夏の雷音*堂場瞬一

  • 2015/08/30(日) 16:35:58

夏の雷音
夏の雷音
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堂場 瞬一
小学館
売り上げランキング: 53,195

神保町の楽器店から消えた1億2000万円のヴィンテージギター。それはアメリカの伝説のミュージシャンが所有していたものだった。オークションで落札した楽器店主は謎の死を遂げるが…。生まれも育ちも神保町の大学准教授・吾妻幹は事件を追い始めるが、愛する街で起きた殺人事件は思いも寄らぬ展開を見せ始めていく。実在する食の名店も多数登場。一気読み必至の神保町ミステリー。


ギターのことはまったく判らないが、オークションで1億2000万円で競り落としたのが、後輩の楽器店店主・安田で、しかもそれが盗まれたと知って、明央大学准教授の吾妻幹(あずま かん)は、ギター探しに協力することになる。そんな矢先に安田が殺され、吾妻はヴィンテージギターにまつわる裏の動きを調べる羽目になるのである。神保町とギターに馴染みのある人にとっては、はらはらどきどきにわくわくも加わって何倍も愉しめそうだが、どちらにも親しんでいないわたしとしては、個人的にはさほどのめり込めはしなかったというのが正直なところである。吾妻先生と父親との今後の関係には興味があるので、吾妻先生のこれからは少し見てみたいと思わされる一冊だった。

抱く女*桐野夏生

  • 2015/08/29(土) 14:16:16

抱く女
抱く女
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桐野 夏生
新潮社
売り上げランキング: 8,454

この主人公は、私自身だ――。1972年、吉祥寺、ジャズ喫茶、学生運動、恋愛。「抱かれる女から抱く女へ」と叫ばれ、あさま山荘事件が起き、不穏な風が吹く七〇年代。二十歳の女子大生・直子は、社会に傷つき反発しながらも、ウーマンリブや学生運動には違和感を覚えていた。必死に自分の居場所を求める彼女は、やがて初めての恋愛に狂おしくのめり込んでいく――。揺れ動く時代に切実に生きる女性の姿を描く、永遠の青春小説。


高野悦子氏の『二十歳の原点』と同じ空気が重たく流れている(考えていることはまったく違うとしても)。その時代に生きていなければわからない時代そのものの空気なのだろうが、この空気の中で学生時代を過ごさなくて済んで幸運だった。訳知り顔で何かに倦んだような怠惰さを身にまとい、自堕落を絵に描いたような日々を送る学生たち。自分たちの未熟さを微塵も解っていないのが――時代の風潮だとしても――鼻につく。読んでいる間中、胸のなかが澱んでいて息苦しいほどだった。ただ、そのころと現在とで何かが変わったかと問われると、形は違えど本質は何も変わっていないような気もして憂鬱になる。別世界に逃げ出したくなるような一冊だった。

アイネクライネナハトムジーク*伊坂幸太郎

  • 2015/08/27(木) 16:37:12

アイネクライネナハトムジーク
伊坂 幸太郎
幻冬舎
売り上げランキング: 19,045

ここにヒーローはいない。さあ、君の出番だ。奥さんに愛想を尽かされたサラリーマン、他力本願で恋をしようとする青年、元いじめっこへの復讐を企てるOL…。情けないけど、愛おしい。そんな登場人物たちが作り出す、数々のサプライズ。


あとがきに書かれているように、初めの二編は、斉藤和義さんに「恋愛をテーマにしたアルバムを作るので、『出会い』にあたる曲の歌詞を書いてくれないか」と頼まれたのがきっかけだそうである。恋愛ものには興味のなかった著者だが、斉藤和義さんのファンだったので、引き受けることにしたのだとか。なので、このところの著者の作風とはいささか異なった物語になっている。だが当然伊坂さんである。主題が恋愛に関するあれこれだとしても、てんでに散らばっているように見えるパズルのピースを、最後にはきっちりしかるべきところにはめ込んで見せてくれるのである。場所を、時を、自在に行き来しながら、ある時は親子、またある時はかつての同級生、という風に、登場人物が次々と繋がっていくのは、見ていてぞくぞくする。そして油断していた最後の最後にまで、こんな人物が、と思わせる人がピースのひとつになっていて興奮する。恋愛に留まらず、広く愛と、そして勇気の物語と言っても間違いではないと思われる一冊である。

冥途あり*長野まゆみ

  • 2015/08/25(火) 18:47:19

冥途あり
冥途あり
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長野 まゆみ
講談社
売り上げランキング: 28,474

川辺の下町、東京・三河島。そこに生まれた父の生涯は、ゆるやかな川の流れのようにつつましくおだやかだった―。そう信じていたが、じつは思わぬ蛇行を繰り返していたのだった。亡くなってから意外な横顔に触れた娘は、あらためて父の生き方に思いを馳せるが…。遠ざかる昭和の原風景とともに描き出すある家族の物語。


「冥途あり」 「まるせい湯」

「冥途あり」は、思い出語りをしているように家族や親類とのあれこれが淡々と綴られ、まるでエッセイのような印象である。生きている間に知ることのなかった父親の姿が、懐かしい昭和の風物とともに立ち上がってくる。記憶にある出来事のひとコマの背後に在った事々が、不思議な感慨とともに明らかにされ、さまざまなことが腑に落ちたりもするのである。それに比べて「まるせい湯」は、ペテン師の素質がありそうな双子の従兄弟のせいもあり、どこまでが真実で、どこからが作り事なのか、従兄弟の話を聴きながらも定かではない。その証が立てられないとらえどころのないもどかしさで、夢の中にいるような不思議な心地にさせられる。見たこともない家族の末席にいつの間にか連なっているような心地の一冊である。

怪獣の夏 はるかな星へ*小路幸也

  • 2015/08/24(月) 18:31:07

怪獣の夏 はるかな星へ (単行本)
小路 幸也
筑摩書房
売り上げランキング: 303,206

人気作家、初の怪獣小説。1970年夏、子供たちが体験する奇妙な出来事。謎の機械人間や怪獣が次々と町を襲う。そして公害に汚れた地球を救うのはだれか?


児童書のような趣の物語である。現在のように環境問題に配慮することがなかった時代。工場はその排水を平気で川に流し、川はヘドロと有毒ガスにまみれていた。このままでいいはずがないと判っていながら、当事者たちは目を瞑っていた。そんな時代の哀しくあたたかい物語である。なにしろ怪獣物語なので、設定が突拍子もないのは承知の上である。だがそれを於いても、子どもたちの純粋さと、家族や地球や未来を想い、夢見る力の輝かしさは、まさに光である。そしてそれを見守る心ある大人のまなざしは、彼らになによりも力を与えるのである。異星人がはるか昔から地球人に紛れ込んでいるという説は、子どもの頃よく想像したので、個人的には無理なく受け入れられた。夏休みに読むのにぴったりな一冊である。

遠い夏、ぼくらは見ていた*平山瑞穂

  • 2015/08/23(日) 17:02:34

遠い夏、ぼくらは見ていた (幻冬舎文庫)
平山 瑞穂
幻冬舎 (2014-10-09)
売り上げランキング: 372,145

十五年前の夏のキャンプに参加した二十七歳の五人がキャンプ主催者の遺言執行人に集められた。当時ある行為をした者に遺産三十一億円を贈ると告げられる。行為の内容は伏せられたまま、五人にはキャンプの詳細を思い出すことが課せられた。莫大な金への欲に翻弄されながら、各々が遠い夏の日を手繰り寄せる……。人の記憶の暗部に迫るミステリー。


『偽憶』を加筆・修正し、改題したもの。文庫版のタイトルの方が、読みたい欲求をそそられる。同じ場所にいても同じものを見ているとは限らず、たとえ同じものを見ていたとしても同じように感じるとは限らない。そして、人の記憶というものは、時を経るにしたがって、自分の都合のいいようにどうにでも変えることができるのである。たとえそれが無意識だとしても。小学六年の夏に母親に薦められて参加したキャンプ。それから十五年が経って、降って湧いたような莫大な遺産話。その後亡くなった一人を除く五人の男女は、その後の生き方も現在の状況もさまざまであり、受け止め方もそれぞれであるが、なんとかそのときのことを思い出そうとする。その中で、初めは存在さえも忘れていた、故人となった志村広弥の様子が意味ありげに思い出されるのだった。遺産話の真偽は、途中の会話の中のひと言で、疑いが濃くなるが、何のための企てなのかが明らかになったとき、それまでの伏線が一本の道筋を照らし出す。と思ったのだが、それからまた展開があり、さらに人の記憶の不確かさに驚かされることになる。ラストは予想しなかったが、救われる心地がする。中盤から俄然目が離せなくなる一冊だった。

アノニマス・コール*薬丸岳

  • 2015/08/22(土) 17:03:54

アノニマス・コール
アノニマス・コール
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薬丸 岳
KADOKAWA/角川書店 (2015-06-27)
売り上げランキング: 14,064

3年前のある事件が原因で警察を辞めた真志は、妻の奈緒美と離婚、娘の梓と別居し、自暴自棄な生活を送っていた。ある日、真志の携帯に無言電話がかかってくる。胸騒ぎがして真志が奈緒美に連絡すると、梓は行方不明になっていた。やがて、娘の誘拐を告げる匿名電話があり、誘拐事件は真志がすべてを失った過去の事件へつながっていく。一方、真志を信じられない奈緒美は、娘を救うため独自に真相を探り始め―。予想を裏切る展開の連続と、胸を熱くする感涙の結末。社会派ミステリの旗手による超弩級エンタテインメント!!作家生活10周年記念作品。


始まりは、奈緒美の別れた夫で元警察官の・真志(しんじ)の携帯にかかってきた一本の電話だった。酔っていたので定かではないが、女の子の声で「お父さん」と聞こえたような気がして、奈緒美に確認があったのだった。娘の梓は、友だちとその母親とディズニーランドに行っているはずだったが、確認すると、熱が出ていけなくなったとメールがあって一緒ではないという。その後、身代金を要求する電話がかかり、誘拐事件になるのである。別れた夫を信じきれない奈緒美と、彼女に明かしていない、真志が警察を辞めたいきさつにより、すべてを言えないジレンマが相まって、もどかしいやり取りが続き、その間にも事件は容赦なく進んでいく。警察を信じるなという真志の言葉をどう受け取ればいいのか。誰を信じ、何を頼って行動すればいいのか。真犯人は一体誰なのか。ハラハラドキドキは止まらないが、最後に明らかになった真犯人を憎み切れないのがさらにやり切れないところである。一連の事件はきっちり解決するのだろうか。もどかしさと憤りを覚える一冊である。

掲載禁止*長江俊和

  • 2015/08/20(木) 09:34:40

掲載禁止
掲載禁止
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長江 俊和
新潮社
売り上げランキング: 7,157

とびきりの謎、五連発、最凶の「禁止フェスティバル」開宴! しかも、切れ味は本格派! 熱狂的なカルトを生んだ深夜番組「放送禁止」。読書界の度肝を抜いた『出版禁止』。「禁止」界日本代表、長江俊和が放つ待望の最新作、いよいよ刊行! 人間が「死ぬ瞬間」を目撃させるツアー、歪んだ愛が誘う天井裏の悪魔、完全犯罪の遂行者だけが知る真実――。期待を裏切らない恐怖と驚愕がみっしり詰まった作品集!


表題作のほか、「原罪SHOW」 「マンションサイコ」 「杜の囚人」 「斯して、完全犯罪は遂行された」

それぞれ常識では考えづらいことが目の前で繰り広げられていて、おぞましさを禁じ得ないのだが、ラストで視点が変わると、がらりと様相を変え、さらに深みにはまっていく印象である。どれをとっても後味が悪い一冊である。

世直し小町りんりん*西條奈加

  • 2015/08/18(火) 18:32:26

世直し小町りんりん (講談社文庫)
西條 奈加
講談社 (2015-05-15)
売り上げランキング: 29,529

長唄の師匠であるお蝶は三味線の腕前と美声で気性も粋な弁天との評判。お蝶の兄嫁の沙十はたおやかな色白美人で観音のたたずまい。人呼んで“弁天観音”美人姉妹は、頼まれ事を抜群の機知で解決していく。にぎやかな日々の裏で、お蝶を狙う影が大きく動き始める。凛とした痛快時代小説。


出自も気性も正反対のような義姉妹・沙十とお蝶を主人公にした痛快世直し物語。身近なことから大きな企みまで、目のつけどころと度胸と腕で、気持ち好いほど鮮やかに決着をつけてくれる。周りを固める男性陣もなかなかな個性派ぞろい。それこそ身分も立場も全く違えど、お蝶を守るためなら何事も厭わない。だが……。そんな彼らを疑わなければならない事態になり、疑心暗鬼は募るばかり。しかも身に危険も降りかかる始末。誰が味方か誰が敵か。最後までハラハラドキドキさせられる一冊である。

兄と弟、あるいは書物と燃える石*長野まゆみ

  • 2015/08/16(日) 06:56:46

兄と弟、あるいは書物と燃える石
長野まゆみ
大和書房
売り上げランキング: 54,848

その家とその本は、何を隠しているのか──?猫の住む家に集う人々とカルト的人気の小説を幾重にも取り巻く甘美な罠。謎に満ちた物語。


読みはじめ、中盤、終盤と、開くページによって全く様相が変わってしまう物語である。物語は大きな一本の樹ではあるのだが、枝葉はまったく別の顔をしている。プレゼントをもらってリボンを解き、箱を開けるとまたそこには少し小さな別の箱があり、それはそれでとてもきれいで、手にとって開けるとまたその中には別の箱が……、というくらくらするような心地になる。ひとつの事実を知るたびに、頭の中を整理し、新たな筋道を探ろうとするのだが、次の角を曲がると予想もしなかったことが待っている。一体誰が実存で、誰が虚構なのか。そもそもどれが事実でどれが妄想なのか。考えれば考えるほどわからなくなるのだが、とても静かで穏やかな一冊でもあるのが不思議である。

ミリオンセラーガール*里見蘭

  • 2015/08/15(土) 18:30:36

ミリオンセラーガール
里見 蘭
中央公論新社
売り上げランキング: 523,056

彼氏にはフラれ、アパレルショップはクビになった沙智。心機一転、ファッション誌の編集者を目指して出版社へ転職するが、配属されたのは、書店営業を行う販売促進部だった。しかも、初版1万部にも満たない無名作家の小説を『ミリオンセラーにせよ』との特命まで課せられた!営業、編集、取次、そして書店員をも巻き込んで、沙智は次第に火をつけていくが…。


何もかもうまくいかずに落ち込んでいる正岡沙智が、心機一転出版社に転職し、憧れの編集部ではなく、不本意な販売促進部に配属されてやる気をなくすが、そこから這い上がって周りの人たちにも助けられて成長するというお仕事サクセス物語である。沙智の職場は出版社だが、書店の事情や、配本の仕組みなど、本が流通する仕組みの解説書のような趣もあり、その大変さはよくわかるものの、その辺りにやや説明じみた印象を受けなくもない。登場人物は、出版社の社長をはじめとして個性派ぞろいで、この人たちと円満に付き合っていくのはさぞ苦労するだろうと思わされるが、ひとたび目的意識が一致したときのパワーはものすごいものがある。物語の展開は定番的で、完全に予想の範囲内ではあるが、それがまたいいところかもしれない。沙智の奮闘記、ライバル出版社の有森さんとの絡みなど、続きが読みたい一冊である。

「ワタクシハ」*羽田圭介

  • 2015/08/13(木) 18:32:45

「ワタクシハ」
「ワタクシハ」
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羽田 圭介
講談社
売り上げランキング: 261,605

人生賭けたい夢がある。でも、内定は欲しい。かつて、高校生でギタリストデビューを果たした山木太郎。しかし栄光も束の間、バンドは解散。すっかり燻り、大学三年の秋を迎えた太郎の周囲は「シューカツ」に向けて慌しく動き出していた。その“一発逆転システム”に魅せられ、就活戦線に身を投じる決意をする太郎。「元有名人」枠で楽々内定を勝ち取れると思っていたのだが―。就職氷河期「以下」の今に問いかける、書き下ろし最新長篇。


17歳でギタリストとしての腕を見出されてデビューし、一時世間を騒がせた山木太郎が主人公の大学生活後半物語である。大学三年にして、早くも過去の栄光にしがみついているとも言える現状は、客観的に見れば、学生にもギタリストにもなり切れないどっちつかずにしか見えない。同級生たちが黒づくめで奔走する就活も、初めは横目で見ているだけだったが、人生勉強と自分に言い訳しつつ、ある意味甘く見て臨むのだったが……。就活に向き合うことが自分と向き合うことになり、恋人や友人たちと向き合うことにもなり、少しずつ成長していく姿は、応援したくもなるのだが、就活の在り方自体に対する疑問や不信感は増すばかりである。自分の人生を掴み取るために奔走する学生たちの賢明さは評価しながらも、(言い過ぎかもしれないが)どこか滑稽にも見えてしまうのはわたしだけだろうか。大学の存在意義までも考えさせられてしまう。ラストの後日譚があまりに平穏なのも、ちょっとなぁ、という感じである。いろいろ考えさせられる一冊であったことは間違いない。

女王はかえらない*降田天

  • 2015/08/13(木) 13:07:57

女王はかえらない (「このミス」大賞シリーズ)
降田 天
宝島社
売り上げランキング: 48,028

片田舎の小学校に、東京から美しい転校生・エリカがやってきた。エリカは、クラスの“女王”として君臨していたマキの座を脅かすようになり、クラスメイトを巻き込んで、教室内で激しい権力闘争を引き起こす。スクール・カーストのバランスは崩れ、物語は背筋も凍る、まさかの展開に―。二度読み必至!伏線の張りめぐらされた学園ミステリー。2015年第13回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。


小学校のひとクラスが舞台の物語。女子のボス・マキとその取り巻き、というわかりやすい構図で、クラスの上下関係が描かれるのかと思いきや、東京からの転校生・エリカの登場で、俄かに混戦模様に。そこここにトリックが仕掛けられ、ちょっと油断するとあっという間に罠にかかってしまい、気づいたときにはすっかりとりこまれているという寸法である。ここまで似通ったネーミングの偶然にはいささか苦笑してしまうものの、わかってみればなるほど、とうなずけることばかりである。しかし描かれていること自体は空恐ろしい。クラスが唯一の世界だった小学生だからこその思考回路の短絡さにめまいがする思いである。映像化にはまるで向かない一冊である。

踊り子と探偵とパリを*小路幸也

  • 2015/08/12(水) 13:01:37

踊り子と探偵とパリを
小路 幸也
文藝春秋
売り上げランキング: 263,326

きらめく恋とのろわれた宝石。“ディープ・レッド・ハート”またの名を“永遠の淑女”。美しいときに手に入れれば、美しさを永遠に残したままに死んでいく。魅惑の、赤いダイヤモンド。1920年代のパリを舞台に、燃える焔を瞳に宿した美貌の踊り子と作家志望の英国青年ユージンそして米国人探偵マークが、伝説の宝石をめぐり、華麗な冒険を繰りひろげる。


華やかなパリを舞台に繰り広げられる探偵物語であり、恋物語であり、友情物語である。パリの路地裏、ホテルの地下室に暮らしながら小説家を目指すユージン。ある日裏路地で襲われたところを助けられたのがマークとの出会いである。その日からユージンはめくるめく出来事の主役になるのだった。それから60年経って年老いたユージンがしたためる、物語の前文から本作ははじまり、60年前の日々へと戻っていくのである。はらはらどきどきしながらユージンと仲間たちとの活劇を愉しみ、ほっとしながらも寂しさを感じていると、どこからが現実でどこまでが物語なのか、境界線が曖昧になる。いまはいつなのか、ほんとうにいたのは誰だったのか。懐かしくて切なく、じんわり熱い一冊である。

勁草*黒川博行

  • 2015/08/11(火) 07:06:18

勁草 (文芸書)
勁草 (文芸書)
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黒川 博行
徳間書店
売り上げランキング: 10,168

橋岡は「名簿屋」の高城に雇われていた。名簿屋とはオレオレ詐欺の標的リストを作る裏稼業だ。橋岡は被害者から金を受け取る「受け子」の手配も任されていた。騙し取った金の大半は高城に入る仕組みで、銀行口座には金がうなっているのだ。賭場で借金をつくった橋岡と矢代は高城に金の融通を迫るが…。一方で大阪府警特殊詐欺班の刑事たちも捜査に動き出していた。最新犯罪の手口を描き尽くす問題作!直木賞作家、迫真の犯罪サスペンス。


オレオレ詐欺を題材にした物語である。人はどうやってオレオレ詐欺の掛け子(ターゲットに電話をする役)や受け子(お金を受け取る役)になり、ずぶずぶと深みにはまっていくのかが、目の前で見ているようによく判って恐ろしい。そして、ターゲットが、どんな風にはまり込んで被害者になっていくのかも手に取るようにわかって空恐ろしくなる。もう誰に何を聞かれても、何も答えたくない。さらには、尻尾を掴まれないようにどんどん巧みになる手口から、大元の逮捕を目指して地道に歩き回り、可能性をつぶしていく警察の捜査の苦労もよく判る。そんなドキュメンタリーのような出来事のなかで、登場人物たちのキャラクタがいい。詐欺を働く側も、それを追いつめる側も、どちらも人間であり、それぞれに人生があるのが見て取れて、興味深い。ラストはそれまでのハラハラ感からすると、えっ?と思うような展開ではあるが、それ故読者が橋岡の行く末を想像する余地もある。興味深い一冊だった。

海色の壜*田丸雅智

  • 2015/08/10(月) 06:54:56

海色の壜
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田丸雅智
出版芸術社
売り上げランキング: 39,312

新世代ショートショート作家の旗手、単行本2弾!奇想天外な20編。


実にさまざまなテイストの掌編たちである。物語は長さではない。ひとつずつはあっという間に読めてしまうが、そこにはどこまでも広がる世界が詰まっているのだ。しかもラストには、何かを期待させてくれるささやかな夢がある。つい自分の身の周りを見回してしまいそうになる親しさと、夢のような荒唐無稽さが同居しているような、愉しい読書タイムだった。次はどんな世界が開けるのだろうかと、一篇を読み終えるたびにわくわくする一冊である。

森は知っている*吉田修一

  • 2015/08/09(日) 13:41:44

森は知っている
森は知っている
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吉田 修一
幻冬舎
売り上げランキング: 37,230

自分以外の人間は誰も信じるな―子供の頃からそう言われ続けて育てられた。しかし、その言葉には、まだ逃げ道がある。たった一人、自分だけは信じていいのだ。ささやかでも確かな“希望”を明日へと繋ぐ傑作長篇!


『太陽は動かない』で非情な産業スパイとして働いた鷹野が、17歳の頃の物語である。スパイ小説は得意な方ではないが、そこに至る鷹野の事情や、ある意味それに付け入る大人たちの都合、そしてそんな中でも鷹野や同じような境遇の少年たちを気遣い見守るまなざしの物語は、胸に迫るものがある。AN通信に保護されてから、18歳になるまでの鷹野や柳は、深奥に苦しい思いを抱えているとは言うものの、実に少年らしく光り輝く日々を送っていた。それを目にすることができたのは救いと言えると思う。だが、今後のことを思うと地団太を踏みたくなるような一冊でもある。

あなたが消えた夜に*中村文則

  • 2015/08/08(土) 07:13:55

あなたが消えた夜に
あなたが消えた夜に
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中村文則
毎日新聞出版
売り上げランキング: 9,734

ある町で突如発生した連続通り魔殺人事件。所轄の刑事・中島と捜査一課の女刑事・小橋は“コートの男”を追う。しかし事件は、さらなる悲劇の序章に過ぎなかった。“コートの男”とは何者か。誰が、何のために人を殺すのか。翻弄される男女の運命。神にも愛にも見捨てられた人間を、人は救うことができるのか。人間存在を揺るがす驚愕のミステリー!


市高署の中年刑事・中島と警視庁捜査一課から来た若い女刑事・小橋のコンビが連続通り魔事件を追う警察小説なのだが、それだけでは語れない、一筋縄ではいかない捻じれた心模様や抑圧された欲望や、捌け口を求めてのたうち回る鬱屈が、(追う側にも追われる側にも)根底に流れているので、読んでいて息苦しくなるほどである。偶然と作為と意志によって、一連の(と扱われている)事件は複雑な様相を見せるが、その実、わかってみれば、歪んだ愛の裏返しとも言えるように思われる。捜査一課の女刑事・小橋さんのキャラが唯一救いになっているようでもある。読後はどんよりとした気分になるが、このコンビのその後はちょっと見てみたいと思わせる一冊でもある。

ブラック・ベルベット*恩田陸

  • 2015/08/05(水) 17:12:53

ブラック・ベルベット
恩田 陸
双葉社
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東西文化の交差点・T共和国。この国で見つかった、全身に黒い苔の生えた死体。入国後に消息を絶った、気鋭の女性科学者。ふたつを結びつけるのは、想像の域を遙かに超えたある事実だった―


『MAZE』 『クレオパトラの夢』に続く、神原恵弥シリーズの三作目。今回の舞台はT共和国である(イスタンブールと都市名を出しているのに……)。独特の異国情緒あふれた舞台設定と、謎の死の病、そして友人に依頼された人探しとその当人の死。そして、かつての高校の同級生三人が顔を合わせるという偶然(?)まで。謎の要素が冒頭から矢継ぎ早に並べられ、どこへ連れていかれるのかいささか不安になる。誰が味方で誰が敵か、ほんとうの目的は何なのか。恵弥の夢見と現実が出会ったとき、するすると絡まりが解けて道筋が見えてくるのである。スリリングでありながら、どこか物憂い雰囲気も漂う一冊である。

悪声*いしいしんじ

  • 2015/08/04(火) 16:50:53

悪声
悪声
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いしい しんじ
文藝春秋
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「ええ声」を持つ少年はいかにして「悪声」となったのか―ほとばしるイメージ、疾走するストーリー。物語の名手が一切のリミッターを外して書き下ろした問題作。


第一章 「ぶっしょうじ」縁起  第二章 アムステルダムの父親  第三章 方舟教会ライブ  第四章 球体

廃寺の緑の苔の上で泣き声を上げ、荒れ果てた堂宇から現れた女の左の乳を呑んでいた赤子・<なにか>は、近所の農夫の養子になって成長するが、中学の時音楽の女教師に歌の素質を見出される。だがそれは単なる歌の巧さということではなく、聴く人の細胞に沁み渡るような声の質、とでもいうようなものなのである。<なにか>は成長とともにさまざまな人と出会い、いろいろな経験をするのだが、最後まで読むと、すべて夢の中のできごとだったのだと言われても決して驚かないのである。ここにいてここにいない。ここにいるのにどこにでもいる。壮大で矮小であり、外であり内である。不思議な旅の物語のような一冊である。

お奉行様の土俵入り--鍋奉行犯科帳*田中啓文

  • 2015/08/02(日) 16:40:02

お奉行様の土俵入り (集英社文庫)
田中 啓文
集英社 (2015-05-20)
売り上げランキング: 106,704

町奉行職をほったらかして、稽古後の飲み食い目当てで相撲部屋に入りびたる大邉久右衛門。いつものように力士もあきれるほどの食べっぷりを披露している最中、食うや食わずの弱小部屋の関取が侍に襲われたという報を耳にする。折しも難波新地では花相撲興行を控えており、なにか裏があるようなのだが―(「餅屋問答」)。豪快に食べまくる3編を収録した満腹絶倒の痛快時代小説、シリーズ第5弾!


第一話「餅屋問答」  第二話「なんきん忠臣蔵」  第三話「鯉のゆくえ」  

大邉久右衛門、相変わらずよく食べよく飲み、よく食べたがっている。だが、そのことで無理難題を吹っ掛けるというよりも、それが人助けや町の治安維持に貢献していると言った趣になっている。仕事を怠けて食べてばかりいるように見えて、その実結構いい仕事をしている(こともある)のである。周りの者たちも、なんだかんだ言いながら、役得に預かっているとも言え、苦労も絶えないが楽しそうな職場だなぁ、などと思ってしまう。次回は何を食べどんな粋な計らいをしてくれるのか愉しみなシリーズである。