札幌アンダーソング ラスト・ソング*小路幸也

  • 2016/05/30(月) 17:15:45

札幌アンダーソング ラスト・ソング<札幌アンダーソング> (角川書店単行本)
KADOKAWA / 角川書店 (2016-03-31)
売り上げランキング: 74,395

近頃、キュウの“ドッペルゲンガー”がよく出没しているらしい。北海道は札幌の警察署に勤務する若手刑事のキュウこと仲野久は、先輩刑事・根来たちと、そんな噂話を楽しんでいた。だが殺人事件が発生し、事態は一変。被害者の夫が久に瓜二つであり、様々な状況証拠から、久は事件の重要参考人にされてしまう。これまでも奇態な事件を仕掛けてきた“秘密クラブ”の仕業だと確信した久たちは、“変態の専門家”で天才的な頭脳を持つ美少年・志村春の力を借りて無実を証明しようとするが…。記憶が武器の“天才探偵”と秘密クラブを操る“怪物”。最強の頭脳を持つ2人の最終対決の行方とは―!?


「山森クラブ」なる変態クラブの主宰・山森と、四代前までの記憶を持ち、見たものすべてを記憶するという特殊能力を持った志村春(しゅん)との最後の対決の物語である。キャラクタも設定も想像を超えるものなのは前作から引き続き同じで、空想物語のようなのだが、どういうわけか実際にありそうな気がしてきてしまうのは不思議である。誰を信じ、誰を疑えばいいのかもわからない状態で、それでも親身になって協力してくれる人たちがいるのは、春の人徳なのだろう。キャラクタがみな魅力的で、宿敵とも言える山森でさえ、いなくなってほしくはないと思わされてしまう。春と山森の対決は、きっとどこかでまだまだ続くのだろうと思わされる一冊である。そしてもっと続いてほしいシリーズでもある。

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景*森晶麿

  • 2016/05/29(日) 17:24:23

ピロウボーイとうずくまる女のいる風景
森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 297,970

貧困のどん底から、顔に深い傷跡を持つ男キムラに救われた絢野クチルは、政治家を目指して大学に通い、夜は「ピロウボーイ」として女たちと関係を持つ。「シェイクスピアを読む女」「バッハしか愛せない女」「ドヌーヴに似た女」「リキテンスタインを待つ女」女たちはみな問題を抱えているが、クチルとの関わりのなかで立ち直っていく。一方、クチルの部屋には、謎の同級生知紅が押しかけて居候となり、クチルの帰りを待っている。


恵まれない生い立ちから政治家を目指して大学に通う絢野チクル、彼に目をつけ「ピロウボーイ」に仕立て上げたキムラ、そしてその妻・冴子、チクルの部屋に押しかけてきて居ついている知紅。それぞれが只事ではない事情を抱え、願いをかけ、望みを抱きながら、ねじれた関係のなかに身を置き、しかも純粋に生きている。一見モラルも何もない自堕落な世界である印象を受けるが、登場人物が自分というものをきっちりわかっていて、背筋が伸びているように思えるので、厭な感じは全く受けず、却って清々しささえ感じられるのである。人物相関図が絡まり合っていることが、このストーリーが必然であったことを納得させる。思いがけず面白い一冊だった。

大きくなる日*佐川光晴

  • 2016/05/27(金) 21:22:01

大きくなる日
大きくなる日
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佐川 光晴
集英社
売り上げランキング: 39,446

どこかにありそうな町の、どこかにいそうな家族。そんな一家のありふれた日常の中に、かけがえのない大切な瞬間が詰まっている―。四人家族の横山家の歩みを中心に、人生の小さな転機の日を描く、九つの連作成長物語。そんな素晴らしい一日が、あなたの周りにも、きっとある―。子供に、親に、保育士さんに、先生に…。その日、小さな奇跡が起きる。人それぞれの小さな一歩に温かく寄り添う、感動の連作短編!珠玉の家族小説。


「ぼくのなまえ」 「お兄ちゃんになりたい」 「水筒のなかはコーラ」 「もっと勉強がしたい」 「どっちも勇気」 「保育士のしごと」 「四本のラケット」 「本当のきもち」 「やっぱり笑顔」

保育園児の太二が高校生になるまでなので、かなり長いスパンの物語である。父と母と弓子と太二の四人家族の横山一家を軸に、それぞれが日々関わる周りの人たちをも含めて、よく見かける日常の風景が描かれている。ひとつひとつは些細な出来事でも、それらが積み重なって人は少しずつ成長していくのだということがよく判る。笑っていられることばかりではない毎日が、愛おしく思えるようになる一冊である。

放課後スプリング・トレイン*吉野泉

  • 2016/05/26(木) 19:47:41

放課後スプリング・トレイン (創元推理文庫)
吉野 泉
東京創元社
売り上げランキング: 102,572

四月のある日、私は親友から年上の彼氏を紹介され、同席していた大学院生の飛木さんと知り合う。彼は、天神に向かう電車で出会った婦人の奇妙な行動や、高校の文化祭でのシンデレラのドレス消失騒動など、私の周りで起こる事件をさらりと解き明かしてみせる不思議な人だった。「飛木さん、どうしたら謎が解けるようになりますか?」福岡を舞台に贈る、透明感溢れる青春ミステリ。


舞台は福岡。しばらく住んでいたことがあるので、馴染み深く、まずそこから興味をそそられた。日常の謎を探偵役が解き明かす物語であり、主人公は高校生女子。だが、探偵役は知り合ったばかりの大学院生で、親友の彼の友人、飛木さんである。なかなか珍しい状況ではないだろうか。しかもこの飛木さん、ずいぶんシャイな印象なのだが、よく食べる。人の三倍は軽くいきそうなのである。その辺のミスマッチも魅力的。そんな彼が解き明かす謎は、いかにも高校生らしく、トラブルではあるものの青春という感じで、これもいい。そしてなにより、解き明かし方に愛があるのがいちばん好ましい。明かされた後のことまでちゃんと考えたうえで発言している飛木さん、素敵である。文章もヘンに凝ることなく、さらりとしているのが読みやすくていい。さらに最後に飛木さんに告白した名前の謎が、さすがである。なるほどーー。二人の今後も気になるし、続きも読みたい一冊である。

恩讐の鎮魂曲(レクイエム)*中山七里

  • 2016/05/24(火) 18:25:15

恩讐の鎮魂曲
恩讐の鎮魂曲
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中山 七里
講談社
売り上げランキング: 14,218

韓国船が沈没し、251名が亡くなった。その事故で、女性から救命胴衣を奪った日本人男性が暴行罪で裁判となったが、刑法の「緊急避難」が適用され無罪となった。一方、医療少年院時代の恩師・稲見が殺人容疑で逮捕されたため、御子柴は弁護人に名乗り出る。稲見は本当に殺人を犯したのか?『贖罪の奏鳴曲』シリーズ最新作!!圧倒的迫力のリーガル・サスペンス!


御子柴礼司シリーズの三作目。冒頭は、韓国船籍の旅客船の沈没事件の描写から始まる。、物語にどんな関係があるのかわからないまま、特別養護老人ホームで起きた殺人事件に流れが移る。被害者は、特養の介護士、被疑者は御子柴の医療少年院時代の教官だった稲見。御子柴は、強引な策を弄して稲見の弁護人になるのである。罪を認めている稲見だが、御子柴の鼻は、何かきな臭いものを嗅ぎ取っている。次々に明らかになる事実はどれも驚くべきもので、一時も目を離せない。御子柴の屈託や、稲見の矜持も見どころである。まだまだ御子柴から目が離せないシリーズである。

リップヴァンウィンクルの花嫁*岩井俊二

  • 2016/05/23(月) 18:35:36

リップヴァンウィンクルの花嫁
岩井 俊二
文藝春秋
売り上げランキング: 12,753

「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」

声の小さな皆川七海は、派遣教員の仕事を早々にクビになり、SNSで手に入れた結婚も、浮気の濡れ衣を着せられた。行き場をなくした七海は、月に100万円稼げるというメイドのバイトを引き受ける。
あるじのいない大きな屋敷で待っていたのは、破天荒で自由なもうひとりのメイド、里中真白。
ある日、真白はウェディングドレスを買いたいと言い出すが……。
岩井俊二が描く現代の噓(ゆめ)と希望と愛の物語。


想像していた以上に惹きこまれてしまった。穏やかな日常を送る人間はひとりも出てこない。登場人物の誰もが、事情こそ違うものの、何かを抱え、平凡とは言い難い人生を送っている。それなのに、全体に流れる空気は静かなのである。不思議だ。切なくて、危なっかしく、それでいて確固としていてあたたかい。寂しいけれどとても親密な一冊なのである。ただ、映像として見るのは(観ていないが)ちょっと苦手かもしれない、とも思う。

戦場のコックたち*深緑野分

  • 2016/05/22(日) 09:00:04

戦場のコックたち
戦場のコックたち
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深緑 野分
東京創元社
売り上げランキング: 13,294

1944年6月、ノルマンディー上陸作戦が僕らの初陣だった。特技兵(コック)でも銃は持つが、主な武器はナイフとフライパンだ。新兵ティムは、冷静沈着なリーダーのエド、お調子者のディエゴ、調達の名人ライナスらとともに、度々戦場や基地で奇妙な事件に遭遇する。不思議な謎を見事に解き明かすのは、普段はおとなしいエドだった。忽然と消え失せた600箱の粉末卵の謎、オランダの民家で起きた夫婦怪死事件など、戦場の「日常の謎」を連作形式で描く、青春ミステリ長編。


舞台は戦場。血なまぐさく残酷な場面はもちろんいたるところに出てくる。だがこれは日常の謎の物語なのである。生きるか死ぬかの過酷な日々のなかでも、謎は生まれ、知恵と想像力によってそれを解き明かす青年たちがいる。人種も育ちも住む場所も全く違う若者たちが、互いにけん制しつつも心を合わせて事にあたる様子には、胸が温まるものがある。44年後を描いたエピローグが、ほっとさせもし、もの悲しくもさせる一冊である。

ホテル・モーリス*森晶麿

  • 2016/05/20(金) 07:30:41

ホテル・モーリス
ホテル・モーリス
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森 晶麿
講談社
売り上げランキング: 352,095

圧倒的なおもてなし。
毎日ギャングがやってくる。彼らを迎え撃つのは、伝説のホテルマンの妻、元殺し屋のチーフ・コンシェルジュ、そして新人支配人。

芹川准(せりかわじゅん)は、突如ホテルの支配人を任された。期間は六日、ギャングたちの大宴会まで。初日から早速、怪しげなカップル(ギャング&美女)とスキッパー(泊まり逃げ)疑惑のある少女がチェックインした。
伝説のホテルは、再び栄光を取り戻す──。


ドタバタコメディのようでいて、状況はこれ以上ないほどシリアス。そしてキャラクタもひと癖もふた癖もある個性派揃い。話の流れは無茶苦茶なのに、舞台はこれ以上ないおもてなしを謳うパラダイスのようなホテル。何もかもがミスマッチなのに、なぜかしっくりと納まってしまう不思議。どうしてこういう状況になっているのかということそのものがミステリであり、結構ハートウォーミングでもあるのがまたまたミスマッチでなかなかである。ホテル・モーリスの極上サービスを(もちろんギャング集団がいないときに)受けてみたいと思わせる一冊でもある。

迫りくる自分*似鳥鶏

  • 2016/05/18(水) 18:41:07

迫りくる自分
迫りくる自分
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似鳥 鶏
光文社
売り上げランキング: 655,813

顔も声も自分と瓜二つ。人間性は最低。この出会いは、何をもたらすのか。船橋から東京に戻る総武線快速。本田理司は、併走していた各駅停車の車窓に、自分と同じ顔をした男を見つける。血縁ではなく、服装も髪型も違うのに、まるで鏡を見ているようだった。やがて、二人は偶然再会し、その夜を契機として、世にも不条理な逃走劇が幕を開ける―。


自分と瓜二つの人物に出会った途端、平凡な日常のあちこちにひずみが出始める。そしてとうとう婦女暴行容疑で警察に追われることになる。本田理司は、あの自分とそっくりな男にはめられたと察したが、警察がそれを信じるとは思えずに、逃げ続ける。その過酷さは、身に覚えのない罪で負われる理不尽さゆえに、いや増し、読みながらうんざりもするのであるが、幸運に恵まれ、不運にも苛まれて、なんとかラストにもつれ込むのである。両親が亡くなったときに世話になった叔父夫妻への感謝や、兄や会社の後輩・朴さんへの信頼があったからこそ生き延びられたとも言える気がする。自分から逃げ、自分を追いつめるようで、厭な気分ではあるが、愉しめる一冊だった。

いつかの人質*芦沢央

  • 2016/05/17(火) 18:42:13

いつかの人質
いつかの人質
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芦沢 央
KADOKAWA/角川書店 (2015-12-26)
売り上げランキング: 76,531

幼い頃に連れ去りにあい、失明した愛子。借金を残し失踪した妻・優奈を捜す、漫画家の礼遠。行方をくらました優奈は、誘拐犯の娘だった。事件から12年、魔の手が再び愛子を襲う! 戦慄のサスペンス・ミステリー。


小さな偶然が重なって起こってしまった、一度目の誘拐事件。不幸にもそれが原因で視力を失った被害者の愛子が、十二年後に再び誘拐された。ここまでは、一気に読ませる。愛子の両親のぎくしゃくした関係や、友人たちの対応も絡め、愛子のこれからがどうなるのかにも興味が湧く。一方、一度目の事件の加害者の娘・優奈も、辛い目に遭いながら成長し、漫画家を目指すなか、礼遠という伴侶にも恵まれている。大きな二本の流れがどこで合流するのかも気になるところである。そんな中で起きる二度目の誘拐事件である。被害者・愛子の扱われ方のあまりのひどさには、目を覆いたくなる。しかも容疑者と疑われるのは優奈なのだ。警察も翻弄され、最後にすべてが明らかになったときには、犯人の身勝手さに震えそうになる。その目的のために、愛子をあそこまでの目に遭わせる必要があったのだろうか、という疑問も湧く。あまりにも身勝手ではないか。あちこちで歪んだ愛情が行き違っているような一冊である。

ノッキンオン・ロックドドア*青崎有吾

  • 2016/05/16(月) 17:16:51

ノッキンオン・ロックドドア (文芸書)
青崎 有吾
徳間書店
売り上げランキング: 9,654

密室、容疑者全員アリバイ持ち、衆人環視の毒殺など「不可能(HOW)」を推理する御殿場倒理と、理解できないダイイングメッセージ、現場に残された不自然なもの、被害者の服がないなど「不可解(WHY)」を推理する片無氷雨。相棒だけどライバル(!?)な探偵ふたりが、数々の奇妙な事件に挑む!


悪魔のような真黒な巻き毛の御殿場倒理は不可能犯罪を、紺色のネクタイを締めたサラリーマンのような出で立ちで、いつも助手に間違われる片無氷雨は不可解犯罪を解き明かす探偵である。事務所の名前は「ロッキンオン・ノックドドア」。ノックの仕方によって、ドアの外に立つのがどんな人物かが判るからという理由で、インターホンも呼び鈴もつけていないのである。そして薬師寺薬子ちゃんという家事全般をこなす女子高生が、週に何度かアルバイトにきている。始終暇な探偵事務所であるが、たまに学生時代からの腐れ縁の仲介者、神保が事件を持ってやってくる。不可能と不可解、二人の探偵が牽制しつつ、憎まれ口をききつつ、結局は助け合って事件を解決する過程を愉しめる。やはり学生時代からの腐れ縁の女刑事、穿地との絡みも、お約束ながら面白い。なにやら過去に屈託がありそうな彼らであり、これは続編があるのだろう。倒理と氷雨の関係も気になる一冊である。

アドカレ!戸山大学 広告代理店の挑戦*森晶麿

  • 2016/05/15(日) 06:43:05

アドカレ! 戸山大学広告代理店の挑戦 (富士見L文庫)
森 晶麿
KADOKAWA/富士見書房 (2016-01-13)
売り上げランキング: 84,800

名コピーライターだった亡き父と同じ道を目指す私は、父の母校戸山大学に入学した。意気揚々と広告概論を受講するも、中身は期待外れ、広告研究サークルは言わずもがな…。そんなとき、目に飛び込んできた学生だけの広告代理店“アド・カレッジ”の求人看板。訪れた私に、バードと名乗る代表取締役はいきなり採用試験を言い渡した。「豆腐屋のキャッチコピーを提案すること、期限は三日」豆腐屋では強面の店主が待ち構えていて…?広告業界希望者必見の青春物語


前回の戸山大学は、飲んだくれてばかりだったが、今回は真面目に励んでいて気持ちが好い。とは言え、学生生活の描写は少なく、もっぱら広告代理店の社員として働いている姿ではあるが。亡き父がらみの人間関係が幸いしたとはいえ、最終章まで名前が明かされない「私」は、コピーライターとしての素質がある。呑み込みも早いし、なにより目のつけどころがなかなかいいのではないだろうか。豆腐屋、マンション、お詫び広告、夜行列車、謎の絵コンテ、と素材も多岐にわたっていて興味深い。バードこと海月越(うみづきこえる)と、「私」=小枡歩美のこれからも気になるし、もっと続きが読みたい一冊である。

オーダーメイド殺人クラブ*辻村深月

  • 2016/05/13(金) 21:17:38

オーダーメイド殺人クラブ
辻村 深月
集英社
売り上げランキング: 364,499

クラスで上位の「リア充」女子グループに属する中学二年生の小林アン。死や猟奇的なものに惹かれる心を隠し、些細なことで激変する友達との関係に悩んでいる。家や教室に苛立ちと絶望を感じるアンは、冴えない「昆虫系」だが自分と似た美意識を感じる同級生の男子・徳川に、自分自身の殺害を依頼する。二人が「作る」事件の結末は―。少年少女の痛切な心理を直木賞作家が丹念に描く、青春小説。


まったく親しいわけではないが、奥底に似通った感性を感じたクラスメイトの昆虫系男子・徳川に自分を殺すことを依頼したアン。中二という、自分の存在がまだ確立されておらず、些細なことで揺らぐ年頃特有の面倒臭いことこの上なく、しかもひどく狭い人間関係に翻弄されつつ日々を過ごす様子が、息苦しいほどリアルである。そんな中で、アンにとって、自分が殺されるXデーが、生きる希望になっているのも矛盾してはいるが、解る気がしなくもない。徳川と計画を練っていくうちに、彼のことをまったく知らないことに気づいたり、Xデー以後の彼の周りのことに想いを馳せることもできるようになったりするが、それは少しずつ成長している証しでもあるように思われる。そして二人の関わり方も微妙に変わってくる。大人になって振り返れば、小さなコップの中の嵐のようなものであるのだが、あまりに激しく束の間の嵐ではあった。途中、やや中だるみ感はあった印象はあるが、展開から目が離せない一冊だった。

解*堂場瞬一

  • 2016/05/10(火) 17:04:01

解
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堂場 瞬一
集英社
売り上げランキング: 445,848

「俺たちは同志だ。俺たちは、日本を変えていく」平成元年、夢を誓った二人は社会に飛び出す。大蔵官僚、IT会社社長を経て政治家に転身した大江。新聞記者から紆余曲折を経て、人気作家になった鷹西。だが、二人の間には、ある忌まわしい殺人事件が横たわっていた―。1994年、封印された殺人の記憶。2011年、宿命の対決が幕を開ける。バブル崩壊、阪神・淡路大震災、IT革命、そして3.11。「平成」を徹底照射する、衝撃の“問題作”。


1994年から2011年の間の日本という国の時代の流れと空気感がとてもよく伝わってくる物語だった。大江と鷹西という大学の同期生がそれぞれ社会の別の分野で活躍するようになる様子にも興味を掻き立てられ、その友情と信頼が、いつまでも続くようにと願うのである。だが、混迷を深める国を立て直すためとかなんとか、もっともらしい理屈をつけたとしても、その一点をうやむやにしてしまうことが、どうしても腑に落ちず、消化不良な後味の悪さが残ってしまう。むしろここから先を読みたいと思ってしまう一冊でもある。

お奉行様のフカ退治*田中啓文

  • 2016/05/09(月) 17:14:53

お奉行様のフカ退治 (集英社文庫)
田中 啓文
集英社 (2015-12-17)
売り上げランキング: 288,754

大坂の川に巨大なフカが現れた!折しも水練稽古の真っ最中だった西町奉行所の面々は大あわて。頼みの綱は人間離れの体格を誇る奉行の大邉久右衛門だが、実はまったくのカナヅチだったことがわかり―(表題作)。奸計もくろむ乾物問屋が仕組んだ料理対決。久右衛門の肝煎りで指名された料理人が、あっと驚く人物で―(「ニシンを磨け」)他、美味なる全3編を収録した食いだおれ時代小説第6弾。


今回も、お奉行様である大邉久右衛門は、よく呑みよく食べる。そして、久右衛門が食べるにふさわしい美味なるものがたくさん出てくるのでよだれが溢れそうになる。ことに、今回は、村越の母の作った鰊の昆布巻きが絶品である(食べていないが)。飲んだり食べたりしているだけのように見える久右衛門だが、結局はきちんと事件を解決してしまうのは今回もお見事である。人格者とは言い難いし、上司としては、部下は苦労が多いかもしれないが、人間的には情が深くて魅力的な久右衛門である。いつまでも続いてほしいシリーズである。

シチュエーションパズルの攻防*竹内真

  • 2016/05/06(金) 19:02:32


大学入学を機に、叔母がママを務める銀座の文壇バーでアルバイトをすることになった了。その店は、人気ミステリー作家・辻堂珊瑚朗先生ご贔屓の店だった。普段は店のホステスにちょっかいを出しながら、バーボンと葉巻を楽しむサンゴ先生だが、ひとたび不思議な謎に出合うと、鮮やかな推理をさりげなく披露する。ミステリー作家は本当に名探偵なのか?文壇バーで毎夜繰り広げられる推理ゲームと、サンゴ先生の名推理。気鋭の作家が初めて挑戦する、安楽椅子探偵ミステリー連作集。


ミステリ作家の辻堂珊瑚朗、通称サンゴ先生が、安楽椅子探偵よろしく日常の謎を解き明かす物語である。サンゴ先生のおかげで、すっかり文壇バーと化している叔母の店「ミューズ」でアルバイトすることになった了が目撃し、話を聴いた出来事を語る趣向である。ただ、謎そのものは興味深いのだが、サンゴ先生のキャラクタがありがちな印象なのが、いささか残念な気がしてしまう。もう少しバーにいるときとのギャップを見せてくれると、深みを感じられて好ましく思えるかもしれない、と勝手に思ったりもするのである。対して、叔母のミーコさんは、なにやら含むところが多そうで、魅力的である。気軽に愉しめる一冊とは言えそうである。

かんかん橋の向こう側*あさのあつこ

  • 2016/05/04(水) 17:03:14

かんかん橋の向こう側
あさの あつこ
KADOKAWA/角川書店 (2016-03-02)
売り上げランキング: 608,209

夫が急逝し残された食堂『ののや』を守る決意の奈央と、彼女を理解しようと努めながらもぎこちない母娘関係しか築けない18歳の真子。そんな母娘を温かく見守る常連客で、今夜も店は賑やかだった。そこへ、真子が痴漢と間違えたよそ者の青年、東山が店に現れる。『ののや』をモデルにした小説をネットで読んで、店のファンになったという東山だが、何か秘密を抱えているようだった。常連客の一人、野々村は妻の遺品を整理をしていて偶然、鍵のかかった箱を見つける。何とか開錠したその箱には、若かった頃の妻の秘密が隠されていた……。奈央を支えなければ…、でもこの町を出て自由に生きてみたい! 大学進学を来春に控え、心迷う真子はその気持ちを奈央に伝えきれずにいた。「人は帰る場所があるから、旅立つことができる」――小さな食堂を舞台に、人々の温かな絆とそこで成長した少女の旅立ちを描いた傑作長編!


シリーズものとは思わずに、二作目から読んでしまったが、何の支障もなく物語の世界に入り込むことができた。なさぬ仲の真子と奈央さんの、ぎこちなさはあるものの、芯のところで想い合っている様は、時にじれったさもあるものの、しっかりした絆を感じさせられる。「ののや」の常連客たちの、亡き大将を慕う気持ちと、残された妻である奈央さんとひとり娘の真子ちゃんを見守るまなざしも、親しみと愛にあふれていて心地好い。とんだ捕り物や、淡い恋心もいい味付けになっている。大学生になった真子の恋の行方や、ののやのこれからも見てみたいシリーズである。

海の見える理髪店*荻原浩

  • 2016/05/02(月) 16:57:21

海の見える理髪店
海の見える理髪店
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荻原 浩
集英社
売り上げランキング: 14,259

主の腕に惚れた大物俳優や政財界の名士が通いつめた伝説の床屋。ある事情からその店に最初で最後の予約を入れた僕と店主との特別な時間が始まる「海の見える理髪店」。
意識を押しつける画家の母から必死に逃れて十六年。理由あって懐かしい町に帰った私と母との思いもよらない再会を描く「いつか来た道」。
仕事ばかりの夫と口うるさい義母に反発。子連れで実家に帰った祥子のもとに、その晩から不思議なメールが届き始める「遠くから来た手紙」。
親の離婚で母の実家に連れられてきた茜は、家出をして海を目指す「空は今日もスカイ」。
父の形見を修理するために足を運んだ時計屋で、忘れていた父との思い出の断片が次々によみがえる「時のない時計」。
数年前に中学生の娘が急逝。悲嘆に暮れる日々を過ごしてきた夫婦が娘に代わり、成人式に替え玉出席しようと奮闘する「成人式」。
人生の可笑しさと切なさが沁みる、大人のための“泣ける"短編集。


胸の奥深くにしまい込まれたまま、忘れそうになっていたものたちが、ある日、あるきっかけで光の当たる場所に出てきたような物語である。言わなかったこと、言えずにいたこと、言われなかったから知らなかったこと。そんなあれこれが、懐かしい場所、懐かしい時間から立ち上ってくるようである。著者が企むちょっとした仕掛けがやさしくじんと胸に沁みる一冊である。

我慢ならない女*桂望実

  • 2016/05/01(日) 08:15:25

我慢ならない女
我慢ならない女
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桂 望実
光文社
売り上げランキング: 475,813

哀しい、苦しい、彼女の心の叫びは、そんな平凡な言葉では足りない。
編集者を悩ますやっかいな小説家・樺山ひろ江。
全身全霊で作品に挑む彼女は、変人であることを怖れない。
『嫌な女』で大注目の桂望実が、作家という業を抱え不器用に生きる女の人生の浮き沈みを描く、待望の書下ろし長編!


作家の樺山ひろ江は、編集者から見れば、傲慢で身勝手で、我慢ならない女なのである。だが、秘書のように、マネージャーのように、いやそれ以上に、ひろ江の身の回りの一切の面倒を見ている、姪の明子にしてみれば、ひろ江が業のままに物語を紡ぎ出すことが何よりの喜びなのである。そして、口にはしなくとも、互いに認め合い感謝し合っているのが端々から察せられて、それはそれで幸福なのだろうと思わされ、ひろ江に対しても、我慢ならないとまでは思えなくもあるのである。作家に対する編集者や世の中の反応も興味深く、作家という仕事の苦労の一端も知ることができた気がする。我慢ならない女であるひろ江を応援したくなる一冊でもあった。