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寿フォーエバー*山本幸久

  • 2012/01/31(火) 18:53:33

寿フォーエバー寿フォーエバー
(2011/08/23)
山本 幸久

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東京都下の結婚式場・寿樹殿(じゅじゅでん)に勤め始めて5年目の井倉靖子は、彼氏イナイ歴9年の28歳、独身女性。"お客様たち(カップル)"のラブラブっぷりにあてられて心の中で毒づいちゃったり、逆に担当する花嫁さんに肩入れしすぎて辛い思いもすることもあるけれど、それでも彼女たちの幸せな顔を見るために、今日も自分なりに頑張って働いている。
ある日、頼りにしていた大先輩が急に退職したため、靖子は超ビッグで責任重大な結婚式をたった一人で担当することに。そんな中、近隣には強力なライバル店が出現、さらに、ラブラブだったはずのカップルにも破局の危機が! 相次ぐピンチに一生懸命立ち向かう靖子だったが......。
優秀でも美人でも、ましてやモテ女でもなく、恋も仕事もままならないごくごく普通の靖子と、彼女をとりまく個性的な面々が結婚式場を舞台にくりひろげる、クスッと笑えてホロリと泣ける、幸せになれる"結婚×お仕事小説"!


ハートとピンクとゴンドラと。立川から青梅線で数駅のところにある、いささか時代錯誤と言えなくもない結婚式場・寿樹殿が舞台である。個性的なメンバーの中で、勤続5年目28歳の靖子は、一生懸命ではあるものの、なんとなくこなしているという感じで日々仕事をしていた。ビッグカップルの婚礼の担当として煩雑な仕事をしつつ、近所にできたライバル店のことも気になり、合コンのことも気になるのであった。だが、いろんなカップルのさまざまな事情を見聞きし、個性的過ぎる同僚や上司とともに、ライバル店に負けないようにアイディアを出し合っているうちに、知らず知らず以前よりも仕事に心がこもるようになっているのだった。寿樹殿のスタッフたちのキャラクターが強烈過ぎるので、靖子の特徴のなさも個性のひとつになっているように見えるのがおもしろい。そして、この人たちがいるからこそ寿樹殿はきっといつまでも愛される結婚式場なのだろうな、と思わされる一冊である。

幻影の星*白石一文

  • 2012/01/30(月) 07:50:37

幻影の星幻影の星
(2012/01)
白石 一文

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死に満ちたこの星で、あなたにまた会えるでしょうか?
郷里の母から送られてきた、バーバリーのレインコート。
なぜ?ここにもあるのに・・・・・。
震災後の生と死を鋭く問う、白石一文の新たな傑作。


熊沢武夫と滝井るり子、現在ではまったく接点のない二人の様子と、彼らに起こる少しばかり不思議な出来事が並行して語られる。二人がたどり着く場所は、一体どこなのだろうという興味も湧くが、それよりも、時間の流れの不思議さ、人間が生まれて生きて、逃れようもなく死んでいくということ、「現在」という一瞬がどれほど不確かなものであるかということなどを――ときに受け容れがたいところもあるが――、さまざま考えさせられる一冊である。

ツクツク図書館*紺野キリフキ

  • 2012/01/27(金) 19:00:35

ツクツク図書館 (ダ・ヴィンチブックス)ツクツク図書館 (ダ・ヴィンチブックス)
(2008/02)
紺野 キリフキ

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つまらない本しか置いてない、ツクツク図書館。職員も建物もへんてこぞろい。弱気な館長、運び屋、語学屋、戻し屋ちゃん…そこにある秋、ひとりの着ぶくれ女がやってきた。女は働かないで、わがまま放題。だけど、図書館にある“伝説の本”の話を聞いて…?奇妙でかわいくってクセになる。キリフキワールド、いざ、開幕。


まず、ツクツク図書館の名前の由来に納得である。そんなことだったのか、と肩透かしを食ったようでもある。本作にはまったく関係ないが、この区にはほかにもいろんな「ツクツク○○」があるのだろうな、と想像すると愉しくなる。そしてこのツクツク図書館が一風変わっている。つまらない本しか置いていないのはさることながら、誰もが見つけられるわけではないらしい、というのもなにやら不思議である。そして、見かけはちょっと変わった洋館なのだが、中に入ると廊下はなくて、さまざまなジャンルのたくさんの部屋があり、迷子になりそうなのである。なんと愉しそうではないか。部屋と本が興味深いだけではなく、そこで繰り広げられる人間模様もまた興味深いのである。館長とか、雇われたのに仕事が嫌いなぶくぶくに着膨れた女とか。ともかく不思議な迷い道を愉しめる一冊である。

木練柿*あさのあつこ

  • 2012/01/25(水) 21:27:19

木練柿(こねりがき)木練柿(こねりがき)
(2009/10/17)
あさの あつこ

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あの男には力がある。人を惹き付け、呼び寄せ、使いこなす、それができる男だ。娘は、男から刀を受け取り、抱き込みながら何を思い定めたのだろう。もう後戻りはできない。月の下でおりんは「お覚悟を」と囁いた。刀を捨てた商人遠野屋清之介。執拗に事件を追う同心木暮信次郎と岡っ引伊佐治。時代小説に新しい風を吹きこんだ『弥勒の月』『夜叉桜』に続く待望のシリーズ登場。


刀を捨て、覚悟を持って商人の娘婿になり、小間物問屋の主となった清之介と、彼にまつわる人々との物語。清之介の穏やかな商人としての現在の姿と、時折垣間見える仔細あり気な前身とのギャップが、読者にとっては清之介の魅力にもなっている。同心・木暮戸の駆け引きや、岡っ引き・伊佐治とのやり取りの機微も興味深い。清之介のことをもっと知りたくなる一冊である。

死亡フラグが立ちました!*七尾与史

  • 2012/01/24(火) 17:10:40

死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) (宝島社文庫 C な 5-1)死亡フラグが立ちました! (宝島社文庫) (宝島社文庫 C な 5-1)
(2010/07/06)
七尾 与史

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“「死神」と呼ばれる殺し屋のターゲットになると、24時間以内に偶然の事故によって殺される”。特ダネを追うライター・陣内は、ある組長の死が、実は死神によるものだと聞く。事故として処理された彼の死を追ううちに、陣内は破天荒な天才投資家・本宮や、組長の仇討ちを誓うヤクザとともに、死神の正体に迫っていく。一方で、退官間近の窓際警部と新人刑事もまた、独自に死神を追い始めていた…。第8回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。


初めの内はミステリかと思って読んでいたが、途中からどうやらサスペンスの趣になっていたのに、死神とコンタクトを取る合言葉が「タナトス」という辺りで気づいたのだった。ドミノ倒しのような、というか、風が吹けば桶屋が儲かる式の仕掛けで、偶然のように、しかも確実に人の命を奪う死神。その実在を証明する記事を書こうとする雑誌記者と、事故として処理された事件の真相を暴こうとする刑事が、別方向から死神を追う様が交互に描かれ、『601号室』という小説に絡む女性の物語がところどころに挟み込まれる。三つの物語がどこでどうひとつになるのかにも興味をそそられる。最初から最後までドタバタ喜劇のようでもあるが、ただのドタバタだけでは終わっていない一冊だと思う。ラストは、もっとほかの終わらせ方がなかったのかと思わなくもないが…。

ヒア・カムズ・ザ・サン*有川浩

  • 2012/01/23(月) 09:50:04

ヒア・カムズ・ザ・サンヒア・カムズ・ザ・サン
(2011/11)
有川 浩

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編集者の古川真也は、幼い頃から触れたものに残る記憶が見えた。ある日、同僚のカオルの父親が、20年ぶりに帰国する。彼はハリウッドで映画の仕事をしているはずだったが、真也に見えたものは――。表題作ほか、実際に上演された舞台に着想を得て執筆された「ヒア・カムズ・ザ・サン Parallel」。有川浩が贈る、物語の新境地。


七行のあらすじしかなかったところから、有川浩は物語を紡ぎ出し、成井豊は演劇を生み出した。登場人物が同じでも、受け止めて創り出す人間が違うと、こんなにも別の物語になるのだなぁと、感慨深い(parallelの方は演劇を下地に書かれた物語なので)。しかし、真也やカオルの人生は、それぞれの物語で大きく違っているのだが、その性格には共通点があるように思われるのも興味深い。七行のあらすじから読み取れるものがそうさせるのだろうか。思いもよらない試みと、物語自体と、両方愉しめる一冊である。

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キリハラキリコ*紺野キリフキ

  • 2012/01/21(土) 16:59:20

キリハラキリコキリハラキリコ
(2006/08/22)
紺野 キリフキ

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不思議で不条理でおかしさに彩られた新小説
キリハラキリコの住むキリキリ町はおかしなことばかり起こる。誰も来ない始業式の教室。贋作マンガを売る古書店。蕎麦がにゅるにゅると飛び出るシャワー。季節ごとに必ず起こる停電。時の流れを教えにやってくる暦屋。特殊な才能を持ちながらも敗北が似合う男ミスター水村。キリコのまわりで起こる奇妙で愉快でちょっぴり哀しい出来事を彼女が日記のかたちで綴る。やがて、町に2カ月も続く大停電が訪れ、キリコの日記も最後のページが記される。 小学館文庫小説賞の佳作入選作を大幅改稿。従来の形式を打ち破る不条理で不思議で自由な小説空間は読む者をキリコのワンダーランドへとひき込む。携帯サイト『The News』で1日平均6万件のアクセスも記録した異色作。


ズバリ中学生・キリハラキリコの日記である。しかし、ただの日記ではない。いやただの日記なのだが、その内容がただ事ではないのである。でもそれがキリコの住むキリキリ町では普通のことなのだ(たぶん)。キリコを初めとする登場人物も、一件普通らしく見えても、その実なんだかどこかこれまで知っている人たちとは違い、それがキリコの日常にしっくり馴染んでいるから、読者はなおさら据わりの悪い思いをするのであるが、それがまた快感にもなってくる。違和感に包まれながら読みはじめたはずなのに、これはこれでいいか、といつのまにか受け入れてしまっていることに気づくのである。世界の裂け目からするりと入り込んでしまったような一冊である。

翼*白石一文

  • 2012/01/20(金) 18:58:50

翼 (テーマ競作小説「死様」)翼 (テーマ競作小説「死様」)
(2011/06/18)
白石一文

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田宮里江子は、職場近くのクリニックで長谷川岳志と再会した。医師である岳志は里江子の親友・聖子の夫で、夫婦には二人の子どもがいる。里江子は学生時代、聖子から恋人として五つ年上の岳志を紹介されたことがあった。その初対面の翌日、里江子は岳志から呼び出される。あまりにも唐突な話であった。「きみと僕とだったら別れる別れないの喧嘩には絶対にならない。一目見た瞬間にそう感じたんだ」と言われた。そして、結婚してほしい、聖子とは別れると。話しているうちに、悪ふざけでもなく至って真面目なことは分かったが、もちろん里江子は何ら応えることはできない。そのことは、聖子には黙っていた。結婚した二人の渡米、就職後の里江子の転勤などもあり、里江子と聖子は疎遠になっていた。十年ぶりにあった岳志の気持ちは、まったく変わっていなかった。それどころか、確信を深めたと言う。その後里江子は、岳志のアメリカでの現地女性とのこと、そして学生時代に起こした心中事件の一部始終を知ることになる。自分の直観を信じて生きたいと願う男。何に囚われているのか正直になれない女。二人の行く末は……。  常識と道徳の枠外にあるものが胸に迫り、深い考察を促す新たな代表作の誕生。


死様というテーマの競作の一冊であるが、つくづく死様とは生き様のことであるのだなぁ、と思わされる物語である。主人公の里江子と岳志だけでなく、その周囲の人々の生き様がすべて絡み合ってひとりの人間の人生を織り成している。死様とは自分で決めるものではなく、どう生きたかが映し出されるものなのかもしれないと思わされる一冊である。

ダンスホール*佐藤正午

  • 2012/01/19(木) 18:44:49

ダンスホール (テーマ競作小説「死様」)ダンスホール (テーマ競作小説「死様」)
(2011/06/18)
佐藤正午

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四年前、小説家である「私」の身に災難がふりかかる。医者を含めたまわりの人間は、気の病というが、本人には災難としか言いようがなかった。ある日、原稿に向かっていると、不規則な動悸を感じる。ほどなく呼吸が苦しくなり、息を吐くことも吸うことも自由にならない恐怖を覚えた。脂汗をかきながら、床にじっと横たわっているうちに症状はいくぶん抜けていったが、このときから小説書きの仕事が困難になる。十年前に結婚していた。その十年間で付き合う人種は以前と変わってしまっていたが、とくに用のある人間はいない。その交際をすべて絶つ。妻とも離婚。取り壊しの決まっている単身者向けマンションに入居。皮肉にも収入のあてのない独り住まいを始めたあたりから、症状はめったに出なくなっていく。  馴染みのバーで、東京から来たという男と居合わせる。ダンスホールで働いている女を探しているのだと、店主に語った。「私」は、心配してくれている昔の知り合いからある物を受け取るように言われ、その受け渡しの連絡を待っていた。ところが、すぐ近くで発砲事件があり、それが叶わなくなった。  違法な物を巡る「私」の物語と、「私」の想像が膨らんでいく東京から来た男の物語とが巧みに織りなされていく。──誰にも書けなかった、ストーリーテリングな私小説。


書けなくなった小説家の「私」の物語と、離婚届に判をもらうために妻の同棲相手の妻を探す男の物語が、ふとした事件によって交差し、人の縁と運命のいたずらによって重なり合いながら進んでいく。あるときは掌の上で踊らされているような心持ちになり、またあるときは逃れられない運命を感じる。知らない者同士の二人の男が、こんなに近くて遠い距離感で同じ物語の中にいるのが不思議な心地である。関係性の遠さゆえのもどかしさをも感じさせられるが、遠いと思っているとぐんと近づく瞬間があり、時間とともに伸び縮みしているような一冊である。

我が家の問題*奥田英朗

  • 2012/01/18(水) 17:13:41

我が家の問題我が家の問題
(2011/07/05)
奥田 英朗

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平成の家族小説シリーズ第2弾!
完璧すぎる妻のおかげで帰宅拒否症になった夫。両親が離婚するらしいと気づいてしまった娘。里帰りのしきたりに戸惑う新婚夫婦。誰の家にもきっとある、ささやかだけれど悩ましい6つのドラマ。


「甘い生活」 「ハズバンド」 「絵里のエイプリル」 「夫とUFO」 「里帰り」 「妻とマラソン」

六つの我が家の問題物語である。とても興味深い。生まれ育った家庭のやり方を、疑いもせずに行いながら日々過ごしていた幼いころ、そして何気ないおしゃべりに友人の家と我が家は少し違うのではないかと、そこはかとない疑問を抱くようになる小学生時代。訊くに訊けずに成長し、自分の家庭を持つようになれば、そこには別の家庭で育ってきた他人同士の軋轢も生じるのである。他所の家庭はこんなときどうするのだろう、という根源的な疑問に答えてくれる物語である。参考になるかどうかは別問題としても、こんなことを思い煩っているのは自分だけではないと安心させてくれる一冊でもある。

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雨の匂い*樋口有介

  • 2012/01/16(月) 19:05:29

雨の匂い雨の匂い
(2003/07)
樋口 有介

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癌で入院中の父親と寝たきりの祖父の面倒を一人でみる村尾柊一。彼は善意より殺意を必要とした…。あの日、雨が降っていなければ、誰も殺されなかった。必死だけど可笑しくて、実直ゆえに我がままで、優しいくせに傷つける―デビュー15周年を迎えた樋口有介の真骨頂、とにかく切ない物語。


自宅で寝たきりの祖父の世話をし、癌で余命三ヶ月と告げられた父を病院に見舞い、ご近所さんに頼まれた塀塗り仕事は丁寧にこなし、バイと先ではきちんと仕事をし、行きつけの店ではシュウちゃんだけが正常(まとも)な客だと言われる。大学は休学しているが、なんと感心な青年だろうと誰もが思う。いちばんまともに見えて、その内実は・・・・・。静かに淡々と、音もなく呼吸をするように物語が進んでいくのが怖いほどである。柊一の乱れのなさに身震いが起きそうになる。誰か、すっぽり包み込めるほど大きな愛で柊一のことを羽交い絞めにしてやって!と祈らずにはいられない。静かで怖い一冊である。

不祥事*池井戸潤

  • 2012/01/14(土) 17:12:52

不祥事不祥事
(2004/08)
池井戸 潤

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事務処理に問題を抱える支店を訪れて指導し解決に導く、臨店指導。若くしてその大役に抜擢された花咲舞は、銀行内部の不正を見て見ぬふりなどできないタイプ。独特の慣習と歪んだ企業倫理に支配されたメガバンクを「浄化」すべく、舞は今日も悪辣な支店長を、自己保身しか考えぬダメ行員を、叱り飛ばす! 張り飛ばす! 痛快! 新しい銀行ミステリーの誕生!


まさに「痛快!」である。人呼んで「狂咲」こと花咲舞が、多少場の空気を無視した正義漢ぶりで、病んだ銀行の悪弊を片っ端から投げた押していくのである。と書くと、舞のことをどんな豪傑かと思われるかもしれないが、うら若き乙女であり、仕事に誇りを持った優秀な銀行員なのである。なんてカッコよすぎるのだろう。思わず惚れてしまいそうなほどである。それに引き換え舞と相馬――という先輩と組んでいるのである――にやり込められる保身しか頭にないような男どものなんと情けないことか。舞と一緒にいると相馬がぼんやりしたただのおじさんに見えてしまいがちだが、彼の懐の深さもなかなかのものである。舞の言動にいつもひやひやしてはいるが、適切なサポートで彼女を引き立ててもいるのである。舞ばかり目立っているが、いいコンビである。小気味の好いキャラクターをまたひとり見つけた一冊である。

異国のおじさんを伴う*森絵都

  • 2012/01/12(木) 17:02:26

異国のおじさんを伴う異国のおじさんを伴う
(2011/10)
森 絵都

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思わぬ幸せも、不意の落とし穴もこの道の先に待っている。どこから読んでも、何度でも、豊かに広がる10の物語。誰もが迎える、人生の特別な一瞬を、鮮やかにとらえる森絵都ワールド。


表題作のほか、「藤巻さんの道」 「夜の空隙を埋める」 「クリスマスイヴを三日後に控えた日曜の……」 「クジラ見」 「竜宮」 「思いでぴろり」 「ラストシーン」 「桂川里香子、危機一髪」 「母の北上」

どの物語もひとひねりあっておもしろい。というか粗挽きの黒胡椒の挽ききれていない大きめの粒をうっかり奥歯で噛んでしまったようなぴりりとした驚きが病みつきになる感じなのである。表題作ももちろんだが、「母の北上」もわたしはかなり好きである。あぁ、「藤巻さんの道」もいいなぁ。ともかくひとつ選ぶのがむずかしいおもしろさの一冊である。

夢違*恩田陸

  • 2012/01/11(水) 18:33:48

夢違夢違
(2011/11/11)
恩田 陸

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夢を映像として記録し、デジタル化した「夢札」。夢を解析する「夢判断」を職業とする浩章は、亡くなったはずの女の影に悩まされていた。予知夢を見る女、結衣子。俺は幽霊を視ているのだろうか?そんな折、浩章のもとに奇妙な依頼が舞い込む。各地の小学校で頻発する集団白昼夢。狂乱に陥った子供たちの「夢札」を視た浩章は、そこにある符合を見出す。悪夢を変えることはできるのか。夢の源を追い、奈良・吉野に向かった浩章を待っていたものは―。人は何処まで“視る”ことができるのか?物語の地平を変える、恩田陸の新境地。


正夢、悪夢、予知夢、などなど、夢にもさまざまあり、いい夢を見た日はいいことがあるような気がするし、悪夢にうなされて目覚めた朝は不吉な思いに囚われることもある。とらえどころがないからこその夢、という気もするが、本作の世界では夢は可視化でき、医療現場で利用されているのである。そんな世界で起こった子どもたちの集団パニックや神隠し。予知夢を見る女・結衣子が見ていた夢やその死と関係があるのか、いまになってあちこちで目撃情報があるのは彼女になにか伝えたいことがあるのか。夢のようになかなか全貌を現さない真相に興味をそそられ、結衣子や子どもたちの夢と自分の夢が交錯しているような浩章の身に寄り添いながら読み進めるうちに、自分も夢と現の狭間でゆらゆらしているような心地にさせられる。曖昧なものを鮮明にすることについて考えずにはいられない一冊である。

楽園*樋口有介

  • 2012/01/08(日) 17:25:18

楽園 (中公文庫)楽園 (中公文庫)
(2011/11/22)
樋口 有介

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南太平洋上の島国に、大量のプラスチック爆弾が持ち込まれた疑いが生じる。その直後、反政府主義者の男が衆人環視のなかで爆死した…。余命半年の大統領とその後継者争い、CIAの干渉。あふれる光と限りない時間、そして永遠に繰り返されるはずだった“平穏”な生活から、人々はなにを得てなにを失ったというのか。


香山二三郎氏の解説にもあるが、著者名を隠して読んだらおそらく樋口有介氏の作品とは思わなかっただろう。南太平洋の島国で繰り広げられる――大多数の島民には迷惑以外のなにものでもないであろう――外から入ってきた人々による文明と経済と政治的策謀などなど。そして、それに乗じて甘い汁を吸おうと画策する少数の者たちの思惑。そんな事々に、見過ごされがちだった島民たちが蜂起した。ほんとうの豊かさとは、ほんとうのしあわせとは何かを問いかけられるような一冊である。

レイジ*誉田哲也

  • 2012/01/05(木) 17:09:25

レイジレイジ
(2011/07/13)
誉田 哲也

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音楽の才能は普通だが、世渡り上手なワタル。才能に恵まれるも、孤独に苦しみ続ける礼二。少年から大人へ―男たちのロック魂が交差する音楽青春エンターテインメント。


ひと言で言ってしまえば、レイジとワタルの青春成長物語、ということだろう。だが、レイジのロックに向かう姿勢のあまりのストイックさと、自分嫌いのひどさ、ワタルの理想と自信のなさとレイジに対する屈託が、そのときどきのほかのメンバーや周囲の人々を巻き込んで物語をおもしろくしている。無駄な回り道をして、落ち着くべき場所に落ち着いたようにも見えるが、そこに落ち着くためにはすべてが必要な道程だったのだろう。自分を認め、他人を認めて生きていくことのむずかしさと素晴らしさを見せてくれた一冊である。

地下の鳩*西加奈子

  • 2012/01/02(月) 16:49:01

地下の鳩地下の鳩
(2011/12)
西 加奈子

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大阪、ミナミの繁華街―。夜の街に棲息する人々の、懸命で不恰好な生き様に、胸を熱くする力作誕生。


大阪・ミナミでキャバレーの呼び込みをする男・吉田の物語である表題作と、同じ街のオカマバーのママ・ミミィの物語である「タイムカプセル」から成る。

何者かに成り、何事かを成したかったが、何者にも成れず何事も成し得ずに、それでも日々を生きている人たちの痛々しいような一生懸命さが胸に迫る。吉田もミミィも、ほかの人々も、誰もが在るがままの自分を認めてほしいのだ、いまここに自分がいていいのだと思いたいのである。人は誰でも傷つけられるために生きているのではない。人が生きる意味について考えさせられる一冊である。