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たまちゃんのおつかい便*森沢明夫
- 2016/07/30(土) 18:47:37
移動販売で「買い物弱者」に元気を届けたい!!
心にエネルギーが満ちる、癒しの感動長編
過疎化と高齢化が深刻な田舎町で「買い物弱者」を救うため、
大学を中退したたまちゃんは、移動販売の「おつかい便」をはじめる。
しかし、悩みやトラブルは尽きない。外国人の義母・シャーリーンとのいさかい、
救いきれない独居老人、大切な人との別れ……。
それでも、誰かを応援し、誰かに支えられ、にっこり笑顔で進んでいく。
心があったまって、泣ける、お仕事成長小説。
<目次>
第一章 血のつながり
第二章 ふろふき大根
第三章 涙雨に濡れちゃう
第四章 秘密の写真を見つけた
第五章 まだ、生きたい
第六章 かたつむり
あとがき
三重県で「まおちゃんのおつかい便」という移動販売をしている真央さんをモデルに出来上がった物語だそうである。交通事故で12歳の時に亡くなったお母さんの母親・静子ばあちゃんの不便さを見て、おつかい便を思いついたたまちゃんは、移動販売の先輩で、元やくざと噂されている強面の正三さんに弟子入りし、オークションで安く落札したキャリィを同級生で、常田モータースの跡取り息子の壮介に整備とペイントを任せ、やはり同級生で、引き篭もっているマッキーをチラシ作りやデザイン仕事に巻き込んで、着々と準備を進めていく。父の後妻でフィリピン人のシャーリーンは、とてもいい人なのだが、どうしてもぬぐえない違和感をもてあまし、自己嫌悪に陥るたまちゃんでもある。いろんな人からいろんな言葉をもらい、見えたり見えなかったりする助けを得ながら始まったおつかい便だが、予想外の出来事で、頓挫してしまう。だが、そんな時こそ、周りの人たちの思いやりが身に沁みるのである。嬉しい出会いあり、悲しい別れあり、舞い上がったり落ち込んだり、気持ちはさまざまだが、ひとつとして身にならないことはないと思わされる。静子ばあちゃんの最期はとても印象的で、理想的な命の幕引きだと思う。誰もがあたたかく、胸をひたひたとあたたかいもので満たされる心地の一冊である。
総選挙ホテル*桂望実
- 2016/07/27(水) 19:27:54
KADOKAWA/角川書店 (2016-06-01)
売り上げランキング: 75,399
いまいちやる気のない従業員で売り上げが落ちこむ中堅ホテル・フィデルホテル。
支配人の永野は悩みながらも改善策を打ち出せないでいた。
そんなある日、大学で社会心理学を教えていた変人教授が社長職に就くことに。
彼が打ち出した案は「従業員総選挙」。
落選すれば解雇もやむなしという崖っぷちの投票制度。
ざわつく従業員を尻目に、さらに管理職の投票も行われた。
混乱しつつもなんとか新体制が整い、徐々にそれぞれが新たなやりがいを見いだしていき……。
『県庁の星』の著者が描く、感動のエンタメ小説。
業績が右肩下がりのホテルにやって来た新社長の、熟慮の上なのか行き当たりばったりなのか見当もつかない対策の数々が、意表を突きすぎていてどきどきする。現実に上手くいくかどうかは疑問だが、物語のなかでも従業員の反発や鬱憤が期待外れ感が噴出してくる。だがそれも初めの内で、従業員一人一人が、気づかない内に少しずつ変わり始めていくのが見て取れて、どきどきがわくわくに変わるのである。大切なのは、少しでも良くなるようにと考えることをやめないことだと気づかされる一冊でもある。
サブマリン*伊坂幸太郎
- 2016/07/26(火) 17:06:14
「武藤、別におまえが頑張ったところで、事件が起きる時は起きるし、起きないなら起きない。そうだろ? いつもの仕事と一緒だ。俺たちの頑張りとは無関係に、少年は更生するし、駄目な時は駄目だ」/「でも」/うるせえなあ、と言いたげに陣内さんが顔をしかめた。/「だいたい陣内さん、頑張ってる時ってあるんですか?」/と僕は言ったが電車の走行音が激しくなったせいか、聞こえていないようだった。(本文より)
『チルドレン』から、12年。家裁調査官・陣内と武藤が出会う、新たな「少年」たちと、罪と罰の物語。
陣内と永瀬の物語ふたたび、である。相変わらずの陣内である。絶対に上司にしたくない人の上位に位置づけられるのは間違いなく、部下として働く武藤の日々のストレスたるやいかばかりかと同情を禁じ得ない。上司にはしたくないし、親しい友人としてもどうかと思う陣内ではあるのだが、だからと言って憎むべき屋からかといえば、まったくそうではなく、逆になんともかっこよかったりもするから始末が悪い。家裁調査官などと言う職業にはもっとも向いていない人材と言えそうなのだが、その実、結果だけを見れば、天職かもしれないとさえ思えてしまう不思議さ。陣内という人のことが、まるで分らなくなるが、ほんの中にいてくれさえすれば、なんとも魅力的なのである。ただいい加減なことを吹聴しているだけに見えて、結構核心を突いたことを言っていたりもして、担当した少年たちも、周りの大人たちも、いつの間にか取り込まれていると言った感じである。陣内の謎にもっと迫りたい。次も愉しみにしたいシリーズである。
遊園地に行こう!*真保裕一
- 2016/07/24(日) 20:42:52
明日も仕事に行くための、勇気と熱狂ここにあります!
感動を巻き起こせ!
大ヒット『デパートへ行こう!』『ローカル線で行こう!』
累計25万部突破「行こう!」シリーズ、待望の第3弾
奇跡の復活をとげた遊園地ファンタシア・パーク
夢を抱けない僕たちの前に、魔女が現れた――
真保裕一・作家生活25周年記念作品
読めば元気が出てくる痛快お仕事ミステリー
遊園地の裏舞台の、努力と根性の物語かと思ったのだが、さにあらず。パーク愛とも言える熱意に動かされるアルバイトたちのパフォーマンスの良さや、そこにたどり着くまでの葛藤も描かれていて、愉しめるのだが、それ以外の裏事情や、そもそもの遊園地の成り立ちにまで遡った問題点も露わにされ、事件も起こる。ただ、ミステリ部分の動機づけにいささか無理やり感がなくもない。その理由でここまでやるか?という気がしてしまうのは、ちょっぴりもったいない印象である。とは言え、一生懸命な若者たちの姿は気持ちが好いと思わされる一冊である。
台所のラジオ*吉田篤弘
- 2016/07/22(金) 16:50:22
昔なじみのミルク・コーヒー、台所のラジオと夜ふけのお茶漬け、江戸の宵闇でいただくきつねうどん、子供のころの思い出のビフテキ…。滋味深く静かな温もりを胸に灯す12の美味しい物語。『ランティエ』連載を単行本化。
さまざまな場所、さまざまな状況で、台所に置いたラジオを聴く――あるいは聞くともなく聞く――時間。ラジオのなかで話す人の声と、その声を耳にした人たちとが、ひとつになるほんの一瞬があるのかもしれない。いろんな場所にあるそれぞれ別の台所に、ぽつんと置かれたラジオと、そこから動き出す情景が目に見えるようである。実に現実的なようであって、ほんの少しばかりのずれのなかに迷い込んだような、吉田ワールドが堪能できる一冊である。
書店ガール 5*碧野圭
- 2016/07/21(木) 07:19:58
PHP研究所 (2016-05-06)
売り上げランキング: 30,758
取手駅構内の小さな書店の店長に抜擢された彩加。しかし意気込んで並べた本の売れ行きは悪く、店員たちの心もつかめない。一方、ライトノベル編集者の小幡伸光は、新人賞作家の受賞辞退、編集者による原稿改ざん騒動などトラブル続きの中、期待の新人作家との打合せのために取手を訪れる。彩加と伸光が出会った時、思わぬ事実が発覚し……。書店を舞台としたお仕事エンタテインメント第五弾。文庫書き下ろし。
今回は、東京を離れ、取手の駅中の小さな書店が舞台である。店長は、かつて、吉祥寺のペガサス書房でアルバイトしていた宮崎彩加。彼女は、自分の理想の書店と、現実の客層や売れ筋とのギャップに悩んでいた。だが、アルバイトスタッフに余計な仕事を振ることができず、自分の胸のなかでもやもやと思い悩むだけで、何の解決にもならないのだった。そんなとき訪れた書店で、アルバイトも含めてスタッフみんなを巻き込んで書棚を展開しているのを見て、これではいけないと、客層に合わせたラノベやコミックに力を入れようと、詳しそうなアルバイトに声をかけると、次第に彼らと心が通じ合うようになり、よい効果が表れてくるのである。ペガサス書房の亜紀の夫・小幡が編集長を務める疾風書房の新人賞にまつわるあれこれも絡んで、今回も為せば成る的カタルシスを得られ、胸温まる本への愛や家族愛も堪能できる一冊になっている。
掟上今日子の婚姻届*西尾維新
- 2016/07/19(火) 17:06:25
忘却探偵・掟上今日子、「はじめて」の講演会。檀上の今日子さんに投げかけられた危うい恋の質問をきっかけに、冤罪体質の青年・隠館厄介は思わぬプロポーズを受けることとなり……。
美しき忘却探偵は、呪われた結婚を阻止できるのか!?
今日子さんの講演会をきっかけに、厄介くんが巻き込まれた厄介事の顛末である。事件解決に向けた今日子さんと厄介さんの物語に、厄介くんのひとり語りが挟み込まれ、毎度のように飽きもせずに巻き込まれる冤罪事件に関する彼なりの考察も興味深い。さらに今回は、進展があるようでないようでもどかしい二人の距離が、事件解決のための事情があるにしろ、一気に縮まったような展開にも、思わずにんまりしてしまう。厄介くんはそれさえも冷静に分析してしまうので、それが進展しない一因のような気がしなくもないが……。珍しく二日がかりで解かれた事件の謎も、心の闇のなせるわざという感じで、深い業を感じさせられる。次回はどこがどう進展するのか愉しみなシリーズである。
死仮面*折原一
- 2016/07/18(月) 18:41:56
「君と一緒にいて幸せだったよ」と言い遺して急死した十津根麻里夫。彼が勤めていたはずの高校に「妻」の雅代が連絡すると、「そのような名前の教師はおりません」と言われる。「夫」は名前も身元も偽っていたのだ。正体は何者なのか?それを解く手がかりは、大学ノートに残された小説のみ。失踪した中学生の少年を救うために、同級生四人組が、マリオネットの仮面の男に立ち向かう物語だった―。
現実と思われる出来事と、小説のなかと思われる出来事が交互に描かれているのだが、読み進める内に、どちらが現実でどちらが虚構なのか――あるいはどちらも現実なのか――わからなくなる。時系列に並べられているわけではなく、別なのだが、同じような出来事が繰り返し語られていて、くらくらと目眩がするようである。謎がひとつずつ明らかになり、現実と虚構の流れが一本につながりかけると、さらに驚愕の事実が曝され、愕然とさせられる。読中も読後も、気が重くなるばかりで、ラストにすべてが明らかになってさえ、救いはない。因果で重苦しい一冊である。
向田理髪店*奥田英朗
- 2016/07/16(土) 19:08:29
次々起こるから騒ぎ。過疎の町は、一歩入れば案外にぎやか。
北海道の寂れてしまった炭鉱町。
息子の将来のこと。年老いた親のこと──。
通りにひと気はないけれど、中ではみんな、侃々諤々。
心配性の理髪店主人の住む北の町で起こる出来事は、他人事ではありません。
可笑しくて身にしみて心がほぐれる物語。
向田理髪店、というタイトルではあるが、理髪店の物語というわけでもない。過疎の町の、決まりきった客しか来ない寂れた理髪店は、散髪の客だけではなく、茶飲み話のために立ち寄る人も多く、自然と情報交換の場じみた雰囲気になっている。通りに人も車も通らず、町自体に人が少ない苫沢町だが、存外あちこちで小さな事件が勃発しているのである。親の介護の問題やら、外に出ていっている子どもたちのことやら、町興しに関する意見の違いやら、さまざまあるものである。そして、そんな日常のことだけでなく、極まれには、映画のロケがやってきたり、東京へ出ていったご近所の息子が犯罪を犯してしまったりもするのである。プライバシーなどなく、新しい風も吹きこまず、変わり映えのしない日々を過ごしているかのような苫沢町だが、なんだかんだ言いながらも、みんなが助け合い思いやり合っている様子にほっとさせられる。若い世代が新しい風を吹き込んでくれる日もそう遠くないと思わされる一冊である。
架空通貨*池井戸潤
- 2016/07/15(金) 19:10:24
女子高生・麻紀の父が経営する会社が破綻した――。かつて商社マンだった社会科教師の辛島は、その真相を確かめるべく麻紀とともに動き出した。やがて、2人がたどり着いたのは、「円」以上に力を持った闇のカネによって、人や企業、銀行までもが支配された街だった。
江戸川乱歩賞受賞第1作『M1』を改題
商社マンから教師に転身した辛島が、父の会社の窮地に悩む、教え子の麻紀の相談に乗るうちに、ただならぬからくりに気づき、昔の人間関係をも頼りながら、裏のからくりに迫っていく。田神亜鉛という会社で成り立っているような田神町で起こっている事態の深刻さは、留まるところを知らず、ワンマン社長の安房正純の目論見と、彼に恨みを持つ者たちの復讐劇がもつれ合った混沌は、目が離せない。ハッピーエンドというわけではないが、膿は出し切った感はあり、あしたは暗くはないかもしれないと思わせてくれる一冊だった。
菜の花食堂のささやかな事件簿*碧野圭
- 2016/07/12(火) 20:57:30
「自分が食べるためにこそ、おいしいものを作らなきゃ」菜の花食堂の料理教室は今日も大盛況。オーナーの靖子先生が優希たちに教えてくれるのは、美味しい料理のレシピだけじゃなく、ささやかな謎の答えと傷ついた体と心の癒し方…?イケメンの彼が料理上手の恋人に突然別れを告げたのはなぜ?美味しいはずのケーキが捨てられた理由は?小さな料理教室を舞台に『書店ガール』の著者がやさしく描き出す、あたたかくて美味しい極上のミステリー!書き下ろし。
「はちみつはささやく」 「茄子は覚えている」 「ケーキに罪はない」 「小豆は知っている」 「ゴボウは主張する」 「チョコレートの願い」
こだわりの食材で丁寧に作られた料理を出す菜の花食堂。オーナーの下河辺靖子先生が、月に二回開いている料理教室にはさまざまな人が集まってくる。まずは、助手として働くことになった私こと館林優希も実はある事情で靖子先生に助けられたのだった。婚約者とうまくいかなかったり、友人関係が歪だったり、歳の差婚の決断ができなかったり、家族関係に悩みがあったり、料理教室に通う生徒たちもさまざまな事情を抱えているのだが、言葉の端々やちょっとした仕草から推理した靖子先生のアドバイスで、絡み合った事情が少しずつ解きほぐされていくのだった。そして実は、靖子先生自身も家族の問題を抱えていて、優希は少しでも役に立ちたいと思うのである。含みを持たせたラストなので、続編が期待できるかもしれない。靖子先生にもぜひ幸せになってもらいたい一冊である。
ディスリスペクトの迎撃*竹内真
- 2016/07/11(月) 19:37:43
銀座にある文壇バー『ミューズ』の常連客、大御所ミステリー作家のサンゴ先生こと辻堂珊瑚朗。彼は不思議な事件について鮮やかに推理する、名探偵でもあった! ライバル作家が持ち込んだ、チェスセットに仕掛けられた謎を解く「チェスセットの暗号」、サンゴ先生原作のドラマをめぐって起きた、奇想天外な“誘拐"の解決に乗り出す「ポー・トースターの誘拐」など、五つの事件を収録。『ミューズ』のボーイ・了の視点から、サンゴ先生の華麗な活躍を描く、安楽椅子探偵ミステリー第2弾。
サンゴ先生シリーズの二作目。登場人物のキャラクタや、人間関係が呑み込めているので、ストーリーがすんなり頭に入ってきた。毎度毎度のサンゴ先生と藤沢敬五先生のライバル心むき出しのやりとりは、苦笑を禁じ得ないながらも、実は互いを尊重し合っているのが見て取れ、しかも、要所要所でヒントを与え合ったりもしているので、微笑ましくも思えてくる。仕掛けられる謎も、熱烈なファンがきっかけだったり、批判的な読者がきっかけだったりと、バラエティに富んでいて飽きさせない。文壇バーという場所ならではの駆け引きもあって、次が愉しみなシリーズである。
こんがり、パン
- 2016/07/09(土) 20:30:29
河出書房新社
売り上げランキング: 311,218
こうばしい香りに包まれた「パン愛」あふれるエッセイ41篇を収録したアンソロジー。パン好き必携「おいしい」文藝シリーズ第8弾。
カバーの色からしてこんがり香ばしそうで、見るだけでよだれが出そうである。そんなパン好きな作家たちが、パンにまつわる思い出や体験談、パンに求めるものといった事々を、ひと言ずつ寄せている。パンいま昔物語的なものも多く、現代の日本に暮らすしあわせを改めてかみしめる思いである。パン好きとしては、手に取らざるを得ない一冊である。
若様とロマン*畠中恵
- 2016/07/08(金) 20:12:27
一見平和そうに見える明治の世の中に、不穏な空気が漂いはじめていた。
数年以内に”戦争”が始まるかもしれない――。成金のひとり、小泉琢磨は、戦へと突き進む一派の意向をおさえるべく、動いていた。が、このままでは開戦派のやりたいようになってしまう、そう懸念した琢磨は、今いる仲間以上に人を集めようと考える。そしてその秘策がなんと、「若様たちのお見合い」だったのだ!
お見合いをさせ、縁組みをし、開戦派に対抗する同士を増やそうというその魂胆、果たして?!
若様組シリーズ最新作、ついに登場!
今回の若様たちは、降って湧いたようなお見合い話に翻弄される。そして翻弄されつつも、その折々に現れる謎をなんとかかんとか解き明かしてしまう。戦争の足音がひたひたと近づいているという背景もあり、軍がらみの事件もあったり、沙羅の決断が早まったりとあちこちに影響も出てくる。若様組の道もさまざまだが、みんなにしあわせになってほしいと思わされるシリーズである。
高座の上の密室*愛川晶
- 2016/07/06(水) 19:34:57
文藝春秋 (2015-06-10)
売り上げランキング: 145,243
出版社から寄席・神楽坂倶楽部に出向中の希美子は新米の席亭(プロデューサー)代理として奮闘中。寄席に欠かせない色物芸の世界を覗き見ると…。手妻「葛篭抜け」で人気を博す美貌の母娘。超難度の芸に精進する太神楽師。彼らの芸が謎と事件を次々と引き寄せる。超絶技巧の本格ミステリ、鍵は「人情」だ!
神楽坂倶楽部シリーズの二作目。希美子も寄席のことが少しずつ分かってきて、なんとか席代の役目を果たしている。いやいや出向してきたはずが、次第に寄席のあれこれに興味を持ち始め、思案を巡らすようにもなってきた。自らの生い立ちをはじめとして、聞かされていないこともまだまだあるが、少しずつ明らかになってきていることもあって、ますます愉しみである。今回スポットが当たっているのは、落語家ではなく、色物と呼ばれる手妻と太神楽であり、落語とはひと味違った興味が湧く。謎解きも、人間関係を軸にしたものであり、やはりつまるところ人間なのだと思わされる。まだまだ解けていない謎があるので、次が愉しみなシリーズである。
見えない鎖*鏑木蓮
- 2016/07/05(火) 17:06:17
失踪した母、殺害された父。そこから悲しみの連鎖は始まった。私は“幸せ”ですか?人間の“業”とは、そして幸福とは。乱歩賞作家が問いかける、予測不能の人間ミステリー。
主人公は、短大で栄養学を学ぶ19歳の生田有子。幼いころ母が家を出ていき、父のためにと家事をこなしてきたからか、とても19歳とは思えない大人な印象である。だが、そんな折、建設現場の警備員として働いていた父まで殺されてしまう。一体父は、だれにどんな理由で殺されなければならなかったのか。警備会社の社長で、父の友人でもある元刑事の中原の力を借りて、独自に経緯を調べ始めると、少しずつ鎖を手繰るように、思っても見なかった事実が現れてくるのだった。殺人事件の謎を追う様子はもちろん、人間関係や感情の動きが濃やかに描かれていて、人間ドラマを観ているような読み応えがある。正義とは何か、罪に見合う罰とは何か、不仕合せと不幸のこと、そして自分を信じるということについて深く考えさせられる一冊だった。
刑事の約束*薬丸岳
- 2016/07/02(土) 19:44:16
昏睡状態の娘を持つ東池袋署の刑事・夏目信人。独自のまなざしで手がかりを見つめ、数々の事件を鮮やかに解いていく。夏目が対するのは5つの謎。抜き差しならない状況に追い込まれた犯人たちの心を見つめる夏目が、最後にした“約束”とは。日本推理作家協会賞短編部門候補作「不惑」収録!いまも近くで起きているかもしれない、しかし誰も書いたことのない事件を取り上げ、圧巻の筆致で畳み掛ける、乱歩賞作家のミステリー!
表題作のほか、「無縁」 「不惑」 「被疑者死亡」 「終の住処」
夏目シリーズ、短編集である。法務技官という前職と、自らの不運な体験によって独特の雰囲気を身にまとうようになった夏目であるが、今作では、なにやらやる気のない窓際族のような印象での登場である。とは言え、物語が動き始めると、目に見える熱血とは違うが、独特な視点で、重要なキーポイントに焦点を当て、被害者のみならず被疑者の胸の裡まで慮った方法で事件素解決に導くのである。いつの間にか知らず知らずのうちに閉ざした心を開いてしまう魅力が夏目にはあるように思われる。一匹狼というわけでもなく、熱血漢というわけでもなく、なんともとらえどころのない夏目のキャラクタは、正直未だに安定して思い描きにくいのだが、魅力的であることは間違いない。最後の物語で見えた希望の灯が健やかなものになりますようにと願わずにいられない一冊である。
モップの精は旅に出る*近藤史恵
- 2016/07/01(金) 19:39:18
おそうじ上手は謎解き上手――
読めば元気になれる大人気ミステリ〈清掃人探偵・キリコ〉シリーズ第5弾!
キリコは、オフィスや学校、病院に派遣される清掃作業員。
ミニのフレアにハイヒールで軽快に掃除をしながら、事件を解決する名探偵だ。
「大丈夫、世の中はお掃除と一緒だよ。汚れたらきれいにすればいい。
また、汚れちゃうかもしれないけど、また、きれいにすればいい」――
そう言ってこれまで鮮やかに謎を解いてきたキリコだが、今回の事件はかなり厄介なようで……
ハートウォーミングな連作短編ミステリ。
キリコシリーズの最新刊にして最終刊だそうである。寂しい。オフィスや学校で起きる事件のあれこれ。人間関係や、個人の秘密など、毎日掃除をするからこそ見えてくるものがある。そんなキリコだからこそ、事件の解決にひと役買えることも多くあるのである。あちこちで事件を見事に解きほぐしていくきりこだが、彼女自身にも悩みがあるのだった。そしてとうとう、夫・大介を残して旅に出てしまう。そんなキリコを信じて待ち、キリコのことを思って声をかける大介のあたたかさに胸が熱くなる。なにがあっても、二人の絆さえしっかりしていれば大丈夫、と思える。シリーズが終わってしまっても、キリコちゃんはきっとどこかでお掃除をしているのだろうと思わせてくれるシリーズだった。
主夫のトモロー*朱川湊人
- 2016/07/01(金) 06:55:32
一流のインテリアデザイナーを目指して働く妻を支え、家事と育児をこなす“主夫”斉藤知朗。自らも作家を志し、家族の幸せと夢を追い求めて日々奮闘するトモローに立ちはだかるのは、主夫に対する社会の壁。出会うママ友・パパ友たちもまた一筋縄ではいかない家庭の悩みを抱えているものの、トモローはつまずきながらともに一喜一憂して全力で向き合う。やがてトモローが導き出す、愛する妻と娘との「家族のかたち」、そして、現実と夢との折り合いとは―。著者渾身のハートフルストーリーとユーモアで描く、胸を打つ新たな家族小説。
現代は多様性の時代である、とは言っても、ここまで主夫に徹する家庭はなかなかないだろうと思われる。既成概念を打破するのがどれほど難しいかということの表れのひとつであろう。そんな環境で、主夫をしようと思うと、あれこれ壁にぶつかることになるのだと、改めて気づかされる。逆差別とも言えるような事々である。それでも、少しずつ良くなるように試行錯誤してみたり、信頼関係を築くこともできたり、充実した日々を過ごすトモローと妻の智恵子が微笑ましい。なによりいいのは、彼らがいつも娘の智里のことをいちばんに考えていることである。思わず応援したくなる一冊である。
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