透明カメレオン*道尾秀介

  • 2015/03/31(火) 07:22:03

透明カメレオン透明カメレオン
(2015/01/30)
道尾 秀介

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ラジオのパーソナリティの恭太郎は、冴えない容姿と“特殊”な声の持ち主。今夜も、いきつけのバー「if」で仲間たちと過ごすだけの毎日を、楽しくて面白おかしい話につくり変えてリスナーに届ける。恭太郎が「if」で不審な音を耳にしたある雨の日、びしょ濡れの美女が店に迷い込んできた。ひょんなことから彼女の企てた殺害計画に参加することになる彼らだが―。陽気な物語に隠された、優しい嘘。驚きと感動のラストが心ふるわす―。


声と見た目のギャップが激しすぎるだけの主人公・桐畑恭太郎とその仲間たちの笑えるがちょっぴり切ない物語かと思って読んでいたのだが、ラスト近くなって事情が判ってみると印象が一変する。バー「if」の常連客たちは、ママをはじめ誰もが個性的で、一見能天気にも見えるのだが、それぞれが抱えているものの重さが読者の胸にも重く沈む。だが、重苦しいだけではなく、途中から紛れ込んだ恭太郎に対する態度は、どこの誰よりもあたたかく、思わず胸が熱くなるのである。この人たちがいればいいじゃないか、でもみんなに幸せになってほしい、と思わされる一冊である。

Fの記憶*吉永南央

  • 2015/03/29(日) 18:50:42

Fの記憶Fの記憶
(2009/10/31)
吉永 南央

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名前も思い出せず、顔もおぼろげなのに、ふと気がつくと思い出す同級生の「F」。かつて同級生だった3人の心には、あの日以来ずっと「F」が棲みついている。そして、40歳を過ぎた今、「F」が彼らの人生を動かす―


Fこと中谷晶は、小学校の学芸会の劇の際、手違いでひとりだけ役がなく、間に合わせで作られた被り物をかぶったFという役を与えられて以来、みんなからFと呼ばれるようになり、次第に本名は忘れ去られていったのだった。40代になり、あのころFをイジメたり関わったりした者たちの人生にトラブルが起きたとき、彼らはどういうわけかFのことを思い出し、彼の影に脅えるようになるのである。結局実際に、Fは彼らに何かを仕掛けることもなく、平穏や親密さとは縁のない人生を送っていたのだが、最後によりどころとも言える存在に出会うことができたのだろう。そして、かつての同級生たちは、Fの影を感じることで勝手に自らのうしろめたさにとらわれ続けることになるのだろう。記憶の底しれなさを思わされる一冊である。

火星に住むつもりかい?*伊坂幸太郎

  • 2015/03/28(土) 07:38:04

火星に住むつもりかい?火星に住むつもりかい?
(2015/02/18)
伊坂 幸太郎

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この状況で生き抜くか、もしくは、火星にでも行け。希望のない、二択だ。
密告、連行、苛烈な取り調べ。
暴走する公権力、逃げ場のない世界。
しかし、我々はこの社会で生きていくしかない。
孤独なヒーローに希望を託して――。
らしさ満載、破格の娯楽小説!


いまの時代だからこその物語のような気がする。バットマン的正義の味方が現れるかどうかは別として、平和警察の存在は、虚構の世界のできごととして安閑とはしていられないようにも思われて、空恐ろしささえ感じてしまう。黒ずくめの正義の味方が生まれたいきさつも、成り行き感満載で、いまの時代を映しているようにもみえる。著者が武器に選んだものも、虚を突かれた感がある。銃火器だけが武器になるわけではないのだ。東京からやってきた個性的な捜査官・真壁鴻一郎があっけなくやられたときには、こんなはずはないと思ったが、彼の続編をぜひ読みたいものである。いろいろと示唆に富む一冊である

同居人*新津きよみ

  • 2015/03/26(木) 20:05:42

同居人 (角川ホラー文庫)同居人 (角川ホラー文庫)
(2003/01)
新津 きよみ

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35歳、デザイナーの麻由美は都内に新築マンションを3800万円で購入する。ローンの繰り上げ返済のためにルームメイトを募り、添乗員・乃理子との同居生活がスタートした。しかし、お互いに「秘密」を抱えているために、ぎくしゃくしはじめる2人の関係。ある日乃理子が部屋に呼び入れた女性が、2人の生活を崩壊へと向かわせた―。嫉妬、虚栄心、独占欲…。女性心理の名手が紡ぎ出す、渾身のホラー・サスペンス。


初めから怖い。冷蔵庫がキーになっていて、実は乃理子が冷蔵庫に不倫相手の妻の……、などと考えてしまったが、それは深読みだったか。だが、見知らぬ他人が住む部屋の同居人になるというだけでもかなり怖い気もする。そして、お互いの疑心暗鬼も手伝って、さらなる恐怖を引き入れてしまうのだから、どうしようもない。タイトルの真の意味がラストになって判るが、そこはまったくのホラーで、叫びだしたくなる。じわじわと怖い一冊である。

悪意の手記*中村文則

  • 2015/03/23(月) 17:14:38

悪意の手記悪意の手記
(2005/08/30)
中村 文則

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「なぜ人間は人間を殺すとあんなにも動揺するのか、動揺しない人間と動揺する人間の違いはどこにあるのか、どうして殺人の感触はああもからみつくようにいつまでも残るのか」―死への恐怖、悪意と暴力、殺人の誘惑。ふとした迷いから人を殺した現代の青年の実感を、精緻な文体で伝え、究極のテーマに正面から立ち向かう、新・芥川賞作家の野心作。


15歳で、致死率80%という難病を患い、死と真正面から向き合った挙句、すべてを憎むことで何とか折り合いをつけてきた主人公が、はっきりした理由もわからないながら急速に回復し、普通の生活を送れることになったときの動揺が、リアルに描かれていて驚く。それは、死を宣告されたときとは全く別のもののようである。それからの彼の心の動きや生き様は、彼自身に制御できるものだったのだろうか、と読みながら暗澹たる気持ちになる。おそらく表面上はいささか暗く変わったヤツ、くらいの印象だったのではないかと思われる彼の中で、さまざまな思いと葛藤が渦巻いていたのだろう。このまま病気が再発しなかったとしたら、今後の彼の人生はどうなって行ったのか、恐ろしくもあり哀れでもある。どんよりと思い気分と無力感が胸に残る一冊である。

災厄*永嶋恵美

  • 2015/03/22(日) 16:55:12

災厄災厄
(2007/11/06)
永嶋 恵美

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妊婦ばかりが次々と狙われる連続殺人事件の容疑者は男子高校生だった。しかも夫がその弁護を…。妊娠5ヵ月めの妻・美紗緒の恐怖は、それから始まった。現代社会の病理を描く、衝撃の書き下ろしサスペンス。


妊婦ばかりを狙った連続殺人の犯人である高校生、その弁護を引き受けることになった弁護士、そして同じ妊婦であるその妻、マタニティスイミングの妊婦仲間たち、弁護士の夫の職場の人々、無責任に誹謗中傷するネットの住人。さまざまな立場から見ることができる物語である。そしてそのどの立場の人たちにも悪意と憎悪が潜んでおり、それらが重層的に膨らんで、加速度的にこじれていく様に身震いしそうになる。良かれと思ってすることがすべて裏目に出、さらなる誤解を生み、さらにこじれる。まだまだ事件は終わっていないので、見届けたい思いと、もうこれ以上見たくない思いとに揺れる一冊でもある。

乙女の家*朝倉かすみ

  • 2015/03/20(金) 06:45:44

乙女の家乙女の家
(2015/02/20)
朝倉 かすみ

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内縁関係を貫いた曾祖母(78)、族のヘッドの子どもを高校生で産んだシングルマザーの祖母(58)、普通の家庭を夢見たのに別居中の母(42)、そして自分のキャラを探して迷走中の娘の若菜(17)。強烈な祖母らに煽られつつも、友の恋をアシスト、祖父母の仲も取り持ち大活躍の若菜と、それを見守る家族、それぞれに、幸せはやって来るのか。楽しき家族のてんやわんやの物語。


若菜の頭の中が文字になってすべて漏れだしているので、映像で見たとしたら単にそこにいるだけの状態にもかかわらず、ぐるぐるあれこれと面倒くさいほど思考が行ったり来たり絡まったり解けたりしているのが手に取るようにわかって、ときどき鬱陶しくもなるが、深くうなずけるところもある。こうやって自分というものを作り上げていくのだったなと、17歳の頃が思い出されもする。世代はもちろん、個性のまったく違う三人――若菜を含めれば四人――の女性と、またまた個性的な若菜の友人、それを取り巻く男性たちの関係性が、世間一般的に言えば不安定なのだが、やけに安定しているようなのも不思議である。初めのうちは、なんだかばらばらでとりとめのない寄り集まりのような印象だったのが、読み進めるうちに次第にぎゅっとまとまって感じられるようになるのも不思議な感覚だった。みんなにしあわせになってほしいと思える一冊である。

本格小説 下*水村美苗

  • 2015/03/17(火) 17:13:27

本格小説 下本格小説 下
(2002/09)
水村 美苗

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夏目漱石の遺作を書き継いだ『続明暗』で鮮烈なデビューを果たし、前代未聞のバイリンガル小説『私小説from left to right』で読書人を瞠目させた著者が、七年の歳月を費やし、待望の第三作を放つ。21世紀に物語を紡ぐことへの果敢な挑戦が、忘れかけていた文学の悦びを呼び招く。


上巻を読んでから時間が空いてしまったが、やっと下巻を読むことができた。上巻から持ち越された緊張感と昂揚感はそのまま続き、東太郎、冨美子、よう子、そして三枝三姉妹や関係者たちもそれぞれ歳を重ねて状況はずいぶん変わってくる。よう子は重之ちゃんと結婚し、娘も生まれたが、太郎に対する気持ちが消え去ってしまったわけではなかったのである。太郎とよう子、夫の重之三人の関係は、危うい緊張感の上に安定し、しあわせの極みとも言える時を過ごしもする。彼らが主役の物語でありながら、それよりも、語り手とも言える冨美子の一生の物語とも思われ、最後に語られる事実にその感をさらに強くするのである。人というもののむずかしさ奥深さ、底知れなさを思わされる一冊である。

視線*永嶋恵美

  • 2015/03/15(日) 06:51:23

視線視線
(2012/08/18)
永嶋 恵美

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劇団員の夏帆は、アルバイトをしながら日々の生計を立てている。一人暮らしの32歳。20代のころのように素直に夢を追うこともできず、かといって郷里には戻りたくない。アルバイトの住宅地図の調査に訪れた埼玉県のベッドタウンは、小学校の頃に一時期住んでいた街だった。夏帆は小学校の同級生と再会し、その夜、彼女の家に向かう途中で運悪く通り魔に遭遇してしまう…。「日常の些細な悪意」の連鎖が引き起こす長編サスペンス。


劇団員としても目が出ず、住宅地図調査員のアルバイトも充実しているとはいいがたい。32歳独身の夏帆がある日調査で訪れた、小学生のわずかな期間を過ごした街で、通り魔に遭う。そこから物語は展開し始めるのである。かつての級友たちは身勝手なおばさんになり、自分とは全く別の世界に生きている。彼女らの身近で起きた殺人を含む連続通り魔事件に否応なく巻き込まれることで、夏帆自身もいままで目を逸らしていた自分自身と対峙することになる。そして通り魔事件にどんどん深入りしていくのだった。住宅地図調査員として受ける視線、近隣の人間関係における視線、外部からのその地域への視線、世間全般からの視線。さまざまな視線が動機にもなり目くらましにもなっていて、恐ろしさがじわじわと足元から這い上がってくる心地がする。先が気になって手が止まらない一冊だった。

朦朧戦記*清水義範

  • 2015/03/14(土) 07:20:57

朦朧戦記朦朧戦記
(2015/02/20)
清水 義範

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長生きするだけが能じゃない! 超高齢化社会に活を入れる「老楽」小説。 思い残さず、生きようじゃないか。 ホームで無為な余生をおくる老人たちがある日突然、覚醒した。退屈しのぎに始めたクイズ大会が次第にエスカレート。あの頃の恋愛、戦争、革命を夢見て、性も闘争本能も解放して突っ走る彼らを、もはや誰も止められない。どうなる日本……ユーモア小説の雄、破茶滅茶な展開で加齢なる復活!?


復活お待ちしていました。しかもこんな加齢なる復活、笑っちゃいます。だがしかし、ただ無条件に笑ってばかりいられない超高齢化社会の現実の一端を見せられたようにも思え、お年寄り、意気軒昂で結構、と思う反面、やるせなく切ない思いに苛まれるのも事実なのである。可笑しい中にも、いささかひりっとする一冊でもある。

転落*永嶋恵美

  • 2015/03/12(木) 17:22:51

転落転落
(2004/07)
永嶋 恵美

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落ちていく速度は転げるように早い――
ホームレスになってしまった「ボク」は、食料を探していた神社で、小学生の麻由から弁当を手渡される。巧妙な「餌付け」の結果生まれた共犯関係は、運命を加速度的に転落へと向かわせる。見せ掛けの善意に隠された嫉妬・嘲笑・打算が醜くこぼれ落ちるとき、人は自分を守れるのか!?驚愕の心理サスペンス。


全体に重苦しい空気が垂れ込め、一歩前へ足を出すのも大儀な印象の物語である。ひとつ間違えるとここまで転がり落ちてしまうものだろうか。あちこちに罪深い者がいて、彼らが複雑に絡まり合ってしまい身動きが取れなくなっているようにも見える。善意と思ったものが自己中心的な悪意であったり、興味本位の詮索であったりもする。何重にも欺かれる一冊である。

明日の話はしない*永嶋恵美

  • 2015/03/11(水) 16:58:07

明日の話はしない明日の話はしない
(2008/10)
永嶋 恵美

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「第一話 小児病棟」のわたし…難病で何年も入退院を繰り返して人生を悲観する小学生。「第二話 一九九八年の思い出」のわたし…男に金を持ち逃げされ一文無しになったオカマのホームレス。「第三話 ルームメイト」のわたし…大学を中退してから職を転々とし、いまはスーパーのレジ打ちで糊口をしのぐ26歳の元OL。「最終話 供述調書」のわたし…郵便局を襲撃し、逮捕された実行犯。「明日の話はしないと、わたしたちは決めていた」で始まる三つの別々な話が、最終話で一つになるとき―。


独立した短編集かと思ったのだが、登場人物がリンクしていてどうやら連作らしい、と判る。しかも最終話まで読むと、見事に一連の物語として繋がっている。だがこれは、なんという救いのない物語なのだろうか。過酷な人生を生きる人たちがそれぞれ主人公になっていて、それはそれでかなり救いがなさそうに見えるが、物語全体の主役とも言える人物の救われなさは静かに桁外れである。読後まで重苦しい気分を引きずる一冊である。

えどさがし*畠中恵

  • 2015/03/09(月) 17:07:47

えどさがし (新潮文庫)えどさがし (新潮文庫)
(2014/11/28)
畠中 恵

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時は流れて江戸から明治へ。夜の銀座で、とんびを羽織った男が人捜しをしていた。男の名は、仁吉。今は京橋と名乗っている。そして捜しているのは、若だんな!?手がかりを求めて訪ねた新聞社で突如鳴り響く銃声!事件に巻き込まれた仁吉の運命は―表題作「えどさがし」のほか、お馴染みの登場人物が大活躍する全五編。「しゃばけ」シリーズ初の外伝、文庫オリジナルで登場。


表題作のほか、「五百年の判じ絵」 「太郎君、東へ」 「たちまちづき」 「親分のおかみさん」

長崎屋は登場するが、若旦那・一太郎は名前しか出てこない。そんなシリーズ外伝である。文句なく愉しめ、わくわくハラハラさせてくれる。表題作はことに、ここで終わるか!?というところで終わっていて、思わずうなってしまう。続きが知りたい。時が脈々と流れていることを改めて感じさせられる一冊でもある。

スープ屋しずくの謎解き朝ごはん*友井羊

  • 2015/03/08(日) 08:35:30

スープ屋しずくの謎解き朝ごはん (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)スープ屋しずくの謎解き朝ごはん (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
(2014/11/07)
友井 羊

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東京のとある一角。どこの店も「close」の看板がかかる早朝に、スープ屋「しずく」は、こっそり営業している。フリーペーパー制作の仕事をする理恵はある朝、しずくでポトフを口にした途端に、しずくの虜になった。
職場で起きた盗難事件と対人関係で悩み、食欲も減退していた理恵。店主の麻野に悩みを抱えていることを見抜かれて話すと、麻野は推理を繰り広げ、鮮やかに解決する!


「嘘つきなボン・ファム」 「ヴィーナスは知っている」 「ふくちゃんのダイエット奮闘記」 「日が暮れるまで待って」 「わたしを見過ごさないで」

スープって、想像するだけで、身も心も温めて解いてくれるような気がする。しかもとびきりおいしい日替わりスープが、早朝ひっそりオープンしている静かなお店で食べられたら、幸福感に包まれること間違いない。しかも店主は穏やかで、自然に客の状態に寄り添ってくれるとしたら、これ以上のしあわせはないだろう。いままでほとんど知られていなかったのが不思議なくらいである。少しずつ増えてくる客たちの日常の困りごとを、話を聞くだけで解きほぐし、真実を明らかにしてしまう彼に、つい誰もが自分をさらけ出してしまうのもうなずける。だが、小学生のひとり娘と暮らす店主には、何か胸に仕舞った悲しみがあるようでずっと気になりながら読み進めることになるのだが、最後の物語でそれがわかると、胸の中に切ないあたたかさがじんわり広がるのである。丁寧に作ったスープを飲みたくなる一冊でもある。

自滅*柴田よしき

  • 2015/03/06(金) 18:15:54

自滅自滅
(2014/12/25)
柴田 よしき

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女性たちがからめとられた、日常の中にふと生まれる恐怖を静謐な筆致で描く極上のサスペンス・ホラー短編集。せつなさに心揺さぶられる5つの物語。


「薫衣草(ラベンダー)」 「雪を待つ」 「隠されていたもの」 「ランチタイム」 「自滅」

珍しくホラーなテイストの短編集である。ごくごく普通に日常的に描かれている物事が、ある一点を境にぐらりと揺らぎ、途端に背筋が凍りつく心地になる。だがそれは、誰の中にもある要素がたまたま主人公の女性に現れたことのようにも思われる。そのことに気づいたときに再びぞっとする思いに駆られもするのである。恐ろしいが最後まで見届けずにはいられない魅力のある一冊である。

ソラシド*吉田篤弘

  • 2015/03/05(木) 16:52:40

ソラシドソラシド
(2015/01/30)
吉田 篤弘

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拍手もほとんどない中、その二人組は登場した。ひとりはギターを弾きながら歌い、もうひとりは黙々とダブル・ベースを弾きつづけた。二人とも男の子みたいな女の子だった。彼女たちの音楽は1986年のあの冬の中にあった――。消えゆくものと、冬の音楽をめぐる長篇小説。


現代と1968年とをゆるやかに行き来するような物語である。「冬の音楽」を奏でたいと言ったカオルとソラのデュオ「ソラシド」を探す旅の物語でもあり、主人公と異母妹とその親たちをめぐる物語でもある。躰は現在に在るとしても、想いが流れるように遠く近くに旅をするような印象の一冊である。

パノララ*柴崎友香

  • 2015/03/02(月) 06:57:35

パノララパノララ
(2015/01/15)
柴崎 友香

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二八歳の田中真紀子は、友人のイチローから誘われ、彼の家に間借りすることになった。その家は建て増しを重ねた奇妙な家で、コンクリート三階建ての本館、黄色い木造の二階建て、鉄骨ガレージの三棟が無理やり接合されていた。真紀子はガレージの上にある赤い小屋に住むことに。イチロー父は全裸で現れるし、女優の母、無職の姉、モテ系女子の妹も一癖ある人ばかり。そんなある日、イチローは、自分はおなじ一日が二回繰り返されることがあると真紀子に打ち明けるのだった。芥川賞作家が放つ、新感覚パノラマワールド!


初めのうちは、いつものように淡々と特別に起伏があるわけでもない日常が描かれているのだが、ふとしたきっかけで間借りすることになった木村家の、一風変わった家族が住むつぎはぎの奇妙な家での暮らしが始まると、その家族それぞれの事情や存在感に巻き込まれながら真紀子の日々も微妙に変わっていく。しかも木村家の人たちはそれぞれに、いささか普通ではない力を持っていて、そのことに真紀子も初めの内こそ驚きはするけれど、さほど大きな反応をすることもなく、そのまま真紀子自身は淡々と日々を過ごしていく平坦な物語かと思って安心しきっていたら、彼女の身にもどういうわけか同じようなことが起こるのである。でもそれがおそらく真紀子にさまざまなことを気づかせてくれるきっかけにはなったのだろう。平坦ながらもきのうとは違う新しい世界に生まれたような印象もある。パノラマワールドというよりもパラレルワールドのような印象の一冊である。