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電球交換士の憂鬱*吉田篤弘
- 2016/02/29(月) 17:06:43
世界でただひとり、彼にだけ与えられた肩書き「電球交換士」。こと切れたランプを再生するのが彼の仕事だ。人々の未来を明るく灯すはずなのに、なぜか、やっかいごとに巻き込まれる―。謎と愉快が絶妙にブレンドされた魅惑の連作集。
電球交換士の十文字扉の物語。かかりつけのやぶ医者(本人曰く)に、不死身であると宣告されて以来、「どうせ」死なないのだから、という諦めと虚しさのような気分に浸されているような気がしている。電球を交換してほしいという依頼があれば、あちこちに出向いて「十文字電球」に交換するが、その電球にも実は事情があって、いずれこのままではいけないという思いを抱えているのである。行きつけのバーに集う常連客達とのやり取りや、それぞれの事情に考えさせられることもあり、滅びていくものと続いていくもの、そして新しく作られるもののことに思いを馳せたりもする。不死身の我が身の来し方行く末を考えるのも、途方もない心地である。いくつもの軸を持って流れている時間というもののことを考えさせられる一冊でもあるような気がする。
ママがやった*井上荒野
- 2016/02/29(月) 07:45:17
小料理屋の女主人百々子七九歳と若い頃から女が切れない奇妙な魅力をもった七つ年下の夫。半世紀連れ添った男を何故妻は殺したのか。
なんともシュールな物語である。物語の初めから、拓人はすでに妻・百々子に殺されていて、子どもたちが集まっている。深刻な場面のはずなのだが、なぜか父を殺めた本人である母は、さほど普段と様子が変わらない。その後は、ここに至るまでの家族それぞれの人生が描かれていくのだが、それぞれにいささか歪んでいて、それもまたシュールである。にもかかわらず、そこはかとない可笑しみを嗅ぎ取ってしまうのは、穿ちすぎだろうか。手をかけた本人の切迫感のなさに由来するのだろうか。ラストはぞくっとさせられたが、ほっとするような気持ちにもなった。寂しくて哀しい一冊である。
GEEKSTER 秋葉原署捜査一係 九重祐子*大倉崇裕
- 2016/02/28(日) 09:12:06
KADOKAWA/角川書店 (2016-01-28)
売り上げランキング: 183,142
2000年7月、秋葉原。九重祐子が捜査一係に着任したとき、事件はすでに始まっていた。食玩フィギュアを巡るトラブルが発生し、相談に来ていた男が、翌日遺体となって発見された。祐子は彼の相談を真剣に聞かなかったことに罪悪感を覚え、独自に捜査を始める。フィギュア店に潜入した祐子は犯人を見つけ出すことに成功するものの逆襲に遭う。ピンチに陥った祐子を救ったのは、謎の男・ギークスターだった。悪党に制裁を下す闇のヒーローとして街で噂になっているギーク(オタク)スター。正体を知った祐子は、反発を覚えながらも次第に惹かれ始める。秋葉原で続発する凶悪事件で、警察の組織捜査に限界を感じた祐子はギークスターの力を借りようとするが、断られてしまう。秋原葉の闇に潜む、悪を見つめるギークスターの目的は―!?
秋葉原を舞台にした物語だが、オタクが集う表の顔ではなく、その裏に潜む執着と復讐の渦に巻き込まれたような印象である。警察の無力さや、正義の味方ではない利己的なヒーローもどきが暗躍し、それが治安を守ることにもなっているのも皮肉である。種類は違えど、歌舞伎町の中国マフィアと警察のイタチごっこと似たものも感じる。暴行シーンは読んでいて気持ちのいいものではないが、警察官として揺れる胸の内は解らなくもない気がする。どちらにしても、どうにもならない街の事情にやるせなささえ感じてしまう。誰にも寄り添えない一冊でもある。
小松とうさちゃん*絲山秋子
- 2016/02/26(金) 18:49:29
52歳の非常勤講師小松は、新潟に向かう新幹線で知り合った同い年の女性みどりが気になっているが、恋愛と無縁に生きてきた彼は、この先どう詰めればいいか分からない。一方、みどりは自身の仕事を小松に打ち明けるかべきか悩んでいた。彼女は入院患者に有料で訪問サービスをする「見舞い屋」だったのだ。小松は年下の呑み友だち宇佐美に見守られ、緩やかに彼女との距離を縮めていくのだか、そこに「見舞い屋」を仕切るいかがわしい男・八重樫が現れて……絲山秋子が贈る、小さな奇蹟の物語。
表題作のほか、「ネクトンについて考えても意味がない」 「飛車と騾馬」
大学の非常勤講師の小松の、不器用な大人の恋心の行方と、ネトゲにはまるサラリーマン宇佐美の在りよう。居酒屋友だちの彼らの交流、
そして、コマツが恋した女性・みどりの葛藤が交互に描かれ、少しずつ物語が進んでいく。まるで舞台を見ているような心地である。それがラストでこんな展開になるとは。リアルの人間関係と、ネットの人間関係の妙まで愉しめた。人生捨てたものじゃないと思わせてくれる一冊である。
スーツケースの半分は*近藤史恵
- 2016/02/25(木) 07:17:46
三十歳を目前にした真美は、フリーマーケットで見つけた青いスーツケースに一目惚れ、衝動買いをしてしまう。
そのとき、彼女の中で何かが変わった。心配性な夫の反対を押し切り、憧れのNYへ初めての一人旅を決意する。
出発を直前にして、過去のある記憶が蘇り、不安に駆られる真美。
しかし、鞄のポケットから見つけた「あなたの旅に、幸多かれ」というメッセージに背中を押され、真美はNYへ旅立った。
やがてその鞄は友人たちへとバトンされ、世界中を旅するうちに、“幸運のスーツケース"と呼ばれるようになってゆく――。
大丈夫。一歩踏み出せば、どこへだって行ける。
NY、香港、アブダビ、パリ、シュトゥットガルト……新しい自分に出会う、切なく優しい旅ものがたり。
30歳を目前にした四人の女性、真美、花恵、ゆり香、悠子、そして、スーツケースの持ち主だった加奈子の物語である。フリーマーケットで偶然出会った青い革のスーツケースが、四人の女性たちの旅の友となり、彼女たちのなかの何かを少しずつ解きほぐして変えていくのである。物理的な旅行の様子を描きながら、実は、心の旅の物語なのではないだろうか。彼女たちの間で「幸運のスーツケース」と呼ばれるようになった青いスーツケースのもともとの持ち主の気持ちと、それを受け継いだ娘や孫娘の人生にも影響を与えていて、胸にあたたかいものが満ちてくる。人はみなそれぞれの場所で生き、極個人的な屈託を抱え、何かを乗り越えようとしながら日々を送っているのだろう。そこに現れた鮮やかな青色が、のびのびと広がる世界の象徴のようである。読み終えた後に、何かが吹っ切れる心地になれる一冊でもある。
バタフライ*平山瑞穂
- 2016/02/24(水) 07:28:19
交差するはずのなかった、それぞれのままならぬ人生。
小さな勇気が奇跡の連鎖を起こす、書き下ろし群像ミステリー。
尾岸七海(13)は母の再婚相手に身体を求められていた。「この男を本当に殺したい」。島薗元治(74)は妻に先立たれ、時間を持て余している。「若い奴は全くなってない」。永淵亨(32)はネットカフェで暮らし、所持金は1887円。「もう死ぬしかないのか」。山添択(13)は級友にゴミ扱いされて不登校に。「居場所はゲームの中だけだ」。設楽伸之(43)は二代目社長として右往左往している。「天国の父に笑われてしまう」……。全く接点のなかった、困難に直面する一人ひとりの日常。誰かの優しさが見知らぬ人を救う、たった一日の奇跡の物語。
改めて、たった一日のできごとだと思うと、呆然とする。もともと何の関係もなかった人たちが、ふとした偶然から――意識的に、あるいは無意識に――関わり合い、その日一日の様相を変えていくのは、劇的であるようにも思えるが、考えてみると、誰の毎日にも必ず起こっていることなのだと気づかされる。タイトルはバタフライ効果を想起することが狙いだと思われるが、そう言うには、いささか繋がり方が偶然過ぎるところがなくもない気はする。ほんの些細な――出会いとも言えない――かかわりによって、流れというのはこうも簡単に変わっていくのかと驚かされる一冊である。
わたしの宝石*朱川湊人
- 2016/02/22(月) 17:06:41
さみしさが目に見えたら、世界はどう変わるだろうか。苦しいほどの感情が胸に迫る。名手が放つ、切なさと爽快感いっぱいの直球6編!
ある年齢以上の人ならたいていが懐かしさとともに、そこはかとない寂しさを覚える風景が広がっている。自分の子ども時代と、あるいは青春時代と照らし合わせ、そのころ流れていた空気感まで甦ってくるようである。そんな中で、寂しさを抱えながら、現在のように気軽に声を上げられずにいる人たちがいる。そしてなんとなく事情を知りながら、深く入って行けない人たちもいる。この物語たちを読むと、寂しさというのは、隠そうとすればするほど、近しい人には見えてしまうものなのではないだろうかと思われてくる。そして、見えてしまっても手を差し伸べることができない寂しさもまたある。多くの人は、そんなどうにもできない寂しさを飼い慣らしながら日々を生きているのかもしれない。寂しくもなるが、胸の奥がほのかにあたたかくもなる一冊である。
かぜまち美術館の謎便り*森晶麿
- 2016/02/20(土) 19:06:24
18年前に死んだはずの画家から届いた絵葉書が封印された町の過去を解き明かす―イクメンでカリスマ学芸員のパパと保育園児のかえでちゃん。寂れゆく町に引っ越してきた、オアシスのような父娘コンビが、ピカソ、マティス、ゴーギャン、シャガールらの名画解釈をもとに、夭折の天才画家が絵に込めた想いを読み解き、その最期の真相に迫る!
保育士のカホリの隣に引っ越してきたのは、町の美術館の館長に就任したカリスマ学芸員の佐久間と娘のかえで父娘。かえではカホリの保育園の園児でもある。そしてカホリの兄・ヒカリは、絵を描いていたが、若くして亡くなっていた。カホリの胸のなかに澱んでいる思いや、町に停滞しているわだかまりを、かえでの子どもらしい発想と、巨匠たちの絵画を通して、佐久間が解きほぐしていく。ひとつひとつの謎に答えを与えるだけでなく、物語全体を通しての大きな謎である、ヒカリの死とある日忽然と姿を消した、ミツバチと呼ばれる郵便配達員の件にも、佐久間は光を当てるのである。生臭い事件の記憶を掘り返す合間の、かえでと佐久間のやり取りがほのぼのしていて、暗くなりがちな気分を和ませてくれるのも嬉しい。胸がきゅんとして、あしたが明るく思えてくる一冊である。
江ノ島西浦写真館*三上延
- 2016/02/19(金) 09:40:44
江ノ島の路地の奥、ひっそりとした入り江に佇む「江ノ島西浦写真館」。百年間営業を続けたその写真館は、館主の死により幕を閉じた。過去のある出来事から写真家の夢を諦めていた孫の桂木繭は、祖母の遺品整理のため写真館を訪れる。そこには注文したまま誰も受け取りに来ない、とごか歪な「未渡し写真」の詰まった缶があった。繭は写真を受け取りに来た青年・真鳥と共に、写真の謎を解き、注文主に返していくが―。
ビブリア古書堂の趣をそのままに、舞台を江ノ島の写真館に移したような物語である。主人公の繭は、写真館を営む祖母の手ほどきで、写真に興味を持ち、専門学校に通うようになるが、そこで、自分の考えの足りなさから、自ら撮った写真によってある人物を傷つけてしまう。それをトラウマとしてずっと胸に抱え続け、それ以後カメラさえ手放して写真から遠ざかる暮らしをしていたが、祖母が亡くなり、遺品整理のために写真館を訪れなければならなくなった。そこで出会った真鳥秋孝や、残されていた未渡しの写真に絡む謎を、繭が解き明かしていくのである。閉じられた写真館に残された写真、というどこか暗い雰囲気が、繭の心象ともマッチしていて、趣きのある風景になり、しっとりとした時間が流れる印象になっている。ラストの種明かしには、閉じられていた窓を開け放ったような明るさが感じられて、ほっとさせてくれる。やさしい一冊である。
凪の司祭*石持浅海
- 2016/02/18(木) 14:02:45
暑さが残る初秋の、とある土曜。コーヒー専門店店員・篠崎百代は、一人で汐留のショッピングモールへと向かった。できるだけ多くの人間を殺害するために。一方、百代の協力者・藤間護らは、仲間の木下が死亡しているのを発見する。計画の中止を告げるため、百代を追う藤間たちだったが…。緻密な設定と息もつかせぬ展開で、一気読み必至の傑作大長編!
こんなに普通のテロリストが現れてしまったら、手の打ちようがないではないか、というのが最初の感想である。だって、実行犯は、婚約者が継ぐ食堂を手伝うのに役立つようにとのコーヒー専門店でアルバイトをしているごく普通のどこにでもいる女性なのだから。政治的背景があるわけでもなく、後ろ盾にコワイ団体がついているわけでもない、ごく平凡な一般市民。それが、恋人の突然の死、それをもたらした遠因のひとつかもしれない場所を標的にして、二度と使い物にならないようにし、今後同じような被害者が出ることを少しでも防ぐために、綿密に計画されたテロなのだから。ごく普通に暮らしていた女性が、これほどまでに残酷な行動に徹しきれるのだろうか、という疑問は当然湧くが、それを於いておいたとしても、似たような状況に置かれたときに、群衆が取る反応は充分想像の範囲である。そして、日本の警察や機動隊がこの状況に対処するのは難しいだろうことも想像に難くない。だからなおさら恐ろしい。いやだいやだ。絶対に起こってほしくない事件である。にもかかわらず、ほんの少し百代を応援しそうになってしまうのは、動機ゆえだろうか。それにしても、動機はともかく、それ以後の行動はまさにテロリストの論理である。背筋が凍るような一冊だった。
わが心のジェニファー*浅田次郎
- 2016/02/14(日) 18:53:23
浅田次郎が描く、米国人青年の日本発見の旅!
日本びいきの恋人、ジェニファーから、結婚を承諾する条件として日本へのひとり旅を命じられたアメリカ人青年のラリー。ニューヨーク育ちの彼は、米海軍大将の祖父に厳しく育てられた。太平洋戦争を闘った祖父の口癖は「日本人は油断のならない奴ら」。
日本に着いたとたん、成田空港で温水洗浄便座の洗礼を受け、初めて泊まったカプセルホテルに困惑する。……。慣れない日本で、独特の行動様式に戸惑いながら旅を続けるラリー。様々な出会いと別れのドラマに遭遇し、成長していく。東京、京都、大阪、九州、そして北海道と旅を続ける中、自分の秘密を知ることとなる……。
圧倒的な読み応えと感動。浅田次郎文学の新たな金字塔!
物心つく前に、両親が自分を捨てて離婚し、祖父母に育てられたラリーは、自分のアイデンティティにコンプレックスを抱えたまま、これまでの人生を過ごしてきた。そんな折、結婚しようと思っている日本贔屓の恋人ジェニファーに、「日本をその目で見て感じてきて」と言われ、単身、PCも携帯も持たず、ポジとネガのガイドブック二冊を携えて日本に乗り込んだのだった。さまざまなカルチャーショックを受けながら、日本各地を旅して歩くラリーの様子が、微笑ましくもあり、日本を再発見する喜びも与えてくれて、ラリーと一緒に旅を続ける気分になった。そして最後の地は、北海道の釧路である。途中何度か、「もしや?」と思わないではなかったが、運命の神様のなせるわざとしか言えないラストである。出来過ぎの感は無きにしも非ず、ではあるが、これでラリーも自信をもって自分の家族を作れることだろう。いろんな意味で興味深い一冊だった。
家族はつらいよ*小路幸也
- 2016/02/12(金) 19:11:52
講談社 (2015-12-15)
売り上げランキング: 70,186
長年連れ添った妻の誕生日の夜、平田周造は離婚届を突き付けられた。翌朝、犬の散歩に出ようとすれば、次男は結婚したい相手がいると言い出し、家に戻れば長女が亭主と別れたいと泣いている。二世帯住宅で開かれた家族会議は予想もしない展開に!? 「男はつらいよ」から20年、山田洋次監督の待望の喜劇を、「東京バンドワゴン」の小路幸也が小説化!
山田洋二監督と著者とのコラボレーションとも言える本作である。三世代同居の平田家で、次々に起こる離婚騒動と、次男の結婚話。それぞれの夫婦の関係や、それを含めた家族の関わり方など、興味津々な他人の家の騒動顛末記である。文句なく面白く、読み終えて我が身を省みる一冊でもある。
探偵の殺される夜
- 2016/02/12(金) 19:04:42
講談社 (2016-01-15)
売り上げランキング: 135,670
短編ミステリはこれを読めば、間違いなし! 本格ミステリ作家クラブが厳選に厳選した絶品のアンソロジーをお届けします。選ばれたのは、長岡弘樹、麻耶雄嵩、青井夏海、東川篤哉、貴志祐介、柳広司、滝田務雄、鳥飼否宇、辻真先、巽昌章。いずれ劣らぬ10人の競演をぜひお楽しみください! 解説・福井健太。
「オンブタイ」長岡弘樹 「白きを見れば」麻耶雄嵩 「払ってください」青井夏海 「雀の森の異常な夜」東川篤哉 「失楽園」柳広司 「不良品探偵」滝田務雄 「死刑囚はなぜ殺される」鳥飼否宇 「轢かれる」辻真先 「「覗き」くらべ」巽昌章
親しみのあるキャラクタも登場し、意外な結末に意表を突かれ、盛りだくさんで愉しめる一冊だった。
少女の時間*樋口有介
- 2016/02/10(水) 20:38:04
月刊EYESの小高直海経由で、大森で発生した未解決殺人事件を調べ始めた柚木。二年前、東南アジアからの留学生を支援する組織でボランティアをしていた女子高生が被害にあった事件だが、調べ始めたとたんに関係者が急死する事態に。事故か殺人か、二年前の事件との関連性は果たして? 美人刑事に美人母娘、美人依頼主と四方八方から美女が押し寄せる中、柚木は事件の隠された真実にたどり着けるのか──。“永遠の38歳"の青春と推理を軽やかに贈る、最新長編。柚木草平初登場作『彼女はたぶん魔法を使う』を思わせる、ファン必読の書。
柚木草平、相変わらず女性にマメである。というか、女難の相が出ているとも、個性的な女性に囲まれる宿命にあるとも言えるかもしれない。ともかく、女性の方から近づいてくるのだから、避けようがない、といった風でもある。だが、ひとたび事件が絡むと、目のつけどころは的確であり、――そうは見えないが――意外にフットワークも軽く、見事な推理で真実に近づいていく。警察にはなかなかできない融通の利く調査で、真相にたどり着いたとしても、罪を問う義務はない。今回も、その先どうなるのかは想像するしかない。それがまた人間臭くていい。娘・加奈子との関係がこの先どうなっていくのかも気になるシリーズである。
我が家のヒミツ*奥田英朗
- 2016/02/08(月) 18:55:52
結婚して数年。どうやら自分たち夫婦には子どもが出来そうにないことに気づいてしまった妻の葛藤(「虫歯とピアニスト」)。
16歳の誕生日を機に、自分の実の父親に会いに行こうと決意する女子高生(「アンナの十二月」)。
53歳で同期のライバルとの長年の昇進レースに敗れ、これからの人生に戸惑う会社員(「正雄の秋」)。
ロハスやマラソンにはまった過去を持つ妻が、今度は市議会議員選挙に立候補すると言い出した(「妻と選挙」)ほか、全六編を収録。
どこにでもいる平凡な家族のもとに訪れる、かけがえのない瞬間を描いた『家日和』『我が家の問題』に続くシリーズ最新作。
笑って泣いて、読後に心が晴れわたる家族小説。
「虫歯とピアニスト」 「正雄の秋」 「手紙に乗せて」 「妊婦と隣人」 「妻と選挙」
タイトルには「ヒミツ」とあるが、差し迫った重大な秘密というわけではなく、五つの家族、それぞれの物語である。その家族なりに深刻だったり、真剣だったりはするのだが、傍から覗き見していると、そのシリアスさが少なからず滑稽なところもあって、ますます面白いのである。人は日々、こんな些細なヒミツをなんだかんだ言いながら解決し、家庭生活を恙なく送っているのではないだろうか。シリアスでコミカルで暖かい一冊である。
プラージュ*誉田哲也
- 2016/02/07(日) 17:12:03
あるシェアハウスに住む、厄介者たちの物語。 悪と正義、法と社会、加害者と被害者……。
読む者の常識や既成概念を揺るがす、新たなエンターテイメント小説。
たった一度、魔が差した結果、仕事も住む場所も失ったサラリーマンの貴生。やっと見つけたシェアハウス「プラージュ」で、人生やり直す決意をするも、個性豊かな住人の面々に驚かされることばかりの毎日。さらに、一人の女性住人にあることを耳打ちされて……。
住人たちのそれぞれの秘密が明かされる時、新たな事件が起きる。
「海辺」という意味のプラージュという名のカフェ。その二階は、ドアのないシェアハウスになっていて、脛に傷もつ面々が暮らしている。事情はそれぞれだが、互いに詮索せず、自立に向けて一時期をそこで過ごすために、オーナーの潤子が用意した場所である。一緒に暮らすうちに、少しずつ見えてくる互いの事情、そして過去からの呪縛。罪と罰、更生と世間の目、そして何より自分の気持ち。そんな一筋縄ではいかない日々が、淡々と描かれている。なにが正しいのか、どうするのが正解なのか。それに答えが与えられることはないのかもしれないが、プラージュが寄る辺なく流れつく人々の海辺になったことは確かだろうと思われる。罪は許されないとしても、人が変わることのできる可能性は誰にも否定できるものではないのかもしれない。早いうちからずっとそこを流れていた疑問は、最後近くに解決され、予想の範囲だったが、その事実にも胸が痛む。誰にも、あしたも生きようと思えるきょうがあってほしいという思いがこみ上げてくる一冊である。
マナーの正体
- 2016/02/05(金) 07:27:10
中央公論新社
売り上げランキング: 176,599
旨い味噌汁の作り方から古びたお守りの始末まで、意外と知らない「たしなみ」を13人の作家、歌手らとともに考える新たなマナー考
さまざまなマナー論が展開されていて興味深い。たとえば、「休暇明けのマナー」とか、「絆ぐるぐるのマナー」とか、「八つ当たりのマナー」とか、ちょっとタイトルを上げただけでも読みたくなる。それが、見開きでひとつのマナーになっているので、なおさらサクサク読める。どこで止めてもどこから読み始めても愉しめるのも嬉しい。マニアックなマナーもあったり、専門的なマナーもあったり、肯かされるマナーもあったりで、愉しい一冊だった。
人魚の眠る家*東野圭吾
- 2016/02/02(火) 13:09:08
娘の小学校受験が終わったら離婚する。そう約束した仮面夫婦の二人。彼等に悲報が届いたのは、面接試験の予行演習の直前だった。娘がプールで溺れた―。病院に駆けつけた二人を待っていたのは残酷な現実。そして医師からは、思いもよらない選択を迫られる。過酷な運命に苦悩する母親。その愛と狂気は成就するのか―。
だれに寄り添って読むかで、受ける印象がものすごく変わる物語だと思う。脳死と臓器提供という重い命題と向き合うには、いささか特殊と言えなくもない状況ではあるが、一般的に言っても、両親(ことに母親)や身近な親族、つき合いのある周りの人たち、ニュースで見聞きするだけの人々、と当事者との関係性によって受け取り方も千差万別――同情的であったり、批判的であったり――であることは、想像に難くない。しかも今作では、脳死(と言い切ってしまうことはできないが)状態に押しひったのは幼い子どもであり、お金に物を言わせて親のエゴを押しつけている、と取られても致し方ない状況でもある。わたしも途中までは割とそちら寄りで読んでいたのだが、ラスト近くなって、そうとばかりも思えなくなってくるのだった。これが正解、という対応策は、おそらくこれから医療がどれだけ進歩したとしても、見つからないのだろう。ただ思うのは、周りが納得した上で穏やかに旅立たせてあげられることが、残された人たちの未来に向けてもいちばんなのではないかということである。常日頃、臓器提供の意思表示カードは携帯しているが、いざその場に自分が立ち会うことになったときに、どれだけ納得できるかは、その場に立ってみなければ判らない、というのが正直なところでもある。重すぎるテーマではあったが、ラストは爽やかささえ感じられ、この家族にはこの対応が必要だったのだと思えた一冊だった。
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