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贖罪*湊かなえ

  • 2010/11/30(火) 18:46:55

贖罪 (ミステリ・フロンティア)贖罪 (ミステリ・フロンティア)
(2009/06/11)
湊 かなえ

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取り柄と言えるのはきれいな空気、夕方六時には「グリーンスリーブス」のメロディ。そんな穏やかな田舎町で起きた、惨たらしい美少女殺害事件。犯人と目される男の顔をどうしても思い出せない四人の少女たちに投げつけられた激情の言葉が、彼女たちの運命を大きく狂わせることになる―これで約束は、果たせたことになるのでしょうか?衝撃のベストセラー『告白』の著者が、悲劇の連鎖の中で「罪」と「贖罪」の意味を問う、迫真の連作ミステリ。本屋大賞受賞後第一作。


フランス人形 PTA臨時総会 くまの兄妹 とつきとおか 償い 終章


空気が綺麗な田舎町しか知らない四人の少女と都会からやってきた裕福な一人の少女。一緒に遊んでいるときに、その一人の少女だけが作業服姿の見知らぬ男に殺された。少女のひとりの知らせを受けた母はこれ以上ないほど取り乱し、娘の亡骸を抱きしめて泣き叫んだ。そして、殺されなかった少女たちもそれぞれに心に深い傷を負ったのだった。それに追い討ちをかけるように殺された少女の母に突きつけられた言葉に、彼女たちの人生はがんじがらめにされていく。
直接関係のない人々にとっては流れる日々のほんのひと駒であることが、当事者にとってどれほどの重みを持つものかということが、やりきれなさと共に実感される。結果的には、終章で語られる「わたしの人生ってなんだったんだろう」というひと言が事件の性質をよく著していると思う。なぜ彼女たちは巻き込まれなければならなかったのだろう、ほんとうに償うべきはだれだったのだろう、と。身勝手ということを思わされる一冊でもある。

アリアドネの弾丸*海堂尊

  • 2010/11/28(日) 20:15:21

アリアドネの弾丸アリアドネの弾丸
(2010/09/10)
海堂 尊

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東城大学病院で再び殺人事件が!「この事件はすべてが不自然すぎる。絶対にどこかがおかしいんだ」東城大学病院に導入された新型MRIコロンブスエッグを中心に起こる事件の数々。さらには、病院長に収賄と殺人の容疑がかけられてしまう!殺人現場に残されていた弾丸には、巧妙な罠が張り巡らされていた…。不定愁訴外来の担当医師・田口公平が、駆けつけた厚生労働省のはぐれ技官・白鳥圭輔とともに完全無欠のトリックに挑む。


このシリーズ、はじまりはミステリだったのに作を追うごとに医療エンターテインメントの趣になっていたが、今作はミステリ風味満載で愉しかった。例のごとく、田口・白鳥コンビの掛け合いが――田口先生には心外だろうが――息の合った漫才コンビのようで絶妙なテンポである。ただ今回は深刻な現場であり、田口先生の胸のうちのみでのツッコミということも多々あったが、それはそれでより鋭くて笑ってしまう。そしていつもに増して白鳥さんの超人的な洞察力と働きぶりに目を瞠らされる。あの不遜さも仕方ないか、と思わされそうな八面六臂の仕事ぶりである。満足の一冊である。

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MUSIC*古川日出男

  • 2010/11/26(金) 17:21:05

MUSICMUSIC
(2010/04)
古川 日出男

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響き、響き。き、キキキ。聞こえてくるよ、猫笛、祝祭、大地の歌声―。青山墓地で生まれた無敵の天才野良猫スタバ。猫笛を操る少年佑多。学校を離れ独り走る俊足の少女美余。恋人を亡くした性同一性障害の北川和身。猫アートの世界的権威JI。孤独な人間たちは一匹の猫によって、東の都東京から西の都京都へと引き寄せられ、ついに出会う。そして究極の戦争が始まった…。溢れる音楽と圧倒的なビートで刻まれる、孤独と奇跡の物語。


前作『LOVE』は未読だが、同じ世界観を踏襲しているらしい。本作には数人の登場人物がおり、それぞれが自分の芯にある大事なものを守りながら少しずつ出会っていくのであるが、いちばんの主役はスタバと名づけられた野猫である。彼を物語の中心に据えて、ほかの人物たちの世界が広がっていく。ただ、わたしにはいささか難しく、この世界観を理解するまでには至らず、残念ながら苦しい一冊でもあった。

しずかな日々*椰月美智子

  • 2010/11/24(水) 17:30:34

しずかな日々しずかな日々
(2006/10/03)
椰月 美智子

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講談社児童文学新人賞受賞作家の感動作
人生は劇的ではない。でも、どんな人にもその人生を生きる誇りを得る瞬間がある。少年の姿をていねいにトレースした、やさしい目線あふれる健やかな小説。


枝田光樹はいるのかいないのかわからないような少年だった。五年生になるときのクラス替えで同じクラスになった押野のだれにでも人懐こい性格のおかげでいままで知らなかった喜びを知り、それに加え、ある事情で、長く離れて暮らしていた祖父の家でふたりで暮らすことになったこともプラスに働き、生きていることを実感するようになる素晴らしい一年間の物語である。おじいさんの庭、ということで湯本香樹実さんの『夏の庭』を思い出すが、同じように静かで懐かしく、大きな包容力のようなものを感じる。
大人になった光樹が懐かしく思い出しているという形で書かれているが、この一年が彼にとって一生の宝物になっていることがわかって、じんわりとしあわせな心地になる一冊である。

白銀ジャック*東野圭吾

  • 2010/11/23(火) 17:01:36

白銀ジャック (実業之日本社文庫)白銀ジャック (実業之日本社文庫)
(2010/10/05)
東野 圭吾

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ゲレンデの下に爆弾が埋まっている――

「我々は、いつ、どこからでも爆破できる」。
年の瀬のスキー場に脅迫状が届いた。警察に通報できない状況を
嘲笑うかのように繰り返される、山中でのトリッキーな身代金奪取。
雪上を乗っ取った犯人の動機は金目当てか、それとも復讐か。
すべての鍵は、一年前に血に染まった禁断のゲレンデにあり。
今、犯人との命を賭けたレースが始まる。
圧倒的な疾走感で読者を翻弄する、痛快サスペンス!


スキー場を舞台とした大掛かりなサスペンスである。スキー場の客全員を人質にしたような身代金奪取劇は、身代金の受け渡し時のはらはらどきどきだけでなく、だれが何のために、と幾人かの怪しい人物たちを思い浮かべ予想(推理と言えるほど筋道立ってはいないのだ)しながら読み進める醍醐味がある。途中でもしかするとこの人物が、と真犯人に思い当りもしたが、ここまでとは思わなかった。わたし自身スキー場に親しみがないので知らなかったが、事故やトラブルなく安全にスキーやスノーボードを愉しんでもらうためのスタッフの働きと情熱に思い至り、頭の下がる思いである。被害者を出すことなく事件は収束したわけだが、真犯人の扱いはこれでいいのだろうか、といささか疑問にも思うのだった。それはさておき、スリリングで爽快な滑りのように一気に読んでしまう一冊である。

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福家警部補の再訪*大倉崇裕

  • 2010/11/22(月) 17:03:27

福家警部補の再訪 (創元クライム・クラブ)福家警部補の再訪 (創元クライム・クラブ)
(2009/05/22)
大倉 崇裕

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鑑識不在の状況下、警備会社社長と真っ向勝負(「マックス号事件」)、売れっ子脚本家の自作自演を阻む決め手は(「失われた灯」)、斜陽の漫才コンビ解消、片翼飛行計画に待ったをかける(「相棒」)、フィギュアに絡む虚虚実実の駆け引き(「プロジェクトブルー」)…好評『福家警部補の挨拶』に続く、倒叙形式の本格ミステリ第二集。


『福家警部補の挨拶』に続く福家警部補シリーズ第二弾。
福家警部補、相変わらずの天然ぶりに安心し、うっとりする一冊である。頭がキレるとか敏腕とか容姿端麗頭脳明晰とかいう形容詞はおそらくつくことがないだろうと思われる福家警部補なのだが、そこのところが却ってカッコイイのである。初対面で真犯人を嗅ぎ分け、オタク趣味を垣間見せつつ敵の懐に入り込み、図太いくらいの押しの一手で結果的にはやりこめて犯行を認めさせてしまう手腕たるや、ほかのだれにも真似はできないだろう。福家警部補にはずっと変わらずにいて欲しいものである。次が愉しみな一冊である。

丑三つ時から夜明けまで*大倉崇裕

  • 2010/11/21(日) 14:17:10

丑三つ時から夜明けまで丑三つ時から夜明けまで
(2005/10/20)
大倉 崇裕

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闇金融「藤倉ワイド」社長・藤倉富士衛門が、自宅の離れ、地下5メートルにある書斎で殺害された。厳重なロック、テレビモニターによる監視、雨のため泥沼と化した庭には不審な足跡も残っていない。ということは、これはいわゆる「密室」というやつで…「やはり、犯人は幽霊以外にはありえません」!?―「丑三つ時から夜明けまで」他、全五編。


表題作のほか、「復習」 「闇夜」 「幻の夏山」 「最後の事件」

まず設定が奇想天外である。犯人が幽霊だと言って憚らない静岡県警捜査五課――課員は幽霊に対する特殊技能によって採用された――が警察とは思えない方法で捜査の主導権を握るのである。五課を敵対視擦る捜査一課との鞘当ても興味深い。そんな中でただひとりまともに見える語り役の捜査一課の「私」がなんとなくいつも事件解決の糸口を見つけているのもおもしろい。犯人を幽霊にしてしまえたら楽なことはたくさんあるのだろうなと思わされるが、現実にはそれでは困るのである、という一冊。

つばさものがたり*雫井脩介

  • 2010/11/19(金) 19:48:58

つばさものがたりつばさものがたり
(2010/07/29)
雫井 脩介

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もっと我慢せず、自分のために生きればいい。

君川小麦は、26歳のパティシエール。東京での修行を終え、ケーキショップを開くため故郷の北伊豆に帰ってきた。小麦の兄・代二郎と義理の姉・道恵の間には、叶夢(かなむ)という6歳の息子がいる。叶夢には、レイモンドという天使の友達がいるらしい。ケーキショップ開店のため小麦が見つけた店舗物件に対し、叶夢は「ここ、はやらないよ」「レイモンドがそう言ってる」と口にし、小麦、代二郎夫妻を戸惑わせる。しかし、結果は叶夢の言うとおりに…。さらに、帰京した小麦には家族にも明かせない秘密があった。君川家の人々は様々な困難を乗り越えながら、ケーキショップの再起を目指す。


和菓子(『和菓子のアン』)の次はなんと洋菓子だった。なんてしあわせな、と思ったのも束の間、物語の主役君川小麦は26歳にして乳がんに侵され、手術はしたが再発ししかも転移までしているのだった。病気と闘いながら亡き父の残した夢である、ケーキ屋を開くことを自らの夢とし、家族の助けを得てそれを実現させるのだが、並大抵ではない苦労の数々に胸が痛む。だが、兄の息子で天使と妖精のハーフの友だちがいる叶夢(かなむ)の存在が、物語に辛く苦しいだけではないやすらぎと光を与えていて、厳しい現実の中でひととき心を和ませてくれる。ハッピーエンドとは言えないラストだが、読後感はしあわせと輝きに満ちている。透き通ってキラキラとした一冊である。

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和菓子のアン*坂木司

  • 2010/11/18(木) 19:41:15

和菓子のアン和菓子のアン
(2010/04/20)
坂木 司

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やりたいことがわからず、進路を決めないまま高校を卒業した梅本杏子は、「このままじゃニートだ!」と一念発起。デパ地下の和菓子屋で働きはじめた。プロフェッショナルだけど個性的な同僚と、歴史と遊び心に満ちた和菓子に囲まれ、お客さんの謎めいた言動に振り回される、忙しくも心温まる日々。あなたも、しぶ~い日本茶と一緒にいかがですか。


表題作のほか、「一年に一度のデート」 「萩と牡丹」 「甘露家」 「辻占の行方」

甘い香りが漂ってきそうな日常の謎の物語である。デパ地下和菓子店・みつ屋でアルバイトをすることになったアンちゃんこと梅本杏子が主役である。みつ屋のメンバーは、中身はオッサンかと思わせる椿店長に外見はイケメンなのに中身は乙女の菓子職人を目指す立花さん、アルバイトの先輩で元ヤンキーの桜井さんという個性的な面々だが、それぞれから学ぶことは多い杏子である。お店にやってくるお客さんの様子から、その抱える問題や悩みを推し量り、解きほぐしてしまう椿店長の細かい観察眼はお見事である。杏子も気づいたことを口にすることで、謎解きに一役買ったりもするようになる。みつ屋の面々のプロフェッショナルぶりとあたたかさが、登場する和菓子と共にほっと和ませてくれる一冊である。表紙のおまんじゅうを食べられないのが残念である。

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灰色の虹*貫井徳郎

  • 2010/11/18(木) 09:15:19

灰色の虹灰色の虹
(2010/10)
貫井 徳郎

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身に覚えのない殺人の罪。それが江木雅史から仕事も家族も日常も奪い去った。理不尽な運命、灰色に塗り込められた人生。彼は復讐を決意した。ほかに道はなかった。強引に自白を迫る刑事、怜悧冷徹な検事、不誠実だった弁護士。七年前、冤罪を作り出した者たちが次々に殺されていく。ひとりの刑事が被害者たちを繋ぐ、そのリンクを見出した。しかし江木の行方は杳として知れなかった…。彼が求めたものは何か。次に狙われるのは誰か。あまりに悲しく予想外の結末が待つ長編ミステリー。


事件の捜査や裁判のあり方に疑問を抱かせる一冊である。身に覚えのない罪で罰せられる者の魂の訴えは、ほんとうにここまで権力側には通じないものなのだろうか。確固たる自分自身というものを見失いふらふらと自白に逃げてしまう精神状態に陥るまで過酷なものなのだろうか。想像することしかできないが、背筋が凍る心地である。復讐を肯定するわけにはいかないが、心情的にはどうしても江木に肩入れしてしまう。本作では山名という江木の犯罪にほんの少しでも懐疑的な刑事の存在によって、(手遅れだったとは言え)江木の無念にほんの僅かではあるが晴れ間がのぞいた感もあるが、現実だったらそうはいかず、取り返しのつかない誤った判決を何代にも亘って引きずらざるを得ないことの方が圧倒的に多いのだろう。
どんよりと重い読後感であるが、まったくの他人事ではいられない思いも残る。ずしんとやりきれない一冊である。

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ツリーハウス*角田光代

  • 2010/11/15(月) 16:54:46

ツリーハウスツリーハウス
(2010/10/15)
角田 光代

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謎多き祖父の戸籍──祖母の予期せぬ“帰郷”から隠された過去への旅が始まった。満州、そして新宿。熱く胸に迫る翡翠飯店三代記。


祖父の死によって翡翠飯店の三代それぞれの胸に去来するものがあった。自分の家は他所の家族とはなにかが違う、と思い続けていた孫の良嗣は、祖母を戦時中そこで暮らし祖父ともそこで知り合ったという新京(現在の長春)に連れて行くのだった。祖父と祖母が若かった時代の混沌とした日々の暮らしと、長い時間を隔てて再び彼の地を訪れた現在の祖母の様子が交互に描かれているのが胸を衝かれる心地にさせる。行動を共にしている良嗣が祖母の姿の遥か向こうの過去の時間を共に見ているようにも思われる。
生きるために逃げるしかなかった祖父母の、なかったことにできなかったからいまここにいる、という思いが胸に重い。貪るようにページを捲らせる一冊である。

悪貨*島田雅彦

  • 2010/11/13(土) 16:52:10

悪貨 (100周年書き下ろし)悪貨 (100周年書き下ろし)
(2010/06/23)
島田 雅彦

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ある日、ホームレスが大金を拾う。だが、その金は偽札だった!捜査にあたった日笠警部が事件解決のために招喚したのが、偽札捜査のスペシャリスト・フクロウ。
一方、「美人すぎる刑事」エリカは、国際的金融犯罪を取り締まるため、マネー・ロンダリングの拠点となる宝石商・通称「銭洗い弁天」に潜入捜査をすることになった。そこで捜査線上に浮かび上がってきたのが、グローバルな資本主義を超える社会を目指す共同体「彼岸コミューン」で育ち、今や巨額の資金を操る野々宮という男だった。
最後に勝利するのは、金か、理想か、正義か、悪か?ハイスピードで展開する「愛とお金の物語」


昨今の国際情勢を考えると、あり得ないと断言できない物語であり、背筋が寒くなる心地さえする。
理想の社会の実現に向かう真摯な魂と、私利私欲にまみれた穢れた心根が奇しくも同じ土俵に立たされ、何も知らないその他多勢が押し寄せる波をもろに被る。偽札を使って現行の経済社会を覆そうという発想にとりつかれた段階で結末は目に見えている気もするが、緊張感と物語の行き先への期待で先へ先へとページを捲る手を止めさせない。
「彼岸コミューン」のような理想郷は小規模のうちは志が同じ方を向いていたとしても、大所帯になればなるほど理想の実現をむずかしくするのだろうとも思われるが、この結末の先にどうなっていくのか少し気になる。

絶叫委員会*穂村弘

  • 2010/11/11(木) 16:45:49

絶叫委員会絶叫委員会
(2010/05)
穂村 弘

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町には、偶然生まれては消えてゆく無数の詩が溢れている。不合理でナンセンスで真剣で可笑しい、天使的な言葉たちについての考察。


「そこに引っかかりますか」とか「そうそうそこには引っかかりますよね」とか、ついつい著者と会話するように読んでしまう。著者ならではのツボはなんとはなしに「ふふふ」と笑ってみたくもなる。名前の読めないお坊さんの「ぬーんぬーん」では思わず声をだして笑った。真面目に取り上げれば取り上げるほど可笑しみに満ち、あるところでは無条件に笑い、またあるところではなんとはなしにもの悲しくなったりもする。そんな言葉と気持ちがあふれる一冊である。

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寝ても覚めても*柴崎友香

  • 2010/11/09(火) 19:29:11

寝ても覚めても寝ても覚めても
(2010/09/17)
柴崎 友香

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人は、人のどこに恋をするんだろう?消えた恋人・麦を忘れられない朝子。ある日、麦に顔がそっくりな人が現れて、彼女は恋に落ちるが…朝子22歳から31歳までの“10年の恋”を描く各紙誌絶賛の話題作。


泉谷朝子は鳥居麦に恋をした。22歳だった。麦はとらえどころがなく、ちょっと出たまま長いこと帰ってこなかったりする男だった。ある日ふらりといなくなり、朝子は待ち続けたが麦に顔が似ている亮平と出会ってしまい恋に落ちる。そんなとき、十年も経って麦は俳優として画面に戻ってきたのだった。
いつもながら著者の描き出す女の子たちの日常は、手を伸ばせば触れられそうに現実感を持ち、気だるさまで伴って読者を同じ場所へ連れだすようである。大人からみればメリハリのない行き当たりばったりの暮らしにも見え、だが本人たちにしてみれば日々を精一杯生きている、というような。
朝子の恋は結局はなんだったのだろう。友人からも恋人からも遠ざけられることになり、それでもそのときの自分の気持ちに正直だったことで自分自身を納得させることができるのだろうか。わたしにはよくわからない朝子なのだった。

ピスタチオ*梨木香歩

  • 2010/11/07(日) 17:02:22

ピスタチオピスタチオ
(2010/10)
梨木 香歩

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なにものかに導かれてやってきた、アフリカ。棚は、すでに動きはじめたこの流れにのるしかない、と覚悟をきめた…。待望の最新長篇小説。


山本翠、ペンネーム・棚。この物語の主人公である。彼女が主人公であるのは間違いないのだが、主役は、と問われれば「大いなる導きとつながり」とでも答えるのかもしれない。これまで築いてきた人間関係や感性、そしてもっと大きななにかが、棚の行き先を目の前に広げて見せ、選び取ったと思わせておいてそちらに導いているような畏れ――運命と言ってしまってもいいかもしれない――を感じさせられる。自分が自分でありながら、なにかもっと大きなものの一部であり、大きなものの計り知れない動きのなかの一部という役割を担っているというような、抗えない力と安心のようなものも感じられる。動物の本能のように、こうするしかなかった、という心地にさせられる一冊である。

夏目家順路*朝倉かすみ

  • 2010/11/06(土) 17:01:45

夏目家順路夏目家順路
(2010/10)
朝倉 かすみ

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夏目清茂七十四歳、本日脳梗塞のためめでたく昇天いたしました。「どこにでもいるただひとり」の男の一生を、一代記とは異なる形で描いた傑作長編小説。


前半はこの物語の主人公・夏目清茂の取り立てて特別ではないが波も立ち人並みに苦労もしたが、まあまあそれなりに幸福でもある人生が描かれているが、突然脳梗塞で亡くなってからは、家族や親族や友人の目線で清茂がらみのあれこれが語られていく。とは言っても、みな清茂のことを考えると思い出すのは自分のことで、清茂と同じ時を生きていた自分のあれこれが思い出されてくるのである。そして、人がひとり亡くなったばかりの妙にぽっかりとした意識のありようがとてもリアルに描かれていて、自分が近しい人を亡くしたような空白が一瞬胸に広がるのだった。それらすべてが淡々と書かれているのがかえって夏目清茂がもういないのだということをしみじみと思わせる一冊である。

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天国旅行*三浦しをん

  • 2010/11/05(金) 17:14:47

天国旅行天国旅行
(2010/03)
三浦 しをん

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そこへ行けば、救われるのか。富士の樹海に現れた男の導き、死んだ彼女と暮らす若者の迷い、命懸けで結ばれた相手への遺言、前世を信じる女の黒い夢、一家心中で生き残った男の記憶…光と望みを探る七つの傑作短篇。


「森の奥」 「遺言」 「初盆の客」 「君は夜」 「炎」 「星くずドライブ」 「SINK」

「心中」を共通テーマとする短編集である。にもかかわらず、くすりと笑ってしまう場面あり、ほのぼのと胸をあたたかくさせる場面あり、じめじめと暗いばかりではないのである。もちろんざらざらとした感触もあるが、心中という行為そのものよりもその向こう側に焦点を当てているからだろうか未来の明るさを感じられる一冊なのである。

マリアビートル*伊坂幸太郎

  • 2010/11/04(木) 19:09:30

マリアビートルマリアビートル
(2010/09/23)
伊坂 幸太郎

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元殺し屋の「木村」は、幼い息子に重傷を負わせた相手に復讐するため、東京発盛岡行きの東北新幹線“はやて”に乗り込む。狡猾な中学生「王子」。腕利きの二人組「蜜柑」&「檸檬」。ツキのない殺し屋「七尾」。彼らもそれぞれの思惑のもとに同じ新幹線に乗り込み―物騒な奴らが再びやって来た。『グラスホッパー』に続く、殺し屋たちの狂想曲。3年ぶりの書き下ろし長編。


『グラスホッパー』の続編なので、人が人を殺める場面がこれでもかと出てくる。しかも、登場人物のほとんどがプロの殺し屋なので、ほとんど音もたてず躊躇もせずにあっけないほど淡々と命が奪われていく。それには慣れることがなく、気は塞がれるが、別の仕事を請け負っている(と思っている)業者同士の駆け引きには興味を覚える。そして無邪気な中学生を装う王子の存在の(木村の言葉を借りれば)臭さには胸が悪くなる。新幹線が盛岡についたときに姿を消した木村夫妻と王子。その行方は想像するしかないが、王子にとってはおそらく屈辱的な日々の始まりになるのだろう。それにしても、こんな新幹線には絶対に乗り合わせたくないものである。

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往復書簡*湊かなえ

  • 2010/11/01(月) 17:05:39

往復書簡往復書簡
(2010/09/21)
湊 かなえ

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あれは本当に事故だったのだと、私に納得させてください。高校卒業以来十年ぶりに放送部の同級生が集まった地元での結婚式。女子四人のうち一人だけ欠けた千秋は、行方不明だという。そこには五年前の「事故」が影を落としていた。真実を知りたい悦子は、式の後日、事故現場にいたというあずみと静香に手紙を送る―(「十年後の卒業文集」)。書簡形式の連作ミステリ。


「十年後の卒業文集」 「二十年後の宿題」 「十五年後の補習」

どの物語も手紙のやりとりで構成されている。互いの思いを伝えあう手段がメールでも電話でもなく手紙だという点がコミュニケーションに時差と深みを与えている。そしてその時差は物語のなかの出来事を共に考える時間を読者にも与えてくれているように思う。不安な気持ちで、あるいは焦がれながら待ったたった一通の返信によって、過去の出来事ががらっと様相を変え、あたたかな心地になったり、背筋を冷たいものが流れる心地になったりするのは、やはり手紙ならではであろう。文面の裏に潜む当人しか知り得ないなにかが始終様子を伺っているような穏やかならぬものが感じられる一冊だった。

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