- | こんな一冊 トップへ |
しろいろの街の、その骨の体温の*村田沙耶香
- 2016/03/30(水) 07:26:19
売り上げランキング: 29,325
クラスでは目立たない存在である小4の結佳。女の子同士の複雑な友達関係をやり過ごしながら、習字教室が一緒の伊吹陽太と仲良くなるが、次第に伊吹を「おもちゃ」にしたいという気持ちが強まり、ある日、結佳は伊吹にキスをする。恋愛とも支配ともつかない関係を続けながら彼らは中学生へと進級するが――野間文芸新人賞受賞、少女の「性」や「欲望」を描くことで評価の高い作家が描く、女の子が少女に変化する時間を切り取り丹念に描いた、静かな衝撃作。
小学4年生という、ことに女子にとっては自分の躰のなかで起こる激動に心がついていかずにあたふたする年頃である。男子との精神年齢のギャップもいちばん目立つ頃ではないだろうか。そんな年頃の自意識過剰の結佳と、まだまだまったくのお子ちゃまの伊吹との歪んだ関わり、表皮だけでつきあう級友たち、クラス内カーストを必要以上に意識し、蔑まれながらもあらゆる人たちを見下すという複雑な精神構造。描かれることすべてに思い当たることがある人も少なくないことと思う。もちろん程度の差はあるが。それにしても伊吹がひとり――空気を読めないのか、一瞬にして全体の空気を読めすぎるのか――超越していてかっこよすぎる。舞台設定も見事だと思う一冊である。
ギンイロノウタ*村田沙耶香
- 2016/03/29(火) 13:26:18
私となんの関係もないあなたを、私は殺したい。ブログで、書評で、注目度No.1の新鋭、最新作品集。
表題作のほか、「ひかりのあしおと」
初読みの作家さんである。好みが分かれるという評判は聞いていたけれど、さもありなんという感じ。思春期の、自分で自分を制御しきれず、自分の躰の中で何かが暴れ出して、皮膚を突き破って出てきそうな焦燥感とか歯がゆさとか、いらだちなどが、とても適切に描かれていて、この年齢で読むから訳が分かるけれど、思春期ど真ん中の人たちが読んだらどんな感想を抱くのか、気になるところでもある。大人との関係や、自分の存在そのものに対する懐疑。程度の差こそあれ誰しも通ってくる道である。大多数は、なんでもないことのような外側をしてやり過ごすのだろうが、それができない不器用さで真正面から立ち向かう姿は痛ましくも逞しい。人の成長っていろいろ大変なのだと改めて思わされる一冊でもある。
からだとはなす、ことばとおどる
- 2016/03/28(月) 07:11:49
ときにドキッとする描写や、微妙な女心も顔をのぞかせる、独特のことばの「肌触り」。けっして〈わたし〉とは言わない石田千の〈わたし〉が、抑制の利いた文章ながら、いままでで一番自分をさらしている。22枚の章扉を飾る石井孝典による著者の写真にも、本人も気づいていない〈わたし〉が写っている。
これ以上ないくらい著者らしく、これまでに増して、さらに著者のことが愛おしくなる一冊である。写真もとてもいい。
まく子*西加奈子
- 2016/03/26(土) 09:25:10
小さな温泉街に住む小学五年生の「ぼく」は、子どもと大人の狭間にいた。ぼくは、猛スピードで「大人」になっていく女子たちが恐ろしかった。そして、否応なしに変わっていく自分の身体に抗おうとしていた。そんなとき、コズエがやってきたのだ。コズエはとても変だけれど、とてもきれいで、何かになろうとしていなくて、そのままできちんと足りている、そんな感じがした。そして、コズエは「まく」ことが大好きだった。小石、木の実、ホースから流れ出る水、なんだってまきちらした。そして彼女には、秘密があった。彼女の口からその秘密が語られるとき、私たちは思いもかけない大きな優しさに包まれる。信じること、与えること、受け入れること、変わっていくこと、そして死ぬこと……。この世界が、そしてそこで生きる人たちが、きっとずっと愛おしくなる。
西加奈子、直木賞受賞後初の書き下ろし。究極ボーイ・ミーツ・ガールにして、誰しもに訪れる「奇跡」の物語。
大人になることに嫌悪感を抱き、女子からはもちろん男子からも距離を置きたがる慧が、「まく」ことが好きな転校生・コズエと出会うことで物語は始まる。田舎の温泉街の密度の濃い人間関係の中で成長していくことは、時に逃げられない窮屈な思いと闘うことでもあるのかもしれなくて、その思いが、一風変わったコズエを知ることで、外へ気持ちを向かわせるきっかけにもなっているような気がする。慧にとってだけではなく、ほかの人たちにとっても、コズエやそのオカアサンとの出会いは、あるべくしてあったことなのだろうと思われる。どんな人にもコズエがいてくれたら、と思わされる一冊である。
日替わりオフィス*田丸雅智
- 2016/03/25(金) 19:24:09
「働くこと」をテーマにした、1話5分で読めるショートショートを18編集めた小説。
仕事が出来すぎる同僚の秘密が暴かれる「アイデア、売ります」、自分では生きていると思っているのに、周囲の人からは気付かれない「客観死」、モテすぎる女性社員たちがこぞって飲む「奉公酒」など、シリアスな仕事の状況や緊張感のある人間関係をくすっと笑える読後感が味わえます。
働くこと、とひと口に言っても、著者の手にかかると、とんでもないことになることもある。というか、ほぼとんでもないことになっている。だが、実際の社会から突拍子もなくかけ離れているかと言われると、そうでない部分も多々あったりするので、却って周りを見回して背筋がぞくっとしたりもするのである。いつの間にか少しずれた世界に取り込まれていきそうな一冊である。
嫌な女*桂望実
- 2016/03/23(水) 17:16:16
トラブルを重ねる夏子、その始末をする徹子。特別になりたい女と平凡を望む女。それでも―私は、彼女を嫌いになれなかった。“鉄の女”と“性悪女”を描く、桂望実二年ぶりの長編。
おもしろかった。嫌な女の夏子と、遠縁で弁護士の石田徹子。二人の女性の対比ももちろんだが、何かにつけて徹子に弁護を依頼してくる夏子と、毛嫌いしながらも依頼を引き受けて夏子の境遇を探る徹子の様子も興味深い。新米弁護士時代から、ベテランになり、セミリタイアするまでの徹子の変遷や、夏子が手を染めるさまざまな事柄にも興味は尽きない。いろんな要素がどれも面白いのは、反発し合うように見えて互いに必要としているからなのかもしれない。夏子なくして徹子の人生は成り立たなかったと言ってもいいくらいかもしれない。奪うばかりでなく惜しみなく与える嫌な女夏子と、その人生を追い続けた徹子を見守りたくなる一冊である。
鍵の掛かった男*有栖川有栖
- 2016/03/21(月) 18:36:37
2015年1月、大阪・中之島の小さなホテル“銀星ホテル”で一人の男・梨田稔(69)が死んだ。警察は自殺による縊死と断定。しかし梨田の自殺を納得しない人間がいた。同ホテルを定宿にする女流作家・影浦浪子だ。梨田は5年ほど、銀星ホテルのスイートに住み続け、ホテルの支配人や従業員、常連客から愛され、しかも2億円以上預金残高があった。影浦は、その死の謎の解明をミステリ作家の有栖川有栖とその友人の犯罪社会学者・火村英生に依頼。が、調査は難航。梨田は身寄りがない上、来歴にかんする手がかりがほとんどなく人物像は闇の中で、その人生は「鍵の掛かった」としか言いようがなかった。生前の彼を知る者たちが認識していた梨田とは誰だったのか?結局、自殺か他殺か。他殺なら誰が犯人なのか?思いもしない悲劇的結末が関係者全員を待ち受けていた。“火村英生シリーズ”13年ぶりの書き下ろし!人間の謎を、人生の真実で射抜いた、傑作長編ミステリ。
火村&アリスシリーズの最新刊である。この二人はやはりいいなぁ。だが、今回はいささか趣向が違っていて、前半の探偵役はアリスであり、彼ひとりでかなりなところまで調べを進めているのである。いつもなら、的を射た火村の推理に、要らない茶々を入れつつ、その実しっかり核心に通じるヒントを与える役どころに徹しているアリスだが、今回は、アリス無くしては真相に近づくことはできなかっただろう。だが、やはり、火村先生登場後の進展には目を瞠るものがある。目のつけどころがやはり違うのだと、改めて実感させられる。このコンビはいつまでも末永く続いてほしいと願う一冊である。
異類婚姻譚*本谷有希子
- 2016/03/18(金) 18:41:29
「ある日、自分の顔が旦那の顔とそっくりになっていることに気が付いた。」――結婚4年の専業主婦を主人公に、他人同士が一つになる「夫婦」という形式の魔力と違和を、軽妙なユーモアと毒を込めて描く表題作ほか、「藁の夫」など短編3篇を収録。大江健三郎賞、三島由紀夫賞受賞作家の2年半ぶり、待望の最新作!
夫婦が同化していくというところにはうなずけはするが、それに違和感を覚え始めた途端に、夫の存在そのものが輪郭をあやふやにし、よく判らないものになっていくというのは、実感としてはよくわからない。目のつけどころは面白いと思うが、ここまでホラーっ気を強くしなくてもよかったのではないかという気がしなくもない。それともこれは真性のホラーなのだろうか。それならまた別の話しではある。好みが分かれる一冊かもしれない。
甘いお菓子は食べません*田中兆子
- 2016/03/18(金) 07:06:14
欲望に蓋をして生きていくつもりだった。けれど――。第10回R-18文学賞大賞受賞作。アルコール依存から脱することのみを目的に生きる女。「きみとはもうセックスしたくない」と夫から宣言された女。母になるか否かを考え続ける女。もっと愛したい、もっともっと愛されたい、なのに――40代を漂う彼女たちが見つけた、すべて剥がれ落ちた果ての欲望の正体とは。女の危うさと哀しみを迫力の筆致であぶり出した、連作短編集。
「結婚について私たちが語ること、語らないこと」 「花車」 「母にならなくてもいい」 「残欠」 「熊沢亜里紗、公園でへらべったくなってみました」 「べしみ」
ここまで極端ではなくても、身近にあってもおかしくないようなシチュエーションではある物語たちである。リストラされたり親を亡くしたり、自分はこの先どうなっていくのだろうかと、ふと不安に駆られる年代が40代なのかもしれない。いくばくかの焦りと、諦め、そしてまだ尽きぬ欲望が、人生の第二段階に入ろうとする女たちを翻弄しているようである。好き嫌いは分かれるかもしれない。装丁が内容をよく表している一冊である。
ハーメルンの誘拐魔*中山七里
- 2016/03/16(水) 19:00:18
KADOKAWA/角川書店 (2016-01-29)
売り上げランキング: 57,880
病院からの帰り道、母親が目を離した隙に15歳の少女・香苗が消えた。現場には中世の伝承「ハーメルンの笛吹き男」の絵葉書が残されていた。警視庁捜査一課の犬養隼人が捜査に乗り出し、香苗が子宮頚がんワクチン接種の副作用によって記憶障害に陥っていたことが判明する。数日後、今度は女子高生・亜美が下校途中に行方不明になり、彼女の携帯電話と共に「笛吹き男」の絵葉書が発見された。亜美の父親は子宮頚がんワクチン勧奨団体の会長だった。ワクチンに関わる被害者と加害者家族がそれぞれ行方不明に。犯人像とその狙いが掴めないなか、さらに第三の事件が発生。ワクチン被害を国に訴えるために集まった少女5人が、マイクロバスごと消えてしまったのだ。その直後、捜査本部に届いた「笛吹き男」からの声明は、一人10億、合計70億円の身代金の要求だった…。
子宮頸がんワクチンの副作用に苦しむ少女たちやその家族にスポットを当てた物語である。被害者と加害者の埋めようもない意識の差。苦しむ被害者と頬かむりする加害者という構図が印象的である。ハーメルンの笛吹き男をキーにしたのは、誘拐される人数の多さのみによるものだったのだろうか。そこにもっと深い意味を読み取れなかったのがいささか残念ではあるが、誘拐の顛末は斬新で、驚かされ、その気持ちに胸が痛んだ。被害者と加害者の問題意識のあまりの違いに憤りも感じる一冊である。
たそがれどきに見つけたもの*朝倉かすみ
- 2016/03/15(火) 16:55:25
もう若くない、まだ若い、そんな複雑な気持ちを抱えた、人生の折り返し地点にきた女と男が抱える様々な問題――家族、仕事、そして恋愛――を切り取る、短編集
「たそがれどきに見つけたもの」――SNSで高校時代の友だちに久しぶりに再会。彼女はまだ、そのときのことを引きずっているようで。
「その日、その夜」――きむ子は思った。(お尻、出したまま死ぬのはいやだなあ)と。
「末成り」――ちょっと話を盛りすぎちゃったかな……ゼンコ姐さん―内田善子は家に帰って、服を脱ぎ濃いめのメイクを落としながら考える。
「ホール・ニュー・ワールド」――コンビニのパート先でちょっと話すようになった朴くんに、淡い恋心を抱く智子。朴くんも、やぶさかではないんじゃないかと思っている。
「王子と温泉」――結婚して、子どもが生まれてから初めてのひとり旅。夫と娘に送り出されて行った先は、贔屓にしている”王子”との温泉ツアーだった。
「さようなら、妻」――1985年、6月。妻と初めてふたりきりで会った日。彼女はあじさい柄のワンピースを着ていた。
なさそうでいてありそうで、もしかすると身近なところにもあるかもしれないと、ふっと思わせてくれるような物語ばかりである。読む人の心のなかにも、程度の差こそあれ、似たような思いが秘められていそうなところが怖くもあるが、可笑しくもある。気づいていなかったものに気づかされて、笑ってしまいたいような気持になったりもする。誰もが、そこはかとない狂気をはらんでいるようにも見え、案外それが普通なのかもしれないと思い直したりもする。著者らしいテイストの一冊である。
死んでいない者*滝口悠生
- 2016/03/14(月) 13:04:26
秋のある日、大往生を遂げた男の通夜に親類たちが集った。子ども、孫、ひ孫たち30人あまり。一人ひとりが死に思いをはせ、互いを思い、家族の記憶が広がっていく。生の断片が重なり合って永遠の時間が立ち上がる奇跡の一夜。第154回芥川賞受賞。
通夜に集まった家族や親せきの言動や胸の裡を描きながら、在りし日の個人像を浮かび上がらせていく物語かと思って読んだのだが、初めの内こそ、それらしい印象もあったが、次第に、どれが誰の子か孫かも判らなくうなりそうな、未成年の者たちの飲酒風景が多く描かれ、気分が悪くなった。興味深い題材だったので、もっと深く各自の心情を掘り下げて見せてくれたら、とても面白いものになったのではないかと、残念な思いではある。個人的には、いささか期待外れの一冊だった。
フランダースの帽子*長野まゆみ
- 2016/03/13(日) 06:49:55
ポンペイの遺跡、猫めいた老婦人、白い紙の舟…。不在の人物の輪郭、欠落した記憶の彼方から、おぼろげに浮かび上がる六つの物語。たくらみに満ちた短篇集
著者らしい怪しさに満ちた物語たちである。読み流していると、あるところから急に見える景色ががらりと変わる。そして、姉と弟の組み合わせの多いこと。しかも、一筋縄ではいかない現れ方でもあるので、騙されずにはいられない。判ったときには、なるほど、となる。たしかに企みに満ちた一冊である。
白バイガール*佐藤青南
- 2016/03/11(金) 17:17:22
実業之日本社 (2016-01-30)
売り上げランキング: 28,481
神奈川県警の白バイ隊員になったばかりの本田木乃美は、違反ドライバーからの罵詈雑言に泣かされる日々。同僚の女性隊員・川崎潤ともぎくしゃくしている。そんな中、不可解なバイク暴走死亡事故が発生。木乃美たちが背景を調べ始めると、思いがけない事件との接点が―。隊員同志の友情、迫力満点の追走劇、加速度的に深まる謎、三拍子揃った警察青春小説の誕生!
消防士の次は、白バイ隊員のお仕事小説である。箱根駅伝の先導をしてくて白バイ隊員を目指した本田木乃美が主人公。二人だけの女性隊員の川崎潤とも仲良くなれず、ライドの技術にも取り締まりの話術にも自信が持てない。人より秀でているのは並外れた動体視力だけ。それさえ仲間に指摘されるまでは気づいていなかった。そんな木乃美が警邏中にちらっと目にしたステッカーは、いまは殲滅されたはずの暴走族グループのものだった。自分の分を超えて捜査を始める木乃美に、仲間たちも手を貸してくれ、それが大事件解決のの手掛かりにつながるのである。鬼気迫る追跡劇や、きゅんとさせられるロマンスの欠片も盛り込まれ、愉しく読める青春小説でもある。なにより、気分がスカッとする一冊になっている。
真実の10メートル手前*米澤穂信
- 2016/03/09(水) 17:18:14
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累(こいがさね)心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める…。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。
太刀洗万智の活動記録だが、フリーランスになる前の記者時代のものもある。独特の取材姿勢と鋭い洞察力は、行動を共にする人にとっては、とっつきにくいかもしれないが、その真摯さを知った後では、次の出方に興味津々にもなるのではないだろうか。とはいえ、現場ではそんな暢気なことを言ってはいられない。彼女が取材対象者に向かって繰り出す質問の真意は後になってから判るのである。一見クールな太刀洗万智であるが、渦中の人のことを本気で考えてもいるので、好感度が上がる。彼女のことをもっと知りたくなる一冊である。
薄情*絲山秋子
- 2016/03/09(水) 07:35:26
境界とはなにか、よそ者とは誰かーー。
土地に寄り添い描かれる、迫真のドラマ。
地方都市に暮らす宇田川静生は、他者への深入りを避け日々をやり過ごしてきた。だが、高校時代の後輩女子・蜂須賀との再会や、東京から移住した木工職人・鹿谷さんとの交流を通し、徐々に考えを改めていく。そしてある日、決定的な事件が起き――。季節の移り変わりとともに揺れる主人公の内面を照らし出す、著者渾身の長編小説。
群馬という、地方というには東京が身近にあり、だがやはり人々の暮らしは田舎暮らしに近い地方都市を舞台に、地の者と、一旦外に出て戻ってきた者、そして都会からやって来た者との微妙な感覚の差異と、それに気づいて揺れる気持ちが描かれた物語である。いまいる所に、自分というパズルのピースがかっちりはまる場所がないような、心もとない気分を「薄情」と表したのだろうか。宇田川の思考の過程――ことに蜂須賀に関する――が、個人的にはあまりよく理解できないのだが、地方都市で生きていくということの鬱屈が関わっているのだろうか、とは思わされる。自分の立っている場所を無条件に受け入れられない葛藤は、じわじわと沁みこむように伝わってくる。鹿谷さんはずるくて嫌いだ。宇田川が、薄い卵殻越しに見ていた世界が、殻が壊れることでクリアになることを祈るような心地になる一冊である。
バスを待って*石田千
- 2016/03/06(日) 17:03:15
町の景色と人情が心に沁みる石田千連作小説
<いちばんまえの席があいた。となりのおじいさんは、いそいで移動して椅子によじのぼった。男のひとは、いつまでもあの席が好きでおかしい。> 夫をなくしたばかりのお年寄り、自分の進路に迷う高校生、上司とそりが合わず落ち込むサラリーマン、合コンに馴染めないOL……、季節、場所、人は違えど、バスにゆられて「明日もがんばるか」と元気を回復する二十篇。
第一回古本小説大賞、2011年、12年芥川賞候補の石田千氏の最新小説。「お洒落なイタリアンより酒肴の旨い居酒屋が好き」「流行のファッションより古着やナチュラル系の服が好き」という女性を中心に人気を博している小説家・エッセイストの、人情に溢れ、ほろっときたり、ほほ笑んだりしながら読める物語。
路線バスにまつわる二十の物語である。いつものように、急に思い立って、誰かに会いに、誰かと別れて、浮き浮きと、涙をこらえて。さまざまな状況で、いろんな人が路線バスに乗る。同じバスに乗り合わせた人たちのそれぞれに人生があり、その人たちに関わる人たちの人生も絡まっている。そしてそんなバスを運転する人も、その周りの人もいる。そのすべてにそれぞれが主役の物語があるのだと、本作を読むとしみじみと思われてきて、丁寧に生きてみたい心地にさせられる。心なしかいつもよりも文体が柔らかく、著者らしさは失わないまま、愛おしさがより増すような印象でもある。自分が少しだけやさしくなったような気分になれる一冊である。
ロング・ロング・ホリディ*小路幸也
- 2016/03/04(金) 17:15:47
でも、僕らは探していたんだ。見えない未来を。この場所で――。
夢、進路に、恋……、真剣に向き合ったあの日々が、いまの僕を支えてくれているんだ。
1981年、札幌。喫茶店〈D〉でアルバイトをしている大学生・幸平のもとに、東京で働いているはずの姉が「しばらく泊めて」と突然、現れた。幸平は理由を聞き出せないまま、姉との暮らしを始める。
一方、〈D〉では、オーナーと店長が「金と女」のことで衝突してしまう。そんな二人を見て、幸平たちは“ある行動"に出る。それは一人の女性を守るためだったが、姉の心にも影響を与え……。
「東京バンドワゴン」シリーズで人気の著者による喫茶店に集う若者たちの苦悩と成長を描いた長編小説。
1981年が舞台だが、現在に置き換えても充分通用する物語だと思う。喫茶店でアルバイトしながら大学に通う男の子たちと、事務員の同世代の女の子、店長、そして社長。そこに常連客達を絡めた人間関係の、その場でだけ成立するような独特な雰囲気に、体育会系の青春のノリを感じてしまう。夢を持って、仲間や仕事を大切に思い、互いの個性を尊重し合って過ごす彼らの姿勢は好ましいのだが、この雰囲気の中に身を置きたいかと訊かれたら、個人的にはいささかためらってしまうかもしれない。だが、大人の事情も踏まえつつ、彼らにできる役割をしっかり果たしたのだろうとは思う。わたしにとっては、もうひとつノリきれない一冊だったかもしれない。
世にも奇妙な君物語*朝井リョウ
- 2016/03/03(木) 18:21:47
今年二十五周年を迎えたテレビドラマ、「世にも奇妙な物語」の大ファンである、直木賞作家・朝井リョウ。映像化を夢見て、「世にも奇妙な物語」のために勝手に原作を書き下ろした短編、五編を収録。
1 シェアハウさない
2 リア充裁判
3 立て! 金次郎
4 13.5文字しか集中して読めな
5 脇役バトルロワイアル
それぞれの物語も、それぞれが、いささかずれた方向性に向かっている可笑しさや恐ろしさや奇妙さがあるのだが、本作は、それも含めて一冊全体の構成の奇妙さが興味深い。最終章では、なぁんだそうだったのか、と思わされ、しかも最後まで気が抜けない仕掛けである。愉しませてもらった一冊である。
そして、何も残らない*森晶麿
- 2016/03/02(水) 17:07:12
真琴は高校の卒業式を終え、既に廃校となっている母校の平静中学校を訪ねた。朽ち果てた校舎に、彼女が所属していた軽音楽部のメンバーが集められたのだ。目的は中学三年のときに部を廃部に追い込んだ教師への復讐。だが、再会を祝して全員で乾杯した瞬間、ミニコンポから、その教師の声が響き渡った。「平静中学校卒業生諸君に死を」。一同が驚愕するなか、突然メンバーのひとりが身体を痙攣させ、息を引き取る。真琴は警察に連絡をしようとするも、携帯電話の電波が届かない。しかも学校を囲む川に架かる橋が何者かによって焼き落とされ、町に戻ることができない状態になっていた…。すべて伏線、衝撃のどんでん返し…。究極の「青春+恋愛」ミステリー。
内容紹介にある通り、まさに伏線だらけである。そして、現在は高校卒業間近であると言っても、事件の発端となった中学時代のことが多く語られているのである。ほんとうにこれが中学生?と思うようなっ描写ばかりで、いささかついていけなくなる。本歌取り、というか、見立て殺人によって、橋が壊されて閉じ込められた廃校で、次々にかつての仲間が殺されていくのだが、いくら伏線があっても、これほどうまくいくものだろうかという気がしなくもない。これによって、誰かカタルシスを得たのだろうか、あるいは幸せになったのだろうか、というところも気になる。後味がいいとは言えない一冊ではある。
こちら警視庁美術犯罪捜査班*門井慶喜
- 2016/03/01(火) 20:42:52
三田村豪気は、警視庁捜査二課美術犯罪捜査班に所属する新米刑事。やる気と体力は人一倍だが、美術にはとんと疎い。美貌の上司・岸すみれの薫陶のもと、にわか仕込みの知識を駆使して、違法スレスレの詐欺的ビジネスを続ける美術品販売会社の犯罪を暴こうとするが…。
警視庁でただ一人の美術犯罪捜査官・岸すみれの部下になった新米刑事・三田村豪気が主人公である。美術に関してはド素人の豪気が、美術に造詣の深い美人上司のすみれと一筋縄ではいかない美術犯罪に挑む。というと格好いいが、敵のボスはすみれの元夫で、すみれの美大時代の学友でもあるのだ。コメディではないのだが、豪気の門外漢ぶりと奮闘ぶりに思わず苦笑を誘われ、すみれとの掛け合いにも思わず笑ってしまったりもする。美術犯罪を暴く物語であるのと同時に、すみれの人生を立て直す物語にもなっている印象である。個人的なしがらみ抜きの美術犯罪捜査も見てみたいと思わされる一冊である。
- | こんな一冊 トップへ |