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朝が来る*辻村深月

  • 2015/09/30(水) 16:40:01

朝が来る
朝が来る
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辻村 深月
文藝春秋
売り上げランキング: 6,145

「子どもを、返してほしいんです」親子三人で穏やかに暮らす栗原家に、ある朝かかってきた一本の電話。電話口の女が口にした「片倉ひかり」は、だが、確かに息子の産みの母の名だった…。子を産めなかった者、子を手放さなければならなかった者、両者の葛藤と人生を丹念に描いた、感動長篇。


栗原夫妻の物語から始まる。結婚し、子を望んでも叶わず、辛い不妊治療を途中で断念し、子どもがいない人生を考え始めたところに、特別養子縁組という制度を知り、産んだが育てることが叶わない母から生後間もない赤ん坊を引き取って実子として育てることを選ぶ。子どもやその親とのちょっとしたトラブルも含め、しあわせに暮らしている栗原家にあるときからかかるようになった無言電話。その先にいたのは、息子・朝斗の生みの親・片倉ひかりだった。その先は、ひかりが子を産み、養子に出し、その後どんな風に生きてきたかが描かれる。ひかりが出産したのは中学生のときであり、栗原家に電話をしたのは二十歳のときなのだが、その六年は、読むのが辛くなるものである。とは言え、あまりにも無知で無防備で後先を考えない行動の結果であることを考えると、同情するばかりでもいられない。結局は行いは自分に返って来るのだろうとも思う。ラストの栗原家の対応は大人すぎる気がしなくもないが、それで朝斗もひかりも救われたに違いない。やるせなさもどかしさとともに、人のあたたかさが胸を打つ一冊である。

誓約*薬丸岳

  • 2015/09/29(火) 16:46:52

誓約
誓約
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薬丸 岳
幻冬舎
売り上げランキング: 56,461

一度罪を犯したら、人はやり直すことはできないのだろうかーー。罪とは何か、償いとは何かを問いかける究極の長編ミステリー。
捨てたはずの過去から届いた一通の手紙が、
封印した私の記憶を甦らせるーー。十五年前、アルバイト先の客だった落合に誘われ、レストランバーの共同経営者となった向井。信用できる相棒と築き上げた自分の城。愛する妻と娘との、つつましくも穏やかな生活。だが、一通の手紙が、かつて封印した記憶を甦らせようとしていた。「あの男たちは刑務所から出ています」。便箋には、それだけが書かれていた。


捨てたはずの過去をネタに、人生をやり直すきっかけになった人物との約束を果たせと脅され、妻と娘を実質的な人質に取られたような形で翻弄される主人公・向井(高藤)の姿には、つい同情してしまいそうになるが、実際のところ、過去に自分で犯した罪の数々に対する償いは充分とは言えず、自分と大切な家族を守るために逃げているだけのような印象も受けてしまうのがいささか残念ではある。しっかり過去の罪を償ったうえでの不可抗力で逃げることになったのならば、思い入れもまた違ったものになったかもしれない。それを於けば、真の脅迫者の存在はとても巧妙に隠され、種明かしされるまでわからなかったし、周到に準備された復讐劇の原因にも同情すべき点があって、切なくなる。全体としては、はらはらどきどきが止まらない一冊だった。

悲素*帚木蓬生

  • 2015/09/27(日) 16:40:56

悲素
悲素
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帚木 蓬生
新潮社
売り上げランキング: 37,480

悲劇は、夏祭りから始まった―。多くの犠牲者を出した砒素中毒事件。地元刑事の要請を受け、ひとりの医師が、九州から和歌山へと向かった。医師と刑事たちは地を這うように、真実へと近づいていくが―。現役医師の著者にしか描きえない、「鎮魂」と「怒り」に満ちた医学ミステリーの最高峰!


まるでノンフィクションのような小説である。丁寧に取材され、おそらく限りなく事実に忠実な形に仕上げられているのだと思われる。読みながら、事件当時毎日のようにテレビ画面から見せつけられていた挑発的な態度がまざまざと思い出された。そしてその裏に、これほど真剣に、自らの時間を捧げるようにして、診察し、検証し、捜査する人々がいたことに改めて思いを致すのである。個人が起こしたとは思えないほどの被害者の数とその後も続く苦しみを思うと、忘れてはいけない事件だと改めて思う。周到なようで杜撰でもあり、事実は小説よりも奇なりを地で行くような事件でもある。息詰まるような緊張感とやり切れなさ、そして感謝の気持ちに満たされた一冊である。

ジャイロスコープ*伊坂幸太郎

  • 2015/09/25(金) 18:44:10

ジャイロスコープ (新潮文庫)
伊坂 幸太郎
新潮社 (2015-06-26)
売り上げランキング: 3,700

助言あり〼(ます)――。スーパーの駐車場で“相談屋”を営む稲垣さんの下で働くことになった浜田青年。人々のささいな相談事が、驚愕の結末に繋がる「浜田青年ホントスカ」。バスジャック事件を巡る“もし、あの時……”を描く「if」。文学的挑戦を孕んだ「ギア」。洒脱な会話、軽快な文体、そして独特のユーモアが詰まった七つの伊坂ワールド。書下ろし短編「後ろの声がうるさい」収録。


意外性も含めて著者らしさが詰まった短編集だと思う。いつもながらに読者を喜ばせるリンクもちゃんとあり、クスリとさせられたりもする。冒頭に置かれた辞書の「ジャイロスコープ」の項を模した意味解説も遊び心に富んでいてうれしくなる。難解さ、堂々巡り、繋がり、すべて含めて伊坂流といった趣の一冊である。

幸せになりやがれ*雪舟えま

  • 2015/09/24(木) 06:49:48

幸せになりやがれ
幸せになりやがれ
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雪舟 えま
講談社
売り上げランキング: 221,022

時の流れを越えた”ミドリ”と”タテ”の物語。
ふたりはいつの時代でも、姿や性別がかわっても、いつも愛しあう。
そんな二人の時を超えた”愛”の物語。

緑と楯は恋人同士。ようやく思いを遂げられた! という気持ちのつよい緑は、どうしても楯を束縛しがちだ。いけないと思いつつもやめられない緑。そんなある日、楯が家に帰ってこず、緑は楯を探す旅に出る。最悪のことばかり考えてしまう緑。そして楯を発見するのだが、その姿は変わり果てていた――(「幸せになりやがれ」)

水灯利と縦は性格も家庭環境も全く違う二人の少女。そんな二人がひょんなことから心を通わせ、穏やかだが激しい愛をわかちあっていく。(「水灯利と縦」)


どちらの物語も主人公は(表記こそ違うが)「ミドリ」と「タテ」であり、ほかにも同じ音を持つ人が登場する。それはおそらく、場所や時代や形が違ったとしても、愛の本質は変わらないということなのだろうと勝手に想像するのである。本作では片や少女同士、片や男性同士の愛である。たしかにそれが二本の大きな軸ではあるが、それを描くことで、彼ら彼女らを取り巻く人たちの愛の形も見えてくる。なにしろ愛に包まれた一冊なのである。

蟻の菜園-アントガーデン-*柚木裕子

  • 2015/09/23(水) 07:14:08

蟻の菜園 ―アントガーデン― (『このミス』大賞シリーズ)
柚月 裕子
宝島社
売り上げランキング: 48,500

婚活サイトを利用した連続不審死事件に関与したとして、殺人容疑がかかる円藤冬香。しかし冬香には完璧なアリバイがあり、共犯者の影も見当たらなかった。並外れた美貌をもつ冬香の人生と犯行動機に興味を抱いた週刊誌ライターの由美は、大手メディアを向こうに回して事件を追いはじめる。数奇な運命を辿る美女の過去を追って、由美は千葉・房総から福井・東尋坊へ。大藪賞作家が満を持して放つ、驚愕と慟哭の傑作サスペンス!


マスコミによる報道のされ方や世間の受け止め方とは別の視点で、連続不審死事件に至る真実に迫ろうとするフリーライターの由美が主人公ではあるのだが、実質的には、東尋坊で父親に虐待され続けて育った姉妹の物語である。連続殺人の容疑者である美貌の円藤冬香には完璧なアリバイがあり、殺人を証明するのは難しいのだが、つながらなかったたった一本の電話から、由美が、知り合いに紹介された事件記者・片芝の協力を仰ぎつつ、取材と想像力によって導き出した答えに驚愕する。だが、それは事件の残忍さにというよりも、姉妹の逃れられない苦悩にと言った方がいいかもしれない。ただ、幼いころのことがあるとはいえ、妹の転落ぶりがいささか安易な気がしなくもないのが多少残念でもある。彼女たちにとっては最後まで救いのない物語であり、気持ちのやり場に困る一冊でもある。

書店ガール 4*蒼野圭

  • 2015/09/21(月) 07:24:09

書店ガール 4 (PHP文芸文庫)
碧野 圭
PHP研究所 (2015-05-11)
売り上げランキング: 104,772

「書店に就職したいと思ってるの?」新興堂書店アルバイトの高梨愛奈は就職活動を控え、友人たちの言葉に迷いを吹っ切れないでいた。一方、駅ビルの書店の契約社員・宮崎彩加は、正社員登用の通知とともに思いがけない打診を受ける……。理子と亜紀に憧れる新たな世代の書店ガールたちが悩み抜いた末に見出した「働くことの意味」とは。書店を舞台としたお仕事エンタテインメント第四弾。文庫書き下ろし。


書店ガール、次世代に突入である。理子や亜紀はもはや伝説の書店員になり、彼女らに憧れる世代が活躍している。書店の契約社員・彩加と、就活が本格化しようとしているアルバイト店員・愛奈をダブル主人公に据え、チェーン店、個人店、駅売りなどさまざまな形態の書店が抱える事々や、就活に対する自分自身の在りようを問いかけ、さらに読書のすばらしさや、それを教えてくれる人が周りにいることのかけがえのなさをも教えてくれる。単なるお仕事小説に留まらない一冊である。

なりたい*畠中恵

  • 2015/09/19(土) 06:59:07

なりたい
なりたい
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畠中 恵
新潮社
売り上げランキング: 3,918

来世で何になりたいか苦悶中の若だんな! 神様に気に入られる答えは見つかるの~? 許嫁も決まった病弱若だんなは仕事を覚えたくて仕方がない! 渋る兄や達を説き伏せて働いたものの、三日で寝こんじゃった。寝ながらできる仕事を探すことになったけど、悪戦苦闘。しかも消えた死体を探せとか、猫又の長を決めろとか、おまけに神様まで……。長崎屋の離れは今日も事件でてんてこまい! シリーズ第十四弾!


「妖になりたい」 「人になりたい」 「猫になりたい」 「親になりたい」 「りっぱになりたい」

店表に出ては離れで寝込み、寝込んではせっせとまた寝込む若旦那・一太郎である。許嫁も決まり、人と同じように働きたいという思いは日増しに強くなるが、躰が言うことを聞いてくれず、なんとか寝ていても人の役に立てることはないかと思案するのである。そんな折、神さまたちから出された宿題は、なにになりたいか考えること。何かになりたいあまり事を起こした人たちと関わり、謎を解き明かしていくうちに、一太郎は自分の心の奥の望みを自覚するのである。何とも切なく愛おしく、若旦那にはぜひ健康になってほしくもあり、寝付いたままで知恵を絞るのを見たくもあり、複雑な思いにとらわれるのである。いつまでも応援したいシリーズである。

神の子 下*薬丸岳

  • 2015/09/17(木) 16:38:38

神の子 下
神の子 下
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薬丸 岳
光文社
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身元引受人となった前原悦子の製作所を手伝いながら、大学に通いはじめた町田は、同じ大学の学生たちの会社「STN」設立を手伝うことになる。周囲は賑やかになり、町田の感情も穏やかになりはじめているように見えた。しかし、すべての始まりだった殺人事件と、その関係者たちは、町田を放っておいてはくれなかった…。


町田は教授を介して同じ大学の学生から企業に誘われ、表には出ずに力を貸すことになる。ほんの少しずつではあるが、人間らしさを取り戻しているかに見えたが、そんな折、ムロイの組織の追手の陰を感じるようになる。それとは別に、法務教官の内藤は、町田が唯一心を通わせたように思える小沢稔を探している。二つの流れがどこでどういう形で合流するのかに興味を掻き立てられる。だが、いざ合流してみると、これしか落としどころはなかったのだろうか、という気もしてくる。ムロイ(木崎)が死ぬ意外に町田が救われる方法はなかったのだろうか。とは言え、今後に向けての光は確実にあり、町田も間違いなく変わっているので、少しでも平穏に生きて行ってほしいものである。上下巻で900ページ以上というボリュームを感じさせない一冊だった。

神の子 上*薬丸岳

  • 2015/09/15(火) 16:53:04

神の子 上
神の子 上
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薬丸 岳
光文社
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殺人事件の容疑者として逮捕された少年には、戸籍がなかった。十八歳くらいだと推定され、「町田博史」と名付けられた少年は、少年院入所時の知能検査でIQ161以上を記録する。法務教官の内藤は、町田が何を考えているか読めず、彼が入所したことによって院内に起こった不協和音に頭を悩ませていた。やがて、何人かの少年を巻きこんだ脱走事件の発生によって、事態は意外な展開を見せる…。


学校に行かせるお金もないし面倒だからという理由で出生届を出されず、戸籍のないまま母親に捨てられた少年は、自分しか頼るものがない世界で命をつなぎ、案の定悪の手先にされて、推定18歳で殺人罪で少年院に入れられた。IQだけはとびぬけて高いが、基本的な知識や常識はまったく持ち合わせておらず、他人とのかかわり方も知らない少年は、町田博史と名づけられた。少年院でも周囲の少年たちとの軋轢は免れず、教官にとっても興味深い存在であった。外に出てからは、教官の知人の工場に住み込みで世話になるが、やはり欠落したものは埋まらない。後半では、かつて利用されていた組織との絡みもあり、通い始めた大学の同級生たちとの関係が築かれようとする気配もあり、町田の周辺に変化が現れ始めるが、この段階ではまだそれがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかない。下巻を早く読みたい一冊である。

14歳の水平線*椰月美智子

  • 2015/09/12(土) 20:21:12

14歳の水平線
14歳の水平線
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椰月 美智子
双葉社
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好きなサッカー部も辞めてしまった中2の加奈太。最近、息子の気持ちが掴めない征人。
夏休み、そんな父子が征人の故郷の島にやって来た。加奈太はキャンプで出会った子供達と交流を深める。
30年前の夏、中2の征人。父親が漁から戻らない。
息子と父親、そしてかつて少年だった父親の視点で交互に描く、青春&家族小説の感動傑作!


14歳という微妙な年齢の少年の成長を、父と息子の二代を交互に並べることで、鮮やかに描き出し、さらに、父と息子の間の壁をも取り払う巧みな成り立ちになっている。世界は自分中心に回っているように錯覚し、それに外れる事々に怒りを向け、悶々としながらもとげとげしい日々を過ごしている加奈太が、父の実家の島で、中二限定のサマーキャンプに参加した四泊五日は、現在にもこれからの人生にもかけがえのないものや人に出会った貴重な日々だったと、加奈太だけでなく、参加したほかの五人も、心から思ったことだろう。憎まれ口をきいても、突っ張っていても、14歳である。これから限りなく伸びていく可能性を感じさせてくれる一冊だった。

OUT-AND-OUT*木内一裕

  • 2015/09/11(金) 07:29:25

アウトアンドアウト (100周年書き下ろし)
木内 一裕
講談社
売り上げランキング: 543,173

自称・探偵の矢能が突然呼び出された先で目撃したのは、依頼人の死体と覆面姿の男。銃を向ける覆面男の意外な行動に、矢能は窮地に追い込まれる。周到に用意を重ね、完璧にやり遂げた殺人。予期せぬ闖入者が現れたが、無事に問題を処理した。はずだった。成功の喜びの直後、若き殺人者に絶望が訪れる。あの男は何者なんだ。


ハードボイルド探偵物語である。元やくざの矢能が陥った不可解な状況と、恩義に駆られて引き受けざるを得なかった殺人者、預かっている小学生の娘、やくざの組織、政治家。さまざまな人々の思惑と欲得をかいくぐって、何が真実かを見極めつつ、ターゲットを追いつめていくのが見事である。矢能の心がたどり着いたところがほっとさせられる一冊である。

土方美月の館内日誌~失せ物捜しは博物館で~*大内しおり

  • 2015/09/11(金) 07:15:50

土方美月の館内日誌 ~失せ物捜しは博物館で~ (メディアワークス文庫)
大平しおり
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス (2014-12-25)
売り上げランキング: 318,123

月曜日だけ探偵事務所を開くという『姫神郷土博物館』。大切なものを失ってしまった人は、不思議とこの博物館に集まるという。名前負けコンプレックスを持つ従業員・沖田総司もそんな奇妙な縁に引き寄せられた一人である。彼は就職詐欺に遭い、途方に暮れていたところを“名前だけ”で美人館主に拾われた。「すべてのものには来歴がある」が口癖の館主・土方美月は、単越した古物知識と新選組をこよなく愛する女性。総司は彼女と奇妙な事件を解くうちに、美月が捜し続けているものに気付いていく…。


山奥に人知れず(?)在る博物館という舞台と言い、館長・美月のとらえどころのないキャラクタと言い、名前にコンプレックスを抱いて生きてきた沖田総司の頼りないながらも偶然の力が上手く働いてしまう運の良さと言い、設定は現実離れしていることこの上ないのだが、解決する事件や謎は至極真面目なものであり、美月の抱える屈託もとても根深いもなのである。脇を固める幼馴染とその妹もあたたかくいい味を出しているし、今後も知りたくなる一冊である。

家族スクランブル*田丸雅智

  • 2015/09/07(月) 16:37:56

家族スクランブル
家族スクランブル
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田丸 雅智
小学館
売り上げランキング: 235,321

「星新一の孫弟子」と呼ばれる気鋭の作家・田丸雅智氏が、ささやかな幸せを追い求める家族たちの「一瞬の風景」を活写! 人情もの、ユーモアからファンタジー、ホラーまで、「思い出アルバム」をイメージしたショートショート集。

●分身が作れる石鹸で3人の妻と同棲生活をすることになった夫の悲哀をコミカルに描く「白妻、黒妻」
●傷口に貼った絆創膏から育つ植物の実を食べる息子の闇を照らすホラー「吸血木」
●変な趣味を持つ父親が娘の結婚式で披露する贈り物が泣ける「鳩の箱」
●長年連れ添った最愛の妻に先立たれた老人が辿り着いた異次元の世界を紡ぎ出すファンタジー「おいらんちゅう」
・・・・・・など、新たな書き下ろし作品を含めた異色の18編を収録。


さまざまな家族模様ら、さまざまな趣向で切り取られていて飽きさせない。ファンタジーにしろホラーにしろ、家族への思い入れが強く深いほど、突拍子もない設定にすんなり馴染むような気にさせられる。ショートショート界のこれからが愉しみになる一冊である。

昨日の海は*近藤史恵

  • 2015/09/06(日) 13:48:58

昨日の海は
昨日の海は
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近藤 史恵
PHP研究所
売り上げランキング: 334,069

いつも通りの夏のはずだった。その事件のことを知るまでは……。
海辺の小さな町で暮らす高校生・光介。夏休みに入ったある日、母の姉・芹とその娘の双葉がしばらく一緒に暮らすことになった。光介は芹から、心中と聞かされていた祖父母の死が、実は「どちらかがどちらかを殺した」無理心中事件であり、ここで生きていくために事実をはっきりさせたい、という決意を聞かされる。カメラマンであった祖父とそのモデルも務めていた祖母。二人の間にいったい何が起こったのか。
残された写真が語るもの、関係者たちの歪んだ記憶、小さな嘘……。そして真相を追う光介が辿り着いた、衝撃的な事実とは……。
『サクリファイス』『タルト・タタンの夢』などで話題の著者が、海辺の町を舞台に、青年のひと夏の冒険と成長を描く、切なくてさわやかな青春ミステリー。


四国の海辺の小さな町が舞台の物語。いつもと同じ日々が続くことを疑いもしていなかった光介の家に、母の姉とその娘が同居することになった夏休み。それまでなんとなくしか知らされていなかった、写真館を営んでいた祖父母の死の秘密に迫ることになろうとは思ってもいなかった。光介は、母の夢と伯母の芹とは、祖父母のことに関して微妙な温度差があるような印象を受けるが、真相を知ってみればその理由にも頷けるのである。知りたいという欲求と、真実を口にすることが正しいこととは限らないという事実との狭間で葛藤し、光介が一歩大人になった夏の物語でもある。切ないが愛にあふれた一冊でもある。

季節はうつる、メリーゴーランドのように*岡崎琢磨

  • 2015/09/04(金) 19:49:31

季節はうつる、メリーゴーランドのように
岡崎 琢磨
KADOKAWA/角川書店 (2015-07-25)
売り上げランキング: 74,771

奇妙な出来事に説明をつける、つまり、「キセツ」。夏樹と冬子は高校時代、「キセツ」を同じ趣味とする、唯一無二の存在だった。しかしそれは、夏樹の秘めた恋心の上に成り立つ、微妙な関係でもあった。天真爛漫で、ロマンチストで、頭は切れるのにちょっと鈍感な冬子。彼女への想いを封印したまま大人になった夏樹は、久々に冬子と再会する。冬の神戸。バレンタインのツリーを避けて記念写真に収まるカップルを見て、冬子は言った。「キセツ、しないとね」謎を乗せて、季節はめぐる。はじけるような日常の謎、決して解けない恋愛の謎。夏樹の想いの行方は…。「珈琲店タレーランの事件簿」の著者が描く、究極の片想いミステリ。


 第一話 冬 記念写真小考
 第二話 春 菜の花、コスモス、月見草
 第三話 夏 夏の産声
 第四話 秋 夢の国にてきみは怯える
 最終話 冬 季節はうつる、メリーゴーランドのように

夏樹と冬子の交わらない恋物語を軸に、身の回りの、あるいは出先で出会った謎を解き明かす物語である。恋物語も巧みに謎の一部に織り込まれているのでなおさら興味を惹かれる仕組みである。ただ、この二人の恋の経過には納得しきれない部分もあって、すっきり腑に落ちるというわけではないのだが。結局は誰もしあわせにはならなかった気がしてなんだか残念。ことに亜季さんは、「キセツ」には必要な人であっても可哀想である。個人的にはラストでみんながしあわせになってくれたらもっと愉しめた一冊かもしれない。

白の祝宴--逸文 紫式部日記*森谷明子

  • 2015/09/03(木) 07:19:27

白の祝宴 (逸文紫式部日記 )
森谷 明子
東京創元社
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平安の世、都に渦巻く謎をあざやかに解き明かす才女がいた。その人の名は、紫式部。親王誕生を慶ぶめでたき場に紛れ込んだ怪盗の正体と行方は?紫式部が『源氏物語』執筆の合間に残した書をもとに、鮎川哲也賞受賞作家が描く、平安王朝推理絵巻。


中宮彰子の出産日記を編纂するようにと、土御門邸に呼び戻された紫式部が、次々に持ち込まれる女房たちの日記にいささかうんざりしながら、小さな祖語に着目し、さらに大きな疑問を解き明かしていきながら、真実にたどり着く物語であるが、時代や人間関係の複雑さもあり、現代のようにすっきりと白黒つけられるわけではなく、後世を見据えての思惑も見え隠れするのがまた一興でもある。ミステリ部分はもちろん、雅な日常と、その裏に蠢く女房その他の思惑の生々しさや奔放さもまた独特で興味深い。謎を解き明かしながら式部自身の人となりをも解き明かすような一冊である。