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シューメーカーの足音*本城雅人

  • 2012/03/28(水) 17:17:25

シューメーカーの足音シューメーカーの足音
(2011/10/06)
本城 雅人

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この世には、靴を見てからその人間の価値を決める世界がある。斎藤良一は、紳士靴の名店が軒を連ねるロンドンのジャーミン・ストリートで注文靴のサロン兼工房を経営する靴職人。彼が作る靴は、英国靴の伝統を守りながらも斬新なデザインに仕上げることで人気を博していた。さらなる成功を目指し、計略を巡らせる斎藤。狙うは、「英国王室御用達」の称号。だが、そんな斎藤の野望を阻む若者がいた。日本で靴の修理屋を営む榎本智哉。二人の因縁は、十三年前にまでさかのぼる―。


ミステリなのだが、職人仕事の粋をも味わわせてくれるという意味でも興味深い物語である。誇りを持って丁寧に作られた靴が語りかけてくるようである。そして、英国で認められた靴職人・斎藤の矜持に触れ、尊敬念が湧き起こってくるのだった。だが、それだけで終わってしまえばミステリでも何でもない。英国で一流と認められたいという斎藤の野心と、十三年前のある出来事のことを知ってからは、少しずつ彼をみる目が変わってくる。職人の誇りと人間の尊厳、そして商売の成功などが絡まりあって、物語のクライマックスへと突き進む。因果は巡る、とでも言えばいいのか、とんでもない展開が待ち受けているのだった。さまざまな人物のそれぞれの思惑が物語りにスリルをプラスし、職人気質の仕事風景が重厚さを醸し出す。さまざまに愉しめる一冊である。

ビブリア古書堂の事件手帖2*三上延

  • 2012/03/27(火) 08:48:10

ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂の事件手帖 2 栞子さんと謎めく日常 (メディアワークス文庫)
(2011/10/25)
三上 延

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鎌倉の片隅にひっそりと佇むビブリア古書堂。その美しい女店主が帰ってきた。だが、入院以前とは勝手が違うよう。店内で古書と悪戦苦闘する無骨な青年の存在に、戸惑いつつもひそかに目を細めるのだった。変わらないことも一つある―それは持ち主の秘密を抱えて持ち込まれる本。まるで吸い寄せられるかのように舞い込んでくる古書には、人の秘密、そして想いがこもっている。青年とともに彼女はそれをあるときは鋭く、あるときは優しく紐解いていき―。


またシリーズ逆読みになってしまった。一作目で何があったのか気にはなるが、事件としては一話完結の連作なので、充分愉しめる。坂口三千代の『クラクラ日記』、アントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』、福田定一の『名言随筆 サラリーマン』、足塚不二雄の『UTOPIA 最後の世界大戦』にまつわる謎を、ビブリア古書堂の美しい女店主・篠川栞子が解き明かす、という日常の謎ミステリである。店員として働く大輔の目線で語られることによって、客観的に眺められるようにもなり、二人の関係にも興味を引かれる。栞子さんと失踪した母とのこともこれからどうなるのか気がかりである。一作目も次回作も早く読みたい一冊である。

ルーズヴェルト・ゲーム*池井戸潤

  • 2012/03/25(日) 20:22:47

ルーズヴェルト・ゲームルーズヴェルト・ゲーム
(2012/02/22)
池井戸 潤

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「一番おもしろい試合は、8対7だ」野球を愛したルーズヴェルト大統領は、そう語った。監督に見捨てられ、主力選手をも失ったかつての名門、青島製作所野球部。創部以来の危機に、野球部長の三上が招いたのは、挫折を経験したひとりの男だった。一方、社長に抜擢されて間もない細川は、折しもの不況に立ち向かうため、聖域なきリストラを命じる。廃部か存続か。繁栄か衰退か。人生を賭した男達の戦いがここに始まる。


池井戸節全開である。おおよその展開は予想できても、お約束のように用意されているシナリオに胸のすく心地を味わい、カタルシスを得るのが池井戸作品の醍醐味であろう。今回も、開発力に自信を持つ青島製作所と、営業力が強みの大手・ミツワ電器との合併話と青島製作所野球部の廃部問題、高校野球時代の不幸な因縁話を軸に、人事の妙や、社員の矜持、愛社精神などを絡めて、絶妙な物語になっている。野球部の命運が気になるところだが、最後の最後でそうきたか、という展開である。志眞社長、カッコイイ。ページを繰る手が止まらない一冊である。

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気分上々*森絵都

  • 2012/03/24(土) 11:08:57

気分上々気分上々
(2012/03/01)
森 絵都

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「自分革命」を起こすべく親友との縁を切った女子高生、家系に伝わる理不尽な“掟”に苦悩する有名女優、無銭飲食の罪を着せられた中二男子…、人生、単純じゃない。だからこんなに面白い。独特のユーモアと、心にしみる切なさ。森絵都の魅力をすべて凝縮した、多彩な9つの物語。


表題作のほか、「ウエルカムの小部屋」 「彼女の彼の特別な日 彼の彼女の特別な日」 「17レボリューション」 「本物の恋」 「東の果つるところ」 「本が失われた日、の翌日」 「ブレノワール」 「ヨハネスブルグのマフィア」

長さも内容もさまざまな九編である。だが、根底に流れる空気には似た匂いが感じられる。自分とは何か、幸福とは何か、あるときは探し求め、あるときは逃れるようにして、時を過ごす様がどの物語にも描かれているように思われる。切なさやるせなさ、ときにあたたかさが、胸のなかにひたひたと押し寄せてくる一冊である。

おまえさん【上】【下】*宮部みゆき

  • 2012/03/23(金) 18:54:37

おまえさん(上)おまえさん(上)
(2011/09/22)
宮部 みゆき

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痒み止め薬「王疹膏」を売り出し中の瓶屋の主人、新兵衛が斬り殺された。本所深川の“ぼんくら”同心・井筒平四郎は、将来を期待される同心・間島信之輔(残念ながら醜男)と調べに乗り出す。その斬り口は、少し前にあがった身元不明の亡骸と同じだった。両者をつなぐ、隠され続けた二十年前の罪。さらなる亡骸…。瓶屋に遺された美しすぎる母娘は事件の鍵を握るのか。大人気“ぼんくら”シリーズ第三弾。あの愉快な仲間たちを存分に使い、前代未聞の構成で著者が挑む新境地。


辻斬りに遭ったと思われる身元不明の男の亡骸が見つかり、そのあとになかなか消えない人像(ひとがた)が残された。その後、生薬屋・瓶屋の主人・新兵衛が斬られ、どうやら同じ人物の手によるらしいと判明し、同心・井筒平四郎と間島信之輔は調べに乗り出す。平四郎の甥・弓之助や、信之輔の叔父・源右衛門の知恵を借り、岡っ引き・政五郎やその手下のおでこの三太郎の助けも借りながら、二十年前のいわくに遡る。平四郎が入り浸っているお菜屋のお徳とのやりとりも気持ちがいいし、彼らを取り巻く人たちがみな生き生きと描かれていて、ほんとうに生きていて、日々を暮らしているような心地にさせられる。上巻では、いよいよこれからミステリ部分の謎が解き明かされるか、というところで終わっているのも、巧みである。早く続きを知りたい要素がたくさんの一冊である。下巻が愉しみ。


おまえさん(下)おまえさん(下)
(2011/09/22)
宮部 みゆき

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二十年前から続く因縁は、思わぬかたちで今に繋がり、人を誤らせていく。男は男の嘘をつき、女は女の道をゆく。こんがらがった人間関係を、“ぼんくら”同心・井筒平四郎の甥っ子、弓之助は解き明かせるのか。事件の真相が語られた後に四つの短篇で明かされる、さらに深く切ない男女の真実。


謎解きは、切なくやり切れないものだった。盲点ともいうべき人物の存在が浮かび上がり、にわかにそれまでとは違った方向に目が向けられるようになったのである。「おまえさん」は、過去の罪が生んだ哀しい事件を解き明かす物語だが、それに連なる四つの物語は、人の恋心の物語でもあるように思われる。恋ゆえに理不尽な想いに悩み、恋ゆえに恐ろしい目に遭い、恋ゆえに真実を見失う。そして今作では、レギュラー陣の人となりがより生き生きと濃く感じられた。弓之助とおでこ、そして弓之助の兄・淳三郎のこれからもずっと見守っていきたいと思わされる一冊である。

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朱龍哭く--弁天観音よろず始末記*西條奈加

  • 2012/03/18(日) 17:05:00

朱龍哭く 弁天観音よろず始末記朱龍哭く 弁天観音よろず始末記
(2012/02/21)
西條 奈加

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一気読み必至! 《西條流》直球エンタメ時代活劇

江戸に二輪の美花が咲く。お侠な小町娘のお蝶と、その義姉、物腰穏やかな色白美人の沙十。人呼んで「弁天・観音」美人姉妹の周りには、一本気な枡職人、ワケあり破戒坊主、無愛想な若侍、好色な若旦那などがひしめき、かしましいことこの上なし。だが、その賑やかな日常の裏で、亡くなったお蝶の父親が遺した“あるモノ”をめぐり、幕府転覆を狙う巨悪の影が二人に迫っていた……。

辰巳芸者の娘で長唄師匠のお蝶は、情に厚く裏表のないお侠な性格。目鼻立ちのはっきりとした美人で、人呼んで「高砂弁天」。行動力に溢れるが、そそっかしい。お蝶の兄、安之のもとに嫁いだ沙十は、楚々とした美貌と穏やかな物腰で「観音さま」と崇められる。おっとりした外見とは裏腹に頭が切れ、実は薙刀の達人。
この二人がそろう時、何かが起きる!?


やはりいちばんの見どころは、個性の違う女性二人のそれぞれの背筋の伸びた生き様だろう。安之を介して姉妹となった、元々縁もゆかりもない二人だが、互いに頼り合い守り合って事に当たる姿には真の姉妹に勝るとも劣らない情を感じる。望んだわけでもないのに、女二人の手にはあまりにも重すぎる事件に巻き込まれることになったとき、彼女たちの行動力にも舌を巻く。なんて格好いいのだろう。現代にも通じる憧れのキャラクターである。千吉のこの先の運命が案じられる一冊でもある。

あなたの本*誉田哲也

  • 2012/03/16(金) 17:33:01

あなたの本あなたの本
(2012/02/24)
誉田 哲也

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憧れの都会で流されるままに暮らす女の血脈。深き森で暮らす原始人たちの真実。ごく普通の男子中学生の前に現れた天使の目的。父の書斎で発見した一冊の本に翻弄される男の運命。天才スケート美少女を見守り続ける少年の淡い初恋。すべてを手に入れたミュージシャンが辿り着いた場所。警視庁新宿署新宿六丁目交番に勤務する諸星巡査長の意外な日常―引き込まれるストーリー、予想外な結末を、堪能せよ。


表題作のほか、「帰省」 「贖罪の地」 「天使のレシート」 「見守ることしかできなくて」 「最後の街」 「交番勤務の宇宙人」

色とりどりの物語である。いろんなテイストが愉しめる。じんわりと胸を温めてくれたり、切なくさせてくれたり、きゅんとなったりと、読者が抱く感情も物語によってさまざまである。だがそれは、ラスト直前までの話。捻じれているのである、どの物語も。捻じれ方もそれぞれで、タオルを絞るようにぎゅっと捻じれていたり、掌を返すように軽やかに捻じれていたりする。好きで在る。ラストで必ず、そうきたか、と思わせてくれる一冊。

ブック・ジャングル*石持浅海

  • 2012/03/14(水) 20:01:09

ブック・ジャングルブック・ジャングル
(2011/05)
石持 浅海

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逃げろ、知力と体力の限りを尽くして。閉鎖された市立図書館に忍び込んだ男女5人を猛烈な悪意が襲う。


表紙から、図書館が舞台なのだろうとは思ったが、こんなバトルが繰り広げられることになろうとは想像もしなかった。二市の合併により閉鎖された図書館に思い入れのある別々の二人――沖野と百合香――が、それぞれの友人と夜中の図書館に忍び込む。そこで彼らを待ち構えていたものは…。狙われたのが誰か判った時点で、そんな理由で殺そうとまでするものか、という疑問も湧いたが、気持ちの歯車が狂ってしまうときというのはこういうものなのかもしれない。沖野の趣味――というか、実益も兼ねたフィールドワーク――がひょんなことから役立ったり、どきどきはらはらさせられ通しだったが、決着がついた後のラストには、物足りなさも感じるのだった。友人がひとり亡くなり、父親も死んで、これだけ怖い目に合わされたのに、何もなかったことにはできないだろう。ラストにはもうひと捻りほしかった気がする一冊である。

一匹羊*山本幸久

  • 2012/03/13(火) 17:04:59

一匹羊一匹羊
(2011/10/18)
山本幸久

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縫製工場に勤める大神は、若いころと違って事なかれ主義で働いていた。そこに、職場体験に中学生がやって来る。年下の同僚とともに、中学生の面倒を見るはめになった大神。そこで、ある問題が生じて―(「一匹羊」)。OL、女子高生、フリーター、元野球選手、主婦…相手にされなくても。変人に思われても。一歩踏み出すと、素敵な自分が見つかるかもしれない、それぞれの「明日が少し元気になれる」物語。表題作ほか、7編を収録。


表題作のほか、「狼なんてこわくない」 「夜中に柴葉漬」 「野和田さん家のツグヲさん」 「感じてサンバ」 「どきどき団」 「テディベアの恩返し」 「踊り場で踊る」

見るからに著者らしいタイトルである。表紙の後姿の羊もやさしげでちょっぴり哀愁があってぴったりである。そして八編の物語も、登場人物も状況もみんな違うのに、やさしくてちょっぴり哀愁が漂うが、最後には気負わない力が湧きあがるのが感じられて微笑ましい。いいことばかりじゃないけれど、悪いことばかりでもないよね、と思える一冊。

かなたの子*角田光代

  • 2012/03/12(月) 16:58:04

かなたの子かなたの子
(2011/12)
角田 光代

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生れるより先に死んでしまった子に名前などつけてはいけない。過去からの声があなたを異界へといざなう八つの物語。



「おみちゆき」 「同窓会」
「闇の梯子」 「道理」
「前世」 「わたしとわたしではない女」
「かなたの子」 「巡る」

現在の自分が現在のことだけで成り立っているはずはなく、生れ落ちて、いや、まだ姿形もなかった遠く見知らぬ自分のルーツともいうべきはるかな過去から、連綿と続く何かに常に働きかけられて、いまここに在るのである。そしてそんな自分も、これから自分では見ることのないはるか未来へと続く命に、働きかけているのである。たとえ無意識だったとしても。気づかなければなんということもない日常のふとした裂け目から滲み出てきた何かに全身染められてしまうような、裂け目から自分が滲み出して向こう側へ行ってしまうような、背筋に冷や水を浴びせられるような心地の一冊である。

歪笑小説*東野圭吾

  • 2012/03/10(土) 17:15:59

歪笑小説 (集英社文庫)歪笑小説 (集英社文庫)
(2012/01/20)
東野 圭吾

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新人編集者が目の当たりにした、常識破りのあの手この手を連発する伝説の編集者。自作のドラマ化話に舞い上がり、美人担当者に恋心を抱く、全く売れない若手作家。出版社のゴルフコンペに初参加して大物作家に翻弄されるヒット作症候群の新鋭…俳優、読者、書店、家族を巻き込んで作家の身近は事件がいっぱい。ブラックな笑い満載!小説業界の内幕を描く連続ドラマ。とっておきの文庫オリジナル。


小説業界の内幕を暴露する!というとなにが飛び出すかといささか身構えもするが、基本的なスタンスは真面目なのだろうと思う。小説を生み出す小説家はもちろん、編集者や彼らを取り諸々の事情や実情を、面白おかしく――しかもブラックに――描いているが、そこには小説に対する愛が感じられる。東野さんの本音もちらちら見え隠れする一冊で興味深くおもしろい。
そして、目次にわざわざ「巻末広告」と載っているのはなぜだろうと思ったが、なるほどそういうことだっがか、と最後まで愉しませてもらった。

弥勒の月*あさのあつこ

  • 2012/03/09(金) 19:28:12

弥勒の月 (文芸)弥勒の月 (文芸)
(2006/02/22)
あさの あつこ

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小間物問屋「遠野屋」の若おかみ・おりんの溺死体が見つかった。安寧の世に満たされず、心に虚空を抱える若き同心・信次郎は、妻の亡骸を前にした遠野屋主人・清之介の立ち振る舞いに違和感を覚える。―この男はただの商人ではない。闇の道を惑いながら歩く男たちの葛藤が炙り出す真実とは。


逆順に読んできた遠野屋シリーズの、これが一作目である。清之介の新妻おりんの死の真相を暴くのが大きな柱だが、同心・信次郎と遠野屋清之介との出会いの物語でもある。すでに読んだ二作に比べ、清之介の気配の鋭さもまだいなし切れていないように見受けられるのは気のせいだろうか。信次郎と、岡っ引きの伊佐治親分との関係は一作目から変わらないようである。二作目、三作目でおりんの死の裏に隠された事情が気になっていたが、これほど寝の深い狂気に満ちたものだったとは、想像のほかであった。おりんも、清之介も、母のおしのもあまりにも哀しすぎる。最後に配された、おりんと清之介の出会いの場面が涙を誘う。最新作『東雲の途』ではどんな展開が待っているのか、愉しみなシリーズである。

舟を編む*三浦しをん

  • 2012/03/08(木) 17:20:47

舟を編む舟を編む
(2011/09/17)
三浦 しをん

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玄武書房に勤める馬締光也。営業部では変人として持て余されていたが、人とは違う視点で言葉を捉える馬締は、辞書編集部に迎えられる。新しい辞書『大渡海』を編む仲間として。定年間近のベテラン編集者、日本語研究に人生を捧げる老学者、徐々に辞書に愛情を持ち始めるチャラ男、そして出会った運命の女性。個性的な面々の中で、馬締は辞書の世界に没頭する。言葉という絆を得て、彼らの人生が優しく編み上げられていく―。しかし、問題が山積みの辞書編集部。果たして『大渡海』は完成するのか―。


タイトルからはどんな物語が繰り広げられているのか想像もできずにページを開いたのだが、冒頭からすでに言葉好きにはたまらない。最初の一ページでもう心を掴まれ、これからなにがどう展開していくのかとわくわくさせられる。辞書編集という地味で時間と根気がこの上なく必要とされる現場で、言葉好き、辞書好き(な変人)たちが、一冊の辞書を作り上げるまでの顛末である。作業の様子はもちろん、編集部の面々の偏執狂的といってもいいほどの個性的なキャラクターがとてもいい。いささか向きは変わっているが、愛にあふれた職場なのである。直に定年を迎える荒木の後継者として白羽の矢を立てられた馬締くんがどうなることかと思ったが、なかなかどうして立派なものである。辞書が愛おしくなる一冊である。

探偵ザンティピーの仏心*小路幸也

  • 2012/03/06(火) 17:05:26

探偵ザンティピーの仏心 (幻冬舎文庫)探偵ザンティピーの仏心 (幻冬舎文庫)
(2011/10/12)
小路 幸也

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NYに住むザンティピーは数ヶ国語を操る名探偵。ボストンにあるスパの社長・エドから依頼が入る。娘のパットが、北海道の定山渓で日本の温泉経営を学ぶ間、ボディガードを頼みたいというのだ。ザンティピーは依頼を受けるが、定山渓に向かう途中、何者かに襲われ気を失ってしまう・・・・・。謎と爽快感が疾走する痛快ミステリ。書き下ろし第二弾。


ザンティピーがまた日本にやってくる。今度は仕事である。仕事とは言っても、知人の娘・パトリシアのエスコート権ボディーガード兼後見人といった、比較的気楽な来日になるはずだった。しかし、空港からザンティピーにはなにか微かに引っかかるものがあったのだった。それが何かはまったく見当もつかなかったのだが。そして日本到着。東京は乗換えだけでそのまま北海道へ。知人の親友の宿へと向かうはずだったのだが、不覚にも気づいたのは真っ暗な洞穴の中だった。しかもパトリシアの姿はない。さあどうする、ザンティピー。直観力の鋭さで、ちょっとした違和感から仮設を立て推理をめぐらし、フーテンの寅さんばりの日本語でコミュニケーションを図りながらヒントの尻尾を引き寄せる。そして人情たっぷりな裁きを見せるザンティピーは、アメリカ人でありながらとても日本人的で粋である。夏、秋ときたので、次は冬だろうか。もっと読みたいシリーズである。

Coffee Blues *小路幸也

  • 2012/03/05(月) 17:10:32

Coffee bluesCoffee blues
(2012/01/19)
小路 幸也

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1991年、北千住の洋館を改装した<弓島珈琲>。
店主の僕(弓島大)はかつて、恋人の死に関する事件に巻き込まれた。
その時関わった刑事の三栖は、今では店の常連だ。
近所の小学生の少女から、いなくなった姉を探してほしいと頼まれた僕。
少女の両親は入院と言い張り、三栖も何かを知るようだが、事件性がないと動けない。
そんな折り、麻薬絡みで僕の恋人を死に追いやった人物が出所。
事態は錯綜するが、店の営業も中学生の少女探しも続けなくてはならない……。


『モーニング』のダイこと弓島大が主人公である。性格はあのころのままだが、年を重ねていろんな経験をしてきている。いまは、北千住で珈琲店を営んでいるのだった。なぜか事件を引き寄せる、と言われるだけあって、別な方向から複数の厄介ごとが持ち込まれ、周りの人たちに助けられながら――というか周りの人たちの活躍の方が目立っているのだが――無事解決に導く、という物語である。ダイの直観力の正確さはもちろん魅力的だが、それにも増して周りに集まる人々の個性や熱さや、情の厚さがまた魅力にあふれているのである。きっとそれはダイの人徳でもあるのだろう。著者の作品ではいつもそうだが、人は善なりと信じられるのがなにより嬉しい。そして丹下さんのカッコよさは格別である。おばさんとしては応援するしかない。みんないいよ、と胸が熱くなる一冊である。

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決起!コロヨシ!!2*三崎亜記

  • 2012/03/04(日) 17:59:31

決起!  コロヨシ!!2決起! コロヨシ!!2
(2012/01/31)
三崎 亜記

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藤代樹はスポーツ「掃除」の全国大会で第三位の成績を収め、高校三年生で掃除部の主将となった。マイナー競技であった「掃除」への注目度が上がり、入部希望者も殺到。順風満帆な一年が始まるかと思われたのだが、校長の差し金で部費が半減、部室も奪われる。さらに、思いを寄せる高倉偲と指導者・寺西顧問が樹の前から姿を消してしまう…。前代未聞の奇想青春小説、第二弾。


第一弾が、ごく普通の日常を描いているようで微妙にずれた世界に引き込まれる三崎流で、とんでもない世界へ連れていかれたので、第二弾はどんな展開になるのかと、読む前からいやが上にも期待は高まる。そして期待に違わず「掃除」は樹(いつき)立ちの手に負えるような生易しいものではない歴史の渦中に巻き込まれる――春か昔から巻き込まれ続けていたと言った方がいいのかもしれないが――のだった。ひとつ謎が解ければ新たな謎が眼前に立ち塞がるような、手が届かないもどかしさを感じつつも、確実に力を増し運命ともいうべきある点に近づきつつある手ごたえも感じながら読み進むのはわくわくする体験だった。不思議な一冊である。

ダークルーム*近藤史恵

  • 2012/03/01(木) 18:47:42

ダークルーム (角川文庫)ダークルーム (角川文庫)
(2012/01/25)
近藤 史恵

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シェフの内山が勤める高級フレンチレストランに毎晩ひとりで来店する謎の美女。黙々とコース料理を口に運ぶ姿に、不審に思った内山が問いかけると、女は意外な事実を語り出して…(「マリアージュ」)。立ちはだかる現実に絶望し、窮地に立たされた人間たちが取った異常な行動とは。日常に潜む狂気と、明かされる驚愕の真相。ベストセラー『サクリファイス』の著者が厳選して贈る、謎めく8つのミステリ集。書き下ろし短編収録。


表題作のほか、「マリアージュ」 「コワス」 「SWEET BOYS」 「過去の絵」 「水仙の季節」 「君の下には」 「北緯六十度の恋」

どれもちょっぴり怖い物語である。背筋が凍るような怖さではなく、じわじわと足元から這い上がってくるような怖さである。どの物語にも逆転する――というか逆なのだということに気づく――瞬間があり、その一瞬の怖さといったら思わず息が止まるようである。たとえば、復讐していると思っていたのに初めから陥れられている、とか。こんなことが我が身に起こってほしくないと思うことばかりだが、その辺中に罠がありそうな気になってくる一冊である。