困惑してしまう。
さらに「あなたの弟です」と話す男まで現れた! 小さなFM局で巻き起こる、ひと夏のハートフル・ストーリー。


東京近郊と言っても、めぼしいものはなにもない中途半端な町・大沼辺市が舞台である。そこにあるコミュニティFMのラジオ局は、東京で芽が出ないとはいえ俳優をやっている鏑木航には、あってもなくてもいいような中途半端なものに見えた。秋までという契約で、朝の7時から10時までの帯番組を任された彼は、決められたこと以外には首を突っ込む気も手を出すつもりもなく、早くこの夏をやり過ごして東京へ帰ることしか頭になかった。そんなときボランティアとしてFM局にやってきた真希と出会う。真希の亡父は元大沼辺の実力者で、その遺産として屋敷を受け継いで彼女はここにやってきたのだった。
FM局に届くお便りや、FM局のボランティアスタッフ、真希の持ち物であるオンボロアパートの住人のお年寄りたち、突然現れた弟、そして真希から屋敷を奪い取ろうとする企みなどに振り回されながら、ひと夏の物語は展開するのである。
何気なく暮らしているように見える人たちも、それぞれになんらかの屈託を抱えており、それを互いに思いやることは、思い切って近づき踏み込まなければできないのだと思わされる。見ないふり聞かないふりでは、そこに存在することにはならないのだ。読み終えて、思わず地元のFMラジオ局を検索してしまった。

午前零時 P.S.昨日の私へ

  • 2010/07/07(水) 13:34:50

午前零時―P.S.昨日の私へ (新潮文庫)午前零時―P.S.昨日の私へ (新潮文庫)
(2009/11/28)
鈴木 光司朱川 湊人

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夜のバーで恋人を待ちながら、子どものころ近所の空き地で、インドの人混みをかき分けながら、あいつらから逃げ隠れた小さな部屋で、占い師が予言した運命の人を探しながら―それぞれが迎える、午前零時。13人の豪華競演による、夜の底から始まった、誰も知らない物語たち。P.S.昨日の私へ今夜、人生は一瞬で変わってしまうと知りました。でも運命の夜は、まだ始まったばかり。13人の豪華競演による、真夜中の物語。


  鈴木光司  ハンター
  坂東真砂子  冷たい手
  朱川湊人  夜、飛ぶもの
  恩田陸  卒業
  貫井徳郎  分相応
  高野和明  ゼロ
  岩井志麻子  死神に名を贈られる午前零時
  近藤史恵  箱の部屋
  馳星周  午前零時のサラ
  浅暮三文  悪魔の背中
  桜庭一樹  1、2、3、悠久!
  仁木英之  ラッキーストリング
  石田衣良  真夜中の一秒後


十三の贅沢な午前零時である。概ね「あ!」と思うようなラストが待ち構えている。何度か読んでいるものもあるが、こうして並ぶとまた改めて午前零時の威力を思い知る。

僕の明日を照らして*瀬尾まいこ

  • 2010/07/06(火) 20:26:59

僕の明日を照らして僕の明日を照らして
(2010/02/10)
瀬尾まいこ

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隼太は中学2年生、陸上部。ずっとシングルマザーの息子だったが、進級した春に名前が変わり、ひとりの夜は優ちゃんといっしょの夜に変わった。優しくてかっこいい優ちゃんを隼太は大好きだったが、しかし、優ちゃんはときどきキレて隼太を殴る……。でも絶対に優ちゃんを失いたくない。隼太の闘いが始まる。
隼太は明るい明日を見つけることが出来るのか。思わず応援したくなる、隼太の目覚めと成長の物語。


衝撃的なはじまりである。誰かが誰かに暴行を受けた直後のようである。少し読むと、殴られたのは隼太という中学二年の少年で、殴ったのは母の夫になった優ちゃんだということが判る。そう、DVなのである。だが、少し違うのは、隼太が殴られても優ちゃんを必要とし、縮こまらずに一緒に治そうとあれこれ手立てを講じるところである。優ちゃんもキレていないときには心から反省し、どうにかしなければならないと思っている。殴られる者と殴る者双方が、互いに互いを必要とし愛しているのである。しかもその事実を隼太の実の母はなにも知らない。学校での生活と家での毎日が並行して描かれ、隼太の強さと弱さが浮き彫りにされる。いいようもなく胸が痛む一冊であるが、同時にあたたかさも覚えるのである。いつの日か、なにもかもを乗り越えて三人でしあわせに暮らせる日がきますように、と応援したくなる。

桃色東京塔*柴田よしき

  • 2010/07/06(火) 10:39:48

桃色東京塔桃色東京塔
(2010/05)
柴田 よしき

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警視庁捜査一課勤務の刑事・黒田岳彦は、ある事件の捜査でI県警上野山署捜査課係長・小倉日菜子と出会う。過疎の村で働く日菜子は警官の夫を職務中に亡くしている未亡人で、東京に対して複雑な思いを抱いていた。捜査が進むなか岳彦と日菜子は少しずつ心を通わせてゆくが、あらたに起きるさまざまな事件が、ふたりの距離を微妙に変えていって…。異色の連作短編集。


表題作のほか、「朱鷺の夢」 「渡れない橋」 「ひそやかな場所」 「猫町の午後」 「夢の中の黄金」 「輝く街」 「再生の朝」

過疎の村で刑事として働く日菜子と警視庁の刑事である岳彦の物語である。事件を通して少しずつ関係性を変えていくふたりに、光あふれる東京という街に対するそれぞれの思いが象徴的に使われている。主人公ふたりが刑事なので当然物語は警察小説でもあり、殺人事件の謎解きも充分愉しめる。刑事も刑事である前にひとりの人間なのだということを、改めてあたたかく思わせてくれる一冊だった。ラストの日菜子の決断も応援したくなる。

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スタジアム虹の事件簿*青井夏海

  • 2010/07/04(日) 21:26:45

スタジアム 虹の事件簿 (創元推理文庫)スタジアム 虹の事件簿 (創元推理文庫)
(2001/04)
青井 夏海

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いつも優雅なドレスに身を包み、綺麗な靴を履いて観客席に現れるおっとりした女性・虹森多佳子。超弩級の野球音痴でありながら、なぜかプロ野球球団・東海レインボーズのオーナーを務める彼女は、奇妙な謎を次々と解決に導く才能も持ち合わせていた!安楽椅子探偵の冴え渡る推理と、優勝の夢に向かって疾走する万年最下位球団の奮闘を描いた、値千金の愛すべき本格ミステリ。


  第一話 幻の虹
     ――東海レインボーズ対京葉チャレンジャーズ 一回戦

  第二話  見えない虹
     ――東海レインボーズ対札幌ポラベアーズ 四回戦

  第三話  破れた虹
     ――東海レインボーズ対北九州スキップジャック 十三回戦

  第四話  騒々しい虹
     ――東海レインボーズ対中央フリークス 十八回戦

  第五話  ダイヤモンドにかかる虹
     ――東海レインボーズ対灘波マシンガンズ 二十六回戦


万年下位の東海レインボーズのオーナーだった亡き夫のあとを引き継ぎオーナーになった野球音痴の妻・多佳子が、球場に足を運び自球団のゲームを観戦しながら小耳に挟んだ話を元に推理し、事件の謎を解き明かし真実に迫る物語である。多佳子の視点のやさしさと、推理の見事さはもちろん、東海レインボーズの死力を尽くしたゲームの様子も愉しめて、二度おいしい一冊である。レインボーズのメンバーの名前に必ず色名がつき、迷わず味方だと判るのも親切である。多佳子さん、素敵である。

玉蘭*桐野夏生

  • 2010/07/04(日) 09:11:36

玉蘭 (朝日文庫)玉蘭 (朝日文庫)
(2004/02/14)
桐野 夏生

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張りつめた東京での生活に疲れ果てた有子は、逃げるように上海へとやって来た。枯れた“玉蘭”によって眠りを遮られ、別れた恋人への愛憎の深さに慄いた夜、彼女の前に大伯父の幽霊が現れる。70年前、この地で船乗りとして生きていた大伯父もまた、1人の女性への断ち切れない想いを抱いていた。人々の活気みなぎる土地上海を舞台に、2組の男女が織り成す恋愛模様。深い恋慕の情は時を越え、現代と過去が交差する。


  第一章  世界の果て
  第二章  東京戦争
  第三章  青い壁
  第四章  鮮紅
  第五章  シャングハイ、ヴェレ、トラブル
  第六章  幽霊
  第七章  遺書


不思議な、そして奥の深い物語だった。東京での命をすり減らすような日々に疲れ果て、上海へやってきた有子と、いまは亡き伯父の質(ただし)――著者自身の祖母の弟がモデルになっているという――とが主人公となり、時に不思議に交わりながら別々の時代を生きている。上海、広東という日本にはない雰囲気のなかで、有子の世界も質の世界も次第に角をなくして丸みを帯び、崩れかけていくように見える。冒頭に描かれる玉蘭が象徴的である。あとがきに、質のことを書きたかったとあるように、物語の始まりは有子であるが、彼女の物語は完結せず、ラストは質で結ばれている。物語後もつづいている有子の生き様も気になる。気だるい読後の一冊である。