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バラカ*桐野夏生
- 2016/06/29(水) 18:42:38
私の「震災履歴」は、この小説と共にありました。
重力に逆らい、伸びやかに書いたつもりです。
まだ苦難の中にいる人のために、ぜひ読んでください。 桐野夏生
今、この時代に、読むべき物語。
桐野文学の最高到達点!
震災のため原発4基がすべて爆発した! 警戒区域で発見された一人の少女「バラカ」。彼女がその後の世界を変えていく存在だったとは――。
ありえたかもしれない日本で、世界で蠢く男と女、その愛と憎悪そして勇気。想像を遥かに超えるスケールで描かれるノンストップ・ダーク・ロマン!
子供欲しさにドバイの赤ん坊市場を訪れる日本人女性、酒と暴力に溺れる日系ブラジル人、絶大な人気を誇る破戒的牧師、フクシマの観光地化を目論む若者集団、悪魔的な権力を思うままにふるう謎の葬儀屋、そして放射能警戒区域での犬猫保護ボランティアに志願した老人が見つけた、「ばらか」としか言葉を発さない一人の少女……。人間達の欲望は増殖し、物語は加速する。そして日本は滅びに向かうのだろうか――。
桐野夏生が2011年夏から4年にわたって、危機的な日本と並行してリアルタイムに連載してきた作品が、震災から5年を経た今、ついに書籍化!
読む前には、「バラカ」が女の子の名前だとは思わなかった。しかも、ドバイのスーク(市場)で売られている子どもはみなこの名前で呼ばれているのだという(イスラム教で「神の恩寵」という意味だそうではあるが……)。東日本大震災、福島第一原発事故以後、現実からほんの小さい角度でずれた未来の物語であるが、そのずれはどんどん広がっていく。ただ、こうであったかもしれない世界が描かれることで、その恐ろしさは容易に想像できるものとなり、より現実感を伴う物語になっている。バラカの出自、原発事故のその後の悲惨さ、反発する勢力間の駆け引き、インターネットの拡散力、誰がほんとうの味方なのか皆目わからない不信感。さまざまな要素が盛り込まれているが、唯一バラカだけが揺らがない印象である。いちばん非力で心細いはずのバラカの強さはどこからくるのだろうか。自分がどこから来て、誰なのかを知りたいという強い欲求と、穏やかなしあわせを手にしたいという強い思いが彼女を支えていたのかもしれない。他人事とは思えないあまりに悲惨な一連の出来事のあとで描かれるエピローグに救われる思いである。これからバラカが穏やかに笑って暮らせますようにと切に祈る一冊である。
少女奇譚 あたしたちは無敵*朝倉かすみ
- 2016/06/26(日) 06:52:51
KADOKAWA/角川書店 (2016-06-02)
売り上げランキング: 248,330
このことは、あたしたちだけの秘密よ
朝倉かすみが挑む 少女×ふしぎの物語
小学校の帰り道、きらきら光る乳歯のようなものを拾った東城リリア。同級生の清香と沙羅も、似たような欠片を拾ったという。ふしぎな光を放つこれはきっと、あたしたちに特殊な能力を授けてくれるものなのだ。敵と闘って世界を救うヒロイン。あたしたちは、選ばれた――。でも、魔法少女だって、死ぬのはいやだ。(「あたしたちは無敵」)
少女たちの日常にふと覘く「ふしぎ」な落とし穴。表題作のほか、雑誌『Mei(冥)』、WEBダ・ヴィンチに掲載されたものに書き下ろしを加えた全5編を収録。
◆収録作品「留守番」「カワラケ」「あたしたちは無敵」「おもいで」「へっちゃらイーナちゃん」
どれも朝倉さんらしさが存分に出ている物語である。表題作の女子たちの心の動きは、おそらく女の子だったことのある人ならだれでもわかるのではないだろうか。どこまでが現実で、どこからが妄想なのか、判然としないところが一興なのかもしれない。あの無敵感、結構解る。そしてほかの作品も、思春期の女子の微妙で複雑でアンバランスな心と躰、そして周りの大人――ことに身近な男性である父親――との関わり方の変化の描き方が、極端な部分も多々あるが、絶妙だと思う。父と娘、互いの取り扱いに困って過剰反応を起こす時期がたしかにあるのではないだろうか。最後の物語は、いささか違うかもしれないが……。自己愛にあふれつつ自虐的な朝倉流の少女の物語を堪能できる一冊である。
ウインクで乾杯*東野圭吾
- 2016/06/24(金) 20:16:59
パーティ・コンパニオン小田香子は恐怖のあまり声も出なかった。仕事先のホテルの客室で、同僚牧村絵里が、毒入りビールを飲んで死んでいた。現場は完全な密室、警察は自殺だというが…。やがて絵里の親友由加利が自室で扼殺され、香子にまで見えざる魔の手が迫ってきた…。誰が、なぜ、何のために…。ミステリー界の若き旗手が放つ長編本格推理の傑作。
四半世紀近く前に書かれた作品である。細かいところで時代を感じさせられる部分もないことはないが、そのまま現代に置き換えても充分通用するところがさすがである。バラバラに散らばっているいくつものピースが、いつの間にか納まるべき場所にぴたりと納まり、真実という景色が少しずつ姿を現していく過程は、わくわくする。芝田と香子のこれからも気になる一冊である。
まぼろしのパン屋*松宮宏
- 2016/06/24(金) 18:33:56
徳間書店 (2015-09-04)
売り上げランキング: 95,535
朝から妻に小言を言われ、満員電車の席とり合戦に力を使い果たす高橋は、どこにでもいるサラリーマン。しかし会社の開発事業が頓挫して責任者が左遷され、ところてん式に出世。何が議題かもわからない会議に出席する日々が始まった。そんなある日、見知らぬ老女にパンをもらったことから人生が動き出し……。人生逆転劇がいま、始まる!
他、神戸の焼肉、姫路おでんなど食べ物をめぐる、ちょっと不思議な物語三篇。
パン屋さんの物語とは思えないサラリーマンの悲哀満載の出だしなのだが、次第に「しあわせパン」の紙袋から香る焼き立てパンの香ばしさに魅入られていく。それぞれに日々は苦労の連続で、そんな中で出会うべくして出会った人たちが、人のためにしあわせを作り出してくれるようで、あたたかい心持ちになる。新しい「しあわせパン店」を探しに行きたくなってしまう。ほかの二編も、ラストのほのぼのぶりが胸に沁みる一冊である。
刑事のまなざし*薬丸岳
- 2016/06/22(水) 18:39:08
笑顔の娘を奪われた男は、刑事の道を選んだ。その視線の先にあるのは過去か未来か――。
●「オムライス」……内縁の夫が焼け死んだ台所の流しの「オムライスの皿」
●「黒い履歴」……クレーンゲームのぬいぐるみ「ももちゃん」
●「ハートレス」……ホームレスに夏目が振舞った手料理「ひっつみ」
●「傷痕」……自傷行為を重ねる女子高生が遭っていた「痴漢被害」
●「プライド」……ボクシングジムでの「スパーリング」真剣勝負
●「休日」……尾行した中学生がコンビニ前でかけた「公衆電話」
●「刑事のまなざし」……夏目の愛娘を十年前に襲った「通り魔事件」
過去と闘う男だから見抜ける真実がある。薬丸岳だからこそ書けるミステリーがある。
法務技官だった夏目は、通り魔に襲われて植物状態になった娘のために刑事になった。これは、東池袋署で捜査に当たった事件の数々である。いずれの事件にも少年が関わっており、ほかの刑事とは違う夏目のアプローチに、少しずつ心を開く様子が胸に迫る。痛みを知る夏目ならではの距離の取り方のように思える。さらに、洞察力の鋭さも見事である。捜査の早い段階から、真犯人に目星をつけ、状況を細かく見極める目は、とても鋭い。娘の事件の真相がわかって、衝撃を受けたに違いないが、刑事という職に徹している姿にも胸が熱くなる。夏目のアプローチをもっと見続けたい一冊である。
暗幕のゲルニカ*原田マハ
- 2016/06/21(火) 17:08:14
一枚の絵が、戦争を止める。私は信じる、絵画の力を。手に汗握るアートサスペンス! 反戦のシンボルにして2 0世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消した―― 誰が〈ゲルニカ〉を隠したのか? ベストセラー『楽園のカンヴァス』から4年。現代のニューヨーク、スペインと大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれた長編小説。
過去と現代を行きつ戻りつしながら、ただ「ゲルニカ」をめぐって語られる物語である。ピカソのアトリエの様子、パリの朝の空気、忍び寄る戦争の足音、ピカソとその作品のために身をなげうって尽くす人たちの熱。そして、それらの想いを、はるか時を隔てた現代で、10歳のときに胸に刻み、それを期にピカソの研究家になり、MoMAのキュレーターとなった瑶子。たったひとつの作品に関わる熱く切実な想いが、物語中に満ち満ちている。ドキュメンタリーを見ているように、そのときどきの空気感まで伝わってくるようで、わくわくどきどきはらはらさせられ通しである。いまにも飛び立とうとしている鳩のドローイングがいいアクセントになっている。想像を掻き立てられる壮大な一冊だった。
ままならないから私とあなた*朝井リョウ
- 2016/06/18(土) 07:35:47
先輩の結婚式で見かけた新婦友人の女性のことが気になっていた雄太。
しかしその後、偶然再会した彼女は、まったく別のプロフィールを名乗っていた。
不可解に思い、問い詰める雄太に彼女は、
結婚式には「レンタル友達」として出席していたことを明かす。 「レンタル世界」
成長するに従って、無駄なことを次々と切り捨ててく薫。
無駄なものにこそ、人のあたたかみが宿ると考える雪子。
幼いときから仲良しだった二人の価値観は、徐々に離れていき、
そして決定的に対立する瞬間が訪れる。 「ままならないから私とあなた」
レンタル派遣業、ずいぶん前から小説の題材としてはあって、そのときどきで興味深く読みはしたが、現実問題になってくると、怖すぎて言葉を失う。ほんとうのことって何だろう、人間関係ってなんだろう、と疑心暗鬼に駆られてしまいそうになる。
表題作は、まったく人間というものは、なんとままならないものだろうというのが、率直な感想である。雪子と薫、アナログとデジタルの象徴であるかのようなふたりだが、お互いの考え方がまるで違うことに(主に雪子が)疑問を抱きながらも、遠ざからず遠ざけずに一緒にいるということ自体、0か1かで割り切れない何事かがあるからだろう。人間ってやつは、自分で自分のことすらわからないのであり、ままならないのが普通のことなのかもしれない。雪子と薫の補完し合う関係性が愛おしくもある。自分は雪子寄りだと思って読み進んだが、薫の言葉にも頷けるところがあって、そんなところも、0か1かではないのだと思わされる一冊だった。
エミリの小さな包丁*森沢明夫
- 2016/06/17(金) 18:28:55
KADOKAWA/角川書店 (2016-04-27)
売り上げランキング: 53,813
信じていた恋人に騙され、職業もお金も、居場所さえも失った25歳のエミリ。藁にもすがる思いで10年以上連絡を取っていなかった祖父の家へ転がり込む。心に傷を負ったエミリは、人からの親切を素直に受け入れられない。しかし、淡々と包丁を研ぎ、食事を仕度する祖父の姿を見ているうちに、小さな変化が起こり始める。食に対する姿勢、人との付き合い、もののとらえ方や考え方…。周囲の人たち、そして疎遠だった親との関係を一歩踏み出そうと思い始める―。「毎日をきちんと生きる」ことは、人生を大切に歩むこと。人間の限りない温かさと心の再生を描いた、癒やしの物語。
傷心のエミリは、嫌っている母の父親で、千葉の漁師町・龍浦で、銅の風鈴を作りながらひとりで暮らしている祖父・大三の元に転がり込んだ。なにも訊かずにエミリを受け入れてくれた祖父は、自ら釣った魚やご近所さんからもらった野菜などで、毎日おいしいご飯を作ってくれる。出てくるお惣菜が、どれもこれもおいしそうで、下ごしらえの丁寧さや、素材を無駄にしないで、無駄なく使いまわす大三さんの姿勢が素敵すぎてしびれる。大三さんを通して龍浦で知り合った人たちの思いやりやあたたかさに触れ、しっかりと包丁を研ぎ、丁寧に料理をしておいしくいただく。そんな日々がエミリを少しずつ変えていく。男出入りが激しいと毛嫌いしていた母の実情は、読者にはわかったがエミリはまだ知らない。でも、大三さんが言うように、遠くない日にきっと知ることになるのだろうと思わせるラストで、希望が見えるのがいい。登場人物たちみんなのこれからをずっと見守っていたい心地にさせられる一冊である。
翔ぶ少女*原田マハ
- 2016/06/15(水) 18:49:06
「生きて、生きて、生きぬくんや!」1995年、神戸市長田区。震災で両親を失った小学一年生の丹華(ニケ)は、兄の逸騎(イッキ)、妹の燦空(サンク)とともに、医師のゼロ先生こと佐元良是朗に助けられた。復興へと歩む町で、少しずつ絆を育んでいく四人を待ち受けていたのは、思いがけない出来事だった―。
震災で両親を一度に亡くしたニケたち三兄妹は、近所に住む心療内科の医師で、同じく震災で妻を亡くした佐元良(さもとら)先生(ゼロ先生)に助け出され、佐元良家の養子になる(ニケは、サモトラケのニケになったのである)。復興住宅の人たちや、おっちゃん(ゼロ先生)や由衣ねえに支えられながら、成長していく姿を見守りながら、ときおり胸が熱くなる。震災で怪我して自由にならない右足のせいで、ニケは同級生たちとは距離を置くようになり、勉強はできるが物静かな少女になっていく。兄妹が互いを思いやって助け合う姿にも胸がじんとする。思春期を迎えたニケに起こったことは、一見突拍子もないことに見えるが、物語を象徴する出来事でもある。誰かをまごころで想うことの尊さは、自分の身を削っても相手をしあわせにしたいと願うことなのかもしれない。震災という理不尽な哀しみは二度と起きてほしくはないが、ニケたちには、乗り越えてさらにしあわせになってほしいと願うばかりである。あたたかさと力強さを感じた一冊である。
神楽坂謎ばなし*愛川晶
- 2016/06/14(火) 19:45:43
文藝春秋 (2015-01-05)
売り上げランキング: 183,157
武上希美子は中堅老舗出版社の編集者、三十一歳。元気な祖母と二人暮し。手堅く教科書を出版している社が三代目の独断で人気落語家の本を出すことに。妊娠や病気で同僚が戦線離脱していくなか、この本を担当した希美子は制作の最終段階で大失敗。彼氏の浮気も判明し、どん底の彼女に思いがけぬ転機が…。
妊娠や病気入院で人手不足のため、てんてこ舞いの編集部で、希美子はなれない落語関係の本の校正でとんだ失敗をしてしまい、そのせいで寄席の席亭の代理を務めることになってしまう。幼いころのおぼろげな記憶、両親の離婚の理由、僅かばかりの記憶で想像する父親の姿。いくつかの偶然が重なって、祖母に訊けなかったあれこれが解き明かされてくる。希美子の生い立ちだのことだけでなく、寄席、神楽坂倶楽部で希美子が初めて体験する落語界のしきたりや、落語の演目の内容のこと、そして人間同士の関わり合いのことなど、ちょっとした謎が、自称下足番の義蔵さんによって丁寧に解きほぐされ、希美子を納得させるのである。二十年近くも探していた猫のマコちゃんに会えたのも、偶然なのだろうか。まったく興味のなかった落語に、少しずつ親しみを持ってきた希美子のこれからが愉しみな一冊である。続編もぜひ読みたい。
市立ノアの方舟*佐藤青南
- 2016/06/12(日) 20:47:34
野亜市役所職員の磯貝健吾は、突然の人事異動で廃園が噂される市立動物園の園長を命じられた。着任早々、飼育員たちから“腰掛けの素人園長”の烙印を押されて挫けそうになった彼を立ち直らせてくれたのは、一人娘が描いたゾウの絵だった。そこに描かれていたのは、健吾が子供の頃に見たゾウそのものだったのだ。それを見た磯貝は、存続に向けて園を立て直す決意を固め、まず動物園のことを知る努力を始める。やがて見えてきたのは動物たちが抱える様々な問題と、くせ者揃いの飼育員たちの熱く、一途な想いだった…。
表題作のほか、「アジアゾウの憂鬱」 「気まぐれホッキョクグマ」 「恋するフラミンゴ」
廃園間近と囁かれる野亜動物園の再生物語である。野生動物に無理を強いている動物園という在り方そのものの是非や、職員たちのマンネリの仕事ぶり、動物たちの飼育環境の悪さ、等々、問題を山ほど抱えた動物園に新しく着任した園長は、市役所でテーマパークの誘致を手掛けてきた全くの門外漢だった。園長の磯貝自身も、早く市役所に戻りたいというのが本音だったが、ある日見せられた五才の娘の遠足の絵に描かれていた、耳の切れたゾウが、その考えを改めさせ、動物園に活気を取り戻すためのやる気のスイッチを押したのだった。飼育員はじめ職員たちの動物に対する愛情と、なにをしても無駄だという諦めが、少しずつ前向きに変わっていく様子に胸が熱くなり、応援したくなるのだった。動物園はこの先どうなるか判らないが、僅かずつでも前に進み続けることで変わることもあるのだと改めて思わされる一冊である。
サッド・フィッシュ 行動心理捜査官・楯岡絵麻*佐藤青南
- 2016/06/10(金) 20:55:01
宝島社 (2016-04-06)
売り上げランキング: 9,805
相手のしぐさから嘘を見破る美人取調官・楯岡絵麻が、相棒の西野とともに様々な事件に挑みます。
人気シンガーソングライターの自殺、ご近所トラブルにより過失致死に問われた老夫婦、集団リンチの果てに殺された女子中学生事件。
さらには、かつての恋人が絵麻に接触してきて……。自供率100%を誇る、エンマ様シリーズ第4弾!
第一話「目の上のあいつ」 第二話「ご近所さんにご用心」 第三話「敵の敵も敵」 第四話「私の愛したサイコパス」
サッド・フィッシュとは、Sadness=悲しみ、Anger=怒り、Disgust=嫌悪、Fear=恐怖、Interest=興味、Surprise=驚き、Happiness=幸福の頭文字を取ったもので、人間が生まれながらにして持つ七つの感情のことだそうである。エンマ様こと楯岡絵麻は、相手の表情やしぐさに表れるこれらの兆候によって、嘘を見抜き、事件解決の糸口を掴むのである。本作では、取調室でのキャバクラ嬢のごとき振舞いの描写はほとんどないが、捜査の過程のあちこちで、被疑者や参考人らの行動を観察し分析する様が興味深い。そしてさらに、絵麻の冷静なばかりではない部分も描かれていて、別の顔も垣間見られる。ひとりの生身の人間なのだと再確認させられる思いでもある。西岡とのコンビもどんどん息が合ってきて、過去を吹っ切った絵麻との今後も気になる。絵麻の分析ぶりをもっともっと見たいシリーズである。
ユートピア*湊かなえ
- 2016/06/09(木) 18:35:48
善意は、悪意より恐ろしい。
足の不自由な小学生・久美香の存在をきっかけに、母親たちがボランティア基金「クララの翼」を設立。
しかし些細な価値観のズレから連帯が軋みはじめ、やがて不穏な事件が姿を表わす――。
湊かなえが放つ、心理サスペンスの決定版。
地方の商店街に古くから続く仏具店の嫁・菜々子と、夫の転勤がきっかけで社宅住まいをしている妻・光稀、移住してきた陶芸家・すみれ。
美しい海辺の町で、立場の違う3人の女性たちが出会う。
「誰かのために役に立ちたい」という思いを抱え、それぞれの理想郷を探すが――。
菜々子、光稀、すみれという育ちも立場も三者三様の女性たちを軸に、彼女らの娘たち、地の人たちと他所から来た人たちの関係性、過去の殺人事件、とさまざまな要素が絡み合い、それぞれの思惑がもつれ合って表面的には穏やかな鼻崎町にどす黒い淀みとなっている様から目が離せない。同じものを見て同じ体験をしても、各自が自分を中心に置いて受け取れば、こうも違った景色になるのかということにも、もどかしさを感じつつ興味深く、その先を知りたくさせる要素のひとつである。終盤、過去の殺人事件を絡めてラストに向かう辺りから、いささか先を急ぎ過ぎたような印象であり、あまりにもあっけなかったようにも思われる。ただ、母親たちのせめぎあいに目を奪われている陰で、子どもたちにも子どもたちなりの真剣な悩みがあったことを思うと、切なくやるせなくもある。結局は真に分かり合えたとは言えず、胸に澱むものを残して終わった一冊である。
彼女に関する十二章*中島京子
- 2016/06/05(日) 18:36:47
「50歳になっても、人生はいちいち驚くことばっかり」
息子は巣立ち、夫と二人の暮らしに戻った主婦の聖子が、ふとしたことで読み始めた60年前の「女性論」。一見古めかしい昭和の文士の随筆と、聖子の日々の出来事は不思議と響き合って……
どうしたって違う、これまでとこれから――
更年期世代の感慨と、思いがけない新たな出会い。
上質のユーモアが心地よい、ミドルエイジ応援小説
「どうやらあがったようだわ」で始まる物語である。更年期を迎えた女性の――大げさに言えば――世界の見え方の描写が新鮮である。さまざまな縛りから解き放たれ、来し方のあれこれに想いを致し、来たるべきあれこれに想いを馳せる。不安になったりうろたえたり、このままでいいのかと自問してみたりと、結構忙しいのである。そんな事々のさなかにありながら、案外冷静に突き放して見ている主人公である50歳の聖子が、なかなか味があって好ましい。女性の更年期は、ちょうど家族の過渡期に同調するようにやってくることが多く、聖子の場合も、息子の自立と重なることになる。晴れがましいような、心もとないような、寂しいような複雑さのなかで、自らの軌跡を振り返るきっかけになったりもする。読み進むにつれて、どんどん惹きこまれるようになる一冊でもある。
18きっぷ*朝井リョウ
- 2016/06/04(土) 09:05:52
人生の岐路を迎える18歳を撮影したモノクロのポートレート写真と、彼らの声を書き留めた。盲目の女子大生、バンドのボーカル、非行防止ボランティア、鳶職人、僧侶見習い、ダンサーなど、46人を紹介していく。
壁や悩みに直面しながらも、新しい世界に向け、それぞれの一歩を踏み出す等身大の若者の姿を追った。
書籍化にあたり、直木賞作家の朝井リョウによる書き下ろしロングエッセイ「18歳の選択」を掲載。
本文中には、
「朝井リョウからの質問、最近怒ったこと」
「どういう大人になりたいか」
「元気をくれる作品」
「もし1週間自由に使っていいならば」
「今いちばん欲しいもの」
など、新たに5つの質問項目をもうけ、
46人の若者たちの生の声を聞く。
朝日新聞名古屋本社版に2014年から約1年間連載された「18きっぷ」、東海地方の新聞・通信・放送の加盟社からない中部写真記者協会の2014年度「企画部門賞」を受賞した好評連載が、ついに書籍化される!
18歳というのは、ある意味これからの自分の人生の方向をある程度決定づける決断をする時期ではないだろうか。ひとりひとり違った境遇の若者たちのそんな時期の写真と、その時考えていたこと、感じていたこと、抱いていた思いが見事に切り取られていて興味深かった。巻末に載せられているそれぞれの一年後を読むと、彼らの変わらなさの中にある自由さと可能性をさらに思わされる。なんだかわくわくする一冊だった。
3時のおやつ ふたたび
- 2016/06/04(土) 08:58:07
ポプラ社 (2016-02-05)
売り上げランキング: 184,941
小学生のとき大好きだったおやつ、初めて作ったクッキー、今ハマっているスイーツ…おやつの思い出は本当に人それぞれ。自分だけの「おやつの記憶」を語るエッセイ・アンソロジーの第2弾!30人分のなつかしくておいしい時間がたっぷり味わえます。
松井今朝子、小路幸也、名久井直子、文月悠光、角野栄子、那須正幹、若竹七海、中山可穂、光原百合、小手鞠るい、森下佳子、半藤茉利子、藤野恵美、宮内悠介、松昭教、坂木司、円城塔、辻村深月、東朔水、松田青子、中島久枝、栗田有起、徳永圭、池澤春菜、寺地はるな、向井湘吾、棚橋弘至、穂村弘、西村玲子、岡田利規
一人当たり5~6ページという短いものではあるが、それぞれの心に残るおやつの数々と、それらにまつわるエピソードが堪らない。時代もおやつの種類も、まさに三十人三十色であり、それぞれが大切にしているものが垣間見られるようで興味深い。水羊羹を作りたくなってしまう一冊である。
みんなの少年探偵団 2
- 2016/06/03(金) 07:06:35
ポプラ社
売り上げランキング: 57,038
江戸川乱歩生誕120年を記念して刊行され、テレビや新聞など様々な媒体にも紹介されて話題にもなったアンソロジー『みんなの少年探偵団』。
2015年は江戸川乱歩没後50年ということで、市場も盛り上がりを見せているが、その最後の締めくくりとしての『みんなの少年探偵団』第2弾企画。
第2弾も、子供時代に少年探偵団と怪人二十面相の息詰まる対決に胸を躍らせた過去を持つ作家陣が集結。
今作では、有栖川有栖、歌野晶午、大崎梢、坂木司、平山夢明という豪華5人が「少年探偵団」オマージュに挑む!
『未来人F』有栖川有栖
『五十年後の物語』歌野晶午
『闇からの予告状』大崎梢
『うつろう宝石』坂木司
『溶解人間』平山夢
登場人物はお馴染みの怪人二十面相や明智小五郎や小林少年なのだが、時代も設定も登場人物の年齢も、さまざまな物語に仕立てられていて、興味をそそられる。現実世界でも、何代目かの二十面相と明智が対決し、小林少年が寄り添っているのかもしれないなぁと、想像が広がる一冊である。
ショートショート診療所*田丸雅智
- 2016/06/01(水) 18:49:40
不思議な医者、奇妙な病院、不可解な薬、珍奇な病名…。新世代ショートショートの旗手が、「医」のテーマパークへご案内。日常をほんの少し踏み外したら、そこはもう―たった5分で味わえる、非日常。
病気、診療所つながりのショートショートの数々である。耳からなら聞きなれていても、文字にすると摩訶不思議な病名や治療法になってしまう。よく効くが、最後の最後にひと捻りあり、ぞくっとさせられたり、ぎょっとさせられたりもする。さくっと読めるが、なかなか奥が深い一冊である。
幹事のアッコちゃん*柚木麻子
- 2016/06/01(水) 09:55:51
背中をバシッと叩いて導いてくれる、アッコさん節、次々とサク裂!妙に冷めている男性新入社員に、忘年会プロデュースの極意を…(「幹事のアッコちゃん」)。敵意をもってやって来た取材記者に、前向きに仕事に取り組む姿を見せ…(「アンチ・アッコちゃん」)。時間の使い方が下手な“永遠の部下”澤田三智子を、平日の習い事に強制参加させて…(「ケイコのアッコちゃん」)。スパイス絶妙のアドバイスで3人は変わるのか?そして「祭りとアッコちゃん」ではアッコ女史にも一大転機が!?突破の大人気シリーズ第3弾。
今度は幹事である。水戸黄門的お約束な流れも含めて、アッコさん流のおもてなし術を愉しんだ。アッコさんと美智子の掛け合いをまた眺められたのも嬉しかった。まだまだアッコさんに教わる部分が多い美智子も、すっかり中堅社員になり、自分でしっかり考えて仕事ができるようになっていて頼もしさも感じたが、アッコさんと二人の関係は、もうずっと続くのだろうと、その関わりの濃密さが羨ましくなるほどである。ラストではちょっぴりほろりとさせられるアッコさんのひと言もあって、美智子のやる気もますます盛り上がることだろう。次はアッコさん、どこに出没するのか、何を始めるのか、ずっとずっと続いてほしいシリーズである。
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