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とっておき名短篇*北村薫 宮部みゆき編

  • 2011/07/31(日) 16:49:56

とっておき名短篇 (ちくま文庫)とっておき名短篇 (ちくま文庫)
(2011/01/08)
不明

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「しかし、よく書いたよね、こんなものを…」と北村薫に言わしめた、とっておきの名短篇!穂村弘「愛の暴走族」、川上弘美「運命の恋人」、戸板康二「酒井妙子のリボン」、深沢七郎「絢爛の椅子」、松本清張「電筆」、大岡昇平「サッコとヴァンゼッティ」、北杜夫「異形」など、目利き二人を唸らせた短篇が勢揃い。


第一部
「愛の暴走族」穂村弘 「ほたるいかに触る」蜂飼耳 「運命の恋人」川上弘美 「壹越」塚本邦雄

第二部
「一文物語集」より『0~108』飯田茂実

第三部
「酒井妙子のリボン」戸板康二 「絢爛の椅子」深沢七郎 「報酬」深沢七郎 「電筆」松本清張 「サッコとヴァンゼッティ」大岡昇平 「悪魔」岡田睦 「異形」北杜夫

解説対談――しかし、よくかいたよね、こんなものを  北村薫・宮部みゆき

全体を通して怖い、という印象である。それぞれ怖さは異なるのだが、愛も情熱も想いもそれぞれにある境界線を超えてしまうとたちまち怖くなると思い知らされるような一冊である。怖がらせようとして書かれていないものほど足元から這い上がってくるような、心臓にちくりと針を刺されたような怖さがあるように思う。編者おふたりの解説対談も興味深い。

キミは知らない*大崎梢

  • 2011/07/30(土) 13:45:35

キミは知らないキミは知らない
(2011/05)
大崎 梢

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先生、本当のことを教えて。何で私の前に現れたの?研究者だった亡父の手帳を渡した直後、突然姿を消した先生。ほのかに想いを寄せていた高校2年の悠奈はたまらず後を追う。ところが再会したのは穏やかな先生とは別人のような鋭い眼差しの男。さらに悠奈の前に、「お迎えにあがりました」と謎の男たちが現れて―。


5歳のときに火事で父を亡くしてはいるが、ごく普通の高校生活を送っていた悠奈。ある日図書室で父の著書を手にしている数学の非常勤講師・津田先生と出会い、父のことや悠奈の名前のことやあれこれ話をするようになる。だが先生は実家の事情とかで急に学校を辞めてしまったのだった。中途半端な思いを胸に住所だけを頼りに津田の郷里を訪ねた悠奈は、とんでもないことに巻き込まれることになる。
平凡な高校生活と古からの神事にまつわる大家同士の対立や勢力争いというギャップにまず驚かされる。そして、渦中の人たちの自分の都合のいいように物事を解釈する身勝手さに呆れ、だれを信じたらいいのかわからなくなる。津田先生だけは、と思っていたのにそれさえ裏切られそうになった時の悠奈の絶望はいかばかりだっただろうか。それでも自分の頭で考えることのできる悠奈はやはり強い女の子なのだろう。ラストのその後を想像するとあたたかい心持ちになる一冊である。

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ばらばら死体の夜*桜庭一樹

  • 2011/07/29(金) 17:03:18

ばらばら死体の夜ばらばら死体の夜
(2011/05/02)
桜庭 一樹

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2009年、秋。翌年6月から施行の改正貸金業法がもたらすのは、借金からの救済か、破滅か―四十過ぎの翻訳家、吉野解は貧乏学生の頃に下宿していた神保町の古書店「泪亭」の二階で謎の美女、白井沙漠と出会う。裕福な家庭に育った妻とは正反対の魅力に強く惹かれ、粗末な部屋で何度も体を重ねる。しかし、沙漠が解に借金を申し込んだことから「悲劇」の幕があがる―。


さみしく孤独な物語である。沙漠こと美奈代も解(さとる)も古書店主の佐藤さんも、重すぎる人生を送っているはずなのだがどういうわけか実体が感じられない。気怠く流されて人生を漂っているようにしか見えないのである。自分自身を生きていないとでも言うのだろうか。借金苦が根底にあるようでもあるが、そうなるまでの人間としての本質の問題であるようにも思える。胸に大きく真っ暗な穴がぽっかり開いたような空虚さに囚われそうになる一冊である。

トッカン―特別国税徴収官*高殿円

  • 2011/07/26(火) 19:06:27

トッカン―特別国税徴収官―トッカン―特別国税徴収官―
(2010/06/24)
高殿 円

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税金滞納者から問答無用で取り立てを行なう、みんなの嫌われ者――徴収官。そのなかでも、特に悪質な事案を担当するのが特別国税徴収官(略してトッカン)だ。東京国税局京橋地区税務署に所属する、言いたいことを言えず、すぐに「ぐ」と詰まってしまう鈴宮深樹(通称ぐー子)は、冷血無比なトッカン・鏡雅愛の補佐として、今日も滞納者の取り立てに奔走中。 納税を拒む資産家マダムの外車やシャネルのセーター、果ては高級ペットまでS(差し押さえ)したり、貧しい工場に取り立てに行ってすげなく追い返されたり、カフェの二重帳簿を暴くために潜入捜査をしたり、銀座の高級クラブのママと闘ったり。 税金を払いたくても払えない者、払えるのに払わない者……鬼上司・鏡の下、ぐー子は、人間の生活と欲望に直結した、“税金”について学んでいく。         
仕事人たちに明日への希望の火を灯す、今一番熱い職業エンターテインメント!


1 死神と葬式女  2 美しき銀座の滞納者  3 ガールズ・ウォー  4 女のオトシマエ  5 イッツ・マイワーク

ありがちな設定、予想通りの筋立て、どこかで見たことのあるお話――有川浩さんの『図書館戦争』とか――の税務署版という感じではあるが、キャラクターもひとつひとつの事例も面白かった。なにより主人公・ぐー子の未熟さゆえの思い込みやがむしゃらさが微笑ましく、自分の足りなさを素直に認めながらも、物語が進むにつれて少しずつ成長していく姿にたくましささえ感じてしまうのである。続編では鏡との関係が発展するのかどうかも気になるところである。たのしみなシリーズになりそうな一冊。

私のいない高校*青木淳悟

  • 2011/07/24(日) 16:50:20

私のいない高校私のいない高校
(2011/06/14)
青木 淳悟

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カナダからの留学生(でも英語が苦手)を受け入れた、とある高校での数ヵ月―。描かれるのは至ってフツウの学園生活のはずなのに、何かが、ヘン…。“物語”の概念を覆す、本邦初「主人公のいない」青春小説。


自分の中にある「小説」というものの定義を当てはめて読んではいけない一冊である。センセーショナルな事件が起こるわけでも、謎解きがあるわけでもなく、もどかしい恋愛も愛憎劇も、心あたたまるエピソードがあるわけでもない。ブラジル出身のカナダからの留学生ナタリー・サンバートンを迎え入れたある高校の日常が、担任教師の覚え書きのような日誌のような形式で綴られているだけなのである。ほんとうにそれだけなのである。留学生とクラスメイトたちとの交流も、担任教師の目に見える範囲でさらりと現象のみに触れている程度であるし、特定の誰かの心情が深く描かれているわけでもない。日々の時間割とか、留学生にどんな対応をすべきかという試行錯誤とか、学校行事の進行具合などが、どれも淡々とした表情で並んでいる。面白いのかどうかよくわからないというのが正直な感想なのだが、不思議ななにかに引っ張られるような気もするのがますます不思議である。

ちょちょら畠中恵

  • 2011/07/23(土) 14:01:27

ちょちょらちょちょら
(2011/03/22)
畠中 恵

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兄上、なぜ死んでしまったのですか?千穂殿、いま何処に?胸に思いを秘め、困窮する多々良木藩の留守居役を拝命した新之介。だが―、金子に伝手に口八丁、新参者には、すべてが足りない!そして訪れた運命の日。新之介に、多々良木藩に、明日はくるか。


著者の創り出す物語にはハズレがない。またもや面白く痛快な江戸物語である。今回の主人公は新米の江戸留守居役・新之助である。前役の兄・千太郎はなににつけても優秀で、新之助とは大違いだったが、理由も明かさず自刃してしまい、少々出来の悪い――と自分では劣等感の塊である――新之助にお役が回ってきたのである。ほかの藩の先達の留守居役たちにいいように弄ばれつつ大切なことを身を持って教わり、なんとかかんとか日々の仕事をこなしている新之助だったが、ある日印旛沼のお手伝い普請が言い渡されそうだという――大金がかかるため貧乏藩の浮沈に関わる――問題に直面し、新米なりに頭を絞って策を練るのだが…。先達の留守居役たちとの荒っぽい中にも実のある交流に苦笑しつつもほのぼのとし、「甘露の集い」のおいしそうなお菓子の描写に唾を飲み込み、八面六臂の働きが要求される江戸留守居役の仕事に感心し、ページの隅々にまで興味が尽きない一冊だった。

#「ちょちょら」とは、弁舌の立つお調子者。いい加減なお世辞。調子の良い言葉。
 東京道出版 江戸語辞典より

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イオニアの風*光原百合

  • 2011/07/21(木) 13:34:28

イオニアの風イオニアの風
(2009/08)
光原 百合

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偶然のいたずらで“意志”を得た人間たちは、長きにわたり互いに争い血を流し続けていた。時に罰し、時に救い、人間の歴史に介入してきたオリュンポスの神々は、ついに、人間に三つの試練を与え自らの道を選ばせることを決める。運命が用意した試練は、トロイア戦争を巡るふたつ。そして、強大な魔物を巡るひとつ―。人間の未来を拓くため、最後にして最大の難関に挑む、英雄の子テレマコスと美しき吟遊詩人ナウシカアの運命は!?神々の時代から人間の時代へと移りゆく世界を舞台に描く、壮大な愛と冒険の物語。


ギリシャ神話に特段の興味があるわけではないので、読みはじめてからしばらくの間は実は、いつ本を閉じようかと思いながらの読書だった。だが、読み進むうちにいつしか気づかないうちに物語の中に惹きこまれていたようで、ページを繰る手が止まらなくなっていたのだった。神々の駆け引きも興味深いし、テレマコスとナウシカアの素直とは言えない者同士の恋の行方――有川浩さんが書きそうである――にも、ふたりを阻む幾多の試練とちょこちょこ顔を出す神たちの人間(?)らしさがなんとも言えず興味深いのである。壮大でありながらとても身近に感じられる一冊だった。

そこへ行くな*井上荒野

  • 2011/07/19(火) 13:52:23

そこへ行くなそこへ行くな
(2011/06/24)
井上 荒野

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夫婦同然に暮らしてきた男の秘密を知らせる一本の電話(『遊園地』)。バスの事故で死んだ母はどこへ行こうとしていたのか(『ガラスの学校』)。中学の同窓生達が集まったあの部屋の、一夜(『ベルモンドハイツ401』)。「追っかけ」にあけくれた大学生活、彼女の就職は決まらない(『サークル』)。引っ越し先の古い団地には、老人ばかりが住んでいた(『団地』)。貸しグラウンドの女事務員が、なぜ俺の部屋を訪ねて来るのか(『野球場』)。母の入院先に、嫌われ者の同級生も入院してきた(『病院』)。行くつもりはなかった。行きたくもなかった「場所」へ―全七編収録。


タイトルが秀逸である。「そこへ行くな」と言われても――言われるが故かもしれないが――吸い寄せられるようにいつのまにかそこへ行くしかなくなってしまうようなことが、生きているとどれほど多くあることか。行くまい、行くまいと思うほどにがんじがらめにされてゆくのである。頭では行ってはいけないと判っているのに、である。その場所には自分にとって良いことなどひとつもないことも充分過ぎるほどわかっているのになお、である。なんと恐ろしい七編であろうか。目を瞑ろうとしてきたことをつい凝視してしまいそうになる一冊である。

なぎなた―倉知淳作品集―*倉知淳

  • 2011/07/18(月) 06:52:36

なぎなた (倉知淳作品集)なぎなた (倉知淳作品集)
(2010/09/29)
倉知 淳

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著者デビュー後、16年のあいだに書かれたノンシリーズ・ミステリ全短編を収録するファン垂涎・必携の作品集、二巻本その1。
完璧だったはずの殺人計画を徐々に崩壊へと導いてゆく、“死神”を思わせる風貌の警部。米大統領選挙の熱狂の最中、勃発したひとつの殺人事件。謎は、消え去った三発の銃弾。たくらみに満ちたミステリ・ワールド、「運命の銀輪」「闇ニ笑フ」「幻の銃弾」など七編を収録。


「運命の銀輪」 「見られていたもの」 「眠り猫、眠れ」 「ナイフの三」 「猫と死の街」 「闇ニ笑フ」 「幻の銃弾」

アンソロジーで既読のものもあったが、久々にまとめて著者の作品を読めたのがなにより嬉しかった。死神のような乙姫刑事はシリーズ化されたらとても嬉しい。もっともっと読みたい。一作ずつにつけられたあとがきも贅沢である。倉知淳を堪能した一冊。作品集2の『こめぐら』もたのしみ。

遠い足の話*いしいしんじ

  • 2011/07/17(日) 06:33:32

遠い足の話遠い足の話
(2010/10)
いしい しんじ

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住んでいた町、住んでいる町、住むかもしれない町。直島、高野山、大阪、天草、東京、NY、松本…そして京都。なにかに導かれるように巡り歩いた、「遠足」の記録。


「遠い足」とは「遠足」のことだったか、といまさらながらに思ったことである。「い」があるとないとでは趣がたいそう異なる。これはエッセイなのだが、いしいしんじという作家が語ると連綿とつながり運命づけられてきた生きてきてこれからも生きていく道のりのように感じられる。大いなるなに者かの手によって紡がれる途中のタペストリーを見ているようでもある。自分の来し方を振り返りたくなる一冊である。

不思議の扉―ありえない恋―大森望・編

  • 2011/07/14(木) 20:15:07

不思議の扉   ありえない恋   (角川文庫)不思議の扉   ありえない恋   (角川文庫)
(2011/02/25)
大森 望

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古今東西、不思議な味わいをもつ短編小説の中から、本読みのプロがすすめるベストはこれ。シリーズ第3弾のテーマは「ありえない恋」。庭のサルスベリが恋したり、愛する妻が鳥になったり、腕だけに愛情を寄せたり―。奇想天外なラブストーリー。


「サルスベリ」梨木香歩  「いそしぎ」椎名誠  「海馬」川上弘美  「不思議のひと触れ」スタージョン  「スノードーム」三崎亜記  「海を見る人」小林泰三  「長持の恋」万城目学  「片腕」川端康成

既読のものもいくつかあったが、こうして「ありえない恋」という括りで並べられているのを見ると、また格別な趣である。不思議度も増す。「ありえなさ」という点ではどの物語も甲乙つけがたいが、背筋に冷たいものが這い上る心地にさせられるのは「いそしぎ」と「片腕」だった。扉を開けてしまった心地の一冊である。

太陽の坐る場所*辻村深月

  • 2011/07/13(水) 19:59:50

太陽の坐る場所太陽の坐る場所
(2008/12)
辻村 深月

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高校卒業から10年。クラス会に集まった男女の話題は、女優になったクラスメートの「キョウコ」。彼女を次のクラス会へ呼び出そうともくろむが、「キョウコ」と向かい合うことで思い出される、高校時代の「幼く、罪深かった」出来事―。よみがえる「教室の悪意」。28歳、大人になってしまった男女の想いを描き、深い共感を呼び起こす傑作ミステリー。辻村深月の新境地。


地方の高校の同級生の十年後の物語である。高校二年と三年を同じ教室で過ごしたクラスメイトも、卒業後、地元に残った者あり、東京に出た者あり、結婚した者、女優になった者、地元テレビ局のアナウンサーになった者と、さまざまである。毎年クラス会として集まるたびに高校時代の残酷な罪深さを再認識することになるのである。高校時代と現在との印象がどうも合致しない人がいてずっと気になって仕方がなかったのだが、そういうからくりだったのか。そこが腑に落ちると物語りはがらりと様相を変える。その辺りは確かに面白かったが、内容にはさほど目新しさを感じられなくて、いささか残念でもある。映像化が不可能という点では面白い一冊である。

追悼者*折原一

  • 2011/07/12(火) 17:09:40

追悼者追悼者
(2010/11)
折原 一

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浅草の古びたアパートで発見された女の絞殺死体。被害者は大手旅行代理店のOLだが、夜になると街で男を誘っていたという。この事件に興味を抱いたノンフィクション作家が彼女の生い立ちを取材すると、その周辺に奇妙な事件が相次いで起きていたことが分かる。彼女を殺したのは誰か?その動機は?「騙りの魔術師」折原一が贈る究極のミステリー。


昼間は有能なOL、夜は春を売る女、というに面性を持つ女性・奈美が殺された。マスコミはスキャンダラスに報道し、興味本位の視聴者を煽るのだった。そんななか、何人かのノンフィクションライターがこの事件に目をつけ、取材をはじめる。物語はライターたちが彼女の周りの人びとに奈美の生き様を取材した内容が資料のように並べられるという形になっており、ライターのひとり笹尾時彦の目線で描かれているのだが、ときどき思わせぶりに謎の語りが入り興味をそそる。ラストは、そうだったのか、と腑に落ちる思いだが、あんなことでこんな流れができてしまうのか、と背筋が寒くなる心地である。途中何度か真犯人がわかりそうでわからないもやもや感があったが、大筋では間違っていなかった一冊である。

あなたがいる場所*沢木耕太郎

  • 2011/07/09(土) 16:34:14

あなたがいる場所あなたがいる場所
(2011/04)
沢木 耕太郎

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理不尽なイジメに苦しむ少年が出会った、赤く染まる白い鳩。家族の在り方に戸惑う少女を奮い立たせた、一台のピアノ。事故で娘を亡くした父親の苦しみを断ち切らせた、片腕のない男。バスを降りたその街で、人々は傷つき憂えながら、静かに痛みを超える。九つの物語が呼び覚ます、あの日の記憶―。深い孤独の底に一筋の光が差し込む、著者初の短編小説集。


初の短編集だそうである。どの物語もやさしくわかりやすい。そして、どんなに哀しく切なくても最後には光を見せてくれる。それがたとえほんの微かなものだとしても。人の真心を信じられる一冊である。

歌舞伎町セブン*誉田哲也

  • 2011/07/08(金) 18:42:16

歌舞伎町セブン歌舞伎町セブン
(2010/11)
誉田 哲也

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冬のある日、歌舞伎町の片隅で町会長の高山が死体で発見された。死因は急性心不全。事件性はないはずだった。だが、これを境に、この街の日常はなにかがずれ始めた。それに気づき、手探りで真相を追い始めた人間たちが、必ずぶつかる「歌舞伎町セブン」とは何を意味するのか。そして、街を浸食していく暗い狂気の正体とは―。


『ジウ』の番外編、のような物語である。舞台はもちろん新宿歌舞伎町。
町会長・高山の死をきっかけに、歌舞伎町の過去が何者かによって故意に蒸し返され、静かに暮らしていくつもりだった陣内を渦の真ん中に引きずり出すことになったのだった。かつての歌舞伎町セブンの成り立ちや行いの説明が多く、思わぬ残党の登場に歌舞伎町セブンの崩壊の真実を知り愕然とさせられるが、それにしてはキョウやマサがあまりにもあっけなく片づいてしまったのには驚いた。新宿署の東警部補との決着もついていないままだし、新生歌舞伎町セブンの本格的始動へのプロローグ的な一冊なのだろうか。そうだとすれば納得できる。かつての歌舞伎町セブンに比べれば素人臭くはあるが、それゆえどんなことが起こるのかたのしみでもある。続編が待たれる一冊である。

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猫と妻と暮らす―蘆野原偲郷―*小路幸也

  • 2011/07/06(水) 19:04:01

猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷
(2011/06/16)
小路幸也

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大学で研究する和弥は、恩師の娘を嫁に貰った。ある日、帰宅すると妻が猫になっていた。実は和弥は、古き時代から妖(あやかし)に立ち向かう蘆野原(あしのはら)一族の若き長。幼馴染みで悪友の泉水と、猫になった娘とともに、文明開化の世に出没する数々の災厄を防いでいく。陰陽師や祓師のような力を持つ主人公と悪友との軽妙なやりとり、猫になったときの記憶がない美しい妻との叙情的な日常を、丹念な筆致で描く幻想小説。


タイトルからはもっとのんびりほのぼのとした物語のように想像していたが、いやいや実に奥の深い物語だった。蘆野原の長筋である和弥と、幼馴染で見立て役の美津濃泉水とで妖に立ち向かう物語なのでおどろおどろしくもあるのだが、肝心の長筋の和弥には妖が観えず、それでも的確に事を為す、「観えずに為す」という姿勢が読者の緊張をすっといなして日常から遊離せずに物語を見せてくれるような気がするのである。そして和弥の妻・優美子である。彼女の果たす役割はとても大きいが、本人には果たして自覚があるのだろうか。どちらにせよ、素敵な女性である。なにやら大きな流れにのっているような厳かな心持になる一冊である。

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デカルコマニア*長野まゆみ

  • 2011/07/04(月) 07:00:26

デカルコマニアデカルコマニア
(2011/05)
長野 まゆみ

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21世紀の少年が図書室で見つけた革装の古書には、亀甲文字で23世紀の奇妙な物語が綴られていた。200年後のあなたに届けたい、時空を超えた不可思議な一族の物語。


初めの数ページはもったいぶったようで、もうやめようかと思うほどだった。ただ、それがこの物語の持ち味だということもわかったので、もう少し堪えて読み進めることに。基本的には「デカルコ」(よく知られた言葉で言えばタイムマシンである)で、20世紀から23世紀の時空を行き来する一族の物語なのだが、その時代その時代で展開される物語がまたそれぞれに複雑に絡み合っているので、混乱することこの上ないのである。むずかしい。だが、読み進めるうちに次第に法則(のようなもの)がわかってくると、ははぁこの人物はおそらくあの人物と・・・・・・というのがうっすらと見えてくるので読み解く愉しみも出てくるのである。それにしても、250年に亘る物語なので登場人物も多いのだが、ほんとうのところは一体何人出てきたのだろう。思いのほか少ないことは確かである。デコラティブな飾り文字でかかれた暗号のような一冊である。

ボーダー*垣根涼介

  • 2011/07/01(金) 17:23:05

ボーダー―ヒートアイランド〈4〉ボーダー―ヒートアイランド〈4〉
(2010/04)
垣根 涼介

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渋谷でのあの事件から3年。チームを解散し、別の道を歩み始めていたアキとカオル。ところがある日、カオルは級友の慎一郎が見に行ったイベントの話を聞いて愕然とする。それはファイトパーティーを模したもので、あろうことか主催者は“雅”の名を騙っていたのだ。自分たちの過去が暴かれることを恐れ、カオルはアキに接触するが―。


ヒートアイランドシリーズ四作目。
やっとカオルのその後がわかって嬉しい。Amazonの書評では散々な言われようだが、さらに続編を期待する身としては必要な物語であると思う。なにより往年の――と言うにはふたりとも若すぎるが――アキとカオル、そして雅の一夜限りの復活が懐かしかった。『午前三時のルースター』の中西慎一郎にも思いがけない場所でまた会えたし、中西兄妹が意外なところで絡んできたのもなかなかよかった。ただ、柿沢と桃井が、いくら一度くらい顔を見られたからといって素性を突き止められることはないとはいえ、人目につきすぎているのがいささか気になるところではある。これから何かまずいことに巻き込まれそうな予感がするのである。続編があれば、の話だが。次につながる一冊だと思っていいのだろうか。