- | こんな一冊 トップへ |
名無しの蝶は、まだ酔わない 戸山大学<スイ研>の謎と酔理*森晶麿
- 2016/04/29(金) 18:17:49
KADOKAWA/角川書店
売り上げランキング: 687,959
『ここは推理研究会ですよね?』『いかにも、ここは酔理研究会だ』―それが神酒島先輩と、私の世界を変えるサークルとの出会いだった。憧れの“スイ研”で待っていたのは、果てなき酒宴と“酔い”の理。そして不思議な瞳を持つ幹事長・神酒島先輩で―。共感度抜群!!名無しの大学生たちの青春歳時記!
基本、酔っ払い大嫌いなわたしとしては、時を選ばず酔い潰れて、無茶苦茶をしている輩の描写には、正直うんざりである。だが、〈スイ研〉の話を読もうとする時点で、それは判り切っているのだから、文句をつける筋合いではないだろう。酔ってさえいなければ、みんな個性的でいい人っぽいのが、ある意味救いか。神酒島先輩がぽろりと漏らすひと言には、含蓄があり、蝶子との掛け合いも、突き放すでもなく、甘くなりすぎるでもなく、絶妙なバランスを最後まで貫く辺りは、見事である。二人の今後が愉しみな限りである。そんなあれこれにミステリ風味をまぶしました、と言う感じの一冊である。
アンと青春*坂木司 アンと青春*坂木司
- 2016/04/27(水) 18:51:04
ある日、アンちゃんの手元に謎めいた和菓子が残された。これは、何を意味するんだろう―美人で頼りがいのある椿店長。「乙女」なイケメン立花さん。元ヤン人妻大学生の桜井さん。そして、食べるの大好きアンちゃん。『みつ屋』のみんなに、また会える。ベストセラー『和菓子のアン』の続編。
「空の春告げ鳥」 「女子の節句」 「男子のセック」 「甘いお荷物」 「秋の道行き」
待ちに待った続編である。またアンちゃんやみつ屋の立花さん、椿店長、桜井さんに会えて嬉しくてたまらない。アンちゃんも、相変わらず自分の存在にいまひとつ自信を持てずにいたりはするが、それでも疑問に思い、自分で調べて対処しようとする姿には成長が感じられる。ふと発せられた言葉の端から、起こっていることの問題を拾い上げ、核心に迫って解決策を導き出す。誰かに助けを求め、誰かと話すことからヒントを掴んで、少しでも良く在りたいとしている姿は、きっと誰でも応援したくなる。ただ、今回は、立花さんとの関係が、ちょっとうまくいっていない。どこか歯車がかみ合っていないのである。その原因はおそらく立花さんの側にあって、次回作で進展があるのだろう。早く続きが読みたいシリーズである。そうそう、出てくるお菓子もどれもおいしそうで、口の中によだれが……。
天使の棲む部屋 問題物件*大倉崇裕
- 2016/04/26(火) 18:33:30
大島不動産販売・販売特別室の若宮恵美子は、桁外れの「問題物件」のクレーム処理に悪戦苦闘、危機一髪のところを何度も犬頭光太郎という奇天烈な男に助けられている。文字通り人間離れした力を持つ犬頭は、前社長の遺児・大島雅弘が大事にしているぬいぐるみ・犬太の化身なのか…?そんな恵美子に新たに押しつけられたのは、アメリカのアリゾナ州の外れに建つ洋館だった。「天使の棲む部屋」と呼ばれる一室では、犯罪者ばかりが何人も拳銃自殺を遂げており、死者は50人とも100人とも言われているというのだが―。規格外の名探偵(!?)犬頭光太郎ふたたび!!喧嘩上等、ルール無用。ワケアリ物件など恐るるに足らず。なんでもありの破壊的ミステリー!
犬頭光太郎(&若宮恵美子コンビ)ふたたび、である。寝たきりの雅弘の病状も相変わらずであり、前作にも増して、ひど過ぎる物件対応ばかり押しつけられる恵美子である。なんとかなるとは到底思えない問題に立ち向かおうとするとき、どこからともなく現れて、少々手荒なやり方で解決へと導く犬頭光太郎も相変わらず無茶苦茶である。だが、結局は解決できてしまうのだし、雅弘を想う気持ちは人一倍強いので、絶対的に憎めないのである。ここはもうどんなに無茶苦茶でもいいのである。読み終わったばかりで、もう次の問題物件を速く見たいと思わされるシリーズである。
誰にも探せない*大崎梢
- 2016/04/24(日) 17:13:47
疎遠になった幼馴染みの伯斗が数年ぶりに晶良の前に現れた。幼い頃に夢中になった「埋蔵金が眠る幻の村」を探そうと言う。かつて祖母からこっそり手に入れた幻の村の地図。それは晶良と伯斗の友情の証、二人だけの秘密の冒険だった。今になって一体なぜ?わだかまりを感じながらも、半信半疑で再び幻の村を目指そうとした矢先、伯斗の消息が途絶えてしまう。さらに“お宝”を狙う連中が晶良に迫り…。幻の村とは?伯斗の目的は本当に埋蔵金だったのか?
祖母が子どもの頃、友達にもらったという六川村というなくなってしまった村の地図。その村には穴山梅雪の埋蔵金が眠るという。幼馴染の晶良と伯斗も夢中になって探したが、村の在処さえ見つけることはできず、いつしか伯斗とも疎遠になってしまった。そんな折、突然晶良の前に伯斗が現れたことで、物語は始まる。道なき山中を追いつ追われつするきびしいことにもなり、死人も出るほどの大ごとなのだが、どういうわけか――良いのか悪いのかは別として――その辺りの恐ろしさは感じられない。晶良も伯斗も無事に帰れると信じていられるのは、彼らのおばあさんたちの力なのかもしれない。誰が敵で誰が味方か、ぐちゃぐちゃに入り交じり、人間不信にも陥りそうになるが、根っこのところが揺るがないのがいいところでもある。幻の六川村、いつか見つかってほしい気もするが、このまま永遠に幻でいてほしい気もする。人の欲の恐ろしさがいちばんの害悪だと思わされる一冊でもある。
アシタノユキカタ*小路幸也
- 2016/04/23(土) 07:43:23
「先生、この子を母親のところまで連れて行ってくれないかしら」 ある日、十歳の少女あすかを連れて訪ねてきたキャバクラ嬢の由希は、札幌に暮らす「片原修一」に迫った。あすかは高校教師だった彼の教え子鈴崎凜子の娘で、由希は凛子の親友だという。凛子は現在、帰省した熊本で緊急入院しているらしい。なぜ僕が?と応じる「修一」に、かつて二人が〝特別な関係〟だったことを持ち出す由希。かくしてそれぞれが抱える〝大人の事情〟も絡み合う、日本縦断七日間の奇妙な旅が始まった――。 札幌から熊本まで2000キロ。『東京バンドワゴン』の著者が描く心温まるロードノベル。
不思議な組み合わせの北海道から九州までの珍道中である。設定は結構シリアスで、無理やり感も無きにしも非ずなのだが、なんだかすべてを許せてしまうようなほのぼのした印象もあり、子どもには聞かせられない話も多々あるものの、当の子どもがいつもしっかり傍にいる。悪いやつも出てくるが、結局役に立ってしまっていたりする。基本、著者の物語に根っからの悪人は出てこないというところで、読者も安心して展開を愉しむことができるのである。物語が終わるところが、ほんとうの物語のはじまりでもあるのだと改めて思わされる一冊でもある。登場人物ひとりひとりのその後を想うと、しあわせそうな顔しか思い浮かばないのもいい。
恭一郎と七人の叔母*小路幸也
- 2016/04/21(木) 17:18:44
主人公・恭一郎には、七人の叔母がいる。
昭和を舞台に、時代に流されず、したたかに生きる八人姉妹。
彼女たちとその周囲で起きる様々な日常を、『東京バンドワゴン』シリーズなどで人気の著者が描き上げる。
更屋恭一郎の母と、その妹である七人の叔母たちの物語である。それぞれに個性的なおばたちを描くことで、更屋家の事情や、時代背景までもが浮かび上がってくるようである。彼女たちの恭一郎との関わりようが現在の彼を形作っているとも思われて、叔母たちを語りながら、恭一郎が自分自身を語っているような気もしてくる。物語は、恭一郎が誰か女性に語っているという趣向で、彼女が誰なのかは最後に明かされるのだが、なるほど、という感じである。叔母たちも恭一郎も、これからもずっと新しい物語を紡ぎ出していきそうだと思われる一冊である。
私にふさわしいホテル*柚木麻子
- 2016/04/20(水) 07:43:48
売り上げランキング: 6,006
「元アイドルと同時受賞」という、史上最悪のデビューを飾った新人作家・中島加代子。さらに「単行本出版を阻止される」「有名作家と大喧嘩する」「編集者に裏切られる」etc.絶体絶命のトラブルに次々と襲われる羽目に。しかし、あふれんばかりの野心と、奇想天外なアイデアで加代子は自分の道を切り拓いていく―。何があってもあきらめない不屈の主人公・加代子。これぞ、今こそ読みたい新世代の女子下剋上物語。
長いスパンの物語である。小説家として成り上がろうともがく主人公・中島加代子(筆名=相田大樹、あるいは有森樹李)の浮いたり沈んだり突進したり突っかかったりの人生模様の顛末なのである。大学の先輩で担当編集者でもある遠藤や、勝手に宿敵と決めた大御所作家・東十条宗典が、反発し合い罵り合いながらも、なんだかんだでいつもそばにいて、互いにお尻を叩き、あるいはもたれ合いながらも、いつの間にか前に進んでいるのも皮肉っぽくて面白い。コミカルな中に、ほろ苦さやほのかな甘み、温か味も感じられる一冊である。
ホラベンチャー!*竹内真
- 2016/04/18(月) 17:06:32
開祖が吹いたホラ話で山を高くした褒美に、殿様から姓を賜ったという洞山家。その末裔である洞山真作は、30歳、現在無職。法事で帰省中に親戚たちに煽られ、ついベンチャー起業を宣言してしまう。でまかせだったのに「大言壮語は洞山の男の甲斐性」と、やんやの喝采を浴び、勢いのまま起業という荒波に漕ぎだすことに…。一族に語り継がれてきた数々の昔話を胸に、真作は幾多の困難に立ち向かっていくが―。戦国から平成まで縦横無尽なホラ話。痛快!エンターテイメント起業小説。
初めは、真作のダメダメ物語かと思ったが、どこまでがホラでどこからが真実かも判然としない洞山一族に伝わる先祖の逸話を織り込みながら、現在の真作のいい加減さやホラ話から、なんとなく前向きな話になり、実際に起業してしまう奮闘ぶりには思わず身を乗り出し、だがやはり、詰めの甘さの真作らしさに苦笑し、ホラ話ゆえの自由な発想に拍手しながら、真作が少しずつものになっていくのを眺めるのはとても愉しかった。きっとこれからも詰めの甘さで失敗することもあろうとおもうが、思わず応援したくなる一冊である。
下町ロケット2 ガウディ計画*池井戸潤
- 2016/04/16(土) 08:51:58
小学館 (2015-11-05)
売り上げランキング: 1,587
ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。
大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、
NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。
「ガウディ」と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。
しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所に
とってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断は・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。
下町ロケットの続編、佃製作所は医療分野に進出する。ドラマを観てしまったあとなので、キャラクタがドラマに引っ張られるのは仕方がないが、結末がわかっていても、何かあるたびにどきどきするのは、やはり文章と構成力の力だろう。仲間の離脱や情報漏えい疑惑に悩まされる中で、それでも地道に製品の開発に心血を注ぐ社員たちのモチベーションは、金儲けや名誉ではなく、子どもたちに明るい笑顔を取り戻したいという一心で、まさに佃魂だろう。それにしても、ドラマのラストの小泉孝太郎さんの登場はなんだったのだろうと、本作のラストを読んで、いまさらながらに不思議である。まだまだ佃製作所の次の挑戦が見たい一冊である。
九十九藤(つづらふじ)*西條奈加
- 2016/04/14(木) 18:34:27
江戸の人材派遣業、口入屋・冬屋(かずらや)の女主人となったお藤。「商いは人で決まる」が口癖の祖母に口入稼業を仕込まれ育ったが、実家の不幸が重なり天涯孤独の身に。義母から女衒に売られるも必死に逃げ、江戸で生きてきた。
お藤は、払いが悪く悶着の多い武家が相手の商いで傾いた店を救うため、ある勝負に打って出る。取り扱う客を商家に絞り、男の奉公人志願者に徹底した家事指南を行い、大店へ送り込む。前代未聞の大転換は周囲の猛反発を呼んでしまう。
そんな折、お藤は女衒から逃げていた時に助けてくれたお武家によく似た男と出会う。男は黒羽の百蔵と呼ばれ、江戸中の武家奉公人の上に立つ恐ろしい人物だった。
冬屋の挑戦がようやく成果をあげはじめた頃、その好調ぶりを忌々しく思う人宿組合の顔役たちは百蔵を相談役に据え、冬屋潰しを目論む。お藤たちは真っ向勝負を挑むが――。
人は何のために働くのか、仕事の喜びとは何かを問い直す渾身の長編時代小説。
持ち前の粘りとアイディアで、男社会の口入屋で新しい商いを始め、評判をとったお藤の奮闘ぶりと恋心の物語である。昨今テレビドラマも女性が活躍するものが人気を博しているが、その小説版といったところであろうか。お藤の生い立ちから逃げだしてきた顛末、そして増子屋主人の太左衛門に拾われて江戸に出てきてからの苦労と充実ぶりに、胸がすく心地である。黒羽の百蔵との関わり方もいい。ラストにふっと時が飛んだ場面が描かれているのがまたまたいいのである。溜飲が下がる思いの一冊である。
みんなの怪盗ルパン
- 2016/04/11(月) 17:07:34
ポプラ社
売り上げランキング: 72,473
多くの人の読書体験に強い影響を与えてきた、「怪盗ルパン」シリーズ。
弱きを助け、強きを挫く、世界一華麗な怪盗〝ルパン〟の活躍に憧れた子供たちも数多いことだろう。
今作では、子供時代、怪盗ルパンに胸を躍らせた過去を持つ作家陣が集結。
小林泰三、近藤史恵、藤野恵美、真山仁、湊かなえの豪華5人が、「怪盗ルパン」のオマージュ小説に挑む!
『最後の角逐』小林泰三
『青い猫目石』近藤史恵
『ありし日の少年ルパン』藤野恵美
『ルパンの正義』真山仁
『仏蘭西紳士』湊かなえ
「ホームズとルパン、どっちが好き?」というのは、ミステリ好きなら誰もが一度は問いかけられたことではないだろうか。わたしは最初に読んだルパンの物語のインパクトがあまりにも強かったので、迷うことなくルパンと答える。そんなルパンの知られざる一面が、ルパン好き作家たちによって、新しい物語にされる。こんなにわくわくすることがあるだろうか。そんな期待を裏切らない一冊である。愉しい読書タイムだった。
僕とおじさんの朝ごはん*桂望実
- 2016/04/10(日) 20:38:12
ぐうたらで無気力に生きるケータリング業者の水島健一。先輩の忠告も、派遣先で問われる不可解な薬の存在も軽く受け流してきたのだが、ある少年と出会い、それらと真面目にかかわらざるを得なくなる―。少年が最後に下した決断に、水島はどう向き合うのか!書き下ろし感動長篇!「生きるということ」「残されたものの哀しみ」とは。究極の問いに挑んだ、桂望実の最新作!
「面倒くさいから」が口癖の水島健一はケータリングを生業としているが、仕事に臨む姿勢も見るからにいい加減である。それがいいわけではないが、そうなったには理由があったのだった。そしてある日、腰痛の治療のために通うリハビリセンターで出会った長期療養中の少年・英樹と親しくなっていく。「人の命」という唯一無二でかけがえのないものを芯にして、健一は自分の芯を取り戻していく。普通の大人とはひと味違う反応をする健一は、初めはからだに力がこもらないような無気力さが目立っていたが、次第に人のことを慮る姿に変わっていくのが、読みながら嬉しくもなる。健一が、過去の屈託から少しでも解き放たれる日がくるといいと思わされる一冊である。
このたびはとんだことで*桜庭一樹
- 2016/04/09(土) 17:06:53
文藝春秋 (2016-03-10)
売り上げランキング: 104,912
死んだ男を囲む、二人の女の情念。ミッションスクールの女子たちの儚く優雅な昼休み。鉄砲薔薇散る中でホテルマンが見た幻。古い猫の毛皮みたいな臭いを放つ男の口笛。ダンボールに隠れていたぼくのひと夏の経験。日常に口を開く異界、奇怪を覗かせる深淵を鮮やかに切り取った桜庭一樹の新世界、6つの短編小説。
表題作のほか、「モコ&猫」 「青年のための推理クラブ」 「冬の牡丹」 「五月雨」 「赤い犬花」
まさに奇譚集である。ほんのわずか軸がずれた世界に紛れ込んでしまったような居心地の悪さと、ああそうだったのか、と不思議に納得させられるような奇妙な心地が重ねて折り畳まれているような印象である。不思議な世界を愉しめる一冊である。
誰がために鐘を鳴らす*山本幸久
- 2016/04/07(木) 21:13:46
KADOKAWA/角川書店 (2016-03-02)
売り上げランキング: 345,764
翌年の廃校が決まっている、男子だらけの県立高に通う錫之助。ある日、担任のダイブツから音楽室の片付けを命じられた錫之助は、そこで見付けたハンドベルの音に魅せられ、居合わせた3人の同級生とハンドベル部を創立することになる。イケメンでそつがない播須、いじめられ体質の美馬、不良の土屋、顧問はお地蔵さん似の教師のダイブツ―チームワークもバラバラ、音楽の知識もないメンバーで、「女子高のハンドベル部との交流」という不純な目標から始まった部活動。だが、4人は段々と演奏の面白さに目覚め、交流の輪は広がってゆき…。卒業目前、彼らがハンドベルを通して選んだ未来とは?一人では絶対に演奏できない楽器、それがハンドベル。4人の凸凹男子高校生と独身教師が奏でる、笑えて泣ける極上の物語!
元々仲がいいわけでもない高校生男子四人と男性教師一人の五人がハンドベル部を作った。しかも、音楽経験者は、男子一人(美馬)と指導者の唐沢(カラニャン)だけである。さらに、学校は今年度限りで廃校になる。成功しそうな要素はほぼないと言っていいハンドベル部の、躓きながら、迷いながら、揉めながら、曲を奏でるという目標に一歩ずつ近づいていく姿がカッコイイ。純粋とは言えない動機から始まったハンドベル部ではあったが、少しずつ彼らの臨む姿勢が変わってくるのが胸を熱くする。誰が欠けても成り立たなかっただろうと思われて、これからの彼らも応援したくなる。最後に錫之助が見た未来の通りになればいいな、と思う一冊である。
坂の途中の家*角田光代
- 2016/04/05(火) 21:16:40
刑事裁判の補充裁判員になった里沙子は、子どもを殺した母親をめぐる証言にふれるうち、いつしか彼女の境遇にみずからを重ねていくのだった―。社会を震撼させた乳幼児の虐待死事件と“家族”であることの心と闇に迫る心理サスペンス。
裁判員裁判の裁判員(里沙子の場合補充裁判員だが)に選ばれた場合の、普段の生活に与える影響の大きさ、幼児虐待、そして被告の立場と近い境遇にある里沙子の苦悩と葛藤。そんなさまざまな要素が絡み合って先へ先へとページを繰る手が止まらなかった。角田さん、さすがに上手い。ただ、読んでいる最中から、重苦しい気分が胸に沈殿するようで、それは解決されずに読後も引きずったままである。どうすればよかったのだろう、という問いが、胸のなかを渦巻く。被告人の水穂の真実がほんとうに明らかにされたのかどうかも確信は持てないが、そのことが、裁判というもののもどかしさをよく表しているとも思える。いろいろなことを考えさせられる一冊である。
ふたつの名前*松村比呂美
- 2016/04/03(日) 09:23:15
高齢者向けの結婚相談所“サードライフ”で働く保奈美。控えめな母、義理の関係だが優しい父との平凡な家庭に育ち、仕事では女性社長からの信頼も厚く、何の問題も見当たらないはずの彼女を、ときおり「不安」としか言いようのない発作が襲う。保奈美がその正体を探りはじめたとき、平穏な家庭がひた隠しにしてきた哀しい事件が蘇る。長篇心理サスペンス。
穏やかな中に不穏な空気が時折混じりこんでくるような印象が初めからある物語である。それは、読者に与える、何事かが起こりそうなそこはかとない不安感であり、また、主人公の保奈美に不意に現れる厭な気持ちの真の原因でもある。なにかとても不安定な地盤に建てられた家のような居心地の悪さが感じられる。そしてそれだからこそ、先を知りたい興味は尽きない。DVの連鎖やそれに伴う殺人という事件の恐ろしさと、現在の人間関係の円満さの対比も、不安定感をより増している。善悪は於くとして、とても面白い一冊だった。
図書館の殺人*青崎有吾
- 2016/04/02(土) 17:04:10
期末試験中のどこか落ち着かない、ざわついた雰囲気の風ヶ丘高校。試験勉強をしようと学校最寄りの風ヶ丘図書館に向かった袴田柚乃は、殺人事件捜査のアドバイザーとして、警察と一緒にいる裏染天馬と出会う。男子大学生が閉館後の図書館内で殺害された事件らしいけど、試験中にこんなことをしていていいの? 閉館後に、山田風太郎の『人間臨終図巻』で撲殺された被害者は、なんとなんと、二つの奇妙なダイイングメッセージを残していた……。“若き平成のエラリー・クイーン"が満を持して贈る第三長編。
“館"の舞台は図書館、そしてダイイングメッセージもの!
キャラクタもすっかり定着し、裏染天馬のただならなさも際立っている。舞台が図書館というのも興味をそそられるし、期末試験真っ只中というのもスパイスになっていて好ましい。回り道あり、道を間違えることもあり、それでも一歩ずつ不可能を取り除き、可能性を突き詰め、真犯人に迫る裏染の動きそのものからなにより目が離せない。そしてその過去も。柚乃がじりじりと近づいているようで、もう一歩詰められないのももどかしい。それが明らかにされるときにはシリーズが終わってしまうとしたら、それも残念なので、もうしばらくじらされてもいいから、もうしばらく続いてほしいシリーズである。
- | こんな一冊 トップへ |