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頭の中身が漏れ出る日々*北大路公子

  • 2010/09/30(木) 13:55:35

頭の中身が漏れ出る日々頭の中身が漏れ出る日々
(2010/03/17)
北大路 公子

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40代、独身。趣味昼酒。超地味な日常から生まれた55編。「サンデー毎日」で好評を博した連載エッセー、待望の第2弾!


なにを隠そう某日記以来のファンである。もちろん一面識もないが、著者の文章を長いこと読み続けてきたのでいまとなっては(勝手に)旧知の隣人のような心持ちでさえある。本作でも相変わらずの日々をお暮らしのご様子、まことにうれしいことである。最後にしんみりさせてくれるところも読者のツボを心得て…と思えばこの落ちである。それもまたいい。

氷菓*米澤穂信

  • 2010/09/29(水) 16:45:08

氷菓 (角川スニーカー文庫)氷菓 (角川スニーカー文庫)
(2001/10)
米澤 穂信

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いつのまにか密室になった教室。毎週必ず借り出される本。あるはずの文集をないと言い張る少年。そして『氷菓』という題名の文集に秘められた三十三年前の真実―。何事にも積極的には関わろうとしない“省エネ”少年・折木奉太郎は、なりゆきで入部した古典部の仲間に依頼され、日常に潜む不思議な謎を次々と解き明かしていくことに。さわやかで、ちょっぴりほろ苦い青春ミステリ登場!第五回角川学園小説大賞奨励賞受賞。


古典部シリーズの一作目。順番無視のめちゃくちゃな読み方をしてきたが、一作目はやはり面白い。そういうわけだったのか、と腑に落ちることもあり、古典部員たちの関係性や省エネ少年ホータロー自身の気持ちの持ちようの変化がみられて興味深かった。ちいさな謎ときから始まり、三十三年前の古典部の先輩で千反田の伯父・関谷の事情やカンヤ際の名前の由来、古典部の文集のタイトルの謎も解き明かされて、古典部にどっぷり浸かることになる彼らのこれからを予感させる一冊でもある。

張り込み姫-君たちに明日はない3*垣根涼介

  • 2010/09/28(火) 16:44:35

張り込み姫 君たちに明日はない 3張り込み姫 君たちに明日はない 3
(2010/01/15)
垣根 涼介

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リストラ請負人・村上真介参上! テレビドラマ化の人気シリーズ最新刊!

企業のリストラを代行する会社に勤める真介の仕事は、クビ切り面接官。「人間にとって、仕事とは何か──」たとえどんなに恨まれ、なじられ、泣かれても、真介はこの仕事にやりがいを感じている。今回のターゲットは、英会話学校、旅行会社、自動車業界、そして出版社だが……。働くあなたに元気をくれる傑作人間ドラマ。


今回も、リストラしなければならない企業側の思いとリストラされる側の思いの交錯が興味深かった。ことに職を失うということに直面したときのその仕事に対する考え方や我が身の振り方に対する思案は身につまされるものがある。そしてシリーズの主人公でありながらも各話では脇役的立場でもあるリストラ請負人の村上真介の人間性も薄っぺらくなくていい。年上の恋人陽子の愛情ゆえの辛い評価もなかなかである。そして今回、真介のアシスタントの美女・川田にいままでに見られなかった焦点が当てられる場面もあって、次の展開を期待させられもする。

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甘い水*東直子

  • 2010/09/25(土) 18:32:55

甘い水 (真夜中BOOKS)甘い水 (真夜中BOOKS)
(2010/03/08)
東 直子

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椅子の部屋、地下通路、砂の街、十五番目の水の部屋…閉ざされた奇妙な世界を行き来しながら、途絶えることのない感情のざわめきが、静かな輪唱のように、徐々に解き放たれていく―現代を生きる私たちの寓話。見えない力に強いられ、記憶を奪われた女性の数奇な運命。“甘い水”をめぐって、命とはなにかを痛切に描いた著者渾身の最新長篇小説。


遠い遠いところのことが語られているような、それでいて近く近く我が身の内で起きていることを見せられているような、とても不思議な読み心地の一冊である。「命」というのはそれほど遠くて近く、大きくて小さく、人の思い通りにはならないものだ、ということなのかもしれない。梨木香歩さんの『沼地のある森を抜けて』とも通ずるなにかも感じられて、しんとした心地にさせられる。

いちにち8ミリの。*中島さなえ

  • 2010/09/24(金) 17:01:12

いちにち8ミリの。いちにち8ミリの。
(2010/08/10)
中島 さなえ

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好きな彼女に会いたくて、1日8ミリずつうごく石と、石と話のできるペットの猿を描いた表題作の他、「ゴリづらの木」「手裏剣ゴーラウンド」など、どこかにありそうで、どこにもなかったお話3篇収録。懐かしくて胸の奥底をぎゅっと掴まれるようなこの短編集が小説デビュー作となる。父・中島らもを超える物語の紡ぎ手の登場!


日々の暮らしにほんの少しだけ不思議が交じるときっとこんな風景になるのだろう。そんな風に思わせてくれる一冊である。知っているはずはないのに、いつかみた景色の中にいるような懐かしさと、哲学的にさえみえる内容がごくごく自然に撚り合わされてやさしさになっているように思う。

ふりむく*松尾たいこ 絵  江國香織 文

  • 2010/09/23(木) 10:50:04

ふりむくふりむく
(2005/09/15)
江國 香織

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今、人気のイラストレーター松尾たいこと江國香織が「ふりむく」というテーマで、コラボレーション。人生の一瞬を切り取った掌編小説のような江國の文章を読みながら絵をじっくりと観る。ここには絵と文章の幸福な出会いがあります。


松尾さんの絵を見ながら江國さんが文章をつけられたそうである。絵と文どちらもが主役であり、お互いに支え合い引き立てあっている。まず左ページの絵をじっくりと眺め、その後右ページに目を転じて文章を読む、という愉しみ方をしてみたのだが、とても贅沢な気持ちになれる一冊だった。

文・堺雅人*堺雅人

  • 2010/09/22(水) 16:38:50

文・堺雅人文・堺雅人
(2009/08/28)
堺雅人

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俳優・堺雅人が自ら綴った本音・日常のあれこれ。本格エッセーに加え、撮りたて写真、執筆秘話も満載。


月刊TVnavi(テレビナビ)で連載したエッセイに加筆したものだそうである。
映画や舞台、ドラマの撮影現場のあれこれや、そのときどきに考えたこと、日ごろから思うことなど、俳優・堺雅人の素顔を垣間見られたようで興味深い。著者が撮影した地方で食べたもの写真や、休憩時間の衣装を着けたままの写真なども愉しい一冊である。

さくらの丘で*小路幸也

  • 2010/09/20(月) 17:05:30

さくらの丘でさくらの丘で
(2010/08/31)
小路 幸也

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“さくらの丘”を満ちるたちに遺す―。遺書には、祖母が少女時代を送った土地を譲ると書かれていた。一緒に渡されたのは古びた鍵がひとつ。祖母の二人の幼なじみも、同じメッセージをそれぞれの孫たちに伝えていた。なぜ、彼女たちは孫にその土地を遺したのか。鍵は何を開けるものなのか。秘密をさぐりに三人の孫は、祖母たちの思い出が詰まった地を訪れた―。三人の少女たちの青春が刻まれた西洋館、そこを訪れた私たちが見た光景は―二つの時代が交差する感動の物語。


戦争が残した哀しみに揺れる思いを抱きながらも愉しく穏やかにささやかな愉しみを見つけて暮らしていた三人娘。そして時を隔てて彼女たちそれぞれの孫娘たち。ふたつの時代を交錯させながら物語は進み、祖母たちが孫娘たちに託した切なくも熱い思いの真実がほどかれていく。著者の作品なので基本的に悪人は出てこないとは思いながらも、途中何度かはらはらし、その後ほっと胸をなでおろすのだった。あふれるように咲きほこるさくらの丘に建つ学校の建物と笑いさざめく少女たちの姿が目に浮かぶような一冊である。

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1Q84 BOOK2<7月-9月>*村上春樹

  • 2010/09/19(日) 16:36:56

1Q84 BOOK 21Q84 BOOK 2
(2009/05/29)
村上 春樹

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Book 2
「こうであったかもしれない」過去が、その暗い鏡に浮かび上がらせるのは、「そうではなかったかもしれない」現在の姿だ。


引き続き、青豆の章と天吾の章が交互に現れそれぞれに進んでいく。BOOK1のラストでは、青豆の物語はもしかすると天吾が書いている長い物語なのではないか、とチラッと思いもしたが、そうでもないようである。ふたりの物語は遥か遠くに離れているようでいて手を伸ばせば届きそうなところまで近づいたりもする。そして相変わらずに普遍的なことが語られているようでもあり、いたって具体的なことが語られているようにも見える。着地点があるのかどうか、いささか心許なくなってきてもいる。

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1Q84 BOOK1<4月-6月>*村上春樹

  • 2010/09/18(土) 11:11:09

1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 1
(2009/05/29)
村上 春樹

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1949年にジョージ・オーウェルは、近未来小説としての『1984』を刊行した。
そして2009年、『1Q84』は逆の方向から1984年を描いた近過去小説である。
そこに描かれているのは「こうであったかもしれない」世界なのだ。
私たちが生きている現在が、「そうではなかったかもしれない」世界であるのと、ちょうど同じように。

Book 1
心から一歩も外に出ないものごとは、この世界にはない。心から外に出ないものごとは、そこに別の世界を作り上げていく。


図書館に予約して一年以上待ってやっとである。ただ正直、個人的に著者の作品とはあまり相性がよい方ではないので期待はまったくしていなかった。
スレンダーな女性・青豆の章と、がっちりした男性・天吾の章が交互に現れる構成になっている。まずは青豆。冒頭からすでに世界は捻れ歪んでいる。読者には理由は判りようもないがなにか時空の隙間のようなところに入り込んでしまった感覚に陥る。そこからはもう、現実か虚構かはどうでもいい。BOOK1はどこかにたどり着くまでの長い長い導入部のようにも思われ、早くその場所にたどり着きたい心地にさせられるが、もしかすると着地点などはどこにもないのかもしれないとも思わされる。また、具体的なあるものを暗示しているようでもあり、まったくの夢物語のようでもある。Amazonのレビューでは散々な言われようだが、少なくともわたしにとっては、プラスの期待はずれではあった。

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桐畑家の縁談*中島京子

  • 2010/09/16(木) 10:25:45

桐畑家の縁談桐畑家の縁談
(2007/03/22)
中島 京子

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「結婚することにした」 妹・佳子の告白により、にわかに落ち着きをなくす姉・露子(独身)。寡黙な父、饒舌な母、そして素っ頓狂な大伯父をも巻き込んだ桐畑姉妹の悩ましくもうるわしき20代の日々。「さようなら、コタツ」の著者がもどかしいほどの姉妹の人生を、ユーモラスな視点で綴った作品。


いじめられっ子で独自の世界に生きていて結婚などとは無縁だと思っていた妹・佳子が台湾人のウー・ミンゾンと結婚するという。妹の縁談は喜ばしいことであり、共に祝いたいのだが、露子・27歳は、にわかに動揺し我が身を振り返ったり、つきあってきた恋人たちとの関係を思い返したりして自分の中で辻褄を合わせようともがく。父、母、露子、佳子、桐畑家のそれぞれが降って湧いた結婚話をきっかけにあたふたする姿がリアルであり、傍目には面白可笑しくもある。胸の奥にじんとするものを感じる一冊でもある。

出口のない部屋*岸田るり子

  • 2010/09/15(水) 13:24:09

出口のない部屋 (ミステリ・フロンティア)出口のない部屋 (ミステリ・フロンティア)
(2006/04/22)
岸田 るり子

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私に差し出されたのは「出口のない部屋」という題名の原稿。「読ませていただいてよろしいですか?」彼女はロボットのように無表情のまま頷いた。それは、一つの部屋に閉じ込められた二人の女と一人の男の物語だった。なぜ、見ず知らずの三人は、この部屋に一緒に閉じ込められたのか?免疫学専門の大学講師、開業医の妻、そして売れっ子作家。いったいこの三人の接点はなんなのか?三人とも気がつくと赤い扉の前にいて、その扉に誘われるようにしてこの部屋に入ったのだった。そして閉じ込められた。『密室の鎮魂歌』で第14回鮎川哲也賞受賞の岸田るり子が鮮やかな手法で贈る、受賞第一作。


『出口のない部屋』という同名の小説が差し挟まれ、読者を現実と虚構のすきまに陥れるような物語である。小説の登場人物であるひとりの男とふたりの女の話と、現実と思われる出来事とを行き来しながら、読者は入れ子構造のような不可思議な恐怖の謎を解いていくことになる。出口のない部屋に閉じ込められた三人の共通点はなんなのか、そしてなにより彼らをここに導いた人物とは、またその理由とはなんなのだろうという怖いもの見たさが先にたち、もどかしくなる。だが、真実を知ったとき、そのあまりに自分本位の理由付けに身震いし、視野の狭さに愕然とさせられるのである。

マドンナ・ヴェルデ*海堂尊

  • 2010/09/13(月) 16:42:55

マドンナ・ヴェルデマドンナ・ヴェルデ
(2010/03)
海堂 尊

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「ママは余計なこと考えないで、無事に赤ちゃんを産んでくれればいいの」平凡な主婦みどりは、一人娘で産科医の曾根崎理恵から驚くべき話を告げられる。子宮を失う理恵のため、代理母として子どもを宿してほしいというのだ。五十歳代後半、三十三年ぶりの妊娠。お腹にいるのは、実の孫。奇妙な状況を受け入れたみどりの胸に、やがて疑念が芽生えはじめる。「今の社会のルールでは代理母が本当の母親で、それはこのあたし」。


『ジーン・ワルツ』のパラレルワールドである。前作は生物学的な母・理恵の目線で書かれたものであり、今作は母体であり法律上の母であり理恵の母でもあるみどりの目線で描かれている。
多方面から眺めることによって、理恵が目指し実際に実現させたことの理論上の重大さと感情面での奥深さがより一層わかりやすくなった。だが、これが最善だったのかどうかは、それぞれ生物学上の母と父――この段階では父の委託を受けたみどりである――の元で育つ双子のその後をみきわめなければ判断はできない。薫のその後は、『医学の卵』でも知ることができるので、悲観的な結末にはならない気はするが。
著者は、桜ノ宮市で起こる医療関係の出来事を別作品として多角的に描いているが、一作目を書きはじめるときにすでに世界は出来上がっていたのではないかと思わされる。

ひそやかな花園*角田光代

  • 2010/09/12(日) 08:17:13

ひそやかな花園ひそやかな花園
(2010/07/24)
角田 光代

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幼い頃、毎年サマーキャンプで一緒に過ごしていた7人。
輝く夏の思い出は誰にとっても大切な記憶だった。
しかし、いつしか彼らは疑問を抱くようになる。
「あの集まりはいったい何だったのか?」
別々の人生を歩んでいた彼らに、突如突きつけられた衝撃の事実。
大人たちの〈秘密〉を知った彼らは、自分という森を彷徨い始める――。

親と子、夫婦、家族でいることの意味を根源から問いかける、
角田光代の新たな代表作誕生。


プロローグの紗有美の独白ですでに心は全面的に物語に持っていかれる。「知りたい」という切実な思い――怖いもの見たさと言ってもいいかもしれない――がページを捲る手を急がせる。サマーキャンプが愉しそうに見えるほど隠されているものの不穏さが際立ち、親たちの態度の不自然さが不安を煽る。七人の子どもたちの親たちがさまざまな事情で下した決断が、それゆえに存在する子どもたちの心に与えたものもさまざまであるが、衝撃的であることは間違いない。自分という存在を安心感を持って認めることができるかどうかは、その後の人生に大きな影響を及ぼすのだと思う。ぬぐいきれない不安を抱えながらもなにかを乗り越えつつある彼らのこれからを、そっと見守りたくなる一冊である。

ストーリー・セラー*有川浩

  • 2010/09/10(金) 06:43:38

ストーリー・セラーストーリー・セラー
(2010/08/20)
有川 浩

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このままずっと小説を書き続けるか、あるいは……。小説家と、彼女を支える夫を突然襲った、あまりにも過酷な運命。極限の選択を求められた彼女は、今まで最高の読者でいてくれた夫のために、物語を紡ぎ続けた――。「Story Seller」に発表された一編に、単行本のために書き下ろされた新たな一篇を加えて贈る完全版!


お見事!というしかない。現実と物語が巧みに混ぜ合わされ、入れ子になっているように見せながら、実はすべて真実なのか、あるいはすべて創作なのかと惑わせる。物語自体は、side:A・side:Bとあるように、レコードの裏表のようにある夫婦の妻側と夫側の事情であり、読めば読むほど深い愛に全身を包まれ、それゆえに涙を誘われる。そして読み終えて改めて気づくのである。自分は一体どこに連れていかれていたのだろう と。有川夫妻の睦まじさを垣間見ているような心地にさせられる一冊である。

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原稿零枚日記*小川洋子

  • 2010/09/08(水) 16:39:14

原稿零枚日記原稿零枚日記
(2010/08/05)
小川 洋子

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「あらすじ」の名人にして、自分の原稿は遅々としてすすまない作家の私。苔むす宿での奇妙な体験、盗作のニュースにこころ騒ぎ、子泣き相撲や小学校の運動会に出かけていって幼子たちの肢体に見入る…。とある女性作家の日記からこぼれ落ちる人間の営みの美しさと哀しさ。平凡な日常の記録だったはずなのに、途中から異世界の扉が開いて…。お待ちかね小川洋子ワールド。


全篇に渡り、至るところ隅々まで小川洋子が敷き詰められている。それはまさに光の届かぬ森の奥のしんと湿った冷たい場所に人知れず増えつづける苔のようである。著者の紡ぎ出す物語はどうしてこうも、匂いや手触りまでありありと感じさせるのだろう。自在に大きさを変えて小川洋子ワールドに潜りこんだような読書タイムである。ページを閉じても現実に戻るのに一瞬の間が生じる一冊である。

声出していこう*朝倉かすみ

  • 2010/09/06(月) 10:40:23

声出していこう声出していこう
(2010/08/19)
朝倉 かすみ

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平凡な街の地下鉄駅構内で通り魔事件が発生。怪我人、十数名。犯人はそのまま逃走、まだ捕まっていない。

 その事件の余波で部活が休みになった男子中学生・マサノリは、母親に頼まれて大型スーパーに買い物に行き、小学校の同級生・西田とばったり会う。西田には「うざキャラ」のためかつて軽くいじめられた過去があった。
 
 その西田に「一緒に事件現場見に行かない?」とマサノリが誘われたことから、この物語は始まるのだが......。

 作家に恋する女子高生。自称「モテ男」の家業手伝い(ラーメン屋)兼自宅浪人生。4歳のとき世界の国旗と国名、首都が言えたことが唯一の心のよりどころの 46歳独身男などなど、この街に住むうだつの上がらぬ6人の老若男女が、走って、恋して、自惚れて、戸惑って、言い訳して、嘆く。

 真犯人は、誰だ?  私は、何者だ?

 爆笑と感嘆の会心作。


  第一章  声出していこう
  第二章  シクシク
  第三章  みんな嘘なんじゃないのか
  第四章  お先にどうぞ、アルフォンス
  第五章  大きくなったら
  第六章  就中――なかんずく――


同じ町に住むまったく無関係だが、ほんのちょっぴりすれ違ったり交わったりしている人たちの日常の屈託を描いた連作。前章の最後の一文が次の章の冒頭の一文になり、しりとりのように繋がってもいる。
さまざまな年代、さまざまな境遇、男、女、ゲイ。だが彼らには一様にこんなはずではないという思いが胸に淀んでいる。いわゆる「うだつが上がらない」のである。吐露される彼らの胸のうちの思いにうなずき膝を打つ読者は多いことと思う。というか自分の中に思い当らないという方が少ないことだろう。読みながら、「そうそう、わかる。でももっと頑張ってよ」とついはっぱをかけたくなるのである。たぶん自分のお尻を叩いている、ということなのだろう。情けなくもどかしいが、ちょっぴりスカッとしなくもない、愛おしい一冊である。

エデン*近藤史恵

  • 2010/09/04(土) 11:43:08

エデンエデン
(2010/03)
近藤 史恵

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あれから三年―。白石誓は、たった一人の日本人選手として、ツール・ド・フランスの舞台に立っていた。だが、すぐさま彼は、チームの存亡を賭けた駆け引きに巻き込まれ、外からは見えないプロスポーツの深淵を知る。そしてまた惨劇が…。ここは本当に「楽園」なのだろうか?過酷なレースを走り抜けた白石誓が見出した結論とは。


  第一章  前夜
  第二章  一日目
  第三章  四日目
  第四章  タイムトライアル
  第五章  ピレネー
  第六章  暗雲
  第七章  包囲網
  第八章  王者
  第九章  魔物
  第十章  パレード


『サクリファイス』の続編。白石誓は日本人としてはじめてツール・ド・フランスを走っている。しかし愉しみながら走っているかというとそうとばかりは言えない。所属するチームはスポンサーに契約を打ち切られて存続が危ういし、自分自身の新たな契約も覚束ない。そして監督の思惑とチームのエースの思惑とにズレがみられ、チーム全体にもきしみがでている。そんな中、他チームの若手のホープにドーピング疑惑が噂され、少なからぬ動揺が走る。
自転車ロードレースの競技中の駆け引きを愉しみ、自らの生き残りのために走るべきか、チームのエースで自分がアシストするミッコのために走るべきか悩むチカの心中の葛藤を愉しみ、競技を終えた選手たちの気持ちの揺れを愉しみ、と愉しみどころ満載である。そして、チカの覚悟と仲間を思う走りにはじんと涙がにじんだ。

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学園のパーシモン*井上荒野

  • 2010/09/02(木) 18:55:46

学園のパーシモン学園のパーシモン
(2007/01)
井上 荒野

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赤い手紙がうちの学園で流行っているんだ。届くと別世界へいけるというんだけど―。真衣・木綿子・恭・磯貝―三人の生徒とひとりの教師。彼らは、倦怠し、愛し合い、傷つけあう。


良家の子女が通う学園。そこでは学園長先生はひとりひとりの象徴のような存在なのだった。そんな学園長先生の病がどんどん重くなっているらしい、という噂が学園の雰囲気を心なしか重く不安定にする。そういう雰囲気を背景にして思春期の学園生たちの日々は流れている。この年代に特有の揺らぎや寄る辺なさがさまざまな形となって表に裏にあらわれ、胸に楔を打ち込むさまがとてもよく描かれている。半透明の膜を隔てて世界を見ているようなもどかしさが伝わってくる一冊である。

サクリファイス*近藤史恵

  • 2010/09/01(水) 16:37:59

サクリファイスサクリファイス
(2007/08)
近藤 史恵

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ただ、あの人を勝たせるために走る。それが、僕のすべてだ。

勝つことを義務づけられた〈エース〉と、それをサポートする〈アシスト〉が、冷酷に分担された世界、自転車ロードレース。初めて抜擢された海外遠征で、僕は思いも寄らない悲劇に遭遇する。それは、単なる事故のはずだった――。二転三転する〈真相〉、リフレインの度に重きを増すテーマ、押し寄せる感動! 青春ミステリの逸品。


  第一章  チーム・オッジ
  第二章  ツール・ド・ジャポン
  第三章  南信州
  第四章  富士山
  第五章  伊豆
  第六章  リエージュ
  第七章  リエージュ・ルクセンブルク
  第八章  惨劇
  第九章  喪失
  第十章  サクリファイス
  終章


自転車ロードレースのことはまったくわからないし、正直言ってあまり興味もなかったので敬遠していたが、もっと早く読めばよかったといまは思う。まったくの素人にも競技の概要がちゃんとわかるように書かれており、しかもごく自然に物語の中に織り込まれているので、鬱陶しい説明臭さもなく愉しめる。ミステリというジャンルに入るかと問われるといささか悩むが、事件の謎を解き明かすというのではなく、起こった出来事に至る人の心を解き明かす、という意味ではミステリであるとも言えるのではないかと思う。走ることの愉しさと、勝負の厳しさ、それぞれの思惑と行動をさまざまに愉しめる一冊である。

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