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蓬莱堂の研究*田中啓文

  • 2012/08/31(金) 17:15:36

蓬莱堂の研究――私立伝奇学園高等学校民俗学研究会 その1

“常世の森”で続出する失跡事件、学園の秘密行事“蛭女山祭”中に現れる巨大な怪物、合宿中のいわくありげな旅館で発生する連続殺人!私立伝奇学園民俗学研究会を次々に襲う理不尽な事件に古武道の達人女子高生諸星比夏留と民俗学の天才高校生保志野春信が挑む。“かまいたちの夜2”の原作者が贈る学園伝奇ミステリの傑作。


基本的にはホラーであり、主人公たちは、おぞましく恐ろしい目にも当然遭うのだが、日常――と言っても一般的に思い浮かべる高校生の日常とはかなり異なりはするが――生活のそこここあちこちに駄洒落がちりばめられ、主人公が入部することになってしまった民俗学研究会の面々の個性的すぎるキャラクターと確固たる自説の突拍子もなさにおどろおどろしさを忘れることも度々である。馬鹿らしいと思ってしまうのは簡単ながら、ついついページを繰ってしまう一冊でもある。

見えない復讐*石持浅海

  • 2012/08/30(木) 18:32:02

見えない復讐見えない復讐
(2010/09)
石持 浅海

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エンジェル投資家・小池規彦の前に現れた大学院生・田島祐也。仲間と三人でベンチャー企業を起ち上げたばかりの田島は小池に出資を求めに来たのだ。やがて小池は田島の謎めいた行動から、彼が母校・東京産業大学に対しての復讐心を抱いていることを見抜く。実は小池も田島と同じく大学への恨みを抱えたまま生きていたのだ―。


母校に対する恨みと復讐心という共通点を持つ大学院生の起業家と大学の先輩でもある投資家。あわよくば自分の代わりに復讐を果たしてもらいたい、という意図を隠して出資した投資家・小池と、復讐心を隠したつもりで出資を受けた田島の駆け引きの面白さもあるが、それ以前に、田島たちが大学に復讐するつもりだと見抜いた小池の観察眼や、アルバイトのプログラマーを雇う際に、見せられたデモゲームで彼の欲求を見抜く田島の着眼点の鋭さなどが興味深く、わくわくさせられる。単なる復讐劇ではなく、人間の昏い欲求や身勝手さにスポットが当たっているのも興味深い。後味は決してよくないが面白い一冊である。

ケルベロスの肖像*海堂尊

  • 2012/08/29(水) 16:58:04

ケルベロスの肖像ケルベロスの肖像
(2012/07/06)
海堂 尊

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『このミステリーがすごい! 』大賞を受賞した、ベストセラー『チーム・バチスタの栄光』から続く、田口&白鳥シリーズ最終巻! 大人気メディカル・エンターテインメント、いよいよ完結です! 「東城大学病院とケルベロスの塔を破壊する」――東城大学病院に送られてきた脅迫状。高階病院長は、院内の厄介事を一手に引き受ける愚痴外来の田口医師に、犯人を突き止めるよう依頼した。厚生労働省のロジカル・モンスター白鳥の部下、姫宮からのアドバイスによって、調査を開始する田口。警察、医療事故被害者の会、内科学会、法医学会など、様々な人間の思惑が交錯するなか、エーアイセンター設立の日、何かが起きる!?


シリーズ最終巻、と謳ってはいるが、一連の物語自体は完結、あるいは収束したわけではなく、謎や消化不良感を残したままである。ということは、何らかの形で後々解き明かされることがあるのかもしれない、という予感を抱かせるラストである。昼行灯のようだった田口先生も、基本的には変わらないが、ずいぶんとしたたかになり、戦車の上でちゃんと愉しんでいたりするのが微笑ましくもある。物語自体は、シリーズを終わらせるための物語的な意味合いが濃かったようにも思うが、田口白鳥コンビと会えなくなると思うと一抹の寂しさもある一冊である。

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ぬるい毒*本谷有希子

  • 2012/08/27(月) 17:00:42

ぬるい毒ぬるい毒
(2011/06)
本谷 有希子

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ある夜とつぜん電話をかけてきた、同級生と称する男。嘘つきで誠意のかけらもない男だと知りながら、私はその嘘に魅了され、彼に認められることだけを夢見る―。私のすべては、23歳で決まる。そう信じる主人公が、やがて24歳を迎えるまでの、5年間の物語。


19歳の熊田由理に、高校の同級生の向伊と名乗る男から電話がかかってきたのが始まりである。高校のときに借りたお金を返したいから、家の外に出てきてくれないか、と言われて出てみると、イケメンだが憶えのない男がそこにいた。向伊は嘘つきだった。由理は向伊の嘘にしてやられている風を装って、いつか鼻を明かしてやろうと企てるが、それはもしかするとすでに恋に落ちたということなのかもしれない。恋愛物語なのか、とも思うが、それほど単純なものでもなく、あらゆることが屈折している。タイトルの通り、ぬるい毒を吐きながら、周りだけでなく自らもその毒にじわじわと侵されていくような厭な心地にさせられる。由理にとって向伊はきっかけに過ぎなかったのかもしれない。家の、そしてそもそも自分というしがらみから解放されるための。少しずつ侵されていくような一冊である。

幸福な日々があります*朝倉かすみ

  • 2012/08/26(日) 16:51:02

幸福な日々があります幸福な日々があります
(2012/08/03)
朝倉 かすみ

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森子46歳。祐一49歳。結婚生活10年を迎える。元日の朝、森子の発言が平穏な結婚生活を一変させた。妻が夫に別れを告げるとき―。移ろい行く夫婦の心情を綴る、長篇小説。


これ以上望めないくらい言うことのない人と結婚し、仲好く愉しく欠けるところのない結婚生活を送っていたはずだった。それなのに十年の間に、何がどう変わったというのだろう。状態は何も変わっていないのに、心の在りようだけが変わってしまったのか。男と女の感じ方の違いとか、しあわせの価値観の違いとか、だろうか。おそらく女性なら誰でも「わかるわかる」とうなずく場面があるのだろうと思う。言葉にするとほんとうのことからどんどん遠ざかるような理由を並べても、虚しいだけである。夫として好きじゃなくなった、それに尽きるのだ。ほかにどうしようもない森子にそっと寄り添いたい一冊である。

ロスジェネの逆襲*池井戸潤

  • 2012/08/24(金) 19:49:35

ロスジェネの逆襲ロスジェネの逆襲
(2012/06/29)
池井戸 潤

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人事が怖くてサラリーマンが務まるか!
人気の「オレバブ」シリーズ第3弾となる『ロスジェネの逆襲』は、バブル世代の主人公が飛ばされた証券子会社が舞台。親会社から受けた嫌がらせや人事での圧力は、知恵と勇気で倍返し。ロスジェネ世代の部下とともに、周囲をあっと言わせる秘策に出る。
エンタテインメント企業小説の傑作!


池井戸さんやっぱり面白い。冒頭では、バブル世代とロスジェネ世代の確執物語かと思わせて、実はロスジェネ世代にエールを送る物語でもあるのだ。読者はもとより、物語の中にも半沢シンパがまた増えた。半沢がここまでやれるのは、信頼できる仲間や部下、そして信頼し合える関係を築いてきた顧客の存在によるところも大きい。ひとりでがむしゃらに主張したとしても、いつも正義が勝つとは限らないのである。人を大切に思う半沢ならではの活躍なのだと思う。今回もスカッとする一冊だった。

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キシャツー*小路幸也

  • 2012/08/22(水) 13:58:07

キシャツーキシャツー
(2012/07/14)
小路 幸也

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うちらは、電車通学のことを、キシャツー、って言う。部活に通う夏休み、車窓から、海辺の真っ赤なテントに住む男子を見つけて……微炭酸のようにじんわり広がる、それぞれの成長物語。


傍目にはとても恵まれていたり、優等生だったり、明るく元気いっぱいに見えていても、近づいて深く知ればそれだけではないこともわかる。誰しも、足りないもの、欠けている部分、屈託を抱えているものである。それでも、それをわかり合いつつ、欠けた部分を補うように互いを思いやり、仲好く愉しく高校生活を送っている。そんなある夏休みの物語である。そのたった数日の短い期間に、赤いテントの少年を交えて、ぎゅっと濃い何かが詰まっている。それぞれがこの先生きていくために大切な何かが。いまは何も見つからなくても、考え続けることが大切なのだと思わされる一冊である。

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夏雷*大倉崇裕

  • 2012/08/20(月) 07:29:20

夏雷夏雷
(2012/07/24)
大倉崇裕

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ずぶの素人を北アルプスの峻峰に登らせる―。奇妙な依頼を受けた男に仕組まれた危険な罠!山を捨てた男の誇りと再生を賭けた闘いの行方は!?彼はなぜ槍ヶ岳を目指したのか?新たな歴史を刻む山岳ミステリーの傑作誕生。


ガチガチの登山物語ではないので、登山に詳しくなくても違和感なく愉しめる、山での描写よりも、そこに至る経緯が物語の主なところで、しかもそれが面白い。読み進めば読み進むほどに、謎が深くなり、知りたい欲求がどんどん高まる。主人公の便利屋倉持の抱える謎、依頼者山田の謎、突然現れた女の謎、等々…。ミステリとしては完結したが、果たせなかった山田との最後の約束を果たさせてやりたかった、と思わされる一冊である。

最果てアーケード*小川洋子

  • 2012/08/18(土) 16:34:02

最果てアーケード最果てアーケード
(2012/06/20)
小川 洋子

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ここは、世界でいちばん小さなアーケード―。愛するものを失った人々が、想い出を買いにくる。小川洋子が贈る、切なくも美しい記憶のかけらの物語。


とてもとても著者らしい物語である。これぞ小川洋子の世界、という趣。どことも知れぬ最果てにある見過ごしてしまいそうなアーケードの入り口を潜ると、そこには、きらきらと煌めくような大切なあれこれがぎゅっと凝縮されて詰まっているのである。大切な時間、大切なもの、大切な気持ち、大切な人、それらのかけがえのない思い出が、とても丁寧に扱われているのである。ここにある一風変わった店のチョイスも、なんと著者らしいことだろう。それらがなんと普通にひっそりとそこにあることだろう。心がしんとするような一冊である。

月と雷*角田光代

  • 2012/08/18(土) 10:26:21

月と雷月と雷
(2012/07/09)
角田 光代

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不意の出会いはありうべき未来を変えてしまうのか。ふつうの家庭、すこやかなる恋人、まっとうな母親像…「かくあるべし」からはみ出した30代の選択は。最新長篇小説。


一般社会において暗黙のルールとされているさまざまなこと。それらから外れたところで生まれ育った人間は、どうやって自分と社会との折り合いをつけていくのか、あるいは折り合いをつけないまま、生きづらい世の中を渡っていくのか。そんなことを考えさせられる一冊だった。ルールから外れていることに無自覚でないだけ、主人公たちの苦悩と逡巡の深さが悩ましい。どこからやり直せば普通の人生を歩めたのか、と起点を探し求める気持ちが痛いが、終盤で奇跡のようにつぶやかれる「はじまったら終わることはない」というひと言が、妙に腑に落ちるのである。いまも二人は何かをあきらめながら切り抜けようともがいているのだろう。

清須会議*三谷幸喜

  • 2012/08/17(金) 18:11:18

清須会議清須会議
(2012/06/27)
三谷 幸喜

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生誕50周年記念「三谷幸喜大感謝祭」のラストを飾る、満を持しての書き下ろし小説、遂に刊行! 信長亡きあとの日本の歴史を左右する五日間の攻防を「現代語訳」で綴る、笑いと驚きとドラマに満ちた、三谷印の傑作時代エンタテインメント!

日本史上初めての会議。「情」をとるか「利」をとるか。
本能寺の変、一代の英雄織田信長が死んだ。跡目に名乗りを上げたのは、柴田勝家と羽柴秀吉。その決着は、清須会議で着けられることになる。二人が想いを寄せるお市の方は、秀吉憎さで勝家につく。浮かれる勝家は、会議での勝利も疑わない。傷心のうえ、会議の前哨戦とも言えるイノシシ狩りでも破れた秀吉は、誰もが驚く奇策を持って会議に臨む。丹羽長秀、池田恒興はじめ、会議を取り巻く武将たちの逡巡、お市の方、寧、松姫たちの愛憎。歴史の裏の思惑が、今、明かされる。


これで歴史を知ったつもりになってはいけないと思うが、教科書の中にしか存在しないイメージだった戦国武将たちが、一瞬にして身近な存在になることは請け合いである。本作は歴史小説ではなく、現代語(訳)の会話と思考のみで成り立っていることを思えば、小説かどうかも判断に迷うのだが、面白いことだけは確かである。信長を取り巻く武将たちの、信長亡き後の思惑や腹の探り合いの本音を、透明人間になって見聞きしたような心地になれる一冊である。

ひなこまち*畠中恵

  • 2012/08/16(木) 18:24:09

ひなこまちひなこまち
(2012/06/29)
畠中 恵

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お江戸のみんなが、困ってる!? 大人気「しゃばけ」シリーズ最新刊。いつも元気に(!?)寝込んでる若だんなが、謎の木札を手にして以来、続々と相談事が持ち込まれるようになった。船箪笥に翻弄される商人に、斬り殺されかけた噺家、霊力を失った坊主、そして恋に惑う武家。そこに江戸いちばんの美女探しもからんできて――このままじゃ、ホントに若だんなが、倒れちゃう!シリーズ第11弾は、いつもの年より一月早いお届けです!


今回の若旦那は、いつもに増して困っている人を助けようとする気持ちが強く、行動的――内容が伴うかどうかはともかくとして――だったように思う。そして、夢の中とは言え、男としての確固たる覚悟が印象的である。もうとうにお馴染みの鳴家や妖たちとのコンビネーションも、すっかり安心してみていられるものとなっていて、互いになくてはならない存在だというのがよくわかって微笑ましくもあり切なくもある。次に若旦那に会うときには、どんな若者になっているのだろうと、成長を愉しみにしてしまうようになった一冊でもある。

夢より短い旅の果て*柴田よしき

  • 2012/08/15(水) 17:01:58

夢より短い旅の果て夢より短い旅の果て
(2012/06/30)
柴田 よしき

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四十九院(つるしいん)香澄は“その道では有名な”鉄道旅同好会に入会した。鉄道に興味はなかったが、彼女には同好会に絶対に入らなければいけない理由があった。急行能登、飯田線、沖縄都市モノレールゆいレールに、こどもの国、越後湯沢、雨晴、日光…。一つの線路、一つの駅に集う多くの人々、様々な人生と交錯する中、彼女自身も自分のレールを敷きはじめていく。ありふれた日常をちょっぴり変える、珠玉の鉄道ロマン。


鉄道ロマンとはいうものの、ミステリか?と思わせる要素もあり、ただ大学の同好会の一員として鉄道の旅を愉しむのとはひと味違った緊張感があるのが、旅の愉しさをより好いものにするスパイスになっている。著者の鉄道への愛が登場人物それぞれを通してページのこちら側にも伝わってくるし、鉄道の愛好者でなくともこの路線に乗って、この駅で降りてみたいという気にさせる一冊でもある。列車や旅先での出会いは、都心の雑踏での出会いとは全く違う親近感を伴っており、それがまたいっそう旅を素晴らしいものにしているのだろう。主人公・香澄のこれからの旅を応援したくなる一冊でもある。

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花宴*あさのあつこ

  • 2012/08/14(火) 14:02:45

花宴花宴
(2012/07/06)
あさのあつこ

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小太刀の名手である紀江は、藤倉勝之進を婿に迎えるが、かつて思いを寄せていた三和十之介への募る思いを消し去ることはできなかった。やがて、父の死をきっかけに夫が自分を避け始めるが、それは自らの業の深さゆえと自分を責めるしかなかった。しかし、ある朝、何者かに斬られ、血まみれとなった勝之進が告げたのは、藩内に蠢く禍々しい策謀の真実だった! 今さらながら夫への献身を誓い、小太刀を手にした紀江だが……。男女の悲哀を描く、感動の時代小説。


時代小説とは言え、男女の心の機微は現代と何ら変わることはない。ただ背景にあるものが、家を背負い、名を、誇りを背負って、現代とは比べるべくもなく過酷で真剣であり、命さえをも張ったものであるというだけである。そして、それこそが望まぬ擦れ違いや不幸を生むことになるのも確かなことなのである。本作では、不幸を嘆くだけではなく、それを上回る大きく包み込むような愛が感動を呼ぶ。だが、犠牲にされたものもまた多いのである。切なく哀しく、そして愛にあふれた一冊である。

花のさくら通り*荻原浩

  • 2012/08/12(日) 17:02:43

花のさくら通り花のさくら通り
(2012/06/26)
荻原 浩

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シャッター通りまであと一歩。さびれた商店街の再生プロジェクトを請け負ったのは、和菓子屋の2階に移転してきたばかりの超零細&倒産寸前の広告制作会社だった…。『オロロ畑でつかまえて』『なかよし小鳩組』に続くユニバーサル広告社シリーズ、待望の第3弾。


ユニバーサル広告社シリーズの最新作である。なんと、地味な駅の、一応商店街と呼べる通りを抜け、シャッターが閉まった店も多い寂れた通りに入り、社員一同(杉山・村崎・猪熊)が全身を不安に包まれきったところで到着したのは、昔ながらの和菓子屋の前。果たしてその二階が、ユニバーサル広告社の新オフィスなのだった。しかも成り行きで、杉山はその三階に住みこむことになってしまうのだった。
シャッター商店街まであと半歩、という現状を打開する意思があるのかないのか、商店会の長老たちの事なかれ主義や排他主義と、二代目三代目の商店主たちとの噛み合わなさは、あまりにもお約束通りなのだが、ここだけではなくどこにでもあることのようで、何とももどかしく歯がゆい思いで堪らない。採算度外視で商店街の再生を請け負った杉山たちの苦労も容易に想像ができる。杉山の離婚した妻と一緒に暮らすひとり娘との関係や、寺の息子と教会の娘の恋物語など、盛りだくさんで、どう収拾をつけるのかと思ったが、どの要素もそれなりの場所にピタリとはまって、大団円を迎えるのはお見事である。老若の確執がすっかり解消したわけではないので、これからもいろいろごたごたがあるかもしれないが、修行中の寺の跡取り・光照が帰ってきたらまた愉しいことになりそうな気がする。ユニバーサル広告社はきっとしばらくここに腰を落ち着けるのだろうな、と次を期待したくなる一冊である。

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秘密は日記に隠すもの*永井するみ

  • 2012/08/07(火) 19:42:27

秘密は日記に隠すもの秘密は日記に隠すもの
(2012/07/18)
永井 するみ

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父親の秘密を見つけた女子高生の日記「トロフィー」、母の死を引きずる43歳独身男性の日記「道化師」、姉妹で同居している結婚を控えた姉の日記「サムシング・ブルー」、熟年夫婦の日常を記した夫の日記「夫婦」。まったく無関係な4人だが、本人たちも気づかぬところで、実は不思議な繋がりがあった……。急逝した著者の絶筆となった最後の作品。著者は一体、どんな秘密を作品の中に隠したのか……。その謎を解くのはあなたです。


日記がキーになる連作短編集である。だがそれだけではなく、それぞれの物語の登場人物たちに緩く微かなつながりがあるので、物語同士がより親しみのあるものになっている。これが絶筆になったなんて、信じたくないが、物語は途中で終わり、著者の意図を想像してみようとするが、到底叶わない。ある点を境に、がらりと世界が変わる瞬間はぞくぞくするような快感であり、著者の巧さが際立つ場面でもある。この先を読むことが絶対にできないとは、残念でならない。味わい尽くしたい一冊である。

旅屋おかえり*原田マハ

  • 2012/08/06(月) 17:02:25

旅屋おかえり旅屋おかえり
(2012/04/26)
原田 マハ

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あなたの代わりに、全国どこでも旅に出ます!
唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」が打ち切りになった売れないタレント・丘えりか。ひょんなことから、病気などの事情を抱えた人から依頼を受けて、代わりに旅をする「旅屋」を始めることに。


元アイドルで三十過ぎのタレント・「おかえり」こと丘えりかと、彼女が唯一の所属タレントであるよろずやプロの社長・萬鉄壁。これだけで、かつての一瞬の栄華にしがみついて自分の現在をちっとも判っていない勘違い女と、彼女を食い物にするいい加減な社長の顛末記というような裏寂れた物語になりそうな匂いがぷんぷん漂っている。だがそんな期待(?)を裏切るように、おかえりは旅を愉しみ、鉄壁社長は胸に秘めた過去の純愛を貫いている。おかえりの旅への思いが彼女を卑屈にさせず、人とのつながりを大切に思う気持ちを育んだのだろうなぁ、と見ていて胸がじんわりあたたかくなるのである。鉄壁社長の普段の強面キャラと、胸に秘めた深い思いのギャップがこれまたいい。おかえり、と言われるしあわせを噛みしめたくなる一冊である。

雪と珊瑚と*梨木香歩

  • 2012/08/05(日) 14:14:13

雪と珊瑚と雪と珊瑚と
(2012/04/28)
梨木 香歩

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珊瑚、21歳。生まれたばかりの子ども。明日生きていくのに必要なお金。追い詰められた状況で、一人の女性と出逢い、滋味ある言葉、温かいスープに、生きる力が息を吹きかえしてゆく―。


タイトルからは全く想像できない物語だった。そして、少し読み進めると、まだ年若いシングルマザーの珊瑚が雪という赤ん坊を抱えて、やっていけそうもなくなったときにひとりの女性と出会い、勇気をもらって人生を切り開いていく物語なのだろう、と思った。もっと読み進むと、それは大きく違ってはいなかったが、それだけの薄っぺらなものではなかった。物語には幾人かの女性が出てくるが――もちろん男性も出てくるが――それぞれがしっかりとしたキャラクターで、読者は誰かしらに自分を重ねることができるのではないだろうか。珊瑚にとって彼女たちは、いつも甘いことを言ってくれるとは限らず、時には苦く、触れてほしくないところを抉られるようなこともある。それでもそのことを通して珊瑚は自分自身を再発見することができるのである。ともすると宗教がかってしまいがちなテーマを、人が生きていくことの根源として描き切っているところが素晴らしい。丁寧に心を込めて料理を作りたくなる一冊でもある。

光*道尾秀介

  • 2012/08/03(金) 18:32:04

光
(2012/06/08)
道尾秀介

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あのころ、わたしたちは包まれていた。まぶしくて、涙が出る――。

都会から少し離れた山間の町。小学四年生の利一は、仲間たちとともに、わくわくするような謎や、逃げ出したくなる恐怖、わすれがたい奇跡を体験する。
さらなる進境を示す、道尾秀介、充実の最新作!


山間の町で過ごす子ども時代。暗い夜、恐ろしい言い伝え、大切な思い、宝物、仲間だけの秘密。そんなノスタルジックなあれこれが語られる折々に挟みこまれた、そのころを懐かしむような語り。それが誰だかどうしてそんな形になっているのかが明かされるのは最後である。そうだったのか。利一、清隆、慎司、宏樹、という性格も境遇も違う四人の同級生が慎司の姉・悦子を交えて知恵と勇気と思いやりの気持ち全開で出会う出来事の数々は、彼らだけの奇蹟だったのだろうか。かけがえのないひと時は、彼らの成長にどんな影響を与えたのだろうか。読む者に子どものころのみっしり詰まった時間を思い出させてくれる一冊である。