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長いお別れ*中島京子

  • 2015/07/29(水) 07:00:19

長いお別れ
長いお別れ
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中島 京子
文藝春秋
売り上げランキング: 2,829

帰り道は忘れても、難読漢字はすらすらわかる。
妻の名前を言えなくても、顔を見れば、安心しきった顔をする――。

東家の大黒柱、東昇平はかつて区立中学の校長や公立図書館の館長をつとめたが、十年ほど前から認知症を患っている。長年連れ添った妻・曜子とふたり暮らし、娘が三人。孫もいる。

“少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く”といわれる認知症。ある言葉が予想もつかない別の言葉と入れ替わってしまう、迷子になって遊園地へまよいこむ、入れ歯の頻繁な紛失と出現、記憶の混濁--日々起きる不測の事態に右往左往するひとつの家族の姿を通じて、終末のひとつの幸福が描き出される。著者独特のやわらかなユーモアが光る傑作連作集。


認知症、老老介護、離れて住む家族の事情、などが描かれた物語である。だが、単に介護の苦労や壮絶さが描かれているわけではない。敢えてその部分は淡々と描き、認知症の父と介護する母の情の通い合いや思い入れ、離れて暮らす娘たちそれぞれの事情と想いなど、この夫婦、この親子でしかわからない家族の歴史の積み重ねまでがまるごと描かれているように思われる。なにより家族が認知症の父の尊厳を最期まで自然に尊重している姿が印象に残る。一見意味の判らない会話でも、父は娘を、娘は父を理解しているように見える場面では胸がじんとする。現実の介護はここに描かれていない壮絶なことの方が多いのだとは思うが、だからこそ本作の姿勢が救いになるようにも思える一冊である。

武道館*朝井リョウ

  • 2015/07/27(月) 07:03:49

武道館
武道館
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朝井 リョウ
文藝春秋
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本当に、私たちが幸せになることを望んでる?恋愛禁止、スルースキル、炎上、特典商法、握手会、卒業…発生し、あっという間に市民権を得たアイドルを取りまく言葉たち。それらを突き詰めるうちに見えてくるものとは―。「現代のアイドル」を見つめつづけてきた著者が、満を持して放つ傑作長編。


アイドル物語、とひと言では言ってしまえない何かがある。まず目から鱗だったのは、アイドルとひと口に言っても、自らが望んでなる場合もあれば、歌って踊るのが好きだというただそれだけで気づけばアイドルになっていたという場合もあり、女優など別の道を目指していたのに事務所の都合でアイドルにされてしまったというようなこともあるのだということである。アイドルの思いとて決してひとつではないのだという、当たり前のようなことにいまさら思い至る。しかもやりたいことをただやりたいようにやっているだけではアイドルにはなれないのである。そこには不条理にさえ思える暗黙の掟が存在し、アイドルたちはファンの期待やそれらの掟にがんじがらめにされる内、次第に自分を見失い、存在を疑うようになったりもするのであろう。仕事だと言ってしまえばそれだけだが、それにしては自らの意志が生かされなさすぎる気もするのである。そんなアイドルの在りように、このラストはある種風穴を開けてくれたようにも思えて、ちょっとすっきりした。華やかで過酷で、極普通の少女たちが描かれた一冊である。

星読島に星は流れた*久住四季

  • 2015/07/24(金) 18:51:33

星読島に星は流れた (ミステリ・フロンティア)
久住 四季
東京創元社
売り上げランキング: 108,185

天文学者サラ・ディライト・ローウェル博士は、自分の住む孤島で毎年、天体観測の集いを開いていた。ネット上の天文フォーラムで参加者を募り、招待される客は毎年、ほぼ異なる顔ぶれになるという。それほど天文には興味はないものの、家庭訪問医の加藤盤も参加の申し込みをしたところ、凄まじい倍率をくぐり抜け招待客のひとりとなる。この天体観測の集いへの応募が毎回凄まじい倍率になるのには、ある理由があった。孤島に上陸した招待客たちのあいだに静かな緊張が走るなか、滞在三日目、ひとりが死体となって海に浮かぶ。犯人は、この六人のなかにいる―。奇蹟の島で起きた殺人事件を、俊英が満を持して描く快作長編推理!


数年に一度隕石が落ちるという星読島。そしてその島には個人所有の天体観測所「星読館」があり、天文学者・ローウェル博士が天体観測をしながら暮らしている。これだけですでに何か仕掛けがありそうな予感が膨れ上がる。さらに、天文好きが集うインターネット上のフォーラムのメンバーから厳選された数名が島に招待され、運よく隕石が落ちたら、彼らのうちの誰かがそれをもらうことができるというのである。天文にさほど興味があるわけではない医者で、物語の主人公である加藤盤も、ある事情から応募して運よく招待されるのだが、孤島と言ってもいい星読島で殺人事件が起こる。招待者たちには面識がなく、年齢も住まいも境遇もさまざまななか、犯人探しと疑心暗鬼に苛まれるのである。加藤盤が探偵役となって、事件を解明しようとするのだが、そこにまた新たな事件が――。判断材料が少ない中、答えにたどり着くが、それがまた二転三転するのも興味深い。真犯人は誰もが考えるだろう人物ではあるものの、その動機は哀し過ぎてやり切れない。なかなか魅力的な一冊だった。

八つ花ごよみ*山本一力

  • 2015/07/24(金) 07:29:55

八つ花ごよみ (新潮文庫)
山本 一力
新潮社 (2012-04-27)
売り上げランキング: 243,699

満開の美しさも散りゆく儚さも、一緒に眺めたいと願うのはいつだってただ一人、おまいさんだけだった。幾年もの時を重ね、季節の終わりを迎えた夫婦が愛でる花。あるいは、苦楽をともにした旧友と眺める景色。桔梗、女郎花、菖蒲、小梅、桜…移ろいゆく花に、ゆっくりと熟した想いを重ね綴られる、八つの絆。江戸市井に生きる人々の、ゆかしい人情が深く心に泌み渡る、傑作短編集。


「炉ばたのききょう」 「海辺橋の女郎花」 「京橋の小梅」 「西應寺の桜」 「佃町の菖蒲」 「砂村の尾花」 「御船橋の紅花」 「仲町のひいらぎ」

花を織り込んだ物語八編である。主人公はそれぞれもう若くはないが、さまざまな事情を抱えて時を重ねてきた人たちである。花を愛でる余裕などないときにも、そのそばにはひっそり咲く花があり、周りには見守る目もあるのである。淡々と静かに語られる出来事に、愛おしささえ感じられるようになる一冊である。

まったなし*畠中恵

  • 2015/07/21(火) 12:42:49

まったなし
まったなし
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畠中 恵
文藝春秋
売り上げランキング: 3,560

江戸町名主の跡取り息子・麻之助が、幼なじみで町名主を継いでいる色男・清十郎と、堅物の同心・吉五郎とともに、さまざまな謎ともめ事の解決に挑む、大好評連作短篇シリーズの第5弾!
今回の密かなキーワードは実は「女難」。独身で嫁取りの話がひきもきらない清十郎ですが、いったいその理由は? 未だ妻を亡くした悲しみが癒えない麻之介、養子に入った家で年齢の離れた許婚のいる吉五郎、そして彼らの親友で大金持ちの金貸し丸三とその妾のお虎。いずれも清十郎の運命の人が現れることを願っているが、様々な障害や思わぬ事件に巻きこまれ……。


今回は、清十郎の嫁取り話に絡んだトラブルのあれこれである。麻之助は、自らにとっても他人事ではないだろうに、友の嫁取りに奔走している。そして、清十郎の縁談がこんなに周囲に影響を及ぼすものだということに改めて驚かされる。清十郎の亡き父の後添え・お由有の縁談、引いてはその子・幸太の行く末にまで。結局は清十郎も待ったなしで身を固めることになったわけだが、これからも悪友三人、清十郎の妻・お安にときには手綱を締められながら、江戸の町を飛び回るのだろうと想像が膨らむのである。次は麻之助の番だろうか。後を引くシリーズである。

BLOOD ARM*大倉崇裕

  • 2015/07/18(土) 07:34:43

BLOOD ARM
BLOOD ARM
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大倉崇裕
KADOKAWA/角川書店 (2015-05-30)
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ある山々に囲まれた地方の街で不可解な地震が頻発していた。ガソリンスタンドでアルバイトをしている沓沢の周りでは、奇妙な出来事が次々と起きていた。そして山へ向かった沓沢は、恐るべき現象に遭遇する。


なんというか、怪獣である。しかも壮大なスケール(?)の物語である。表面だけをみると特撮怪獣物語なのだが、その奥で行われている、世界的な規模での地球を守るという名目での隠ぺい工作に背筋が凍る思いである。怪獣はともかくとしても、現代にもありそうで疑心暗鬼に駆られる一冊である。

モダン*原田マハ

  • 2015/07/17(金) 12:55:17

モダン
モダン
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原田 マハ
文藝春秋
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ニューヨークの中心、マンハッタンに存在し、1920年代から「ザ・モダン」と呼ばれたモダンアートの殿堂。それが「MoMA」ニューヨーク近代美術館。近現代美術、工業デザインなどを収集し、20世紀以降の美術の発展と普及に多大な貢献をしてきたこの美術館を舞台に、そこにたずさわる人々に起きる5つの出来事を描いた自らの美術小説の原点にとりまくんだ美術小説短編集がついに刊行。

『楽園のカンヴァス』で、山本周五郎賞を受賞、本屋大賞三位を獲得した原田マハが、半年間勤務し、『楽園のカンヴァス』でも重要なモチーフとなった〈ルソー〉の「夢」も所蔵する「MoMA」が舞台。『楽園のカンヴァス』とは、世界観を共有し、その作中人物も登場。「新しい出口」は、マティスとビカソ、そしてある学芸員の友情と別れを描いた作品。そのほかにも、アメリカの国民的画家〈アンドリュー・ワイエス〉と〈フクシマ〉の原発事故について描く「中断された展覧会の記憶」、MoMAに現れる一風変わった訪問者にまつわる監視員の話「ロックフェラーギャラリーの幽霊」、初代館長アルフレッド・バーと、美しきMoMAの記憶を、インダストリアルデサイナーの視点から描いた「私の好きなマシン」、美術館に併設されたデザインストアのウィンドウにディスプレイされた日本に待つわるものについての意外なエピソードをつづった「あえてよかった」など、著者ならではの専門的かつ、わかりやすい視点で、芸術の面白さ、そして「MoMA」の背景と、その歴史、そして所蔵される作品群の魅力を、十二分に読者へと伝える待望の「美術館」小説集。


「中断された展覧会の記憶」 「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」 「私の好きなマシン」 「新しい出口」 「あえてよかった」

美術館が舞台であり、MoMAで働くさまざまな職種の人たちにスポットが当てられた短編集である。美術館の表舞台に出るのはもちろん作品であるが、その舞台裏ではたくさんの人々が尽力し、展覧会が開催されるまでには数多の折衝や個人的な葛藤もあり、そのまた裏には直接には関係のない個人的な事情が思いもしない影響を及ぼすこともあるのだという思いを新たにさせられる。どこにいても何をしていても、人は人だし、ひとりで生きていくことはできないのだとも思わされる一冊である。

動物珈琲店ブレーメンの事件簿*蒼井上鷹

  • 2015/07/15(水) 19:00:55

動物珈琲店(ペットカフェ)ブレーメンの事件簿 (実業之日本社文庫)
蒼井 上鷹
実業之日本社 (2015-06-04)
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平井瞳が営む喫茶店は家庭的な雰囲気を売りにしてきたが、ある事件をきっかけにペットも入れるように店の改装を決心、名前も一新することに。その名も“動物珈琲店ブレーメン”。店は常連たちが連れてくるペットで大賑わいとなるが、奇妙な事件もいっしょにやってきて…。ペットカフェを舞台に、犬も猫も大活躍のユーモアミステリー!


「犬が電話をかけてきた」 「この猫の名前はいくつある?」 「宗像さんの福の神」 「ノラが家出するわけがない」 「幕を引くには早すぎる」 「猫は秘密を嗅ぎつける」

タイトルを見ると、なんだか近頃よくある感じのほのぼのほっこり系のカフェミステリのようだが、そこは著者の作品である。もちろん動物は出てくるし、犬や猫がキーになってもいるし、彼らが解決に導いてくれることさえあり、この町の人たちを結びつけるほのぼのとした存在であったりもするのだが、そんな中に、ぴりっとブラックな要素が練りこまれていることがあって、ああやっぱり、と安心したりもするのである。ただのハートウォーミングでは終わらない。事件は、はっきり犯罪と言えるものもあれば、かなりシリアスなものもあり、くすっと笑ってしまうものもありで、バラエティに富んでいて愉しめる。ただ、動物に比べて人間のキャラクタがちょっぴり弱かった気がしなくもない。もっと読みたい一冊である。

春や春*森谷明子

  • 2015/07/13(月) 17:00:50

春や春
春や春
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森谷 明子
光文社
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須崎茜は私立藤ヶ丘女子高校に通う俳句好きの女の子。ある日、俳句に否定的な国語教師と授業で対立したことをきっかけに、俳句の趣味を理解してくれるトーコという友人ができる。2人は「俳句甲子園」を目指して俳句同好会を設立するが、出場に必要な人数は5人。メンバーを集めるため、茜とトーコは校内を駆け回る。俳句経験者の茜、切れ者のトーコ、書道有段者の真名、音感の鋭い理香、口達者な夏樹、情緒豊かな瑞穂…初めはばらばらだった6人の個性が“俳句バトル”で輝きを増す!少女たちの友情と成長がまばゆい、圧倒的青春小説!!


女子高校生6人が主役の爽やかな青春小説、なのだが、モチーフが俳句というのがユニークである。俳句甲子園を目指して、部員集めをするところから始まり、顧問を見つけ、同好会として認めてもらい、個性豊かなメンバーをまとめながら、初心者が俳句甲子園に出場できるまでにするのは並大抵の努力ではないと思われるが、上手い具合にメンバーそれぞれの個性が生かされて、苦労しながらも愉しそうな様子が微笑ましい。キャプテンの茜が会いたかった澗くんと会えたところで終わってしまったので、その後の物語も読んでみたい。続編があるといいな、という一冊である。

点をつなぐ*加藤千恵

  • 2015/07/10(金) 21:07:27

点をつなぐ
点をつなぐ
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加藤 千恵
角川春樹事務所
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28歳の滝口みのりは、コンビニチェーンでスイーツの商品開発に携わっている。大きなヒット商品を出したことは、まだない。慌ただしい年の瀬を乗り切り帰省したものの、父母や地元の友人との会話に、東京との距離を感じる。数年前から、恋人はいない。自分がその時々に選んできた「点」は、正解だったのだろうか……。東京、地元、進路、恋人、仕事、服、デートコース――さまざまなものを選び、選ばないで生きてきた、28歳のリアル。瑞々しい心情描写で注目を集める著者の真骨頂とも言える、待望の長篇小説。


北海道から東京に出てきて一応希望通りの仕事に就き、責任もやりがいも感じている29歳の女性が主人公である。充実していなくはないのだが、常にどちらかを選びつづけ、前へ進み続けなければならない日々に、ふとこれでいいのか、自分が選んできた道は間違ってはいなかったのか、と疑問を抱いたりもするのである。それでも、子どもの頃に好きだった遊び、点つなぎのように、選びつづけていればいつの日か意味のある形が浮かび上がってくるのだろうと信じることで、心に浮かぶ疑念を追い払う。帰省した折の地元の友人たちとの距離感、東京に帰ってきたときの疎外感。場所に、世代に、生き方に、自分の居場所を探す。それが正解かどうかはおそらく最期にふり返るときまで判らないのだろう。みのりの点つなぎを応援したくなる一冊である。

悪いものが、来ませんように*芦沢央

  • 2015/07/09(木) 20:48:00

悪いものが、来ませんように (単行本)
芦沢 央
角川書店
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かわいそうな子。この子は、母親を選べない―。ボランティア仲間の輪に入れない、子育て中の奈津子。たとえば、いますぐわたしに子どもができれば―。助産院の事務をしながら、不妊と夫の不実に悩む紗英。二人の異常なまでの密着が、運命を歪に変えてゆく。そして、紗英の夫が殺されて見つかった。女2人の、異常なまでの密着、歪な運命。気鋭の新人が放つ心理サスペンス!


またまた面白かった。置かれた境遇は違い、胸に抱える悩みや葛藤も違うが、互いに依存しすぎているような奈津子と紗英。そんな彼女たちが起こしたある事件。奈津子と紗英それぞれによって、そこに至るまでの日々や自らの想いを語られ、その間に挟みこまれるように、事件後にインタビューされたような形式で、かつての同級生や彼女らを知る人たちが、当時の彼女らのことを語る。大多数の読者は、小さな違和感を覚えつつも、奈津子と紗英の関係性を疑うことはないと思われるが、あるところで極さらっと真実が明かされ、途端にそれまで見えていたものががらっと姿を変える。そのぞくぞく感が堪らない。さらに視点の転換はそれだけでは終わらないのである。冒頭から興味に突き動かされるのだが、途中からは真実を知りたくてページを繰る手が止まらなくなる一冊である。

蜘蛛の糸*黒川博行

  • 2015/07/07(火) 16:34:20

蜘蛛の糸
蜘蛛の糸
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黒川博行
光文社
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彫刻家・遠野公彦。独身、四十二歳。頭髪と体型に少々の難あれど、相続資産あり。そんな遠野に巡ってきた、千載一遇のモテモテチャンス。だが、ひょんなミスをしたことが運の尽き。艱難辛苦、抱腹絶倒、めくるめく夜の迷走劇がはじまった―(表題作「蜘蛛の糸」)。他、しょうもなさ天井知らずの男たちを濃厚に描いた全七編。


こういうテイストだと判っていれば手に取らなかった一冊である。男の哀れな性が哀れさそのままに描かれている。大して女はみなしたたかで、男の下心など初めからお見通しなのが、辛うじて痛快とも言える。

今日からは、愛のひと*朱川湊人

  • 2015/07/05(日) 16:55:10

今日からは、愛のひと
朱川 湊人
光文社
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金ナシ職ナシ家族ナシ。助けた男は、悪魔に追われている元・天使!?
無職宿ナシの亀谷幸慈は、ある日、ギャルにカツアゲされていた青年を助け出す。
どうやら彼は記憶喪失で、元・天使。さっきのギャルは悪魔であるらしい。
関わりたくない相手だったが、ひょんなことから行動をともにすることに……。


金ナシ職ナシ家族ナシの亀谷幸慈。そんな絶望的な状況で、偶然暴行されているところに通りかかって助けた男は、記憶喪失の天使だった。それから一風変わった、だがなにやら幸せな日々が始まったのだった。幸慈たちが暮らすことになった八王子の猫の森という一軒家の主は、シメ子というバイシュンフで、そこではひと癖もふた癖もある面々が共同生活をしている。過去のことは詮索しない、とか朝ドラが終わるまでには起きること、などといういくつかのきまりを守ればとても快適な猫の森。だがしかし、そんなに簡単に家族やしあわせが手に入るはずはなかったのである。実は幸慈を含めて彼らにはそれぞれ過酷な過去があったのだった。あたたかくて残酷で、それでも人間の善性を信じずにはいられなくなるような一冊である。

太陽は動かない*吉田修一

  • 2015/07/03(金) 13:23:23

太陽は動かない
太陽は動かない
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吉田 修一
幻冬舎
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新油田開発利権争いの渦中で起きた射殺事件。AN通信の鷹野一彦は、部下の田岡と共に、その背後関係を探っていた。商売敵のデイビッド・キムと、謎の美女AYAKOが暗躍し、ウイグルの反政府組織による爆破計画の噂もあるなか、田岡が何者かに拉致された…。いったい何が起きているのか。陰で糸引く黒幕の正体は?それぞれの思惑が水面下で絡み合う、目に見えない攻防戦。謀略、誘惑、疑念、野心、裏切り、そして迫るタイムリミット―。


スパイ物と知って読み始めたのだが、苦手な分野でもあり、入り込むまでにはやや時間を要した。だが、物語に動きが出てくると、展開に目が離せなくなり、後半はあっという間に読み切った感がある。鷹野らが諜報員になった経緯や、国会議員の一回生・五十嵐が大きすぎる動きに巻き込まれていく様子、味方なのか敵なのか読み切れないスリル。そして何より登場人物それぞれのキャラクタが、ありがちながら絶妙で惹かれてしまう。映像向きの一冊でもあると思う。

罪の余白*芦沢央

  • 2015/07/01(水) 07:09:18

罪の余白
罪の余白
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芦沢 央
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高校のベランダから転落した加奈の死を、父親の安藤は受け止められずにいた。娘は、なぜ死んだのか。自分を責める日々を送っていた安藤の前に、加奈のクラスメートだった少女が現れる。彼女の協力で娘の悩みを知ったとき、待っていた現実とは―。大切な人の命を奪われたとき、あなたはどんな償いを求めますか。第3回野性時代フロンティア文学賞受賞作。


やはりこの著者の作風とは相性がいいようである。陰湿ないじめによって同級生を死に追いやってしまった女子高校生たちと、突然娘を喪った父親に焦点が当てられている。女子高校生たちの仲がよさそうに見えるその裏側での日々の闘いの凄まじさは、日常的であるゆえに残酷さを増し、彼女たちの心の動きがリアルに感じられる。父親の苦悩と狂気に想いを致すと、身悶えするほどの痛みと虚しさに浸される。美しくも残酷な魚ベタや、父親の同僚であるアスペルガー症候群の女性の存在がもっと効果的に生かされればよかったとは思うものの、本筋の静かな力強さが損なわれるものではないと思う。誰もしあわせにならない物語ではあるが、とても興味深い一冊だった。