みんなのふこう*若竹七海

  • 2010/12/31(金) 21:21:15

みんなのふこう (文芸)みんなのふこう (文芸)
(2010/11/11)
若竹七海

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田舎町のラジオ局・葉崎FMで、毎週土曜夜に放送される読者参加型番組「みんなの不幸」は、リスナーの赤裸々な不幸自慢が評判の人気コーナー。そこに届いた一通の投書。「聞いてください。わたしの友だち、こんなにも不幸なんです…」。海辺の町・葉崎を舞台に、疫病神がついていると噂されながら、いつでも前向きな17歳のココロちゃんと、彼女を見守る同い年の女子高生ペンペン草ちゃんがくりひろげる、楽しくて、ほろ苦い、泣き笑い必至な青春物語。


葉崎が舞台の一冊である。葉崎FMのコーナー「みんなの不幸」に寄せられた不幸自慢のなかに飛びぬけて不幸な投書があった。それがココロちゃんのペンペン草さんからのココロちゃんの不幸についての手紙なのだった。自分のオッチョコチョイさも一因だが、それだけではなく利用されたり巻き込まれたりと不幸を呼び込んでいるのかと思えるほどの不幸ぶりなのだった。それなのに当のココロちゃんはいたってのんきでしあわせそうにマイペースなので周りの方があたふたしてしまうのである。怪しげなカルト集団の身勝手な思惑に翻弄されながらも健気に生きるココロちゃんは疫病神なのかただの間の悪いオッチョコチョイ娘なのか…。それにしてもココロちゃんが巻き込まれるたびに、なにかしら悪事が発覚したり謎の事件が解決してしまったりするのは小気味よくさえある。いろんな意味で目が離せないココロちゃんである。葉崎FMのリスナーがこぞって気にかけるココロちゃん顛末記とでもいうような一冊である。

小鳥を愛した容疑者*大倉崇裕

  • 2010/12/30(木) 18:04:48

小鳥を愛した容疑者小鳥を愛した容疑者
(2010/07/29)
大倉 崇裕

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警視庁捜査一課で活躍していた鬼警部補・須藤友三。ある現場で銃撃を受けて負傷し、やむなく最前線を離れることに。数ヵ月後、リハビリも兼ねて容疑者のペットを保護する警視庁総務部総務課動植物管理係に配属され…た途端、今まで静かだったこの部署に、突如、仕事の依頼が次々と舞い込む。刑事時代にはあり得なかった現場、に“驚愕”の須藤。動植物保護だけのはずが、なぜか事件の捜査にまで踏み込むハメになり、腕がなる!?元捜査一課・鬼警部補の前に立ちはだかったもの。それは可愛くも凶暴な―。


表題作のほか、「ヘビを愛した容疑者」 「カメを愛した容疑者」 「フクロウを愛した容疑者」

上記内容紹介のような事情で、事件現場に取り残された動物の世話をすることになった須藤が主人公である。が、ほんとうの主役は唯一の部下である薄(うすき)圭子巡査だろう。無類の動物好きであり、動物オタクと言っても過言ではない彼女の動物を愛するが故の目のつけどころと場を読まないとも言える質問攻撃が、なぜか事件を解決してしまうのである。タイトルは「○○を愛した容疑者」となっているが、いちばんその動物を愛しているのは薄巡査ではないだろうか。彼女の動物以外のことに対する大雑把さがまた可笑しい。愛すべきコンビの誕生である。ぜひシリーズ化してほしい一冊である。

エルニーニョ*中島京子

  • 2010/12/29(水) 07:16:16

エルニーニョ (100周年書き下ろし)エルニーニョ (100周年書き下ろし)
(2010/12/10)
中島 京子

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女子大生・瑛は、恋人から逃れて、南の町のホテルにたどり着いた。そこで、ホテルの部屋の電話機に残されたメッセージを聞く。「とても簡単なのですぐわかります。市電に乗って湖前で降ります。とてもいいところです。ボート乗り場に十時でいいですか?待ってます」そして、瑛とニノは出会った。ニノもまた、何者かから逃げているらしい。追っ手から追いつめられ、離ればなれになってしまう二人。直木賞受賞第一作。21歳の女子大生・瑛と7歳の少年・ニノ、逃げたくて、会いたい二人の約束の物語。


小森瑛(こもり てる)は東京の大学生で、かつて高校の英語教師だったニシムラと同棲したが、彼は実はDV男なのだった。ある日偶然出会った路上アコーディオン弾きの女性の「もしいますぐそこを離れたいなら、迷わずすぐに離れることよ」という言葉に背中を押され、ニシムラから逃げ出して南へと向かった瑛。見知らぬ南の町のホテルの電話に残されていた不思議なメッセージに導かれるようにして行った湖で七歳の少年・ニノに出会う。逃げている二人はいつしか互いの手を取り合い、なくてはならないものになるのだったが――。
舞台は日本の南の町や島である。そして、瑛とニノがそれぞれに抱える事情は泥沼でやりきれないものである。にもかかわらず、物語全体に流れるのはなぜかぴんと張り詰めた澄明な空気と異国の匂いなのである。二人の出会いの不思議さがそう感じさせるのかもしれない。また、見かけは大人の瑛と子どものニノであるが、互いに守り守られ、ときにそれが逆転するようにも感じられ、二人にとっての互いのなくてはならなさが伝わってくる。とても苦しいが、とても清々しい話でもある。そんな一冊。

闇の楽園*戸梶圭太

  • 2010/12/27(月) 17:00:37

闇の楽園 (新潮ミステリー倶楽部)闇の楽園 (新潮ミステリー倶楽部)
(1999/01)
戸梶 圭太

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過疎化に悩む町が仕掛けた捨て身の町おこし運動。それに青春を賭けるプータローの若者。行き詰まった産業廃棄物業者、そして、新興のカルト教団。ある土地をめぐってこの四者が偶然に出会った時、物語が動きだした―。第3回新潮ミステリー倶楽部賞受賞。


応募の際のタイトルは『ぶつかる夢ふたつ』だそうだが、まさにそのままの内容である。町おこしの企画の公募に応じてお化け屋敷に特化したテーマパークの企画を応募した職を失ったばかりの若者と町の夢と、カルト教団の野望。ふたつの夢のまさに戦いと、そこにかかわる人々の事情や私利私欲が絡まりあったどろどろの物語である。ただ、この対立の図式にたどり着くまでがいささか冗漫に思われるのと、核になるほど強力な人物がいないのが弱点だろうか。といった感じの一冊である。

誘拐の誤差*戸梶圭太

  • 2010/12/25(土) 08:51:00

誘拐の誤差誘拐の誤差
(2006/11)
戸梶 圭太

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礼乎(れお・10歳)が学校から帰ってこないんです。母親からの届けを受け、警察が捜査を開始した。1週間後、悲しくも礼乎が死体となって発見された直後、犯人から礼乎の身代金を要求する連絡が入る。困惑する警察。犯人の動機・目的は不明。捜査陣の足並みは乱れ、捜査は難航する。


本格警察小説と謳われているが、そこから想像する物語とはいささか趣は異なっている。まず語り手が、殺された礼乎(れお)のユーレイなのである。彼がユーレイである特性を駆使し、警察官や事件関係者のところへ瞬間移動し、捜査状況や行動を観察し、頭の中の思考まで読み取っているのである。真面目な顔で捜査会議に出ている警察官の頭の中にまったく別のくだらないことがあふれていたり、自分のことしか考えないろくでもない真犯人の頭の中が丸見えだったりするのである。こんなことがあっていいのか!というような信じられないことが次々と見えてくるのだが、もしかすると現実のほうがもっと凄まじいのかもしれないと思ってしまったのが哀しくもある。因果応報ということでもあるのかもしれないが、やりきれなさ過ぎてげんなりする一冊である。

謎解きはディナーのあとで*東川篤哉

  • 2010/12/23(木) 19:06:40

謎解きはディナーのあとで謎解きはディナーのあとで
(2010/09/02)
東川 篤哉

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執事とお嬢様刑事が、6つの事件を名推理!

ミステリ界に新たなヒーロー誕生! 主人公は、国立署の新米警部である宝生麗子ですが、彼女と事件の話をするうちに真犯人を特定するのは、なんと日本初!?の安楽椅子探偵、執事の影山です。
彼は、いくつもの企業を擁する世界的に有名な「宝生グループ」、宝生家のお嬢様麗子のお抱え運転手です。本当は、プロの探偵か野球選手になりたかったという影山は、謎を解明しない麗子に時に容赦ない暴言を吐きながら、事件の核心に迫っていきます。
本格ものの謎解きを満喫でき、ユーモアたっぷりのふたりの掛け合いが楽しい連作ミステリです。


第一話 殺人現場では靴をお脱ぎください
第二話 殺しのワインはいかがでしょう
第三話 綺麗な薔薇には殺意がございます
第四話 花嫁は密室の中でございます
第五話 二股にはお気をつけください
第六話 死者からの伝言をどうぞ


大富豪・宝生家の令嬢の麗子は国立署の警部である。そして直属の上司の風祭は中堅自動車メーカー・風祭モータースの御曹司。なにかと出自をひけらかす風祭と違い、麗子が宝生家の令嬢だと言うことは警察でもほんの一部しか知らず、彼女自身も隠している。だが、仕事が終わるや否や執事の影山が運転するリムジンが近くまで迎えに来て、麗子はそこでお嬢様に戻るのである。このわかりやすい設定とキャラクターがどたばた喜劇そのもので笑ってしまうが、面白い。執事の影山の人を食ったような慇懃無礼さもなかなかである。彼が見事な推理を披露する得意げな顔が目に浮かぶようである。大掃除の合間にも気軽に愉しめる一冊である。

アカペラ*山本文緒

  • 2010/12/22(水) 17:12:04

アカペラアカペラ
(2008/07)
山本 文緒

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無職で病弱な弟と暮す50歳独身の姉。20年ぶりに田舎の実家に帰省したダメ男。じっちゃんと二人で生きる健気な中学生。人生がきらきらしないように、明日に期待し過ぎないように、静かにそーっと生きている彼らの人生を描き、温かな気持ちと深い共感を呼び起こす感動の物語。


表題作のほか、「ソリチュード」 「ネロリ」

どれもとてもよかった。描かれているのはどの物語でも家族なのだが、どの家族もその関係性がつるりとしていなくて節がある。そしてその節がそれぞれに独特の味わいを出しているのである。手を伸ばして誰かを掴まえ、すがりついてしまえば楽なのに、そうはせずに日々を地道にこつこつと生きている。だが、物語に漂う空気はじめじめと暗くはなく、ふわりと軽く明るい印象なのである。じんわりと胸にしみてくる一冊である。

トライアングル*新津きよみ

  • 2010/12/21(火) 07:18:35

トライアングルトライアングル
(2008/09/25)
新津 きよみ

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郷田亮二は、駆け出しの刑事。医学部を卒業して医師になったが、医師を辞めて刑事になったという変わった経歴の持ち主である。亮二のこの経歴には、過去に遭遇した事件が大きく影響していた。十歳の時、初恋の少女・葛城佐智恵が誘拐され、殺されたのだ。事件から十五年が経って時効が成立した時、亮二は自ら刑事となって、この事件を追い続けることを決意した。そんな亮二の前に、「葛城サチ」と名乗る美しい女性が現れた。彼女は、殺された葛城佐智恵にあまりにも似ていた。この女性はいったい何者なのか―?亮二の心は激しく揺れ動く。


ドラマになったのはまったく知らなかったが、Amazonのレビューはいつもながら酷評である。わたしはとても面白く読んだ。巧いと思った。二分の一成人式の作文や思春期の入り口に差しかかる10歳の心情、殺人事件と母親の事情、担任教師のその後、里親、そして事件の真相。さまざまな要素がそれぞれ並び立ち、しかも思ってもいないラストである。佐智恵の母が単身中国に渡ることを決意した理由はいささか説得力に欠けるようにも思うが、それ以外はとても好みの一冊だった。

辞めない理由*碧野圭

  • 2010/12/19(日) 08:28:55

辞めない理由辞めない理由
(2006/05)
碧野 圭

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七瀬和美は小学一年生の娘を持つワーキングマザー。大手出版社で、女性誌の副編集長をしている。やる気のない男性部員を叱咤激励しつつ、子育てとの両立を頑張っていたつもりだったが、ある日突然、上司に降格を言い渡される。追い討ちをかけるように、娘も学校でトラブルを起こす。仕事と子育て、両方で追い詰められる和美。このままでは退職?それとも…。ワーキングマザー編集者の企業内サバイバルが、いま、始まる。


フルタイムでのワーキングマザー経験のないわたしには、これがリアルなのかどうなのかの判断はできないが、そしてまた業種によっても苦労の種類が違ってくるのだろうが、それをおいても働く母たちの戦いの日々の苦難が伝わってくる。そして、苦しさばかりではない充実感や緊張感も同時に伝わってくるのである。主人公である和美の生真面目な性格からくる空回り振りに賛否はあるだろうが、それがあってこその後半の展開でもあるだろう。文句なく面白く愉しめる一冊だった。

バイバイ、ブラックバード*伊坂幸太郎

  • 2010/12/18(土) 14:00:53

バイバイ、ブラックバードバイバイ、ブラックバード
(2010/06/30)
伊坂 幸太郎

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「理不尽なお別れはやり切れません。でも、それでも無理やり笑って、バイバイと言うような、そういうお話を書いてみました」(伊坂幸太郎)。

太宰治の未完にして絶筆となった「グッド・バイ」から想像を膨らませて創った、まったく新しい物語!


短編を一話書き終えるたびに、抽選で選ばれた五十名に送って読んでもらう、という「ゆうびん小説」の企画で書かれた一冊。そんな募集があったことさえ知らなかったが、当たった人はなんてしあわせな方々なのだろう。
物語は、膨らんだ借金のために「あのバス」に乗せられることになっている星野が、お目付け役の巨漢の繭美を同道し(というか見張られ)、五股でつきあっていた女たちのところへ別れの挨拶に行くという連作である。なんとも不甲斐ない星野であるが、そのキャラは憎めず、かえって好感を持ってしまうほどうそのつけない真直ぐさであり、「あのバス」に乗せる役目の繭美は、この世の常識には何ひとつ当てはまらないような恐ろしさなのだが、言うことは結構的を射ているのでこれまた憎みきれないのである。星野が五股をかけていた女たちもそれぞれに味があっていい。「あのバス」ってなんだろう、どこへ連れて行かれるのだろう、と恐ろしい想像を膨らませながら読み進めるスリルも愉しめる。ラストのその先がとても気になる。ガンバレ!繭美。

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永遠のジャック&ベティ*清水義範

  • 2010/12/17(金) 09:30:25

永遠のジャック&ベティ永遠のジャック&ベティ
(1988/10)
清水 義範

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英語教科書でおなじみのジャックとベティが50歳で再会したとき、いかなる会話が交されたか?珍無類の苦い爆笑、知的きわまるバカバカしさで全く新しい小説の楽しみを創りあげた奇才の粒ぞろいの短篇集。ワープロやTVコマーシャル、洋画に時代劇……身近な世界が突然笑いの舞台に。(解説・鶴見俊輔)


表題作のほか、「ワープロ爺さん」 「冴子」 「インパクトの瞬間」 「四畳半調理の拘泥」 「ナサニエルとフローレッタ」 「大江戸花見侍」 「栄光の一日」

著者なのでわかってはいることなのだが、どれもこれも失笑・苦笑のツボに見事にはまる。着眼点が人並みならないのはもちろん、その一点からのふくらませ方がこれまた人並みではないのである。可笑しいったらない一冊である。

ひよこはなぜ道を渡る*エリザベス・フェラーズ

  • 2010/12/15(水) 20:09:17

ひよこはなぜ道を渡る (創元推理文庫)ひよこはなぜ道を渡る (創元推理文庫)
(2006/02/23)
エリザベス・フェラーズ

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旧友のジョンに請われて、彼の屋敷を訪れたトビー・ダイク。屋敷の様子に不審を抱き、邸内に侵入したトビーが目にしたのは、書斎でこと切れている友の姿だった。部屋には弾痕や血痕、争ったあともある。だが、その後判明したジョンの死因は“自然死”だった…?“死体なしの殺人”と“殺人なしの死体”を巡る、切れ味鋭い本格推理。名コンビ『トビー&ジョージ』最後の事件。


誰もいない真っ暗な家にラジオだけが鳴り響く。格闘の跡がうかがえる部屋に弾痕と血痕、そこにあった死体は自然死。なんとも不可思議な事件現場の様子から物語ははじまる。椅子に座ってこと切れていた旧友・ジョンは、何のためにトビーとコンスタンスを呼んだのか。ジョンの妻のリリと使用人たちは一体どこへ行ったのか。山のような謎に、関係者たちの思惑が絡み合い、事件を余計にややこしくし、読者にはラスト近くまで全貌が見えてこない。翻訳ものは相変わらず苦手ではあるが、トビーとジョージの息が合っているのか合っていないのかよく判らないコンビの目のつけどころと推理の過程を愉しめる一冊だった。

伏*桜庭一樹

  • 2010/12/14(火) 14:30:06

伏 贋作・里見八犬伝伏 贋作・里見八犬伝
(2010/11/26)
桜庭 一樹

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娘で猟師の浜路は江戸に跋扈する人と犬の子孫「伏」を狩りに兄の元へやってきた。里見の家に端を発した長きに亘る因果の輪が今開く。


山で猟師として暮らしていた少女・浜路は、ふたり暮らしの祖父亡きあと江戸に暮らす兄・道節を頼って上京した。物語は、兄妹の伏狩者としての顛末に、滝沢冥土作の「贋作・里見八犬伝」と伏である信乃の語り「伏の森」が挟みこまれている。
伏とは、その昔伏姫と犬の八房との間に生まれた八匹を祖とする犬人間たちのことである。浜路の猟師魂が獣の臭いを嗅ぎ当て、本能のように伏を狩ることになるのであるが、そこに滝沢馬琴の息子の冥土の読売のための取材(いまで言えばレポーターか)がからみ、どんどんややこしいことになっていくのである。はるか昔、辻村ジュサブロー氏のからくり人形で作られたテレビドラマで観た「新八犬伝」が頭の中に蘇えってきて不思議な心地で読み進んだ。ページを捲る手を止めさせず、のめりこむように読み終えた一冊である。

恋愛小説*椰月美智子

  • 2010/12/12(日) 08:20:15

恋愛小説恋愛小説
(2010/11/16)
椰月 美智子

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好意、愛情、執着、秘密、嫉妬…恋愛の全て美緒とサスケは、憎いほどに、殺したいほどに、愛し合っている。人を好きになる気持ち、好きでいる気持ち、恋愛の感覚全てが書きとめられた、恋愛小説の真骨頂。


「恋愛小説」と聞いて思い浮かべるものとはずいぶん違うように思う。それはきっと描かれ方のせいだろう。プロローグとエピローグの遠い目をした穏やかさに挟まれた本編の恋愛における大波小波が、甘く切なく切実でありながらも客観的で冷静な目によって一種のレポートのように綴られているので、読者は内容の混沌に呑み込まれずに一歩退いて眺めることができるのである。美緒とサスケにとってはハッピーエンドとは言えないのかもしれないが、大きな目で見たらきっと最良の結果なのだろうと思う。激しく狂おしく身勝手で切ない一冊である。

若様組まいる*畠中恵

  • 2010/12/09(木) 17:15:51

若様組まいる (100周年書き下ろし)若様組まいる (100周年書き下ろし)
(2010/11/05)
畠中 恵

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明治二十三年、ミナこと皆川真次郎は西洋菓子屋を開いた。店には、旧幕臣の「若様組」の面々や、女学校に通うお嬢様・沙羅が甘い菓子と安らぎを求めてやってきた。その少し前―。徳川の世であれば、「若殿様」と呼ばれていたはずの旧幕臣の子息・長瀬達は、暮らしのために巡査になることを決意。今は芝愛宕の巡査教習所で訓練を受けていた。ピストル強盗の噂が絶えない物騒な昨今、教習所でも銃に絡む事件が起きた。若様組の他、薩摩出身者、直参で徳川について静岡に行った士族達、商家の子息達、さまざまな生徒に、何やら胡散臭い所長や教員を巻き込んで、犯人捜しが始まる。


『アイスクリン強し』の続編なのだが、前作の少し前を描いた物語である。ミナこと皆川真次郎も登場するが、今回の主役は旧幕臣の若様たちである。ある事情を抱えて巡査になろうと決め、教習所に通いはじめた若様たちを旧身分を引きずった人間関係や初めて触れる学問といった困難が待ち受けているのだった。そして、このところ巷に出没しているピストル強盗が思わぬところで関わってきて、生徒たちの活躍となるのである。
平等な世の中になったとは言え、まだまだ江戸を引きずっている明治であることがそこここにうかがわれて近代になるための並々ならなさを改めて思う。だが、その前時代の名残が趣を出していることもたしかで、苦労も多かっただろうが希望も多かったのではないかと察せられる。巡査教習所にも時代の縮図のような摩擦がみられたが、次代を担う柔軟な頭の持ち主たちの様子が頼もしくもある。明治の世に浸った一冊だった。

乙女の密告*赤染晶子

  • 2010/12/06(月) 18:21:18

乙女の密告乙女の密告
(2010/07)
赤染 晶子

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京都の大学で、『アンネの日記』を教材にドイツ語を学ぶ乙女たち。日本式の努力と根性を愛するバッハマン教授のもと、スピーチコンテストに向け、「一九四四年四月九日、日曜日の夜」の暗記に励んでいる。ところがある日、教授と女学生の間に黒い噂が流れ…。(わたしは密告される。必ず密告される)―第143 回芥川賞受賞。


芥川賞受賞作ということで期待が大きすぎただろうか。一時間足らずで読めてしまう長さで読みやすい一冊ではあるが、わたしにはなにを伝えたいのかがよく判らなかった。京都の外語大の学生である乙女たちとドイツ人教授とのあれこれを、ユダヤ人として迫害を受けたアンネ・フランクの想いとが並べて対比させるように描かれることにも馴染めなかった。密告の重さが比べようもないのではないだろうか、と。わたしにとってはいささか中途半端な一冊だった。

温かな手*石持浅海

  • 2010/12/05(日) 21:15:05

温かな手温かな手
(2007/12)
石持 浅海

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大学の研究室に勤める畑寛子の同居人・ギンちゃんは名探偵。サラリーマンの北西匠の同居人・ムーちゃんも名探偵。人間離れした二人は、彼らが遭遇した殺人事件や騒動を、鮮やかに解き明かす!一風変わった名探偵とそのパートナーが活躍する、著者渾身の連作集。


表題作のほか、「白衣の意匠」 「陰樹の森で」 「酬い」 「大地を歩む」 「お嬢さんをください事件」 「子豚を連れて」

正統派のミステリであり、ヒューマンドラマでもある。唯一ほかの作品と違うのは探偵役が――人間の姿をして人間としての社会生活を送ってはいるが――人間ではないということだろう。人間の生命エネルギーを栄養源として生きている生命体なのだ。パートナーに選ばれた者はいくら食べても余剰エネルギーを吸い取ってもらえるので太ることはないのである。なんと羨ましいことか。それはさておき、畑寛子と暮らすギンちゃんは、外見も内面もいい男であり、観察眼の鋭い名探偵でもある。事件現場を見ただけで辻褄の合わない部分を見つけ、謎を解き明かしてしまうのである。何作かはアンソロジーで読んだことがあったが、そのときの印象のままのやさしい温かさが漂う連作集だが、ただほのぼのするだけではない哀愁のようなものも感じられるのは、やはり異種間交流の哀しさゆえだろうか。ギンちゃんの妹ムーちゃんも登場し、やるせない結末になりそうなところをうまい具合に救っている。最後の最後でタイトルの二重の意味に気づかされた一冊でもある。

窓の外は向日葵の畑*樋口有介

  • 2010/12/05(日) 16:53:57

窓の外は向日葵の畑窓の外は向日葵の畑
(2010/07)
樋口 有介

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青葉樹(あおばしげる)は東京の下町にある松華学園高校の二年生。幼馴染の真夏にバカにされながらも、江戸文化研究会に所属している。その部長である高原明日奈と副部長の佐々木信幸が、夏休み、相次いで失踪した。それを聞いて乗り出してきたのが作家志望の元刑事である樹の父親。どうも、息子のクラブの事件以上に、顧問の美人教師・若宮先生に興味があるらしいのだが…。『ぼくと、ぼくらの夏』の著者が原点に帰って描き上げた、青春ミステリの新たなる名作。


シゲルと父の視点で交互に語られる物語。単なる青春物語ではなく、登場人物それぞれがさまざまな複雑な事情を抱え、偶然と見せかけた必然によって導かれ絡め取られてしまったような一連の事件である。探偵役であるシゲルとその父にも屈託があり、ものごとを斜めに見る癖がついているように見えるのは彼らにとっては不幸なことなのかもしれない、と思ったりもするがどうなのだろう。向日葵などという思い切り明るいタイトルの割には屈託の多い一冊であるが、それがまたたまらなく魅力的でもある。

田舎の紳士服店のモデルの妻*宮下奈都

  • 2010/12/03(金) 17:22:22

田舎の紳士服店のモデルの妻田舎の紳士服店のモデルの妻
(2010/11)
宮下 奈都

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田舎行きに戸惑い、夫とすれ違い、子育てに迷い、恋に胸騒がせる。じんわりと胸にしみてゆく、愛おしい「普通の私」の物語。


会った瞬間に輝きを感じ、「この人だ!」と思った夫が鬱病を患い、会社を辞めて田舎に帰るという。東京以外で暮らすことなど思ってもいなかった梨々子だが、夫とふたりの幼い子どもと共になにもない北陸の田舎町に移り住むことになったのだった。物語は、十年日記に記されるようにして進んでいく。
夫との、子どもたちとの、田舎の近所の人たちとの、東京時代の知り合いとの、さまざまな関係のなかに、自分の価値を見出せずに入る梨々子の、ただ息を吸って吐いているうちにきょう一日がまた終わった、というような無為な空しさは、だれにでも思い当ることがあるのではないだろうか。だが、彼女を見ていると、なにかを成さねばならぬという大げさに言えば強迫観念のようなものに自分からどんどんがんじがらめにされているようにも見えて痛々しささえ感じてしまう。しかしこれは前半の梨々子である。日記も終わりに近づくころの梨々子は、少しずつではあるが何者でもない自分を認め、しあわせを全身で受け止められるようになっていくのである。潤の手を引いて横断歩道で立ち止まっている思い出の場面で一気に熱いものがあふれた。普通がとても丁寧に描かれた一冊である。

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密室の鍵貸します*東川篤哉

  • 2010/12/02(木) 17:02:23

密室の鍵貸します (カッパ・ノベルス―カッパ・ワン)密室の鍵貸します (カッパ・ノベルス―カッパ・ワン)
(2002/04)
東川 篤哉

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その日、烏賊川市立大学映画学科の四年生・戸村流平は、二つの死への嫌疑をかけられた。大学の先輩である茂呂耕作と、元彼女の紺野由紀。流平は、由紀の死に関しては完璧にアリバイがあるのだが、それを主張できない。なぜなら、由紀が死んだ夜、流平は鍵のかかった茂呂の部屋で、彼の死体を発見していたから…。緻密な構成と大胆なトリック、飄々とした筆致。極上の本格推理デビュー作。


コメディタッチの軽妙さで物語は進み、登場人物たちもコミカルな描かれ方をしているのだが、核を成す事件のありようは至って真面目な本格ミステリであり、そのギャップを含めて愉しめる一冊である。真犯人の動機が読み解かれたときには気が抜けたが、だからこその周到さだったのだと言うこともできるのかもしれない。