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夏の口紅*樋口有介

  • 2012/11/28(水) 17:03:01

夏の口紅 (文春文庫)夏の口紅 (文春文庫)
(2009/07/10)
樋口 有介

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十五年前に家を出たきり、会うこともなかった親父が死んだ。大学三年のぼくは、形見を受け取りに行った本郷の古い家で、消息不明の姉の存在を知らされ、季里子という美しい従妹と出会う。一人の女の子を好きになるのに遅すぎる人生なんてあるものか…夏休みの十日間を描いた、甘くせつない青春小説。


改めて上記の内容紹介を読んで、たった十日間の出来事だったのか、とその内容の濃さに驚かされる。礼司にとって、この十日は、おそらくこれからの生き方をも変える十日となったことだろう。顔も覚えていない父親の死の知らせ、父の義理の娘・季里子との出会い、存在さえ知らなかった姉を探すこと。降って湧いたような難題が、これでもかというくらい礼司に襲い掛かってくる。律儀に――礼儀正しくと言ってもいいかもしれないが――クリアしようとする礼司も、あちこちに迷惑をかけっぱなしだった父同様、たしかに少々変わっているのかもしれない。だが、そのことによって、父の生きてきた道と、残したものを知ることができ、意外に憎めない思いとともに受け止めることができるようになったのかもしれない。奇を衒ったところは何もないが、みっしりと詰まった一冊である。

あと少し、もう少し*瀬尾まいこ

  • 2012/11/26(月) 19:37:54

あと少し、もう少しあと少し、もう少し
(2012/10/22)
瀬尾 まいこ

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中学校最後の駅伝だから、絶対に負けられない。襷を繋いで、ゴールまであと少し! 走るのは好きか? そう聞かれたら答えはノーだ。でも、駅伝は好きか?そう聞かれると、答えはイエスになる──。応援の声に背中を押され、力を振りしぼった。あと少し、もう少しみんなと走りたいから。寄せ集めのメンバーと頼りない先生のもとで、駅伝にのぞむ中学生たちの最後の熱い夏を描く、心洗われる清々しい青春小説。


駅伝小説はいくつか読んだが、これは、それらとは少しばかり趣が違っている。1区から6区まで、その区間を走る選手の視点で、練習開始から駅伝本番までが描かれており、物語自体が襷リレーになっているのである。同じ状況も、視点によって微妙に違う景色になる。そしてそれが新鮮であり、ときにもどかしい心持ちにもさせるのである。見えているようで見えていない自分のこと。それでいてわかりすぎるほどわかっているのも自分のことである。中学生らしい葛藤の中で、急ごしらえの顧問である、美術の上原先生の存在が何とものどかで場違いにも見える。だが、そこはさすが教師なのである。上原先生がいなかったら、このチームはきっと成り立っていなかっただろう。こういう存在、憧れるなぁ。爽やかで、カッコ悪くて、熱くて、愛おしい一冊である。

とにかくうちに帰ります*津村記久子

  • 2012/11/25(日) 08:29:32

とにかくうちに帰りますとにかくうちに帰ります
(2012/02/29)
津村 記久子

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うちに帰りたい。切ないぐらいに、恋をするように、うちに帰りたい――。職場のおじさんに文房具を返してもらえない人。微妙な成績のフィギュアスケート選手を応援する人。そして、豪雨で交通手段を失った日、長い長い橋をわたって家に向かう人――。それぞれの日々の悲哀と矜持、小さなぶつかり合いと結びつきを丹念に描く、芥川賞作家の最新小説集。働き、悩み、歩き続ける人たちのための六篇。


「職場の作法」
   ブラックボックス
   ハラスメント、ネグレクト 
   ブラックホール
   小規模なパンデミック
「バリローチェのフアン・カルロス・モリーナ」
「とにかくうちに帰ります」

本土から離れた「洲」にある小さな会社が舞台の連作である。私(鳥飼)の目線で、先輩や上司との職場での日常のあれこれが語られるのだが、そのどれもが些細なことでありながら、チクリと胸を刺されたり、それぞれの人の人となりがそれとなくにじみ出ていたりして興味深い。人間ってこうだよなぁ、と思わず深くうなずいてしまったりもする。そして表題作では、ほんとうにほんとうに心から屋根って素晴らしい、と思わされる。凄まじい雨に降りこめられた人たちが、とにかく何をおいても屋根のある家に帰って力を抜けることを祈らずにはいられない。不思議に魅力的な一冊である。

無花果とムーン*桜庭一樹

  • 2012/11/23(金) 17:17:32

無花果とムーン無花果とムーン
(2012/10/20)
桜庭 一樹

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「あの日、あの瞬間がすべて。時間よ、止まれ」あたし、月夜は18歳。紫の瞳、狼の歯を持つ「もらわれっ子」。ある日、大好きなお兄ちゃんが目の前で、突然死んでしまった。泣くことも、諦めることもできない。すべてがなんだか、遠い―そんな中、年に一度の「UFOフェスティバル」が。そこにやってきた流れ者の男子・密と約。あたしにはどうしても、密がお兄ちゃんに見えて―。少女のかなしみと妄想が世界を塗り替える。そのとき町に起こった奇跡とは。


どこか夢の中の異国のような町で起こる、夢の中の出来事のようにみえる――でも本人たちにとっては、圧倒的な現実感を持つ――この世とあの世とのあわいでもがく少女のひと夏の物語である。ひとりの大切な人を喪ったとき、残された人はどうやって受け止め乗り越えていったらいいのか、そしてそのときの想いがどれほど自分以外の人に伝わらないのか、ということを考えさせられもする。現実に起こったことが夢のようであり、妄想、あるいは幻想の世界の出来事が現実感を帯びている。何とも不思議な心地にさせられる一冊である。

ノエル*道尾秀介

  • 2012/11/20(火) 17:14:01

ノエル: a story of storiesノエル: a story of stories
(2012/09/21)
道尾 秀介

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物語をつくってごらん。きっと、自分の望む世界が開けるから――理不尽な暴力を躱(かわ)すために、絵本作りを始めた中学生の男女。妹の誕生と祖母の病で不安に陥り、絵本に救いをもとめる少女。最愛の妻を亡くし、生き甲斐を見失った老境の元教師。それぞれの切ない人生を「物語」が変えていく……どうしようもない現実に舞い降りた、奇跡のようなチェーン・ストーリー。最も美しく劇的な道尾マジック!


「光の箱」 「暗がりの子供」 「物語の夕暮れ」 「四つのエピローグ」

どの物語もどの主人公も、とても切なくて、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような心持ちになる。だが、互いの物語、登場人物の思いもよらないつながりに気づくと、ひたひたと温かなものに足もとから少しずつ満たされていくような心地になる。どんな境遇に置かれても、どんなに切羽詰まった思いに駆られても、存在自体が意味のあることなのだと、救いはあるのだと思わせてくれる。四つのエピローグで明らかにされる真実を知ったとたん、堰を切ったように涙があふれた。切なくて哀しくて、愛しくてあたたかい一冊である。

虚像の道化師--ガリレオ7*東野圭吾

  • 2012/11/17(土) 17:03:04

虚像の道化師 ガリレオ 7虚像の道化師 ガリレオ 7
(2012/08/10)
東野 圭吾

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東野圭吾の代表作、「ガリレオシリーズ」の最新短編集。
ビル5階にある新興宗教の道場から、信者の男が転落死した。その場にいた者たちは、男が何かから逃れるように勝手に窓から飛び降りたと証言し、教祖は相手に指一本触れないものの、自分が強い念を送って男を落としてしまったと自首してきた。教祖の“念”は本物なのか? 湯川は教団に赴きからくりを見破る(「幻惑(まどわ)す」)。突然暴れだした男を取り押さえようとして草薙が刺された。逮捕された男は幻聴のせいだと供述した。そして男が勤める会社では、ノイローゼ気味だった部長が少し前に自殺し、また幻聴に悩む女子社員もいた。幻聴の正体は――(「心聴(きこえ)る」)。大学時代の友人の結婚式のために、山中のリゾートホテルにやって来た湯川と草薙。その日は天候が荒れて道が崩れ、麓の町との行き来が出来なくなる。ところがホテルからさらに奥に行った別荘で、夫婦が殺されていると通報が入る。草薙は現場に入るが、草薙が撮影した現場写真を見た湯川は、事件のおかしな点に気づく(「偽装(よそお)う」)。劇団の演出家が殺された。凶器は芝居で使う予定だったナイフ。だが劇団の関係者にはみなアリバイがあった。湯川は、残された凶器の不可解さに着目する(「演技(えんじ)る」)。
読み応え充分の4作を収録。湯川のクールでスマートな推理が光る、ガリレオ短編集第4弾。


そうか、ガリレオシリーズは著者の代表作、という位置づけなのか。映像の力、ということだろう。いつまでも、当初の湯川先生のイメージにこだわっていてはいけないのだろうということはわかっているが、どうにも釈然としない心持ちになってしまうのも確かなのである。それは置いておくとして、物語としては、さまざまな要素が盛り込まれていて愉しめた。ただ、湯川先生が社会生活にだんだん適応してきたのか、変人ぶりが薄れつつある気がして、それが少しさみしくもある。草薙刑事に期待しつつ、次回作もたのしみに待ちたいシリーズではある。

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一生、薬がいらない体のつくり方*岡本裕

  • 2012/11/16(金) 21:10:08

一生、「薬がいらない体」のつくり方 (知的生きかた文庫)一生、「薬がいらない体」のつくり方 (知的生きかた文庫)
(2010/07/20)
岡本 裕

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◎「元気で長生きしたい人」必読の書
――「いつも元気な人」に「薬を飲んでいる人」はいない!
9割の薬は「飲んではいけない」。できる医者ほど「薬を使わない」。


珍しく小説ではない本を。
普段から滅多に薬を飲まないし、よほどのことでなければ病院へも行かない暮らしをしているので、共感できることがたくさんである。最近は、ハンドクリームやリップクリームも、白色ワセリンにしたほどである。理屈抜きに自然に実践していることもたくさんあったが、それが何にどう役立っているのかということが解って納得することも多かった。免疫力を上げるのに役立つ温冷浴をさっそく試してみたが、思っていたよりも気持ち好くて、しばらく続けてみようと思う。何事も言われるままではなく自分の頭で考えなくてはいけないな、と思わされた一冊でもある。

46番目の密室*有栖川有栖

  • 2012/11/16(金) 17:06:25

新装版 46番目の密室 (講談社文庫)新装版 46番目の密室 (講談社文庫)
(2009/08/12)
有栖川 有栖

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日本のディクスン・カーと称され、45に及ぶ密室トリックを発表してきた推理小説の大家、真壁聖一。クリスマス、北軽井沢にある彼の別荘に招待された客たちは、作家の無残な姿を目の当たりにする。彼は自らの46番目のトリックで殺されたのか―。有栖川作品の中核を成す傑作「火村シリーズ」第一作を新装化。


火村&アリスシリーズの一作目である。どうしていままで読んでいなかったのか――読んで忘れているのかもしれないが――不思議なくらいである。火村はもうアリス言うところの「臨床犯罪学者」であるし、現場で絹の黒手袋もはめている。第一作からしっかりキャラクターができあがっていたのである。火村とアリスの役どころも然り、である。、全く古びていないどころか、最新作と比べてもちっとも遜色ないことに驚かされる。事件自体は、隠された驚きの真実によって、あっと驚く動機が明らかになり、火村やアリスとともに読者も目を瞠ることになる。どこから読んでも惹きつけられるシリーズである。

少しだけ、おともだち*朝倉かすみ

  • 2012/11/13(火) 20:50:41

少しだけ、おともだち少しだけ、おともだち
(2012/10/25)
朝倉 かすみ

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ほんとうに仲よし?ご近所さん、同級生、同僚―。物心ついたころから、「おともだち」はむずかしい。微妙な距離感を描いた8つの物語。


「たからばこ」 「グリーティングカード」 「生方家の奥さん」 「チェーンウォレット」 「ほうぼう」 「仔猫の目」 「C女魂」 「今度、ゆっくり」

この物語に出てくるのは、大親友とか、心を許し合った友、とかいうわかりやすい「おともだち」ではない。ただのクラスメイトよりも少し一緒にいる時間が長かったり、上辺だけしか知らない同年代だったり、職場のメンバーの中でたまたまほかの人たちと歳の離れた二人だったり、なんとなく「おともだち」っぽい関係の人たちである。そんな微妙なおともだちの、微妙な距離感の、微妙な日常が普通に描かれていて、妙にお尻のすわりが悪いような居心地の悪さと、同時にちょっとした照れ臭さのようなものも感じてしまうのである。秘密をちょっぴり覗き見してしまったうしろめたさと誇らしさのような一冊である。

東京ローカルサイキック*山本幸久

  • 2012/11/09(金) 21:08:09

東京ローカルサイキック東京ローカルサイキック
(2012/09/28)
山本 幸久

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日暮誠は死んだミーニャのことを思い出すと瞬間移動した。吉原花菜は恋をすると体が浮いた。そんな二人が中学の図書委員会で一緒になった。委員長の花菜とひとつ歳下の日暮。おたがい想いを寄せながらもいつしかすれ違い―。それから六年。意外な形で二人は再会する。花菜がハマった深沢アキ、彼女は日暮の母親だった。しかも親友の穂先友美によれば、深沢アキにはピンクのクラゲがついているという…。


冒頭から目を疑う場面が繰り広げられている。小学校四年の日暮誠は、愛猫を失った哀しみに暮れていたら瞬間移動してしまったというのである。これからページを繰るごとにどこへ連れて行かれるのだろう、と少しだけ慄く。そして読み進むと、現象は違うが、不思議なことが身に起こる人たちばかりが現れる。だが、それ以外は普通の青春物語であり、成功物語であり、再開の物語なので、あっという間に不思議な設定にも慣れてしまう。ラスト近くのホテルの騒動は、あまりにもドタバタで、どう終わらせるのか不安がよぎることもあったが、無事すとんと納まるところに納まって、これもハッピーエンドというのだろうか。いささか毛色は変わっていたが、憎めない一冊である。

ナモナキラクエン*小路幸也

  • 2012/11/08(木) 11:04:02


ナモナキラクエンナモナキラクエン
(2012/09/01)
小路 幸也

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「楽園の話を、聞いてくれないか」
そう言いかけて、父さんは逝ってしまった。
山(サン)・紫(ユカリ)・水(スイ)・明(メイ)と名づけられた僕ら兄妹と、一通の手紙を残して。



それぞれ母親の違う四人の兄妹。その長男で21歳の大学生・山(サン)が語る、向井家の物語である。兄妹それぞれは、普通さのなかに少しだけほかと違った性質を帯び、それが個性となって魅力的なキャラクタになっている。兄妹を取り囲む周りの人たちも、きちんと自分の立場と役割をわきまえていて、好感が持てる。登場人物すべてが著者らしく気持ちが好い。ものすごく重いことが描かれているにもかかわらず、全編に爽やかな風が吹いているように感じられるのもそのおかげだろう。父の残したこの家が、彼らにとっての楽園になることを祈らずにはいられない一冊である。

ソロモンの偽証--第一部 事件*宮部みゆき

  • 2012/11/06(火) 21:38:43

ソロモンの偽証 第I部 事件ソロモンの偽証 第I部 事件
(2012/08/23)
宮部 みゆき

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クリスマスの朝、雪の校庭に急降下した14歳。彼の死を悼む声は小さかった。けど、噂は強力で、気がつけばあたしたちみんな、それに加担していた。そして、その悪意ある風評は、目撃者を名乗る、匿名の告発状を産み落とした―。新たな殺人計画。マスコミの過剰な報道。狂おしい嫉妬による異常行動。そして犠牲者が一人、また一人。学校は汚された。ことごとく無力な大人たちにはもう、任せておけない。学校に仕掛けられた史上最強のミステリー。


それぞれに700ページを超える三部作の第一部である。中学二年男子が校舎の屋上から落ちて亡くなった。その事件をきっかけに学校や生徒たちに広がった波紋は、第二、第三の事件を生むことになる。導入部である第一部から、緊迫感に満ちており、主人公たちが14歳という多感な年代だけになおさら、周囲の判断や対応に関心が向く。そしてラストの藤野涼子の決意によって、第二部の展開にますます興味が湧くのだった。テーマはもちろん、ひとつひとつの判断、ひとつひとつの言葉の重みがのしかかってくるような一冊である。

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エール!

  • 2012/11/02(金) 21:04:40

エール! 1 (実業之日本社文庫)エール! 1 (実業之日本社文庫)
(2012/10/05)
大崎 梢、平山 瑞穂 他

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笑って泣いて元気になれる、お仕事小説アンソロジー第1弾!!

漫画家、通信講座講師、プラネタリウム解説員、ディスプレイデザイナー、スポーツ・ライター、ツアー・コンダクター。
6人の「働く」女性たちが、ときに悩み、へこみながらも、自分らしい生き方を見つけていく姿をいきいきと描く。
漫画家の収入の仕組みや、ディスプレイデザイナーの働く時間、ツアー・コンダクターの
スケジュールなども盛り込み、気になる職業の豆知識や裏側も楽しめる。
仕事帰りの電車の中で、一日の終わりのベッドの中で、お疲れのアナタを癒やす全6話を収録。
人気作家が競作!! オール書き下ろし、文庫オリジナル企画。書評家・大矢博子責任編集。


「ウェイク・アップ」大崎梢 「六畳ひと間のLA」平山瑞穂 「金環日食を見よう」青井夏海 「イッツ・ア・スモール・ワールド」小路幸也 「わずか四分間の輝き」碧野圭 「終わった恋とジェット・ラブ」近藤史恵

働く女性の物語である。上手くいくことばかりではない。思うようにいかないことの方がずっと多い。どうして、と悩む日々は俯きがちでどんどん彼女たちを小さくしていく。だが、人生悪いことばかりではないのだ。積み重ねた努力をちゃんと見ていてくれる人もいる。まっとうに評価してくれる人もいる。それが明日への糧になるのだ。無駄な努力なんてない、世の中なかなか捨てたものじゃない、と思わせてくれる一冊。前の作品中の何かが、次の作品中にも現れて、次は何だろうとそれも宝探しのように愉しみなのだった。

空の拳*角田光代

  • 2012/11/01(木) 18:17:19

空の拳空の拳
(2012/10/11)
角田 光代

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文芸編集志望の若手社員・那波田空也が異動を命じられたのは"税金対策"部署と揶揄される「ザ・拳」編集部。
空也が編集長に命じられて足を踏み入れた「くさくてうるさい」ボクシングジム。
そこで見たのは、派手な人気もなく、金にも名誉にも遠い、死が常にそこに横たわる過酷なスポーツに打ち込む同世代のボクサーたちだった。
彼らが自らの拳でつかみ取ろうとするものはいったいなんなのか――。

直木賞受賞作『対岸の彼女』、テレビ化・映画化で一大ブームを巻き起こした『八日目の蝉』など特にアラサー、アラフォー女性の圧倒的な共感を呼ぶヒット作を連発してきた角田氏が、
これまでずっと書いてみたかったという「男の人」と躍動感ある「動き」を、「私がもっとも美しいと思うスポーツ」ボクシングを通して描いた傑作長篇小説。

鍛え上げられた肉体、拳のスピードと重さ、飛び散る血と汗……。
自らもボクシングジムに10年以上通い続ける著者ならではのパワー溢れる描写に圧倒されるとともに、時代を超えた青春小説としても長く読み継がれるであろう、新たな角田文学!


485ページの大作である。申し訳ないが、ボクシングには全く興味がなく、テレビでやっていてもすぐにチャンネルを変えてしまうレベルである。ルールも用語も何も知らない。であるから、読みはじめてしばらくはまるで入り込めなかった。なにしろ練習風景など、ボクシングをやっている場面の描写がとても多いのである。だが意外に早い段階で、登場人物それぞれのキャラクターが映像として頭に浮かぶようになり、事務の空気まで漂ってくる気分になると、試合の結果はもちろん、彼らの向う先のことが気になり、次へ次へとページをまくるようになっているのだった。そして、拳で戦うボクサーだけでなく、物語の語り手である編集者・空也の生き様も熱く見守ってしまうのだった。当初の予感に反してぐっと入り込める一冊だった。