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海の見える街*畑野智美

  • 2015/11/29(日) 19:24:12

海の見える街
海の見える街
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畑野 智美
講談社
売り上げランキング: 403,774

この街でなら、明日が変わる。
海が見える市立図書館で働く20、30代の4人の男女を、誰も書けない筆致で紡ぐ傑作連作中編集。

一年あれば、奇跡も起きる。

●「マメルリハ」……7月、僕の変わらない日常に異変が起きた。
●「ハナビ」……11月、私のまわりで違う何かが起きている。
●「金魚すくい」……2月、俺はまた理解されずに、彼女を待つ。
●「肉食うさぎ」……5月、わたしの誕生日を祝う人がいる街で。



海が見える街の高台にある図書館と児童館で働く四人の男女の物語である。生い立ちも性格もさまざまだが、四人とも他人との関係の作り方がいささか苦手で、仕事は真面目にやるが、友人や恋人には恵まれない。その不器用さゆえに、友人関係でも恋愛関係でも駆け引きが上手くできず、気になりつつも相手の気持ちに深く入り込んでいけないのである。だが、誰もがやさしく、他人を慮り、押しつけがましくなく目配りができるように思う。それぞれの抱える事情と、上手くいかない姿を見ている読者のもどかしさが、海が見える街を舞台にすることによって、面と向き合わずに同じ方向を見ながら語ることで、少しずつ歩み寄らせることができているようにも思われる。哀しみを抱えながらも穏やかで暖かい印象の一冊である。

犯人に告ぐ 2 闇の蜃気楼*雫井脩介

  • 2015/11/28(土) 19:02:15

犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼
雫井 脩介
双葉社
売り上げランキング: 49,896

神奈川県警が劇場型捜査を展開した「バッドマン事件」から半年。
巻島史彦警視は、誘拐事件の捜査を任された。和菓子メーカーの社長と息子が拉致監禁され、後日社長のみが解放される。
社長と協力して捜査態勢を敷く巻島だったが、裏では犯人側の真の計画が進行していた――。
知恵の回る犯人との緊迫の攻防!
単行本文庫合わせて135万部突破の大ヒット作、待望の続編!!


今作ではスポットは警察ではなく犯人側にあたっている。まず、振り込め詐欺グループの犯行手口が描かれ、グループの摘発を逃れて新たな犯罪に手を染める若者たちに焦点が合う。どんな場合も巧みに警察の手から逃れるリーダー格の男は、「レスティンピース」というひと言を残して、冷酷無比に仲間を切り捨て、自らは捕まることなく次のターゲットを絞るのである。今回は、淡野と名乗り、また大下と名乗る。犯罪計画の巧みさと、誰をも信じない冷酷さが目を引く。つい犯行の成功を応援してしまいそうな魅力も備えている。今回、警察は常に後手に回り、ことごとく打つ手の裏をかかれ、責任者の巻島の立つ瀬がないが、偶然とも言える当てにしていなかった人材の活躍により、犯人グループに迫るのである。こんな番狂わせでもなければ、近づくこともできなかったとも言える。それでも淡野(大下)だけは逃げおおせるのである。ここで終わってほしくはない。次回作では巻島と淡野の対決を見たいものである。ページを捲る手が止まらない一冊だった。

家へ*石田千

  • 2015/11/26(木) 20:15:22

家へ
家へ
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石田 千
講談社
売り上げランキング: 82,630

東京の美大で彫刻を学ぶ大学院生「シン」は、母と、その内縁の夫「じいさん」と新潟の海辺の町で育った。一方、島に住む実の父親「倫さん」とも親しく交流を続けている。複雑ながら穏やかな関係を保つ家族だったが、シンの心には小さな違和感が芽生えはじめる…。


とても穏やかで静かなのに、なんて複雑で込み入った人間関係なのだろう。逆に言えば、これほどの複雑さを描いて、どうしてここまで穏やかな風情でいられるのだろう、と不思議になる。登場人物それぞれに屈託がないわけがないのだから、各人がそれを大らかに呑みこんで裡側の波風を外に放たないのだろう。それでもまだ若いシン(新太郎)は、そのすべてをそのまま呑みこみ切れずに、違和感としてわだかまりを覚えもするのだろう。なにがあっても迎え入れてくれる屋根がふたつある、という、島のばっちゃんの言葉が胸に響く。みんなしあわせになれ、と思わされる一冊である。

「いじめ」をめぐる物語

  • 2015/11/24(火) 13:46:16

「いじめ」をめぐる物語
荻原浩 小田雅久仁 越谷オサム 辻村深月 中島さなえ
朝日新聞出版 (2015-09-18)
売り上げランキング: 72,868

荻原浩「サークルゲーム」―中学二年生を担任する矢村琥代。彼女のクラスではいじめが起きているようなのだが…。小田雅久仁「明滅」―祖父の死をきつかけに地元に帰った私は、同級生と蛍を見に行ったあの日を思い出す。越谷オサム「20センチ先には」―クラスメイトからいじめられている僕の前に、現れた「悪魔」が見せる光景とは。辻村深月「早穂とゆかり」―小学校の同級生だった二人。早穂は、塾経営者として成功したゆかりを取材することになり…。中島さなえ「メントール」―由美子と志乃は歌劇団のトップ女優を目指す親友同士だったのだが、やがて…。学校で、職場で、ネット空間で…いじめと関わったことがない人、いますか?いま、この世の中に蔓延する空気を切り取った5つの短編小説。


さまざまな場所、さまざまな状況、さまざまな年代に起こるいじめの物語である。切り取り方は著者によって違うが、読んでいてやり切れなくなるのはどれも同じである。渦中にいるときには抗えない流れに巻き込まれ、大きな罪悪感もなく何気なく行動してしまうのだろうが、年を経るにしたがって澱のように胸の底に溜まった粘りつくような黒い思いは、強くなりこそすれなくなることはないのである。怖くて胸がつぶされる心地の一冊である。

琥珀のまたたき*小川洋子

  • 2015/11/23(月) 16:51:34

琥珀のまたたき
琥珀のまたたき
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小川 洋子
講談社
売り上げランキング: 25,126

魔犬の呪いで妹を失った三きょうだいは、ママと一緒にパパが残してくれた別荘に移り住む。そこで彼らはオパール、琥珀、瑪瑙という新しい名前を手に入れる。閉ざされた家の中、三人だけで独自に編み出した遊びに興じるなか、琥珀の左目にある異変が生じる。それはやがて、亡き妹と家族を不思議なかたちで結びつけ始めるのだが……。


アンバー氏と私のふれあいのなかで、アンバー氏が過ごしてきたいささか浮世離れした不思議な日々が語られる。常軌を逸した母親の児童虐待の話し、と言ってしまえば身もふたもないのだが、そのひどく外界から隔絶された毎日の中で、三姉弟は母の留守中に自分たちで遊びを作りだし、豊かな情感を育んでもおり、世間的に見れば歪んだ形ではあるが、母から愛情も注がれて暮らしていたのである。彼らがしあわせだったのか不幸せだったのかは、他人には何とも言えず、彼らにしかわからないことなのだろう。なにもないがとても豊かで、冷え冷えとしながらあたたかな印象の一冊である。

秋葉原先留交番 ゆうれい付き*西條奈加

  • 2015/11/21(土) 17:02:41

秋葉原先留交番ゆうれい付き
西條 奈加
KADOKAWA/角川書店 (2015-10-02)
売り上げランキング: 282,636

「さきどまり」という不吉な名を持つ交番に勤める権田は、秋葉原をこよなく愛するオタク。コンビを組む向谷はコミュニケーション能力の高さがこうじて、足だけの幽霊を連れてきて…!?ネオンまたたく電気街の裏路地に隠された5つの人情ミステリ。


足だけの幽霊を登場させてしまうなんて、なんと斬新な!しかも足子さんと名づけ、交信までしてしまうとは。東大出のくせに一生秋葉原に居続けたいがために昇進試験も受けず、あの手この手を使って秋葉原の駐在所勤務という希望を叶えた権田と、女関係で問題を起こして謹慎中で、霊感がある向谷という凸凹コンビの掛け合いが愉しく、そんな彼らが、交番に持ち込まれるトラブルを解決しつつ、足子さんが幽霊になった原因を探るべく奔走するのが、軽快なテンポで愉しめる。ほろりとさせられるところもあり、文句なく愉しめる一冊だった。

桜の下で待っている*彩瀬まる

  • 2015/11/18(水) 17:01:46

桜の下で待っている
桜の下で待っている
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彩瀬 まる
実業之日本社
売り上げランキング: 264,262

面倒だけれど愛おしい――「ふるさと」をめぐる5つの物語

桜前線が日本列島を北上する4月、
新幹線で北へ向かう男女5人それぞれの行先で待つものは――。
婚約者の実家を訪ねて郡山へ。亡くなった母の七回忌に出席するため仙台へ。
下級生を事故で亡くした小学4年生の女の子は新花巻へ。

実家との確執、地元への愛着、生をつなぐこと、喪うこと……
複雑にからまり揺れる想いと、ふるさとでの出会いを
あざやかな筆致で描く、「はじまり」の物語。
ふるさとから離れて暮らす方も、ふるさとなんて自分にはない、という方も、
心のひだの奥底まで沁みこむような感動作。


表題作のほか、「モッコウバラのワンピース」 「からたち香る」 「菜の花の家」 「ハクモクレンが砕けるとき」

東北新幹線で北へ向かう人たちと、それぞれの家族の事情、幼いころの思い出とこれからのこと。懐かしさ、覚悟、複雑な思い、さまざまな思いを抱えて故郷に帰り、そこで何かを得て、いまの居場所に戻っていく。そしてそんな人たちを見守る車内販売の女性たちのまなざし。なんとなく故郷の懐かしい風景を観に行きたくなるような物語ではあるのだが、個人的にはどことなく物足りなさを感じてしまう一冊でもあった。

中野のお父さん*北村薫

  • 2015/11/17(火) 17:19:29

中野のお父さん
中野のお父さん
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北村 薫
文藝春秋
売り上げランキング: 14,777

出版界に秘められた“日常の謎”は解けるのか!?体育会系な文芸編集者の娘&定年間際の高校国語教師の父。


出版社に勤める田川美希の元に持ちあがる出版界の謎を、中野の実家の父に相談すると、父が豊富な知識と知恵で解き明かしてくれる、という日常の謎物語である。体育会系の娘・美希の魅力と、探偵役としての博識の父の魅力、そしてなにより、父娘の関係のあたたかさが魅力的な一冊である。

スカラムーシュ・ムーン*海堂尊

  • 2015/11/16(月) 18:16:54

スカラムーシュ・ムーン
海堂 尊
新潮社
売り上げランキング: 13,208

僕は、日本という国家を治療したい――海堂サーガ、遂にクライマックスへ! もうすぐ「ワクチン戦争」が勃発する!? 新型インフルエンザ騒動で激震した浪速の街を、新たな危機が襲った。霞が関の陰謀を察知した医療界の大ぼら吹き・彦根新吾は壮大な勝負を挑むべく、欧州へ旅立っていく。浪速を、そしてこの国を救うことはできるのか。医療の未来を切り拓く海堂エンタメ最大のドラマが幕を開ける!


「たまごのお城」でバイトするナナミエッグの娘・まどかの話しから始まったので、医療問題と何がどうつながるのか、と興味津々で読み進んだ。浪速府、日本三分の計、インフルエンザワクチン騒動、警察との駆け引きと、さまざまな問題を含み、彦根が日本全国から海外にまで飛び回って策略を巡らす。今回の彦根は、片時もじっとしていない。浪速府と警察と厚労省の利権がらみの駆け引きにはいささかうんざりしつつも、まどかたちの有精卵作りを手に汗握りながら応援することで、物語にメリハリができて愉しめた。彦ねの次の登場が愉しみになる一冊でもある。

老後の資金がありません*垣谷美雨

  • 2015/11/13(金) 09:47:56

老後の資金がありません
垣谷 美雨
中央公論新社
売り上げランキング: 69,243

後藤篤子は悩んでいた。娘が派手婚を予定しており、なんと600万円もかかるというのだ。折も折、夫の父が亡くなり、葬式代と姑の生活費の負担が発生、さらには夫婦ともに職を失い、1200万円の老後資金はみるみる減ってゆく。家族の諸事情に振り回されつつもやりくりする篤子の奮闘は報われるのか?


娘の派手な結婚式、篤子自身の失業、夫のリストラに加え、豪華な老人施設に入居する義両親に多額の仕送り、その後の舅の葬儀。お金のかかることが次々と押し寄せてきて、後藤家の貯金は底をつきそうな勢いである。老後の資金どころの騒ぎではない。冒頭は、そんな憂鬱になるエピソードばかりで、身につまされつつ暗い気分になるが、篤子の意地と勢いで姑を引き取り、お嬢様育ちの姑に自分のことは自分でやるように啖呵を切ってから事態は少しずつ動き、危ういながらも明るい兆しが見えてくる。根本的な老後の資金不足が解決したわけではないのだが、心の持ちようと余計なプライドを捨てた後には、ほんとうにやらなければならないことが見えてくるようにも思え、ちょっとほっとする。思わず我が身に引き寄せて読んでしまった一冊である。

ラプラスの魔女*東野圭吾

  • 2015/11/12(木) 09:35:42

ラプラスの魔女
ラプラスの魔女
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東野 圭吾
KADOKAWA/角川書店 (2015-05-15)
売り上げランキング: 4,613

"円華という若い女性のボディーガードを依頼された元警官の武尾は、行動を共にするにつれ彼女には不思議な《力》が備わっているのではと、疑いはじめる。
同じ頃、遠く離れた2つの温泉地で硫化水素による死亡事故が起きていた。検証に赴いた地球化学の研究者・青江は、双方の現場で謎の娘・円華を目撃する――。
価値観をくつがえされる衝撃。物語に翻弄される興奮。
作家デビュー30年、80作目の到達点。

これまでの私の小説をぶっ壊してみたかった。
そしたらこんな作品ができました。 ――東野圭吾"


手術によって機能を高められた脳による予測、遺伝的に父性を持たない者としての生き方、自然現象がもたらす脅威。それらさまざまな要素が複雑に絡み合って起こってしまった、凡人には不可解な出来事の物語である。特殊な能力を身に着けることになった謙人にとって、世界はどんなふうに見えていたのだろう。そして、自ら望んで手術を受けた円華が得たものの価値は、失ったものより大きかったのだろうか。警察やボディーガード、大学教授らを振り回しながら、謙人がたどり着き、円華が追いかけたことの、あまりの哀しさやり切れなさに胸が塞がれる思いがする。面白かったことは間違いないが、好みとしては、理詰めで解き明かしていく物語の方が好きかもしれない。果しない荒野に荒んだ風が吹く印象の一冊である。

不愉快犯*木内一裕

  • 2015/11/09(月) 16:59:03

不愉快犯
不愉快犯
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木内 一裕
講談社
売り上げランキング: 84,128

人気ミステリー作家、成宮彰一郎の妻が行方不明になった。事件性が高いと見た三鷹署の新米刑事ノボルは、先輩刑事の佐藤とともに捜査を開始。次々に容疑者候補が浮かぶ一方、警視庁本部の組対四課や捜査一課も事件に関与してくる。「どうせなら死んじゃっててくんないかなぁ…」不愉快な言動を繰り返す夫、成宮の真意とは―。完全犯罪を「完全」に描き切る、前代未聞の傑作ミステリー!


ミステリ作家が自ら考えた完全犯罪の完全さを証明すべく策を練り、犯行後の体験をも自分の次回作に生かそうとする物語である。そもそも主人公の作家・成宮彰一のキャラクタや考え方が、極めて身勝手で不愉快である。もちろんそれが著者の狙いであるので、まんまと成功していると言える。たとえ罪に問われなくても、これ以上ないほど心証は悪いのは当然である。だが、思わぬ人物が思わぬ反応をすることで、心の揺れが一瞬露わになるところは、少なからず胸がすき、その後の刑事の対応も応援したくなる。だが結局はどんな罪に問われようと、反省することはないのだろうな、と思えて後味はよくない。ラストのエピソードが唯一の救いである。絶対に現実にあってほしくない一冊である。

羊と鋼の森*宮下奈都

  • 2015/11/07(土) 20:58:05

羊と鋼の森
羊と鋼の森
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宮下 奈都
文藝春秋
売り上げランキング: 6,701

ゆるされている。世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか。言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。


とても優しい物語である。そして、青い炎のような静か情熱が伝わってくるようである。弟と比べて劣っているのではないかと、自分に自信を持てずにいた外村少年は、高校の体育館のピアノの調律をする板鳥と出会ったことで、進むべき道を見つけたのである。ピアノも弾けないし、それまでクラシックに興味もなかった外村だったが、板鳥に紹介された専門学校で努力し、調律師になる。先輩調律師たちがピアノに向かう姿勢や、思うようにできない外村の歯がゆさ、お客さんそれぞれの事情など、さまざまあるなかで、外村の独特の感性がどんどんピアノと彼とを近づけているように思えてきて、あたたかいものが胸にこみ上げてくるような心地になる。心が洗われるような一冊だった。

金魚姫*荻原浩

  • 2015/11/07(土) 07:39:28

金魚姫
金魚姫
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荻原 浩
KADOKAWA/角川書店 (2015-07-31)
売り上げランキング: 31,553

勤め先の仏壇仏具販売会社はブラック企業。同棲していた彼女は出て行った。うつうつと暮らす潤は、日曜日、明日からの地獄の日々を思い、憂鬱なまま、近所の夏祭りに立ち寄った。目に留まった金魚の琉金を持ち帰り、入手した『金魚傳』で飼育法を学んでいると、ふいに濡れ髪から水を滴らせた妖しい美女が目の前に現れた。幽霊、それとも金魚の化身!?漆黒の髪、黒目がちの目。えびせんをほしがり、テレビで覚えた日本語を喋るヘンな奴。素性を忘れた女をリュウと名付けると、なぜか死んだ人の姿が見えるようになり、そして潤のもとに次々と大口契約が舞い込み始める―。だがリュウの記憶の底には、遠き時代の、深く鋭い悲しみが横たわっていた。


読み終えて改めて装丁を見ると、物語の空気そのままで切なくなる。ブラック企業の仏具会社でまったく芽が出ず、明日を生きる気力も失いかけていた潤が、ふらりと立ち寄った縁日で掬った琉金との日々奇譚である。時空を超えた愛と憎しみの物語でもあるのだが、人間の女性に姿を変えたリュウの言動や振舞いが可愛らしくも可笑しく、振り回される潤の気持ちの変化も興味深い。だが、リュウが自らの出自の記憶を取り戻すにつれ、胸が痛くなってくる。どうにかならないものか。二人で乗り越えることはできないのか。ラストはあまりにも哀しく切なく、そして愛にあふれている。不思議なおかしみのある一冊だった。

握る男*原宏一

  • 2015/11/05(木) 18:50:39

握る男
握る男
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原 宏一
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 189,054

「この国のキンタマは“食”なんすから」そうのたまい、一介の鮨職人から、外食産業の帝王に成り上がった男・徳武光一郎が自殺。長年「番頭」として彼に尽くしてきた金森は、刑務所でその報を知る。人、金、権力。全てをその手に握った「食王」に、一体何が起こったのか。


冒頭で、徳武光一郎(通称ゲソ)の自殺が知らされ、その後、そこに至るまでの一部始終が語られる。語るのは、ゲソの腹心・金森であり、ゲソの死の知らせを聞いたのは刑務所である。一体彼らはどんな関係で、なにがあったのか。読者の興味はいやが上にも増すのである。ゲソは、謎の多い少年だったが、人当たりが良く、才覚もあって、同じ寿司屋の修行の身であり先輩である金森を瞬く間に追い越して、取り立てられるようになる。誰にでも愛想の良いゲソだが、裏の顔は大きすぎる野望のためには手段を選ばない非道さも秘めている。いつの間にか金森はゲソに着いていかざるを得ない状況になり、二人で日本の職を牛耳るという野望を実現すべく行動を起こすのである。ゲソのやり口に憤りながらも、どこまで上り詰めるかに興味を惹かれ、ラストに向かって、ありがちな罠に陥るゲソを複雑な思いで眺めることになった。本店の親方の堅実さが唯一ほっとさせてくれる救いで、あとは、もどかしくやるせない思いで満たされる一冊である。

あの家に暮らす四人の女*三浦しをん

  • 2015/11/02(月) 16:57:47

あの家に暮らす四人の女
三浦 しをん
中央公論新社
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謎の老人の活躍としくじり。ストーカー男の闖入。いつしか重なりあう、生者と死者の声―古びた洋館に住む女四人の日常は、今日も豊かでかしましい。谷崎潤一郎メモリアル特別小説作品。ざんねんな女たちの、現代版『細雪』。


細雪と雰囲気は全く違うが、鶴代と佐知が実の母娘である以外は、雪乃も多恵美も希薄なつながりの人々である。それぞれの事情で、杉並にある佐知親子の邸で一緒に暮らすようになるのだが、そのことで何かが劇的に変わるわけでもなく、鶴代と佐知の暮らしは、それまでとあまり変わらずに淡々と続いている。ただ、佐知が生まれてすぐ家を出たまま行方知れずの父のことを考えるきっかけになったり、雪乃や多恵美がもたらす外の世界のあれこれを、佐知なりに受け止めたりはするようになり、自分の行く末のことに思いを致したりもするのである。不思議な共同生活ながら、なんとなくお互いの気配を感じ、頼りあうこともありながら上手くいっているのが、読みながら次第に心地よくなっていく。途中、父の魂が活躍(?)する辺りに多少の違和感はあったが、読み終えてみれば、現代版細雪かもしれないと思えてくる一冊である。