ヒカルの卵*森沢明夫

  • 2013/10/30(水) 19:30:18

ヒカルの卵ヒカルの卵
(2013/10/10)
森沢 明夫

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世界初?たまごかけご飯専門店にようこそ!「限界集落」に暮らす村人たちを、俺が元気にしてやんべ!養鶏農家でお人好しの二郎は「たまごかけご飯専門店」を開くと決意した。しかも、限界集落からさらに山奥に入った森のなかで。このあまりにも素っ頓狂な計画に、村人たちは大反対するが…。小さな山村に暮らす愉快な面々が繰り広げる、笑って泣ける物語。


ムーミンにそっくりで「ムーさん」と呼ばれている村田二郎が主人公であるが、物語中でもずっとムーさんと呼ばれているので、つい本名を忘れてしまう。ムーミンのような見た目どおり、一瞬で人を和ませるおおらかな性格の持ち主であり、「俺はツイてる」が口癖のいいやつなのである。そんなムーさんが、ひとりで考え抜き、あたためている村おこし計画が、ひょんなことから公になり、周囲に無謀と言われながらも次々と成功させ、村を元気にする、という物語であり、それだけでも充分感動に値するのだが、本作はそれだけではない。幼馴染たちや、村人たち、外から移住してきた陶芸家など、協力者たちのそれぞれの動きが粋で、それがまた堪らないのである。そしてなにより、村の人たちが、自分たちの生業である農業に誇りを持ち、少しでもおいしいものを食べてもらいたいという気概が伝わってくるのがいい。ゆらゆら揺れる吊り橋は苦手だが、卵かけご飯を食べに行きたくなる一冊である。ホタルも見たいし、帰りに百笑館で野菜を買い、ロールケーキも買って帰りたい。

宮部みゆきの江戸怪談散歩*宮部みゆき

  • 2013/10/29(火) 13:06:40

宮部みゆきの江戸怪談散歩 (新人物文庫)宮部みゆきの江戸怪談散歩 (新人物文庫)
(2013/08/08)
宮部 みゆき

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人の業がなせる、恐ろしくも切ない怪談話の語り部・宮部みゆき。稀代のストーリーテラーが織りなす物語には、どんな思いがあったのか。『泣き童子』が話題の「三島屋変調百物語」シリーズをはじめ、物語の舞台を歩きながらその魅力を探る異色の怪談散策!さらに怪異の世界を縦横に語りつくす北村薫氏との特別対談に加え、“今だから読んでほしい”小説4編を厳選。ファン必携!著者責任編集「宮部怪談」公式読本。


「三島屋変調百物語」の舞台となった界隈の地図を冒頭に載せ、辺りを散策するという趣向で始まる。その後、北村薫氏との対談や、百物語の一篇である「曼珠沙華」など宮部作品や宮部氏推薦の怪談が配されるという構成である。
ひと口に怖い話と言っても、はっきりしたあるものに焦点を定めた怖さ、なにやら得体の知れない怖さなど、さまざまあることに改めて思い至る。なにが怖いのか判らない得体の知れなさほど恐ろしいものはないと思わされる一冊である。

検察側の罪人*雫井脩介

  • 2013/10/28(月) 07:22:54

検察側の罪人検察側の罪人
(2013/09/11)
雫井 脩介

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検事は何を信じ、何を間違えたのか。

東京地検のベテラン検事・最上毅と同じ刑事部に、教官時代の教え子、沖野啓一郎が配属されてきた。ある日、大田区で老夫婦刺殺事件が起きる。捜査に立ち会った最上は、一人の容疑者の名前に気づいた。すでに時効となった殺人事件の重要参考人と当時目されていた人物だった。男が今回の事件の犯人であるならば、最上は今度こそ法の裁きを受けさせると決意するが、沖野が捜査に疑問を持ちはじめる――。

正義とはこんなにいびつで、こんなに訳の分からないものなのか。
雫井ミステリー、最高傑作、誕生!


500ページを超える長編ということを感じさせない面白さである。現実にこんなことがあったら大事件であり、一般市民は一体何を信じればいいのか、不信感の塊になってしまうような事件であり、起きた事柄だけを並べて見せられたら、最上は人間として最低だと圧倒的な確信を持って決めつけるだろうと思う。だが、その人間として、という部分でこそ、最上の苦悩とここまでの決断があったのだということがこの物語にはにじみ出ていて、犯した罪は到底許すことはできないが、人間として憎み切れないのである。松倉を断罪することができなかったという結果に、最上は一生晴れない思いを抱き続けることになるのだろう。松倉憎し、である。法という剣をもってしても、正義という思いをかざしていても、どうにもならないことがあるのだというもどかしさや無力感を思い知らされる一冊でもある。

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珈琲店タレーランの事件簿2*岡崎琢磨

  • 2013/10/26(土) 13:24:15

珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る (宝島社文庫)珈琲店タレーランの事件簿 2 彼女はカフェオレの夢を見る (宝島社文庫)
(2013/04/25)
岡崎 琢磨

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新人にしていきなり80万部突破、話題沸騰の岡崎琢磨『珈琲店タレーランの事件簿』、待望の第2弾が登場です! 京都の街にひっそりとたたずむ珈琲店《タレーラン》に、女性バリスタ切間美星の妹、美空がやってきた。外見も性格も正反対の美星と美空。常連客のアオヤマと、タレーランに持ち込まれる“日常の謎"を解決していくうち、「妹の様子がおかしい」と美星が言い出して……。姉妹の幼い頃の秘密が、大事件を引き起こす! 大人気シリーズ最新刊です。


一作目とさほど印象は変わらない。思わせぶりなのか、思いやりなのかよく判らないが、美星の言葉足らずがあちこちに波紋を広げているのがいささかもどかしい。コーヒーはおいしそうなのに、勿体無い印象がどうしてもぬぐえないのは、やはりあの作品と設定が似すぎているからだろうか。事件の収拾も、ちょっと出来過ぎのような気がする。それでもなんとなく続きが気になってしまうシリーズでもある。

光秀の定理(レンマ)*垣根涼介

  • 2013/10/25(金) 13:21:02

光秀の定理 (単行本)光秀の定理 (単行本)
(2013/08/30)
垣根 涼介

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永禄3(1560)年、京の街角で三人の男が出会った。食い詰めた兵法者・新九郎。辻博打を生業とする謎の坊主・愚息。そして十兵衛…名家の出ながら落魄し、その再起を図ろうとする明智光秀その人であった。この小さな出逢いが、その後の歴史の大きな流れを形作ってゆく。光秀はなぜ織田信長に破格の待遇で取り立てられ、瞬く間に軍団随一の武将となり得たのか。彼の青春と光芒を高らかなリズムで刻み、乱世の本質を鮮やかに焙り出す新感覚の歴史小説!!


歴史小説は苦手な部類に入るのだが、著者の歴史小説ということで興味津々でページを開いた。これは、歴史小説ではあるが、いままである歴史小説とはひと味違った角度から描かれた物語だった。出会い、人間としての在りよう、物事の考え方、真理、そんな諸々が光秀という戦国武将を通して描かれているように思う。そして、出てくる人々が魅力的で、立場が全く違うとしても、お互いを認め合って生きているように見えるのもとても好ましい。ひとりの人間として、何をよりどころに生きるか、そんなことをも考えさせられる一冊である。

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市立第二中学校2年C組--10月19日 月曜日*椰月美智子

  • 2013/10/23(水) 10:08:10

市立第二中学校2年C組市立第二中学校2年C組
(2010/08/04)
椰月 美智子

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中2の一日は、こんなにも厄介で輝いている8時24分、七海は保健室に登校し、10時24分、貴大は初恋に落ちる。クラス38名それぞれの顔と心の内がくっきりと見える、等身大の学級日誌のような物語。


まさにタイトル通り、そのまんまの一冊である。巻頭に、2年C組の座席表と時間割が載っているのも、リアル感を増している。インターネットなど影も形もなく、いじめ問題もさほど深刻ではなかったわたしの中学生時代と、――周りの環境やツールが変わっても――中身はあまり変わっていないのだなぁ、というのが実感である。人間って進歩しているようでいて、実は律儀に同じ道筋をたどっているものなのかもしれない。これはたまたまこの一日を抜き出しているが、例えば学園祭の準備期間とか、別の一日にスポットを当てたら、もっと熱くなっていたりするのだろうか。その辺りも読んでみたいものである。中学生日記の一冊。

道頓堀の大ダコ--鍋奉行犯科帳*田中啓文

  • 2013/10/22(火) 16:38:29

道頓堀の大ダコ (鍋奉行犯科帳) (集英社文庫)道頓堀の大ダコ (鍋奉行犯科帳) (集英社文庫)
(2013/08/21)
田中 啓文

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道頓堀に巨大なタコが現れた。対処に大わらわの大坂西町奉行所の面々をよそに、大食漢の名物奉行・大邉久右衛門が用人・佐々木喜内に命じたのは―(『蛸芝居』)。連日連夜、豆腐ばかりの献立に、久右衛門は爆発寸前。どうやら財政難のせいばかりではないようで―(『地獄で豆腐』)。書き下ろし1編を含む垂涎必至の4編を収録。大坂を舞台に描く、謎あり恋ありグルメありの食いだおれ時代小説第2弾。


江戸物ではない時代小説が珍しいということもあり、やはり面白い。商人の町大坂らしく、武士の形無し感がなんとも味があり、可笑し味がある。久右衛門の食べっぷりも相変わらずで、胸が空くし、今回は南蛮料理がどれもおいしそうである。勇太郎の恋の行方も気にかかるが、いつの時代も女性の方が攻めているのが頼もしくもありもどかしくもある。次も愉しみなシリーズである。

アシンメトリー*飛鳥井千砂

  • 2013/10/19(土) 11:06:35

アシンメトリーアシンメトリー
(2009/09/25)
飛鳥井 千砂

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結婚に強い憧れを抱く女―朋美。結婚という形を選んだ男―治樹。結婚に理想を求める男―貴人。結婚に縛られない女―紗雪。結婚願望の強い朋美はある時、友人の紗雪が突如結婚を決めたことにショックを受けた。紗雪の相手は幼馴染みの治樹。心から祝えない朋美だったが、ふたりの結婚パーティーで出会った年下の貴人と恋仲になる。しかし、紗雪と治樹の結婚には秘密があった…。現代における「結婚」とは何か?アシンメトリー(非対称)な男女4人を描く、珠玉の恋愛小説。


結婚という形をめぐる、それぞれ結婚観のまったく違う四人の男女の物語である。違う人間であるゆえに、同じものを見ていても異なることを感じ、受け取るものも違うのは当然のことである。結婚に関してもそれは同じこと。それぞれの想いがたまたま重なったり、すれ違ったり、前を向いて並んだままだったりするものである。それが、満たされたり、切なかったり、もどかしかったりして、悩むのだろう。それぞれが少しずつ強くなり、何かを乗り越えかけているような終わり方が希望を持たせてくれる。人は誰でもどこか歪なアシンメトリーな存在であり、それを認めるところから始まるのだと気づかされる一冊でもある。

スタッキング可能*松田青子

  • 2013/10/17(木) 16:56:51

スタッキング可能スタッキング可能
(2013/01/18)
松田 青子

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“あなた”と“私”は入れ替え可能?小さかろうがなんだろうが希望は、希望。


Amazonのレビューには、そうそうたる顔ぶれの推薦文が掲載されているが、わたしにはもうひとつ馴染めなかった。エレベーターの停止階ボタンで章分けされたオフィスの日常は、登場人物の名前がアルファベットになっていることからも推察されるように、どこにでもある風景であり、隣のビルでも同じような日常が繰り広げられていてもちっとも驚かない。そもそも高層オフィスビル自体がスタッキングされているとも言えるわけで、どの階を取ってみても大差ない時間が流れているのかもしれない。個人的には、奇を衒わずにもっと素直なオフィスの日常の方が好みだな、という読後感である。好き嫌いが分かれる一冊かもしれない。

うかんむりのこども*吉田篤弘

  • 2013/10/17(木) 07:32:59

うかんむりのこどもうかんむりのこども
(2013/09/30)
吉田 篤弘

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「自我自讃」に「自画持参」、「短刀直入」、一番大切な漢字を決める……文字モジした言葉エッセイ集。「俺」と「僕」には「人」がいるが、「私」の中には不在の「人」。「禾」が「人」になると「私」は「仏」、死して「私」は初めて「人」になる? 絵文字の元祖、(笑)(怒)(仮)につづく( )内の新顔、あらゆるところに潜む「心」、一番偉そうな漢字、文字を売る店……クラフト・エヴィング商會の物語作者がカラーイラストつきで綴る、日本語の愉しみ方。


これはおもしろい。漢字の成り立ちにも、意味づけにも、文字そのものにも、言葉というものにも俄然興味が湧く。なるほど、と頷くことも度々である。クラフトエヴィング商會の手に成る挿画も、シンプルでさりげないながら、洒脱で素敵である。いろいろ愉しい一冊だった。

政と源*三浦しをん

  • 2013/10/16(水) 19:03:48

政と源政と源
(2013/08/26)
三浦 しをん

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東京都墨田区Y町。つまみ簪職人・源二郎の弟子である徹平(元ヤン)の様子がおかしい。どうやら、昔の不良仲間に強請られたためらしい。それを知った源二郎は、幼なじみの国政とともにひと肌脱ぐことにするが―。弟子の徹平と賑やかに暮らす源。妻子と別居しひとり寂しく暮らす国政。ソリが合わないはずなのに、なぜか良いコンビ。そんなふたりが巻き起こす、ハチャメチャで痛快だけど、どこか心温まる人情譚!


73歳の幼馴染の老人二人が主人公である。性格も境遇もまるで違う二人だが、どういうわけか離れずにこの年までつき合ってきた。もはや気心が知れているなどというものではない。それでも相手には言えない屈託はそれぞれに(たぶん)あり、相手も口には出さずとも、そのことはちゃんと承知しているのだ。そういうわけで、二人のお約束のような掛け合いの息もぴったりで絶妙なのである。ある意味究極のBLかもしれない。そこに、源二郎の弟子の二十歳の若者・徹平がこれまたいい具合にスパイスになって、二人のいい味をなお引き立てている。シリーズ化してほしい味わい深い一冊である。

鏡の花*道尾秀介

  • 2013/10/15(火) 16:51:36

鏡の花鏡の花
(2013/09/05)
道尾 秀介

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製鏡所の娘が願う亡き人との再会。少年が抱える切ない空想。姉弟の哀しみを知る月の兎。曼珠沙華が語る夫の過去。少女が見る奇妙なサソリの夢。老夫婦に届いた絵葉書の謎。ほんの小さな行為で、世界は変わってしまった。それでも―。六つの世界が呼応し合い、眩しく美しい光を放つ。まだ誰も見たことのない群像劇。


登場人物をほぼ同じくする六つの世界。だがそれは、少しずつ様相を変えた別の世界の物語のようでもある。それが、鏡に映るパラレルワールドのようでもあって不思議な心地にさせられる。それぞれの世界では欠けている人物が変わり、それ故哀しみの形は違うのだが、どの物語も哀しみと喪失感に満たされている。どの物語でも、登場人物たちは完全に満たされることはない。それでも、どの物語にもしあわせな瞬間はあって、人が生きていくというのはこういうことかもしれないとも思わされる。合わせ鏡を恐る恐る覗くような不思議な一冊である。

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模倣の殺意*中町信

  • 2013/10/14(月) 16:51:20

模倣の殺意 (創元推理文庫)模倣の殺意 (創元推理文庫)
(2012/12/21)
中町 信

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七月七日の午後七時、新進作家、坂井正夫が青酸カリによる服毒死を遂げた。遺書はなかったが、世を儚んでの自殺として処理された。坂井に編集雑務を頼んでいた医学書系の出版社に勤める中田秋子は、彼の部屋で偶然行きあわせた遠賀野律子の存在が気になり、独自に調査を始める。一方、ルポライターの津久見伸助は、同人誌仲間だった坂井の死を記事にするよう雑誌社から依頼され、調べを進める内に、坂井がようやくの思いで発表にこぎつけた受賞後第一作が、さる有名作家の短編の盗作である疑惑が持ち上がり、坂井と確執のあった編集者、柳沢邦夫を追及していく。著者が絶対の自信を持って読者に仕掛ける超絶のトリック。記念すべきデビュー長編の改稿決定版!


著者あとがきに、書かれたのは昭和四十三年、とあるように、インターネットとも携帯電話とも無縁の物語である。「絶対の自信を持って読者に仕掛ける」と内容紹介にもあって愉しみに読んだ。日本初の叙述トリックとも言われているそうで、著者の試みには敬服する。それはそれとして、犯人や大まかな動機はかなり早い時期に想像がつき、細かいところがどうなるのかという興味で読み進んだ。著者の意図したミスリードの一端はつかめたのだが、それがどう展開にかかわってくるのかはいまひとつ判らなかった。それが明らかにされたとき、驚き、腑に落ちもしたが、そんな都合のいいことがあるものだろうか、というのが正直な思いでもある。その辺りに偶然以外の何かがあったなら、もっと震えたのではないかと思わされる一冊でもある。

想い雲--みをつくし料理帖*高田郁

  • 2013/10/13(日) 08:32:05

想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)想い雲―みをつくし料理帖 (時代小説文庫)
(2010/03)
高田 郁

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土用の入りが近づき、澪は暑気払いに出す料理の献立に頭を悩ませていた。そんなある日、戯作者・清右衛門が版元の坂村堂を連れ立って「つる家」を訪れる。澪の料理に感心した食道楽の坂村堂は、自らが雇い入れている上方料理人に是非この味を覚えさせたいと請う。翌日、さっそく現れた坂村堂の料理人はなんと、行方知れずとなっている、天満一兆庵の若旦那・佐兵衛と共に働いていた富三だったのだ。澪と芳は佐兵衛の行方を富三に聞くが、彼の口から語られたのは耳を疑うような話だった―。書き下ろしで贈る、大好評「みをつくし料理帖」シリーズ、待望の第三弾。


シリーズ三作目である。またもや澪やつる家に苦難が襲い掛かるが、それはなんと、行方知れずになっているご寮さん・芳の息子、天満一兆庵の若旦那・佐兵衛にも絡む事であった。佐兵衛の行方は依然として判らないが、これまでの皆目見当もつかない状態からは半歩進んだ心持ちもなくはない。そして、今作ではとても屈折した形ではあるものの、澪と野江ちゃんの触れ合いも叶い、おそらく二人ともが安堵し、明日への気持ちを新たにしたことだろう。料理は言わずもがな、上方と江戸の風習の違いをうまく交わらせ、工夫を凝らし、心のこもった一品に、実際口にできないもどかしささえ感じてしまう。佐兵衛のこと、野江のこと、小松原とのこと、さまざま次回作が愉しみなシリーズである。

花散らしの雨--みをつくし料理帖*高田郁

  • 2013/10/11(金) 18:51:15

花散らしの雨 みをつくし料理帖花散らしの雨 みをつくし料理帖
(2009/10/15)
高田 郁

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元飯田町に新しく暖簾を掲げた「つる家」では、ふきという少女を下足番として雇い入れた。早くにふた親を亡くしたふきを、自らの境遇と重ね合わせ信頼を寄せていく澪。だが、丁度同じ頃、神田須田町の登龍楼で、澪の創作したはずの料理と全く同じものが「つる家」よりも先に供されているという。はじめは偶然とやり過ごすも、さらに考案した料理も先を越されてしまう。度重なる偶然に不安を感じた澪はある日、ふきの不審な行動を目撃してしまい―――。書き下ろしで贈る、大好評「みをつくし料理帖」シリーズ、待望の第二弾!


シリーズ二作目である。登龍楼の嫌がらせからやっと逃れて、やっとおいしい料理をお客に愉しんでもらうことに集中できると思われたが、そうは問屋がおろさなかった。思いもしないやり方でまたもや澪たちの邪魔立てをする登龍楼なのである。そんなに自分たちの料理に自信がないのか、と言ってやりたい思いである。しかも、おりょうや太一が病に倒れたり、恋敵と思われたりと、澪も休まる暇がない。それでも、料理の工夫だけは忘れず、新しい食材や調味料を見つけ出しては試して、よりお客に喜んでもらおうとする姿勢はあっぱれである。次作では小松原との関係が少しは進展するといいのに、と思わず願ってしまう一冊である。

ヴルスト!ヴルスト!ヴルスト!*原宏一

  • 2013/10/10(木) 16:48:11

ヴルスト! ヴルスト! ヴルスト!ヴルスト! ヴルスト! ヴルスト!
(2013/09/19)
原 宏一

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19歳の若造と59歳の親爺が挑む、人生の正念場!
ヴルスト職人を夢見てソーセージ作りに没頭する還暦目前の男・髭太郎。
大学コンプレックスから「高認」を受けるため試験勉強に励む成人目前の男・勇人。
二人が旨いソーセージを求めて乗り込んだドイツには、ヴルストの真髄と、髭太郎の“謎"が秘められていた。
追い詰められた男たちの夢と奮闘の物語。


初めは、髭太郎、自分勝手で無茶苦茶!という印象だった。それが次第にそうでもないのでは?と思えてくるのである。無茶振りされるほど、勇人の勉強の能率もなぜか上がり、思いがけず自分の生き方のことまで真剣に考えるようになっていく様子を見ていると、髭太郎のひと言ひと言にも――実際には自分のことで精いっぱい故の行動だったとしても――勇人にとっての意味があるように見えてくるのである。意外なところが繋がっていたりもして、明るいラストなのも嬉しい。ただ、お金がなかったらこうはならなかっただろうなぁ、という妬ましさ半分の思いもなくはない。まんまとヴルストが食べたくなる一冊である。

三月*大島真寿美

  • 2013/10/09(水) 21:21:35

三月三月
(2013/09/19)
大島 真寿美

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短大を卒業してからおよそ20年。同窓会の案内を受けとって以来、ノンは学生時代に亡くなった男友達のことが気になりはじめる。彼は自殺ではなかったのではないか?ノンは仲のよかった友人に連絡を取ると―。
仕事や家庭、それぞれの20年の時を歩んできた女性6人。学生時代の男友達の死を通じて明らかになる「過去」。その時、彼女たちが選ぶ道は―。未来に語り継ぎたい物語。


「モモといっしょ」 「不惑の窓辺」 「花の影」 「結晶」 「三月」 「遠くの涙」

章ごとに、領子→明子→花→穂乃香→則江(ノン)→美晴と、主役を替えて語られる物語である。三月と聞くと、あの日以来身構えるようになってしまっているのだが、「三月」の章はなんの災いもなく、アメリカにいる美晴以外の五人が昔に思いを馳せ、いまを確かめて過ぎるのだが、「遠くの涙」の章でそれだけでは済まなかったことが判る。だが、そのことも含めて、彼女たちが現在の自分を見つめ直すきっかけを掴めたような明るい兆しがうかがえたのが、なによりよかった。あしたがあるじゃないか、と思わせてくれる一冊でもある。

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大事なことほど小声でささやく*森沢明夫

  • 2013/10/08(火) 16:59:16

大事なことほど小声でささやく大事なことほど小声でささやく
(2013/05/24)
森沢 明夫

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駅前の寂れた通りの地下にある「スナックひばり」。そのママは身長2メートルを超えるマッチョなオカマ・通称ゴンママ。彼(彼女?)の周りに集まるのは、一癖も二癖もある「変わり者」ばかり。エロジジイ社長、金髪モヒカンの歯科医師、シャイで生意気な男子高生、謎のセクシー美女、うだつの上がらない中年サラリーマン…。いつもは愉快な彼らも、それぞれ人知れず心に傷を抱えていて―。心の垢を洗い流す感涙小説。


第一印象のインパクトはあまりにも強烈だが、あっという間に大ファンになってしまう、ゴンママこと、権田鉄雄である。スポーツクラブでの筋トレ仲間でもあり、個性的なキャラクターの常連たちが、章ごとにひとりずつ主役になり、ゴンママの「スナックひばり」で、心の重荷を下ろして新たな日々を生き始める物語である。彼らにそっと小声でかけるゴンママのひと言が、心に沁みる。歯科医の四海の章では涙が止まらなかった。こうしてみんなに慕われるゴンママにも抱えきれないものがあるのだと知れるのは、ラストとプロローグが繋がる瞬間である。泣く。ゴンママが大好きになってしまう一冊である。

白戸修の逃亡*大倉崇裕

  • 2013/10/07(月) 16:37:19

白戸修の逃亡白戸修の逃亡
(2013/09/18)
大倉 崇裕

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何故か東京の中野で事件に巻き込まれ続けている白戸修。
今回は、世界的な大規模イベント「メガトンコミックフェスタ」の会場に爆破を仕掛けたという脅迫電話をかけ、イベントを中止に追い込んだ犯人に間違えられた。
不特定多数の人間に追われることになった白戸に、過去に事件で関わった人たちが次々と救いの手をさしのべてくれる。
果たして白戸の運命はいかに!?


シリーズを重ねるごとに、白戸修の不運度はますます増し、どんどん大事になっているのは気のせいだろうか。そして、これまでの顛末で知り合った強者たちの、白戸修ヘルプネットワークもなにやらシステマティックに整えられつつあるように見えるのも気のせいだろうか。当の白戸修だけが、初めから全く変わらず、お人好しでマイペースで、――追われている自覚がないわけではないのだが――いつも自分に迫る危険のことよりも他人の被る不利益ことを考えている。愛すべき運のなさをもつ白戸修のドタバタ大逃亡劇が本作である。だがどうやら、最後まで読むと、白戸修もただ運がないと嘆いてばかりもいられなくなったようでもある。これからはますますさまざまな厄介事が押し寄せてきそうな予感が色濃く漂ってくる一冊である。

なにごともなく、晴天。*吉田篤弘

  • 2013/10/05(土) 20:59:39

なにごともなく、晴天。なにごともなく、晴天。
(2013/02/27)
吉田 篤弘

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高架下商店街の人々と、謎めいた女探偵、銭湯とコーヒーの湯気の向こうで、ささやかな秘密がからみ合う。『つむじ風食堂の夜』の著者によるあたたかく懐かしく新しい物語の始まり。


著者のいままでの物語とはひと味違った物語のような気がする。雲をつかむような、夢と現の境を行き来するようなものではなく、――一風変わってはいるが――確かな手触りや、生きている人の体温を感じられるような物語である。これもまたとてもいい。なにより登場人物がみな素敵だし、舞台設定も絶妙なのである。高架下に暮らしてみたくなるような一冊である。

ようこそ、わが家へ*池井戸潤

  • 2013/10/05(土) 17:02:21

ようこそ、わが家へ (小学館文庫)ようこそ、わが家へ (小学館文庫)
(2013/07/05)
池井戸 潤

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真面目なだけが取り柄の会社員・倉田太一は、ある夏の日、駅のホームで割り込み男を注意した。すると、その日から倉田家に対する嫌がらせが相次ぐようになる。花壇は踏み荒らされ、郵便ポストには瀕死のネコが投げ込まれた。さらに、車は傷つけられ、部屋からは盗聴器まで見つかった。執拗に続く攻撃から穏やかな日常を取り戻すべく、一家はストーカーとの対決を決意する。一方、出向先のナカノ電子部品でも、倉田は営業部長に不正の疑惑を抱いたことから窮地へと追い込まれていく。直木賞作家が“身近に潜む恐怖”を描く文庫オリジナル長編。


大好評だったドラマ「半沢直樹」で銀行から出向させられた近藤が半沢のキャラになったような倉田が主人公である。そんな倉田が仕事帰りの代々木駅で、人を押し退けて電車に乗ろうとした男を注意したことから、あとをつけられ、自宅にまで嫌がらせを受けるようになる。会社人としての倉田と、家庭を守る夫や父としての倉田が並行して描かれているのがいままでにない趣向である。そこに息子がらみの別の思惑も合わさって、恐ろしさが増している。家庭でも会社でも、倉田は周りの助けを借りながら事を解決していくのはいつもの池井戸流である。著者の作品なので、着地点の予想はつくのだが、それでもなおハラハラドキドキ愉しめる一冊である。

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ガリヴァーの帽子*吉田篤弘

  • 2013/10/04(金) 16:54:45

ガリヴァーの帽子ガリヴァーの帽子
(2013/09/12)
吉田 篤弘

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もういちどガリヴァーを呼び戻すために―。
名手・吉田篤弘が贈る、おかしく哀しく奇妙で美しい、色とりどりのおもちゃ箱のような短編集。


上記の内容紹介がすべてを言い得ている。実態があるようでないような場所で、実態があるようでないような物語が繰り広げられているのである。時間も空間も超越したような不思議な読み応えはいつものことである。現実からほんのわずか浮き上がったような心地になる一冊である。

水族館の殺人*青崎有吾

  • 2013/10/03(木) 21:29:49

水族館の殺人水族館の殺人
(2013/08/10)
青崎 有吾

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夏休みも中盤に突入し、風ヶ丘高校新聞部の面々は、「風ヶ丘タイムズ」の取材で市内の穴場水族館に繰り出した。館内を館長の案内で取材していると、サメの巨大水槽の前で、驚愕のシーンを目撃。な、なんとサメが飼育員に喰いついている!駆けつけた神奈川県警の仙堂と袴田が関係者に事情聴取していくと、すべての容疑者に強固なアリバイが…。仙堂と袴田は、仕方なく柚乃へと連絡を取った。あのアニメオタクの駄目人間・裏染天馬を呼び出してもらうために。平成のエラリー・クイーンが贈る、長編本格推理。


袴田柚乃&裏染天馬のシリーズ第二弾である。登場人物のキャラクターも一作目よりしっくり馴染んできて、警察と天馬の微妙な関係や、柚乃との力関係も、すでに約束事のようにぴったりはまっている。水族館での衆人環視のなかで起こった殺人というショッキングな事件で、逃れようもないと思われるような状況にもかかわらず、忽然と姿を消した犯人を、モップやバケツやゴム手袋という、そこに在っても何ら不思議ではないものから小さな違和感を見つけ出して真相に迫っていく天馬の、普段の自堕落な姿とのギャップも愉しめる。次の展開が愉しみなシリーズである。

菩提樹荘の殺人*有栖川有栖

  • 2013/10/01(火) 16:56:45

菩提樹荘の殺人菩提樹荘の殺人
(2013/08/26)
有栖川 有栖

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若き日の火村、そして若さゆえの犯罪――シューベルトの調べにのり高校生・アリスの悲恋が明かされる表題作、学生時代の火村英生の名推理が光る「探偵、青の時代」、若いお笑い芸人たちの野心の悲劇「雛人形を笑え」など、青春の明と暗を描く。


表題作のほか、「アポロンのナイフ」 「雛人形を笑え」 「探偵、青の時代」

著者あとがきによると、<若さ>がモチーフだそうである。アリスの悲恋話は以前にもどこかで聞いたことがあるが、高校生時代の火村の見事な探偵ぶりは、目のつけどころと言い、思考の老成ぶりと言い、まったく意外性がないのがかえって火村先生らしくてわたしは好きである。ただ今回も、火村の闇の部分は明かされず、高校時代のエピソードからも窺うことはできないのは残念でもあり、次へ続く期待も持たせてくれる。物語自体は、いつものようにアリスと火村の掛け合いが絶妙で、意図せずにアリスが役に立つところもいつも通りであり、愉しめる。いつまでも続いてほしいシリーズである。