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古書カフェすみれ屋と本のソムリエ*里見蘭
- 2016/09/29(木) 07:16:15
大和書房
売り上げランキング: 222,443
すみれ屋で古書スペースを担当する紙野君が差し出す本をきっかけに、謎は解け、トラブルは解決し、恋人たちは忘れていた想いに気付く―。オーナーのすみれが心をこめて作る絶品カフェごはんと共に供されるのは、まるでソムリエが選ぶ極上のワインのように心をとらえて離さない5つの忘れ難いミステリー。きっと読み返したくなる名著と美味しい料理を愉しめる古書カフェすみれ屋へようこそ!
またまたどこかで見たようなテイストだとは思いつつ、この手のタイトルにはついつい惹かれてしまう。すみれがオーナーシェフとして営むカフェには、古書の販売コーナーが設けられ、カフェの客は自由に読むことができる。その古書コーナーを請け負っているのは、紙野くんという本好きの青年。すみれのほっとさせる雰囲気と、紙野くんの観察力や想像力、そして本に関する知識が相まって、客たちの抱える問題を解きほぐしていくのである。すみれの作る料理はどれもとても丁寧で、材料にも過程にもこだわりを持っているが、採算がとれるのかいささか心配になってしまうくらいである。空腹時に読んだら堪らない。二人のこれからも気になる一冊である。
表参道・リドルデンタルクリニック*七尾与史
- 2016/09/26(月) 19:03:52
表参道ヒルズのすぐ近くにある錦織デンタルオフィスは、
錦織早苗院長以下、スタッフは全員女性という歯科医院。
場所柄、芸能人やセレブ患者も多く、街の雰囲気とともに華やぎに満ちている。
院長以外のもう一人のドクター、月城この葉はもの静かな知的美人。
長い黒髪とFカップの胸、歯科医師としての腕に優れ、彼女目当てに通う男性患者も多いのだ。
だがこの葉は明晰な頭脳をもって、患者をはじめ、様々な人間関係に隠された真実をつかむ、名探偵としての顔も有しているのだ。
錦織デンタルオフィスの歯科衛生士・高橋彩女はそんなこの葉に憧れつつ、期せずして助手的な役割をつとめている。
たとえば、以下のように三つの独立した事件に――。
なんともゴージャスな歯科医院が舞台である。スタッフ全員が美形の女性で、プロ意識が強く、技術も一流なのである。なんだかんだと理由をつけて男性患者が予約を取りたがる気持ちはよくわかる。男性でなくともお世話になりたくなる歯科医院である。そんな歯科医院の個室で交わされる会話や、受付で得られる情報から、患者の抱える謎を解き明かしてしまう名探偵のような存在なのもまた、美人歯科医・この葉と歯科衛生士・彩女のコンビなのである。しかも、この葉は、自らの父の死に疑問を抱き、その謎を何とか解きたいという思いをずっと抱え続けているのだった。ゴージャスな気分と、見事な推理、そして歯科治療の裏側もちょっぴり覗けて、いろいろ愉しめる一冊である。
頼むからほっといてくれ*桂望実
- 2016/09/24(土) 17:08:19
トランポリンでオリンピックを目指す五人がいた。天才肌の遼、愚直な順也、おっちょこちょいな慎司、目立ちたがり屋の洋充、怖いもの知らずの卓志。少年の頃から切磋琢磨してきた彼らに、安易な仲間意識などなかった。「オリンピック出場枠」という現実が、それぞれの青春を息苦しいものに変えていく。夢舞台に立てるのは、二人だけ。選ばれるのは誰なのか?選ばれなかった者は敗残者なのか?オリンピックは、すべてを賭けるに値する舞台だったのか?懸命に今を生きる者だけに許された至福、喪失、そして再生を、祈りにも似た筆致で描いた傑作長編小説。
トランポリン競技に関わる五人の、少年時代から大人になるまでが描かれた物語である。家庭環境も性格も違う五人の少年たちは、それぞれの思いでトランポリンを始め、それぞれ違った個性で練習を積み、技術を体得していく。その過程で、ぐんと伸びたり、躓いたり、厭になったり、トランポリンに対する熱量も折々に変化する様も興味深い。成長するにしたがって悩みも変化し、さまざまなことを考え始める様もまた若者らしくて胸が熱くなる。良い演技をして注目されたいという思いも当然持ちながら、上位になって始終人の目を感じるようになると、そっとしておいてほしいという思いも芽生えてくる。愉しんで跳んでいるという自分の気持ちとは別の思惑に、無理やりはめ込まれる理不尽さも、仕方がないとはいえ、どうしようもなく応えたりもする。トップを争う現役時代を過ぎたとき、五人がやっとそれぞれ自分にとってのトランポリンを見つけられたように思えて、もどかしいようなほっとするような複雑な思いにとらわれたりもする。五人それぞれのキャラクタがとても清々しい一冊である。
県庁の星*桂望実
- 2016/09/21(水) 16:59:58
前代未聞! 抱腹絶倒の娯楽公務員小説。
野村聡。31歳。Y県職員一種試験に合格。入庁9年目。Y県県庁産業局産業振興課主任。Y県初の民間人事交流研修対象者6名の一人に選ばれた期待のホープだ。一年間の研修を無事にこなして戻れば、念願の係長への階段を同期に先んじて確実に登ることができる。ところが、鼻高々で望んだ辞令交付式で命じられた赴任先は…スーパー? しかも…H町の? えらくマイナーな感じがした。だがそのイヤな予感は現実のものとなる。 もらった予算は使いきるもの! 人を “使役”してこその“役人”だ!——大勘違い野郎の「県庁さん」がド田舎のスーパーで浮きまくり。生まれて初めてバカと呼ばれた県庁さん、はたしてこのまま「民間」でやっていけるのか?
将来有望な県庁職員・野村聡は、頭はよく、見かけもよく、将来も安定しているが、人間的にはいささか魅力に欠ける31歳である。合コンでもほとんどうまくいくことがないのは、その辺りを見抜かれているからかもしれない。そんな野村が一年間田舎のぱっとしないスーパーで研修を受けることになるところから物語は始まる。上司も同僚も、そしてスーパーの仕事まで上から目線で見下す野村は、初めのうちは誰からも煙たがられることになる。だが、見下されてもめげないパートのおばちゃん・二宮の突き放すような指導とも言えないあれこれや、押しつけられるように任される仕事を、不満たらたらでこなすうちに、次第にやりがいも出てきて熱くなってくる。野村の力というよりも、二宮をはじめとする店のスタッフたちの潜在的な向上心が、二宮に仕向けられて、いい方向にめざめさせられたような印象でもある。野村=県庁さんの成長物語というのが本筋なのだろうが、実は、二宮の成長物語でもあって、息子の学との関わり方の変化も興味深い。研修を終えて県庁に戻った県庁さんであるが、人間的にも成長して、もはや無敵なのではないだろうか。愉しく読める一冊だった。
硝子の太陽 Rouge*誉田哲也
- 2016/09/19(月) 16:38:36
姫川玲子×〈ジウ〉サーガ、衝撃のコラボレーション、慟哭のルージュサイド!
祖師谷で起きた一家連続殺人の捜査本部に加わった姫川班。
有効な手がかりや証言のない難しい捜査だが、捜査一課に復帰して間もない玲子の日々は充実していた。そのはずだった……。
緻密な構成と驚愕の展開、著者渾身の二大ヒットシリーズ競演!
先に読んだ、Noirの事件と複雑に絡まり合い、日米地位協定に阻まれた過去の惨殺事件まで掘り起こしながら、物語は進み、部下を巻き込むまいとする姫川の相変わらずとも言っていい独走もあり、ガンテツとの駆け引きもあり、見せ場がたくさんあってスリリングである。女性であるということをマイナスにとらえるわけでもなく、かと言ってプラスにしきれるわけでもない姫川玲子という個性が、やはりこのシリーズにはなくてはならないと改めて感じさせられる。決して沈着冷静なわけではなく、時にエキセントリックで扱いづらくもあり、危うげでもあるのだが、それでも一度心を決めたときの強さは、誰にも負けない。菊田を始め、周りを固める男性刑事陣も、それぞれ個性的で魅力的である。悲しい結果も招いてしまったが、道筋に光が見えたのも確かである。姫川にはいつまでも闘ってほしいと思う反面、力を抜いて安らげる場ができればと望む思いも強くなるシリーズである。
なくし物をお探しの方は二番線へ*二宮敦人
- 2016/09/17(土) 07:34:39
幻冬舎 (2016-08-05)
売り上げランキング: 84,982
蛍川鉄道の藤乃沢駅で働く若手駅員・夏目壮太は〝駅の名探偵〟。ある晩、終電を見送った壮太のもとに、ホームレスのヒゲヨシが駆け込んできた。深夜密かに駅で交流していた電車運転士の自殺を止めてくれというのだが、その運転士を知る駅員は一人もいない――。小さな駅を舞台に、知らぬ者同士が出会い、心がつながる。あったか鉄道員ミステリ。
夏目壮太のシリーズ二作目。駅員さんの日常がうかがえ、その仕事の大変さがよく判る。そんな、秒単位で動く忙しさの中でも駅にはさまざまな困りごとが持ち込まれる。柔軟な目のつけどころで謎を解きほぐすのが、藤乃沢駅の駅員・夏目壮太である。乗降客や近隣の人たち、フランスからのお客様まで巻き込んで、今回も日々走り回り考え続ける壮太なのである。シリアスな事件も描かれているのだが、いつもほのぼのとさせられるのは、壮太を始めとする登場人物たちの人柄だろう。次はどんな謎が持ち込まれるのか愉しみなシリーズである。
硝子の太陽 Noir*誉田哲也
- 2016/09/14(水) 17:05:16
沖縄での活動家死亡事故を機に「反米軍基地」デモが全国で激化した二月、新宿署の東弘樹警部補は「左翼の親玉」を取り調べることに。その直後、異様な覆面集団による滅多刺し事件が起こる。被害者は歌舞伎町セブンにとってかけがえのない男。社会に蔓延る悪意の連鎖を断ち切るべく、東とセブンの共闘が始まる!
東弘樹警部補と歌舞伎町セブンの物語である。姫川玲子のシリーズ(Red)とのコラボということらしいが、姫川は、ちょこっと顔を出す程度で、物語の本筋には絡んでこない。暴力シーンは何度読んでも惨たらしすぎて、途中でページを閉じたくなるし、現実にこれが許されたら空恐ろしいと思ってしまうが、陣内たちに時に肩入れしてしまうのも事実である。沖縄の基地問題に絡めた一連の事件。現地と東京の認識の差や、沖縄のもどかしさも伝わってくる。いつも途中で目を背け、読むのをやめようと思っても読み切ってしまうシリーズである。
ツバキ文具店*小川糸
- 2016/09/12(月) 16:34:49
言いたかった ありがとう。言えなかった ごめんなさい。
伝えられなかった大切な人ヘの想い。あなたに代わって、お届けします。
家族、親友、恋人⋯⋯。
大切に想ってっているからこそ、伝わらない、伝えられなかった想いがある。
鎌倉の山のふもとにある、
小さな古い文房具屋さん「ツバキ文具店」。
店先では、主人の鳩子が、手紙の代書を請け負います。
和食屋のお品書きから、祝儀袋の名前書き、
離婚の報告、絶縁状、借金のお断りの手紙まで。
文字に関すること、なんでも承り〼。
事情があって母親を知らず、ツバキ文具店の先代でもある厳しい祖母に育てられた鳩子(ポッポちゃん)は、ある時、鬱積していた思いをぶつけるように祖母に反抗し、家を飛び出して海外を放浪するようになる。そして祖母の最期も看取らないままだったのだが、ひょんなことから鎌倉に帰り、ツバキ文具店を再開することになる。文房具屋はもちろん、代筆行を請け負っていくうちに、反発していた先代の教えが自分の隅々まで沁みこんでいることにいまさらながら気づき、後悔を深くする鳩子でもある。ご近所さんや、お客さんなど、知り合った人たちとのご縁が、鳩子の暮らしを少しずつ豊かにしていく様は、見ていてほっとさせられる。先代であるおばあちゃんも、きっとどこかで見守っていてくれることと思う。鳩子が代筆した手紙が、そのまま手書き文字で載っているのも、その折々に込められた思いが伝わるようで、しみじみとさせられる。失くしてしまったものは二度と取り戻せないけれど、新しく手に入れられるものもたくさんあるのだと、望みを抱かせてくれる一冊でもある。
お隣さんは、名探偵 アーバン歌川の奇妙な日常*蒼井上鷹
- 2016/09/10(土) 18:31:23
KADOKAWA/角川書店 (2016-04-23)
売り上げランキング: 67,993
緑豊かな郊外に建つマンション“アーバンハイツ歌川”。住人の静かな日常は、「大家さんのペットを捜しています」とチャイムを鳴らす訪問者により、一変する。事故のため、お笑い芸人の道を諦めた青年、結婚詐欺容疑で妻が失踪中の男、美貌の教育カウンセラー…いつも笑顔のあやさんは、さりげない世間話から、住人たちの意外な“秘密”を見抜いてしまう。ありふれた日常がガラリと変わって見える、痛快な連作ユーモア・ミステリ。
第一話 読み聞かせ 第二話 『KOKORO』の奥に 第三話 最後の晩餐 第四話 舞台を回す 第五話 ドアは知っていた
アーバンハイツ歌川、大家を始め、住人すべてが何らかの事情を抱えて、怪しいことこの上ない。それぞれの思惑が、別の人の事情と絡み合って、余計にややこしくなることもある。マンションの一部を改築してシェアハウスにしようと目論む大家に、住人を立ち退かせる説得を頼まれた小柄なおばあちゃんの平本さん(やはりここの住人である)が、大家の父親が大事にしている蜥蜴を探すという名目で、各部屋を訪ね、それぞれの事情を探るうちに、なにやら別の問題を解決してしまう。しかもその結果、自発的に立ち退くことになるのである。そこに至る過程が、ときには無理やりな感じはするのだが、それさえ自然でお見事である。きょうの平本さんはちょっとキャラが違うけれどどうしちゃったの?と思うと、それもしっかり作戦の内だったりするのである。憎めないおばあちゃんである。しかも立ち退いた住人たちの行方を知れば、あまりにも完璧で、思わず笑ってしまう。平本さんの井戸端会議的探偵術をもっと見たくなる一冊である。
ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード*小路幸也
- 2016/09/08(木) 20:17:52
集英社
売り上げランキング: 151,755
老舗古書店「東京バンドワゴン」に舞い込む謎を、大家族の堀田家が人情あふれる方法で解決する、人気シリーズの最新作。
医者を目指して勉強を続けてきた花陽がいよいよ受験シーズンに突入。研人は高校生活を送りながら音楽の道に邁進中。さらに、お店に遠方から招かれざる客がやってきて、ひょんなことからシリーズ初の「海外旅行」も実現! ?
今回も「LOVEだねえ」の決めゼリフとともに、読み逃せない熱いエピソードが満載。ファン待望の第11弾。
なんともう11作目である。回を重ねるごとに、冒頭でサチさんが紹介する堀田家(とその周囲の)人たちの数も増え、紹介だけでかなりのボリュームを必要とするようになってきた。初めの何作かは、その関係性に頭が混乱することもあったが、もはや「本を開けば堀田家の一員」状態なので、悩むこともなくなっている。今回も、季節ごとに堀田家に難題が持ち上がり、そのたびに人情味或解決に導くのだが、主導権を握る人が少しずつ変わってきている印象である。以前はどういうわけか、普段ふらふらしている我南人が、いいところでバシッと決めるパターンが多かったが、今回は、若い人たちの活躍が目立っている。ことに、かんなちゃんと鈴花ちゃんの画策には目を瞠るものがある。将来が愉しみである。とは言っても、大黒柱の勘一もまだまだ元気で、ロンドンまで行って大立ち回りを披露していて頼もしい。そしていつもながらいちばん好きなのは、朝食のシーンである。昨夜の残り物も含めて、何もかもおいしそうで、みんなが愉しそうなのがなによりである。いつまでもいつまでも続いてほしいシリーズである。
田嶋春にはなりたくない*白河三兎
- 2016/09/06(火) 17:02:04
正しいことを正しいと言って、何が悪いんですか! 史上最高に鬱陶しい主人公、誕生! 一流私大の法学部に在籍する女子大生「田嶋春」、通称タージ。曲がったことが大嫌いで、ルールを守らない人間のことは許せない。そのうえ空気は、まったく読まない。もちろん、友達もいない。そんなタージが突撃した「青春の謎」には、清冽で切ない真実が隠されていて――。読めば読むほど、不思議とタージが好きになるかも! ?
個人的には、初めからちょっと好きだったかも、田嶋春。これほど極端に空気を読まないわけではない(と自分では思う)が、似たところがある気がして、親しみを覚えてしまったりもする。なので、タージの気持ちが全く分からないというわけではなく、かと言って、全面的に支持できるというわけでもないので、肩頬に苦笑いを浮かべて眺めてしまうような読書タイムだった。きっと深く知ればみんな好きになると思うよ、田嶋春。彼女のことをもっともっと知りたくなる一冊なのである。
小説の家
- 2016/09/04(日) 18:37:59
新潮社
売り上げランキング: 130,088
この家の窓からは“大切なもの"が見える。
上條淳士、福満しげゆき、倉田タカシ、師岡とおる、近藤恵介など
豪華アートワークと共に贈る、前代未聞のアンソロジー。満を持して誕生!
「鳥と進化/声を聞く」 短編でしか拾えない声、柴崎友香の新境地。
「女優の魂」 チェルフィッチュの傑作一人芝居にして岡田利規の傑作短編小説。
「あたしはヤクザになりたい」 たくさんのたった一人のために。山崎ナオコーラが描く永遠。
「きみはPOP」 最果タヒがプロデュースする視覚と音の世界。小説と詩の境界。
「フキンシンちゃん」 新人漫画家・長嶋有の風刺&生活ギャグまんが、たくらみに満ちた続編。
「言葉がチャーチル」 お前はすでに終わってる。青木淳悟が始末する世界史。
「案内状」 あの耕治人が全国の文系男子を激励! 幻の作品。時空を飛び越えて収録。
「THIEVES IN THE TEMPLE」 白いスクリーンに映り込む人間模様の黒い影。文学を漂白する阿部和重の挑戦状。
「ろば奴」 いしいしんじはよちよち歩きで世界の果てまで到達する。奇跡の作品。
「図説東方恐怖譚」「その屋敷を覆う、覆す、覆う」 そのとき、古川日出男は現実を超越する。
「手帖から発見された手記」 すべてはここから始まった。円城塔によるまさかの大団円。
その他、栗原裕一郎の埋もれた文学史を探索する論考、編者・福永信の長すぎる謝辞など、ここでしか読めない読み物満載。
ブックデザイン・名久井直子
色とりどりの物語であり、さらにページ自体にもさまざまな工夫が凝らされ、ページをめくるたびに驚きがあって、飽きさせない。光るように白い阿部氏の作品は、蛍光灯の下で読めないことはないのだが、目が疲れすぎて途中で断念してしまった。作家のみなさんも、普段使わない思考回路を使われたのではないかと想像するのも愉しい。いろんな意味で挑戦にあふれた一冊である。
ベーコン*井上荒野
- 2016/09/03(土) 07:43:41
ささいで、そして艶めかしい、日常の営み
人の気持ちが動くとき、人生が少しだけ変わるとき、傍らにある料理と、それを食べる人々の心の機微を描いた珠玉の短編集。食べるという日常の営みが垣間見せる、エロティックで色濃い生の姿。
表題作のほか、「ほうとう」 「クリスマスのミートパイ」 「アイリッシュ・シチュー」 「大人のカツサンド」 「煮こごり」 「ゆで卵のキーマカレー」 「父の水餃子」 「目玉焼き、トーストにのっけて」
人の営みに食べものは欠かせない。誰と食べるか、どんな場面で食べるか、どんな気持ちで食べるか。大切に思う食べものは人それぞれ。道ならぬ愛を取り巻く思い入れ深い食べものが、切なさや胸にこごる哀しみを助長する。個人的には、不倫じゃなければもっと好ましいのに、と思うが、道ならないからこその思い入れでもあるのかもしれない。人が大切に思う食べもののなつかしさが流れ込んでくるような一冊でもある。
週末は家族*桂望実
- 2016/09/01(木) 18:37:34
シェイクスピアに心酔する小劇団主宰者の大輔と、その連れ合いで他人に愛を感じることができない無性愛者の瑞穂は、母親の育児放棄によって児童養護施設で暮らす演劇少女ひなたの週末里親になって、特殊な人材派遣業に起用することになるが―ワケあり3人が紡ぐ新しい“家族”の物語。
世間に通りやすいようにと便宜的に籍を入れている大輔と瑞穂の夫婦の在りようも、児童養護施設で暮らす11歳のひなたも、週末里親というシステムでかりそめの家族になることも、代理家族派遣業という大輔たちの副業も、すべてが一般的とは言えない要素から成り立つ物語である。それでいて、それぞれの心情や懊悩が見事に描き出されていて、やり切れなくもなる。ひなたを週末だけ預かることにしたそもそもの動機は、ひなたの演技力故だったが、しばらく一緒に過ごすうちに、少しずつ双方の思いに変化が生じ、あたたかいものが通い合うようになる様子にほっとさせられる。みんなが嘘つきで、そしてこれ以上なく正直な一冊である。
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