神様のカルテ2*夏川草介

  • 2011/06/30(木) 11:11:49

神様のカルテ 2神様のカルテ 2
(2010/09/28)
夏川 草介

商品詳細を見る

医師の話ではない。人間の話をしているのだ。

栗原一止は夏目漱石を敬愛し、信州の「24時間、365日対応」の本庄病院で働く内科医である。写真家の妻・ハルの献身的な支えや、頼りになる同僚、下宿先「御嶽荘」の愉快な住人たちに力をもらい、日々を乗り切っている。
そんな一止に、母校の医局からの誘いがかかる。医師が慢性的に不足しているこの病院で一人でも多くの患者と向き合うか、母校・信濃大学の大学病院で最先端の医療を学ぶか。一止が選択したのは、本庄病院での続投だった(『神様のカルテ』)。新年度、本庄病院の内科病棟に新任の医師・進藤辰也が東京の病院から着任してきた。彼は一止、そして外科の砂山次郎と信濃大学の同窓であった。かつて“医学部の良心"と呼ばれた進藤の加入を喜ぶ一止に対し、砂山は微妙な反応をする。赴任直後の期待とは裏腹に、進藤の医師としての行動は、かつてのその姿からは想像もできないものだった。
そんななか、本庄病院に激震が走る。


シリーズ一作目では若いに似合わずなんと古めかしい、と思わされたイチ先生のもの言いにもすっかり慣れ、もうこれ以外考えられないほどキャラクターと馴染んでしまっている。そして、前作以上に医師というよりも人間の物語になっている。患者との、病院スタッフとの、先輩医師との、同僚との、朋友との、妻との、アパートの住人との、どこの誰との関係をとってもそこには人間栗原一止がいるのである。それが読んでいてとても心地好く、安心させられる。どれほど身を削るように忙しい中でも大切なひとつのことを忘れずにいるかぎり人は心豊かに生きていけるのだと教えられるような気がする。いつまでもこの世界に身をおいていたいと思わされる一冊である。

この女*森絵都

  • 2011/06/27(月) 19:20:17

この女この女
(2011/05/11)
森 絵都

商品詳細を見る

甲坂礼司、釜ヶ崎で働く青年。二谷結子を主人公に小説を書いてくれと頼まれる。
二谷結子、二谷啓太の妻。神戸・三宮のホテルに一人で住み、つかみ所がない女。
二谷啓太、チープ・ルネッサンスを標榜するホテルチェーンのオーナー。小説の依頼主。
大輔、甲坂礼司に小説書きのバイト話を持ってきた大学生。礼司に神戸の住まいを提供。
松ちゃん、釜ヶ崎の名物男。礼司が頼りにし、なにかと相談するおっちゃん。
敦、二谷結子の弟。興信所経営。結子のためなら何でもする直情型の気のいい男。
震災前夜、神戸と大阪を舞台に繰り広げられる冒険恋愛小説。3年ぶり、著者の新境地を開く渾身の長篇書き下ろし。


「この女」という小説を書いている甲坂礼司という男の物語である。男の、と言い切ってしまうにはいささか周りの人間たちについて深く描かれすぎてはいるが、それにしてもやはりこれは、依頼された小説を書こうとするために関わることになる人びとを通して自分というものの本質を見極めていくという意味で、礼司自身の物語であろう。それにしても、小説の主人公となるはずの女の生き様を探るという形式で実は書き手の生き様を描くという一見迂遠な試みがものの見事に成功しているのに唸らされる。読者の誰もがおそらく初めは結子の人生が解き明かされることを期待して読みはじめたことだろう。深く巧みで切なくあたたかい一冊である。

バツリスト*蒼井上鷹

  • 2011/06/26(日) 09:51:13

バツリストバツリスト
(2010/12/01)
蒼井上鷹

商品詳細を見る

「次の“バツ”は、こいつに決定していいと思うのですが」
自殺した息子が遺した一冊のノート。そこには息子を死に追いやった人物たちの名が記されていた。嶋津は復讐に乗り出すが、老体にむち打つ彼に協力者が現れて…。
連中を罰したい。


自殺した息子が残したノートにあった、名前を×印で消された人物たち。生前息子を苦しめた者たちである。嶋津は彼らの名を「バツリスト」としてまとめ、復讐をはじめるのだった。そこに現れた思わぬ協力者たちは、嶋津の復讐を「バツる」と言い、自分たちのことをバツる者=「バツリスト」と呼ぶようになった。
冒頭に配された手紙に、著者のことゆえ何か仕掛けがあるのだろうと思いながら読むが、なにかからくりがありそうだということ以外はわからず、その後の展開もそういうものかと受け入れて読み進むと、やはりあるところで様相はがらりと転換するのだった。読みはじめる前からそれを期待してはいるのだが、やはりいつも驚かされる。著者の掌の中でころがされているような一冊である。

4ページミステリー*蒼井上鷹

  • 2011/06/25(土) 11:21:12

4ページミステリー (双葉文庫)4ページミステリー (双葉文庫)
(2010/12/15)
蒼井 上鷹

商品詳細を見る

こんなにしっかりしたアイディアを原稿用紙五枚ぽっちにしちゃうなんてもったいない。と内外から言われ続ける、『小説推理』の名物連載「2000字ミステリー」。でも、短いからこその、この面白さ!?5年も続く当連載をギュッとまとめたこの1冊で、ぜひともお確かめを。オール4ページ、全部で60本。冒頭の「最後のメッセージ」は本格ミステリ作家クラブ編のアンソロジーにも収録された上作。


著者のピリリとスパイスの効いたブラックミステリを60話もたてつづけに読めるなんて、贅沢な話である。しかも一話はわずか4ページ。ちょっとしたすきま時間にも構えずに読みはじめられるのが嬉しい。ラストでがらりと様相を変える流れは何度読んでもそうきたか、と思わされる。ぎゅぎゅっと詰まった一冊である。

月の上の観覧車*荻原浩

  • 2011/06/24(金) 09:12:08

月の上の観覧車月の上の観覧車
(2011/05)
荻原 浩

商品詳細を見る

守れるはずもないことを、いくつ約束したのだろう。逃げ出した故郷、家族に押しつけた身勝手な夢。いつだってその残酷さに、気付かぬわけでは決してなかった―。月光の差し込む観覧車の中で、愛する人々と束の間の再会を遂げる男を描いた表題作ほか、繰り返せない時間の哀歓を描く著者最高の傑作短篇集。


表題作のほか、「トンネル鏡」 「金魚」 「上海租界の魔術師」 「レシピ」 「胡瓜の馬」 「チョコチップミントをダブルで」 「ゴミ屋敷モノクローム」

どれも胸を締めつけられるような切なさを内包した八つの物語である。取り戻せないからこその後悔や郷愁、過去のあるときへと飛ばす思いのどうしようもなさが見事である。そしてまた今作でも荻原さん=おばさん説が浮上するのだった。ご本人の講演会に伺ったことがあるので男性だということは重々承知しているが、それでもなお女性――ことに中年女性――の心情を描いて妙である。ときにどきりとさせられるほどなのである。どういうことなのだ、とご本人に問いたいくらいである。高いところは苦手なので観覧車にも自分から乗りたいとは思わないが、月の出ている夜になら乗ってみてもいいかもしれない、などと思ってしまう一冊である。

君がいない夜のごはん*穂村弘

  • 2011/06/22(水) 16:50:04

君がいない夜のごはん君がいない夜のごはん
(2011/05/25)
穂村 弘

商品詳細を見る

今日も真夜中のキッチンで私は電子レンジの「あたためスタート」ボタンを押す。 人気歌人・穂村弘の「食べ物」をテーマにした異色エッセイ集! 料理ができず、味音痴で、飲食店にひとりで入れない……、という著者の奮闘する姿に 思わずニヤリとさせられるものの、「自分もそうかも??」と我が身を振り返ってしま うこと必至です!


食べものにまつわるほむほむ節あれこれである。「むふふ」となったり、「ニヤリ」となったり、「ふむふむ」と感心したり、「そうそう」と首肯したり忙しい。が、どれもすこぶるたのしくて困る。おそらく他人が見たら反応が怪しすぎることだろう。うなずくことが思いのほか多かったのは喜ぶべきなのだろうか。新たな発見がある、・・・・・・かもしれない一冊。

七回死んだ男*西澤保彦

  • 2011/06/21(火) 17:06:45

七回死んだ男 (講談社文庫)七回死んだ男 (講談社文庫)
(1998/10/07)
西澤 保彦

商品詳細を見る

どうしても殺人が防げない!?不思議な時間の「反復落し穴」で、甦る度に、また殺されてしまう、渕上零治郎(ふちがみれいじろう)老人――。「落し穴」を唯一人認識できる孫の久太郎少年は、祖父を救うためにあらゆる手を尽くす。孤軍奮闘の末、少年探偵が思いついた解決策とは!時空の不条理を核にした、本格長編パズラー。


ときどき何の前触れもなく同じ一日を九回繰り返す高校一年の大庭久太郎(ヒサタロウ、通称キュータロー)が、相続争いのごたごたの最中に殺された祖父を救うべく原因を探り、因果を断ち切ろうと奮闘する物語である。なにをどう変えても殺されてしまう祖父は、久太郎の語群奮闘振りを知ることもなく毎回死んでしまうのである。なんという不条理であることか。そしてまた、その周ごとに変わる犯人や、兄弟姉妹・従姉妹や従兄弟たち、使用人や秘書の関係性の変化も興味深く目が離せない。同じ一日の繰り返しにこれほど興味をかきたてられるとは思いもよらないことである。そして最後にたどり着いた真実の思いがけなさにも驚きである。文句なく面白い一冊だった。

サウダージ*垣根涼介

  • 2011/06/19(日) 14:25:23

サウダージサウダージ
(2004/08/05)
垣根 涼介

商品詳細を見る

故郷を忘れ、過去を消した。誰にも打ち明けなかった。かつての仕事仲間からも追放された。一人になった。そんなときに出会った。コロンビアから来た金髪の出稼ぎ売春婦、DD。わがままで、金に汚い。道ばたに十円でも落ちているとすぐに拾おうとする。気分屋で、アタマも悪い。どうしようもない。そんな女に、何故かおれは惹かれてゆく。引き摺られてゆく。大薮春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞の三冠に輝く気鋭が放つクライム・ノヴェルの金字塔。


ヒートアイランドシリーズ三作目。柿沢・桃井・アキというよりも、柿沢のかつての仲間――束の間で追放されたが――関根(耕一)が主役の物語である。前半は耕一の生い立ちのせいにしたひねくれた自堕落振りにうんざりし、読み進むのが苦痛だったが、後半その耕一に持ちかけられた仕事に関わる場面になってくると次第に面白さが増してくる。アキに訪れた人を愛する人間らしい揺れと柿沢の相変わらずぶれのない冷酷無非との対比もなかなかいい。耕一がDDとの関係にどう決着をつけるのか、アキが和子とどんな関係を築こうとするのか、そして仕事に対する姿勢にどう影響するのか、興味深い点も多い。耕一が障害になりそうな予感は初めからあり、まったく否定はできないが、予想に反して見せられた男気にはいささか彼を見直しもした。それにしてもやはり報われない生業であることだ、と思わされる一冊である。

> more >>>

しょうがない人*平安寿子

  • 2011/06/17(金) 17:15:50

しょうがない人しょうがない人
(2011/05)
平 安寿子

商品詳細を見る

ネットショップ「スマイル・スマイル」のパート従業員・河埜日向子は、夫と中学生の娘がいる43歳の主婦。社長にして親友の渚左や、パート仲間と盛り上がる話題は、今まで出会った「しょうがない人」たち。―仕事、結婚、不倫、見栄、子育て、心の癒し、老後、財産などをめぐり、常連客や商売相手から、親戚、家族に至るまで、「私の事情」を盾に迫る人々を、著者ならではの軽妙なタッチとユーモア溢れる筆致で描く。


「「はいはい、あんたはエライ」」 「結婚にはつきもの」 「ドラマチックがとまらない」 「思春期モンスター」 「狸男に未来はあるか」 「スピ様、お願い」 「普通にお家騒動」「厄介な荷物」 「世界で一番しょうがない人」

要するに、日向子の周りのさまざまなしょうがない人の愚痴話である。日向子はそんなことは思ってもいないだろうが、日向子自身も実はしょうがない人のひとりのように見える。そして、日向子や「スマイル・スマイル」の社長やパート仲間の愚痴に、そうそうそうなのよ、と何度も深くうなずく自分自身も問答無用でしょうがない人の仲間入りであることを思い知らされるという仕組み(?)にもなっている。あーだこーだと愚痴をいい自分に言い訳をしながらなんとか日々をこなし、人間関係を捌いて生きていくのが人生というものなのよ、とまるで自分の愚痴を思い切り聞いてもらったような心地になる一冊である。

ばんば憑き*宮部みゆき

  • 2011/06/16(木) 14:35:09

ばんば憑きばんば憑き
(2011/03/01)
宮部 みゆき

商品詳細を見る

湯治旅の帰途、若夫婦が雨で足止めになった老女との相部屋を引き受けた。不機嫌な若妻をよそに、世話を焼く婿養子の夫に老女が語り出したのは、五十年前の忌まわしい出来事だった…。表題作「ばんば憑き」のほか、『日暮らし』の政五郎親分とおでこが謎を解き明かす「お文の影」、『あんじゅう』の青野利一郎と悪童三人組が奮闘する「討債鬼」など、宮部みゆきの江戸物を縦断する傑作全六編。


表題作のほか、「坊主の壺」 「お文の影」 「博打眼」 「討債鬼」 「野鎚の墓」

「ばんば」とは、強い恨みの念を抱いた亡者のことだそうである。どの物語もおぞましく恐ろしく足元から寒気が這い上がってくるような物語であるが、登場する江戸の人たちの暮らし向きや関わり方が慎ましいがあたたかくてほっとさせられる。見知った顔が活躍しているのを見るのもまた嬉しいものである。おぞましく惨い妖しであるが、その実を知れば哀しみにあふれていて哀れでもある。人の昏く哀しい心の溜まり場になってしまった怪異なものを問答無用に退治するだけではないのが人間らしくて救われもする。著者らしい一冊である。

ギャングスター・レッスン*垣根涼介

  • 2011/06/14(火) 07:29:10

ギャングスター・レッスンギャングスター・レッスン
(2004/06/20)
垣根 涼介

商品詳細を見る

渋谷時代、百人を擁するチームのヘッドだったアキは、チーム解散後、海外放浪を経て帰国。犯罪プロフェッショナルへの参加を決意する。そんな彼を、あらゆるクライム・テクニックを習得するための過酷な試練が待ち受けていた!大薮春彦賞・吉川英治文学新人賞・日本推理作家協会賞受賞!三冠に輝くホープが放つ、受賞第一作。


前作『ヒート アイランド』は柿沢・桃井とアキとの出会い編、といったところだったようである。今作では柿沢・桃井チームに仲間入りしたアキを筋金入りのギャングにするための過酷なレッスンの模様が描かれている。裏街道を行くギャングではあるが、プロであることの厳しさがひしひしと伝わってくる厳しさであり、たいていのことはこなせるようになったアキだが、最後に若さと経験不足ゆえの詰めの甘さが、チーム全体をとんでもない窮地に陥らせる辺りが手に汗握る綱渡り的見せ場である。アキの成長がたのしみになってしまう一冊である。

> more >>>

ヒート アイランド*垣根涼介

  • 2011/06/11(土) 13:26:58

ヒートアイランドヒートアイランド
(2001/07)
垣根 涼介

商品詳細を見る

渋谷を根城にファイトパーティーを主宰し、トップにのし上がったストリートギャング雅。頭のアキとカオルは、ある日仲間が持ち帰った大金を見て驚愕する。その金は、ヤクザが経営する非合法カジノから、三人組の男たちが強奪したものだった。金の行方を追う強奪犯とヤクザ。絶体絶命の状況を脱するためにアキとカオルが立てた作戦とは。


バイオレンス系はどうにも苦手で、初めの内は読み進めるのに苦労したが、アキとカオルの頭脳戦の様相を呈しはじめる後半は手に汗を握りながら読んだ。とても19歳とは思えない判断力、戦闘能力、リーダーシップを持つアキ。戦い向きではないが管理能力と胆力を持つカオル。使い方によっては途轍もない力を持つ二人なのに、界隈では力を持つとは言え、所詮町のチンピラ止まりにしておくのはもったいない。暴力シーンや荒んだ少年たちの姿を見るのはいささか苦だが、続編も追ってみようと思わせる一冊である。

> more >>>

失恋延長戦*山本幸久

  • 2011/06/08(水) 17:05:59

失恋延長戦失恋延長戦
(2010/03/11)
山本 幸久

商品詳細を見る

女子高生の米村真弓子は、放送部で一緒になった同級生・大河原くんに片思いの日々を送っていた。告白したいけどできない、そんな真弓子を見守っているのは犬らしくない犬・柴犬のベンジャミン。真弓子の大切な話し相手だ。そしてもう一人、真弓子を放っておかない存在が、なぜか彼女をライバル視する同級生のゲロサキこと藤枝美咲。自分の思いを口にできない真弓子に対して、我が道を突き進む、ちょっとKYな女子だ。
高一、高二、高三、そして卒業後…一途に恋心を抱きつづける真弓子。その思いにまったく気づかない大河原くん。寄り添うベンジャミン。騒ぎを持ち込むゲロサキ。やがて大河原くんには年下の彼女ができて……。
海と山に囲まれた地方の町に暮らす、まじめで奥手の女の子の、不器用で切ない日々をかろやかに描く、なんだかとっても素敵な青春ラブストーリー!!


主人公の真弓子がとてもいい。どこにでもいそうなちょっと晩熟でまじめなやさしい女子高生である。それに比べて周りを固める脇役の女の子たちはみな個性的である。なのに真弓子が埋もれてしまわないのは、大河原君に純粋に片思いするきらきらした想いと、柴犬のベンジャミンと心の中で(ときどき声に出して)会話ができてしまう愛のせいかもしれない。ラブストーリーとして読むとじれったいかもしれないが、個人的にはとても好きである。友情物語としても犬との暮らしの物語としても満足できる一冊である。ラストがあたたかく切ない。

> more >>>

虹のまちの想い出*光原百合

  • 2011/06/07(火) 17:16:09

虹のまちの想い出虹のまちの想い出
(2011/04/29)
光原 百合

商品詳細を見る

知られざる名曲を聴きながら、物語の世界を堪能する贅沢な読書体験。音楽教育界のシューベルト“ウィリアム・ギロック”の曲に魅せられた三人のアーティストが夢の共演!ピアニスト小原孝による貴重な演奏CD付き。


光原百合さんの物語、鯰江光二さんの絵、そして小原孝さんのピアノというコラボ作品である。ピアノはCDが付いていて、イメージどおりの音楽をBGMに物語を読むという贅沢に浸ることができる。それぞれが短い曲ながら、曲想はさまざまで豊かである。そしてファンタスティックな絵とゆるやかにつながっている物語とが縒り合わさってひとつの作品ができあがっている。愉しい一冊である。

三つの名を持つ犬*近藤史恵

  • 2011/06/07(火) 17:05:34

三つの名を持つ犬三つの名を持つ犬
(2011/05/17)
近藤史恵

商品詳細を見る

売れないモデルの草間都にとって、愛犬エルはかけがえのない存在だった。一人暮らしの孤独を癒してくれるだけでなく、エルとの生活を綴ったブログが人気を集め、ようやく仕事が入り始めたのだ。だが、ある日エルは死んでしまう。エルの死によって仕事を失うことを恐れた都の前にエルそっくりな犬が現れたとき、思わず都は…。人ゆえの脆さと犬への情愛ゆえに、大きな罪を背負った都を救うのは誰?大藪賞受賞作家が描く、切なくも美しいミステリー。


タイトルからどんな物語だろうと思いながら読んだが、切なくやりきれない物語だった。三つの名を持つことになった一匹の犬。表紙でもの問いたげにこちらを見ているその表情が、読み終えた後では涙を誘う。都のエルを愛する気持ちに嘘はなく、犯してしまったことはあまりにも哀しい。そこにつけこんできた千鶴の利己主義には唖然とするが、目先のことしか考えられずにそれに乗ってしまった都にはため息が出てしまう。振り込め詐欺の手先に使われていた江口らが絡み、問題は複雑になっていく。一方、都はエルに成りすまさせたササミ(元の名をナナという)をもまた心から愛するようになる。その愛が、都をどん底まで落ちるのを食い止めてくれたのかもしれない。都もササミも、そしてもしかすると江口も、未来に光が見えるようなラストにやっと気持ちが救われる。首のまわりと耳だけにふさふさと長い毛の生えた、白い子犬が、今度こそひとつの名前で呼ばれるといいと思わされる一冊である。

カウントダウン*山本文緒

  • 2011/06/04(土) 16:52:40

カウントダウン (BOOK WITH YOU)カウントダウン (BOOK WITH YOU)
(2010/10/20)
山本 文緒

商品詳細を見る

小春は漫才師になるのが夢の高校生。何をやってもカンペキにこなす梅太郎とコンビを組んで、お笑いコンテストに挑戦したけれど高飛車な美少女審査員にけなされ、散々な結果に。それでも憧れの紅実ちゃんとは次第にいいムードになって。しかも芸能プロからもスカウトの電話がかかってくる!小春の夢は現実になりそうだったけれど…。


お笑い好きの著者が二十年前に書いたものを改題し加筆修正したものということである。テレビを点ければお笑い芸人が出ていないことの方が珍しい現在でも充分新しい物語である。漫才師志望の高校生・大春小春こと、梅太郎と小春。まったく違うキャラクターのふたりだが、それぞれに違ったスタンスで漫才にも高校生活にも臨み、それぞれに違った悩みを抱えている。わかるのは、ふたりとも漫才が好きでたまらないということである。コンテストで散々な評価を下されたり騙されて痛い目にあったりするなかで、家族のありがたみにも気づいていく辺りじんとさせられる。漫才師の入り口にやっと立つか立たないかというふたりだが、いつまでも応援したくなる一冊である。

ヤングアダルト パパ*山本幸久

  • 2011/06/03(金) 17:14:33

ヤングアダルト パパヤングアダルト パパ
(2010/04/29)
山本 幸久

商品詳細を見る

夏休みもあと数日。中学2年生の静男は、生後5ヶ月の赤ん坊を負ぶり保育所を探していた。10以上年の離れた花音と恋をして、優作が生まれた。しかし彼女は幼い父子を残し、消えてしまったのだ。もうすぐ二学期が始まる。急がなきゃ。しかし、中学生の保育所探しはどこからも相手にされない。途方に暮れながらそれでも、静男は優作を守ろうとするのだが…。14歳の父、5ヶ月の息子、幼い父子の、家族物語。


タイトルからも若い父親の物語だということは判るが、あまりにも若い、若すぎる。中学二年、十四歳の父親・静男と五ヶ月の赤ちゃん・優作の物語なのだった。しかも母親は、留守勝ちの父が家政婦の代わりとして連れてきた十歳以上年上の女性であり、三週間前に出て行ったきりなのである。どう考えても設定はむちゃくちゃなのだが、さほど違和感を覚えずに入り込めるのはなぜだろう。静男の優作に向ける無条件の愛あるまなざし故かもしれない。そして責任感。両親と自分という家族関係に恵まれなかった静男の家族が離れ離れになるのは嫌だという強い思いが、周囲や読者を応援したい気持ちにさせるのだろう。現実的ではないが穏やかさと信頼にあふれた一冊である。

深泥丘奇談・続*綾辻行人

  • 2011/06/02(木) 16:55:44

深泥丘奇談・続 (幽ブックス)深泥丘奇談・続 (幽ブックス)
(2011/03/18)
綾辻 行人

商品詳細を見る

怪談専門誌『幽』創刊以来圧倒的な人気を誇る新本格の旗手・綾辻行人による連作怪談、待望の第二集。作者の分身とおぼしき小説家の日常の風景がぐにゃりと歪みはじめる前作に引き続き、作中世界の変容に拍車がかかる。
歪んでゆく世界を表現した、ブックデザイン界の鬼才・祖父江愼氏による話題沸騰の「表紙の裏表がひっくり返った」装幀には、さらにどんな仕掛けがほどこされるのか? 主人公の住む「深泥丘(みどろがおか)」の全貌は明かされるのか? 目眩(めまい)? 揺れているのは自分なのか世界なのか。人間の存在が根底から揺さぶられる、哲学的な問と奇妙な味わいをたたえた挑発的連作集。


「鈴」 「コネコメガニ」 「狂い桜」 「心の闇」 「ホはホラー映画のホ」 「深泥丘三地蔵」 「ソウ」 「切断」 「夜蠢く」 「ラジオ塔」

著者を思わせる主人公のように、目眩がしそうな物語の数々である。主人公自身の記憶も曖昧であり、ときにはほんとうの夢であり、またときには白昼夢のごときであり、現実と思しきときであってさえ一筋縄ではいかぬ歪みのただなかに在る心地なのである。おどろおどろしいながらもその向こうにまだなにか語られていないことがあって、あと一歩何かきっかけさえあればはっきりその姿が浮かび上がってくるのではないかというような、期待をこめた怖いもの見たさの気分にさせられもする一冊である。

ポリス猫DCの事件簿*若竹七海

  • 2011/06/01(水) 17:08:46

ポリス猫DCの事件簿ポリス猫DCの事件簿
(2011/01/20)
若竹 七海

商品詳細を見る

島に一人の駐在は、今日もてんてこまい。神奈川県の盲腸と呼ばれる葉崎半島の先、30人ほどの人間と100匹を超える猫が暮らす猫の楽園、通称、猫島。厄介ごとは次々起こるものの、対処するのは島にある派出所に勤務する七瀬晃巡査ただ一人。そして目つきの悪い巨大なドラ猫こそ、七瀬唯一の同僚、ポリス猫DC。DCの推理は今回も冴えるのか? コージーミステリの名手、若竹七海の葉崎シリーズ待望作!!


葉崎シリーズである。猫島である。猫島臨時派出所勤務のおまわりさん・七瀬晃と星章入りの首輪をつけたポリス猫DCのドタバタ大活躍である。今回も愉しい。しかしまあこの猫島、よくもこれだけ日々なにかしらトラブルが起きているものである。しかもたいていは外から持ち込まれた物や入ってきた人によってもたらされるものである。島に一人しかいないおまわりさんとしての七瀬の忙しさは並大抵ではない。お風呂には入れなかったり昼食を食べ逃したりすることは日常茶飯事なのである。そんななか、ポリス猫DCが要所要所で事件の鍵を嗅ぎ当て、ヒントを示唆してくれるのが見所である。なかなか鋭い猫なのである。そしてそのヒントを推理から謎解きにつなげる七瀬もまた目立たないながら敏腕なのである。実はすばらしいコンビなのだ。文句なく愉しめる一冊である。
ところでポリス猫DCの「DC」ってなんの略?どこかに出てきていただろうか。ドラキャット……かな?気になる。