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私の命はあなたの命より軽い*近藤史恵

  • 2015/02/27(金) 17:24:43

私の命はあなたの命より軽い私の命はあなたの命より軽い
(2014/11/13)
近藤 史恵

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「どうして人の命の重さには違いがあるの?」東京で初めての出産をまぢかに控えた遼子。夫の克哉が、突如、ドバイへ赴任することになったため、遼子は大阪の実家に戻り、出産をすることに。実家に帰ると、両親と妹・美和の間に、会話がないことに気がつく。そして父は新築したばかりの自宅を売却しようとしていた。実家で何があった?明らかになっていく家族を襲った出来事とは―。『サクリファイス』の著者が「命の重さ」を描く渾身ミステリー!!


上記の内容紹介を読むまで、ミステリとは全く思わず、命を題材にした家族ドラマだと思っていた。それはともかく、同じ命でも祝福され望まれて生まれてくることもあれば、生まれ出るはるか以前に疎まれ望まれないこともある。さらに生まれることさえもできない命もあるし、生まれたとしても自ら断ってしまう命もある。本作では、そんなさまざまな状況に置かれた命の不平等を明るみに出していて、いろいろ考えさせられる。だが、いくら結婚して家を離れ、出産のために里帰りした身で、躰のことが心配だとは言え、長女にあそこまで事情を隠し続けるだろうか。いちばん気になったのは、家族の在りようだった。事情が明らかにされていく過程はサスペンスめいた一冊である。

少女は卒業しない*朝井リョウ

  • 2015/02/26(木) 19:17:53

少女は卒業しない少女は卒業しない
(2012/03/05)
朝井 リョウ

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今日、わたしはさよならする。図書室の先生と。退学してしまった幼馴染と。生徒会の先輩と。部内公認で付き合ってるアイツと。放課後の音楽室と。ただひとり心許せる友達と。そして、ずっと抱えてきたこの想いと―。廃校が決まった地方の高校、最後の卒業式。少女たちが迎える、7つの別れと旅立ちの物語。恋愛、友情、将来の夢、後悔、成長、希望―。青春のすべてを詰め込んだ、珠玉の連作短編集。


「エンドロールが始まる」 「屋上は青」 「在校生代表」 「寺田の足の甲はキャベツ」 「四拍子をもう一度」 「ふたりの背景」 「夜明けの中心」

いつもの年よりも遅い卒業式。なぜなら母校は廃校になり、翌日には取り壊されることになっているからだ。学校がなくなったからといって、思い出までが消えてなくなるわけではないし、同級生や後輩たちと二度と会えなくなるわけではないが、普通の卒業式にはない感傷がそこにはきっとあるのだと思う。そしてその揺れが、少女たちのなかに、力となって蓄えられ、卒業式当日に外に向かって放たれたのだという気がする。少女たちは弱くて強い。特に恋する少女はいつの時代でも無敵である。報われても報われなくても、こんなにきらきらと輝く時代はほかにないだろう。きっと少女は少女から卒業しないのだ。いろんな涙がまじりあう一冊である。

サーカスの夜に*小川糸

  • 2015/02/25(水) 16:51:58

サーカスの夜にサーカスの夜に
(2015/01/30)
小川 糸

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離ればなれになった両親とかつて一緒に見たサーカス。忘れられないその不思議な世界の一員になることを目指して入団した少年の前に現れる、自由で個性の強い人々。クラウン、ピエロ、ブランコ乗り、ジャグラー、そして美味しいお菓子やスープを作ってくれるコック。少年は少しずつ綱渡りを学んでゆく。心躍る物語。


大病を患い、治ってからも成長が止まったままの少年は、ある日偶然見たチラシでサーカスのことを知り、かつて両親と一緒に見に行った輝かしい舞台に魅せられるように、育ててくれたグランマの元を出てサーカス団を目指す。サーカスのメンバーたちの過酷な生き様や、厳しい日々のなかで、少しずつ少年が逞しくなっていくのを応援したくなる。夢の裏側の物語とも言える一冊である。

インディアン・サマー騒動記*沢村浩輔

  • 2015/02/24(火) 07:28:57

インディアン・サマー騒動記 (ミステリ・フロンティア)インディアン・サマー騒動記 (ミステリ・フロンティア)
(2011/03/24)
沢村 浩輔

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「もしかして俺たち―遭難してるのかな」「遭難と決めるのはまだ早い。要は気の持ちようだ」軽い気持ちで登った山で道に迷い、その夜無人駅に泊まる羽目に陥った大学生・佐倉とその友人・高瀬は、廃屋と思い込んでいた駅前の建物“三上理髪店”に深夜明かりが灯っているのを目撃する。好奇心に駆られた高瀬は佐倉が止めるのも聞かず、理髪店のドアを開けてしまう。そこには…第四回ミステリーズ!新人賞受賞作の「夜の床屋」ほか、子供たちを引率して廃工場を探索することになった佐倉が巻き込まれる、真夏の奇妙な陰謀劇「ドッペルゲンガーを捜しにいこう」など全七編。“日常の謎”に端を発しながら予期せぬ結末が用意された、不可思議でチャーミングな連作短編集。


「夜の床屋」 「空飛ぶ絨毯」 「ドッペルゲンガーを探しにいこう」 「葡萄荘のミラージュⅠ」 「葡萄荘のミラージュⅡ」 「『眠り姫』を売る男」 「エピローグ」

途中までは、単なる短編集かと思って読んでいたのだが、次第にすべての物語が少しずつ繋がっていることが判り、――やや無理やり感もあるが――そうだったのか、と思う。どれもほんの少し異世界めいて不思議なのにもかかわらず、主人公たちが割と平然と日常的に対処しているのも別の意味で不思議な気もしなくもない。もしも自分がまきこまれたら、と思うと恐ろしくなる一冊でもある。

ビブリア古書堂の事件手帖6--栞子さんと巡るさだめ*三上延

  • 2015/02/22(日) 13:56:57

ビブリア古書堂の事件手帖 (6) ~栞子さんと巡るさだめ~ (メディアワークス文庫)ビブリア古書堂の事件手帖 (6) ~栞子さんと巡るさだめ~ (メディアワークス文庫)
(2014/12/25)
三上 延

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太宰治の『晩年』を奪うため、美しき女店主に危害を加えた青年。ビブリア古書堂の二人の前に、彼が再び現れる。今度は依頼者として。違う『晩年』を捜しているという奇妙な依頼。署名ではないのに、太宰自筆と分かる珍しい書きこみがあるらしい。本を追ううちに、二人は驚くべき事実に辿り着く。四十七年前にあった太宰の稀覯本を巡る盗難事件。それには二人の祖父母が関わっていた。過去を再現するかのような奇妙な巡り合わせ。深い謎の先に待つのは偶然か必然か?


栞子さんと大輔くんはやっとつきあい始めたものの、なんだかもどかしすぎるほどにぎこちないままである。それなのに、妹の文音がみんなに知らせて歩くものだから、会う人ごとにからかわれてさらにぎこちなくなる二人なのである。そんな折、栞子さんにけがを負わせた張本人の田中が今度は依頼人として近づいてくる。もう一冊ある太宰の『晩年』を探してほしい、というのだ。調べていくうちに、祖父母の時代の絡まった人間模様が浮き彫りにされてくる。古書に関しては栞子さんの知識と洞察力には目を瞠るものがあるが、人間関係をここまでややこしくしなくてもよかったのではないか、と思わなくもない。ともかく、次回作では二人にもう少し進展があることを祈らずにはいられないシリーズである。

天鬼越(あまぎごえ)*北森鴻 浅野里沙子

  • 2015/02/20(金) 17:10:09

天鬼越: 蓮丈那智フィールドファイルV天鬼越: 蓮丈那智フィールドファイルV
(2014/12/22)
北森 鴻、浅野 里沙子 他

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真贋など、どうでもいい。何故偽書が作られたのか。重要なのはそれだけだ。奇怪な祭祀「鬼哭念仏」に秘められた巧緻なトリック。都市に隠された「記号」の狭間に浮上する意外な真相。門外不出の超古代史文書に導かれた連続殺人――。氷の美貌と怜悧な頭脳をもつ異端の民俗学者・蓮丈那智が快刀乱麻を断つ。単行本未収録の二編に、幻のプロットに基づく書下しなど新作四編を加えた民俗学ミステリー。


表題作のほか、「鬼無里(きなさ)」 「奇偶論(きぐうろん)」 「祀人形(まつりひんな)」 「補堕落(ふだらく)」 「偽蜃絵(にせしんえ)」

急逝された北森氏が残した七割方できていたプロットをパートナーであった浅野氏が完成させるという夢のような企みによってできあがったのが本作である。もう会えないと思っていた連丈那智や内藤三國にまた会うことができ、あのクールさと鋭い洞察力を目の当たりにすることができて満足である。三國がいつもよりも認められている気がしなくもないが、それはたぶん彼の成長の証であろう。どきどきするような一冊だった。

伶也と*椰月美智子

  • 2015/02/18(水) 18:31:25

伶也と伶也と
(2014/11/13)
椰月 美智子

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生まれて初めてのライブで、ロックバンド「ゴライアス」と衝撃的な出会いをした直子。今までこれといった趣味もなかった彼女は、自分の持てる時間と金のすべてを使い、ボーカルの伶也を支えることを決心する。狂おしいほどの愛と献身が行きつく先はどこなのか。二人が迎えた結末は、1ページめで明かされる。恋愛を超えた、究極の感情を描く問題作。


冒頭に配された新聞記事。本作は、この記事に至るまでの長い長い物語である。結末を知ってしまっているので、なにを読んでも切なく、胸に迫る。にもかかわらず、その場その場では、直子に少しでも幸せになってほしいと願わずにはいられなくもなるのである。伶也が果たして、大学院を出て、恵まれた職場でやりがいのある仕事をしていた直子が入れあげるほどの男かといえば、客観的に見ると、否としか言いようがない。それでも、どうしようもなく抑えられない気持ちはよくわかる。どこかで歯車がひとつでも違っていたら、まったく違う現在があるのだろうとも思うが、そうはならない運命だったのだろう。傍から見れば哀れむべき状況でも、直子にとっては至福の最期だったのだろう。切なくやるせなく愛にあふれた一冊である。

少年探偵*小路幸也

  • 2015/02/16(月) 17:03:32

少年探偵 (一般書)少年探偵 (一般書)
(2015/01/15)
小路 幸也

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江戸川乱歩生誕120年記念オマージュ第3弾!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
世間を騒がせる怪人二十面相の秘密を知り、身を挺して真実を伝えようとした少年と、彼に「力」を授ける謎の紳士。
退廃に沈むかつての名探偵が立ち上がり、少年と出会うとき、あの「少年探偵団」の冒険が再び甦る。
少年探偵団の哀しくも美しい世界をご堪能あれ!


おもしろかった。怪人二十面相や明智小五郎、そして小林少年の正体も、二十面相が生まれた事情も、とても独創的で想像もつかないものだった。江戸川乱歩の時代の空気感がそのままで、屈託を抱えたまま日当りばかりを歩けない雰囲気が絶妙である。この先彼らがどうなっていくのかが気になって仕方がないので、続編を書いていただきたいくらいな一冊である。

冷蔵庫を抱きしめて*荻原浩

  • 2015/02/15(日) 17:10:35

冷蔵庫を抱きしめて冷蔵庫を抱きしめて
(2015/01/22)
荻原 浩

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心に鍵をかけて悪い癖を封じれば、幸せになれるかな? いや、それではダメ――。新婚旅行から戻って、はじめて夫との食の嗜好の違いに気づき、しかしなんとか自分の料理を食べさせようと苦悶する中で、摂食障害の症状が出てきてしまう女性を描いた表題作他、DV男ばかり好きになる女性、マスクなしでは人前に出られなくなった男性など、シニカルにクールに、現代人を心の闇から解放する荻原浩の真骨頂。


表題作のほか、「ヒット・アンド・アウェイ」 「アナザーフェイス」 「顔も見たくないのに」 「マスク」 「カメレオンの地色」 「それは言わない約束でしょう」 「エンドロールは最後まで」

ほんの些細なきっかけで、封じ込めていたものが堰を切ったように。始まりはさまざまだが、心を病み、さまざまな症状を呈する人々の日々の物語である。以前からここにも書いているように、荻原浩オバサン説は、今作でも健在である。ご本人のお姿を拝見したことがあってさえ、オバサン説を唱えたくなるほどである。女性のふとした思考回路や振舞いの描写がお見事である。しかもいつもよりも年齢の幅も広がっているような。傍から見ると、なにがこんなに深刻にさせているのか理解に苦しむが、本人は生き死にに関わるほどの苦悩のただなかにいる様子が絶妙である。深刻さのなかに、可笑しみもある一冊である。

星やどりの声*朝井リョウ

  • 2015/02/13(金) 18:21:56

星やどりの声星やどりの声
(2011/10/28)
朝井 リョウ

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亡くなった父が残したもの……喫茶店、星型の天窓、絆、そして、奇跡。三男三女母ひとり。ささやかな一家が出会う、ひと夏の奇跡の物語。家族が”家族を卒業する”とき、父の残した奇跡が降り注ぐ……。


長男・光彦、三男・真歩、二女・小春、三男・凌馬、三女・るり、長女・琴美、とそれぞれで章を成し、全体として早坂家のある時期を描いた物語である。大好きだった父が亡くなり、心に空洞を抱えながらも、経済的にも大変な母を囲むように、それぞれが自分の役割を果たしつつ日々を暮しているのが、健気で胸を突かれる。亡くなってなお、日々のあれこれの中に父はいて、家族の標になっているようで、あたたかく切ない気持ちにさせられる。誰もが少しずつ何かを我慢し、胸の裡にしまって過ごす日々は、穏やかでありながら屈託のあるものでもあるだろう。最後の数ページは、こみ上げるものを抑えきれなかった。星窓の小空を見あげながらビーフシチューを食べたくなる一冊である。

キャロリング*有川浩

  • 2015/02/12(木) 16:58:34

キャロリングキャロリング
(2014/10/22)
有川 浩

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クリスマスにもたらされるささやかな奇跡の連鎖―。有川浩が贈るハートフル・クリスマス。


クリスマスで閉めることが決まっている子供服製造の「エンジェル・メーカー」に勤める大和が主人公。創業社長亡き後、未亡人の英代が後を引き継いだが、とうとう立ち行かなくなったのだった。エンジェル・メーカーは、私立の学童保育も運営していて、そこに通ってくる航平の家族や、大和の同僚で元恋人の柊子や、取り立て屋の赤木ら、それぞれの事情を巻き込みながら物語はクリスマスに向って進むのである。登場人物それぞれが、さまざまなものを背負い、葛藤しながら日々を生きていて、彼らが思いやったり助け合ったりしながら事に当たる姿を応援したくなる。強く願えば思いは叶うと思う一方、どんなに頑張っても叶わない願いもあるのだということが切ない一冊である。

埋もれた牙*堂場瞬一

  • 2015/02/09(月) 19:40:35

埋れた牙埋れた牙
(2014/10/15)
堂場 瞬一

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ベテラン刑事の瀧靖春は、自ら願い出て、警視庁捜査一課から生まれ育った吉祥寺を管轄する武蔵野中央署に移った。ある日、署の交通課の前でうろうろする大学時代の旧友、長崎を見かける。事情を聞くと、群馬から出てきている姪で女子大生の恵の行方がわからなくなっているという。新人女性刑事の野田あかねの“教育”もかねて、まず二人だけの「捜査」を始めると、恵の失踪は、過去の未解決事件へとつながっていった――。

「ここも、特別な街じゃないんだ。どんな街にも、一定の割合で悪い奴はいるんだよ」

都市でもなく、地方でもない――この街には二つの水流がある。「住みたい街」として外部を惹きつける、上品な水流。だがその下には、この地で長年暮らしてきた人たちが作った土着的な水流がある。

「私は、この街の守護者でありたいと思っている」

愛する街とそこに住む人々を守るために――「地元」に潜む牙に、独自の捜査手法で刑事が挑む、異色の警察小説が誕生!


吉祥寺という人気の街を舞台にしながら、物語は古くからの住人の「地方ならではの」と言ってもいいようなしがらみや地元意識に根差しているのがミスマッチでもあって興味深い。吉祥寺という街をひと皮剥いた感じでもある。そしてそこで起こっている事件は、警察が見逃していた古い案件から繋がるものだった。ベテラン刑事の瀧と、新人の野田あかねとの噛み合わない心情も興味深い。事件の真相自体は、ある程度想像がつくものであるが、野田あかねの今後を見てみたい気がする一冊である。

夜の木の下で*湯本香樹実

  • 2015/02/08(日) 17:04:14

夜の木の下で夜の木の下で
(2014/11/27)
湯本 香樹実

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話したかったことと、話せなかったこと。はじめての秘密。ゆれ惑う仄かなエロス。つないだ手の先の安堵と信頼。生と死のあわい。読み進めるにつれ、あざやかに呼び覚まされる記憶。静かに語られる物語に深く心を揺さぶられる、極上の傑作小説集。


表題作のほか、「緑の洞窟」 「焼却炉」 「私のサドル」 「リターン・マッチ」 「マジック・フルート」

記憶の中では、世界はいつまでもそのままであり、それでいて気づかないほどわずかずつ姿を変える。そんな確かであって不確かな世界を漂うような印象の物語たちである。決してしあわせいっぱいではない主人公たちの秘められた思いがゆらゆらと揺蕩っているような一冊である。

京に上った鍋奉行*田中啓文

  • 2015/02/06(金) 18:30:34

京へ上った鍋奉行 (集英社文庫)京へ上った鍋奉行 (集英社文庫)
(2014/12/16)
田中 啓文

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大坂の町に、将軍家治のご落胤「天六坊」なる者が現れた。すわ天下を揺るがす一大事!のはずが、こんな時でも大食漢の西町奉行・大邉久右衛門の頭の中は美食の探究一辺倒。貧乏飯屋「業突屋」のトキ婆さんからもらったハゼを天ぷらにしたのだが、どうにも口に合わない。実は大坂と江戸の天ぷらには大きな違いがあって…(「ご落胤波乱盤上」)。他、型破り奉行が大活躍の2編を収録。シリーズ第4弾。


相変わらずの久右衛門である。たらふく食べては次の食事時まで寝ていることもよくあることで、周りも困りながらもそんなものだと心得ている風である。だが今回も、その食通ぶりがものを言って、事を解決してしまうのである。それが久右衛門の思慮深さによるものなのか、はたまた偶然の運によるものなのかは神のみぞ知る、である。とはいえ、ただ食べて寝ているだけではない懐の深さと人を見る目を披露した今作である。勇太郎と小糸の恋物語の進展は、今回も足踏み状態。何とももどかしいことである。次はどんなおいしいものが出てくるか愉しみなシリーズである。

風のベーコンサンド*柴田よしき

  • 2015/02/05(木) 17:03:16

風のベーコンサンド 高原カフェ日誌風のベーコンサンド 高原カフェ日誌
(2014/12/10)
柴田 よしき

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美味しい料理は奇跡を起こす―四季折々の恵みと紡ぐ6つの物語。


「風音」 「夕立」 「豊穣」 「夢鬼」 「融雪」 「花歌」

夫のモラハラによって自律神経を病み、家を出てカフェスクールで修業したのち、百合が原高原の空きペンションを買ってカフェを開いた奈穂の物語である。なんといっても魅力的なのは、カフェで出される料理の数々。そしてその素材になる百合が原の食材の数々である。牛乳、卵、パン、ベーコン、野菜やハーブ。そして、外からやってきた危なっかしいカフェ初心者の奈穂を陰になり日向になって支え見守り続けてくれる周りの人たちのあたたかさも心に沁みる。物語の展開は、ある程度予想がつくものではあるが、それでもなお、心が豊かになるような読書タイムを与えてくれる一冊である。

心臓異色*中島たい子

  • 2015/02/03(火) 17:05:31

心臓異色心臓異色
(2015/01/16)
中島 たい子

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カコ、ミライ、イマ―― あなたは、どこにいますか。
ユーズド人工心臓を移植してから性格が変わった男は、その心臓の前のオーナーをたどってみることに――(「心臓異色」)
レコード、車、家、ロボット……誰かの想いを宿した"古いもの"たちが伝える、すこし不思議な作品集。


表題作のほか、「ディーラー・イン・ザ・トワイライト」 「それが進化」 「踊るスタジアム」 「ボクはニセモノ」 「いらない人間」

どうやらいまから少し先の世界らしい舞台で、過去の時代の遺物のようなものたちが、その世界の人たちに与える影響の波紋が興味深い。不思議で、なんとなく切なく、郷愁を誘われるような一冊である。

マル合の下僕(しもべ)*高殿円

  • 2015/02/01(日) 17:13:05

マル合の下僕マル合の下僕
(2014/10/22)
高殿 円

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学歴最高、収入最低、おまけに小5養育中の、29歳私大非常勤講師(ワーキングプア)。俺には、大学で生き残るしか道はない! マル合――それは、論文指導ができる教員。関西最難関のK大で出世ルートを歩むはずだった俺は、学内派閥を読み間違え私大に就職。少ない月収を死守しながら、姉が育児放棄した甥っ子も養っている。そんなある日、大切な授業を奪いかねない強力なライバル出現との情報が……。象牙の塔に住まう非正規雇用男子の痛快お仕事小説。


関西で最難関のK大で博士号を取り、順調に社会人生活を滑り出した瓶子貴宣(へいしたかのぶ)だったが、派閥争いを読み違えたのをきっかけに、月収12万のワーキングプアに成り果てる。それでもやりたい研究、書きたい論文は山のようにあり、意に染まなくてもマル合(論文指導ができる教授)の軍門に下り、正規職員の座を手に入れるべきかどうか煩悶する。そんな折、素行不良の姉の息子・誉がぼろアパートのドアの前に置き去りにされ、否応なく二人暮らしが始まる。学歴や研究に自信はあるものの、上手く歯車がかみ合わず自らを卑下する貴宣だが、できのいい甥の誉れを初めとして、結構周りには恵まれているように思える。そしてなにより、やられたら頭脳を駆使してやり返す逞しさが好ましい。これから先もおそらく順風満帆とはいかない気がするが、めげずにその道を進んで行ってほしいと、応援したくなる一冊である。