人はお金をつかわずにはいられない

  • 2011/12/31(土) 19:41:55

人はお金をつかわずにはいられない人はお金をつかわずにはいられない
(2011/10/25)
久間 十義、朝倉 かすみ 他

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好評の日経電子版小説シリーズ第2弾! 今回の短編競作テーマはお金。生きるためには稼がなくてはならない。では何のためにつかうのか。欲望を満たすため? それとも......お金がまったく別の生きもののように見えてきます。


「グレーゾーンの人」 久間十義  「おめでとうを伝えよう!」 朝倉かすみ  「誇りに関して」 山崎ナオコーラ  「人間バンク」 星野智幸  「バスと遺産」 平田俊子

サラ金で働く人、SNSのアプリゲームに嵌る人、自分のためにお金を使うことに後ろめたさを感じる人、お金の価値に現実味を感じられない人、身内としっくりいかず親の遺産をごまかされる人。さまざまな状、さまざまな形でお金に拘る人たちの物語である。なるほどな、と思わされることもあり、その感覚はわかる、と頷かされたり、あるある、と思ったり、いろいろであるが、星野氏の人間センターというコミュニティのあり方が、新興宗教のにおいがして怖くて、だが物語としてはおもしろかった。お金のことについてちょっぴり考える一冊である。

探偵Xからの挑戦状! season2

  • 2011/12/29(木) 16:43:53

探偵Xからの挑戦状! season2 (小学館文庫)探偵Xからの挑戦状! season2 (小学館文庫)
(2011/02/04)
辻 真先、井上 夢人 他

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NHK総合テレビで昨秋放送されたミステリドラマ「探偵Xからの挑戦状 Season2」のために人気作家が書き下ろしたミステリ小説を一冊の文庫に収録。★自殺志願者5名が謎の孤島に集められた。一体誰が何のために?(辻真先『嵐の柩島で誰が死ぬ』)★アパートで大学生が自殺。警察は住人による殺人を疑うが……。(近藤史恵『メゾン・カサブランカ』)★暗殺者養成学校の卒業試験は殺し合い。勝ち進み最終課題に臨むのは誰か?(井上夢人『殺人トーナメント』)★近未来、犯罪捜査は容疑者の記憶を映像化できるまでに進化していたが……。(我孫子武丸『記憶のアリバイ』) 謎が凝縮した「問題編」を読んで、謎解きと犯人当てに挑戦しよう!


前半にまず問題編があり、後半に解決編が配されている。挑戦されるとやはり普段以上にあれこれチェックしながら読み進めることになって、探偵気分の読書タイムであった。それぞれ事件にも謎にも趣向が凝らされているが、井上夢人氏のパズルのような謎解きがおもしろかった。なるほどなぁと感心させられる一冊である。

誰にも書ける一冊の本*荻原浩

  • 2011/12/28(水) 19:10:14

誰にも書ける一冊の本 (テーマ競作小説「死様」)誰にも書ける一冊の本 (テーマ競作小説「死様」)
(2011/06/18)
荻原浩

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「私」は、アルバイトと自分を含めて五人の広告制作会社を営んでいる。広告業のかたわら小説を書き、二冊の本を出している。会議中に、母親から電話があった。入院している父親の容態が悪くなり、医者から、会わせたい人は今のうち呼ぶように言われたという。函館に飛ぶ。父は、生体情報モニタという機械に繋がれていた。父とは不仲だったわけではないが、男同士で腹を割った話をした経験も、二人きりの親密な体験をした記憶もない。母から原稿用紙の束を渡された。父が書いていたものだという。本にしたくて、専門家のお前に意見を聞きたいんじゃないかと。父は八十年間、北海道で暮らしていた。出世したとは言い難い会社員、見合い結婚、子どもは「私」と妹の二人。平凡な人生を綴ったであろう厚さ四、五センチの原稿を息子以外の誰が読みたがるだろう。読み始めた。少年時代に羆の一撃を食らい、祖父とのニシン漁で学資を稼ぎ、北大文学部の英文科を目指すところまで読んだ時点で、父は事切れた。すべて初めて知ることばかりであった。最初は、素人が陥りやすい自慢話と思ったが、その後創作と思うようになる。葬儀まで暦の関係で日にちが空き、物言わぬ父の傍らで読み終えた。そして葬儀の日、すべては明らかになった……。  一人の人間が死した後に厳然と残り、鮮やかに浮かび上がってくるものとは。


「死様」というテーマの競作のなかの一冊のようである。ほかには、佐藤正午、白石一文、土居伸光、藤岡陽子、盛田隆二各氏が参加している。
父の死に接し、父が残した自伝のような原稿を読む息子である「私」は、生きているころには聞けなかった、聞こうともしなかった父の生き様をじっくりと知っていくことになる。戦争を体験し、北海道に移民として入植して並々ならぬ苦労をしてきたひとりの男の人生の重みが胸にずっしりと訴えかけてくるようである。校正しながら読み進み、自費出版でもしてやろうというつもりで読み始めた「私」も、いつしか惹き込まれ、読み終える頃にはそんな気持ちはなくなっていたのだった。これは、自分と母と妹が読めばそれでいい。そう思えるようになったのである。そして迎えた葬儀当日は、雪に降り込められ一面白い世界であった。争議会場となる自宅へ向かってやってくる人々の顔を見たとき、「私」は父の人生の宝を目の当たりにしたような心地だったのだろう。ひとりの人間の歴史を感じさせられる一冊である。

東京ピーターパン*小路幸也

  • 2011/12/27(火) 18:39:04

東京ピーターパン東京ピーターパン
(2011/10/26)
小路 幸也

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印刷所の平凡なサラリーマン、石井和正、34歳。元・伝説のギタリストで、ホームレスの“シンゴ”、60歳。メジャーを夢見るバンドマン、“コジー”こと小嶋隆志26歳。寺の土蔵に引きこもりの高校生・田仲聖矢16歳と、その姉・茉莉26歳。「人を、撥ねてしまったんです」石井が起こした事故により、5人のセカイが交わるとき、物語が動き出す。小路幸也が贈る、ラブ&ミュージックな大人の青春小説。


2011年6月30日、22:52、誰だかわからない人物が車で人を撥ね、そのまま逃げた。その後につづくのは、年齢も職業も交わるところのない無関係な人びとの6月30日の様子である。辛うじて共通するのは音楽が好きだということ。冒頭のひき逃げとそれにつづく数人の人生、どこでどうつながるのか――あるいはつながらないのか――、興味津々で読み進める。ロックの神様といまも呼ばれる宮下ジロウと組んでいたギタリスト・シンゴ――いまはホームレスになっている――もキーのひとつになっているので、交わるとすればロックだろうと見当がつくが、一体どこでどうやって出会うのだろう、というのは想像もつかない。それがひとりの引きこもり高校生とその姉によって、いとも簡単に実現してしまうのである。それが6月30日、23:50のこと。それからの夢のような展開は一夜限りだからこその輝きだったのだろうか。もったいないような気がするが、きっとだれにとっても最良の選択だったのだろう。すべてが終わったのは、2001年7月1日の明け方である。たった一晩のこととは思えない充実ぶりである。胸躍る夢を見せてもらったような一冊。

ぐるぐる七福神*中島たい子

  • 2011/12/26(月) 07:41:53

ぐるぐる 七福神ぐるぐる 七福神
(2011/10/20)
中島 たい子

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恋人なし、お金なし、趣味もなし――。派遣社員で人嫌いな主人公船山のぞみ32歳。街で偶然あった知人に、元カレのインドでの客死を聞き、さらに落ち込む日々を暮らす彼女だが、入院した祖母の家で見つけたご朱印の書かれた色紙を見つける。七福神のご朱印が揃ったはずの色紙には、しかし六つの神までしか書かれておらず、のぞみは祖母の快復を祈願し欠けている一つ「寿老人」を埋めるべく七福神めぐりをはじめるが――。 谷中、武蔵野、日本橋、港、亀戸、浅草。下町情緒あふれる町並みから、寺社の存在を忘れるような近代的な街まで、さまざまな街を足で歩いていくなかで、普段の忙しい生活では気づき得なかった東京の新しい魅力が見えてきて、のぞみの傷つき閉ざされた心も少しずつ変化があらわれる。その中で死んだはずの恋人・大地の新しい情報も見えてきて……。 ひっそりとたたずむ寺社とその周囲に残されて都会とは思えない木々や花々の自然、門前の商店街のグルメや人情など、歩く速度でしか見えない、東京の古くて新しい魅力を再発見しつつ、ひとりの女性の再生の軌跡を、爽やかかつユーモアのある筆致で綴る“新感覚プチロード小説”。


自分と関わった人の運命を悪い方へ変えてしまうのではないか、という思いから人付き合いを敬遠してきた船山のぞみ。祖母の入院がきっかけで、寿老人の御朱印を求めて七福神めぐりをすることになる。谷中、武蔵野、日本橋、湊、インド、亀戸、浅草と、地図までついて、のんきな七福神巡りガイドブックのような趣でもあるが、実は内容は結構シビアなのである。七福神めぐりが縁で知り合った人や、古い友人などを巻き込み、彼らの思わぬ側面を発見したり、事の真相を知らされ拍子抜けしたり、うまい具合に御朱印をいただけずに困惑したりしながら、次第に当初の目的とはいささか違った意味で七福神をめぐるようになっていくのだ。ラスト一章はキャスト勢揃いのにぎやかな七福神めぐりであるが、そこで得た自分なりの答えは、これからののぞみを必ずや前向きにしてくれることだろうと思わされる。七福神巡りもさることながら、出てくる食べ物も魅力的な一冊である。

銀色の絆*雫井脩介

  • 2011/12/25(日) 18:48:53

銀色の絆銀色の絆
(2011/11/10)
雫井 脩介

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栄光を勝ち取るか、無残に打ちのめされるか、これはもう遊びではないのだ――。
夫の浮気が原因で離婚、娘の小織とともに実家のある名古屋へと転居し、無気力な日々を送っていた藤里梨津子だったが、フィギュアスケートの名コーチに小織の才能を見出され、娘を支えることに生きがいを感じ始める。
「藤里小織の最大の伸びしろは、あなたにあると思ってます」とのコーチの言葉に、娘のためにすべてを懸ける決意をする梨津子。スケートクラブ内の異様な慣習にとまどい、スケート費用の捻出に奔走し、さらには練習方針をめぐってコーチとの間で軋轢が生じるのも厭わず、娘のことだけを考えてクラブの移籍を強引に進める――そんな母の姿に葛藤を覚える小織ではあったが、試合での成績も次第に上がっていき、やがて……。母娘の挑戦は、実を結ぶのか?
母と娘の絆をテーマにした、著者渾身の長編小説。
『犯人に告ぐ』『クローズド・ノート』をしのぐ興奮と感動!


フィギュアスケートの世界の物語である。少女時代のスケート三昧の毎日のことを、スケートをやめて大学生になった小織が友だちとアパートの部屋で飲みながら語り合う、という趣向なので、物語は過去と現在を行ったり来たりする。読者は小織の現在をわかりながら、過去の期待を背負った小織の日々を見ることになるのだが、それでもその場その場ではらはらしながら、手に汗を握りながら、母・利津子になった心地で入れ込んでしまう。折りしもテレビでは女子フィギュアの全日本選手権大会を放映しており、出場選手たちの演技を観ていると、物語のリアル感も更に増す。そして、小織と同い年の花形選手・希和の母が病で亡くなるなど、どうしても現実とオーバーラップしてしまうのである。フィギュアスケートの世界の厳しさや、渦中にいる少女たちの、そしてリンクサイドの母親たちの葛藤や悩み、スケート以外の生き方のことなど、さまざまに考えさせられる一冊だった。

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探偵ザンティピーの休暇*小路幸也

  • 2011/12/22(木) 19:08:28

探偵ザンティピーの休暇 (幻冬舎文庫)探偵ザンティピーの休暇 (幻冬舎文庫)
(2010/10/08)
小路 幸也

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マンハッタンに住むザンティピーは数カ国語を操る名探偵。彼のもとに、日本人と結婚した妹・サンディから「会いに来て欲しい」と電話があった。嫁ぎ先の北海道の旅館で若女将になった妹の言葉を不審に思いながら、日本に向かった彼が目にしたのは、10年ぶりに目にする妹の姿と人骨だった―!謎と爽快感が疾走する痛快ミステリ。書き下ろし。


主人公のザンティピーはアメリカ人探偵なのだが、作中では映画「男はつらいよ」に影響された日本語を話すので、北海道の田舎町でも問題なく周囲と意思の疎通ができ、歓迎されているのである。旅館の主に嫁いだ妹と久しぶりに会い、のんびりと休暇を過ごすはずだったのだが、妹・サンディに持ちかけられた相談で俄かに不穏な休暇になってしまう。過去の事情や言い伝えの真実を考え合わせた解決は、日本のことをよく知っていて、しかも余所者であるザンティピーならではの決着のつけ方だと感心させられる。国を超えた人の暖かさを感じることのできる一冊である。

ゆみに町ガイドブック*西崎憲

  • 2011/12/21(水) 17:14:02

ゆみに町ガイドブックゆみに町ガイドブック
(2011/11/26)
西崎 憲

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ここは、あの人が去った町。片耳のプーさんが走っているかもしれない町。そして雲マニアの失態で、危険な特異点が生まれつつある町……日本ファンタジーノベル大賞受賞作家が贈る書下し長編。


ガイドブックというタイトルがついてはいるが、観光案内のようなものを期待して読むと驚くだろう。ゆみに町について地勢や景色、町の様子などが記されていることに間違いはないが、それは二次元に留まらないだけでなく、時間的にも空間的にもその場だけに留まるものでもないのだから。時間や空間のひずみや裂け目から、ふとした拍子にあちら側へいってしまったり、メビウスの輪の上を歩くように、知らず知らずに裏側を歩いていたりするのである。行ってこの眼で確かめてみたいような、尻込みするような、不思議な魅力を湛える町である。もしかするとゆみに町のことをすでに知っているかもしれないと思わされるような一冊である。

コーヒーもう一杯*平安寿子

  • 2011/12/19(月) 18:49:56

コーヒーもう一杯コーヒーもう一杯
(2011/10)
平 安寿子

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結婚するつもりだった恋人にふられ、会社では大失敗。人生のピンチに陥った32歳の未紀は、勢いでカフェを開くことになった。経験もスキルもなし、地道に働いて貯めたお金を全部はたき、借金までして資金繰りに奔走。食品衛生責任者の養成講習会を受け、物件を探して改装し、食器や椅子や備品を集めて、メニュー作り。次々難題を片づけて、なんとかオープンしたけれど…。失敗したって大丈夫!この本を読めばあなたも自分のお店を持ちたくなります!お店経営の実用情報も有り。お役立ち小説。


いってみれば、カフェオープンを決めてから廃業するまでの顛末記、という一冊である。内装デザイン会社に勤めて、失敗例は嫌というほど見ているにもかかわらず、いざ自分のこととなるとなかなか思惑通りには行かないものである。甘さを指摘する人もいれば、いい顔だけ見せて素通りしていく人もいる。いまさらながら現実の厳しさを思い知らされる未紀である。オープンまでは、読者も未紀と一緒にわくわくしながらプランを練り、明るいあしたを夢見るが、蓋を開けてみれば、当初掲げた理想はなし崩し的に妥協点に落ち着き、目的さえも見失って心もからだもぼろぼろになっていく姿にこちらも意気消沈するのである。思わずがんばれ、と励ましたくなるが、撤退するなら早く決断するが吉、というアドバイスにも、なるほどと頷けるのである。重荷を下ろした未紀の次の道が、彼女の生きる道でありますように、と祈りつつ見守りたくなる一冊である。

小川洋子の「言葉の標本」*小川洋子/福住一義

  • 2011/12/17(土) 16:52:47

小川洋子「言葉の標本」小川洋子「言葉の標本」
(2011/09/29)
小川 洋子・福住 一義

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『博士の愛した数式』など、小説の中の言葉たちを「標本にする」試み。小川洋子の小宇宙をビジュアル化した、ファン必携のガイドブック。


小川洋子作品のなかの言葉が消滅することのないよう、愛情を持って慎重に取り出し、五階建ての博物館にそっと並べるという試みである。著者自身の解説がついていたり、福住氏の思いや感想が添えられていたり、お二人のやり取りやインタビューの一部が添えられていたりと、贅沢な展示内容になっている。そして折々に挟み込まれた写真が小川洋子の言葉の世界をより引き立たせるスパイスになっている。さまざまな作品に想いを馳せながら何度も訪れたい博物館である。

真夏の方程式*東野圭吾

  • 2011/12/16(金) 18:28:10

真夏の方程式真夏の方程式
(2011/06/06)
東野 圭吾

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夏休みを伯母一家が経営する旅館で過ごすことになった少年・恭平。仕事で訪れた湯川も、その宿に滞在することを決めた。翌朝、もう一人の宿泊客が変死体で見つかった。その男は定年退職した元警視庁の刑事だという。彼はなぜ、この美しい海を誇る町にやって来たのか…。これは事故か、殺人か。湯川が気づいてしまった真相とは―。


ガリレオシリーズ。
東野さんの頭のなかも湯川=福山になっているのだろうか。初期作品とはイメージが違ってきているような気がするのだが…。それはさておき、今回は小学五年生の恭平が大事な役どころを担っている。伯母の旅館へ行く列車の車中で偶然知り合った湯川と恭平の会話や行動のなかに、思わぬヒントがあったり、物事の本質を見極める役に立っていたりもするのである。意識していなくても恭平が果たした役割は大きかったと言えるだろう。そして、事件の真相のなんと切ないことか。そして湯川のなんと愛にあふれていることか。未来に光を与える愛である。恭平はきっと大人になったら湯川に再会するだろう。そんな気がする。重荷を抱えたまま生きていかなければならないとしても、未来は開けると思わされる一冊。

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花咲小路四丁目の聖人*小路幸也

  • 2011/12/14(水) 17:19:00

花咲小路四丁目の聖人花咲小路四丁目の聖人
(2011/11/10)
小路幸也

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その昔、イギリス中の美術品や金品を上流階級から盗み、現場には“saint”と刺繍された手袋を片方残すのみで決して捕まらなかった世紀の大泥棒。そんな「泥棒紳士」が実は日本に帰化して、ここ花咲小路商店街に隠居中なのです―ダンディなご隠居が、手腕を活かして商店街の事件を解決。じんわり心温まるエンターテインメント。


舞台は、寂れてシャッター通りとなりつつある商店街。だがこれは、その舞台からは想像もできないほどスケールの大きな物語なのである。語るのは亜弥だが、ほんとうの主人公は、その父――かつてイギリスで名を馳せた義賊のような大泥棒、イギリスと日本のハーフの母と結婚して帰化し、花咲小路四丁目に住んでいる――矢車聖人だろう。ホームズよりもルパンに親しみを感じるわたしとしては、<Last Gentreman-Thief "SAINT">にうっとりしてしまう。仲間になりたいくらいである。それは無理なので、この寂れた商店街で起こるあれこれにわくわくし、SAINTが作り上げる人間関係に魅了されつつ見守ったのである。愉しい読書タイムだった。ラストの粋な思惑もきっと現実のものになることだろう。それも嬉しい。わくわく愉しい一冊である。

彼女が追ってくる*石持浅海

  • 2011/12/12(月) 17:24:01

彼女が追ってくる (碓氷優佳シリーズ)彼女が追ってくる (碓氷優佳シリーズ)
(2011/10/26)
石持浅海

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<著者のことば>
当然の話かもしれませんが、被害者のことを最も考えているのは、犯人です。
それは、被害者が被害者になる、つまり死んでしまってからも変わりません。
被害者の方にも、生前から犯人への強い思いがあったのなら、それは死してなお変わらないでしょう。
本作では、そんな犯人と被害者との、誰よりも濃い関係を描いてみました。
あなたは、どちらの立場で読まれるでしょうか。


碓氷優佳シリーズの最新刊である。今作でも優佳は人当たりよく振舞っているが、その視線は鋭く冷たく犯人を見据えている。読者には真犯人は初めから判っており、登場人物たちが、警察に通報するまでの二時間で、なにが起こったか、少しでも詳しく調べあげ、犯人にたどりつこうとする様子が描かれている。真犯人、疑われた人物、ほかの人びとの反応や行動にどきどきしながら読み進ことになるのだが、時折優佳が発する提案と、真犯人との駆け引きもはらはらする。しかし、もっと驚かされるのは、真犯人と優佳が二人きりになったときの会話である。なんと優佳は初めから犯人が判っていたという。しかも証言の不自然さから。いわれてみればうなずけるが、するっと通り過ぎていた。そしてその後に続くこのラスト。殺す者と殺される者との関係の濃密さが恐ろしく、背筋に寒気が走る。勝ったのは一体どちらなのか。最後まで気の抜けない一冊である。

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ホテル・ピーベリー*近藤史恵

  • 2011/12/11(日) 17:21:30

ホテル・ピーベリーホテル・ピーベリー
(2011/11/16)
近藤 史恵

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不祥事で若くして教師の職を追われ、抜け殻のようになっていた木崎淳平は、友人のすすめでハワイ島にやってきた。宿泊先は友人と同じ「ホテル・ピーベリー」。なぜか“滞在できるのは一度きり。リピーターはなし”というルールがあるという。日本人がオーナーで、妻の和美が、実質仕切っているらしい。同じ便で来た若い女性も、先客の男性3人もみな、日本人の旅行者だった。ある日、キラウェア火山を見に行った後に発熱した淳平は、和美と接近する。世界の気候区のうち、存在しないのは2つだけというこの表情豊かな島で、まるで熱がいつまでも醒めないかのごとく、現実とも思えない事態が立て続けに起こる。特異すぎる非日常。愛情、苦しみ、喜び、嫉妬―人間味豊かな、活力ある感情を淳平はふたたび取り戻していくが…。著者渾身の傑作ミステリー。


ハワイ島のヒロという田舎にあるホテル・ピーベリー。滞在は三ヶ月まで、そして一度きり。リピーターは受けつけない。それだけで充分いわくあり気である。さらに、オーナーの日本人夫婦のうち、ホテルの世話をするのは妻の和美のみ、夫の洋介は朝早くから夜まで町のカフェで・WAMIで働いている。ホテルに帰ってくるときも無愛想そのものなのである。宿泊客同士も、経歴など個人的なことは詮索せず、その場限りの関係から踏み込むことはない。そんななか、宿泊客がたてつづけに事故で亡くなる。割り切れないもやもやを抱えたまま、淳平も一度は帰国するが、四ヵ月後にふたたびハワイに渡ることになる。そこで、思ってもみなかった真相が明らかにされる。と同時に、いわくあり気なホテルの方針も腑に落ちるのである。なにもしないで時を過ごすことを罪悪と思わずに済むヒロでの生活は、淳平にとってはわずかな期間となったが、彼の何かを変えたのだろうか。彼が抱える問題は何一つ解決されてはいないが、きちんと考えて前へ進めるきっかけになったのならいいな、と思わされる。大らかさと冷酷さ、諦めと焦りが混在するような一冊だった。

水の柩*道尾秀介

  • 2011/12/10(土) 17:18:21

水の柩水の柩
(2011/10/27)
道尾 秀介

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老舗旅館の長男、中学校二年生の逸夫は、自分が“普通”で退屈なことを嘆いていた。同級生の敦子は両親が離婚、級友からいじめを受け、誰より“普通”を欲していた。文化祭をきっかけに、二人は言葉を交わすようになる。「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」敦子の頼みが、逸夫の世界を急に色付け始める。だが、少女には秘めた決意があった。逸夫の家族が抱える、湖に沈んだ秘密とは。大切な人たちの中で、少年には何ができるのか。


タイトルのなんと哀しいことか。そして、普通に倦んだ逸夫の日々のなんと贅沢なことか。読み進めるごとに思い知らされるのである。クラスメイトの敦子、祖母のいく、両親だって、敦子の母、誰でもが何かしら重いものを胸に抱え、それでもそれを見せまいと、あるいはそれから逃れようと嘘をつく。人に、自分に。そんな人たちになにができるのだろう。逸夫が彼らのために考えたことが、彼らを救ったのかどうかはすぐには判らないが、滞っていた流れを動かすことにはなったのだろう。なにより、逸夫自身がさまざまなことを考えるきっかけにはなったのだ。人が生きていくには、平坦な道の方が少ないかもしれないが、それでも誰かをほんの少しでも笑顔にできる瞬間があれば、生きている甲斐があるのかもしれない、と思わされもする。胸に重いが、誰かに寄り添いたくもなる一冊である。

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ランプコントロール*大崎善生

  • 2011/12/08(木) 17:10:02

ランプコントロールランプコントロール
(2010/07)
大崎 善生

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あの日、たしかに二人は別れたはずだった。けれど僕らは同じ灯を見つける。何度でも、何度でも―。恋愛小説の名手による最新長篇。東京とフランクフルトを舞台に綴られる時を超えた純愛と、魂の救済の物語。


東京とフランクフルトに別れ別れになった直人と理沙。理沙の別れの意思を酌み、フランクフルトでの暮らしをなんとか前向きにしようとドイツ語習得に励む直人。部屋をシェアする仲間もでき、恋人もできて愉しく充実した暮らしを満喫した三年間だったが、東京へ戻されることになる。抜け殻のようになりながらもなんとか自分を立て直そうとする直人の前に現れたのは、理沙の母だった。
激しさも生々しさも描かれているのだが、全編を流れる空気は透明感にあふれ、温度のない済んだ水がひたひたと足元に流れ寄るような印象である。フランクフルトでの暮らしのすべてが一瞬にして覆されたような理沙の母の登場だったが、その三年間があったからこその直人の行動だったようにも思われる。なにかを全うするときに別の何かを捨てなければならないのは苦しすぎるが、それでも、ということはあるものなのだろう。ステファニーの気持ちを思うといたたまれないものがあるが、本を閉じたあとの直人と理沙がきっとその答えを出してくれるのだろう。切なく苦しく愛おしい一冊である。

誇り

  • 2011/12/06(火) 19:03:27

誇り誇り
(2010/11/17)
今野 敏;東 直己;堂場 瞬一

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「常習犯」今野敏―窃盗のプロであるあいつが人を殺すはずがない―。腑に落ちないまま、ベテラン刑事は犯人と対峙する。
「猫バスの先生」東直己―幼稚園のバスの運転手になった退職警官。ある朝、不審な光景を目にする。男の脳裏に、防げなかった過去の事件が甦る―。
「去来」堂場瞬一―捜査情報が漏れた。揺れる県警本部で、極秘に犯人捜しがはじまった。苦悩する刑事部長に記者が訪ねてくる。「いま、大変なんじゃないですか」。
当代きっての書き手が描く、心にしみる男の生き方。静かに熱い珠玉の警察小説集。


それぞれ切り口は違うが、警察官であること(あったこと)に誇りを持って生きる男が主人公の物語である。長年の経験によって培われた勘と嗅覚で、犯罪を暴き、真相に迫り、また未然に防ごうとする男たちの胸に宿る熱が伝わってくるような贅沢な一冊である。

すべて真夜中の恋人たち*川上美映子

  • 2011/12/05(月) 07:33:57

すべて真夜中の恋人たちすべて真夜中の恋人たち
(2011/10/13)
川上 未映子

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<真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う。
それは、きっと、真夜中には世界が半分になるからですよと、いつか三束さんが言ったことを、わたしはこの真夜中を歩きながら思い出している。>
入江冬子(フユコ)、34歳のフリー校閲者。人づきあいが苦手な彼女の唯一の趣味は、誕生日に真夜中の街を散歩すること。友人といえるのは、仕事で付き合いのある出版社の校閲社員、石川聖(ヒジリ)のみ。ひっそりと静かに生きていた彼女は、ある日カルチャーセンターで58歳の男性、三束(ミツツカ)さんと出会う・・・。

あまりにも純粋な言葉が、光とともに降り注ぐ。
いま、ここにしか存在しない恋愛の究極を問う衝撃作。


物語り中にひたひたと流れている、主人公の冬子さんの現代を生きにくそうな性格と自信のなさからくる世を儚んだ孤独感が、読者の胸の中にも流れ込んでくる。ひとりで歩くクリスマスイブの誕生日の真夜中の町の光の具合や、ひとりの部屋の床の冷たさなどが、実感を伴って迫ってくる。そんななかで出会った三束さんとの静かなひととき。冬子の殻が少しずつ柔らかくなり、崩れそうになる様子を、読者は冬子と共に固唾を呑んで見守るのである。ひとりぼっちではないのに、余計にさみしく苦しい感じが伝わってきて切なくなる。静かであたたかくさみしい光に包まれるような一冊である。

モナ・リザの背中*吉田篤弘

  • 2011/12/03(土) 16:56:07

モナ・リザの背中モナ・リザの背中
(2011/10/22)
吉田 篤弘

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ある日、訪れた美術館で、展示中の「受胎告知」の世界に迷い込んでしまい…。絵の中に迷い込んだ男の冒険奇譚。


曇天先生は五十歳を迎えてからどうもヘンである。上野の美術館で絵を鑑賞していたはずなのに、うっかり絵の中に入り込んでしまったり、大学の研究室の助手アノウエくん(先生の命名であり、実はイノウエくん)と人形焼を食べていたはずがいつのまにか異世界をさまよい歩いていたりするのである。絵の中の世界では振り向くことができず、ひたすら前を前を目指して歩くのである。そして行きついたところはまた別の絵の奥とつながっていたりする。時間も空間も飛び越えた旅と言えなくもないが、それにしても思考はぐるぐると渦を巻くように先へ進まない。しまいには、いつもと同じ日常を望んでいるのか、未体験の世界を冒険したいのか、自分でもわけが判らなくなってくるのである。要するに、五十歳になって、これまで生きてきた道のりと、これから最期へと向かう道のりについての思考の渦に読者が巻き込まれているだけのような気もしないではないが、誰にも先生を助け出すことはできないのである。軽妙だが深くもある一冊。

どちらとも言えません*奥田英朗

  • 2011/12/01(木) 18:18:24

どちらとも言えませんどちらとも言えません
(2011/10)
奥田 英朗

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いやほら、たかがスポーツなんだから。キツい野次に無責任な噂、好きに言わせてもらってます。でも、そう興奮しないで、大目に見てください。ちゃんとアスリートたちを尊敬してるんですから。オクダ流スポーツから覗いてみるニッポン。


読み始めるまでエッセイとは知らなかった。しかも音痴な分野のスポーツエッセイである。やはり小説の方が好みではあるが、語り口といい、切り口といい、気持ちいいくらいさっぱりとしていて、好感が持てた。わたしでも「そうだそうだ」と頷かされる部分も結構あって、国民性とスポーツの向き不向きなど面白かった。スポーツに詳しい人はもっと面白いのだろうな、という一冊。