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ウエストウイング*津村記久子

  • 2012/12/31(月) 13:33:39

ウエストウイングウエストウイング
(2012/11/07)
津村 記久子

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職場の雑事に追われる事務職のOL・ネゴロ、単調な毎日を送る平凡な20代サラリーマン・フカボリ、進学塾に通う母子家庭の小学生・ヒロシ。職場、将来、成績と、それぞれに思いわずらう三人が、取り壊しの噂もある椿ビルディング西棟の物置き場で、互いの顔も知らぬまま物々交換を始める。ビルの隙間で一息つく日々のなか、隠し部屋の三人には、次から次へと不思議な災難が降りかかる。そして彼らは、図らずも西棟最大の危機に立ち向かうことに…。


想像していたのとは全く違う物語だった。ゆるく生ぬるく始まったネゴロ、フカボリ、ヒロシの、なんの接点もない椿ビルディングでの日々の物語は、それぞれが別の目的で逃避場にしていたビルの隅の物置場を介して、ある日を境に、じわじわと少しずつ緊張感をはらんだものになっていくのだった。自分以外に――姿が見えない――誰かがいるかもしれないということが、張り合いとか期待とか名づけられるほどではないが、微かな心持ちの変化を生むのだった。それは読者にとっても同じで、いつどんな風にそれぞれに素性が明らかになり、交流が始まる――あるいは途切れる――のだろうか、と興味を惹かれながら読むことになる。物置場での見えない交流とは別に、ゆるくて生ぬるいと見えた日常は、実は椿ビルディングを生活の場にしている万人に降りかかる危機の序章だったのだ。ひとつを乗り越えると、そこにはまた新たな危機が立ちはだかり、途方にくれながらもなんとか解決策を手探りするのだが、彼らになんとなく緊迫感がないような気がするのは、椿ビルディングという建物の属性によるものだろうか。どうなることかといちばん気を揉んでいるのは読者かもしれない、とふと思う。ラストまでゆるいが、屋上のユンボが動かなくてよかったと、ほっと胸をなでおろした一冊である。

母性*湊かなえ

  • 2012/12/28(金) 11:24:26

母性母性
(2012/10/31)
湊 かなえ

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「これが書けたら、作家を辞めてもいい。そう思いながら書いた小説です」著者入魂の、書き下ろし長編。持つものと持たないもの。欲するものと欲さないもの。二種類の女性、母と娘。高台にある美しい家。暗闇の中で求めていた無償の愛、温もり。ないけれどある、あるけれどない。私は母の分身なのだから。母の願いだったから。心を込めて。私は愛能う限り、娘を大切に育ててきました──。それをめぐる記録と記憶、そして探索の物語。


第一章/厳粛な時 第二章/立像の歌 第三章/嘆き 第四章/ああ 涙でいっぱいのひとよ 第五章/涙の壺 第六章/来るがいい 最後の苦痛よ 終章/愛の歌

終章以外の各章が、「母性について」「母の手記」「娘の回想」という三部から成っている。それぞれ主役になっているのが誰なのか。母と娘はすぐに判るが、母性について語るのが誰なのかはなかなか明らかにはされない。だが、母と娘が体験したことごとの受け取り方、感じ方が語られる間に、母性についてというクッションがあることによって、読者は母娘の世界に浸りきることなく、一旦現実的な興味に引き戻され、立ち止まって考えることができるような気がする。母と娘の関係性の強さ太さと儚さ脆さ、母性というものの千差万別さを改めて考えさせられる一冊でもあった。

君と過ごす季節 春から夏へ、12の暦物語

  • 2012/12/26(水) 21:01:26

君と過ごす季節 春から夏へ、12の暦物語 (ポプラ文庫 日本文学)君と過ごす季節 春から夏へ、12の暦物語 (ポプラ文庫 日本文学)
(2012/12/05)
大崎梢、大島真寿美 他

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一緒に桜を見に行かないか、と久しぶりに会う彼は言った。照り付ける日差しのなか、一緒に暮らそうと君に告げる―。一年を二十四の季節で分ける、二十四節気。注目の作家たちが、立春、啓蟄、春分など、四季折々のきらめきを切り取る、珠玉のアンソロジー春夏篇。


立春/原田ひ香 雨水/大島真寿美 啓蟄/栗田有起 春分/宮崎誉子 清明/小手鞠るい 穀雨/川本晶子 立夏/西加奈子 小満/藤谷治 芒種/原宏一 夏至/三砂ちづる 小暑/大崎梢 大書/中島たい子

それぞれはほんの短い物語である。春から夏にかけての二十四節気を共に過ごす人とのかけがえのない日々、かつてその季節を共に過ごした人との思い出が綴られている。ひとつひとつは、切なかったり辛かったり、満たされたり焦がれたり、とさまざまだが、全体の雰囲気はきらきらしていて、しあわせの可能性に満ちているように思う。いいことがありそうな心地になれる一冊である。  

奇貨*松浦理英子

  • 2012/12/25(火) 17:10:19

奇貨奇貨
(2012/08/31)
松浦 理英子

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男友達もなく女との恋も知らない変わり者の中年男・本田の心を捉えたのは、レズビアンの親友・七島の女同士の恋と友情。女たちの世界を観察することに無上の悦びを見出す本田だが、やがて欲望は奇怪にねじれ―。濃く熱い魂の脈動を求めてやまない者たちの呻吟を全編に響かせつつ、男と女、女と女の交歓を繊細に描いた友愛小説。『親指Pの修業時代』『犬身』で熱狂的な支持を得る著者5年ぶりの新作。著者26歳の時に書かれた単行本未収録作も併録。


著者の作品を読むのは初めてである。なので評価はよく判らないのだが、、少なくともこのテーマはわたしの好みからは外れており、別の作品を読んでみたいという気持ちにはさせられなかった。マジョリティではない生き方をせざるを得ない人々の懊悩のようなものが、静かにさりげなく描かれているとは思う。個人的には、まあそんなこともあるかな、という感じの一冊。

週末カミング*柴崎友香

  • 2012/12/24(月) 17:13:54

週末カミング週末カミング
(2012/11/28)
柴崎 友香

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いつもより、少しだけ特別な日。週末に出逢った人たち。思いがけずたどりついた場所。あなたの世界が愛おしく輝く、8つの物語。第143回芥川賞候補作「ハルツームにわたしはいない」収録。


「蛙王子とハリウッド」 「ハッピーでニュー」 「つばめの日」 「なみゅぎまの日」 「海沿いの道」 「地上のパーティー」 「ここからは遠い場所」 「ハルツームにわたしはいない」

いつもながらに何気ない日常のなんてことない会話を描くのが上手な著者である。だが今作では、ほんの少しだけいつもと違う場所――空間的だったり時間的だったり心情的だったりはするが――に主人公たちはいるのである。少しだけいつもと違う景色を見、いつもと違うことを想い、ほんの少しだけいつもと違う自分を見つける。平日からみるとちょっぴり特別な感じのする週末の空気がそこここに流れている。あしたからまたいつもの平日が続いても、乗り切れるかもしれない、となんとなく思わせてくれる一冊である。

フライ・バイ・ワイヤ*石持浅海

  • 2012/12/22(土) 18:22:37

フライ・バイ・ワイヤフライ・バイ・ワイヤ
(2012/11/29)
石持 浅海

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僕、宮野隆也が通うさいたま工科大学附属高校の選抜クラスに、転入生としてやってきたのは二足歩行のロボットだった。これは病気のため学校に来られない一ノ瀬梨香という少女を、遠隔操作で動くロボットを通じて登校させる実験だという。僕たちは戸惑いつつも“彼女”の存在を受け入れ、実験は順調なすべりだしを見せたが、小さな疑念がクラスに不協和音をもたらし、悲劇は起こった。近未来を舞台にした、学園ミステリ。


フライ・バイ・ワイヤとは、航空機の飛行・操縦制御システムの一種で、パイロットが入力した内容が電気信号に変換されてコンピュータを通じて油圧アクチュエータに伝えられるものだそうである。
一ノ瀬梨香とIMMID-28もそんな関係とも言えるのである。近未来が舞台とは言え、二足歩行ロボットがクラスメイトである以外、さいたま工科大学附属高校の選抜クラスの日々は、これと言って今の学園生活と変わるところもない。恋あり友情あり、定期考査の結果に悔しい思いをしたり、部活や放課後の寄り道を愉しんだり、いまの高校生と何ら変わるところはない。ただ彼らがはっきりとした目的意識を持ってこの場にいるということが見て取れるのは、選抜クラスという性質上当然だろう。ここで起こった悲劇は、それ故、と言うこともできるかもしれない。著者ならではの、明晰で一見硬質な女性は本作では差し詰めかみーとみおみおだろうか。ロボットがひとり(一体?)いるだけで、歯車の噛み合い方がこんな風に変わってしまうのか、と思うとともに、それでも友だちは友だちなのだとも思わされる。次の展開が待ち遠しくて仕方のない一冊だった。

終わらない歌*宮下奈都

  • 2012/12/20(木) 19:55:43

終わらない歌終わらない歌
(2012/11/17)
宮下 奈都

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「覚えてる? 今、あのときの未来だよ」

高校二年の春、卒業生を送る会の合唱で、未来への願いを託した調べに心を通わせあったクラスメイト。
御木元玲、原千夏、中溝早希、佐々木ひかり、里中佳子、東条あや。三年の月日が流れ、少女たちは二十歳になった。
玲は音大の声楽科に進んだが、自分の歌に価値を見いだせなくて、もがいている。
劇団でミュージカル女優をめざす千夏が舞台の真ん中に立てる日は、もう少し先みたいだ……。
ぐるぐる、ぐるぐる。道に迷っている彼女たちを待つのは、どんな明日なんだろう――。

小説誌「紡」で発表された四編(「シオンの娘」「スライダーズ・ミックス」「バームクーヘン、ふたたび」
「Joy to the world」)に、福井のタウン誌連載「コスモス」、そして、書き下ろし「終わらない歌」の全六編を収録。
傑作『よろこびの歌』待望の続編!


自分の存在意義を自分自身に問いかけ、ぐるぐると堂々巡りをするのは高校生だけではない。二十歳になったってそれは変わらないのだ。立っている場所があのころよりほんの少しだけ、あのころの未来に近づいたというだけで。それでも、あの高校時代があったから、それを糧とすることができるから、そしてあのころの友人たちがいるから、ぐるぐるしながらでも何とかやっていけそうな気がするのである。思い悩みながらも自分なりの何かを掴みかけた喜びにあふれた一冊でもある。

旅猫リポート*有川浩

  • 2012/12/19(水) 20:52:40

旅猫リポート旅猫リポート
(2012/11/15)
有川 浩

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秘密を抱いた青年と一匹の相棒は“最後の旅”にでた

現代最強のストーリーテラーによる、青年と猫のロードノベル。あたたかな光溢れるラストまでどのページにも忘れ難い風景が広がる傑作です!


読みはじめは、有川作品と思えず、何度も表紙を見直すほどだったが、相手が猫になっただけで、やはり有川節だった。猫目線の読書が続くのはたまたまだろうか、それともそんな作品が増えている?本作は、猫目線だけではないが、よんどころない事情で飼えなくなった猫のナナを託す先を探すナナと悟の最後の旅のレポートである。初めはお気楽に、悟とナナと一緒に日本のあちこちの風景や悟の友人たちとの再会の様子を愉しんでいたのだが、次第に旅の真相が判ってくるにつれ、やりきれなさと歯がゆさで胸が満たされてゆく。やはり有川さんである。涙なくしては読めない一冊である。

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チマチマ記*長野まゆみ

  • 2012/12/18(火) 08:50:07

チマチマ記チマチマ記
(2012/06/27)
長野 まゆみ

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小巻おかあさんの家で飼われることになったチマキ、ノリマキの迷いネコ兄弟。複雑な関係だけど仲良しな大家族「宝来家」で、食事を一手に引きうけているのはおかあさんの息子・カガミさん。家族の健康を第一に、カガミさんは美味しくて身体にいい食事を黙々と作り続ける。もうひとつ、カガミさんが気になるのは、中学・高校の先輩で宝来家に居候している桜川くんの存在なのだが…。


初めに人物相関図が載せられているように、複雑な人間関係の宝来家である。だが、みんなさらりと明るく、前を向いて暮らしているので、つい複雑さを忘れてしまう。もともと迷い猫だったチマキとノリマキ兄弟の兄・チマキの目線で書かれているのが新鮮である。ずいぶんとお利口さんなのである。そして何といっても魅力的なのは、粽たちの飼い主・小巻さんの息子のカガミさんの作る料理である。みんなの健康を考え、あたたかい気持ちで丁寧に作られた料理はどれもとてもおいしそうで、カガミさんが語る薀蓄もとても役に立つことばかりで、すぐにでも実践したくなる。ちょっぴり切なくて、愛にあふれた一冊である。

なでし子物語*伊吹有喜

  • 2012/12/16(日) 07:13:36

なでし子物語 (一般書)なでし子物語 (一般書)
(2012/11/07)
伊吹 有喜

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父を亡くし母に捨てられ、祖父に引き取られたものの、学校ではいじめに遭っている耀子。夫を若くして亡くした後、舅や息子と心が添わず、過去の思い出の中にだけ生きている照子。そして、照子の舅が愛人に生ませた男の子、立海。彼もまた、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しんでいる。時は一九八〇年、撫子の咲く地での三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かしはじめる―『四十九日のレシピ』の著者が放つ、あたたかな感動に満ちた物語。


山持ちのお坊ちゃんである立海、その山の世話をする使用人の孫娘である耀子。二人の子どもは、生い立ちや立場の違いはもちろん、抱える苦悩もそれぞれなのだが、それでも奥深くで共感・共鳴し、強く惹かれあうのである。立海の義姉であり、「おあんさん」と呼ばれる照子も、大人ではあるが、屈託を抱え、子どもたちに放っておけないものを感じながら見守るようになるのだった。子どもたちを照子や立海の家庭教師・青井らが見守りながら支え、立海と耀子が互いに欠けたところを埋めるように過ごすのを見ていると、しあわせとはなんだろう、と考えずにはいられない。青井の教え、「自立と自律」が胸に沁みる一冊である。

オチケン探偵の事件簿*大倉崇裕

  • 2012/12/15(土) 07:44:22

オチケン探偵の事件簿オチケン探偵の事件簿
(2012/11/21)
大倉 崇裕

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究極の巻き込まれ型でお人好し探偵が、キャンパスで起こる奇怪な事件の数々に挑む。事件を解く鍵は落語にアリ?
大学入学早々、落語にまったく興味がないのに、廃部寸前のオチケン(落語研究会)に入部させられた越智健一(おちけんいち)。風変わりな二人の先輩にふりまわされ、キャンパス内で起きる奇妙な事件の捜査に駆り出され、必修科目の出席もままならない中、大学は夏季休暇に突入していた。宿題をきっちり仕上げ、前期のリベンジを誓う越智だが、学生落語選手権で優勝を狙う大学間の抗争に巻き込まれ、次々と予想だにしない事件に直面するはめに……。単位取得が遠のいていく、オチケン探偵の活躍を描く連作ミステリー。オチケンの運命や、いかに!
『オチケン! 』『オチケン、ピンチ!!』で大人気。ユーモアと落語の薀蓄が満載の、大学の落語研究会を舞台にした爽やか青春ミステリー。落語好き、ミステリー好き、青春小説好き必読。


「幻の男」 「高田馬場」

相変わらず間の悪い――というか、断り下手な――越智健一(オチケン)である。だが、まったくもう、と嘆きながらも自ら事件の渦中へと爪先を向けてしまうのだから、これはもう性分としか言いようがないだろう。おそらく本人としても宿題を仕上げて前期のリベンジを果たすよりも、ずっと充実した夏休みであることだろう(嘆息)。なんだかんだと巻き込まれながら、情けなさ全開で振り回されているように見えるオチケンだが、要所ではかなりな洞察力を発揮し、それがわかっていて利用している風変わりな先輩たちもまたある意味魅力的である。新学長の人となりがまだ読み切れないが、今後のシリーズで明かされていくのだろうか。越智くんの宿題が無事夏休み中に完成することを祈らずにはいられない一冊である。

逆回りのお散歩*三崎亜記

  • 2012/12/13(木) 20:15:39

逆回りのお散歩逆回りのお散歩
(2012/11/26)
三崎 亜記

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インターネット上ではじまる、不条理な「戦争」
デモ、炎上、ステルスマーケティング─市町村合併を巡って、市役所VS反対派の静かなゲリラ戦がはじまった。現代の「見えない戦争」を寓話的に描く、ヒット作『となり町戦争』に続く系譜の最新作。


表題作のほか、「戦争研修」

表題作は、『となり町戦争』とはいささか異なる種類の戦争の物語である。隣町との統合計画を目の前にして、インターネットによる情報操作に始まり、実際の陽動作戦やそれに対抗する便乗作戦など、情報戦、頭脳戦の趣が強いものである。命は脅かされないが、操作された情報にどっぷり浸かり、選択を誤る恐ろしさはひしひしと感じられる。いま自分が下した判断は、果たして本当に自分で考えたことなのだろうか、と自信がなくなりそうである。折しも選挙戦真っ只中、心して情報を取捨選択しなければ、と思わされる。
「戦争研修」は『となり町戦争』に続く物語であり、いまはまだ夢物語のようなものだが、いつまでも夢物語であってほしいものだと、切実に願わずにはいられない。
まさにいま読むべき一冊だったような気がする。

スリジエセンター1991*海堂尊

  • 2012/12/13(木) 07:49:28

スリジエセンター1991スリジエセンター1991
(2012/10/25)
海堂 尊

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手術を受けたいなら全財産の半分を差し出せと放言する天才外科医・天城は、東城大学医学部でのスリジエ・ハートセンター設立資金捻出のため、ウエスギ・モーターズ会長の公開手術を目論む。だが、佐伯教授の急進的な病院改革を危惧する者たちが抵抗勢力として動き始めた。桜宮に永遠に咲き続ける「さくら」を植えるという天城と世良の夢の行く末は。
ブラックペアンシリーズの完結編。


世良の目線で天城を縦軸とし、桜宮・東城医大内の攻防を絡めて――というか内部闘争に絡め取られて――天城の理想と日本医療界におけるその異端児振りと行く末が描かれた物語である。ブラックペアンシリーズの完結編でありながら、同時にその後の著者のシリーズの始まりの一冊とも言えるのが、切ないような思いにもなる。

江神二郎の洞察*有栖川有栖

  • 2012/12/10(月) 14:25:00

江神二郎の洞察 (創元クライム・クラブ)江神二郎の洞察 (創元クライム・クラブ)
(2012/10/30)
有栖川 有栖

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その人の落とした『虚無への供物』が、英都大学推理小説研究会(EMC)入部のきっかけだった―。大学に入学した一九八八年四月、アリスは、江神二郎との偶然の出会いからEMCに入部する。江神、望月、織田とおなじみの面々が遭遇した奇妙な出来事の数々。望月の下宿でのノート盗難事件を描く「瑠璃荘事件」をはじめ、アリスと江神の大晦日の一夜を活写する「除夜を歩く」など、全九編収録。昭和から平成への転換期を背景に、アリスの入学からマリアの入部までの一年を瑞々しく描いた、ファン必携のシリーズ初短編集。


アリスの大学入学から、マリアの推理小説研究会入部までの一年の短編集であるが、大学生としてはどうか判らないが、推理研究会的にはとても濃い一年である。江上さんに焦点があてられているので、彼の人となりや名探偵ぶりはよく判るのだが、相変わらず謎の部分が多く、そこを知りたかったのに、と物足りなく思わなくもない。この洞察力・推理力の素晴らしさは、彼の謎に何か関係しているのだろうか。いつか解き明かしてくれるんですよね、有栖川さん?とお訊ねしたくなる一冊である。

白ゆき姫殺人事件*湊かなえ

  • 2012/12/08(土) 18:46:06

白ゆき姫殺人事件白ゆき姫殺人事件
(2012/07/26)
湊 かなえ

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美人会社員が惨殺された不可解な殺人事件を巡り、一人の女に疑惑の目が集まった。同僚、同級生、家族、故郷の人々。彼女の関係者たちがそれぞれ証言した驚くべき内容とは。「噂」が恐怖を増幅する。果たして彼女は残忍な魔女なのか、それとも―ネット炎上、週刊誌報道が過熱、口コミで走る衝撃、ヒットメーカーによる、傑作ミステリ長編。


噂話、マンマローというTwitterのようなSNSサイトのつぶやき、週刊誌の取材記事などを集めて、美人OL殺人事件の真実を浮かび上がらせようという趣向の物語である。恩田陸さんの『Q&A』と手法は少し似ている感じではあるが、真実への迫り方が、本作はいささか甘い気がしなくもない。というか、そもそも真実に迫っていこうというところに本質があるわけではないようなので、これはこれでいいのかもしれないが。噂やつぶやきが、どれほど無責任で興味本位であり、真実とかけ離れたところにあるか、というのが見どころの一冊なのかもしれない。

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ソロモンの偽証--第三部 法廷*宮部みゆき

  • 2012/12/07(金) 19:18:55

ソロモンの偽証 第III部 法廷ソロモンの偽証 第III部 法廷
(2012/10/11)
宮部 みゆき

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この裁判は仕組まれていた!? 最後の証人の登場に呆然となる法廷。驚天動地の完結篇! その証人はおずおずと証言台に立った。瞬間、真夏の法廷は沸騰し、やがて深い沈黙が支配していった。事件を覆う封印が次々と解かれてゆく。告発状の主も、クリスマスの雪道を駆け抜けた謎の少年も、死を賭けたゲームの囚われ人だったのだ。見えざる手がこの裁判を操っていたのだとすれば……。驚愕と感動の評決が、今下る!


驚天動地、というか、第二部までで喉元までせり上がってきていた疑心と膨らんだ想像に着地点が与えられてほっとした、というような第三部だったような気がする。物語の筋としては、前述のとおりなのだが、単にそれだけではないものがこの物語にはあるように思う。結果ではなくそこに行きつく過程こそが、そしてその過程に自分たちが立ち会うことがなにより大事なのだというのが、学校内裁判に関わった中学生たちの心情ではないだろうか。そして、エピローグで張りつめていたものが、ふっと溶かされていく心地になった。これがあってよかった。欲を言えば、野田健一だけでなく、神原和彦の、大出俊介の、藤野涼子の、ほかのメンバーのその後も知りたかった。そして、生きるということについて考えさせられる一冊でもあった。

さくら聖・咲く*畠中恵

  • 2012/12/05(水) 21:31:50

さくら聖・咲くさくら聖・咲く
(2012/08/18)
畠中 恵

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中学生の弟・拓を養うため、元大物政治家・大堂剛の事務所で事務員として働く佐倉聖は大学三年生。大堂のコネを使わずに、就職活動に励む日々を送っている。大堂門下の議員達が持ち込んだ難問珍問を鮮やかに解決してきた手腕で、大企業の面接中、閉じ込められた社員救出に一役買ったり、加納代議士のストーカー騒ぎ、候補者の当落を予想する“神”の正体捜し等の謎を次々に解明。一方で、インターンシップ先をなぜだか二ヶ月で首になったりと、就職戦線は波乱含み。そんな聖のもとに、エントリーしていない五つの会社から「内定」通知が舞い込んで…。聖の前に広がるのは、どんな未来なのか―。


元政治家の事務所が舞台だが、主人公は政治とは無縁の就職をしたいと望むちょっとワケアリな大学生である。いいように使われているようでもあるが、周りの大人たちがみなあたたかく見守っているのが見て取れて、喜ばしい気持ちになる。そして聖自身もその気持ちに応えるように、――自覚しているかどうかはわからないが――デキル男になりつつある。聖がどんな明日を選ぶか、というのが大きな命題であり、それに大堂事務所にまつわるあれこれが絡んで、ミステリ仕立てにもなっており、読者は聖の進む道を見守りながら、謎解きも愉しめるというお得な一冊である。

キオスクのキリオ*東直子

  • 2012/12/02(日) 21:38:10

キオスクのキリオキオスクのキリオ
(2012/10/10)
東 直子

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人生のコツは深刻になりすぎへんこと。ノーと言えないおっちゃん、キリオ。彼のもとには次々と、なにかを胸に抱えた人たちがやってくる。なんだかおかしい、なんとも不思議な連作短篇集。


「迷いへび」 「調合人」 「夕暮れ団子」 「トラの穴」 「シャボン」 「アジサイコーラ」 「ミルキー」 「行方不明未届人」 「空の中」 「時の煮汁」

不思議なおっちゃんである。キリオ。50歳でずっと独身であるが、まるっきりモテないというわけでもなく、なんとなく人にすり寄ってこられる体質でもあるようである。扉絵のイメージそのものである。人はキリオにわざわざ会いに来たりする。しかも探してまで、ということまである。キリオに話を聞いてもらって、スッキリ解決するわけでもないのに、である。不思議だ。キリオは気負うことなくキリオでいるだけなのに。キオスクを見かけたら、キリオがいないかどうか覗いてみたくなる一冊である。もしかすると登場人物たちもみんなそうなのかもしれない。

ソロモンの偽証--第二部 決意*宮部みゆき

  • 2012/12/01(土) 21:30:57

ソロモンの偽証 第II部 決意ソロモンの偽証 第II部 決意
(2012/09/20)
宮部 みゆき

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騒動の渦中にいるくせに僕たちは何も知ろうといなかった。けど、彼女は起ちあがった。校舎を覆う悪意を拭い去ろう。裁判でしか真実は見えてこない!彼女の覚悟は僕たちを揺さぶり、学校側の壁が崩れ始めた…気がつけば、走り出していた。不安と圧力の中、教師を敵に回して―他校から名乗りを上げた弁護人。その手捌きに僕たちは戦慄した。彼は史上最強の中学生か、それともダビデの使徒か―。開廷の迫る中で浮上した第三の影、そしてまたしても犠牲者が…僕たちはこの裁判を守れるのか!?


第一部のラストの藤野涼子の決意で動き出した第二部である。渦中にいながら蚊帳の外状態に置かれ、自分たちも積極的に知ろうとしないまま、割り切れない思いだけを胸にわだかまらせていた柏木の同級生たち。涼子の一歩によって、ただ真実を知りたいという思いが、彼らを動かし、自分たちで学校内裁判をすることになったのである。弁護人として加わった他校の生徒・神原は、複雑な環境にありながら有能な弁護人ぶりを発揮し、三中のメンバーを助け、あるいはリードして共に真実へと向かっている。――と言い切っていいのかどうか、実は確証が持てずにいる。彼には何かある。それが喜ぶべきことなのか悲しむべきことなのかはまだ判らないが、第三部ではきっとその辺りもはっきりするのだろう。第二部は、夏休みのほんの短い期間のことなのだが、これでもかと言うくらい驚くべき新しいことが、事件も含めて起こったので、第三部でこれらがどういう風に収束していくのかが愉しみである。第一部以上に惹きこまれた一冊だった。

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