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Railway Stories*大崎善生

  • 2010/08/31(火) 16:53:51

Railway StoriesRailway Stories
(2010/03/20)
大崎善生

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終着駅は記憶の中――
車窓の向こうに揺れる
切ない記憶の物語。


切ない青春時代の恋、家族の原風景、父の死、
様々なテーマで描かれた十篇の珠玉短編集。


夏の雫  橋または島々の喪失  失われた鳥たちの夢  不完全な円  もしその歌が、たとえようもなく悲しいのなら  フランスの自由に、どのくらい僕らは、追いつけたのか?  さようなら、僕のスウィニー  虚無の紐  確かな海と不確かな空  キャラメルの箱


いろいろな場所のさまざまな列車をモチーフにした短編集。主人公は物語ごとに違うのだが、どこか著者自身を想わせられるようである。さまざまな年代、さまざまな境遇ではあるが、一貫してある雰囲気がそう感じさせるのかもしれない。どの物語でも登場人物たちはそのときどきを精一杯生きてはいるが、なにか足りないものを求め、いつも旅の途中というような切ない雰囲気を漂わせている。川の流れを見るような一冊でもある。

アネモネ探偵団―香港式ミルクティーの謎*近藤史恵

  • 2010/08/31(火) 07:15:36

アネモネ探偵団 香港式ミルクティーの謎アネモネ探偵団 香港式ミルクティーの謎
(2010/03/17)
近藤史恵

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大人気ミステリ作家・近藤史恵が手がける、初の児童書!
お嬢様中学生+普通の男子中学生が活躍する、ドキドキ☆わくわく♪の探偵ものがたり
お嬢様中学校に通う智秋・巴・あけびの三人。
女優の母をもつ智秋。父が警視総監の巴。あけびの父は有名な賞をとった学者。
ある日、仲良しの三人は、隣の学校に通う普通の男子中学生、光紀と時生に出会います。
ある日、光紀と時生は、智秋の誘拐計画を偶然知り、「助けなければ!」と決心。
智秋のママ(女優)の仕事について香港へ行く三人を追って、光紀と時生も香港に行くのですが、なんと、福引で香港行きのペアチケットを当てようという計画!
果たして、香港へ行くことはできるのか? そして、事件の真相は?
友情、親子愛、トキメキ、ドキドキ……読みごたえたっぷりの探偵物語☆


  第一章  実生女学院と実生中学
  第二章  出会いは路地裏で
  第三章  雑誌の撮影
  第四章  力になりたい
  第五章  ママには言えない
  第六章  犯人たちのたくらみ
  第七章  香港へ
  第八章  香港迷宮へ、ようこそ
  第九章  智秋乃危機!
  第十章  香港式ミルクティー
  第十一章  日本へ
  第十二章  わな
  第十三章  ママを救いたい!
  第十四章  ミルクが先か、紅茶が先か


近藤史恵さん、児童書もいい。お嬢さまと普通の男の子という設定も、おとぎ話的でいい。巻き込まれる事件の大きさと舞台のスケールの大きさ、それに対する中学生たちの普通の子どもらしい無鉄砲さや無邪気さにギャップがあるのも愉しめる。シリーズ化を予言するようなラストなので、次作も期待したい。

あなたに贈るX(キス)*近藤史恵

  • 2010/08/30(月) 16:47:20

あなたに贈るキス (ミステリーYA!)あなたに贈るキス (ミステリーYA!)
(2010/07/28)
近藤史恵

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感染から数週間で確実に死に至る、その驚異的なウィルスの感染ルートはただひとつ、唇を合わせること。昔は愛情を示すとされてその行為は禁じられ、封印されたはずだった………。   全寮制の学園リセ・アルビュスである日、一人の女生徒が亡くなった。人気者の彼女の死は学園に衝撃を与えた。さらに、死因が禁断の病によるものだとの噂が。誰が彼女を死に至らせたのか? 不安と疑いが増殖する中、学園内での犯人探しが始まった。甘やかで残酷な少女たちの世界を鮮烈に描く。


母とその再婚相手と同じ屋根の下にいるのが居心地悪く感じられ、全寮制の高校を選んで入学した美詩(みうた)だったが、この学園に受け入れられているような気がせず悶々としていた。そんなとき、同じ寮の先輩・織恵を知り、ほんの偶然から親しく話をするようになって急に学園生活が明るくなったのだった。それなのに織恵さんは死んでしまった。ソムノスフォビアという唇を合わせることでのみうつり、死を避けられない感染症によって。
近未来の物語だが、唇を合わせるキスが法律で禁じられている以外に現代と変わるところはほとんどない。人が誰かを想う気持ちにもなんら変わりはないのである。キスでうつる病気という思いもよらない要素がからんでいるとは言え、大昔から変わらない人を恋する熱い気持ちが生んだ悲劇とも言える物語なのである。だが、当時者たちにとって、愛する人を死に追いやったのが自分かもしれないという苦悩は耐え難いことでもあるだろう。甘く切なく悩ましく哀しく、そして愛おしい一冊だった。
そしてラストの怖ろしい小気味よさ!

フリン*椰月美智子

  • 2010/08/29(日) 17:28:32

フリンフリン
(2010/06/01)
椰月 美智子

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火遊び、裏切り、そして道ならぬ恋――。結婚後の恋はいけないことなの?『しずかな日々』『るり姉』の著者が、現代のさまざまな不倫の情景を描く、新境地の反道徳小説!


葵さんの恋  シニガミ  最後の恋  年下の男の子  魔法がとけた夜  二人三脚


リバーサイドマンションの住人であるということをキーにした連作フリン物語であり、全編を通してひとつの物語でもあるように思えわれる。
たった二十一戸・七十三人のなかに普通はこれほど濃くは起こらないだろうと思われる気持ちの行き違いが起こり、道ならぬ恋模様が描かれる。陥り方も育ち方も、そして終わり方もさまざまだが、胸を張ってしあわせを宣言できる恋はひとつもない。陰で泣く人がいるかぎり、それはあってはいけないことなのだとも思う。だが、登場人物たちはみな一様に他人のことを思いやれるやさしさをも持っていて、物語全体の雰囲気はやさしいものになっている。フリンに開き直っていないからかな、と思ったりもする。

カッコウの卵は誰のもの*東野圭吾

  • 2010/08/28(土) 19:38:44

カッコウの卵は誰のものカッコウの卵は誰のもの
(2010/01/20)
東野 圭吾

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スキーの元日本代表・緋田には、同じくスキーヤーの娘・風美がいる。母親の智代は、風美が2歳になる前に自殺していた。緋田は、智代の遺品から流産の事実を知る。では、風美の出生は? そんななか、緋田父子の遺伝子についてスポーツ医学的研究の要請が……。さらに、風美の競技出場を妨害する脅迫状が届く。複雑にもつれた殺意……。超人気作家の意欲作!


Amazonのカスタマーレビューではさんざんな書かれようだが、わたしはさすが東野圭吾!とぐいぐい惹きこまれて読んだ。抑え目の筆致で描かれる、遺伝子研究をもくろむ柚木と娘・風美の出生の秘密を守ろうとする緋田の緊張感はページを飛び越えて伝わってくる。新しいことが判るたびに驚かされ、東野流の捻りも――少々甘さはあったようにも思えるが――健在で、文句なく愉しめる一冊だった。

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遠まわりする雛*米澤穂信

  • 2010/08/27(金) 16:48:29

遠まわりする雛遠まわりする雛
(2007/10)
米澤 穂信

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神山高校で噂される怪談話、放課後の教室に流れてきた奇妙な校内放送、摩耶花が里志のために作ったチョコの消失事件―“省エネ少年”折木奉太郎たち古典部のメンバーが遭遇する数々の謎。入部直後から春休みまで、古典部を過ぎゆく一年間を描いた短編集、待望の刊行。


やるべきことなら手短に  大罪を犯す  正体見たり  心あたりのある者は  あきましておめでとう  手作りチョコレート事件  遠まわりする雛


古典部シリーズ第四弾は短編集である。ホータローたちが古典部に入部してからほぼ一年のあれこれである。五→三→四と、滅茶苦茶な順番で読んでいるが、そういう経緯だったのかと納得させられる愉しみもあって悪くない。そして、古典部メンバーの特徴もずいぶんわかってきて事に当っての反応が興味深い。相変わらず省エネを身上とするホータローであるが、苦手とする(!?)千反田さんのおかげでそうも言っていられないことが次第に増えているようにも見える。里志と摩耶花のかけあいにも深みが増しているようだし、ラストのホータローと千反田さんふたりの場面もとても好みである。理屈っぽくてタイトルの雛どころではなく遠まわりしすぎで微笑ましすぎるのである。どんどん古典部メンバーと親しみ深くなる一冊である。

しんしんとメトロノームの音がきこえる*斉藤そよ

  • 2010/08/26(木) 20:27:51

しんしんと メトロノームの音がきこえるしんしんと メトロノームの音がきこえる
(2010/07/01)
斉藤 そよ

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ふうわりと
ひらがなだけが降りてくる
こもれびに似た
それはよろこび

この10年間に、いろいろな形で(四行詩として、ことばあそびとして、短歌として、写真に添えるキャプションとして)、綴り続けてきたものの中から、その時々のメトロノームに忠実な三十一文字を掬いあつめて編んでみました。よかったら。


ふわふわと  そわそわと  さらさらと  てんてんと  しんしんと  ぐんぐんと  ちゃくちゃくと  てくてくと  しんしんとⅡ  しゅくしゅくと  もくもくと  そよそよと  とつとつと[つじつまあわせ]


cap verses/そよ日暮らしの管理人・斉藤そよさんの歌集である。歌集なのだから、載せられているものはもちろん短歌なのだが、同時にそれは詩であり、著者の目――実際の目でもあり心の目でもあるだろう――がみたものたちなのである。北の国の自然を愛し、親しみ、溶け込むように暮らす著者の周りのものに向けられる愛情が沁みだしてくるようである。読み終えて目を閉じると、著者の目がみたものがまなうらに浮かんでくるような心地になる一冊である。

クドリャフカの順番*米澤穂信

  • 2010/08/26(木) 18:49:59

クドリャフカの順番―「十文字」事件クドリャフカの順番―「十文字」事件
(2005/07)
米澤 穂信

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待望の文化祭が始まった。何事にも積極的に関わらず“省エネ”をモットーとする折木奉太郎は呑気に参加する予定だったが、彼が所属する古典部で大問題が発生。手違いで文集を作りすぎたのだ。部員が頭を抱えるそのとき、学内では奇妙な連続盗難事件が起きていた。十文字と名乗る犯人が盗んだものは、碁石、タロットカード、水鉄砲―。この事件を解決して古典部の知名度を上げよう!目指すは文集の完売だ!!千載一遇のチャンスを前に盛り上がる仲間たちに後押しされて、奉太郎は「十文字」事件の謎に挑むはめに!米沢穂信が描く、さわやかでちょっぴりホロ苦い青春ミステリ。


眠れない夜  限りなく積まれた例のあれ  「十文字」事件  再び、眠れない夜  クドリャフカの順番  そして打ち上げへ


舞台は神山高校文化祭。古典部のメンバー千反田える、福部里志、折木奉太郎、伊原摩耶花それぞれの視点で描かれているのが興味深い。最終確認の詰めの甘さから大量に印刷されてしまった文集『氷菓』をどうやって売り捌くかという命題と、思いがけず関わることになる「十文字」事件が絶妙にからんで文化祭もホータローの推理も盛り上がりを見せるのである。視点が変わることで、それぞれの思いやすれ違いも客観的に見えてくるのも面白い。ホータローの身に起こるわらしべ長者プロトコルもなかなか興味深い。古典部がますます親しみ深くなる一冊である。

パズル自由自在*高田崇史

  • 2010/08/24(火) 19:01:14

パズル自由自在 (講談社ノベルス)パズル自由自在 (講談社ノベルス)
(2005/03/08)
高田 崇史

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複雑に絡み合った“脳内知恵の輪”を、貴方は解くことができるか!?待ちに待った運動会の日に、次々と起こる珍事件。“てるてる坊主”は壊され、校庭には不可解な焚き火跡…。この謎の真相解明に、天才高校生“千波くん”が挑む「徒競走協奏曲」をはじめ、書き下ろしを含む6編を収録した傑作短編集。


桜三月三本道  迷路な二人  徒競走協奏曲  似ているポニーテイル  ゲーム・イン・ゲーム  直前必勝チャート式誘拐  <追伸簿>


千波くんはますますサラリ・パサリ・スラリの好感度バッチリ、慎之介はあくまでも黒い壁のようで、八丁堀あるいはぴいくんは奇抜な服装と親バカならぬ兄バカぶりを遺憾なく発揮するシリーズ四作目である。
お花見に運動会にクリスマスコンサートにとデコボコトリオは出かけて行き、その先々でなぜかパズルを解き、起こった出来事の謎も解く。
そして懸案の八丁堀あるいはぴいくんの本名である。13ページのヒントでほとんどの読者は閃いたと思うが、最後まで名前として明かされることはなかった。だがまさに、おではじまっておで終わるぴいくんと言ったらあれしかないだろう。なぜか柿ピーが食べたくなる一冊だった。

試験に敗けない密室*高田崇史

  • 2010/08/23(月) 16:50:10

試験に敗けない密室―千葉千波の事件日記 夏休み編 (講談社ノベルス)試験に敗けない密室―千葉千波の事件日記 夏休み編 (講談社ノベルス)
(2002/06)
高田 崇史

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“論理パズル小説”の粋を極めた、傑作書き下ろし中編!
“千葉千波の事件日記”シリーズ第2弾!!

前作で大好評を博した論理パズル小説“千葉千波の事件日記”シリーズ、特別書き下ろし中編。今回も、天才高校生・千波くんと、浪人生の“八丁堀”、慎之介の3人組が、土砂崩れで“脱出不能の十三塚村”、“神裁きの土牢”など、続々現れる密室の謎に挑む。もちろん「解答集」付き、さらに(おそらく著者、最初で最後の)「あとがき」も収録!


密室の始まり  続いて密室  さらに密室  やはり密室  密室の終わり  <追伸簿>  あとがき


『試験に出ないパズル』で気になって仕方がなかった「八丁堀」あるいは「ぴいくん」の名前は、逆読みしているので当然本作でも判らない。(でも実はいま読んでいるシリーズ最新作の13ページに出てくるヒントで閃いたのでスッキリしている)
タイトルから容易に判るように今回は密室トリックである。八丁堀あるいはぴいくん、千波くん、慎之介のデコボコトリオが絶妙なかけあい――本人たちにそのつもりはないだろうが――で愉しませてくれる。まさかの本格推理小説か!と思わせる道具立てであるが、ラストの落ちに脱力である。だが、トリックはちゃんとしているので、愉しみながら脱力できてお得な一冊でもある。

パスタマシーンの幽霊*川上弘美

  • 2010/08/21(土) 08:35:15

パスタマシーンの幽霊パスタマシーンの幽霊
(2010/04/22)
川上 弘美

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一篇が10ページ前後の短篇が22篇収められている。なにしろ川上弘美のこの短篇群の面白さは驚嘆に値する。「おひまなら一篇だけ立ち読みしてみてください」と言うしかないのです。若い女性の一人称の作品が多いけれど、だからといって若い女性向きの作品集とばかりはいえない。そんなことはどうでもよくて、男性が読んでもたぶん心にしみるはず。これぞ川上魔術。表題作の一部をご紹介するのが手っ取り早い。こんな感じです。「このパスタマシーンを使うのは、いったい誰? あたしの胸は、大きく一つ、どきんと打った。『小人じゃないの』というのが隆司の答えだった。/あたしはすぐさま、隆司を問いただしたのだった。料理は下手だけれど、そのかわりあたしはものすごく率直なのだ。ねえ、誰がこのパスタマシーンを使ってるの。『小人』あたしはゆっくりと繰り返した。/『じゃなきゃ、猫とか』『猫』あたしは隆司の顔をまじまじと見た。無表情だ。/『このごろの猫って、ほら、お手伝いさんとかして働くみたいだし』/あたしは笑わなかった。隆司は一瞬だけ笑って、それから『しまった』という表情になった。あたしは率直なうえに、怒りっぽいのだ。」「クウネル」の人気連載が本になった。絶賛を博した第一弾『ざらざら』につづく最新短篇小説集。今回の短篇も、決然とした恋愛の情熱や欲望ではなく、恋愛関係のうちにある何かとらえどころのない心のゆらめきを魔術的とってもいい文章で描いた傑作ばかり。読み終えたあとに、また本を開きたくなる。おなじみの、アン子とおかまの修三ちゃんも再登場。新たな主人公、誠子さんとコロボックルの山口さんの恋の行方にも注目だ。深刻な感情がユーモアに転換され、そのあとに〈しん〉とした淋しさが残る名品22篇。


海石 染谷さん 銀の指輪 すき・きらい・ラーメン パスタマシーンの幽霊 ほねとたね ナツツバキ 銀の万年筆 ピラルクの靴べら 修三ちゃんの黒豆 きんたま お別れだね、しっぽ 庭のくちぶえ 富士山 輪ゴム かぶ 道明寺ふたつ やっとこ ゴーヤの育てかた 少し曇った朝 ブイヤベースとブーリード てっせん、クレマチス


タイトルを並べてみただけで、どんな世界が広がるのだろうとわくわくする22編である。どれもしあわせいっぱいという感じではない恋愛の物語で、主人公の女の人はよく泣いているのだが、それでも決定的にふしあわせというのでもない。なんにせよ両極端ではないあわいのところでゆらゆらしているような心地好さがある。恋愛の旅半ばの微妙なあれこれを言葉にし、そこからこぼれおちてすきまに入り込んだ気持ちが滲み出してくるようなそんな一冊である。

遠くの声に耳を澄ませて*宮下奈都

  • 2010/08/19(木) 18:20:32

遠くの声に耳を澄ませて遠くの声に耳を澄ませて
(2009/03)
宮下 奈都

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くすんでいた毎日が、少し色づいて回りはじめる。錆びついた缶の中に、おじいちゃんの宝物を見つけた。幼馴染の結婚式の日、泥だらけの道を走った。大好きな、ただひとりの人と、別れた。ただ、それだけのことなのに。看護婦、OL、大学生、母親。普通の人たちがひっそりと語りだす、ささやかだけど特別な物語。


「アンデスの声」 「転がる小石」 「どこにでも猫がいる」 「秋の転校生」 「うなぎを追いかけた男」 「部屋から始まった」 「初めての雪」 「足の速いおじさん」 「クックブックの五日間」 「ミルクティー」 「白い足袋」 「夕焼けの犬」

前作に登場した誰かが次作の片隅でその物語のなかの誰かと繋がっているという、ゆるゆるとした連作短編集である。そのさりげなさが一冊全体としての雰囲気をかえってとても濃密なものにしている。それぞれの物語もことさら劇的だったり華々しかったりすることなく、それぞれの主人公の目線で淡々と語られているのに好感が持てる。タイトルのとおり、耳を澄ませてなにかを聞き取ろうとするように文字を追う心地の一冊だった。

コトリトマラズ*栗田有起

  • 2010/08/18(水) 18:22:07

コトリトマラズコトリトマラズ
(2010/03/05)
栗田 有起

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勤務先の社長と密かに付きあう華。彼の妻の入院で、ふたりの関係は変化する。そんな華が思い起こすのは「母が死体にキスをした」遠い日の記憶。老いゆく母にも秘められた物語があったのかもしれない。揺れる心を細やかに描く恋愛小説。


「ママが死体にキスをした。」という衝撃的な一文からはじまる不倫恋愛物語である。いろいろご意見もあろうかと思うが、個人的には不倫には共感できないので、華に寄り添って読むことはできなかった。どんなに情熱的に美しく描かれていたとしても、もっともらしく言い繕われているとしても。そして当人同士の気持ちが真実のものだとしても、その純粋さを貫いたために不幸になる人がいるとしたら、それは幸福とは言えないと思うのだ。本作はその辺りも充分に承知しつつ書かれてはいるのだが、男の――本作の場合は社長である――だらしなさ、都合のよさばかりが鼻についてしまう。ただそれを除けば、社長の奥さんで専務でもある能見さんや、語り手である華や、同僚のカヨちゃんは実際に手を伸ばせば触れられそうに書かれていて、息遣いが聞こえてきそうな気さえするし、感情の機微の描かれ方も巧みである。物語全体の雰囲気は好きだといえるのだと思う。道ならぬ恋のさなかにいる人にとってはうなずくところが多い一冊ということなのかもしれない。

ふたりの距離の概算*米澤穂信

  • 2010/08/17(火) 16:47:21

ふたりの距離の概算ふたりの距離の概算
(2010/06/26)
米澤 穂信

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春を迎え、奉太郎たち古典部に新入生・大日向友子が仮入部することに。だが彼女は本入部直前、急に辞めると告げてきた。入部締切日のマラソン大会で、奉太郎は長距離を走りながら新入生の心変わりの真相を推理する!


  序章  ただ走るには長すぎる
  一章  入部受付はこちら
  二章  友達は祝われなきゃいけない
  三章  とても素敵なお店
  四章  離した方が楽
  五章  ふたりの距離の概算
  終章  手はどこまでも伸びるはず


古典部シリーズ五作目である。が、気づけばどういうわけか古典部シリーズはまったく読んでいないのだった。(さっそく一作目から予約を入れた。)
タイトルにあるふたりの距離のふたりとは誰と誰なのだろう、と思ってみるが、あるときは奉太郎と伊原の距離であり、あるときは奉太郎と千反田の距離であり、そしてまた奉太郎と大日向さんの距離でもある。それはまさしく星ヶ谷杯という名のマラソン大会におけるそれぞれふたりの距離なのだが、また本入部せずに去った新入部員大日向さんと千反田――せ広義には古典部員たち――との心の距離でもあるように思う。あちこちに散らばるヒントと探偵役としての奉太郎の観察眼が興味深い。そして、古典部員たちの距離感もまた興味深い一冊である。

四雁川流景*玄侑宗久

  • 2010/08/16(月) 16:49:05

四雁川流景四雁川流景
(2010/07)
玄侑 宗久

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出逢い、別れ、そして流れゆく、川の水の如き群像の心。僧侶にして芥川賞作家がおくる、鮮烈な「一期一会」の作品集。


「Aデール」 「残り足」 「布袋葵」 「地蔵小路」 「塔」 「スクナヒコナ」 「中洲」

四雁川の周りに暮らす人々を主人公にした短編集である。
四雁川で繋がっているというだけで、登場人物たちにはなんの関わりもないのだが、同じ川を身近に感じながら生きているという背景が、全体の雰囲気を作り上げているように思われる。それぞれの物語のなかで、人々は自分に与えられた人生を健気に生きている。取り立てて華々しい出来事や事件があるわけではないが、人々の暮らしぶりのひたむきさが胸に迫る一冊である。

デパートへ行こう!*真保裕一

  • 2010/08/15(日) 10:18:07

デパートへ行こう! (100周年書き下ろし)デパートへ行こう! (100周年書き下ろし)
(2009/08/26)
真保 裕一

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所持金143円、全てを失った男は、深夜のデパートにうずくまっていた。そこは男にとつて、家族との幸せな記憶がいっぱい詰まった、大切な場所だった。が、その夜、誰もいないはずの店内の暗がりから、次々と人の気配が立ち上がってきて―。一条の光を求めてデパートに集まった人々が、一夜の騒動を巻き起こす。名作『ホワイトアウト』を超える、緊張感あふれる大展開。


この著者にして珍しくのどかな物語?とタイトルからは想像したのだが、のどかどころか物騒で騒々しいこと甚だしい物語だった。閉店後の夜の老舗デパートに、不穏な動機を持った複数の人間がそれぞれの思惑を抱いて潜み、そこに若社長追い落としの陰謀やほかのデパートとの買収合戦も絡んで、警備員や社長当人までをも巻き込んだドタバタ活劇の様相をも見せる。かつて夢の国だったデパートという場所に対するそれぞれの思い入れが切なくも熱い。そして、初めはばらばらだった侵入者たちがポツリポツリと暗闇のなかで出会いはじめ、少しずつ心が繋がっていくのもなかなか面白い。性別も年代も動機もさまざまだが、デパートの持つ場の力で繋がっているように思われる一冊だった。

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試験に出ないパズル*高田崇史

  • 2010/08/12(木) 17:07:54

試験に出ないパズル―千葉千波の事件日記 (講談社ノベルス)試験に出ないパズル―千葉千波の事件日記 (講談社ノベルス)
(2002/11)
高田 崇史

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貴方の脳ミソを必ずや満足させます!
「有栖川有栖の解説」付き、シリーズ第3弾!!

“川渡しの問題”を高田流に磨き上げた「山羊・海苔・私」をはじめ、論理パズルと小説が渾然一体となった、傑作短編集。どういうわけか、毎月立ち現れる、端から解けそうもない難問から、冗談としか思えない奇問・珍事件まで、貴方の脳ミソを激しくシェイクする仕掛けが、快感中枢を刺激する。今回は、有栖川有栖氏が“高田崇史ワールド”を解説!!


  《九月》 山羊・海苔・私
  《十月》 八丁堀図書館の秘密
  《十一月》 亜麻色の鍵の乙女
  《十二月》 粉雪はドルチェのように
  《一月》 もういくつ寝ると神頼み


初読みだが、千葉千波くんシリーズの三作目のようである。
主人公の浪人生・「八丁堀」あるいは「ぴいくん」の従兄弟の高校生で、これ以上ないくらい爽やかでしかも頭脳名跡な千波くんが探偵役の日常の謎系ミステリである。ぴいくんの浪人生仲間・饗庭慎之介を加えた三人組が、行った先々で出会うちょっとした謎を解き明かすという趣向であるが、そのたびに千波くんオリジナルのパズルが出題されるのも面白い。個人的には、論理的思考が苦手なぴいくんが「ぼくはこんなのが好き」と言って例示するなぞなぞのような問題が好きだったりもする。思わせぶりな書かれ方で最初から気になって仕方がなかったぴいくんの本名が――最後まで読めばわかるのだろうと期待したのだが――ついに明かされることはなかったのが残念である。次の作品では明かされるのだろうか。気になる。

いつか他人になる日*赤川次郎

  • 2010/08/11(水) 13:13:18

いつか他人になる日 (カドカワ・エンタテインメント)いつか他人になる日 (カドカワ・エンタテインメント)
(2009/11/10)
赤川 次郎

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「これだけは忘れないようにしてくれ。ここから一歩出たら、もう我々は全く見知らぬ他人だということを」ひょんなことから、三億円を盗み、分け合うことになった男女五人。共犯関係の彼らは、しかし互いの名前さえ知らない―。すべては計画通りに進み、何もかもを手に入れたかに見えた彼らの、降って湧いたような幸運は、それでも長続きしなかった…。復讐のため、家族のため、社会のため、愛する人のため…。それぞれの大義名分を抱えて罪に加担した彼らに、つぐないの道はあるのか。束の間の欲望の裏に巣くう人心の荒廃をサスペンス仕立てで描く、社会派ミステリ。


全編に渡ってできすぎの感はあるが、それこそが著者の持ち味とも言えるかもしれない。特に年齢に関わらず女性の気丈さと有能さには勇気づけられる。基本的にはミステリだが、恋愛あり人間ドラマありで読者を飽きさせない。しかもラスト前にはちゃんとひと捻りされていてすべてが腑に落ちるのである。

逃げる*永井するみ

  • 2010/08/09(月) 16:40:23

逃げる逃げる
(2010/03/19)
永井 するみ

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優しい夫と愛しい子供との日々に、突然襲いかかる父との再会。忌まわしい過去を、おぞましい父の存在を、決して知られてはならない。家族を捨て、憎しみを胸に、死と隣り合わせの父親と彷徨う生活が始まる。どこへ行けばいいのか、いつまで逃げればいいのか…。追いつめられた女の苦渋の選択も切ない、哀しみの長編サスペンス。


上手いなぁ、と思わず唸りたくなる一冊である。死ぬまで逃げ続けたかったものに思いがけず出会ってしまったその一瞬のからだ中を巡るものが瞬時に凍るほど冷たくなる感じや、自分を見失いそうなとき頭の片隅がキンと冷える感じがダイレクトに伝わってくるようである。そして、逃げている――実際には逃げているのか守っているのか曖昧なようにも思えるが――ときの不穏な空気が、読む者をも一緒に逃げさせるようである。真実は割と早い段階で想像がつくものの、そのことが興をそぐどころかさらに面白さを加えるのがさすが著者である。主人公・澪の中の不穏さが消え去ったわけではないが、ラストにつづく日々が安心に守られるものであることを祈りたくなる。

立派になりましたか?*大道珠貴

  • 2010/08/07(土) 13:51:45

立派になりましたか?立派になりましたか?
(2008/01)
大道 珠貴

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「自分の名前さえ書ければ合格」と言われている高校の、そのまたどうしようもない10人が集められたクラス“トッキュウ”。そこから巣立った同級生たちの26年後―。芥川賞作家がシニカルなユーモアとリズムのよい文章で描きだすそれぞれの人生。


  木ノ下はじめの場合
  田中川瞳の場合
  井上真代の場合
  金山岩男の場合
  下地忠彦の場合
  芝田よし江の(母の)場合
  山本キュウリの場合
  陣内マサシ(一学年下)の場合
  陣内亜美(娘)の場合
  目加田力先生の場合


高校を卒業して26年。生徒たちのほとんどは44歳になっていて、それぞれがそれぞれなりに人生を生きている。オトコオンナと言われていた目加田先生は、老母の介護をしながら自らも病を得、残りの人生と過去の輝きのはざまにいる。たくましいような、哀しいような、切ないような、なんともいえない読後感の一冊である。よい思いでとも言えないようなトッキュウでのことを思い出すからだろうか、先生の淋しさが染み出してくるからだろうか、生徒たちの語りようがあまりにもまっすぐだからだろうか。よく判らないながらも胸にずしんとくるものがある。

ビターシュガー*大島真寿美

  • 2010/08/06(金) 06:50:19

ビターシュガービターシュガー
(2010/06/28)
大島 真寿美

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「アラフォー」世代のまっただなかにいる奈津、まり、市子は中学・高校時代からの幼馴染み。
元モデルの奈津は、突然失踪騒ぎを起こした夫の憲吾と別居状態で、ひとり娘の美月と暮している。
インテリアコーディネーターとして働くキャリアウーマンのまりは、年下のカメラマン・旭との耐えることばかりの恋愛に疲れて、別れを選んだ。
ある日、執筆業をこなす市子の家に、ひょんなことからその旭が居候することになってしまい、奈津、まり、市子の3人の関係に新しい局面が。
長い道のりを経て、人は変わっていく。おそらく死ぬまで私たちは変化し続けていく――。
おとなの女性に贈りたい極上の恋愛&友情小説。


『虹色天気雨』の姉妹編ともいえる物語。
美月は中学生になっていて、母・奈津に隠れて、市子のパソコンで信州にいる父・憲吾とメールのやりとりをしている。まりと別れて行き場がなくなった旭はゲイの三宅ちゃんの事情でなぜか市子の部屋に居候している。相変わらずのような、さまざまな変化があったような、掴みどころのないとりとめのなさでゆるゆると彼女らと周りのありようや心情が語られていくのだが、美月の大人たちと対等のようにも見える観察眼と市子・奈津・まりそれぞれが相手を思いやる何気ない様子が自然に描かれていてなかなかいい。深入りしすぎず、かといって無関心ではない関係が、周りの人々をも引きこんで心地好ささえ感じさせる。甘いだけではない一冊である。

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善人長屋*西條奈加

  • 2010/08/04(水) 18:25:07

善人長屋善人長屋
(2010/06/19)
西條 奈加

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この長屋、ただものじゃない! “真面目で気のいい人ばかり”と噂の「善人長 屋」。しかし陰に回れば、大家も店子も裏稼業の凄腕揃い。そんな悪党の巣に、根っ からの善人、加助が迷い込んだ。人助けが生き甲斐で、他人の面倒を買って出る底な しのお人好し……。加助が持ち込む厄介ごとで長屋はいつも大騒動、しぶしぶ店子た ちは闇の稼業で鳴らした腕を揮う!


表題作のほか「泥棒簪」 「抜けずの刀」 「嘘つき紅」 「源平蛍」 「犀の子守歌」 「冬の蝉」 「夜叉坊主の代之吉」 「野州屋の蔵」

九つの「千七(せんしち)長屋」の面々が関わる連作物語である。
千七長屋は、善人長屋というふたつ名を持つほど、善人と評判の高い面々が住まっている。が、実際のところは表の善人ぶりからは想いもつかない裏稼業にも精を出しているのだった。そんなところへ、ちょっとした手違いから紛う方なき善人の加助が店子に加わり、彼が持ち込む善人ゆえの厄介ごとに長屋の連中が巻き込まれるのである。
裏稼業で悪事を働いているとはいっても、長屋の面々はみな味わい深い人柄で、差配の千鳥屋儀右衛門を芯にした結束の固さは見ていて気持ちがいい。江戸の風物と共に、人情と小気味よい謎解きが愉しめる一冊である。

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エ/ン/ジ/ン*中島京子

  • 2010/08/02(月) 19:30:26

エ/ン/ジ/ンエ/ン/ジ/ン
(2009/02/28)
中島 京子

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身に覚えのない幼稚園の同窓会の招待状を受け取った、葛見隆一。仕事と恋人を失い、長い人生の休暇にさしかかった隆一は、会場でミライと出逢う。ミライは、人嫌いだったという父親の行方を捜していた。手がかりは「厭人」「ゴリ」、二つのあだ名だけ。痕跡を追い始めた隆一の前に、次々と不思議な人物が現れる。記憶の彼方から浮かび上がる、父の消えた70年代。キューブリック、ベトナム戦争、米軍住宅、そして、特撮ヒーロー番組“宇宙猿人ゴリ”―。


ミライの願いは、父親を探し出して会いたいということではなく、「自分の誕生の記憶を持ちたい」ということだった。若いころ行ったドイツで影響を受け、夢の幼稚園=トラウムキンダーガルテンをたった一年だけ開園していて、いまは認知症が進みかけている母のこと、父と思われる人物の若いころの行ない、両親の出会い、などを隆一が調べていくことになる。その過程で、父らしき人物と知り合いだった人が見つかり、キーワードにもなっている『宇宙厭人ゴリ』を書いた作家の「わたし」を偶然見つけ、さらに弟と名乗る人物も見つけ出し、父の輪郭が少しずつ明らかになっていく。本人はまったく姿を現さないのだが、彼が生きた時代背景と関わった人たちの断片的な記憶から再構築されるようで興味深い。ただ、父親が戦争やら反戦運動といったことが色濃くでる時代を駆けぬけたということもあり、出てくる事実には重いものもあり、すっきり爽やかな父親探し物語、というわけではない。含むところの多い一冊である。

マノロブラニクには早すぎる*永井するみ

  • 2010/08/01(日) 08:24:21

マノロブラニクには早すぎるマノロブラニクには早すぎる
(2009/10)
永井 するみ

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華やかに見えるファッション誌の世界。その裏側には女のプライドがせめぎ合い、ゴシップがあふれていた。厳しい現場の中で、自分の居場所を見失っていた世里。しかし、彼女の前に現れた中学生・太一との出会いによって、少しずつ自分らしさを取り戻していく―。


自分の希望とは大きく異なるファッション誌の編集部に配属された世里(より)。ファッションには興味もなく、いつも機能性重視の服装をしている世里だったが、松田編集長の靴には目を惹かれていた。それがマノロブラニクの靴だった。昨年末に亡くなった写真家・二之宮伸一の息子太一が、世里を父の不倫相手と勘違いしたのがきっかけで、編集部にいるらしい二之宮の相手を探すべく世里はあれこれと調べはじめる。同時に任された読者モデルの企画が軌道に乗りはじめ、忙しく動き回ることになる。太一との出会いによって少しずつ変化する世里自身のスタンスと、そのことによって期せずして近づいていく二之宮の死の真相にページを捲る手が止まらなくなる。鍵になるものが靴であるというのが珍しく興味深く、まさにこの物語にピッタリだと思える一冊である。