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アルファベット・パズラーズ*大山誠一郎

  • 2013/05/31(金) 21:12:27

アルファベット・パズラーズ (ミステリ・フロンティア)アルファベット・パズラーズ (ミステリ・フロンティア)
(2004/10/28)
大山 誠一郎

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東京、三鷹市の井の頭公園の近くに“AHM”という四階建てのマンションがある。その最上階に住むオーナー・峰原卓の部屋に集まるのは、警視庁捜査一課の刑事・後藤慎司、翻訳家・奈良井明世、精神科医・竹野理絵の三人。彼らは紅茶を楽しみながら、慎司が関わった事件の真相を解明すべく推理を競う。毒殺されるという妄想に駆られていた婦人を巡る殺人事件、指紋照合システムに守られた部屋の中で発見された死体、そして三転四転する悪魔的な誘拐爆殺事件―精緻なロジックと鋭利なプロット、そして意外な幕切れ。本格ミステリ界期待の俊英が満を持して放つパズラーの精華。


「Pの妄想」 「Fの告発」 「Yの誘拐」

マンションの最上階にあるオーナーの部屋に、年齢も職業も性格も異なる人々が集って、紅茶を愉しみながら謎解きをする、という設定は興味をそそられる。精神科医・理絵の目のつけどころに感心し、翻訳家・明世と刑事・後藤の掛け合いに苦笑いさせられ、オーナー・峰原の慧眼に驚かされる。だが、いささか偶然に頼りすぎている感が無きにしも非ず、なところが勿体無くもある。そして最後の作品では、峰原の慧眼によって説かれたと思った謎が、それでは終わらず驚かされるが、そこもちょっぴり詰めが甘いような気がする。面白くないわけではないが少し物足りなくもある一冊である。

RE*PAIR*吉永南央

  • 2013/05/30(木) 16:49:51

RE*PAIRRE*PAIR
(2012/10/09)
吉永 南央

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互いに心を残したまま別れた元婚約者が、十年ぶりに帰ってきた。バラバラ殺人、消えた大金…リペア職人・透子の周囲で、封印したはずの過去が、音を立てて動き出す。気鋭の作家が描くミステリアス・ラブ。


革製品の修理を生業とする透子。かつて地味な見た目の割に奔放な母のその奔放さによって、砕かれた家族や恋人との関係を胸に仕舞い込んで、やっと平穏に過ごせるようになってきたところだった。かつての恋人が家族とともにすぐ目の前のマンションに住まうようになり、かつての事件が少しずつ姿を現し始め、透子の日々は平穏ではいられなくなった。革製品を修繕するように、人と人とのつながりも修繕できればいいのだが…。何もかもをあきらめたからこその凪いだ湖面に、ぽつりと垂らされた一滴のように、波紋がどんどん広がる様が切なく哀しくそして熱い一冊である。

第二音楽室*佐藤多佳子

  • 2013/05/28(火) 07:12:06

第二音楽室―School and Music第二音楽室―School and Music
(2010/11)
佐藤 多佳子

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重なりあい、どこまでも柔らかく広がる四つの旋律。眩しくて切なくてなつかしい、ガールズストーリー。


表題作のほか、「デュエット」 「FOUR」 「裸樹」

小学校高学年から高校生。それがこの物語の主人公たちである。体験のなにもかもが初めてで、戸惑ったり目を瞠ったり感動したり、そのすべての感情の発露が初々しい。いじめられたり、友人関係や恋に悩んだり、七面倒くさいあれこれにがんじがらめにされることもあるのだが、同じようにそこを通り抜けた年代から見ると、すべてが雨上がりの新緑の滴りのように瑞々しく輝いて見える。その落ち込みこそが、その舞い上がりこそが若さだよ、と教えてあげたくなる一冊である。

珈琲店タレーランの事件簿*岡崎琢磨

  • 2013/05/26(日) 13:52:22

珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
(2012/08/04)
岡崎 琢磨

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京都の小路の一角に、ひっそりと店を構える珈琲店「タレーラン」。恋人と喧嘩した主人公は、偶然に導かれて入ったこの店で、運命の出会いを果たす。長年追い求めた理想の珈琲と、魅惑的な女性バリスタ・切間美星だ。美星の聡明な頭脳は、店に持ち込まれる日常の謎を、鮮やかに解き明かしていく。だが美星には、秘められた過去があり―。軽妙な会話とキャラが炸裂する鮮烈なデビュー作。


タイトルを一見、あの作品にそっくり、という印象が先に立ち、読み始めても、舞台が古書店から珈琲店に変わっただけで、設定もキャラクターも似通っているのでどうしても比べてしまう。ミスリードを狙ったことが見るからに判る書き方が散見されるのも、いささか興ざめでなくはない。ここぞというところだけにすればもっと効果的なのでは、とちらりと思う。似ているとは言え、設定や謎解きの過程自体は嫌いではないので、シリーズ二作目に期待したい一冊である。

嫉妬事件*乾くるみ

  • 2013/05/25(土) 07:20:56

嫉妬事件 (文春文庫)嫉妬事件 (文春文庫)
(2011/11/10)
乾 くるみ

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城林大ミステリ研究会で、年末恒例の犯人当てイベントが開催され、サークル一の美人・赤江静流が、長身の彼氏を部室へ連れてきた当日、部室の本の上には、あるものが置かれていた。突如現れたシットを巡る尾篭系ミステリの驚愕の結末とは!?「読者への挑戦」形式の書き下ろし短編、「三つの質疑」も特別収録。


表紙とタイトルから想像するのとは全く違う物語だった。タイトルはまぁ、そうだったのか、というものだったが…。電車の中で読み始めた途端に、題材であるアレが登場したのだが、隣の人が覗き込んでいたので、とても堂々とは読んでいられなかった(嘆)。それを置いた犯人を真面目に推理&検証しているミステリ研のメンバーもさすがと言おうか、やはりと言おうか、マニアックではある。しかも、動機に至っては、至極個人的な趣向からくるものであり、客観的に推理するのは難しいだろうと思われる。ボーナストラックの「三つの質疑」が、事件当日披露されるはずだったメンバーの作品というのは面白かった。この表紙で、このタイトルで、この著者名(女性のような)でこの題材はないだろう、という一冊である。

東京ホタル

  • 2013/05/23(木) 20:07:28

東京ホタル (一般書)東京ホタル (一般書)
(2013/05/08)
小路幸也、原田マハ 他

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人気作家5名が、東京の新しい原風景を描く、珠玉の作品集!

川が青く光る夜、やさしい「奇跡」が起こる――。
学生時代の恋人と再会した夜に、
音信不通だった母と出会った日に――
それぞれの想いが響き合う、5つの感動ストーリー。

イベント「東京ホタル」とのコラボレーションから生まれた
注目の作家たちによる極上のアンソロジー!


「はぐれホタル」中村航/「蛍の光」小路幸也/「夏のはじまりの満月」穂高明/「宙色三景」小松エメル/「ながれぼし」原田マハ


東京ホタル
というイベントがほんとうにあるということをまず知らなかった。自然と共生できる都市にという願いを込め、隅田川に10万個のホタルに見立てた「いのり星」を流すイベントで、2012年から始まり、毎年開催されるそうである。このイベントのコラボということで、どの物語にも何らかの形で隅田川に青い光の粒が浮かんでいる景色が登場する。イベント自体を素材にしたものあり、効果的な小道具として取り入れられたものあり、とさまざまだが、どの物語からもその美しさと儚さ、淋しさのようなものが伝わってくる。特に小路さんの物語には泣かされた。たくさんの想いが込められた一冊である。

山あり愛あり*佐川光晴

  • 2013/05/22(水) 16:54:43

山あり愛あり山あり愛あり
(2013/01/16)
佐川 光晴

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周三は大手都市銀行で不良債権処理に追われる日々を送った。20年勤務した後に早期自主退職した周三は、長らく封印してきた登山を再開するつもりだった。だが母子家庭支援のNPOバンク設立に関わってほしいと依頼される。周三も父親の顔を知らずに育った身だが、母親とは憎しみの果てに義絶していた。その母親が、いま死に瀕しているという…。元銀行マンが選んだ、新たな道。山に向かって姿勢を正す―。愛する山に恥じぬよう、一度きりの人生を歩んでゆく。共感と静かな感動を呼ぶ傑作長編。


読みはじめは、池井戸作品のような銀行物語かと思ったが、さにあらず。主人公の周三は、成り行きで銀行マンになったが、銀行業務が最後まで好きになれず、早期退職して趣味の山登りを再開する心づもりだった。だが、事は思惑通りには運ばず、恩義のある人に頼まれたNPOにかかわることになるのだった。関係も愛も薄い実の母に対する思いや、家族への思い、山仲間への思いなどが、人生の折々に周三の行動に影響を与えていて、他人あっての自分なのだと思わされる。ただ、焦点を合わせる要素がいくつもあるので、幾分散漫な印象を受けてしまうのが惜しい一冊でもある。

短編工場

  • 2013/05/20(月) 19:47:38

短編工場 (集英社文庫)短編工場 (集英社文庫)
(2012/10/19)
集英社文庫編集部

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『かみさまの娘』桜木紫乃
『ゆがんだ子供』道尾秀介
『ここが青山』奥田英朗
『じごくゆきっ」桜庭一樹
『太陽のシール』伊坂幸太郎
『チヨ子』宮部みゆき
『ふたりの名前』石田衣良
『陽だまりの詩』乙一
『金鵄のもとに』浅田次郎
『しんちゃんの自転車』荻原浩
『川崎船』熊谷達也
『約束』村山由佳

読んだその日から、ずっと忘れられないあの一編。思わずくすりとしてしまう、心が元気になるこの一編。本を読む喜びがページいっぱいに溢れるような、とっておきの物語たち。2000年代、「小説すばる」に掲載された短編作品から、とびきりの12編を集英社文庫編集部が厳選しました。


既読のものもいくつかあったが、違った並べられ方で読むと、またひと味違うから不思議である。時代も設定も趣向もそれぞれさまざまで偏りがなく、どこから読んでも最後まで飽きずに愉しめるのもいい。手軽に読めるが中身の濃い一冊である。

百年法 上下*山田宗樹

  • 2013/05/16(木) 16:54:59

百年法 上百年法 上
(2012/07/28)
山田 宗樹

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原爆が6発落とされた日本。敗戦の絶望の中、国はアメリカ発の不老技術“HAVI”を導入した。すがりつくように“永遠の若さ”を得た日本国民。しかし、世代交代を促すため、不老処置を受けた者は100年後に死ななければならないという法律“生存制限法”も併せて成立していた。そして、西暦2048年。実際には訪れることはないと思っていた100年目の“死の強制”が、いよいよ間近に迫っていた。経済衰退、少子高齢化、格差社会…国難を迎えるこの国に捧げる、衝撃の問題作。


西暦2048年からの日本共和国での出来事である。夢物語のような不老不死が現実のものとなった世の中で、人は何を思って日々を暮すのだろうか。いいこと尽くめでないことは容易に想像がつくが、緩やかな死と直面することのない人々は自分とどう向き合っていけばいいのだろうか。上巻にはまだ何の解決策も示されてはいないが、それは下巻で示されるのだろうか。それとも加速度的に悪い方向へとなだれ込んで行ってしまうのだろうか。早く下巻を読みたい一冊である。


百年法 下百年法 下
(2012/07/28)
山田 宗樹

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不老不死が実現した社会。しかし、法律により100年後に死ななければならない―“生存制限法”により、100年目の死に向き合うことになった日本。“死の強制”をつかさどる者、それを受け入れる者、抗う者、死を迎える者を見送る者…自ら選んだ人生の結末が目の前に迫ったとき、忘れかけていた生の実感と死の恐怖が、この国を覆う。その先に、新たに生きる希望を見出すことができるのか!?構想10年。最高傑作誕生。


アメリカによる驚愕の研究結果によって、日本共和国が生き残るために取るべき施策が浮かび上がる。現役世代の共感を得るのは至難であろうと思われる施策だが、紆余曲折の末に大統領代行の座についた遊佐の果断により、極端とも言える施策が国民に発表され、国民投票に委ねられることになるのである。その結果は…。そして、上巻ではユニオンに属する一女性・蘭子の息子であるだけだった仁科ケンが、下巻ではどんどん存在感を増してくる。降ろうか処置を受けていない彼が未来への希望になるとは、なんという皮肉だろうか。生きるということ、老いるということ、国を治めるということ、などなど…。さまざまなことを考えさせられた一冊だった。

それでも三月は、また

  • 2013/05/14(火) 20:46:40

それでも三月は、またそれでも三月は、また
(2012/02/25)
谷川 俊太郎、多和田 葉子 他

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あの忘れられない日を心に刻む、胸に迫るアンソロジー。2011年3月11日に発生した東日本大震災により、甚大な被害を受けた日本。福島第一原発の重大事故との闘いは、今後何十年も続く。大きく魂を揺さぶられた作家、詩人たちは、何を感じ、何を考えたのか? 谷川俊太郎、多和田葉子、重松清、小川洋子、川上弘美、川上未映子、いしいしんじ、J.D.マクラッチ、池澤夏樹、角田光代、古川日出男、明川哲也、バリー・ユアグロー、佐伯一麦、阿部和重、村上龍、デイヴィッド・ピース。
日本、アメリカ、イギリス同時刊行!本書の著者印税相当額/売り上げの一部は震災復興のため寄付されます。


直接的に、間接的にと表現の仕方はそれぞれだが、あの日から変わってしまった事々が描かれているのは間違いない。そして、深い喪失感と哀しみに浸っていてさえ、ただそれを嘆くだけでなく、なんとしても光を見つけ、明日を生きることにつなげていこうという意思のようなものを感じることができる。いまもなおただなかにあり、あるいは、いつ我が身の問題となるかわからない状況にあるすべての人たちが、あの日のことを忘れずにいることを、そして乗り越えることができることを祈らずにはいられない一冊である。

キアズマ*近藤史恵

  • 2013/05/13(月) 14:10:15

キアズマキアズマ
(2013/04/22)
近藤 史恵

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決して交わるはずのなかった、俺たち。喪失を超えるように、ただ走り続ける――。命をかける覚悟? 誰かを傷つける恐怖? そんなもの呑み込んで、ただ俺は走りたいんだ。ひたすらに、自分自身と向き合うために。助けられなかったアイツのために――。一年間限定で自転車ロードレースに挑むことになった正樹。「サクリファイス」シリーズ4作目、新たな舞台は大学自転車部! ファン待望の最新長編小説。

【キアズマ/chiasma】減数分裂の前期後半から中期にかけて、相同染色体が互いに接着する際の数か所の接着店のうち、染色体の交換が起こった部位。X字形を示す。(三省堂・大辞林)


競技としての自転車に乗ることになろうとは夢にも思っていなかった岸田正樹。大学入学間もない通学路で思わぬ事故に遭い、期間限定で自転車部に入部することになってしまった。それからの一年間の物語である。著者は、自転車レースに出たことがあるのではないかと疑いたくなるほど、走っているときの風や音や自分の躰の状態、疾走感や恐怖、高揚感などがリアルで、上り坂では読みながら脚が重くなり、ふくらはぎがパンパンに張ってくる心地になるほどである。さまざまなものを抱え、自転車にかける思いはそれぞれだが、走るのが好きだというその一点での繋がりは、おそらくなによりも心強いのだろう。その後の彼らを見てみたくなる一冊である。

忘れられたワルツ*絲山秋子

  • 2013/05/11(土) 16:54:18

忘れられたワルツ忘れられたワルツ
(2013/04/26)
絲山 秋子

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地震計を見つめる旧友と過ごす、海辺の静かな一夜(「強震モニタ走馬燈」)、豪雪のハイウェイで出会った、オーロラを運ぶ女(「葬式とオーロラ」)、空に音符を投げる預言者が奏でる、未来のメロディー(「ニイタカヤマノボレ」)、母の間男を追って、ピアノ部屋から飛び出した姉の行方(「忘れられたワルツ」)、女装する老人と、彼を見下ろす神様の人知れぬ懊悩(「神と増田喜十郎」)他二篇。「今」を描き出す想像力の最先端七篇。


主人公も、題材の選び方も、小道具も、もちろん設定も、かなり独特である。すべてがおそらくこの物語たちの中でしかあり得ないだろうと思われる。そしてそれらことごとくが、在るべくしてそこに在るように、極自然なので、さらに驚かされる。ちょっと変なのに違和感なくいつの間にか入り込んで、自分もその世界にいる。不思議な感覚の一冊である。

果つる底なき*池井戸潤

  • 2013/05/10(金) 17:06:19

果つる底なき果つる底なき
(1998/09)
池井戸 潤

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元三菱銀行員の大型新人(35歳)が内幕を抉る新しい金融サスペンスの誕生!
第44回江戸川乱歩賞受賞作!
債権回収を担当していた同僚が死んだ。謎の言葉と、不正の疑惑を残して。彼の妻は、かつて「私」の恋人だった……。先端企業への融資をめぐる大銀行の闇に、私は1人、挑む。


1998年の作品である。だがもうすでに池井戸節全開である。ただ、いまよりも人はたくさん死んでいて、それが信じられないような理由で、許せないしやるせない。内部に――銀行的に言えば――反逆者のような者がいなければ、すべてがうやむやにされて闇に葬られていくのかと思うと、憤りが治まらなくもある。かなりの誇張があることを願わずにいられない一冊である。

エール!2

  • 2013/05/07(火) 20:29:16

エール!  2 (実業之日本社文庫)エール! 2 (実業之日本社文庫)
(2013/04/05)
坂木 司、水生 大海 他

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バイト君の教育、クライアントの不正、育児と仕事の両立…働く女性を取り巻くさまざまな問題のゆくえは!?スイミングインストラクター、社会保険労務士、宅配ピザ店店長、遺品整理会社社員、ラジオパーソナリティ、メーカーのOL。六人の女性を主人公に、ミステリー、ファンタジー、ちょっぴりサスペンスと、多彩な六話を収録するアンソロジー。オール書き下ろし。


「ジャグジー・トーク」坂木司  「五度目の春のヒヨコ」水生大海  「晴れのちバイトくん」拓未司  「心の隙間を灯で埋めて」垣谷美雨  「黄昏飛行」光原百合  「ヘブンリーシンフォニー」初野晴

お仕事小説なのに、こんなにさまざまなテイストがあるのだとちょっぴり驚かされる。いろいろな職種の職場が舞台になっているというだけで、お仕事小説という括りに収まり切らない豊かさである。普段知らない職業の裏舞台を覗けるという愉しみももちろんあるが、それ以上にそこでの人間関係や主人公の懊悩ぶりや成長する姿に感動させられる。平凡も地道も捨てたものじゃないな、とも思わせてくれる一冊である。

真夏の島に咲く花は*垣根涼介

  • 2013/05/05(日) 16:44:30

真夏の島に咲く花は真夏の島に咲く花は
(2006/10/13)
垣根 涼介

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この島には、今までの人生で知らなかったものが、絶対にある―。2000年のフィジークーデターで人種の違う四人の若者は、何を見つけたのか。日本から両親と移住してきた良昭、ガソリンスタンドで働くフィジアン・チョネ、父のお土産物屋を手伝うインド人・サティー、ワーキング・ビザでフィジーに来た茜。「地上の楽園」を探し始めた男女の青春群像。


単一民族の島国である日本に暮らしていると、民族同士の根深い確執に思いを致すことがなかなかない――最近はそうも言っていられないこともある――が、南海の島国では先住民と、諸々の事情で移り住んできた他民族とのひと言では括れない確執が厳然と存在するのである。ほとんど観光地としての認識しかないフィジーの日々に、それぞれの民族の気質や思惑、積年の思いが影を落とす哀しみが、明るすぎる南の太陽のもとで、やるせなさをいや増すのである。誰もがしあわせを求め、楽園を求めているのに、何かを他人のせいにして諦めてしまっているような、倦怠感のような哀しみが胸に残る一冊である。

矢上教授の午後*森谷明子

  • 2013/05/04(土) 07:15:25

矢上教授の午後矢上教授の午後
(2009/07/10)
森谷 明子

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夏休みの老朽校舎に出現した死体の謎…… 「英国伝統ミステリのコクとユーモアがたっぷり!」“このミス”ご意見番の三橋曉氏オススメ
「矢上教授と誰もが呼び習わしているが、正確には教授ではなく、非常勤講師の身の上だ。ただし、七十年配で白髪に白髯という風貌は、世間一般が抱く教授のイメージにぴったりくる。
所属は生物総合学部。にもかかわらず、矢上の専門は、なんと、日本古典文学である。科学立国日本の未来を担う若者に、週三コマ、日本古来の教養を注ぎ込むのが矢上の使命なのだ。
場違いな学部の、今にも朽ち果てそうな研究棟の最上階の隅に、押しやられたように矢上教授の研究室はある。非常勤講師で、しかも生物総合学部には、まったくそぐわない専門分野のくせに、一応自分の研究室まで確保しているのだ。そんな、何か裏の権力に通じているように見えるいかがわしさがミステリアスであると、言えば言える。
そう、ついでに言えば、教授はミステリの蒐集魔である。研究室の書棚占拠率は教授の専門に関する分野が三割、あとの七割は古今東西のミステリである。」
とある八月の終わりの午後。大学は静かだった。ただ、五階建ての研究棟では、特に熱心な教授や研究生がちらほら、各々の学業にいそしんでいた。
やがて、上空を雷雲が覆って近くに落雷し、一帯が停電する。そして、嵐に閉ざされた研究棟の最上階で誰も見知らぬ男の死体が発見され、矢上教授は真相を追い始めるが……。


タイトルにある通り、ある夏の日の午後の物語である。たった半日足らずの出来事なのだが、何とも閉塞感に満ちていて息苦しく長く感じられる。事の発端は、研究棟にいる誰にも見覚えのない死体が見つかったこと。そしてひとりの教授の姿が見えない。普段は矢上教授のほかはほとんど寄り付かないような取り壊しが決まっている研究棟にたまたま居合わせ、どういうわけか閉じ込められた、思いのほか大勢の人物たちそれぞれの思惑が――事件にかかわっているかどうかにかかわらず――複雑に絡み合い、互いを伺い合って、謎解きを難しくしている。そんな中、矢上教授は、的確な視点と見事な洞察力で、本筋に絡みつくものを排除して単純化し、謎を解き明かすのである。素晴らしい。盛りだくさん過ぎるそれぞれの思惑が見事に収束されていて感心する。矢上教授のことをもっと知りたくなる一冊である。

おれのおばさん*佐川光晴

  • 2013/05/02(木) 16:51:47

おれのおばさんおれのおばさん
(2010/06/04)
佐川 光晴

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挫折なんて突き抜けろ! 痛快!青春物語

ある日突然、父親が逮捕! 東京の進学校から一転、変わり者の実のおばさん率いる札幌の児童養護施設の居候となった14歳の陽介。さまざまな出会いに彼は・・・。時代の閉塞感を突き破る、痛快青春ストーリー!


主人公は14歳の陽介。ある日突然、思いもしなかった境遇に置かれ、ほとんど会ったこともない母の姉が経営する児童養護施設で母と別れて暮らすことになった。自分の目の前に開けていることを疑わなかった人生を根こそぎ否定された陽介が、彼なりに自分の運命に立ち向かう気持ちになったのは、預けられたのが児童養護施設という場所であり、そこで懸命に取り組む伯母の姿があったからこそのような気がする。割り切れない思いも抱えたままで、前向きに生きようとする陽介や周りの人たちの姿に、北海道の爽やかな風が吹き抜けるような心地になれる一冊である。

玉磨き*三崎亜記

  • 2013/05/01(水) 16:59:54

玉磨き玉磨き
(2013/02/27)
三崎 亜記

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なんのために、その仕事を続けているのか。
三崎亜紀の想像力が拓く、新境地にして真骨頂。

ルポライターとして働いてきた「私」は、20年の節目を迎え、請け負い仕事をこなす中で「見逃してしまったこと」「過ぎ去ってしまったもの」を、あらためて取材して回った。細々と継承された伝統工芸、埋もれようとしている技術、忘れ去られようとしている出来事……。消え去るものと受け継がれてゆくものがある。それを記録して残すことに意味があるのだろうかーー?
あり得るかもしれない現実と地続きの不条理から、現在の私たちの姿がくっきりと浮かび上がる。人の人生に意味はあるのか?
意味を失ったのは、世界か、あなたか?
架空のルポルタージュという形を得てさらに大きく飛躍した、三崎亜記の想像力が拓く、新境地にして真骨頂。新たなる傑作です!


表題作のほか、「只見通観株式会社」 「古川世代」 「ガミ追い」 「分業」 「新坂町商店街組合」

三崎さんである。物語はごく普通に淡々と進んでいく。常と違うのは、淡々と営まれているその事柄が、わたしたちが知っている世界のこととはほんのわずかずれているということだけである。しかも今回は、ルポライターによる取材とインタビューという形を取ることで、より客観的に、その事柄にとっては外部からの目で語られているのである。読者もルポライターの目線になれるという意味で、その事柄を直に目にしているような不思議な感覚にとらわれもする。足元がぐにゃりとする心地の一冊である。