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春の庭*柴崎友香

  • 2014/08/31(日) 16:39:37

春の庭春の庭
(2014/07/28)
柴崎 友香

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第151回芥川賞受賞作。
行定勲監督によって映画化された『きょうのできごと』をはじめ、なにげない日常生活の中に、同時代の気分をあざやかに切り取ってきた、実力派・柴崎友香がさらにその手法を深化させた最新作。
離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……
「街、路地、そして人々の暮らしが匂いをもって立体的に浮かび上がってくる」(宮本輝氏)など、選考委員の絶賛を浴びたみずみずしい感覚をお楽しみください。


読者がいつの間にか物語の世界に入り込んで、登場人物のひとりとして物語の中で生きているような心地になるいつもの柴崎作品とはいささか趣が違う。日常を描いている点は同じだが、その日常は誰にも覚えのあるものというわけではなく、ちょっと不思議な夢をみているような日常なのである。日々の暮らしのわずかな隙間から夢の中をちらりとのぞきこんでいるような、現実離れした感覚もある。同じ場所に立って、その場の歴史が躰をすり抜けていくのを目を閉じてやり過ごすような、タイムトラベルのような感覚もある。それでいて、そのほかはいたって現実的なのも対照的で面白い。ラストで時間も人間関係もぽんと別次元に飛んで行くようなのも不思議である。なぜかどきどきしてしまう一冊である。

ランチに行きましょう*深沢潮

  • 2014/08/31(日) 07:00:37

ランチに行きましょう (文芸書)ランチに行きましょう (文芸書)
(2014/08/08)
深沢 潮

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どうして私以外、幸せそうなの?結婚しても、子どもがいても、満たされない私たち―。恵子:生協の配達員に淡い恋心を抱く。いい人ぶりたい。秋穂:女医。シングルマザーであることを周囲に隠す。千鶴:国立大出身。スピリチュアルに傾倒している。綾子:若手俳優のおっかけにのめりこむ。少し図々しい。由美:娘の受験に悩んでいる。夫に隠し事あり。それでも、「ランチに行きましょう!」


わたしの世代は、いまのようにママ友づきあいが面倒ではなかったので、ほんとうのところはよく判らないのだが、本作の登場人物たちは、結構本音をぶつけ合えていて、それ故に行き詰った関係の打開策も見つけやすいような印象である。現実はもっと裡に籠って陰湿な面も多いのではないだろうか。それでも、互いの腹の探り合いはどこにでもあり、わかりやすい形で描かれていて、傍から眺めている分には面白い一冊だった。

ムカシ×ムカシ*森博嗣

  • 2014/08/31(日) 06:52:56

ムカシ×ムカシ (講談社ノベルス)ムカシ×ムカシ (講談社ノベルス)
(2014/06/05)
森 博嗣

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「やっぱり、河童の祟りですか?」大正期、女流作家の百目一葉を世に出した旧家・百目鬼(どうめき)家。当主の悦造・多喜夫妻が、広大な敷地に建つ屋敷で刺殺された。遺された美術品の鑑定と所蔵品リストの作成依頼がSYアート&リサーチに持ち込まれる。河童が出るという言い伝えがある井戸から、新たな死体が発見され、事件は、異様な連続殺人の様相を呈し始めるのだった。百目鬼一族を襲う悲劇の辿りつく先は?


シリーズものだが、ほかは読んでいない。一応一話完結のようなので、物語は愉しめるが、ラストのやり取りが、やはり初めから読んでいないと判らないようである。莫大な遺産を巡る連続殺人の様相を呈する物語であるが、実は殺人の動機はそんなところには全くないのであった。凡人には理解しがたいが、譲れないことというのは人それぞれだと思わされる。ラストの女性が気にはなるが、著者のシリーズを追いかけるととんでもないことになるので、ぼつぼつ、ということにしておこう。人間関係が絶妙な一冊でもある。

小さな異邦人*連城三紀彦

  • 2014/08/28(木) 17:10:08

小さな異邦人小さな異邦人
(2014/03/10)
連城 三紀彦

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8人の子供と母親からなる家族へかかってきた1本の脅迫電話。「子供の命は預かった、3千万円を用意しろ」だが、家には子供全員が揃っていた!?生涯最後の短篇小説にして、なお誘拐ミステリーの新境地を開く表題作など全8篇。


表題作のほか、「指飾り」 「無人駅」 「蘭が枯れるまで」 「冬薔薇」 「風の誤算」 「白雨」 「さい涯てまで」

男女の愛の行方の哀しくも切ない物語たちであるが、なによりの印象は女性の強さである。どの物語でも、犯人であったり主役で会ったりする女性の芯の強さが際立っている。それは愛ゆえなのかもしれない。その辺りを丁寧に繊細に描きつつ、ぞくぞくする企みをそっと隠して、最後の最後に明かして見せる巧さは見事である。重たい曇り空が似合う雰囲気の一冊である。

銀翼のイカロス*池井戸潤

  • 2014/08/26(火) 21:05:47

銀翼のイカロス銀翼のイカロス
(2014/08/01)
池井戸 潤

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半沢直樹シリーズ第4弾、今度の相手は巨大権力!
新たな敵にも倍返し! !

頭取命令で経営再建中の帝国航空を任された半沢は、
500 億円もの債権放棄を求める再生タスクフォースと激突する。
政治家との対立、立ちはだかる宿敵、行内の派閥争い
――プライドを賭け戦う半沢に勝ち目はあるのか?


今作は、相手が大きい。ナショナルフラッグキャリアである帝国航空の再生タスクフォースに、半沢直樹が立ち向かうのである。しかし、そこは半沢、相手が小さかろうが大きかろうがスタンスは変わらない。「やられたらやり返す、倍返しだ」である。帝国航空の破綻に、合併して東京中央銀行になる前の東京第一銀行時代のうやむやにされた不良債権がらみの事情が、政界とも緊密に絡み合って事を厄介にしているのだが、そこが逆転のキーポイントでもあるのである。出向待ちの部署とも言われる検査課の富岡が、今回は半沢を大いに助けてくれる。同期や周りの人間を巻き込み、助けられて事を成すのは、相変わらずの半沢流であり、胸がすく心地である。ただ勝手な話だが、中小企業の味方の半沢直樹の方が、個人的にはスカッとする度合いが高いようにも思う。中野渡頭取退任後の東京中央銀行と半沢の行方もぜひ見届けたいと思わされるシリーズである。

緑色のうさぎの話*道尾秀介・作 半崎信朗・絵

  • 2014/08/24(日) 21:18:21

緑色のうさぎの話緑色のうさぎの話
(2014/06/24)
道尾 秀介

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直木賞作家、道尾秀介がデビュー前の17歳の冬に描いた絵本の原作を、
Mr.Childrenのプロモーションビデオ『花の匂い』『常套句』を制作し
話題を呼んだ半崎信朗が描き下ろす、これまでにない質感の感動絵本!
いじめにあった緑色のうさぎが、自らの悲惨な境遇や大切な人の死を
乗り越えて生きていく姿を美しく描く、こころ温まる物語。


珍しいことに、少年時代の著者が書いた絵本を、絵の部分だけ半崎信朗氏が描いたのが本作である。微笑ましくもあり、哀しくもある物語なのだが、緑色のうさぎのその後をいろいろ思い描いてみる。緑色のうさぎがしあわせになってくれたらいいな、と思わされる一冊である。

さよなら神様*麻耶雄嵩

  • 2014/08/24(日) 21:08:51

さよなら神様さよなら神様
(2014/08/06)
麻耶 雄嵩

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隣の小学校の先生が殺された。容疑者のひとりが担任の美旗先生と知った俺、桑町淳は、クラスメイトの鈴木太郎に真犯人は誰かと尋ねてみた。殺人犯の名前を小学生に聞くなんてと思うかもしれないが、鈴木の情報は絶対に正しい。鈴木は神様なのだから―(「少年探偵団と神様」)。衝撃的な展開と後味の悪さでミステリ界を震撼させた神様探偵が帰ってきた。他の追随を許さぬ超絶推理の頂点がここに。


 少年探偵団と神様
 アリバイくずし
 ダムからの遠い道
 バレンタイン昔語り
 比土との対決
 さよなら、神様

前作を読んでいないが、問題なく愉しめた。愉しめたと言うには、後味はあまりよくないが。小学生の探偵団遊びかと思いきや、次々に人が死に、神様=鈴木は、探偵団の一員である俺=桑町淳にだけ犯人を教える。団長の市部始の推理力や、市会議員を父に持つ丸山一平の情報、そして不思議キャラで将来の市部の恋人を自称する比土優子の協力で、事件の真相にたどり着くのである。「俺」の事情にも驚いたが、最終章で全体像が覆されるのが、珍しく気持ち好くない。もやもやする一冊である。

虚ろな十字架*東野圭吾

  • 2014/08/23(土) 16:30:56

虚ろな十字架虚ろな十字架
(2014/05/23)
東野 圭吾

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別れた妻が殺された。もし、あのとき離婚していなければ、私はまた遺族になるところだった。東野圭吾にしか書けない圧倒的な密度と、深い思索に裏付けられた予想もつかない展開。私たちはまた、答えの出ない問いに立ち尽くす。


死刑制度を題材にした物語である。ひとり娘をほんのわずかな油断から無残に殺され、その後別れた夫婦のその後の人生と、その先で別れた妻が見舞われた殺人事件。行きずりの犯行と思われていた殺人事件に、元夫は見過ごせない偶然を発見し、思いもかけない真相にたどり着く。その過程で、関わりのある人々の死刑に対する想いがそれぞれに主張されるが、著者自身が何らかの答えを出しているわけではない。正論は正論で存在し、当事者になればまた違った切望も発生するだろう。考えれば考えるほど堂々巡りのように同じところを行ったり来たりすることになるが、考えることが大切なのかもしれない。命の大切さと償いのことも考えさせられる一冊である。

御子を抱く*石持浅海

  • 2014/08/21(木) 13:02:51

御子を抱く御子を抱く
(2014/07/14)
石持 浅海

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埼玉県越谷市某町―絵に描いた様に平和な新興住宅地であるこの町の住民の多くは、ある人物を師と仰ぐ集団の「門下生たち」によって占められていた。彼らは師亡き後も、その清廉な教えに恥じぬよう行動し、なんとか結束を保っていた。目覚めぬ遺児「御子」をめぐり牽制し合いながら…。しかし、かつて御子の生命を救った異端の研究者の死で、門下生たちの均衡は破れた。「私たちこそが、御子をいただくのにふさわしい」三つに分裂した各派閥によって始まった、熾烈な後継者争い。立て続けに起こる、凄惨な第二の死、第三の死。驚愕の真犯人が、人の命と引き換えてまで守ろうとしたものとは!?奇抜な状況設定における人間心理を、ひたすらロジカルに思考するミステリー界のトリックスター、石持浅海が放つ渾身の書下ろし長編。


新興宗教ではないのだが、門下生と呼ばれる者たちがそれに近い心理状態にあり、星川という一会社員を崇める構図ができあがっていた。星川は普通の人間で、ただ真心から他人に接するという気質の人だったのだが、彼の急死後、彼を取り巻いていた人々の間に動揺が広がる。階段から落ちて亡くなった星川の前妻と、大怪我をし、九死に一生を得たが未だに眠ったままの、門下生の間で「御子」と呼ばれるひとり息子、そして恋人であり事実上の現在の妻・順子、さらには門下生間の派閥のにらみ合いのようなものが先行きを暗くしているところであった。そんなときに御子の生命維持に関わる研究者江口が交通事故で亡くなり、辛うじて保たれていた均衡が揺らぐことになる。たまたま江口の救命活動に手を貸してくれた深井が、まったくの第三者としての客観的な観察眼で、論理的に絡まった糸をほぐしていくのが痛快である。誰ひとり悪人がいないのに、不幸が連鎖してしまい、何か痛ましいような心持ちになる一冊である。

胡蝶殺し*近藤史恵

  • 2014/08/19(火) 16:32:30

胡蝶殺し胡蝶殺し
(2014/06/20)
近藤 史恵

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歌舞伎子役と親同士の確執を描くミステリー

「美しい夢ならば、夢の中でも生きる価値がある」
『サクリファイス』で大藪春彦賞、第5回本屋大賞2位を獲得した、近藤史恵氏が長年温めてきた、歌舞伎の子役を主人公にしたミステリー。
市川萩太郎は、蘇芳屋を率いる歌舞伎役者。花田屋の中村竜胆の急逝に伴い、その息子、秋司の後見人になる。同学年の自分の息子・俊介よりも秋司に才能を感じた萩太郎は、ふたりの初共演「重の井子別れ」で、三吉役を秋司に、台詞の少ない調姫(しらべひめ)役を俊介にやらせることにする。しかし、初日前日に秋司のおたふく風邪が発覚。急遽、三吉は俊介にやらせる。そこから、秋司とその母親由香利との関係がこじれていく。さらに、秋司を突然の難聴が襲う。ふたりの夢である「春鏡鏡獅子」の「胡蝶」を、ふたりは舞うことが出来るのか…?


内容紹介にはミステリ、とあるし、ある意味ミステリと言える部分もあるが、一般的なミステリとはひと味違う物語である。梨園という一般人にはなかなか理解の及ばない世界に生きる子どもたち。いずれ名を継ぎ、大舞台に立つために、ほかの同級生たちとはいささか違った日々を送る幼い者たちであるが、親たちの思惑とは別に、彼らにも興味や喜びや悲しみがあるのである。6~7歳の子どもだからと言って侮ってはいけない。ある時は大人よりも深くものを想っているのである。俊介と秋司、そして彼らを取り巻く大人たちの後悔と希望の一冊である。

臨床犯罪学者・火村英生の推理--アリバイの研究*有栖川有栖

  • 2014/08/18(月) 16:35:43

臨床犯罪学者・火村英生の推理 アリバイの研究 (角川ビーンズ文庫)臨床犯罪学者・火村英生の推理 アリバイの研究 (角川ビーンズ文庫)
(2014/06/28)
有栖川 有栖

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アリバイ――それは犯罪者が安全圏へ逃れるための蜘蛛の糸。推理作家・有栖川有栖が書いた色紙や、シドニーで撮られた写真によって紡がれるその糸を、クールな犯罪学者・火村英生が叩き切る! 傑作揃いの短編集。


第一話「三つの日付」 第二話「わらう月」 第三話「紅雨荘殺人事件」 第四話「不在の証明」 第五話「長い影」

犯人が施したアリバイ工作は、アリスのサイン色紙だったり、南半球で取られた写真だったり、タクシー運転手の証言だったりとさまざまだが、熱血森下刑事の聞き込みや、火村先生のクールな観察眼、そしてアリスの一見どうでもよさそうな茶々による閃き(火村の)によって、薄皮をはぐように少しずつその齟齬が明らかにされていく。何とも言えない快感である。ただこのカバーのイラストがあまりにもイケメンすぎて、イメージを狂わされるのがいささか難でもあるかもしれない。それはさておき、火村とアリス、相変わらずいいコンビだなぁ、と思える一冊である。

すえずえ*畠中恵

  • 2014/08/16(土) 16:37:46

すえずえすえずえ
(2014/07/31)
畠中 恵

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な、なんと、病弱若だんなが遂に嫁取りだってぇ!? お相手は、いったい誰なの~? 上方で大活躍した若だんなの評判を聞きつけ、仲人たちが長崎屋に押しかけてきちゃった! けれど結婚したら、仁吉や佐助、妖たちとはお別れかもしれない。幼なじみの栄吉にも何かあったみたいだし……。いつまでも、皆で過ごすこの日々が続くと思っていたのにな――ハラハラな新展開にドキドキのシリーズ第13弾!


もう13作目なのか、と改めて感慨深い。若だんなの一太郎も、相変わらず寝付いてはいるが、それでもずいぶん踏ん張りがきくようになった印象である。上方なんて遠方へも出かけられるようになって、しかも帰ってすぐには寝付いていない。これはずいぶんな進歩ではないか。そして、現金なもので、そんな若だんなの活躍をいち早く聞きつけた仲人たちから、降るように縁談が持ち込まれるのである。ここで、妖を近しいものとする一太郎が嫁を取ることのむずかしさが浮かび上がってきて、それぞれの立場からの想いに鼻の奥がつんとする。でもなんとなくうまくまとまりそうな成り行きで、ひとまずほっと安心もするのだった。この先もいつまでも続いてほしいシリーズである。

男一代之改革*青木淳悟

  • 2014/08/14(木) 16:33:54

男一代之改革男一代之改革
(2014/07/16)
青木 淳悟

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平安‐江戸‐現代…だるま。時空を超えた“日本文学”1000年の旅!?光源氏に焦がれた男・松平定信の、もう一つの改革。


表題作のほか、「鎌倉へのカーブ」 「二〇一一年三月――ある記録」
松平定信と光源氏、一見なんの接点もなさそうなのだが、定信は光源氏に我身をなぞらえ、江戸の改革に思いを馳せる。小説なのか随筆なのか迷ってしまうような書かれようである。二作目はさらに判断がつきにくいが、これは随筆?江戸時代と現代で、かかれていることは違うにもかかわらず、トーンがとても似ていて不思議な心地にさせられる。自分がどこにいるのか一瞬わからなくなりそうな一冊でもある。

Love & Peanut*森沢明夫

  • 2014/08/13(水) 13:56:27

ラブ&ピーナッツラブ&ピーナッツ
(2010/09/16)
森沢 明夫

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わたしの名前は佐倉すみれ。静岡の田舎から上京した32歳の独身女。ある日、わたしはDEEP SEAというバンドと衝撃的な出会いを果たし、彼らを育てるために勤めていた大手レコード会社を退社。そして、夢を追ってインディーズのレコード会社を立ち上げた。そう、今日からわたしは女社長。ところが、人生は甘くなかったのだ。仕事優先で放置気味だった恋人の亮からは突然の「バイバイ」メールがくるわ、人生をかけたバンドがライブ当日に会場に現れないわ…。これって、どういうこと!?仕事、恋愛、友情、父娘関係…すべてに必死。おもしろキャラ続出で、笑って泣ける“超爽快”ジェットコースター小説。


smileから名づけられたという主人公・佐倉すみれのキャラがまずいい。猪突猛進、というか、夢中になったらとことん突っ走り、デートに向かう途中に力尽きて路上で行き倒れ、眠ってしまうような32歳の女性である。それでいてやけに自信なさげな時もある。そして彼女を取り巻く友人や仕事仲間や彼も、それぞれ自分の世界を持っているようでみんないい。友人・凛子の占いや、父がメールで送ってくる格言にも助けられながら、すみれはすみれの道を行くのだ。やさしく元気な気持ちになれる一冊である。

すべて神様の十月*小路幸也

  • 2014/08/12(火) 16:35:42

すべての神様の十月すべての神様の十月
(2014/06/21)
小路 幸也

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榎本帆奈は驚いた。金曜日の夜、行きつけのバーで隣り合ったハンサムな男性は、死神だったからだ。帆奈に召喚されたという死神は、いままで一度も「幸せ」を感じたことがないらしい。なぜなら「幸せ」を感じた瞬間、死神は…(幸せな死神)。池内雅人は貧しかった。貧乏神に取り憑かれていたのだ。ツキに見放された人生だったが、そんな人生を自ら「小吉人生」と称して楽観視していた。一方、貧乏神には雅人に取り憑かなければならない“理由”があった。なぜなら雅人が並々ならぬ…(貧乏神の災難)ほか、4篇。神様たちの意外な目的が胸を打つ短篇集。


「幸せな死神」 「貧乏神の災難」 「疫病神が微笑む」 「動かない道祖神」 「ひとりの九十九神」 「福の神の幸せ」

出雲のお話しかと思ったらそういうわけではなかったが、さまざまな神様が主人公の緩い連作物語である。神様にも役割分担があって、それぞれの領分を犯すことはできないが、横のつながりが全くないわけでもなく、人間っぽかったりするのがちょっと可笑しい。そして、一般的なイメージと違って、人情味豊かであり、人の味方のような存在でもあるようなのだ。神様の主人公も、人間の主人公も、それぞれ愛すべき人たちで、読後にとても優しい気持ちになる一冊である。

ひとなつの。

  • 2014/08/11(月) 16:45:52

ひとなつの。 真夏に読みたい五つの物語 (角川文庫)ひとなつの。 真夏に読みたい五つの物語 (角川文庫)
(2014/07/25)
森見 登美彦、瀧羽 麻子 他

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7月のある日、「郵便」を発見したぼくの、胸がきゅんとするやりとり―(「郵便少年」森見登美彦)。映画の撮影用に借りた家に住むことになった映画監督の息子の夏(「フィルムの外」大島真寿美)。浪人2年目の夏、青春18きっぷを片手に出かけたあてのない逃避行―(「ささくれ紀行」藤谷治)。夏をテーマに大島真寿美、瀧羽麻子、藤谷治、森見登美彦、椰月美智子が競作。まぶしい日差しの中、きらきら光る刹那を切り取った物語。


「郵便少年」森見登美彦 「フィルムの外」大島真寿美 「三泊四日のサマーキャンプ」椰月美智子 「真夏の動物園」瀧羽麻子 「ささくれ紀行」藤谷治

主人公はどれも少年少女である。それぞれの夏休みのひとこまが、きらきらとまぶしい。たとえそのとき心が鬱屈していたとしても、後になって振り返ればきっと輝く夏の日差しとともに思い出して笑顔にしてくれることだろう。夏休みって特別だ、と思わせてくれる一冊である。

遊佐家の四週間*朝倉かすみ

  • 2014/08/10(日) 16:49:33

遊佐家の四週間遊佐家の四週間
(2014/07/24)
朝倉かすみ

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美しく貧しかった羽衣子、不器量で裕福だったみえ子。正反対の二人は、お互いに欠けているものを補い合って生きてきた。だが、羽衣子は平凡だが温かい家庭を手に入れる。穏やかな日々は独身のみえ子が転がりこんできたことから違った面を見せ始める…。家族のあり方を問う、傑作長編小説。


貧しく育ったが美貌を持った羽衣子は、美しくはないが男らしく頼りがいのある賢右と結婚し、穏やかな家庭を手に入れた。夫に似た娘のいずみと自分に似たが暗い息子の正平と何不自由なく暮らしていたのだった。そんなとき、家をリフォームする四週間、羽衣子の幼馴染のえみ子が遊佐家にやってくることになった。お世辞にも美しいとは言えない個性的なえみ子の容貌に、初めはみな驚くが、なぜか次第に受け入れていく。それぞれがそれぞれなりにえみ子と関わっていくのが興味深いが、初めから終わりまでなんとなく腑に落ちない心持ちにさせられるのもまたみえ子なのである。なんといったらいいのか、生きている尺度がほんの少しばかり一般的ではない感じ、という感じだろうか。読んでいる間中、誰に寄り添えばいいのか判らず釈然としないながらも目が離せない一冊だった。

ワンナイト*大島真寿美

  • 2014/08/09(土) 16:36:46

ワンナイトワンナイト
(2014/03/20)
大島 真寿美

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ステーキハウスのオーナー夫妻が、独身でオタクの妹を心配するあまり開いた合コン。そこに集まった、奇妙な縁の男女6名。結婚したかったり、したくなかったり、隠していたり、バツイチだったり…。彼らのさざ波のような思惑はやがて大きなうねりとなり、それぞれの人生をかき回していく―。ままならないけれども愉しい人生を、合コンをモチーフに軽妙な筆致で描く、かつてない読後感を約束する傑作長編!


題材は合コンなので、ずしっと重いわけではないのだが、ただただ出会いに浮かれている男女の姿が描かれているわけではないので、それぞれの境遇や生き方を思うと、なにやら胸に迫るものも多いのである。そもそも結婚や離婚に対する考え方や、夫婦の在りようがひと昔前とはかなり変わってきている昨今、合コン前後の彼らを見ていると、望む望まないにかかわらず、何かに縛られているように見えてしまうのはわたしだけだろうか。知識や自由が幸福に結びつくとは限らないかもしれないとふと思わされた一冊でもある。

豆の上で眠る*湊かなえ

  • 2014/08/08(金) 16:50:34

豆の上で眠る豆の上で眠る
(2014/03/28)
湊 かなえ

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行方不明になった姉。真偽の境界線から、逃れられない妹――。あなたの「価値観」を激しく揺さぶる、究極の謎。私だけが、間違っているの? 13年前に起こった姉の失踪事件。大学生になった今でも、妹の心には「違和感」が残り続けていた。押さえつけても亀裂から溢れ出てくる記憶。そして、訊ねられない問い――戻ってきてくれて、とてもうれしい。だけど――ねえ、お姉ちゃん。あなたは本当に、本物の、万佑子ちゃんですか? 待望の長編、刊行!


小学一年生の結衣子は、二つ上の病弱な姉・万佑子ばかりが母に可愛がられていると思っていた。だが姉が読み聞かせてくれる物語はとても魅力的で、その声を忘れることができない。二人で遊んで、ひと足先に帰った万佑子の行方がわからなくなり、結衣子は戸惑い、悩み、なんとか母を喜ばせようとする。結衣子の想いが切ない。そして二年後、万佑子が不意に戻ってくる。衰弱しているとは言え、以前の万佑子とは思えず、結衣子は別人ではないかと疑いを抱くが、無条件で受け入れている母に訊ねることもできない。大学生になって思いがけず真相を知ることになるのだが、それは驚くべき内容だった。いくら成長期の子どもとは言え、たった二年間で別人のようになってしまい、それをすんなり受け入れるというのはいささか不自然な気がするし、小学生とは言え妹の結衣子に何の説明もないのも不自然に思われる。そしてなにより、二年間行方知れずになっていた万佑子の決断が不可解に思えてしまう。ずっと家族と信じて過ごしていた家に帰りたいと思わなかったのだろうか。真実がわかってしまうとあれこれ腑に落ちないこともあるが、そこにたどり着くまでのドキドキ感は見事な一冊だった。

流転の細胞*仙川環

  • 2014/08/06(水) 16:33:57

流転の細胞流転の細胞
(2014/06/20)
仙川 環

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特ダネか、倫理か――再生医療の闇を暴くメディカル・サスペンス! 若手新聞記者の長谷部友美は、地方支局に飛ばされて腐っていた。本社異動のためのネタをつかもうと、市内の病院の赤ちゃんポストを張り込み続け、とうとう赤ん坊連れの女を発見する。しかしそれは、子どもなどいないはずの知人の姿だった――超先端医療と母親の切なる願い、そして記者のプライドが火花を散らす医療ミステリ。


支局長と支局員に事務員という「二人支局」に飛ばされて腐っていた友美と、プライベートの知り合いである石葉宏子の事情が、絡み合って、友美の成長物語でもあり、石葉をめぐるミステリでもあり、胎児や赤ちゃんに関わる医療問題の物語でもある。石葉の抱えるものが明らかになっていくにつれて、言葉をなくす一冊でもある。

江戸の人になってみる*岸本葉子

  • 2014/08/04(月) 21:14:34

江戸の人になってみる江戸の人になってみる
(2014/07/11)
岸本 葉子

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「宵越しの金」はいらない?長屋での一人暮らしは快適?今の時代と、どちらが楽しそう?駒込の富士塚、山王祭、お月見、鷲神社の酉の市…『絵本江戸風俗往来』を片手に江戸を追体験。エッセイストが誘うお江戸案内にして、年中行事カレンダー。


「お江戸の一年」では、年中行事の主なもの――それでもほんの一部だろうが――を追体験すべく、季節ごとに様々な場所に出かけ、江戸の人たちの様子を思い描きながら自らの足で歩き、感じたことを感じたままに語っている。その場に立ってみて初めてわかることごともあり、江戸っ子気質の一端を知ることができたりもするのが興味深い。そして、「お江戸の一日」では、江戸の人たちの日々の暮らしの中の素朴な疑問に答えてくれていて、これまたとても興味深い。江戸の人が現代にやってきたとしたら、どんな感想を持つのだろう、とちょっと考えてしまう。やたらに窮屈だったりするのではないだろうか。江戸の風物をちらっと覗き見ているような愉しい一冊である。

月蝕楽園*朱川湊人

  • 2014/08/03(日) 16:36:30

月蝕楽園月蝕楽園
(2014/07/16)
朱川 湊人

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直木賞作家が描く、切なくて激しい純愛小説集。
みつばち・金魚・トカゲ・猿・孔雀をモチーフにした恋愛を描きますが、甘い蕩けるようなものではない。
重く・強い、読み手の心を鷲掴みにして離さない、たたきのめされるような短編集。


「みつばち心中」 「噛む金魚」 「夢見た蜥蜴」 「眠れない猿」 「孔雀墜落」

純愛小説であることは確かである。ただその形がいささか一般的とは言えない歪なものであり、それぞれの物語の主人公がそれをいちばんよくわかっているのが哀しく切なくもある。甘やかなのに罪深さと秘密の匂いがつきまとう。ぞくっとする一冊である。

続・森崎書店の日々*八木沢里志

  • 2014/08/01(金) 16:50:01

続・森崎書店の日々 (小学館文庫)続・森崎書店の日々 (小学館文庫)
(2011/12/06)
八木沢 里志

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本の街・神保町で近代文学を扱う古書店「森崎書店」。叔父のサトルが経営するこの店は二年前失意に沈んでいた貴子の心を癒してくれた場所だ。いまでは一時期出奔していた妻の桃子も店を手伝うようになり、貴子も休みの日のたび顔を見せていた。店で知り合った和田との交際も順調に進んでいたが、ある日、貴子は彼が喫茶店で昔の恋人と会っているのを目撃してしまう。一方、病後の桃子を労う様子のない叔父を目にし、貴子は夫婦での温泉旅行を手配するが、戻って来てから叔父の様子はどこかおかしくて…。書店を舞台に、やさしく温かな日々を綴った希望の物語。映画化された「ちよだ文学賞」大賞受賞作品の続編小説。


前作からの懸案事項で、良かったことあり、悪かったことありの続編である。なんといっても桃子さんが再発した癌に命を持って行かれてしまったことがいちばんの悲しみであり、魂が抜けたようになった叔父の姿も見ていられない。だがそれもいつの日か乗り越えていけるのだと思わせてくれたので、総じて良いことが多かったとも言えるだろう。ただ、前作でも感じたことだが、文体がすでにある何かを思い出させられるようで、それが前作よりもより強く感じられたのが残念な気もするのである。ちょっと神保町をふらふらしたくなるシリーズである。

森崎書店の日々*八木沢里志

  • 2014/08/01(金) 07:16:33

森崎書店の日々 (小学館文庫)森崎書店の日々 (小学館文庫)
(2010/09/07)
八木沢 里志

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貴子は交際して一年の英明から、突然、他の女性と結婚すると告げられ、失意のどん底に陥る。職場恋愛であったために、会社も辞めることに。恋人と仕事を一遍に失った貴子のところに、本の街・神保町で、古書店を経営する叔父のサトルから電話が入る。飄々とした叔父を苦手としていた貴子だったが、「店に住み込んで、仕事を手伝って欲しい」という申し出に、自然、足は神保町に向いていた。古書店街を舞台に、一人の女性の成長をユーモラスかつペーソス溢れる筆致で描く。「第三回ちよだ文学賞」大賞受賞作品。書き下ろし続編小説「桃子さんの帰還」も収録。


映画は知らなかったので、なんの先入観もなしに読むことができた。森崎書店の日々、と言っても、古書店の日常が描かれているわけではなく、失意の貴子が森崎書店で過ごした日々の物語である。もちろんその日々の中で読書とは縁遠かった貴子が読書の面白さに目覚め、そこからの出会いもあり成長もするのである。なので、本はきっかけに過ぎないのだが、やはりそれは本でなくてはならなかったのだろうとも思われる。桃子さんのその後のことや、和田さんとのその後のことも知りたいと思わされる一冊である。