死神の浮力*伊坂幸太郎

  • 2013/09/29(日) 21:23:38

死神の浮力死神の浮力
(2013/07/30)
伊坂 幸太郎

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『死神の精度』で活躍した「千葉」が8年ぶりに帰ってきました!
クールでちょっととぼけた死神を、今度は書き下ろし長編でお楽しみください。


久々の死神・千葉の物語である。死神なのになぜか憎めない、音楽好きの千葉のキャラクターが、今作でも炸裂している。人間の姿をしているが、人間界のことには疎く、対象者との会話もずれていて、それがかえって含蓄があるように聞こえたりもして、くすりと笑わされる。冷たいのか熱いのかよく判らない千葉が素敵だ。ストーリーは言葉を失うほど救いがなくて、やり切れなさに満ちている。千葉の対象者である山野辺が追う、娘の敵・本城の、あの度を越した理解不能さはなんなのだろう。何度、さっさとその首根っこを摑まえて、真意を問いただしたい思いに駆られたことだろう。躰の中からちりちりと焼かれるようなもどかしさだった。またいつか千葉の仕事ぶりを見たい――死神なのだが――と思わされるシリーズである。

つむじ風食堂と僕*吉田篤弘

  • 2013/09/27(金) 17:04:03

つむじ風食堂と僕 (ちくまプリマー新書)つむじ風食堂と僕 (ちくまプリマー新書)
(2013/08/07)
吉田 篤弘

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少し大人びた少年リツ君12歳。
つむじ風食堂のテーブルで、町の大人たちがリツ君に「仕事」の話をする。
リツ君は何を思い、何を考えるか…。
人気シリーズ「月舟町三部作」番外篇。


「それからはスープのことばかり考えて暮らした」のサンドイッチ屋の息子・リツくんが主人公の物語である。つむじ風食堂で定食を食べながら、大人たちはリツくんに自分の仕事のことをあれこれと教えてくれる。それを聞きながら、リツくんが自分の将来に想いを馳せる時、そこに浮かび上がってきたものはいままで考えもしていなかったものだった。自分の仕事のことを話すときの大人たちの誇らしげな様子や、聴きながらあれこれ思うリツくんの思慮深い横顔を想うと、胸の中にあたたかなものが満ちてくる。そして、青い鳥のように最後に見つけたものの輝かしさと言ったら、それはもうなによりも素晴らしいものなのである。短いながら中身の詰まった一冊である。

風景を見る犬*樋口有介

  • 2013/09/27(金) 14:02:55

風景を見る犬風景を見る犬
(2013/08/05)
樋口 有介

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青春ミステリーの異才・樋口有介が初めて沖縄の「今」を題材にして書下ろした長編小説。
暑熱にうだる那覇市の旧赤線街で起きた二つの殺人事件に遭遇した高校3年生の青春は、一気に泡立ってしまう。


著者には珍しく沖縄が舞台である。住んだことがないので実際は判らないが、南国ならではの怠惰さや、田舎――ことに島であるという――ながらの閉塞感やプライバシーのなさ、沖縄の歴史的な文化や価値観などが、気負いなくリアルに描かれていると思う。そういう本土にはない特殊さの中で事件は起こり、高校生の香太郎は否応なく巻き込まれていくのである。初めは単純な構図と思われていた事件自体も、香太郎や柑奈――これまたいわくつきである。というかいわくつきでない人物がいないくらいであるのだが――の勘と分析(?)によって意外な道筋に導かれ、最後の最後に驚かされることになるのである。こういうのはとても好み。青春の光と影のような一冊である。

問題物件*大倉崇裕

  • 2013/09/23(月) 16:42:02

問題物件問題物件
(2013/08/13)
大倉 崇裕

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大島不動産販売前社長の遺児で、難病に苦しむ大島雅弘の世話係を務めていた若宮恵美子は、派閥争いのあおりを受け、新設部署への異動を命じられた。雅弘をトップに、3名だけでクレーム対応をする部署らしい。現社長の高丸は、反高丸派の旗頭である雅弘に無理難題を押しつけ、責任を取らせて追い出したいのだ―。次から次へと問題物件を押しつけられ途方に暮れる恵美子の前に、「探偵」を名乗る奇妙な男が現れて…。前代未聞の名探偵(?)犬頭光太郎登場!!居座り、自殺、ゴミ屋敷、ポルターガイストに失踪まで。お部屋に関する問題を、人間離れした能力で華麗に無理矢理解決!破天荒極まりないミステリー!


これがありだったらなんでもありだろう、と思われるような無理やりな設定なのだが、なんとなくほのぼのと愛情にあふれているし、こんなことがあってもいいなと思わせてくれるので、良しとすることにする。助手役でもある若宮恵美子は、実質的にはあまり役に立っているようには見えないが、探偵役の犬頭とは結構いいコンビである。雅弘を思う共通の気持ちがなせる業なのであろう。続きが気になる一冊でもある。

放課後探偵団

  • 2013/09/20(金) 07:15:52

放課後探偵団 (書き下ろし学園ミステリ・アンソロジー) (創元推理文庫)放課後探偵団 (書き下ろし学園ミステリ・アンソロジー) (創元推理文庫)
(2010/11/27)
相沢 沙呼、市井 豊 他

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全編書き下ろしの学園ミステリ・アンソロジーを刊行します。いきなり文庫での刊行になりますが、手間は単行本以上にかけたつもりです。収録各編の扉絵をtoi8さん、平沢下戸さん、加藤木麻莉さん、スカイエマさん、片山若子さん(収録順)にお願いし、それぞれの原稿の末尾には執筆者の詳細なプロフィールなどを含めた紹介文を付与しました。
執筆者は全員新人作家ばかり。東京創元社からデビューした1980年代生まれの新人五人が、〈学園〉というくくりで若い読者層に向けてミステリを書く、というのが今回のコンセプトです。これからのミステリの一翼を担う作家たちのショーケースを作ろう、という意図も無論あります。楽しんで戴けることを願っています。


似鳥鶏「お届け先には不思議を添えて」  鵜林伸也「ボールがない」  相沢沙呼「恋のおまじないのチンク・ア・チンク」  市井豊「横槍ワイン」  梓崎優「スプリング・ハズ・カム」

初々しい作家さんたちの学園ミステリアンソロジーである。学園ものということで、物語としても初々しさパワーにあふれていて効果的だと思う。若者らしい熱さや、きゅんとする恋心も満載で、気持ち好く愉しめる一冊である。

八朔の雪--みをつくし料理帖*高田郁

  • 2013/09/16(月) 21:27:11

八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)八朔の雪―みをつくし料理帖 (ハルキ文庫 た 19-1 時代小説文庫)
(2009/05/15)
高田 郁

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神田御台所町で江戸の人々には馴染みの薄い上方料理を出す「つる家」。店を任され、調理場で腕を振るう澪は、故郷の大坂で、少女の頃に水害で両親を失い、天涯孤独の身であった。大坂と江戸の味の違いに戸惑いながらも、天性の味覚と負けん気で、日々研鑽を重ねる澪。しかし、そんなある日、彼女の腕を妬み、名料理屋「登龍楼」が非道な妨害をしかけてきたが・・・・・。料理だけが自分の仕合わせへの道筋と定めた澪の奮闘と、それを囲む人々の人情が織りなす、連作時代小説の傑作ここに誕生!


初読みの作家さんだったが、大当たりである。また愉しみなシリーズを見つけてしまった。時代小説なので、江戸の風物や人情などももちろん愉しめるが、主人公・澪の出身地である大坂と江戸との風習や好みの違いなども興味深い。そしてなにより、サブタイトルの「料理帖」でも判る通り、澪が工夫に工夫を重ね、丹精込めて拵えた料理の数々が魅力的で思わずお腹が鳴るようである。しばらく追いかけてみたいシリーズである。

ブルーマーダー*誉田哲也

  • 2013/09/15(日) 16:50:34

ブルーマーダーブルーマーダー
(2012/11/17)
誉田 哲也

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あなた、ブルーマーダーを知ってる?この街を牛耳っている、怪物のことよ。姫川玲子。常に彼女とともに捜査にあたっていた菊田和男。『インビジブルレイン』で玲子とコンビを組んだベテラン刑事下井。そして、悪徳脱法刑事ガンテツ。謎めいた連続殺人事件。殺意は、刑事たちにも牙をむきはじめる。


姫川玲子シリーズの六作目。今回も何とも言い難く惨い場面が続出するが、その動機にはやるせなく哀しくなる。姫川が菊田に対する想いに否応なく区切りをつけなければならないことにもなり、その先のことも気になる。ガンテツの身勝手さは相変わらずながら、人間らしい慮り(なのだろう)も見受けられるようになり、警察という社会の中の姫川は、守られていると言えなくもない。過去をどう振り切り、これからどう生きていくのか、興味深いシリーズである。

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七色の毒*中山七里

  • 2013/09/12(木) 06:53:09

七色の毒 (単行本)七色の毒 (単行本)
(2013/07/31)
中山 七里

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話題作『切り裂きジャックの告白』の犬養隼人刑事が、“色”にまつわる7つの怪事件に挑む連作短編集!人間の奥底に眠る悪意を鮮烈に抉り出した、珠玉のミステリ7編!


「赤い水」 「黒いハト」 「白い原稿」 「青い魚」 「緑園の主」 「黄色いリボン」 「紫の献花」

これの前に読んでいた『切り裂きジャックの告白』の犬養刑事が主役なので、まるで続きのようにするすると物語に入り込んだ。犬養の[男の嘘を見抜く力]に依る部分も大きいが、小さな違和感を見過ごさず、捜査の流れからはみ出しても独自に調べ続ける犬養の姿勢にも魅せられる。どんでん返し的に、善人の皮を被った悪魔を、犬養がやさしい顔で追いつめる場面では、驚きとともに溜飲が下がる一冊である。

切り裂きジャックの告白*中山七里

  • 2013/09/10(火) 17:03:35

切り裂きジャックの告白切り裂きジャックの告白
(2013/04/27)
中山 七里

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東京・深川警察署の目の前で、臓器をすべてくり抜かれた若い女性の無残な死体が発見される。戸惑う捜査本部を嘲笑うかのように、「ジャック」と名乗る犯人からテレビ局に声明文が送りつけられた。マスコミが扇情的に報道し世間が動揺するなか、第二、第三の事件が発生。やがて被害者は同じドナーから臓器提供を受けていたという共通点が明らかになる。同時にそのドナーの母親が行方不明になっていた―。警視庁捜査一課の犬養隼人は、自身も臓器移植を控える娘を抱え、刑事と父親の狭間で揺れながら犯人を追い詰めていくが…。果たして「ジャック」は誰なのか?その狙いは何か?憎悪と愛情が交錯するとき、予測不能の結末が明らかになる。


鮮やかな手技で臓器を丸ごと持ち去られた他殺体が発見され、犯行声明が出され、まさかの連続殺人に発展し、あまりの惨さに愕然とする中、警察は、臓器移植と医療関係者に目をつけ、捜査の手を伸ばすのである。担当刑事である犬養の、離婚した元妻のもとにいて移植を待っている娘の事情や、移植される側と臓器を提供する側それぞれの想いも折り込みながら物語は進むのだが、最後の最後に想像もしなかった真実が明らかにされ、と思えばまたその先に目を疑う展開が待っている。ただ、題材も展開も素晴らしいのだが、動機がいささか弱い気がしなくもなかった。ショッキングな一冊だったことは間違いない。

叫びと祈り*梓崎優

  • 2013/09/08(日) 16:43:31

叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)
(2010/02/24)
梓崎 優

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砂漠を行くキャラバンを襲った連続殺人、スペインの風車の丘で繰り広げられる推理合戦、ロシアの修道院で勃発した列聖を巡る悲劇…ひとりの青年が世界各国で遭遇する、数々の異様な謎。選考委員を驚嘆させた第五回ミステリーズ!新人賞受賞作「砂漠を走る船の道」を巻頭に据え、美しいラストまで一瀉千里に突き進む驚異の連作推理誕生。大型新人の鮮烈なデビュー作。


ミステリと呼んでいいのかどうか迷うくらい、いままでなかったミステリなのではないだろうか。少なくともわたしがいままで読んできたミステリとは別のもののように思われる。斉木という一人の男が世界のあちこちを旅して体験した出来事というキーで繋がる連作短編集なのだが、物語とか筋立てとか舞台とか、それら自体が初めから謎解きなどなくても成立してしまうような気がする。それでいてきちんと謎解きもあるのだが、その種明かしの根拠もまたただ事ではないのである。そしてそれらの物語を束ねるラストの一作が、何とも切ないというか、それでいいのか、と読む者を悩ませるのである。悪い意味でなくとらえどころのない一冊とも言えるかもしれない。

Another エピソードS*綾辻行人

  • 2013/09/07(土) 16:43:42

Another エピソード S (単行本)Another エピソード S (単行本)
(2013/07/31)
綾辻 行人

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1998年、夏休み―両親とともに海辺の別荘へやってきた見崎鳴、15歳。そこで出会ったのは、かつて鳴と同じ夜見山北中学の三年三組で不可思議な「現象」を経験した青年・賢木晃也の幽霊、だった。謎めいた古い屋敷を舞台に―死の前後の記憶を失い、消えたみずからの死体を探しつづけている幽霊と鳴の、奇妙な秘密の冒険が始まるのだが…。


前作の詳細をほとんど覚えていなかったので、初めてのように新鮮に読んだ。前作は確か学園ドラマっぽかった印象があるが、今作は夜見山中学の不思議というキーワードはそのままだが、舞台は中学ではなく、湖畔の館である。しかもまた思わせぶりな仕掛けもいろいろあり、そうきたか!、と思わされる展開ありで、ハラハラドキドキさせられる。苦手分野のホラーのにおいに警戒しつつ読み始めたはずが、いつの間にか綾辻流に惹きこまれているという感じの一冊である。

その青の、その先の、*椰月美智子

  • 2013/09/06(金) 16:51:00

その青の、その先の、その青の、その先の、
(2013/08/22)
椰月 美智子

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ばかみたいに幸福な時間。それは、ほんの少しさみしい。
恋、友情、初体験……。人生のきらめきすべてが詰まっている、最高の仲間と過ごした最高の三年間。

「こういうの、大人が見たらばかみたいだって言うのだろうか。高校生のおままごとだって言うのだろうか」
まひる……落語家を目指す大好きな彼氏が出来て、ファーストキスをしたばかり。
クロノ……ミュージシャンを目指してバンド活動をしている。誰もが振り返る美少女。
睦実……四人の中で唯一“初体験"を済ませていて、生徒会長に片思い中。よく泣く。
夏海……弓道部で活動していて、友だち想い。高校時代は化粧をしないと決めている。
悩みも夢も違うけれど、時に応援し合い、なぐさめ合い、確かに繋がっている四人のクラスメイト。
だがある日、まひるを思いがけない試練が襲い……。
光り輝く宝物のような時間は大切にしないと、シャボン玉のように消えてしまう。
『るり姉』が話題の著者が、最高の仲間と過ごした高校生活を鮮やかに描写した、感動の書き下し青春小説!


タイトルからは高校生の物語を想像しなかったし、こんな展開になるとは、読み始めてからも全く思いもしなかった。そのことは悲劇としか言いようがないのだが、それでもこの物語の中では悲劇で終わらないのである。強さと愛しさと友情にぎゅうっと囲まれて、いまどきの高校生もなかなかやるもんだと思わされる一冊である。

タイニー・タイニー・ハッピー*飛鳥井千砂

  • 2013/09/05(木) 14:05:46

タイニー・タイニー・ハッピー (角川文庫)タイニー・タイニー・ハッピー (角川文庫)
(2011/08/25)
飛鳥井 千砂

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東京郊外の大型ショッピングセンター「タイニー・タイニー・ハッピー」、略して「タニハピ」。商品管理の事務を務める徹は、同じくタニハピのメガネ屋で働く実咲と2年前に結婚。ケンカもなく仲良くやってきたつもりだったが、少しずつズレが生じてきて…(「ドッグイヤー」より)。今日も「タニハピ」のどこかで交錯する人間模様。結婚、恋愛、仕事に葛藤する8人の男女をリアルに描いた、甘くも胸焦がれる、傑作恋愛ストーリー。


「ドッグイヤー」 「ガトーショコラ」 「ウォータープルーフ」 「ウェッジソール」 「プッシーキャット」 「フェードアウト」 「チャコールグレイ」 「ワイルドフラワー」

郊外のショッピングセンター「タイニー・タイニー・ハッピー(通称タニハピ)」で繰り広げられる数組の恋愛模様の物語である。と書くと、なにやら安っぽく聞こえるが、登場人物たちがそれぞれ、恋愛以外にも一生懸命に生きていることが伝わって心地好い。不平不満もないわけではなく、いやむしろ、愚痴を言いたいことは日常にあふれるほどあるのだが、そんな中でも自分を認め、他人をも認め、思いやりをもって接しているのがよく判る。いま答えが出たからと言って、それがこの先永遠に続くものでもなく、ときどきに形の違う波になって向かってくることになるのだろうが、どんなことがあっても何とか乗り越えていけるのではないかと思わせてくれる一冊である。

続 岳物語*椎名誠

  • 2013/09/04(水) 16:42:57

続 岳物語続 岳物語
(1986/07/18)
椎名 誠

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ご存知、シーナさんちの岳少年。いま、男の自立の季節を迎えている。ローバイしつつも、ひとりうなずく父シーナ。カゲキな父と子のやさしい時代が終わり、新しくキビシイ友情物語が始まる!


家族の、というよりも、親子の、というよりも、男と男の、人間と人間の友情物語なのだと改めて思わされる。教育的とか躾の極意とか、そんな意図は微塵も感じられない、ひとりとひとりのぶつかり合いである。岳くんが成長してくるに従って、それは幼いころよりもなお顕著になってきて、この物語のその後もさらに厳しくも愛しいぶつかり合いが続いていくことになるのだろう。全身全霊で考え悩みためらい応える力について考えさせられる一冊でもある。

はるがいったら*飛鳥井千砂

  • 2013/09/02(月) 18:49:58

はるがいったらはるがいったら
(2006/01/05)
飛鳥井 千砂

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「今」を見事に描き切る、新しい才能の誕生。
気が付けば他人のファッションチェックまでしている完璧主義者の姉。何事もそつなくこなすが熱くなれない「いい子」な弟。どこかが行き過ぎで、何かが足りない姉弟の物語。第18回小説すばる新人賞受賞作。


14年前に公園で拾った雑種犬。ちょうど春だったので、ちゃんとした名前はあとで考えようと、とりあえず「はる」と名づけ、はるのまま14年一緒にいる。姉・園(その)は22歳、僕・行(ゆき)は18歳になった。いまは老い、日がな一日うつらうつらとしているだけなので、生き生きとした描写はないが、14年の間に姉弟に起きたさまざまなことのそばには、いつもはるがいた。それぞれに理由は違うが、自分というものの扱いにいささか戸惑う姉弟の現在(いま)が、どちらもよく判って微笑ましくも辛くもある。はるを送ったことで、ほんの少し何かが変わっていくのかもしれない、と安堵する心地にもなる一冊である。

東京ポロロッカ*原宏一

  • 2013/09/01(日) 16:46:41

東京ポロロッカ東京ポロロッカ
(2011/11/18)
原宏一

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町工場の社長さん、田園調布のお手伝いさん、リバーサイドマンションに住むシングルマザー、駆け落ち夫婦…さまざまな人々が暮らす町を今日も滔々と流れる多摩川。南米アマゾン川の「ポロロッカ」のように、その「多摩川が大逆流する」という奇怪な噂が広がっていく。無責任な噂に翻弄され気づかされたのは、人と人が繋がっているということ。いま改めて「家族の絆」を見つめ直す。小さな幸せを描く原宏一が贈る、七つのヒューマンストーリー。


第一話 大田区糀谷 居酒屋 河ちゃん/ 第二話 大田区田園調布 東大寺家/ 第三話 大田区下丸子 リバーサイドタワー/ 第四話 川崎市登戸 富士見荘/ 第五話 世田谷区二子玉川 柴口プランニング/ 第六話 調布市小島町 カフェ栞/ 第七話 川崎市川崎町 かわばたハイツ

市の図書館サイトの「我市が出てくる本」の中から借りてみた一冊である。
多摩川が逆流するという噂に惑わされる多摩川流域の人々の様子が、ポロロッカになぞらえるように川を遡るように描かれている。無責任な噂の伝播の仕方も興味深いし、初めは半信半疑どころか、ほとんど笑い話のようにして聞いていた人々が、徐々に「もしや?」と信じる方へ傾いていき、それぞれに行動を起こす様も興味深い。その場その場で暮らす人々が、この傍迷惑な噂によって、いままでとは違ったつながりや生き方を築いていくのが喜ばしくもある一冊である。