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夜の国のクーパー*伊坂幸太郎

  • 2012/07/31(火) 18:29:12

夜の国のクーパー夜の国のクーパー
(2012/05/30)
伊坂 幸太郎

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この国は戦争に負けたのだそうだ。占領軍の先発隊がやってきて、町の人間はそわそわ、おどおどしている。はるか昔にも鉄国に負けたらしいけれど、戦争に負けるのがどういうことなのか、町の人間は経験がないからわからない。人間より寿命が短いのだから、猫の僕だって当然わからない――。これは猫と戦争と、そして何より、世界の理のおはなし。どこか不思議になつかしいような/誰も一度も読んだことのない、破格の小説をお届けします。ジャンル分け不要不可、渾身の傑作。伊坂幸太郎が放つ、10作目の書き下ろし長編。


伊坂さんだなぁ、と思う。初期の伊坂作品が大好きな人には受け入れられないのかもしれないが、伊坂さんが胸に抱いていることは終始一貫しているのだと思う。この路線でこれからもいくのだろう、きっと。主に猫の視点で語られ、ときどき、その猫に拘束され、彼の話を聞かされている――猫は話せるのである――人間の考えが挟み込まれる。初めて彼らが会話する場面に出くわしたとき、これはもしかすると…、と思った(書けないが)のだが、案の定そうであった。それはそれとして、人間社会でも猫や鼠のそれでも、支配者の摂理は変わらないのか、と思うとやるせなくもなる。が、どんな場合でも、立ち上がるものは現れるのだという希望も残してくれたようで、ほっと息が吐ける気もする。大きくて小さな世界の一冊である。

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七夜物語 上下*川上弘美

  • 2012/07/26(木) 20:13:58

七夜物語(上)七夜物語(上)
(2012/05/18)
川上弘美

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小学校四年生のさよは、母親と二人暮らし。離婚した父とは、以来、会っていない。ある日、町の図書館で『七夜物語』という不思議な本にふれ、物語世界に導かれたかように、同級生の仄田くんと共に『七夜物語』の世界へと迷い込んでゆく。大ネズミ・グリクレルとの出会い、眠りの誘惑、若かりし両親、うつくしいこどもたち、生まれたばかりのちびエンピツ、光と影との戦い……七つの夜をくぐりぬけた二人の冒険の行く先は? 著者初の長編ファンタジー。
新聞連載時に好評だった酒井駒子さんの挿絵250点以上を収録!


「しちや」かと思っていたら「ななよ」だった。同じクラスの少年と少女が物語の中の七つの夜を旅するお話である。上巻は、五日目の夜が始まるところまで。はじめは起こることを受け止めることばかりに気を取られていた二人だったが、次第に周囲のことや人の気持ちを考えながら夜の国へ赴くようになっていく。過去を振り返り、未来の方向に手をかざし、あれこれと考えをめぐらせて少しずつ思慮深さを身に着けていく様子が好ましい。物語の内容は違うが、ミヒャエル・エンデの『モモ』と似たテイストのファンタジーな一冊である。

七夜物語(下)七夜物語(下)
(2012/05/18)
川上弘美

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いま夜が明ける。二人で過ごしたかけがえのない時間は―。深い幸福感と、かすかなせつなさに包まれる会心の長編ファンタジー。


五日目の夜から夜が明けて元の世界(?)に帰り、十数年経ってそのときのことを振り返るまでが下巻である。児童書のように教訓的な出来事が次から次へとさよと仄田くんの身に起こり、二人は知恵を絞ってそのたびにくぐり抜けて元の世界へ帰ってくるのだが、少しもお説教臭くなく、彼らと一緒に考え応援したい心持ちにさせられるのは著者の巧みさだろうか。二人にとって、元の世界――と言ってしまっていいのか少し戸惑うが――での物事の見え方がずいぶん変わったのではないだろうか。そして最後に配された十数年後の回想では、なんとくるりとめぐって輪になっているのだ。なんて素敵な一冊なのだろう。

ハチミツ*橋本紡

  • 2012/07/24(火) 17:22:08

ハチミツハチミツ
(2012/06/22)
橋本 紡

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しっかり者の澪、おっとりした環、天然な杏は歳の離れた三姉妹。いつも美味しいものを食べながら仲良く暮らしている…はずでした。なのに次女、環の妊娠をきっかけに、それぞれの人生に転機が訪れて―。恋、仕事、からだのこと…女子は生きてるだけで悩みがいっぱい!曲がり角だらけの人生を暖かく包み込むガールズ長編小説。


高校生の杏が作る朝食が、まずおいしそうである。そして一緒に朝食のテーブルを囲む三姉妹が微笑ましい。ほのぼのした物語が始まるのか、と思えばさに非ず。三姉妹の母親はそれぞれ別の女性なのである。恋愛に関してはどうしようもない父親を持った三姉妹の性格もさまざまで、職場や学校での在り様と、帰ってきて姉妹と交わす会話で、彼女たちの抱える悩みや葛藤がリアルに息づいているようである。疎ましく情けなくもある父との関係も三人三様でありながら、やはり父が吉野家の要であり、良くも悪くも三姉妹に大きな影響を与えているのが判るのもとてもいい。いつまでも離れない家族でいてほしいと願わずにはいられない一冊である。

屋上ミサイル 謎のメッセージ*山下貴光

  • 2012/07/22(日) 16:43:37

屋上ミサイル〜謎のメッセージ (『このミス』大賞シリーズ)屋上ミサイル〜謎のメッセージ (『このミス』大賞シリーズ)
(2012/05/11)
山下 貴光

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高校の屋上を愛する「屋上部」―デザイン科の辻尾アカネと校内きっての不良・国重嘉人、恋に一途な沢木淳之介、バンドマンの平原啓太―の間には、不穏な空気が漂っていた。夏休みを目前に、校内で事件が続いているのだ。ぼや騒ぎや、切り裂かれた油彩画、連続する校内暴行事件。被害者は皆、口を閉ざしているのだったが、一連の事件は国重の仕業ではないかという噂が広がった。アカネたちは真犯人探しをはじめるが、新たな被害者が出て…。『このミス』大賞シリーズ第2弾。


今回も、屋上部のまとまっているのかいないのか判らない活動状況が素敵である。確かなのは、一作目よりさらに部員間の信頼関係が密になっているということだろう。誰もが疑う中、微塵の迷いもなく国重の名誉回復のために行動を起こす彼らが――その言動は脇に置いておくとして――清々しい。国重とアカネがうまくいってしまったりするのも何となくこの物語としては似つかわしくない気もするが、そうなりそうでならない微妙なラインを行ったり来たりする感じもまたなかなかである。そして、アカネの母のひとことが、かなりツボである。真理だ、と思う。三作目もぜひ読みたいシリーズである。

夜をぶっとばせ*井上荒野

  • 2012/07/21(土) 13:38:08

夜をぶっとばせ夜をぶっとばせ
(2012/05/18)
井上荒野

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いじめにあっている長男、シメジしか食べなくなってしまった娘、そしてろくに働かない夫。ある日、メル友募集の掲示板に書き込みをしたことで、35歳の主婦・たまきの人生は転がりはじめる……直木賞作家が掬いあげるように描く、不穏で明るい家族の姿。


表題作のほか、「チャカチョンバへの道」

若さゆえなのか、場の空気ゆえなのか、いまとなってはさっぱり判らなくなった結婚の理由。息子は学校でいじめられ、娘は繊細に感じ取りすぎるせいか心の均衡を崩し、夫はろくな仕事もせずに妻を乱暴に扱う。たまきは、そんな暮らしから逃げるようにメル友募集のサイトに書き込みをし、幾人もの男とデートをするようになる。この物語だけなら、後味はよくないが、よくある話しであるとも言えるのだが、全く別の物語だと思っていたもうひとつの物語が、続編のようになっていて、これがあることで俄かに不穏さが増すのである。なにかどこかが普通ではない、ほんの半歩くらい外れた場所に来てしまったような居心地の悪さに背中がむずむずするのである。さらりと穏やかに描かれているからなおさらである。怖い、と言ってしまってもいい一冊ではないだろうか。

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八月の魔法使い*石持浅海

  • 2012/07/19(木) 17:01:36

八月の魔法使い八月の魔法使い
(2010/07/17)
石持 浅海

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危険だ。関わりあいになるのはあまりにも危険だ。でも、恋人からのSOSに応えないわけにはいかない。入社7年目の若きサラリーマン、経営陣を揺るがす“あってはいけない文書”の謎に挑む!役員会議室と総務部で同時に提示された“工場事故報告書”が、混乱を引き起こす!これはいったい何だ?たまたま総務部に居合わせた草食系サラリーマンは、役員会議室で事件に巻き込まれた恋人を救えるのか。


祖母の墓参りに栃木に来ている深雪と恋人の拓真が、一年前のお盆に会議室と総務部で同時に進んでいた「工場事故報告書」にまつわる騒動を思い出しているところから物語は始まる。あれはなんだったのだろう。松本係長と大木課長の二人の動機ははっきりとはわからないながら、あのことを境に会社と、そして何より拓真の心構えが変わったのだった。
誰がどんな目的で何をどう仕掛けたのか。会議室で困っている深雪を助けるために、断片的にしか知りようのない会議室での様子と、すでに知っていることから、拓真が答えを導き出せるかを松本に試されていた。それに応えようとする拓真は、かつてないほど会社員として熱くなったのだった。拓真の事と事とを結びつける想像力の見事さは出来過ぎの感が無きにしも非ずだが、ほんの些細な引っ掛かりをひとつも無駄にせずに理路整然と真実を導き出す過程は、読者もともに心躍る体験だった。ぐいぐい惹きこまれる一冊である。

風の吹く日にベランダにいる*早坂類

  • 2012/07/17(火) 17:02:04

風の吹く日にベランダにいる―早坂類歌集風の吹く日にベランダにいる―早坂類歌集
(1993/03)
早坂 類

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「生きてゆく理由は問わない約束の少年少女が光る湘南」「何故僕があなたばっかり好きなのか今ならわかる生きたいからだ」 鮮やかなイメージで"新しい詩歌"の可能性を切り拓く、早坂類の第一歌集。同時代の女性歌集シリーズ。


1993年に出された歌集である。ほぼ二十年前ということだ。歌は古びないなぁ。いまここにあることが詠まれているような親しい気持ちで行間に自分を見つけてしまう感じ。

第二図書係補佐*又吉直樹

  • 2012/07/16(月) 16:57:51

第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)第2図書係補佐 (幻冬舎よしもと文庫)
(2011/11/23)
又吉 直樹

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僕の役割は本の解説や批評ではありません。自分の生活の傍らに常に本という存在があることを書こうと思いました。(まえがきより)。

お笑い界きっての本読みピース又吉が尾崎放哉、太宰治、江戸川乱歩などの作品紹介を通して自身を綴る、胸を揺さぶられるパーソナル・エッセイ集。巻末には芥川賞作家・中村文則氏との対談も収載。


著者お薦めの本にまつわる様々な思い出綴りとひと言あらすじ、といった趣の一冊である。一見何の関係もなさそうに見えるエピソードも、ちゃんと作品とつながっていて面白い。子どものころのあれこれは、いじめられていたのでは?と思わなくもないが、本人にその自覚がないのだし、それがいまの職業に結びついているのだから、そうではなかったのだろう。しゃしゃり出なぎ語り口にも好感が持てる。

宝石 ザ ミステリー

  • 2012/07/15(日) 19:13:12

宝石 ザ ミステリー宝石 ザ ミステリー
(2011/12/15)
小説宝石編集部

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ベストセラー作家がここ集結。いまいちばん読みたい作家の新作がすべて読みきり書き下ろしで登場。


十四人の作家の十四の短編集である。好きな作家の作品はもちろん面白く愉しませてもらったが、初めての作家の作品も、興味深く愉しませてもらった。シリーズものの番外編的なものは、そのシリーズそのものも読んでみたくなる。難は、ソフトカバーで紙も薄いので、半身浴読書には不向きな点だろうか。

痛み*貫井徳郎 福田和代 誉田哲也

  • 2012/07/10(火) 16:56:44

痛み痛み
(2012/05/16)
貫井 徳郎:福田 和代:誉田 哲也

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『見ざる、書かざる、言わざる ハーシュソサエティ』―目と手と舌を奪われたデザイナー。裁判員制度と厳罰化。社会情勢が生み出した“狡猾な犯罪”の正体とは?『シザーズ』―刑事と通訳捜査官、俺が捕まえあいつが落とす。中国人の犯罪組織に、まるでハサミの刃のように、二人揃って鋭く切り込む!『三十九番』―このまま、時は平穏に過ぎていくはずだった。「三十九番」の名を再び聞くまでは。留置係員は何を見たのか。衝撃のラスト。警察小説の新たな大地を切り開く3編。


どれもいささか癖と捻りのある警察小説だった。そして、後味がよくない。なのに、何か惹きこまれるものがある。主人公の警察官たちに生身の人間臭さを感じるからだろうか。見たくないが展開が気になる一冊だった。

話虫干*小路幸也

  • 2012/07/08(日) 16:46:52

話虫干話虫干
(2012/06/07)
小路 幸也

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とある町の図書館に出没する話虫(はなしむし)。漱石「こころ」のなかに入り込み名作はメチャクチャに。架空の物語世界を舞台に図書館員たちの活躍が始まる。


Twitterで、漱石の『こころ』を読んでいないと解り辛いところがある、というツイートを読み、細かいところはほぼ忘れていたのですぐに再読したのだった。読み始めてすぐそのわけに納得し、著者なりの『こころ』以前の物語なのかと合点してしばらく読み進むと、なんのなんの、そんなに容易く想像できるようなものではなかった。ファンタジーである。いきなりさまざまな設定が時間も空間も飛び越えて『こころ』の世界に読者もろとも運んで行ってくれるのである。何とも贅沢な夢の世界である。しかもラストの展開がこれまた予想外で、小説の登場人物と話虫退治の図書館員との友情に胸がじんとするのである。いろんな意味でとても贅沢な一冊である。話虫がほんとうにいたら困るが。

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ばら色タイムカプセル*大沼紀子

  • 2012/07/06(金) 17:18:22

ばら色タイムカプセルばら色タイムカプセル
(2010/08/07)
大沼 紀子

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13歳の家出少女・奏が流れ着いた場所は、海が見える町にたたずむ、不思議な老人ホーム『ラヴィアンローズ』だった。咲き誇る薔薇が自慢のこの施設で、年齢を詐称して働きはじめた奏は、薔薇園に隠されたある噂を知ることに…。40年以上の時を超えてその秘密が明かされるとき、止まっていた、みんなの時間がふたたび動き出す。


見事すぎる薔薇が咲き誇る庭を持つ老人ホーム「ラヴィアンローズ」は、要介護認定を受けている人は一人もいない、人生を愉しんでいるお年寄りが暮らすちょっぴり変わったホームである。どの入所者も元気でほがらかで、それぞれの生きがいを見つけて日々を愉しんでいるように見える。だが実は、病を抱えていたり、家族と疎遠になっていたり、気楽で愉しいことばかりではない事情を抱えてもいるのである。そんな場所に紛れ込んでしまった少女・奏も、死を決意するほどに大きなものを両肩に背負っていたのだった。お年寄りの知恵に触れ、きつい仕事をこなす日々のなかで、奏は少しずついろんなものを吸収し、蓄えていく。それぞれに抱えるものの重さと、それでも生きていくための知恵を見せてもらったような一冊である。

箱庭旅団*朱川湊人

  • 2012/07/04(水) 17:17:51

箱庭旅団箱庭旅団
(2012/06/08)
朱川 湊人

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「とにかく旅に出ることだ。世界は本当に広い……今のこの世界だけでも広大無辺なのに、昔や未来、作られたものの世界まで数に入れたら、本当に無限だよ」――それぞれの世界を「箱庭」に見立て、短篇の名手が紡いだ物語が詰まった一冊。
白馬とともにさまざまな世界を旅する少年は、物語にあふれた世界で、さまざまな「出合い」を経験する。“出る"と噂の部屋(「ミッちゃんなんて、大キライ」)、みんなから愛された豆腐売りの少年(「黄昏ラッパ」)、世の中の流行を決めるマンモスに似た生き物(「神獣ハヤリスタリ」)、ある女性編集者の不思議な体験(「『Automatic』のない世界」)、雨の日だけ訪れる亡くなった孫(「秋の雨」)、ぐうたらな大学生二人の奥義(「藤田クンと高木クン」)、サンタクロースにそっくりの獣医(「クリスマスの犬」)などなど。
『かたみ歌』で読者の涙を誘った直木賞作家による、16篇のショート・ストーリー。懐かしくて温かい気持ちになれる連作小説集。


不思議な心の旅の物語。一話完結で、大枠だけある連作かと思いきや、最後近くでぱたぱたと一本の太い流れに収束していくのが小気味よい。誰にもありそうで、誰かに話すと「あるある」と盛り上がりそうで、それでいて自分だけの特別な心の旅である。共有しているのだが固有のものであるという不思議な感覚も味わえる一冊である。

千年鬼*西條奈加

  • 2012/07/01(日) 16:47:37

千年鬼千年鬼
(2012/06/14)
西條奈加

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友だちになった小鬼から過去世を見せられた少女は、心に“鬼の芽”を生じさせてしまう。小鬼は彼女を、宿業から解き放つため、千年にわたる旅を始める。


「三粒の豆」 「鬼姫さま」 「忘れの呪文」 「隻腕の鬼」 「小鬼と民」 「千年の罪」 「最後の鬼の芽」

心に鬼の芽を宿している人に近づき、小鬼が過去世を見せて、鬼の芽が芽吹く前に心のしこりを取り除いていくという連作短編集である。ところどころに出てくる「民」とは誰のことだろう、という疑問は、「千年の罪」で明かされ、小鬼の振る舞いのわけに納得するのである。命がけで長い長い淡い恋心の物語でもあり、切なくあたたかな心地にもさせられる。小鬼の千年と、民のこれからの千年をじっと見守りたくなるような一冊である。